「まったくもう、全然蘇生に来てくれないんだもん。忘れられてると思ったわ」
拗ねたような顔でリリーが呟いた。
その横では、フィリスがごめんごめんと軽い調子で両手を合わせる。
「ドッペル倒した直後にさ、イシュメルがハティ連れて来たっしょ?アレに気を取られて」
「気を取られてすっかり忘れてたわけね、ほほぅ」
うぐっ、とフィリスが苦笑のまま言葉を止めた。
はぁ、と溜め込んだ息を吐き出すと、リリーは俺へと手を伸ばす。
「数日会ってなかっただけなのに、……何だか久しぶりね」
「全くだ。……お帰り、リリー」
手を握りながら、その背の純白の翼をちらりと見ると、リリーは視線に気付いたのか翼を服の中にしまい込んだ。
何だか微妙にコンプレックスでもあるんだろうか。まぁとりあえず聞かないけど。
手持ちの『雫』を使い切った。
「ふぅ~、助かったわ。ありがと、リリー」
言っておもむろにリリーの頬にちゅっとキスをする、妙にグラマーでセクシーな女性がその最後の1人だった。どうやらリリーの知り合いらしい、ということで蘇生したのだが、
「いえいえ。……そのクセはやめなさいって言ったでしょ。するならそっちの男の子にね」
リリーが苦笑しつつ言うと、女性は肩をすくめてにっこりと笑った。
「誰が野郎になんかキスするもんですか穢らわしい」
うわぁ……とさすがの俺も思わずヒいた。
フィリスもリリーも若干引き気味なところを見ると、どうやら俺の反応は普通であるようだ。カルラは苦笑を浮かべている。
リリー曰く、彼女はとても優秀な回復役らしい。
ちなみに二つ名もあるらしいのだが、リリー曰く「言うと彼女が激怒する」らしい。
――そう言われると余計に気になるのだが、下手に激怒されても仕方がないので黙ってリリーに従うことにする。
ちなみにフィリスとは初対面らしく、
「こういうボーイッシュなキャラも素敵ね」
と迷惑がるフィリスの顔も気にせず、べたべたと触りまくっている。
「アキラ、……とりあえず隠れ家に」
うんざりした表情を隠すどころか前面にしっかり押し出しつつ、カルラはフィリスから自分にターゲットを変え触ろうとする同性の手を軽い調子で叩き落す。
「そういえば、名前も聞いてないんだが」
「何で野郎に名前教えないといけないのかしら穢らわしい」
語尾が穢らわしい、な女性は即答した。
「とりあえず何て呼べばいいのかわからないだろ」
「呼んでもらう必要なんかないわ穢らわしい」
もっともらしい理屈で応戦してみるが、取り付くシマもないほどの即答が返る。
こりゃダメだと肩を上げてちらりとフィリスを見ると、呆れたような顔の前で、臭いものでもあるか蝿でもいるかのように手を振った。
視線をカルラに向けてみると、カルラは困ったような顔で首を振る。
そうなると、リリー以外にその役目ができそうにないのだが、リリーはリリーで女に纏わり付かれていたりする。
そんな感じで、俺たちは結局女の名前を知ることなく、隠れ家へと辿り着いた。
「皆さんにお願いと言うか、聞いて欲しいことがあります」
開口一番にリリーが大声で言うと、喧騒のボリュームが少しだけ下がった。
リリーを見ると、1人が驚いたように時計を確認し、挨拶もそこそこに慌ててログアウトしたのか、その場に座り込んで眠り始めた。
「――今すぐ時計を確認してください。予定が入っている方は特にです」
ざわり、と場に喧騒が一気に戻る。ヤバいと叫んで一人がログアウトし、
ふと気付く。
さっきの戦闘だ。
そんなに長くはなかったと思うが、予定時間ギリギリまで遊ぶ予定だったプレイヤーは10分が死活問題になることもある。
あと10分ある、そろそろ落ちるが挨拶くらいは……そうタカを括っていた人が泡を食ったということだ。
「……ごめんなさい、ドッペルもいたので『加速』しました」
そのリリーの姿を見て、あぁなるほど、と少しだけ納得した。
コンプレックスにも見えるリリーの「羽隠し」はこのためか。
たかが10分程度であればそんなに問題はないだろう。だがそれが1時間2時間と加速されたらどうだろうか。
なまじ体感時間に頼っているプレイヤーは時間に気付かず、下手をすれば出社時間や約束の時間に遅れるなど、リアルにも支障が出るのではないだろうか……いや、実際過去にそういうことがあったのだろう。
「――『白翼の幻』か。……すまない、忘れていた」
謝るウェインにぺこりと頭を下げるリリー。
「……相手がドッペルゲンガーだとわかっている情報で気を使わなかったのはこちらのミスだ。君に責任はない。仕様でもある。気に病まないで欲しい」
「仕様を変えるべきって管理にも進言したんですけどね……」
リリーが苦笑する。
管理、つまりゲームマスターであり最高管理責任者である緋文は、その「進言」をどう考えているのか。……クソゲー扱いされている原因の一端はそこにもありそうな気がする。
