話を知っている連中が無駄話をしているのはわかっていたのだろう、説明をしている時の声よりよく響く大声でウェインが声を響かせる。
質問があるか、とのことだが俺は正直特にない。
他が途惑う中、トラストがゆっくりと手を挙げる。
「攻め方は今の方法でいいとして、パーティの割り振りはどうするのかまだ聞いていない」
当たり前だとツッコミを入れそうになったが、周囲の視線が突き刺さりそうなのでかろうじてその衝動を抑える。
ウェインが今話したのは俺たちが蘇生に向かう前の状況から立てた作戦だけだ。
人数すら把握もせずパーティの割り振りは無理だっただろう。だが今は人数をある程度把握できる。
あぁ、とウェインは苦笑した。
「わかってる、今からそれを決める」
言って、ウェインは周囲を見渡した。
「まず、城の出入り口は8つ。正門を志願したい人はいるか?」
さすがにいないだろ、と思ったが数人が迷わず挙手をする。そしてそれに追随するかのように数人が続く。
「……13人か。その中で回復・蘇生に回れるのは何人だ?」
3人を除き、上がっていた手が下りた。
戦闘員が10人、回復係が3人。
――意外にもそのまま採用できそうだと思ったが、ウェインは少し迷うような仕草を見せた。
「――ちなみにこの全員の中で回復役は全部で何人だ?」
トラストが口を挟むと、ウェインの「手を挙げてくれ」と言う声より早く、次々と手が挙がった。
軽く数えただけでざっと25人、8で割って3人強だ。
ふむ、と俺と同じ計算をしたのだろう、トラストが呟いた。
「それしかいないのならば3人は少し多い気がするが、判断は任せる」
ウェインが考えるように視線を一瞬足元に落とし、すぐにその視線を上げた。
「――正面は正直捨て駒のつもりだが、それでも今の13人は志願するか?」
あっさりと事実だけを告げるウェインに、そんなことはわかってると言いたそうに、内数人が「行くぞ」「俺もだ」と声を上げ、残りのメンバーもそれに合わせて首を縦に振って見せた。
「……いいだろう、その13人は戦いの準備を始めてくれ。言った通り捨て駒ではあるが、……全力で攻めて損はない。質問があれば囁いてくれ」
言うと彼らは軽く返事を返し、部屋を出た。ちなみに囁くと言うのはウィスパーのことだ。
さて、とウェインは13人減った部屋を改めて見渡した。
「次は残る7つの割り振りを考えよう」
言って部屋の壁に、いつの間にか持っていたチョークのようなもので図を描き始めると、辺りのざわつきが少し収まった。
途中、テオドールに図を見せつつ何かを尋ねていたが、ようやく完成したのかその手を止める。
「――これが大体の見取り図だ。攻城戦をしたことがある者もいるだろうが……まぁここ数年の間で壊されてリフォームしての繰り返しだから、多分覚えと違うところもあるだろう」
言うと、プレイヤーは我先にと見取り図へと近寄り始めた。
俺も近くに寄ろうと思ったが、あのプレイヤー達の壁を抜けるのは不可能に近いだろうと判断し、壁に寄りかかって見守ることにする。
「いいのか?見に行かなくて」
ウェインがいつの間にか俺の隣で壁に寄りかかっていた。
「……どうせ俺はこの中じゃ最弱に近いプレイヤーだからな。雑用程度しかできることはないだろ」
ふむ、と俺に視線を流し、ウェインは考え込むように視線を足元に落とす。
「……いや、そんなことはないさ。――たとえ最弱でも使い道はある」
言うと、俺の肩にぽん、と手を乗せウェインはその手を後ろ手に振りながら壇上へと歩いて行った。
ん?ちょっと待てそれは俺を最弱だと言っているのか……
しばらくしてプレイヤーが図から退き始めると、ウェインは割り振りの希望を取り始めた。
各々好きな場所を羊皮紙に書き込んでウェインに渡し、テオドールがそれを集計しているようだ。
とりあえず俺は地図を眺めることにする。
城の構造はシンプルだった。
まず、正面から玉座までは一直線で最も近い。
中央に玉座。その玉座を、まるで蛇がとぐろを巻くかのように廊下が円状にぐるりと取り巻いているが、所々通路が設けられ、壁で塞がれてまるで……いや、これは迷路だ。出入り口は正面を含め8つ。正面から8方向。おそらく上が北とすると正面は南口だ。希望を取る目的のため、西南から順に東南まで、1から7の数字が割り振られている。玉座から通路に繋がる道も8つ。
とりあえず玉座からその迷路を辿ってみる。
すると、かなり複雑ではあるが、正面を含めた全ての出入り口は玉座に通じていることがわかった。
