アキラの話を聞いた、私のリアル悪友であるところの背の低い種族――ホビットというらしい――が爆笑した。
「くっく、……いやはや。どこ行ったのかと思ったら炭鉱かー」
リラは何故このホビットが笑っているのか全くわかっていないらしい。まぁBOTのこともほとんど理解できていないようだし、当たり前だろうか。
「だからホロルがいいとリラがあれほど言ったのに」
皮肉を投げてやると、「うるさい」と不機嫌な顔で投げた皮肉を叩き落すアキラ。
実際にはそんなに不機嫌ではないはずだ。むしろ今回の炭鉱狩りでは、増えすぎた「群れ」を散らすのに、BOTを利用していたようにすら見えた。
弓を使うBOTだったせいもあり、巨大な群れを散らす際には確かに上手く散らしてくれたので、私に不満は少しもないのではあるが。
ちなみに、アキラのキャラクターは弓の才能が全くと言っていいほどないらしい。
一度、いくらかのレベルアップの後で弓を修練してみたら、10回の射撃で1度も的に当たらなかった――要するに弓の修練レベルが一切上がらなかった。
諦めて別の修練に変更したのは正解だっただろう。彼の知り合い――今は私の知り合いでもある。イシュメルという――は、初期から弓はほぼ命中だったと言うことだから、それを考慮に入れれば、本当に才能がないということになる。
ただし、その際変更したのは投げナイフで、これが面白いようにレベルが上がったため、しばらくアキラは投げナイフに重点を置いてレベルを上げた。彼の「師匠」が言うには、彼にはほぼ全ての能力が中途半端に備わっており、オールラウンドに能力アップを図るのが最も効率よくキャラクターを育成できるだろうとのことだ。その割にはレイピアと魔法のスキルが突出しているように見えるのは、きっと私の気のせいか、もしくはアキラの修練の賜物だろう。
「さって。そろそろアキラも『島』くらいなら行けるレベルかねぇ」
ホビットが、――ちなみに、彼女のキャラクターネームは「フィリス」と言う――散々笑い飛ばした後でそんな提案をした。
「『島』?」
「そう、『島』」
怪訝な顔でアキラが問い返すと、ノータイムでオウム返しにフィリスが答える。
「――まだ早い、……と思う、……けど」
アキラの隣でコーヒーを飲みながら聞いていた女性――こちらの名前はカルラと言う――が、それに反を唱える。
「そう?」
「――たぶん」
自信や根拠があるわけでもないのだろう。その瞳が、「余計なこと言ったかも」という後悔の色を見せた。
「……ま。カルラの判断は結構鋭いからね……今回はやめとこうか」
くすくす笑うホビットは、それならどこにしよう?と考えを巡らせる。
「キューレ神殿は?」
カウンターの向こうで作業している男、――通称【神の狂気】、アズレトが提案する。
「あそこ嫌い」
「そりゃお前だけだ」
大いに苦笑するアズレトに、アキラもつられたのか苦笑を向ける。
「つまりラックが高いのか」
「そゆこと」
サラマンダーとかもいるしね、と両肩を竦めて見せるフィリス。
フィリスは、信じられないほどラック値が高いらしい。アキラの師匠曰く、アキラのパーソナリティである「オールラウンド」と同等程度にレアのようだ。
サラマンダーには「クリティカル無効」のパーソナリティを持つ鱗が全身に付いており、攻撃の威力のほとんどをクリティカルで賄っているフィリスには、手応えが全くと言っていいほど感じられないサラマンダーは「嫌い」な部類に入る、ということらしい。
そして、どうやら『キューレ神殿』とやらにはそれ以外にも、クリティカルがほとんど効かないモンスターが多いということでもあるらしい。
「目的はアキラのレベル上げだろ?」
「あそこ最近結構湧き湧きなんだよ。だからいざって時救助も面倒」
無理と言わないところが彼女らしいと言えばらしいのだが、まぁ無理だと思う場所ならそもそもアズレトが提案したりはしないだろう。
「あと2時間潰して来てくれれば俺も行けるんだけどな」
