「あー。解散解散」
ひどく残念そうに言ったのは、まるで遊園地行きを親の都合で中止にされた子供のような顔のアキラだった。
「ん?」
イシュメルは不思議そうな顔でアキラの方を向くと、言った言葉の意味にようやく気付いたように、再び呆れたような顔をする。
「だから説明が足りない。どういうことだ」
「――リリーの身内が急病で倒れたそうだ」
あぁなるほど、と理解する。
「そりゃ仕方ないな」
「んでリリーは?」
フィリスが、運ばれて来たロング・ブラックに口を付けつつ尋ねる。
「家で留守番してるからパソの前にはいるけどインはできないとさ」
正当かつもっともな理由だ。ぐうの音も出ないし、そもそも身内が倒れてはゲームどころではないだろう。
「ふーん……仕方ないね」
フィリスがにやりと笑う。
「アタシらだけで行く?」
「おいおいおい」
ようやくバイトから開放されたアズレトが呆れたように呟く。こちらが飲んでいるのはショート・ブラックか。
「無理だろ。俺たちだけならともかく」
「――私も、……そう思う」
カルラがそれに同意すると、フィリスはちぇ、と軽く舌打ちをした。
「じゃあ今日は解散?ちょっともったいなくない?」
それでもどこかへ行きたい気持ちはあるのか、フィリスはこちらのテーブルに寄ってくると、イシュメルが広げたままの地図を覗き込んだ。
「さっきも言ったけど、キューレ神殿でも行くか?それか島」
アズレトの言葉に、フィリスは即座に「島がいい」と呟く。
「フィリスの意見は二の次な。目的はアキラのレベル上げだし」
その意見をばっさりと切り捨て、アズレトがきっぱりと言い切る。
私とアキラは顔を見合わせると、視線をイシュメルに同時に向けた。キャリアは今いる低レベル組4人のうち一番長いのが彼だからだ。リラはそんな私たちを不思議そうに眺めている。
「……いやこっち見んな。俺は所詮後衛だから決定権ねーよ」
苦笑して言うイシュメルに、もう一度顔を見合わせるが、どちらがいいかなど、両方行ったことのない私たちにわかるわけもなく。そんな私たちの様子に気付き、イシュメルが苦笑しつつ溜息つつ、仕方ないなと言った感じで呟いた。
「まぁ参考意見としてだが――」
二つのエリアを比較するのであれば、まずは概要からな。
まずは通称「島」。
島と呼び名が付いているが、孤立した島なのかと言えばそうでもない。
今いるのがルディス。ここから、一応橋はあるものの5時間くらい歩けば行くことのできる地域だな。船もあるが正直歩いたほうが早いし船のあるところまで行くのは遠回りだな。
正確には半島と言ったところか。まぁ一応川が横断しているから、地続きではない――と言っていいのかどうかは知らないが、まぁ海洋に隔てられているわけでもないのでいいんじゃないか、ということにしておこう。
正式名称はアガリグスク・アイランド。
ルディスのある大陸の東側に位置する半島で、横断している川を挟み半島全体が「国」としてシステムに認知されている。
半島そのものがダンジョンというわけではないが、中級クラス相当のモンスターがフィールドを闊歩し、そのほとんどが動物型モンスターだ。
だが、「島」と通称されている狩場はこのフィールドではない。
この半島のど真ん中に、ひとつの洞窟がある。
この洞窟の名前は「アークケイヴ」。
洞窟の中は暗く、松明もしくはランタン、あるいはライトの魔法がなければ少し先すら見えない。
当然ながら松明を持つプレイヤーが一人は必要で、持っているプレイヤーはほとんどの場合戦闘行為ができない。灯りが揺れたら遠近感掴み辛くなって弓はキツい。ついでに前衛も敵が見辛くなるのでかなり不利になる。――まぁこの辺は一緒に行くならフィリスにやってもらうかな。
モンスターとしてはアンデッド系が多いかな。スケルトンにゾンビにキョンシー。あとはボスとしてヴァンパイア。
