城を落とす戦い、と言うものが存在する。
このゲームの場合、他のゲームにありがちな「破壊不可属性」……いわゆる「オブジェクト」と言うシステムがそもそも存在しない分、その戦略の幅は大きく広がるのだと言う。
だが、普通のプレイヤーはそれは考えない。理屈の1つとしてはまず、城を落とす理由が頭に浮かぶ。
落とした城を乗っ取り、自らのものにするという理由だ。
城が自らの物になったからと言って、攻略時に破壊された城は攻略に適した形で破壊されたままだからだ。最悪それに沿って攻略されてしまえば、自分たちが攻略した時よりも楽に攻略されてしまうだろう。
だが、今回の俺たちのようにそもそも城そのものを守ると言う意味が大きく薄れ、何が何でも城を落としたいと言う場合。城を「奪還する」のではなく「敵を討伐」した方が手っ取り早いと言う言い方をすれば理解しやすいだろうか。
だから、今回この辺は考えていない。そもそも城を落とす理由は奪還するため、ではない。
破壊を考えない最大の理屈は、「そもそも手間がかかる」――これに尽きるだろう。
「――と言うのはどうだろう」
トラストの、全員が問答無用で絶句させられた一言に、一瞬躊躇した後に思わず俺が発した言葉は、正気か、だった。
「……その一言から察するに、俺の聞き間違いではないらしいな」
ウェインが堅い表情のまま呟く。アズレトでさえ本気か、と言った顔だ。
「つまり、どういうことかしら?」
さっき吃驚している顔を見てしまったので、平然としているとはお世辞にも言えないが――リアが平静を装ってトラストに言葉の続きを促す。
「どういうことも何も、……言葉そのものだが。城を破壊しつつ最短でゲームマスターに辿り着き、不意を突けないだろうか」
そこまで言うと、ようやく俺を含む全員がそれについて理解した。
「……城を破壊、か。できないことはないだろうが――」
ふむ、とウェインが顎に手を当てる。
「まず火薬製造を可能とする製造師はどれだけ残っている?」
火薬はどうやら製造可能なものらしい。つまり爆弾のようなものを作ることも可能だということだろうか。
「話が脱線してすまないが、先に『国』のシステムはどうなっているのか教えてもらえないだろうか」
ふむ、とウェインがトラストに目線を送り、説明を始めた。
「そもそも国境と言うのは運営側が決めたものだ」
ウェインの説明する国と言うシステムをさらに大雑把に説明すると、国王、あるいはそれに準ずる地位にいる者を中心として、ある一定の領土を支配するというものだ。
それは国同士の「戦争」というものに発展する場合もあり、また国同士が合意すれば、境界線が取り払われることもある。ちなみに元々の境界線を復活させることも可能だが、境界線そのものを変えることはできないらしい。
国を仕切る条件は、その国を「陥落」させることにある。
一番最初に国を仕切ったのはどこのギルドだったのか、もう誰も覚えてはいない。後はそのギルドを倒したギルドが上に立ち、そしてそのギルドをまたどこかのギルドが倒し……その繰り返しによって今がある。
国主の呼び名はいくつもある。国王、公王、公爵、大統領、……まぁ申請が必要らしいが、現実の世界で国主を示すものならどれでも適応が可能らしい。
その呼び名に応じ、国は王国、公国、合衆国……など、その都度呼び方を変える。
「――なるほど」
トラストが相槌を打つ。
「――ちなみに、」
「聞かれる前に答えよう」
トラストの言葉を遮り、ウェインが頭を掻く。
「俺がこの国の王だ」
マジか、と思わず声を上げる。この場合、現実なら膝でも付いて頭を下げるべきなんだろうか。
「城がイベントの中心になると踏んで早々に城を放棄したんだ。……まぁ、城が落ちた今、俺を王とシステムが認識しているのかは疑問だが」
その読みは完全に的中していたわけだ。奪還のために城に戻り、すでに戦闘中だった俺たちと合流したのはただの偶然だったのか。
いや。
あのウィスパー自体、俺たちと合流するためではなく、純粋に俺の無事を心配してのことだったのだろう。もしかしたら、その俺たちが目的地にいると知って、慌てて駆け付けてくれたのかもしれない。
「……さて、どう攻略するかだが、……城の内部を知っている俺たちが攻略を立てるべきか?」
ウェインの言葉に、トラストがふむ、と唸る。
「――その前に確認したいことがあるのだが」
トラストの次の言葉に、……今度こそ全員が絶句した。
「――話はわかったが、……そこまで城を把握しているわけではないぞ」