最短のルートは――正面を除けば――行き止まりの存在しない4だが、7も別れ道は多いが微妙に近いと言えば近い。
逆に3は行き止まりが多く、地図でもなければ辿り着くのは難しそうだ。
あとの1・2・5・6は当たらず障らずと言った感じか。
……ただし、壁を壊す手段があれば話は別だ。
ドワーフが今製造している爆弾、……いや壁を破壊できるだけの物であれば何でもいい。ハンマー、槌、場合によっては剣や斧なんかでもいい。
最短距離、つまり壁を壊して突き進む。それができるのがこのゲームだ。
古くからあるオブジェクトシステム……いわゆる「破壊不可システム」が残るゲームでは、こうはいかない。
一番楽なのは4だが、多分そっちは希望が多いだろう。
無難な1・2・5・6を辿ってみる。
この中で一番わかりやすいのは2か。1箇所壁を破壊すれば玉座に辿り着ける。次点で1、5、6で2箇所壁を壊せばいいだけだ。
だが、2の壁は壊して行き着く先は正面の連中と同じ「正面通路」だ。そっちの道から行くのなら、正面隊と分ける意味がない。
念のため3も辿ってみるが、3箇所破壊しないと辿り着けない。
となれば、一番安全なのは3だ。――俺やトラストのようにレベルの低い連中はこちらを選ぶ方がいいかもしれない。
「どう思う?」
声に振り返れば、いつの間にかリリーとカルラが隣にいた。
「んー……。安全策なら3だと思うが、活躍したいなら4かな」
「2も捨て難いと思うがな」
トラストが会話を聞きつけて会話に割り込む。
「……そうか?いや、壁を一つ壊せば行けるのはわかるが正面に出るのは得策じゃないだろ」
ん、とトラストが声を漏らす。
「――あぁ、ひょっとしてこの道のことか。違う、こちらの道だ。辿ってみるといい」
言われて道を辿り、なるほどと思う。ひとつ壁を破壊し、正面通路に沿う形で通路を進んだ先にある、玉座の間と通路を隔てる壁をもうひとつ壊せば玉座だ。
まぁ壁を壊す手段にもよるだろうが、その手段として爆弾が玉座手前の壁で使うことができれば奇襲としてはかなり有効な手だ。
そうこう言っている間に、アズレト、カルア、リア、フィリスの4人が俺の背後から地図を覗き込んでいた。などと考えている間にリリーも近付いて来てトラストの指をさした先を見て「なるほど」などと感嘆している。
「他にこの道の希望者がいなかったらこの7人でここを攻めるってのはどうだい?」
勝算があると踏んだのかどうなのか、フィリスがにやりと俺たちに笑いかける。
「いいけど、――敵がいないわけじゃないんだぞ。そうそう上手く行くと思うか?」
俺が苦笑して見せると、リアが「そうね」と呟く。
「確かにこの道は魅力的ではあるのだけれど、どうかしらね。ゲームマスターが気付いていなければ楽に通してくれそうだけれど」
ふむ、とトラストが唇に手を当てる。っていうかネカマの仕草が妙に上手い。実はネカマプレイはこれが最初ではないとか……いや考えすぎか。考えすぎだと信じたい。
「……では一応別の希望を各々出し、この道に志願者が少なければ改めてこの7人がここに志願、という形でいいだろうか」
まぁ、フィリスやアズレトはさっき羊皮紙をテオドールに渡しているのを見ているのですでに希望は出していただろうからそういうことになるんだろうか。他の4人は知らないが。
「いや、俺は最初からこの道に志願する」
いつまでもアズレトたちだけに頼ってプレイしているのはつまらないと思う。
俺のように初心者プレイヤーは、死んでゲームを覚えるのが基本だし、そもそもセーブしてあるので経験値を考える必要もない。ここらで現実を見てさっさと死んでしまうのもまた一興だ。ドッペル戦で死んだ時に見た「死人の世界」。あの状態ならば他のプレイヤーに迷惑をかけずに見学もできるのではないだろうか。まぁ他に志願者がいなければ、あるいは少なければいつものメンバーでの行動になってしまうが、それはそれで楽しそうだ。
「そうか。それならばこちらもこの道に志願することにしよう」
トラストが、俺がその道を選ぶと思っていたかのようにあっさりと道を決めた。
「では発表する。予想通りかなり道によってばらつきがあるな」
ウェインがよく響く声で告げる。
集計結果、プレイヤー数は104人。
正面に13人だから、残り91人。
順に、1-13人、2-3人、3-10人、4-30人、5-12人、6-14人、7-9人。
圧倒的に4が多いのは理解できるが、7が意外と少ないのは何故だろう。
「13人以下の箇所を希望したメンバーはそのまま準備に取りかかってくれ。それ以上の箇所を希望したメンバーは話し合いを……」