言うまでもなく、ヴァンパイアは強敵だ。――とは言ってもフィリスやアズレトにとってはソロでも勝てる楽勝な相手ではあるが、初心者組――ここにはいないがトラストが加わったとしても、勝つにはレベルが足りない相手だ。
そして「キューレ神殿」。発見されたのはつい最近だ。
かなり遠いからこっちに行くなら、馬車使っても今日明日は移動だけで終わるだろうな。
神殿と名の付くものは無数にあるから、略すのであれば「神殿」だ。文字通り神殿ではあるが、廃棄された神殿という名目であるため、安全エリアではない。
だが神殿と呼ばれるだけあり、一応神を祀っている。――で、その祀ってる神ってのがそこのボスだ。まぁ出会うこともないだろ、2階に上がらなかったらいいだけだ。ちなみに実装から今まで、一度たりとも倒されてない、レジェンドボスだ。
モンスターとしては、サラマンダーやシルフなんかだな。いわゆる精霊で、サラマンダーは鱗のせいでクリティカルが無効になるしシルフは実体がないからそもそも物理攻撃が無効だ。シルフは一応魔法をかけた剣とかは効くには効くが風だからほぼ攻撃が通らない。その代わり、風以外のほとんどの魔法攻撃が弱点だけどな。
ちなみにフロアは全4層あり、それぞれにフロアボスが存在する。
4層は階層になっているわけではなく、神殿周辺にある4つの属性オブジェクトを中心にモンスターが出現すると思えばいい。
まぁボスもフロアを徘徊しているだけで、正直いる場所によってはスルーできるし、戦う必要はない。ついでに言うなら出会ってしまったとしても逃げることはできるし、そんなにしつこく追いかけて来たりはしない。
「ま、個人的には神殿を推すけどな」
神殿の方移動は遠いから判断は任せるけどな、と話を締め、イシュメルはいつの間に頼んだのか、カップの紅茶を息で冷ましながら口に付ける。
「行くのにかかる時間か……」
ちなみに、ラーセリアの世界は非常に広大だ。
一説によれば、地球全体ほどではないが、月程度の広大な敷地があるのだと言われている。
まぁさすがにそれは嘘臭い、と前にアキラは言っていたが、それでも島までの距離程度ならともかく、神殿までとなると、先程イシュメルも言っていたように今日と明日は馬車に揺られるしかない。
アキラの師匠の『針』であれば、ある程度の距離までならば一瞬で移動することも可能だろうが、生憎ウィスパーも通じないらしい。ためしにと私も送ってみたが、
[該当キャラクターとの距離が離れすぎています]
との音声メッセージが流れただけだった。
ログインはしているようだが、どこにいるのかはわからないということだ。
「こんばんはー」
声に振り向くと、可愛らしくスカートを持ち上げて現れたのは、青く長い髪の少女だった。
「――うん、リラちゃん今日も可愛いね」
「こんばんは」
リラの頭を撫でつつ、彼女……トラスト嬢は机の上を覗き込んだ。
「ん、どこか行くの?」
「今どっちにするか迷ってるところだ」
イシュメルの言葉に「ふぅん」と聞き流し、「候補は?」とさらに質問を重ねる。
仕方なくさっきと同じ説明を繰り返すイシュメルが、再び神殿を推したところで、彼女は口に指を当てた。
周囲の……おそらくこの店に入り浸るプレイヤーのうちのほとんどが、トラスト嬢がここを溜り場のように使い、ログインやログアウトをするときは大抵ここであることを知っているし、むしろ彼女目当てで入り浸っているらしく、今も彼女の可愛らしい仕草を見て感嘆の溜息を吐いているプレイヤーが見える視界だけで2桁はいる。
「うーん」
ぽそり、とトラスト嬢は仕草をそのままに呟いた。
「イシュメルが推すなら神殿かなぁ。試したいこともあるし」
結局行き先は神殿に決まった。
反対意見を出そうとするだけでギャラリーに睨まれて黙殺されたせいなのだが……。