「――というのは可能だろうか」
そんな言葉でトラストが言葉を締めくくるのを聞きつつ、俺は思わず呆れ果ててため息をつき、ついでにぼりぼりと頭を掻いた。
どうせ俺にはそれが実行可能な案なのかどうなのかはわからない。回答は皆に任せよう、と思いつつ周囲を見渡し……
――おいおいおいおい。
思わず、トラストの言葉を聴き終えた瞬間より絶句した。
フィリスやアズレト、それにリリーやムルまでもが全員、真剣にそれを検討しているらしい表情をしていた。
アズレトは手に持っている地図を見つめながら道を辿り、ふむと呟いた。
まさかやるつもりなのかよ、と突っ込みを入れかけた瞬間、
「問題は山積みのようね」
とリアが声を上げ、俺は思わずほっとした。つまり不可能だということだろう。本気で実行を考えているのかと思って心配したんだが。
「最低でも、――正面突破組に迷惑。……それから」
「司令塔であるウェインにもだね」
カルラの言葉に続け、フィリスが呟くように言って、呆れたように首を振る。
司令塔であるウェインに迷惑がかかる、と言うのは、言ってしまえばこの作戦に携わる全員に迷惑がかかる、ということでもあるのだがそれを口にしないのは敢えてだろうか。
それとも、
「……司令官に負荷がかかってしまうのは確かに問題ではあるのだが、」
ヤロウわざわざ口に出しやがった。つーかコイツのことだからきっと全員に迷惑がかかるということまでしっかり考えた上で提案してやがるんじゃないだろうか。
「――この作戦の良い点としては、すでに作戦として決められていることと平行して行うことができるという点にある」
確かに、今さっき聞かされた提案は、すでに立てられている作戦の補助に過ぎない。そして、
「何より正面突破組がただの捨て駒にはならない」
しかもそれでいて、この作戦だけを単発で実行したとしても、成功すれば確かにプレイヤーの勝利と言う形にすることが可能だ。
ゲームマスターは両方の作戦を、あわよくば――あくまでプレイヤーにとっての「あわよくば」――同時に阻止しなければいけない。
「どうする?――やってやれないことはないが」
「あぁ、あくまで素人である1個人の無謀な作戦だと思うのであればあっさり却下してくれて構わない。ただ意見を聞きたいだけなのでな」
アズレトの言葉に、トラストが顔の前で手をぱたぱたと振って謙遜する。
本人はああ言っているが、俺が思うに実行は可能だ。
「山積みの問題をひとつづつ片付けましょう。……実行するかどうかはそれ次第ということでいいかしらね?」
リアの言葉に、リアを除く全員が首肯した。
――てかやる気なのかよ。
残り時間があと2時間ちょっと、ということも考慮し、俺たちは城に向けて歩き出した。
唯一空の移動が可能なリリーは物資の調達。3箇所を回って調達し、1つでも無理なようならその場でこの作戦は諦める。
「頼むわね」
リアが、財布であろう革の袋をリリーに渡し、渡されたリリーは頷いた。
ムルはパーティーの護衛だ。すでに炎の狼を10体出し、そのうち1匹の頭の上にちょこんと腰を下ろしている。
複数体の狼は、ムルの乗ったヤツの周囲に他のメンバー全員を囲む陣形を取っている。
もっとも周囲に警戒できる形――ただし操作が異常にムズいらしく、ムルは少しだけ渋った――なのだそうだ。
ちなみに、ムルにはこの狼全部の視界を共有できるらしい。俺にはどういう状況なのかわからないが、一匹づつではなく、すべての視界を同時に共有し、異常があればどの狼の視点に異常があるのかも把握できるのだそうだ。
リアとアズレトは他のパーティへの伝達と言うか「進言」だ。こっちが失敗した場合も、リリーを呼び戻してこの作戦は諦めることになる。
他のパーティの承認とリリーの物資調達が成功して初めてウェインに作戦を伝える。その後、ウェインによって各パーティへもう一度作戦の実行が伝達され、そこでようやく作戦の実行が決定される。――それまではあくまで「ただの作戦案」であることを各パーティへ伝言するのもリア、及びアズレトの「進言」の内容のひとつだ。
カルラとフェリスは、ムルの狼が万一突破された場合の、警護役だ。
