「じゃあウェインは向こうで俺とカルラは南門付近か」
各々の担当を決め、唯一蘇生も回復もできない俺たち二人には数本の『奇跡の雫』――1本1000ドルもする蘇生薬で、1本で死者が全回復するという優れものらしい――が手渡された。
と言うか、リアが俺に使ってくれた『奇跡の葉』も、この10分の1程度の値段がするらしい。
呪文書、と言うか呪文を書いたメモも一緒に渡され、俺はそれを2・3度頭の中で反芻してからローブの下のポケットにたたんでしまい込んだ。
「『奇跡の葉』以上に稀少だけれど、遠慮なく使って構わないわ」
その稀少な『奇跡の葉』を使用させたことに対する微妙な皮肉を混ぜつつ、リアが手渡した『奇跡の雫』の数は20本。
とりあえず無駄遣いさえしなければ、20人を生き返らせることができると言うことだ。
「最優先はリリー、ってことでいいんだよな?」
それをバッグにしまいつつリアに尋ねると、リアは苦笑に似た笑顔を俺に向けた。
「リリーを探すのは難しいと思うけれど、……そうね、優先して構わないと思うわ」
ふぅ、と溜息をついて手近な瓦礫に腰を下ろすと、カルラがその隣に静かに座った。
「――あと3本か」
すでに、手渡された20本のうち、17本を使い、ずいぶん軽くなったバッグから、残り少ない『奇跡の雫』を取り出す。
俺もカルラも中途半端に霊感があるらしく、南門からたった30分ほど歩いただけでかなりのキャラクターを蘇生した。『奇跡の雫』の呪文には名前が必要なので、名前がわかるプレイヤーとNPCに限定されたが、……蘇生を行えるNPC司祭を復活出来たのはかなり運が良かったと言えるだろう。カルラがいなければスルーしてたんだけどな。
――つーか、何なんだあの微妙にグロい幽霊どもは。
元がキャラクターだってのはわかるし、確かにアレが幽霊だと言われれば納得はするんだが、その……頼むから冷気を発するような出方はやめてくれと突っ込みたい。ついでに、幽霊にはモザイク・ポリゴンが反映されないのか、グロいままで出現する。正直吐きそうになる幽霊もいたくらいだ。最初に出てきた幽霊をモンスターだと思って斬りかかったのは――いい思い出にしたい。ちなみにアンデッド系モンスターを『奇跡の雫』で倒すこともできるが、勿体なさすぎて万一出て来たとしても普通は使わない。もう一つちなみに『奇跡の葉』でヴァンパイア・ロードが倒せるそうで、奇跡の葉があればアンデッド系は楽勝らしい。若干呪文が違うらしいが。
蘇生した中に蘇生魔法が使えるNPCがいたためか、ウェインから報告があった限りでは、人数は倍の100人以上になったとのことだ。
リリーが死んでいた辺りは、フィリスが戦っていた――この武器屋周辺のはずだ。
――フィリスが別れ際に言っていた、武器屋裏口から右に2回、左に1回曲がったところってのは恐らくここだろう、という予想は付くんだが、……リリーの幽霊が見つからない。
もしかしたら俺たちの霊感では察知できないのか、肝心のリリーがログアウトしてしまっているのか。
ふと、視界の端で何かが動き、そっちに目を向ける。
――何もない。気のせいか、と別の方向に視線を動かした瞬間、同じ方で再び何かが動く。
「――、あぁ、何だ」
何かが動いた方へと向かう。
視界の端で何かが動く、なんてのはホラーじゃよくある表現じゃないか。
それがリリーである確証はないが、少なくともプレイヤーの1人ではあると言うことだ。
「……アキラ」
俺の後ろに続きながら、カルラが声をかける。
振り向き、カルラの指差す方を向くとそこには――
「――、うわ」
一瞬何があるのか、理解できなかった。
白と黒。――いや、白と黒に変色した赤だ。その所々……いや約9割ほどをモザイクポリゴンが処理している。
この中にリリーが紛れ込んでいるとすれば、……さすがにお手上げだ。
「ウィスパー、フィリス」
思わず溜息を吐きつつ唯一の情報源に声をかける。
「なぁ、まさかこの死体の山の中にリリーがいるとかいわねーよな」
ん、とフィリスの声が聞こえる。
『死体の山?……ンなのあったっけ』
目の前にあるんだが、と突っ込みを入れようとして、思わず山に目を向ける。
「……あ」
『ん?』
フィリスが俺の声に不思議そうな声を返す。
「悪い、……いた」
『話が見えない。死体の山って?』
あぁちょっと待ってくれ、と呟いてから、俺は一応頭を整理することにした。
まずここにあるこの「死体の山」をフィリスは知らないようだということ。
つまり、死体の山は、フィリスがドッペルを討伐したその頃には存在しなかったということだ。
そして、その中に。
リリーがいた。
それも――2人。
「……参ったな」
『何が参ったんだい。わかるように説明しな』
問うフィリスに、軽く答えてみると、フィリスは2人いるってのはどういうことだとかどのくらいの人数の山だとか、場所はどこだとかいくつか会話すると、合流するから待てと言い残してウィスパーを切った。
フィリスは隠れ家の門番役の1人のはずなんだがいいのか、と思いつつ、俺とカルラはモザイクポリゴンだらけの死体の山をとりあえず崩すことにした。
「……おやま」
フィリスが一瞬絶句した後呟いた。
目の前には同じ顔をした2つの死体。
傷は綺麗に消え……いや、ポリゴンで上手く隠されているというべきか……どっちが本物かが判別できない。偽者を判別するために片方を蘇生すればいいと提案すると、
「さすがに『白翼の幻』ともう一度はやりたくないよ、アタシ」
思わず苦笑する。
そう、問題なのはこのどちらかがドッペルゲンガーである可能性が高いということだ。
そして、片方だけを蘇生するにせよ両方を蘇生するにせよ、どっちがドッペルゲンガーなのかを判別する方法すら限られる。
「『雫』はいくつ?」
「――3つだ」
俺の答えを聞き、心許ないね、と感想を漏らすフィリス。
「……大丈夫」
カルラが呟くと、にこりと笑う。何か策があるのかと聞くと、カルラは数秒言葉を選ぶと、
「殺し合ってもらう、……だけ」
物騒な台詞をさらりと言ってのけた。
「……『雫』よ、リリー=ビーヴァンを今一度現世へ。――『リザレクション』」
プレイヤー名が間違っていれば発動しないはずの、『奇跡の雫』。
あわよくば片方が蘇生しないでくれれば、と期待したのだが、
「――ありゃ、両方起きちゃったか」
フィリスが両肩を竦めて見せる。
どっちが本物か全くわからん。
「リリー、……」
カルラが苦笑を向ける。
「ドッペルは本人にしか討伐できない、……から」
そう、ドッペルを討伐できるのは本人だけだ。
つまり。
「――リリーがドッペルを倒しても、……ドッペルがリリーを倒しても、」
ぎぃんッ!