「まぁまぁ、仕様なんだし気にすることないって」
相変わらず纏わり付いている女が軽く笑い飛ばすのを見て、リリーは苦笑を漏らした。
「こちらは?」
ウェインがリリーに女の紹介を促す。
「私の知り合いです。元相方」
少しだけ「元」をさらりと強調した言い方にかまわず、ウェインが女に向き直る。
「初めまして。一応この国の国主、ウェインだ。よろしく」
ウェインが手を差し出すのを見つつ、俺はこの後の展開を簡単に予想することができた。
「……」
リリーと纏わり付く女を見ながら、ウェインは集まった全員に作戦を説明し始めた。どうやら纏わり付いている女が気になって仕方ないらしい。
集まった全員、と言うのは俺が蘇生したプレイヤーたちなどを含めた……ええと何十人いるんだっけコレ。あぁそうだ、俺が途中で確認した時点で100人超えてたんだっけ。
某ゲームのレイドボス並みの巨大パーティが出来そうだ、などと考えながら大人しく聞いてみる。
――が、途中で気付いた。さっき俺たちと話した内容そのままだ。何も考えていないし細かい作戦はこれからパーティを編成しつつ考えるらしい。
城の内部構造はウェインの方がよく知っているから、その辺はウェインに任せるしかない。
つまるところ今俺にできることは何一つない、ということだ。
「……ふむ、……世界中から接続されている割にプレイヤーの数が少ないな。……ルディスは過疎なのか?」
トラストの呟きに、少しだけ同意するところがある。
このゲーム、リリーの住むカナダを中心にヨーロッパ方面から接続可能エリアを増やし、今ではほぼネットの接続できるエリアであればどこでもプレイ可能になっているはずだ。
そうなると、トラストが言うようにこの国が過疎なのか、あるいはすでにそれだけのプレイヤーが倒されて蘇生手段が貧窮しているかのどちらかだ。
「――倒されたんだろうね」
横からフィリスが口を挟む。
「……国が過疎というわけではない、と?」
トラストが顎に手を当てる。
「ルディスはラーセリアで3番目に発達した大都市だ。プレイヤーの数で言うなら2番目と言ってもいい」
ログインしたばかりの頃を少し思い返すと、俺は確かに一番最初の時点で、結構栄えた町だと思った記憶がある。
「ルディスはね、全ての町の中でNPCが3番目に多い町なんだ」
なるほど。
フィリスの言う「発達した」町と言うのは要するに、アップデートの回数やNPCの充実度を指すのだろう。
必然それらが多い町にはプレイヤーが集まり、そうでない町からはプレイヤーは減って行く。
「まぁ、蘇生アイテムが限られてるからね、イベントが終わるまではこんなもんさ」
「……倒された連中は今みたいな時間はどうしてるんだ?」
んー、とフィリスが言葉を濁らせる。
「ごめんよく知らない」
「何だそれ」
思わず苦笑すると、
「……壊滅イベントで死んだことがないからだろ」
後ろからアズレトが声をかける。
考えてみれば、フィリスほどの化け物が死ぬことは考え辛い。
「ん?いや待て。こういう壊滅イベントって初めてなのか?」
「いや、2回目かな?前回はモンスターだけでマスターは出て来なかったけど」
なるほど、つまり前にも同じようなイベントがあったらしい。
「アズレトもないのか?」
「いや、ある。死ぬと生き返るまでは強制的に別サーバーに隔離されるんだ」
その説明によれば、そのサーバーは元サーバーのコピーで、元サーバーの機器がトラブルを起こした際に使われるものらしい。
元サーバーとコピーサーバーは常に情報をやりとりし、コピーサーバーであっても元サーバーと同じ状態で存在し続けるらしい。
また、常に情報をやりとりすることにより、元サーバーにいる「生きている」プレイヤーの動きの情報や自分が蘇生されたという情報をコピーサーバーに送ったり、逆に幽霊情報を元サーバーに送ったりもされる。
真偽のほどは定かではないが、実はコピーと元サーバーの他、両方の情報をコピーしたサーバーもあるらしいという。
「運営も大変だな」
トラストの呟きに思わず同意する。
設備投資や設備維持費にはたしていくら注ぎ込んだのか、そして今なお注ぎ込み続けているのか。
さらにこのゲームは大企業の融資によって成り立っているというから、そちらへの働きかけも大変なのではないだろうか。
――などと考えている間にもアズレトの説明は続く。
「で、隔離された別サーバーでどうするかはプレイヤーの自由。その場合、大抵は蘇生を待って他プレイヤーとダベってるかもしくは諦めて狩りにでも繰り出すか……まぁ狩ったところで経験にはならないらしいが」
検証したのかどうかはわからないが、まぁいつ蘇生されるかわからない状況で狩りに行ったりはしないだろうな……あくまで俺ならという話だが。
「こんなところだ。質問はあるか?」
無駄話をする俺たちの会話を遮るように、ウェインの声が響き渡った。