俺とトラストは特にすることはない。――呪文の契約をしていないトラストはともかく、俺は呪文でも覚えながら行くことにするか。
城に辿り着き、ムルが溜息を吐いて狼を消した。
「ご苦労様」
「まったくだよ」
リアの微笑みに苦笑を向けながら、ムルはその場に寝転がった。
「――ちょっと落ちつつ回復するから、ボクを守っててくれる?」
「あいよ、任せときな」
フィリスがにっ、と笑みを向けると、ムルは「よろしく」とだけ呟いて大の字に寝転がって寝息を立て始めた。
リリーの連絡はないが、リアとアズレトの「進言」は上手く終わったようだった。
「遅いね」
フィリスが時計を見つめて呟く。
「さっき、……あと10分くらいで着くって」
カルラが言うと、フィリスがあぁ、と納得したように呟く。
「買えたって?」
「うん、……みたい」
うへぇ、と思わずげんなりして、俺はトラストの方を横目でちらりと見、その表情が微笑の形で固定されているのを見て溜息をついた。
――突入まで、……あと1時間半だ。
「――ウェインに連絡を取ってもらってもいいかしらね?……アキラ」
「俺かよ」
思わず苦笑しながら呟いて周囲を見る。
「ん、当たり前じゃん」
フィリスが表情でも当たり前じゃんと言いながら、俺に視線を向けた。
「そうだな、当たり前だ」
アズレトは苦笑を向けながらも同じ言葉を呟いた。
「どうして俺なんだ」
思わず呟くと、え?とリアとフィリスがこちらを見た。
「――だってお前リーダーだろ」
イシュメルの言葉に目が点になる。
「ちょっと待て聞いてないぞいつ決めたンなこと」
「あぁスマン言い忘れてた」
アズレトが笑いながら、少しも悪そうに思っていないようなセリフを吐いた。
聞けば俺が赤髪ドワーフと話していた間に決めたらしく、俺とトラスト、そしてイシュメルは最後尾で指令、及び警戒を担当することになったらしい。
そして、その3人の中でリーダーを決めることに俺を話に加えないまま勝手に決め、イシュメルとトラストの強力なプッシュで俺がリーダーということに勝手に決めたらしい。
「――いや、冷静な判断力ならトラストの方が上だろ。それにゲーム歴ならイシュメルの方が上だし」
すでに決定事項と化してしまっているらしいリーダーを何とか変えることができないかと反論を試みることにした。
「判断力や計画力でならお前に劣る気はしないが、……突発事項に強いお前の方がリーダーにはうってつけだと思うのだが」
口論や論議において、トラストには何を言っても勝てる気がしないのはいつものことだ。現にすらすらと反論を述べるあたり、俺が反論することもお見通しの上、その反論をとっくに考えていたに違いない。つまり、こっちに何を言っても無駄だということだ。すでに俺の言ってくる言葉程度ならシュミレート済みで、それに対する答えも当然決めているだろう。黙示録だけではなく、コイツに俺は口論で勝った覚えがない。
「――ゲーム歴は確かに俺の方が上だが、俺の専門は弓だ。後衛に徹したい」
イシュメルの言葉通り、弓で形だけでも戦闘に参加できるのであればそっちに徹してもらった方がいい。場合によってはモンハウ状態――敵が同じ所に固まっている状態――の敵をこちらに引き付けて「散らす」ことのできる「弓」は、全体を見渡す余裕があるかと言えば確かに難しい。
「むぅ、俺でいいならやるけどよ、初心者にンな大役任せて、」
「いいんだよ」
フィリスが俺の言葉をすっぱりと遮る。
「どうせ魔法も剣も、マスター相手じゃ格が違いすぎてアキラじゃ無謀が関の山さ」
「そうね。……今回はその無謀が通じる相手でもないわけだから」
ぐっ。……返す言葉も見付からない。
カルラが俺のその表情を見て、くすりと微笑する。
「――ドッペルの、……対処は素晴らしかった、――から」
言葉を選ぶように途切れ途切れに、それでもカルラは言葉を続ける。
俺のあの無謀を「対処」として評価してくれている、と言う言葉は、少なくともカルラからは初めて聞いた。
「期待……、……違う、――私たちは、……アキラがリーダーならいいと、」
どう言えばいいのか迷っているかのように、カルラが言葉を選び、ゆっくりと俺の顔に目を向けた。