ちらりと時計を見ながらアズレトが呟くと、店のマスターであるNPCが「雑談が過ぎるなら残業させるぞ」と低い声で呟き、「おぉ怖」とアズレトは両手を秤のように上げて苦笑した。
「2時間か……どうする?」
「だからアタシは嫌いなんだってば、あそこ」
嫌いだ嫌いだと言っているが、「嫌い」と断言するということは、少なくとも以前に行ったことはあるのだろう。そしてそれが無理ではないこともわかっているはずだ。
まぁ、アキラのレベル上げである以上、いわゆる「壁」を嫌うアキラの方ですでにキューレ神殿行きは除外されているかもしれないが、今のところ何も言わないと言うことは、彼らの先導で自力で戦う分でなら行くという心積もりなのかもしれない。
「ところで、リリーとイシュメルは?」
アキラが回りを見回しつつ、トラストがいないのは知ってるけど、と呟く。
そう言えば、今日に限って見当たらないアバターが3人ほどいる。
そのうち1人がいないことには気付いていたが、それに加えて白い翼のティタニアと、黒色の髪の弓手がいない。
まぁリアルでの事情もあるのだろうし、いつでも必ず全員が集まるべしと決められているわけでもないのだが。
「リリーは図書館だってさ」
「――またバイトか?」
アキラが尋ねると、いやいや、とフィリスが手を振った。
「神話のネタ探しだってさ」
ふむ、と呟くと、アキラはカウンターに手をついて立ち上がる。どうやら行ってみるつもりらしい。
「アキラ」
隣のカルラが声をかけると、「ん」と声を出し、アキラは声の主を見た。
「図書館行くなら――私も行って、……いい?」
「いやいや、いいも悪いもないだろ」
思わず発したアズレトの言葉は、NPCに睨まれ黙殺された。
そしてもう一人、私の隣で目を輝かせているプレイヤーがいた。
「あら」
図書館のNPCが、結局ついて来た私の隣を見て微笑む。
「こんにちはリラさん、今日も読書ですか?」
「はい。本楽しい」
いつの間にか、リラはここの常連となっていたようで、すでにNPCにも顔を覚えられていた。
NPCに案内されるまでもなく、すっかり覚えた「目録」に手を置くと、途端に文字が視界全体を黒く覆う。
この状態で使えるコマンドその1。特に何も特殊なことをしない「サーチ」。
読みたい本のタイトルを呟くことで、呟いた言葉の文字列を含むタイトルの文字列が整理されるというものだ。
例えば、「初心者」で検索すると、あるプレイヤーが執筆した文章がタイトルとして現れる。
今は加筆修正されているものの、数ヶ月前の段階では、書いた本人が赤面するほどの初級的内容で、本というよりは「紙」だったらしい。
読んだアキラが言うのだから間違いないし、書いた本人が言うのだから間違いない。
コマンドその2。指を立てて「ランダム」とワードを言う「ランダムサーチ」。
リラがよく使うコマンドで、彼女は雑多に色々なものを読み漁るのが趣味のようだ。
以前リラと一緒に何度か試したが、ここには読み物系や歴史系(この世界の)の本しかなく、辞典が出てくることはないため、それでも確かに楽しめるは楽しめるのだが、その「読み物系」には性的内容が含まれるものもあるし、「歴史系」には嘘八百をさもありなんと書き連ねるものまである。
なのでオススメはしないのだが、狩場に困った時にこれをやり、真偽を確かめてみるという遊び方もあるにはある。
コマンドその3。私が使うのは主にこれだ。
「ソート」
指を立ててワードを呟くと、視界の文字列が渦を巻くように回り始めた。
「C-A」
タイトルが一気に目の前に整列し、CAを頭に持つ本が整列する。
BZまでで読みたい本に関してはすでに読んでおり――実は流し読みだが――今回はここから読みたいものを探すということだ。
いくつかのタイトルを物色し、適当なタイトルを本に変えて手に取る。
後は一応念のため。
「ソート、ニュー」
同じソートの使い方として、新作を選ぶ。今月に入ってから「入荷」された本、あるいは加筆修正された本などを対象に選ぶものだ。
