「やるなら最新の買った方が性能いいのか?随分値段に差があるけど」
同僚が最新のヘルムコネクタと、1代の型落ちで2万円近く安くなったヘルムコネクタを見比べつつ言う。
どちらかと言うと最新の方が性能はいい。あと俺が使っているものと同じものも売ってはいる。
「――や、性能はいいんだが値段の差がありすぎるし、何より多分、お前のパソに対応できるかわからない」
ふむ、と顎に手を当てる同僚。
気分としては一分一秒でも早く家に帰ってログインしたいんだが、リアル付き合いを優先すると自分に誓った手前、こっちが優先順位としては優位に当たる。いやまぁ、その結果コイツがラーセリアに来ることを考えると疑問も残るけど。
「お前のパソと同じじゃなかったか?判断できないか?」
っち、余計なことだけは覚えてるな。適当にあしらってさっさと選ばせようと思ったのに。
「――正直言ってお前が見比べてるその2つなら安い方を勧める。理由は聞くな」
きっぱり言い切ってやると、同僚はおっけ、とあっさり頷いた。
「ちなみに俺が使ってるのはそれの3代前の型の……ほら、そこにあるH-51007STだ。今お前が持ってるのは同じ系統の最新1代前だから多少信頼性はあるけど俺のと同じじゃないから保障はしない」
何だそれ、と同僚が俺を胡乱だという目で見る。
しまったと思ったが時すでに遅しだ。
「……説明を求める」
くそぅ、こんな時に限って。
「――俺の使ってるH-51007STは、俺のパソに合うタイプの中で今のところネットでは一番信頼性があるものに挙げられてる。理由はH-51007STと俺のパソのグラボと同じ会社が作ってるせいだ」
あぁなるほど、と同僚がちらりと手に持ったそれに目を向ける。
「ちなみに今お前が持ってるそれは、H-51712ST。STタイプとしては……型落ちっつっても1代だし、同じ会社なんだからいいとは思うんだが、何しろ最新が一昨日発売されたばかりの――あぁ、ここにはないな。まぁ実質H-51712STが最新だと思ってもいい。ちなみに俺は当然それを持っていないので俺のパソに合うかと聞かれたら判らないと答える。ついでに言うと調べたこともない」
「ん、最新版の方が信頼性は高いんじゃないのか?」
くそ、食いついてきた。釣りたい時に釣れない釣りは、釣らなくていい時に限って釣れるもんだな。
「簡単に言ってやろう」
別のもので例えたら判りやすいかもしれないと思い直し、適当な例を頭に浮かべる。
「ここに2つのケーキがある。1つは昨日発売の、口コミもほとんどない、言わば未知の商品。1つは1年前からある、口コミで大絶賛の大人気商品。どちらも見た目は大差ないし両方うまそうだが新商品はちょっと高い。両方1個づつショーケースに並んでて、一緒に来てる友達が余った方を買って帰るそうだ。どっちを買う?」
ふむ、と同僚は数秒コネクタを見詰める。
「――という事は、間違いないのを選ぶなら、そのH-51007STだと言うことか?」
ようやくわかったか、と俺が呟くと、同僚は満足気な微笑を俺に向け、うむ、と呟いた。
H-51007ST。定価58000円のそれは、3万を切っていた。ちなみに俺が買った当時では38000円。妥当なところだ。
さらに同僚はゲーム売り場にてラーセリア本体を買った。ちなみに本体価格は18900円。
「意外と安いな」
同僚の言葉に溜息をつく。俺はその安い金額で20日以上生活したりしてるんだが。
「――まぁ、後はパスコードだな」
「パスコード?」
意外と物を知らないところが多いこの同僚は、案の定パスコードも知らなかった。
ゲーム本体だけでゲームが出来ると思っていたらしい。
「ゲームのアップデートをダウンロードしたり、後は接続用IDを作るためのコードだ。ないとゲームができない」
そうか、と呟いて、どこに売っているのかと問われたので売り場のねーちゃんに聞けと突っぱねた。
実際売り場のねーちゃんに聞かないとどこにあるかなんてわかるわけがない。
大抵はレジカウンターの内側にあるけどな。
