「攻めるにしてもあの召還はどうにか対策すべきだな」
アジトに戻るなり、最初にその苦言を皆に呈したのは、ウェインだった。
「召還速度が半端なさすぎる。……俺が現場に着いてから、ものの数分であの20体同時召還だ」
流石に半端ない。
というより、召還魔法の実態すらわからない以上、対策をどう取ればいいかなど、――推測で考えるしかないのだが。
「――一応、その召還時の状況などを詳しく聞きたい。……新参者が生意気かもしれないが、聞かせてもらえるだろうか」
トラストの声は、姿を見た瞬間から徐々に女性の声に近付きつつはある。
――多分、この姿に慣れたせいで、同僚のイメージからトラストのイメージへと脳が変換をしているんだろう。
急激な変化がない分、……違和感は感じないのだが、リアルで会って話したら物凄い違和感を感じてしまいそうな気もする。
「どこから?最初からがいいか?」
こくり、と頷くトラストに、とりあえず俺はカルラから聴いた情報を話すことにする。
「最初はバフォメットだったか?突然街中に降って沸いたとか」
街中で、周囲を薙ぎ倒しつつ出現したバフォメットを見た者は、この場にはいない。
「あぁ、俺がログインした時、バフォメットはすでに討伐されていた。――その時に俺の目の前に召還されたのが、藁を水で作ったような、変な形をしたモンスターだ」
藁で水?……どこかで聞いたな。
「……またマイナーな妖怪を召還したものだ」
トラストが苦笑する。それで思い出した。
確かかなり前、ゲームマスターである緋文作のファンタジー小説を同僚から借りたことがある。
中国の古い伝奇にのみ存在する、名前すら無い妖怪がその小説に雑魚として登場していた。
その時、主要登場人物である狐の神がそれに付けた名が確か、
「――ミズワラノアヤカシ、だっけか?確か弱点は『縦に切り裂かれる』こと」
うむ、とトラストが首を縦に軽く振る。
「で、そいつらを倒してる間に出現したのが、ダーク・ブラック」
最強と言っていい竜だ、と注釈を入れると、トラストがふむ、と人指し指を口に当てる。
現実世界で同僚が本気で考えごとをする際に見ることのできる癖だが、……同僚がやるのはアレなのに、このキャラがやるのは……クソ、やばい可愛い。だが中身は同僚だ。騙されんぞ。
「んで、逃げてる間に俺はハティと遭遇した」
俺もそれ見たぜ、とイシュメルが呟く。
目撃数は、俺の見たものと被っていなければ8体。
内2体はカルラの魔法で倒して、残りのうち4体はフィリスが討伐。
「……最悪、2体残っていると思っていいのか?」
トラストの言葉にいや、とウェインが呟く。
「ここまで誰も出会っていないところを見ると、……カルラの撃退した分とフィリスの撃退した分で全部と考えていいだろう」
とすれば、ここまではほぼ全てが討伐済みと考えていい。
「――問題はここからかな」
アズレトが苦笑混じりに呟く。
「俺を殺したドッペルゲンガー、リリーを殺したドッペルゲンガー。真偽はともかくとして、他に6体だったか?」
ほう、とトラストが面白そうに呟く。
「――ドッペルゲンガーか」
……トラストは別のMMO――具体的なゲーム名を言うならば『神々の運命』――の元廃プレイヤーだ。恐らく、ただ強いだけの半透明剣士姿を想像しているに違いない。ついでに周囲に数体のナイトメア付きで。
「……倒されたプレイヤーの模倣をする、アルバイト・プレイヤー操るモンスターだ」
