『爆弾製造の過程で困った物を作っちまってな』
赤髪のドワーフはそう言った。
「ん?いやそれを俺に言ってどうするよ」
失敗して妙な効果の爆弾でも作ったのだろうと推測する。となれば俺に言ってもどうしようもない。
そもそも爆弾は7個、すでにひとつづつ配られているもので十分なはずだ。となれば、それは処理するかもしくは別の機会にでも使うべきものだ。
『いやまぁそうなんだけどよ』
困ったような口調で言うドワーフ。
『ウェインの野郎が推薦して来たのがお前なんだ、一応意見を聞いておこうと思ってよ』
「一体何の話だ」
ははは、とドワーフが苦笑する。
歯切れが悪い。話しにくいことなのだろうとあたりをつけてみる。
「一応こっちも作戦会議中なんだが」
続きを促してみると、ドワーフは再び苦笑した。
『――簡単に説明だけするとだな』
ドワーフの説明はまさに簡潔だった。
『製造でファンブった』
思わず目が点になる。ちなみにファンブった、と言うのはファンブル、つまり大失敗したと言う意味だ。
「――爆発とかしなかったのか?」
あぁ、とドワーフは苦笑した。
『爆発はしなかった。普通ならしてもおかしくないところだったんだけどな』
ドワーフが言うには、爆弾を製造する際、失敗=爆発となるらしい。だがそれがどうして「困った物」という話になるのかわからない。
『仕様が変わったのかもしれんな』
そう前フリしたドワーフの言うところによれば、爆発すると覚悟していたファンブルによって、「困った物」が出来あがったらしい。
ふむ、と思わず声を漏らす。
「それで、さっきと同じ質問なんだが……それを俺に言ってどうするよ」
ウェインが俺を推薦してきたとのことだが、それも意味がわからない。
俺とウェインとの付き合いは短い。そのウェインが俺を認めてくれたというのは少し考え辛い。
それでも俺を指定したと言うのなら何か考えがあるのか、厄介払いとして俺に押し付けるということか。
『ウェインの野郎の考えはわからないけどな』
そしてこのドワーフにしても意見は同じということだろう。
「それで、その困った物ってのは何だ?」
俺の言葉に、一瞬ドワーフは沈黙する。
『……とりあえず、会ってから話そう』
以前リアと待ち合わせた噴水へ着くと、そこにはすでに赤髪のドワーフがいた。
よく見るとドワーフも戦闘に参加するらしく、本人の身の丈ほどもあるデカい斧と、同じくらいデカいイカツい盾を背にかついでいた。
「製造じゃなかったのか」
「いや製造だがな」
聞けば、製造は素材を採って帰るため、特に力の強いドワーフは戦闘もこなせる者が多いらしい。サブでドワーフを作って育てず、製造に専念させるってヤツもいるんだろうが、この赤髪はどうやら戦闘もできるというタイプらしい。
「今回も参加するのか?」
「あぁ、一応ウェインと同じ班で戦闘に出る」
俺はシールダーだからな、と盾を指差す赤髪に、なるほどなと思わず納得する。
「……で、コイツが例のモノなんだが」
おもむろに、ドワーフが懐から小さな筒を取り出した。
「……スキャンはできねぇよな?」
言いながら、俺にそれを持たせ、ドワーフは指でそれに触れる。
スキャンの無詠唱発動。確か30レベル以上だったか。
[アイテム名【ギャンブルボム】ランク20、破壊力1から9999までランダム。起動コード:未設定]
アナウンスの言葉に思わず目を点にする。
「……どうだ?俺の言ってる意味はわかったか?」
「――ちょ……っと、待て」
確かに「困った物」だ。
9999というのがどの程度の威力なのかは知らないがきっと味方を確実に巻き込む程度の破壊力なのだろうし、さらに最低値が下手をすれば無に近い。
例えば壁を破壊しようとして1ダメージとか低い破壊力だった場合は全く意味がない。
また逆に、壁を破壊しようとしただけなのに最高値近いダメージが出た場合はどうか、というと敵味方巻き込んでとんでもないことになりかねない。
「……俺たちに渡された普通の爆弾はどの程度の破壊力だ?」
聞くと、ドワーフは俺にウェイン班のだろう「攻略用」の爆弾を持たせ、スキャンを発動する。