ちなみにパスコードは、ラーセリアを買った客が、取り扱い店にレシートを見せることで買うことができる。割れ厨防止なんだそうだ。普通はレシートにハンコを押されるが、この店は怠慢なのか忘れているのか押さないため、パスコードの複数買いが可能だ。買う気ないけど。
この調子だと、同僚の家に行ってセットアップや登録の完了まで付き合う可能性が高いと判断し、携帯でメッセンジャーを起動する。その途端、窓が2つほどポップアップした。ロシア文字に英語。――即座に両方無理だと判断する。家に帰ってから改めて開くことにし、2つの窓に日本語で、「遅くなる」と入力して送信し、携帯を閉じたところで同僚が戻って来た。
「ところで、この後時間はあるのか」
同僚から放たれた言葉は超予想通りの展開だった。
「――そう来ると思ったよ」
もう早く帰るのは諦めた方が良さそうだ。
「――後は秘密の質問を書いて、それと全く関係のない『答え』を入力しとけ」
「む、質問の答えを書くのではないのか」
相変わらず頭の堅い奴だ。
「例えば、質問欄にペットの名前、と書いたとしよう」
言って、俺の足の上で丸くなってしまっている黒猫の耳の周りを指でなぞる。ちなみにこの猫の名はタマだ。ひねりがない。
「で、この猫の名前を知ってる奴がこのアカウントをハッキングしようとかんがえたとする」
「――あぁなるほど。理解した」
回転は速いんだがな。イマイチ理屈に拘るところがある。
しかしオイ。俺が言ったことをそのまま使うとかどんだけアレだよ。しかもその答え、俺から丸見えだぞ。まぁハッキングする気もねぇけどよ。っつーかクロって。タマが黒いからクロか?
「……せめて4文字は入れとけ。覚えるのが難しくなければさらに数字4文字付けとけ」
ふむ、と呟くと同僚はクロたん0224、と変えた。――センスねぇー。しかも数字は迷わず携帯の下4桁。ついでに言うとコイツの誕生日でもある。わかりやすい。まぁいいけど。
俺が何をするまでもなく登録作業を済ませると、同僚はそれをメモ帳に速記で控え、買ったソフトの封を開けてROMドライブに差し込んだ。速記で控えるのは賢明だな。――速記を知らない奴には、何を書いてあるのかすらわからない。
「説明書は読んだ方がいいのか」
「あぁ、読む必要は……って説明書?」
俺の買った時は説明書なんか付いてなかったはずだが、見ると同僚の手にはしっかりと「説明書」と書かれた冊子がある。
「……まぁいいや、とりあえず軽く流し読みくらいはしとけ。終わったら後で見せてくれ」
同僚は返事もせず説明書に目を落とした。
そうやってる間に、ディスプレイのインストール項目は順調に消化されて行く。
「――なるほど」
言って、同僚は説明書を俺に差し出した。
もう読み終えたのか、と受け取ると、同僚は迷わず言った。
「何もわからないということだけ理解した」
その言葉は真実だった。
説明書が説明書の役割を全く果たしていないことを俺は読んで理解した。
そもそも書かれている内容の大半がトラブルシューティングだ。20ページの内15ページがトラブルシューティング。
残りの5ページは、俺が買ったパッケージに同梱されていた紙とほぼ同じもの。
つまるところ、初心者がこれを読んだところで、割と本気で「何もわからない」。意味ねぇなこの説明書。紙でいいんじゃないかコレ。
インストールはまだ半分ほど残っているが、することが本格的になくなったな。
「――『黙示録』でもすっか」
「受けて立とう」
俺が普段から鞄に入れているカードゲームのデッキを取り出すと、同僚も同じように鞄からデッキを取り出した。
黙示録。ラーセリアの子会社の開発したVRTCGで、一人の少女が最初から最後まで一人で完成させてしまったというカードゲームだ。世界観にラーセリアのものを使っているカードもあり、実はラーセリアをやろうと考えたのはコレがきっかけだ。
フィールドシートにカードを置くと、カードの情報をシートが読み取ってホログラムとして浮かび上がるという良くあるゲームだが、やってることは昔から流行していたトレーディングカードゲームと変わらない。