「推測で構わない。それよりこちらから話を持ちかけておいて今更なのだが、」
ウェインがトラストの言葉を片手で止める。
「構わないさ、俺は城に執着はない。すでにシステム上王ではないのかもしれんと諦めている」
ふむ、とトラストが相槌を打つ。
「……その作戦に反対意見がなければだがな」
ちらりと周囲を見回すと、周囲からは動揺というか、……微妙な空気が流れた。
ウェインはこの案に賛成なのか、言葉とは裏腹に意外と乗り気のようだが、周囲は何とも言えない気分だろう。反対する大きな理由はないが、賛成するにも憚られる案だ。
「――本気で実行するしないはともかく、まずは物理的に可能かどうかを知りたい」
アズレトが半ば諦観したように手を挙げる。
「まずそれをやるに当たって必要な火薬……いや爆薬か。次に実行する時必要な人数の確保。……最低限、城を攻略する時に必要なものだろ」
アズレトの意見はもっともだが、……それが揃っていたとしても揃っていなかったとしても、後は城を攻める度胸と、落とすだけの運があるかどうかも必要だ。
「――人数についてはそれほど問題ではない」
ウェインが頭を掻いた。
「順当に行けば、蘇生・回復役さえいれば乗り切れる計算だからな」
そう。
明らかに実行不可能な無茶な案ならば、誰もが反対するのだろう。
だが、なまじ実行可能な案であることが、反対し辛い理由だ。
「火薬製造が可能な者は――ここにいるだけで2人。蘇生が可能ならばあと5人というところか」
意外と数が多いことに正直驚いた。
製造職は、金を稼ぐ以外の……要するに戦闘では弱い部類に入ると思っていたからだ。
それが、イベント中も製造職のまま、戦闘職にキャラクターチェンジしないと言うことは、そのキャラクターしか存在しないプレイヤー、または戦闘職のキャラクターより製造職のキャラクターの方が強いのか。
――製造職を趣味でやるヤツもいるだろうが、正直そんな変わり者がそんなに多くいるとは思えない。
ウェインに呼ばれた製造職が2名、前に出る。
「ちなみに爆弾を作るのに材料や手間はどの程度かかる?」
アズレトの問いに、二人はそろって1時間あれば1個製造できると答えたが、……後に答えた方、赤髪のドワーフはガリガリと額を掻いた。
「だがよ、作るのに失敗しなきゃいいが――失敗したらドカンだぞ。工房が用意できる状況でもないだろう」
言われてもう1人の方、新緑色のホビットが言い辛そうに苦笑する。
「その問題なら僕のアトリエでクリアできるよ。……僕は爆弾専門だからアトリエも専用のだし、多分時間もある程度なら短縮できるかも?」
もっとも僕は花火専門で城攻め用なんか作ったことないからわからないけどね、とホビットが付け加えると、ドワーフはそれなら何とかなるか、と言葉を止めてウェインに視線を送る。
「1時間で今のところ2個。爆破すべき場所は何箇所になる?」
言いながら、ウェインは白紙に簡単な見取り図を描き始めた。
まずゲームマスターのいるであろう中央の玉座。
それからそれを囲むように数箇所、さらにそれを避けるように数箇所の印をそこに書き込み、ウェインはテオドールに「こんなものか?」と確認し、俺たちにそれを見せた。
――トラストの考えた戦略上、必要なのは最低7箇所。これは最低必要な数だが、実際にはそれ以上必要になるだろう。
「――2人で5時間と言うところか」
爆発のリスクも込みでな、とドワーフが呟く。
5時間。イベント開始からの時間を考えると、ゲームマスターがイベントを終了させるつもりがないのはわかる。だがそのゲームマスターがしびれを切らし、自ら攻め込んでくる可能性などを考慮すると、――微妙な線だ。
「あてにしないで欲しいな、僕はホントに花火専門でさ」
「花火ができるなら爆弾も作れる。俺が言う通りにやればいい」
ホビットの言葉をドワーフが切って捨てる。――どうやら、ドワーフは乗り気側のようだ。
「どうする?――可能と言えば可能だ。念のため町に出て、死んだ人間を蘇生して回るって手もあるにはある」
ふむ、と呟きつつトラストがウェインの書いた見取り図をチェックする。
「……いや、7つも必要ない。全部である必要はない」
「――いや、全部である必要はないが、全部行こう。……悟られたら台無しだ」
ウェインが地図を指差す。
「たとえばこう攻めるとして――召還を駆使して反対側からこう逃げられた場合、半分では意味がない。どうせなら全部爆破しつつ、中央に向かう方向で行くべきだ」
犠牲はどの道必要だがな、と呟き、ウェインが苦笑した。