[アイテム名【ランポートディストラクション】ランク3、破壊力300。起動条件:火類]
城壁破壊、と名の付いた爆弾の破壊力が300。だとすれば、……下手をしたら城が吹き飛ぶな。
うまく壁を壊すだけ、くらいの威力で爆破されてくれれば助かるが、それ以外は全く役に立たないか、もしくは逆に迷惑極まりないか、……ということだ。
思わずうへぇ、と声を上げるとドワーフが苦笑する。
「どうする?いくらウェインの推薦っつっても使い所がないだろ」
まったくだ、と反射的に言ってしまってから、それでも一応考えてみる。
まず、城壁にコレを使うのは危険極まりない、と判断する。
理由はその破壊力だ。中間が5000だからそれを基準にするとしても危険極まりない。城壁が17枚弱破壊される計算だ。下手に最大威力なんか出さなくても城が吹き飛ぶ計算だ。
だとしたら、城壁ではなく敵に対する攻撃として使うべきか、とも考えたが、赤髪ドワーフに聞いてみると、プレイヤーの方はともかく、ボスモンスターには爆発破壊耐性があるのが普通らしい。
「まぁ耐性っつってもノーダメってわけにはいかないけどな」
赤髪ドワーフが言うには、ボスモンスターに限り、レベルに応じたダメージ軽減があるらしい。
過去の検証では、レベルがそのままパーセンテージだと推測されている。99レベルならば、たとえ9999の破壊力だとしても101ダメージでしかないということだ。まぁあくまで推測なので、もっと低い可能性も高い可能性も捨てられてはいないのだが。
「つまりボスには無意味ってことか」
「あぁ。そうなるな」
ふむ、と相槌を返し、俺はとりあえず渡されたギャンブルボムを手で弄んだ。
「――わかった。とりあえずこいつの使い方を教えてくれ」
赤髪ドワーフの説明の受け売りをメンバー全員に伝える。
ちなみに隠れ家からすでに出て、フィリスのバイト先の武器屋前だ。
ふむ、とトラストが考えるように手を唇に添える。
――その仕草が完全に堂に入っている上、声もすでに完全に女性の声にしか聞こえない。もはや完全にトラストはネカマと化して――いや、最初からそのつもりでやっているのだろう。
まぁいいか、と内心呆れつつ諦める。
ちなみにトラストと俺のシフトは今週いっぱいは休みだ。
所詮バイトでしかない仕事だが、休みでなければ今頃二人とも仕事の時間だ。
現在時刻は日本時間で、夜が明けての9時。
そして、ウェインから全員に配られたもうひとつの時計の時刻は2時。
――この時計が5時になるまでに城に辿り着き、6時に攻城戦を開始するそうだ。
あと3時間。城に着くのに障害がなければ1時間せずに城に辿り着く。
「……とりあえず、起爆コードを何にするかだな」
赤髪ドワーフの話では、起爆コード付の爆弾は起爆コードを設定すると設定した者が所有者になり、「特別な品物」となるそうだ。そして所有者でなければ起爆コードを発動できない。さらに起爆コードを設定後は外から爆発させることは不可能。特別な品物は解体も壊すことも不可能と言うことらしい。
「それを踏まえ、まずは誰が持つかだ」
一番の問題を口に出す。
「アキラじゃね?」
「――アキラだろ」
フィリスとアズレトが即答した。
「ウェインから託されたのがアキラである以上、私もアキラが持つのがいいと思うわ」
「うん、……同感」
追随してリアが言い、それにカルラが同意する。
一応リリーやトラスト、そして足元のムルに視線を向けるが、どうやら依存はないようだ。
「いやいや待て待て。それだと俺が死んだらコレ使えないだろ」
第一の問題はそこだ。
俺はこの中では2番目に最弱だ。さっさとやられてしまった場合爆弾自体が無意味になってしまう。
――さすがにそれは勿体無い気がする。
「いいんだよ、使うつもりはないんだから」
フィリスがあっけらかんと言ってみせる。
「あくまでそいつは保険だし、――ってかそもそもアキラを死なせるつもりはないし」
「それに、咄嗟の判断能力の高さはこの中でアキラはかなり高いと思うわ」
フィリスの言葉に続き、リアがそう言って肩をすくめる。