まぁ、今ではほとんどのカードゲームがVR化してしまっているが。
昔からある、「ゲーム・キング」とか「魔法の集会」とかもいいんだが、第一弾から収集している俺としてはこのゲームのシステムも捨てがたい、と思う。
互いにシャッフルし、デッキを相手に渡す。
渡されたデッキをシャッフルし、相手からデッキを受け取ると、シートのデッキゾーンにセット。
瞬間、シートの電源が起動する。
お互いのデッキを、シートが読み込んでいる「ローディング」。
デッキ枚数が両者ともに53枚だということもローディングで確認できるし、カードの枚数制限なども自動で識別してくれる。また、不正動作をすると警告音が鳴るし、さらに間違ったプレイをしても同じく警告音が鳴る。ルールを完全に把握していない俺にとってはありがたいシステムだ。また先番もランダムに決めてくれる。ちなみに俺が先番のようだ。
ちなみに53枚、と言うのも意味がある。
このゲームのスリーブは、全てにトランプのマークと数字が割り振られており、プレイヤーはそれらを考慮してデッキを組む。
ちなみに、例えばスペードがフィールドにあれば、スペードのカードを使う際には1枚につき1コストが免除される。0以下にはならないが。
ローディングが終了し、お互いにデッキの上から3枚を「アメンズエリア」に一枚づつ移動する。
「――1枚」
「2枚だ」
俺の宣言に続き同僚が宣言し、宣言した枚数をアメンズエリアからドローする。
ちなみに残ったカードはコストとして使うことも、次のターン開始時にドローすることもできる。
手札は『神の悪戯』。――幸先がいいが今は使えない。
「パスだ」
何もすることがない。
「――そうか。なら『ウィル・オー・ウィスプ』を召還」
青い光のようなクリーチャーがシートの上にホログラムとして浮かび上がる。
幸先がいいのは向こうも同じのようだ。0コストでクリーチャーを召還か。攻撃力がない壁扱いのクリーチャーだが、1コストで再生するその異常にウザい【回帰】ステータスが邪魔臭い。
マークと数字はスペードの4。無難な所だ。
出し惜しみしてたら負けるな、コレは。
「じゃあコイツを伏せる」
言って、唯一の手札を場に伏せてからパスを宣言する。
「――ブラフか?」
「どうかな」
同僚が俺の顔色を伺うが、とりあえずシラを切る。
「……、ふむ」
少し考え、同僚はパスを宣言した。当然俺もすることがないのでパスだ。
「――バトルフェイズはするまでもないな。パスだ」
俺のパス宣言に、同僚も同じくパスを宣言する。
「じゃあ補填だ」
アメンズエリアに3枚のカードを移動する。
回復フェイズはすることがないのでパスだ。
手番が交代し、同僚が先番となった。
「――ふむ。2枚だ」
ドローの数が多い。ウィニーデッキか。厄介だな。
ちなみにウィニーとは、コストの少ないクリーチャーを大量に召還することで優位を得るデッキだ。
「1枚」
宣言し、二人同時にドローする。
うぉ、と思わず顔がにやける。
――いきなり起死回生の一手が来た。
「――ふむ、いい手が来たようだな」
「どうかな」
手札に来たのは『青の聖女』。俺の持つカードの中では最もレア度が高いカード。デッキに1枚しか入れられないという制限があるが、一応2枚ある。1枚はコレクションアルバムに保存してある。
「レジェンド」に位置するカードで、強力無比な一手だ。その分召還条件も痛いが。
「仕方ないな」
同僚は1枚のカードを伏せ、パスを宣言した。
困ったな。――万が一あれがカウンターだったら厄介だ。
ちらりとディスプレイを見ると、インストールに手間取っているのか、いまだ82%。まぁ俺のパソコンも同じくらいの時間がかかったし気にすることもないんだが。
「――その伏せカードはブラフか?」
「――、どうだろうな」
一瞬困ったような顔を見せる同僚。
様子を見るべきかと思うが、序盤から長考なんてしてられるか!