む、とトラストが唸る。俺の予想は的中していたらしく、無言で自らのイメージを脳内で書き換えているのだろう。
「そうなると、……何が厄介だ?」
「模倣をする時点ですでに厄介ね。プレイヤーにはその区別が付かないわ」
リアが涼しい顔で解説を入れる。しかし厳しい顔をするわけでもなく、トラストは再び人差し指を口に当てた。
――ちらりと周囲を見ると、トラストのその仕草に数人の目が釘付けになっている。
これだから男は、などと思いつつ、俺も中身が同僚だと知らなければ可愛いと思っているところだ。実際わかってても可愛い。
「討伐条件を満たしたのは1匹だけだ。他のは倒れているだけで蘇生したら蘇る」
ほう、とトラストが感嘆の言葉を漏らす。
「――モンスターも蘇るのか。いやドッペルゲンガーが特殊なだけか?どちらにしろ楽しそうだ」
ぶつぶつと楽しそうに呟く同僚を無視し、俺は続きをリアに促した。
「……後は、最初に集合をかけた際に集めた目撃情報ね」
言って、ぴらりと討伐済みの印の付いた紙を広げる。
×バフォメット 1体 討伐済み
×ダーク・ブラック 1体 討伐済み
×ハティ 最大2体(4体は討伐済み)6体討伐済み
ドッペルゲンガー 1体以上(7体は討伐済み)8体以上(1体は討伐済み)
×レディ・ヴァンパイア 1体 討伐済み
×ワイバーン 8体 討伐済み
×スライム状モンスター 30体ほど 20体討伐済み
×キジムナー? 20体くらい 半分ほど討伐済み
×竜のようなモンスター(名称不明) 1体 討伐済み
サラマンダー
広げてすぐ、スライム状モンスターと書かれた上に取り消し線を引き、ミズワラノアヤカシ、と名前を書き換える。
「……なるほど。大体把握した」
それで終わりだと思ったのか、トラストが話を締めようとするのを、フィリスがまだだ、と止めた。
「ゲームマスターと戦闘中の召還分がまだいる」
鬼畜だな、とトラストの口から本音が漏れ、続きを、とその口が閉じる。
「俺達がエンカウントした時には、さっき言ったドッペルゲンガーの1匹と、アース・リザード、炎の馬、あとはガーゴイルだったっけ」
「炎の馬はファイアー・メアね。ガーゴイルは召還されたものではないわ。仕掛けられたものを洗脳したのよ」
リアが情報を訂正しつつ、それを紙へと追記して行く。
「それから、俺たちの目の前で……何だっけ」
「……クリムゾン・マンティコアだね。アタシが倒したヤツ」
フィリスが呟くと、アズレトが顎に手を当てる。
「それから、グリーン・ドラゴニア。アキラがログアウトするちょっと前くらいにタイラント・デビル……」
聞けば聞くほど、よく俺生きてるな、と思えるラインナップだ。
さらに俺が落ちた後、タイラントが陥落しかけたその時、……未知のモンスターを20体、ゲームマスターが召還した。
「タイラントはその20体のヒール一斉正射により全快。……後は主力の一人が落ちると言う理由で撤退した」
ウェインが以上だ、と言うと、トラストが情報を整理するかのように紙に書かれたモンスター名を見ながら、何やらブツブツと呟き、顔を上げた。
「……アキラ、少しだけ規則性があるように見えるのは気のせいだろうか」
トラストがぽつりと呟く。
「どういうことだ?」
俺を含めた数人が思わず紙を見るが、俺にはその規則性はわからない。
最大一気に20体ほど、しかし強いモンスターに限り1体のみ……?