「――認めたくはないけれどね」
持ち上げてから叩き落された。だが俺に貼られた「無謀」と言うレッテルがある以上、俺に反論の余地はない。
「……それなら、お前が持つことでお前を中心とした作戦を考える必要があるな」
トラストがふむ、と各自に配られた城の内面図――皆がどの道を進むかを決めている間、赤髪ドワーフが各班に行き渡る数だけの地図を作っていたらしい――の道を指で辿る。
「道選びの時も言ったが、こっちの道でいいか?」
言いつつ、2箇所壊すと玉座、という道筋を辿ってみせる。
ムルが不思議そうな顔をし、疑問を口に出し、トラストが説明すること数分。
「――一枚の壁を自力で壊す、……ねぇ」
ムルはどうやら正面突破組と合流するつもりだったようだが、明らかに俺たちの作戦に興味を示していた。
「確かに自力で一枚壊すだけの準備があれば……いやでもその準備がキツくない?」
ムルの言う通り、当面の問題はそこだ。
このゲームでの壁の性質がわからない以上、ただ破壊するという目的での準備はキツいような気がする。
「――初心者丸出しで申し訳ない質問なのだが」
不意にトラストが声を出す。
「城と言うのはこのゲームのサービス開始から存在したものなのか?」
どうやら、噴水付近に立っていた地図の、手書きでの「城」の文字が気になっているところから、ある程度の推測を立てていたようだ。
「いや、ギルド対戦が開始されてからプレイヤーたちが自力で建てたものだ」
建築知識と技術、材料確保とその採取、いったいどれだけの苦労があったらあのデカい城が建つのだろうか。――さすがに今回の作戦は気が引けるな。
「ふむ、だとしたら城の外壁の属性はそのまま土というわけか」
なるほど、と感心したような声がアズレトから漏れる。
「だとしたら水に弱いか?……いやそんな単純な話でもないか」
水で崩壊する建物、なんて簡単な話があるはずがない。
そもそも来年以降、天候を実装予定だと公式サイトにあった気がするから、それだと雨が降ったら城が崩れてしまう。
「そうなると――物理的に壊すしかないってことかしらね」
「――そうなると鎚とか……いやそれでも難しいぞ」
リアやアズレトが難色を示す。
「じゃあさ」
フィリスが背負ったタイ剣の柄を軽く叩きながら、
「一枚目を壊してみて無理なら――いっそのこと正面突破でどうよ?」
正面突破。――フィリスは苦肉の策みたいに言っているが、俺はむしろそっちの方が成功率が高いんじゃないかと思いつつ、それでも策は練りたいなぁなどと少しだけ困った顔を向けてみる。
「……壁を、――壊せればいいの?」
言いあぐねていたのか、カルラがぽそりと小さい声で呟く。
「――ん?カルラ、何かあるのか?」
思わず反応してみると、全員の視線がカルラに集中した。
「城の壁が壊せるかどうかは、……わからないけど……」
言いながら、カルラが振り返る。
――その様子に全員が絶句していた。
小さく「奥の手だから」などと言いながら、カルラは少し俺たちから離れたところの壁を選び、軽く杖で小突いて見せたのだ。
「すっ……げぇ」
結果は、その杖を中心にして、壁に巨大な穴が開いた。
「――モンスターには一切効果が、……ない、……から」
言い訳でもするかのように、カルラが照れたようにぽりぽりと頬をかく。
いや実際言い訳なんだろう。カルア唯一、内緒内緒の「奥の手」スキル。
「――って、一枚目をこれで壊せたら爆弾いらないんじゃ」
ムルが思わず口にすると、カルラが首を振る。
ぽつりぽつりと言うところによれば、効果は絶大だが2時間のディレイがあるそうで、滅多に使いどころもなかったんだとか。
これで何とかなるかもしれない、と思いつつも、
「――一応、城の壁相手じゃダメだったときのことも考えておこう」
相手はゲームマスターだ。
ドッペルゲンガーを対象にやってみせたように、壁の構造をエンチャントで強化する、なんてこともあり得るかもしれない。
ふむ、とトラストが呟いて、目を伏せた。
そして一度地図をちらりと眺め、――そして口元に笑みを浮かべた。
「――こんなのはどうだろうか」