アキラが好むのは主にコレだ。
ちなみに、作者名での検索もソートコマンドで可能だ。
現実とは違い、同じ本を選んだからと言って本の在庫が切れる、ということはない。
なのでアキラと私が選んだ「新作」が同じ、ということは何の不思議でもない。今日発刊ともなれば、被るのも当たり前と言えよう。
「――本が被ること自体は不思議ではないが」
「ん?」
どうしてこの男は本を読んでいるのか。記憶が確かならば、アキラはリリーを探しに来たのではなかったか。
「――リリーは?」
「あぁ、さっき一旦落ちたらしい」
どうやら、道中ですでにそれをウィスパーで聞いていたらしく、目から視線を離しすらせずそれを説明された。
ふむ、と呟きつつ、疑問が晴れた私は改めて新作、「ライルゲート」の表紙を開いた。
ちなみにCAのソートは、ロクなものがなく、仕方がないので適当に「C.A.~その地平の彼方」と言うタイトルの本を持って来たのだが、さらりと読んでみるとこの世界の、ある地域の紹介……要するにダンジョン踏破の入門本だった。よくあることだ。
そして「ライルゲート」の方は、どうやらこちらは伝奇ものであるらしい。ちなみに筆者の名前は空欄。――つまりゲームマスターの誰かが書き、そして情報のひとつとして図書館に入れた、ということだろうと推測する。
内容は、この世界の歴史に基き、それなりに上手くまとまっている。ただしこれが真実である保障はない。
これまでに読んだいくつかの歴史書のうち、別の本と完全に真逆のことを書いてあるものもあったくらいだから信用はすまい。
だが、これが真実であるならば面白いだろう、と思わせる程度には冒険心をくすぐられるものだ。
「……ふむ」
ふと横から声が聞こえ、視線をアキラの方へと向ける。
「――レジェンドモンスターか」
伝説、と冠されたモンスター記述のところを読んでいるのだろうと見当をつけて聞き流しつつ、私もそのページを開く。
『レジェンドモンスター、ナイトフューリー。
姿を見たものはおらず、風か音かはたまた光かという速度で冒険者を屠るという悪魔。』
「興味があるのか?」
聞いてしまってから、当たり前か、とアキラの返答より先に結論を付ける。
本に夢中で聞こえなかったのか、それとも図星を当てられた腹いせの無視なのか……アキラは本から視線をはずすこともなく、そして返答することもない。
まぁ、彼の読書を邪魔することもないだろうと、私は再び本に視線を落とす。
――「激怒せし夜」。確か数世紀前の映画でそんなモンスターが出て来るものがあった気がする。
まぁこのモンスターがドラゴンであるとは限らないし、そもそもこのモンスターが実在するかも疑わしいのだが、この本が発行されたという事実は、ひとつのことを読み取れる。
……ゲームマスター的にはここに行かせたいのだろうという意図だけは知ることができるのだ。
「レジェンドモンスター?」
お前ら、ここはお前らのための溜り場じゃねぇぞ、と視線で語るマスターを無視し、フィリスが頓狂な声を上げた。
他のプレイヤーがちらりと視線を向ける中、構わずアキラが「さっき本で」などと続きを話す。
イシュメルはまだログインしていないがリリーとは合流でき、元の店に戻ってすぐ、アキラがこの話を出した。よほど先程の本が気になっているのだろう。
「いいね。そういう冒険みたいなの、ボクは好きだなぁ」
テーブルの上で――もう何杯呑んでいるのか忘れるくらいの酒を飲んだ後、ぐったりとしていた小人が不意に声を出した。
「……起きてたか、ムル」
「寝てないってば」
オゥボーイ、と呟きつつムルが半身を起こし、「さすがに呑みすぎたかな」と呟いて姿が消えた。
この世界での「酔い」ステータスはリログすれば治るので、恐らく一度キャラクター選択画面まで戻ったのだろう。
「どう思う?」
アキラが私に声をかけるので、「さぁどうだろう」と気のない返事を返してから、そんな返事ではあんまりだと思い直す。