いや違う。だったらドッペルゲンガーが8体も召還されているのはおかしいし、ワイバーンの強さがどんなものかはわからないが、少なくとも雑魚と呼ばれるほど弱いとも思えない。それが8体。さらにハティも6体だ。
「……ふむ、気のせいか?」
トラストは唇に指を当てながら、これは勝手な推測だが、と前置きを入れる。
「まずこのバフォメット。……イベント開始で突然に降って沸いたものであるなら、……人数の密集はそうでもなかったと予想できる」
ふむ、とアズレトが声を出した。
「――なるほど、つまり、このイベントが開始されたことでバフォメットを倒そうとプレイヤーが集まり、」
「このミズワラノアヤカシ、……これが密集された群集の中に召還される」
む、と思わず唸る。……規則性ってのが俺にはまだ良くわからない。
「……で、このダーク・ブラックが召還された時、」
確かカルラが言ってたな。蘇生班の大半が、バフォメット討伐隊にかけられたカースにより大打撃を受けた。
――つまり、
「プレイヤーは、……数が激減していた」
そこに来てようやく、……俺にも規則性が少しだけ見えてきた。だが。
「待て待て。……じゃあこのハティはどうだ?」
ハティと遭遇した時、少なくとも俺の近くには4体のハティがいた。俺の近くにいた他のプレイヤーが散った時、2体だけがその後を追い、俺のところに2匹のハティが残った記憶がある。どう考えてもハティの方が多いように思う。
「――召還された時に居合わせたわけじゃないんだろう?」
トラストがすかさず横槍を入れる。
「……、あ」
ようやく気付く。そうだ。俺がハティに出会ったのは、ウィスパー部屋の破壊直後。
何体召還されたのかはわからないが、――すでに召還されていたハティのど真ん中に俺が出現しただけだ。
その内の数体が、俺の出現前に他のプレイヤーを追ってあの場を離れていたのなら。
逃げたプレイヤーにハティが気付かず、そこに俺が出現したのなら、ハティは俺にターゲットを合わせ、逃げたプレイヤーなど目に入らず、無視したのではないだろうか。少し追って行ったにしても、俺の方に残った数が多かっただけではないのか。
「――ドッペルゲンガー、は言うに及ばずだな」
アズレトの言葉が呟いた。プレイヤーの数がドッペルゲンガーより少ないはずがない。
少なくともドッペルゲンガーよりプレイヤーの数が多い計算だからだ。
「――つまり、周囲に敵の数が多ければ多いだけ、召還の精度が上がるということね」
自分を中心とし、スキルの範囲にいる敵の数に影響される召還。
無茶苦茶だ。
――何だそのチート魔法は。
と一瞬思ったが、範囲に敵がいると言うことは、逆に言えばそれだけ術者はピンチだということでもある。
バランスが崩壊しているというほどでもない。無詠唱だからチートに見えるが、……呪文詠唱中に襲われたらひとたまりもないわけだ。つまり魔法レベルの問題で……逆に、1人で多数と戦っている立場にしては公平だと言ってもいい。
思わず頭を抱えたくなる。
「もう1つ」
トラストが指を立てる。
――まだ何かあるのか、と思わずげんなりすると、トラストが俺の顔を見て苦笑した。
「――そんな顔をするな。こっちは予想通りなら、我々の有利になる情報だぞ」
はた、と全員の視線がトラストを向く。
「その前に聞きたいのだが、……このリストの中で最も強いのはどのモンスターだ?」
トラストの問いに、一瞬戸惑ったリアが、しかし迷わず指差したのは、今はまだ討伐されていない、タイラント・デビル。
「ならば問おう」
トラストがにっこりと可愛らしい顔で微笑む。
「――何故、最初からこのモンスターだけを大量召還しないんだ?」
そう。今まで討伐した種類のモンスターは、その後一度も召還されていない。
楽観するほどの情報ではない。誰もがきっと気付いている。
ただのマスターの気紛れかもしれないし、……そもそもプレイヤーによって苦手とするモンスターは違うから、色々召還しているだけなのかもしれない。
――だが、確かに言われてみればそうだ。
タイラントのような、多人数で攻略するようなボスモンスターを大量召還するだけで、エクトルは勝てるはずだ。
だがそうしない理由は何だ。
ゲームマスターはきっと、公正な立場でゲームをしているのだ、という前提においてなら。
きっとこれは、……プレイヤーとゲームマスターの立場を公平にするための、『良心』だ。
システム上のものなのか、ゲームマスターの独断なのかはわからないが、……どちらにしろ、確かに付け入る隙ではある。
「……まぁ、当面の問題はあのタイラントをどうやって攻略するか、……なのだけれど」
リアが呟く。
言ってる本人の隠し種の1つ、【アブソリュート・ゼロ】。
あれならばリア一人でも攻略できてしまいそうだが、……きっと使うつもりはないんだろうな、と思う。
もしくは使えないのか。……例えばディレイが丸一日かかるとか。
さらに、もしそれでも決め切れなかった場合、……回復魔法の一斉照射がタイラントを全快にする。
異常なほどの絶望的状況だった。