「キャラクター召還、『青の聖女』だ」
ぐ、と言葉に詰まる同僚を無視して、アメンズエリアからコストである3枚のカードをデッキに戻してコストに換える。
青い長髪のエルフの少女がホログラムとして展開されるが、その姿は半透明だ。
『青の聖女』、マークと数字はハートのクィーン。攻撃力7、防御力7。初期ライフが40しかないゲームでこの数値は凶悪だ。
効果は、自身の召還コストが支払われた時、デッキの上から5枚以内にカウンターカードがあれば1枚だけ手札にできる。
上から5枚のカードを手に取ると、『神の悪戯』と『竜の彷徨』が含まれていた。
――ここは『竜の彷徨』で行くべきか、と決め、残る4枚を頭に覚えてデッキに戻す。というか4枚中3枚は必要ないカードだ。
そのまま、今手に入れたカードを伏せ、
「そしてコレを発動だ」
伏せてあった『神の悪戯』を表に返し、コストとして1枚をデッキに戻す。
『神の悪戯』。「ゲーム・キング」での罠カードのような使い方をする、「カウンターカード」。
効果は、コインフリップをし、直前に発動された効果を無効化。
「――表だ」
言いつつ、フィールドシートのフリップ【表】ボタンを押す。
きん、とコインのホログラムが現れ、結果が表を示した。発動成功だ。
「対象は『青の聖女』の召還効果な」
『青の聖女』の召還条件は、コスト以外にもう1つある。
自身は召還時、カウンターの効果を一度だけ無効化できる。この効果が使用されなかった場合、ターン終了時、自身はデッキの一番下に戻る。
「『青の聖女』の召還時効果を発動」
言って、青の聖女の効果テキストを指で触れる。
これで『神の悪戯』の効果は無効化され、『青の聖女』は残る。
――はずだった。
「――カウンター」
同僚は言うと、伏せていたカードを表に返す。
『神の悪戯』、スペードの3。1コストから1枚分の軽減でコスト0だ。
うげ、と思わず両手を挙げる。
「対象は、『青の聖女』の召還時効果だ」
抜け目なく、すでに無効化された『神の悪戯』ではなく、無効化した方の『青の聖女』の効果を無効化する。
――結果、『青の聖女』の効果は無効化され、俺の発動した『神の悪戯』が発動。『青の聖女』の召還効果が無効化されたということだ。
「――残念だったな」
「まだ終わったわけじゃない」
強がりは通じなかった。
数分後、インストールが終了するより早く俺の負けが確定していた。
基本的にウィニーは、大雑把に展開し続けるだけでも強い。同僚の場合、カードのマーク配分がしっかりしていてソツがない。
ほとんどをノーコストで展開された。っつーか最終的にはコスト8のカードを無償降臨とか半端ねぇ。
最近組んだばかりのデッキとは言え悔しい。調整して次は勝つ。勝てたらいいなぁ。勝てる気がしないけど。
まぁ、そんな理由で3マッチ勝負の1マッチ負けただけで俺は残り2マッチを放棄し、当然結果は同僚の勝利となった。
「さて」
手早くアップデート手順までを進める。
ついでに俺のパソコンと同じように、パソコン起動時にそのままラーセリアが起動するよう、スタートアップにラーセリアを登録する。
「やらんときは出た窓を消せばいい。やるときは開始ボタンを押せばヘルムコネクタに自動で繋がる」
「――了解」
すまなかったな、と同僚はぽりぽりと頭を掻いた。
「あ、そうそう。今日ログインすると下手したらイベント真っ最中かもしれん。終わってる可能性もあるが」
「――イベント?」
興味深そうに反応する同僚。
「ゲームマスターによる各国への蹂躙イベントだ。面白いぞ?」
「……何だそれは……」
呆れたような声を上げる同僚。だが事実なんだから仕方ない。
毎回イベントは強烈らしいぞ、とさらに情報を付け加えると、呆れた顔が苦笑に変わった。
家に帰り、パソコンを立ち上げると、メッセンジャーを立ち上げる。
読めなかったメッセージを翻訳ソフトに通すと、片方はアズレトからだった。
アズレト の発言:
交戦中。戻る可能な場合戻れ。
発言時間は1時間前。まだ交戦中だったとは。
意外と両方とも粘るもんだ、と感心する。
もう1つを翻訳ソフトが吐き出した。
フィリス の発言:
一時撤退中。ボディは確保
発言時間は32分前。
運が良ければ、まだ参加可能だ。
――ところでボディって何だ?