言い終える前に、二人のリリーの刃が火花を散らす。
――と思った瞬間、二人の姿が掻き消すように消え、四方八方から金属が弾ける音が響く。
「――っち、……やっぱり早いね」
言って、わずかに身を屈めるフィリスの数センチ上で火花が散るのが見え、わずかに二人のリリーが見えた。――が、それも一瞬。
「こっち狙ってくれりゃ早いのにな」
「――そうだね、アキラ殺してくれりゃ手っ取り早く倒せる」
物騒なことを平気で言うフィリスだが、――まぁもう経験値はストック0だ。今殺されるならリスクもないし楽でいい。――まぁ冗談だが。フィリスも目が笑ってない。
「で、フィリスにはこの動き見えてんのか」
ん?とフィリスが声を上げ、
「――あぁうん、まぁ見えるよ、ギリで」
もしかして動体視力は鍛えられるものなんだろうか。後で聞いてみよう。
それにしても早い。
火花を目で追うことしかできない俺は、確実にフィリスの見ているものより遅れている。
リリーの相手が俺だったなら、おそらく何もできずに終わるだろう。
――『白翼の幻』。
その二つ名の意味を俺はようやく知ったということだ。
断続的に聞こえていた刃の音が、その間隔を徐々に短くする。
「――、あれアタシに使われてたらマズかったかもねー」
フィリスは何を見ているのか、と思った瞬間、フィリス目掛けてナイフが2本。
軽くいなしつつもフィリスはそちらから目を逸らさない。
さらにカルラに向けてナイフが4本。
しかしそのナイフはカルラに届く前に全て叩き落された。
――誰に?カルラは身じろぎ一つしていない。――フィリスもこの状況では自分の身を守るので精一杯だ。なら答えは一つ。リリーしかいない。
再び刃の音が、――いやもはや共鳴とでも呼ぶべき澄んだ音色が周囲に響き渡る。
『風よ大気よ、我が足と羽に祝福を……スピード』
同時に二人のリリーが叫ぶ。瞬時に繰り出される共鳴音!
マジかと叫びたい。――あれで呪文なしのスピードだったとかどんだけの化け物だよ!
「やっば、見えねぇー」
まぁその分一撃一撃は軽くなっただろうけどね、と呟くフィリスには一応どこにいるかくらいは見えているらしいが、俺にはもう火花を追うことすらできなくなっていた。良くて消えかけた火花が散る瞬間をギリギリ追えるだけ。
この動きどうなってんだと呟くと、あぁそれは、とフィリスが軽く解説を入れた。
「処理はAGI順で全部後送りなんだよ。この場合リリーとドッペルは普通に戦闘しているんだけど、アタシたちの処理が強制的に遅れてる状態になるわけ。要するにこの二人のせいで世界全体が遅くなってんの。さっき二人が手持ちを2本にした辺りから処理も跳ね上がったかな」
言われて時計を見れば、時計の秒針がものすごい速度で動いていた。
「――戦闘が終わるまで時計はそんな感じだよ」
「つまりこの戦闘中、俺たちの時間が止まってるようなもんか」
すでに実時間にして10分。俺の感覚では2分も経っていないんだが、感覚が正しければ優に5倍ものスピードで動いているということだ。
「ちなみにスピードの魔法は逆。身体能力を上げるだけだから……って知ってるか」
一度アズレトにかけてもらったお陰でその辺は実感済みだと言うことを思い出した。
「――ふん、どんなに真似したって」
フィリスが不敵に笑う。
「本家の技を分家が使いこなすにはそれ相応の努力ってもんが必要なもんだよ」
言ってフィリスは目を伏せた。
「――偽者如きが本物の『白翼の幻』を超えれるもんか」
ずがん!と何かが地に落ちた。
慌ててそっちに目を向ける。
片方のリリーが片方を組み敷き、その喉元に2本のダガーを突き付ける。
「チェック・メイトよ。ドッペルゲンガー」
「――お見事。楽しかったわ」
ドッペルの手が――悪足掻きのように掴んだナイフを振り上げる前に、リリーの手がドッペルの喉を掻き切った。
その喉から血が吹く前にリリーが離脱すると、民族的なペイントの野箆坊の手が地に落ち、魂のような光がリリーの後を追うように、螺旋を描きながらリリーの胸元に吸い込まれて行った。
実時間15分の死闘は、――オリジナルの勝利で幕を閉じた。
まぁ仮に倒されても、オリジナルを蘇生して総力戦だったのだが――と言うのは敢えてリリーには話さなかった。