『私たちの怒っている意味を理解して欲しいものね』
それすらわからないなら話にならないわ、とウィスパーでのリアの第一声は、溜息から始まった。イシュメルにも繋がってはいるが、挨拶のみで無言のまま会話は続く。
「――言いもせずに理解しろってのは少しヒデーんじゃないか」
『以前イシュメルが言ったはずよ。覚えていないと言うのなら、聞いていなかったということね』
まぁ確かに、と苦笑する。
「とりあえずこっちに戻って来ないか?――二人と顔を合わせて話がしたい」
『嫌よ』
『嫌だ』
二人同時に拒否。
思わず苦笑し、俺はふと思いついた。
「――実はさ、リアルの知り合いをゲームに勧誘してきたんだ。イシュメルと俺は同じくらいのレベルだし、リアにもサポートしてもらいたいと思ってたんだけど、無理か?」
「何でそういうことは早く言わないんだい」
後ろからフィリスにぺしんと叩かれ、鋭い衝撃が走った。
そしてHPの脳内警告。――全快していなかったとはいえ、この程度であっさりとさっき自分でかけたヒールの1発分、HPを持って行かれたらしい。
ジト目でフィリスを見ながら自分に数発のヒールをかけると、フィリスがようやく気付いたように片手でゴメンと謝った。
『とりあえずそこは嫌よ。せめて別の建物というわけにはいかないかしら』
「別の建物……、ね」
ちらりとアズレトを見ると、顎に手を当て少し考える。
「一番近いところでフィリスのバイトしてる武器屋なんてどうだ?」
「あぁ、いいね。あそこなら倒壊はしてないだろうし」
フィリスがその考えに賛同するので、二人にそれを伝える。
二つ返事で承諾すると、二人はあっさりとウィスパーを切った。
「どうしても話をさせたいらしいな」
「連れて来るなとは言われなかったぜ」
呆れたように呟くイシュメルに涼しい顔をして言ってやると、リアは俺の後ろの二人を見て苦笑した。
「――最初にキレた俺が言うことじゃないから」
言って、ウェインとテオドールに視線を向け、促す。
「……すまなかった」
先に頭を下げたのはウェインだった。ここでも驚いたようにテオドールは慌てたように頭を下げる。
「まったくだ」
イシュメルが溜息をつく。
「まず――俺で全部やればいいとかふざけんなよ」
思わず素っ頓狂な声を上げかけ、その声を無理矢理抑え込む。
ある程度は予想できてたことだが、こうしてイシュメルに改めて話を聞いて確信を得た。
つまるところ、テオドールは俺にまだ黙っていたことがあったわけだ。
本人が俺に自己申告したのは『なぁ、……やっぱり魔族で殲滅すんのが一番早くねぇか?』と言う言葉だけだ。
だが、今のイシュメルの話を聞くと、さらに『魔族で全部やっちまえ』とでも言ったんだろうと予想がつく。
意図的に黙っていたんだろう。――いや、まぁ言い辛いのはわかるけどな。
思わず溜息をつきたくなる。
まぁ、テオドールの言葉に嘘はない。人間関係を円滑にするために何かを黙っていることは必ずしも悪いことではない。
それにテオドール自身、『タイラス一人に任せてしまえば、楽ができると思った』と言っていた。決して悪意で黙っていたわけではなく、ただの保身で黙っていただけだ。
テオドールはひたすら謝り続けるだけだ。――ムカつくが、許す許さないは俺の範疇じゃない。
『――キミはここでキレると思ってたよ』
不意にウェインが小声でWISを飛ばしてきた。
「……俺がキレるところでもないだろ」
小声で返してやると、そうだな、と乾いた笑いが返った。
俺がテオドールを問い詰めた時、ウェインが驚いた顔をしたのを思い出す。
――あぁ、あの時も同じか。ウェインは俺がキレると予想していたんだろう。
ということは、青いと思われたわけでもなかったってことか。
笑っていたのは――キレずに上手く取り纏めたな、とでも思ってくれたのか。
「リアはどう思う」
イシュメルがリアに話を振った。
「――ひとつ聞きたいのだけれど」
普段と変わらない、冷静な顔でリアがテオドールの方を向いた。
「私やイシュメルが怒っている理由は理解できているのかしら」
質問に、テオドールが言葉を選ぶようにわずかに時間を置く。
「――魔族を出すのが嫌だから?」
身も蓋もない返答が返る。
はぁ、とリアが溜息をついた。――そして、WISをしている俺にだけ聞こえる程度の小声で『やっぱり』と呟いた。
「以前にイシュメルも言ったはずだと思うのだけれど」
イシュメルの、前の言葉は何だったか。
確か、「魔族が出て来るなり殺そうと待ち構えてるようなヤツらが調子のいい」みたいなことを言ってたな。
「――味方に、背後から討たれないという保障はあるのかしら」
なるほど、そこに疑問を持つわけか。
単に、イシュメル一人に全てやらせるからイヤなのかと思ってたんだが。
「いくらロストしないからと言って味方に倒されるのは、……確かにいい気はしないな」
思わず呟くと、イシュメルがちらりとこちらを一瞥する。
いや待て。……下手したらエクトル討伐と同時にイベント終了で、ロストの可能性もあるのか。
「それに、魔族で出るってことはこのキャラに経験値が入らないってことでもあるしな」