「――少なくとも、ゲームマスターがそこに行かせる意図で書いているのだろうとは思うがね」
ふむ、とアキラが私の返事に興味を抱いたように考えを巡らせる表情をした。
イシュメルが到着するのを待ち、出た結論は「とりあえず行ってみるか」、というアキラの一言だった。
「どこにだ、ちゃんと説明しろ」
呆れたようなイシュメルの口調で我に返ったのか、アキラは図書館のくだりから説明を始めた。
「レイルゲートのナイトフューリー、……ね」
イシュメルは、手持ちの地図を取り出し、カウンターに広げた。
――広げたところで、いつものようにマスターに睨まれ、苦笑しつつカウンターではないテーブル席を見回す。
ここのマスターにとってカウンターは酒を飲む所で地図を広げる場所ではない。他の誰かが同じように地図を広げても、1分きっかり経ったところで必ず雷が落ちるだろう。
手近なテーブル席にアキラと私、そして地図の所有者であるイシュメルの3人が移動する。他のメンツはカウンターからでも会話が聞こえればいいと判断しているのだろう。
「今俺たちがいるのがここ、ルディス王国第三都市、フェイルスだ」
イシュメルがまず広げたのは世界地図らしく、現実の世界を模していくつかの大陸が並ぶものだ。――とは言っても、形は現実と似ても似つかないものだが。
「レイルゲートはここだな。――ライラガルドの第二……あれ?第四都市だったか?」
「シルヴェリアだろ、第二都市で合ってる」
フェリスが横から口を挟み、イシュメルが「サンキュ」と笑んだ。
シルヴェリアは、と言いながらごそごそと別の地図を見つつ、「これだ」とイシュメルは世界地図の上にもう一枚の詳細地図を重ねた。
「第二ってことはこの辺か。――シルヴェリアのレイルゲートと言えばかなり有名だ」
現実の世界地図で言えばアフリカ大陸の辺りを指し、左上から第一・第二と数えるあたり、この辺はプレイヤーの理解度を重視した呼び名なのだろう。
まぁ詳細地図に第一第二と書いてあるわけではないので、おそらくプレイヤー間での呼称というやつだ。
「――これか」
アキラが早々に指をさすと、確かにそこには「Rale Gate」の文字。
「確かその付近に、すでに廃墟と化した砦があるんだが、多分その本の言ってるのはそれだと思う」
ふむふむ、とアキラが周辺を指で辿りつつ、あっさりと砦跡を探し当て、そこに指を止める。
「むー。アキラのレベルじゃちょっとキツかない?」
フィリスが言うと、「こんな時トラストあたりがいればなぁ」とアキラが呟き、その斜め後ろでカルラが苦笑した。
「――彼女がいても、……多分、――無理」
カルラが言うには、カルラと同レベル帯の数人で行って狩りになるかならないかと言ったところらしい。
しかも、本によればナイトフューリーが出るのは深夜4時前後。シルヴェリアとルディスの時差がどの程度かわからないが、地図で見た限りでは、少なくとも同じではないだろう。
「シルヴェリアの4時って日本時間で何時くらい?」
「んー。多分アタシんとこと東京とが時差変わらないはずだから、……午後9時かな?」
計算が苦手なフィリスに任せきりにはせず、一応頭の中で自分でも計算してみることにする。
時差に関してはフィリスの言うとおり、日本時間とこちらとでは大差ないものとすれば、およそ7時間。
4時、……つまり28時から7を引いて21時。珍しくフィリスの計算は合っているということになる。――まぁ、合っている以上余計な口は挟まないが。
「今が……7時か。もうちょっと時間あるな」
とは言え、それはあくまでアキラと我々の話であって、他の地域はそうではないだろう。
特にリリーなどは今は朝方。リリーの生活パターンから考えてそろそろ寝たいところではないのだろうか。
「ま、全員揃うようなら行ってみよう。その頃にはトラストも来るしな」
言うアキラは、まるで遊園地を楽しみにしている子供のように見えた。