「あ、アタシは4にしたけど降りる。2に変更で」
フィリスがあっさりと手を上げ、俺たちの方へと歩み寄って来た。俺も2で、とアズレトが6から抜ける。
「……そうか、では残りの6のメンバーもそれで確定だ」
そうこうしている間に、リア・リリー・カルラも4を抜け、事前の打ち合わせ通りに俺たち7人はあっさりと2へと固まった。
「……ところであと一人って誰だ?」
7人が揃い、もう一人は……と周囲を見渡す。
「はい、ボクです」
どこからともなく可愛らしい声が聞こえ、ん?ともう一度見渡す。誰もいない。どういうことだ。
「――アキラ、足元」
カルラの声に従ってちらりと足元を見る。
――いた。
「ってちっさ!」
「ちっさい言わない!ボクから見ればそっちがデカい!」
思わず声を上げると、即座に反応が返る。
その声の主は足元に確かにいた。
身長は……およそ10センチほどだ。
「――まさかラッティアスが生き残って混じってるとは驚きだね」
フィリスが呟いたので思い出した。リアの初心者本に確かあったはずだ。「とても小さい種族」とか「踏むとPK」とか。……これは確かに踏みそうだ、などと考えていると、足元のそれはむっとした表情を苦笑に変えた。
「――まぁいいか、ボクの名前はムル。よろしく」
名乗った瞬間、ムルの趣味なのかそれともバグなのか、膨大な文字列が壁を作って俺とムルを隔てた。
――一応目で追っては見たものの、一応名前らしき文字列だ。バグではないとしたらムルの趣味か。……かろうじて最初の「ムルシアレス=フェイルザード=ラクティスィ……」まで読んだところで文字は消えてしまった。いくらなんでも読めないだろ。
しかし少し興味がある種族だ、と実物を見て思う。
見た目はただの人間……言うなれば小人だが、これだけ小さいと動いているのが不思議で仕方ない。
どんな種族かは知らないが、この種族の視点から世界を見た場合、どういう感じに見えるのだろう。――というより、スライムですらデカくて倒せないんじゃないだろうか。戦力になるのかコレ。
「どうやって戦うんだ?」
思わず問うと、ムルは手のひらを差し出すように出し、そこに炎を生み出した。
魔法使いか、と思った矢先、その炎が徐々に形を作っていき、数秒もしないうちに炎が狼の形を作る。
「おぉ、スゲェ」
思わず感想を言うと、ムルは「君、初心者でしょ」と俺をびし、と指差した。
聞けば、ラッティアスは耐久に欠けるのものの攻城戦では主力となる存在で、エルフ並みの知能とティタニアには及ばないもののそこそこの俊敏さを誇る強力種族なのだという。
ただしさっきも言ったように耐久に欠けるので、一撃食らえばあっさり沈むのが玉に瑕だ。
ムルはその俊敏と知力の両方を徹底して育てた、いわゆる二極型だということらしい。
『一つ確認したい。……2に行きたいというメンバーが他にいないんだが、君たち8人でも大丈夫か?』
ウェインからのウィスパーを全員に伝えると、フィリスが「いいんじゃない?」とあっさり言い、ムルを除く他の全員がうんうんと頷いた。
「いいそうだ。こちらはこの8人でやる」
言うと、すまないなと苦笑してウェインはウィスパーを切った。
「……んで、今回の問題は2つの壁を1個の爆弾でどうやって壊すかなんだが」
各道に配られた爆弾は各1つ。ドワーフとホビット、そして後で蘇生された製造ドワーフが頑張った結果だ。
どう考えても1個で2つの壁を壊すのは間違いなく無理だ。
「フィリスのクリティカルで壊すのは?」
と言ってみたが、さすがに壁にクリティカルは無理らしい。両肩をすくめ、フィリスに呆れた顔をされた。……ですよねー。
「リアの大魔法は?」
こちらはひょっとしたらいけるんじゃないかと思ったが、わざわざフィリスと同じリアクションで返された。これはリア流のジョークなんだろうか。
「壁を凍結くらいはできるだろうけれど、……MPがもったいないかしらね」
うーむ、と少し考えるフリをする。当然ながらリアのMPは貴重だ。なので魔法案は却下だ。
とはいえ、さてどうしたもんか。
『……少し話があるんだが』
野太い声でウィスパーが流れた。
どこかで聞いた声だ。
『あぁスマンな。俺だ俺、火薬製造の』
一瞬俺俺詐欺かと思ったところで赤髪の火薬製造ドワーフを思い浮かべるキーワードを後出しされ、「あぁ何だ」と思わず声を出す。
『――実はだな』
ドワーフは、困った様子もない声でこう言った。
『爆弾製造の過程で困った物を作っちまってな』