そう言えばそうだ。タイラスが出ると言うことは、同一人物であるイシュメルは戦えないということだ。
「――もう1つ言いたいことがあるわ」
リアがさらに言葉を続ける。
「――未討伐のドッペルゲンガーが、貴方たちの中に混じっていない保障はあるのかしら」
その場合は経験値は無視で叩き潰せば済む話だけれど、とリアが物騒なことを呟く。
確かに、――ドッペルの「討伐」報告は、プレイヤーたちの自己申告だ。
そのプレイヤーの中に、ドッペルがいたとしても不思議ではない。
しかも、報告された「討伐」は、アナウンスのない……つまり、討伐されたわけではなく、死体として転がっているだけだ。
万が一、タイラスが背後からドッペルに討たれでもした場合、――それこそ阿鼻叫喚の地獄の始まりだ。
「理解してもらえたかしら」
言いたいことを言ってすっきりしたのか、リアがテオドールに視線を向ける。
「……すまない。――そこまで考えているとは思わなかった」
ゴメン、俺もそこまで考えてなかった、……とは言い出せなかった。
『……聞こえているだろうか』
ふと、聞き慣れた声が響く。
「――お。来たか。WISって来たってことは噴水か?」
リアたちの視線が俺へと注がれる。
『あぁ、どうやらそのようだ。――どうすればいい?』
「アキラの知り合いかしら」
リアの呟きに頷いて見せると、周囲に敵はいないかと同僚に問う。
『――どうやらモンスターらしきものはいないようだが』
噴水までなら、走れば数分の距離だろうか。
「そこに迎えに行くから待ってろ」
言って、俺はWISを切った。
ちょっと行って来る、と武器屋の扉をくぐると、WISの間に話は終わっていたのか、皆も俺の後に続いた。
「…………」
噴水に辿り着き、そこに待っていた人を見て、思わず絶句した。
青い長髪。白い肌。尖った耳。――エルフだ。
初期装備も、着ている服のデザインは青を基調に統一し、武器も青を基調とした色合いの杖だ。
「――どうだ?我ながら自信作なのだが」
得意気に言うエルフの声と言葉使いに、――それが同僚であると確信を持つ。
「……ふむ、どこか変か?」
そう言う同僚に対し、俺は思わず額を抑え、どう言うべきなのかを考える。
「――いや、変ではないよ」
それしか言葉が出て来なかった。
「うむ、ならばいい。――後ろの人達は知り合いか?」
額に手を当てたままちらりと背後を振り向くと、……まず不思議そうな顔をしたリアが見えた。
リアルでの同僚を知らないリアから見たら、――俺のこの苦悩はわからないだろう。
その後ろには、イシュメルが、何となく察したような顔で立っているのが見える。
――その察しが的中しているわけではないことを祈りたい。
テオドールとウェインは、リアと同じく俺の苦悩がわからないと言った、不思議そうな表情だ。
「――一応こっちの世界では初めましてだな。……アキラ=フェルグランドだ」
名乗ると、おお、と同僚は呟いた。
「なるほど。――名前はこんな風に表示されるのか」
感嘆する同僚に、リア、イシュメル、ウェイン、テオドールの順に自己紹介し、それぞれの名前が同僚の目に映る。
「テオドールと言うのは薬名から?」
テオドールの自己紹介に、ややズレた質問をする同僚。
「フランスやドイツでの男性名だよ。『神の贈り物』と言う意味がある」
なるほど、と同僚が呟く。
喘息で同名の薬を服用しているので俺もそっちだと思っていた。同僚の場合は俺が使っている薬の名前を覚えていたんだろう。
「――ところで、お前は自己紹介をしないのか」
ホントはして欲しくないんだが、――どんな自己紹介をするのか、という怖い物見たさに思わず口にする。
「あぁ、――これは失礼」
同僚は、――妙に堂に入った仕草でスカートを軽く摘みながら、
「――初めまして。トラスト=レフィルと申します」
小首を可愛らしく傾げ、とんでもなく美少女に作り上げられたその顔に、天使のように可愛らしい笑みを浮かべて見せた。
――忘れてた、コイツ本職イラストレーターだったっけ……。
「……青の聖女、とはな」
さっき同僚とやった、黙示録を思い出しながら小声で呟く。
起死回生には至らなかった一手、――青の聖女。
運良くエルフに種族が決定されたのか、何度か作り直したのかは定かではないが、――ここまで忠実に再現するとは恐れ入った。
「――それで、アキラは何をそんなに苦悩しているのかしら」
溜息をつく俺の態度が不思議で仕方ないんだろう。
翻訳も、……日本語で喋る俺以外には、トラストが実際にはこんな喋り方をしていることすらわからないだろう。
ちらりと同僚……もといトラストを見ると、人指し指の先を可愛らしく口元に当て、ウィンクして見せた。
この野郎。ネカマする気か。
「……いや、何でもない」
言うと、トラストは口元に手をやり、くすくすと笑った。
「ところで、……この状態じゃ素質も調べに行けないんだが」
思わず話題を変えると、同僚はにこやかに言った。
「イベントが終わるまでは諦めるさ。まぁ、……死ぬつもりで見物するのも悪くはない」