「――希望、……する」
俺がリーダーであることを希望する、――そう言い切り、カルラは再び俺に微笑んだ。
一応他のメンバーを見回すと、フィリスもアズレトもリアも、俺の返事を待つかのように俺に視線を向けた。
「ま、さっきも言ったが……まぁ俺でいいならやるけど、あんまり期待はしないでくれよ」
「しないしない。何しろ無謀だからな」
言って、イシュメルが俺の背中をぽん、と叩いた。
地図を片手にトラストの作戦をウィスパーで軽く説明する。
『――それは真面目な作戦か』
向こうも地図を片手に聞いているのだろうウェインの声から、乾いた驚きを感じつつ、俺はそれを肯定した。
「トラストの案なんだけどな」
すでに準備を進め、あとはウェインの承認待ちであることと、各ルートのリーダーに伝えれば作戦が実行されることを伝えると、ウェインは少しだけ考えるように唸り声を上げた。
『作戦の実行は構わない。――今回の作戦には支障はないのだろう?』
「ないと思うが、多分」
俺に自信はない。自信があるのはこの作戦を立てたトラストだ。
「――トラストの考えだからな、多分信用していいだろうと思うぜ」
『ふむ、まぁメインの作戦は彼女の案だから問題はないだろう』
言ってから、ウェインは笑いをこらえるような声を出した。
『大変だが、……まぁ了解した。その作戦は効果的だ。突入案を一度検討してから全パーティリーダーに一斉ウィスパーで流す』
「わかった」
言ってウィスパーを切り、時計を見る。
――あと、30分。
「どうだって?」
いつの間にか――おそらくウィスパーで話してる間に――帰ってきたリリーが、俺にアイテムを手渡しつつ聞いた。
「――作戦は実行可能、突入案を検討してもう一度連絡する、だそうだ」
すでに全パーティにこの作戦案が伝わっている。ウェインが突入までにウィスパーで指示を与えれば即座に作戦開始だ。
『――ウィスパー、リナ=セラ』
不意に、ウィスパーでウェインの声が流れる。
「お」
思わず声を上げる。メンバーの全員がこっちを向くのを感じつつ時計を確認する。突入2分前だ。
『遅くなってすまなかった。トラスト嬢の考えた案より少しだけ効果的な突入を考えていた。……アキラ、すまないが彼女にこの案を伝えてくれ』
「面倒だから本人にもウィスパーを通してくれ」
一蹴すると、ウェインは微かに笑いを返し、『ウィスパー、トラスト=レフィル』と呟いた。
『少し時間が押すが聞いてくれ』
地図を見ながら聞いているうち、確かにトラストの案よりも「少しだけ」、ウェインの案が効果的なことがわかる。
「少しだけ時間をもらっても?」
『あぁ、構わない』
トラストがふむ、と呟きながら地図に指を這わせる。視線が地図の上を、指を無視して動く。
「――なるほど、確かにそちらの方がいい。その案でお願いしていいだろうか」
『ではこの案で』
とウェインが呟く。
『では各自、突入の準備を終えたら作戦開始だ。敵との遭遇での負傷・死者の情報は――』
不意にウェインの声が途切れ、そして笑いが漏れた。
『――わかったよ、わかり切ったことを繰り返す必要は確かにないな』
どうやらどこかのパーティが、口上が長いとでも言ったらしい。
『では行こう、各自突入開始』
その言葉とともにウィスパーが切れた。
「さて、俺たちは多少ゆっくりできるわけだが」
言って振り向くと、
「何言ってる。こっちには初心者が二人もいるんだ。低レベルの数は3人だしな」
イシュメルが腰を上げつつ呟いた。
「――そうだな」
言って、地図を丸めながらトラストが呟いた。
「タカを括って遅れました、じゃあ、作戦立案者として申し訳が立たない」
言って、そこにすでに見えている、「2の入り口」に視線を流す。
他のメンバーも同じ意見のようだ。――まぁ俺も言ってはみたもののゆっくりするつもりはないんだが。
「じゃ、行くぞ」
言うと、ムルが周囲に狼を展開した。
後方の警戒に1匹を残し、残りの視点を全て前方に集中した、通称「突入型」と言う配置なのだそうだ。
「上から来るガーゴイルの警戒は後衛陣に任せるからよろしく」
「おう」
イシュメルが言い、俺たちは入り口へと歩き始めた。