まぁいいか、と思い直し、同僚に電話をかける。
数度のコール音の後、コール音が止まる。
「――もしもし」
無言で対応する同僚はいつものことだ。こちらから話しかけると、同僚はあぁなんだ、と呟いた。
『何か言い忘れでも?』
「あぁ、イベントは終わってないそうだ。もしログインするようならと思ってな」
ふむ、と呟き、同僚は電話の向こうで何かを飲んだ。
『実は今から入ろうと思っていたところだ。――で、どうすればいい』
入ったらWISしてくれ、と言おうとしてふと気付く。
考えてみれば、ログインした先が俺のいる国だとは限らない。
「……ログインして、町まで出たら見回してみてくれ。もしそこに噴水があったら俺が今いる町である可能性は高い」
ふむ、と返事が返る。
「そうじゃない場合は適当にほっつき歩いててくれ。多分その町は全員死んでる」
『……そういえば蹂躙イベントとか言ってたな』
こういう時の察しの早さは助かる。
「もし噴水があるようなら、その場で『ウィスパー、アキラ=フェルグランド』と発言してくれ。それで俺と話せる。俺が生きてたらだけど」
『ウィスパー機能があるのか』
心底意外そうな声でそう言うと、同僚は了解、と言葉を続けた。
[キャラクターを選択して下さい]
お馴染みのアナウンスが流れる。
「アキラ=フェルグランド」
ぱぁん!
どうでもいいけど、この音あんまり好きじゃねぇな。
そんな俺の溜息を無視してキャラクターのアバターが弾け、その粒子が俺に纏わり付いていく。
[ローディングが完了しました]
再び流れたアナウンスとともに、俺の視界が暗転した。
「――ん」
白い視界に最初に現れたのはカルラだった。
椅子に座り、――ログアウトしているのか寝ているようだ。
「お、アキラお帰り」
フィリスが声をかける。
「――ただいま」
何だかHPが減っているらしく脳内警告。
とりあえず自分にヒールをかけると、横でアズレトが噴き出した。
「――いない間に2発殴られてたからなー。手加減とはいえクリティカル2発は危険領域だったろ」
なるほど、犯人はフィリスか。
「……悪かったよ。あらかじめ言ってたら相手も警戒すると思ってな」
ふん、とフィリスが鼻を鳴らす。
ただしその表情はいつものフィリスだ。
「で、状況は?」
徐々に開けた視界に、人影が一人、二人と増えて行く。
その数が元々の6人じゃないことに気付いたのは、視界でローディングが完了した長刀の男、ウェインを見付けたからだ。
「……リアとイシュメルは?」
俺たちと決別した奴らも数人いたが、二人の姿が見当たらない。
「――俺たちが気に入らないんだとよ」
俺と真っ先に衝突した、例の男がぽりぽりと頭を掻く。
まだ俺の言った一言はわだかまりを残しているのか。
「悪かった。――あの一言は軽率だった」
思わず脊椎反射で頭を下げる。
「――あぁいや、――そうじゃねーんだ」
慌てたように言う男に俺が恐る恐る頭を上げると、男はぽりぽりと頭を掻いた。
時は数時間前に遡る。
俺が落ちて数時間後、彼らはアズレト達と合流した。
そこで善戦していた彼らだったが、タイラント討伐まであと少し、と言うところでエクトルが未知のモンスターを一気に20体も召還し、状況は一変した。
っつーかマジでエゲツねえ。エクトルのサモンには際限ってものがないんだろうか。
カルラの落ちる時間が迫っていると言う理由でとりあえず俺を背負ってルディス城を撤退した彼らは、アズレトを最後尾に、ウェインの所属するギルドのアジトへと避難し、カルラはそこで落ちた。
そこでウェインが、俺とWISをしていたことを暴露し、すでに謝罪は受け取ったと報告。
再び彼らと手を組むことになったアズレトたちだったが、
「なぁ、……やっぱり魔族で殲滅すんのが一番早くねぇか?」
話し合いの最中、そう男が切り出したところでリアの怒りが爆発した。
一瞬の沈黙の後、リアの声がアジトに響き渡る。
「ふざけないでもらえるかしら――何度同じ議論を繰り返せば気が済むの貴方達は!」
リアに先に爆発されたことで、イシュメルは比較的穏やかだったそうだが、それでも腹に据えかねたんだろう。
「話にならないな。――アキラにも言われただろう、情けないなと」
目を伏せ、怒りを押し殺したイシュメルの言葉はフィリスやアズレトから見てもキレかけだったという。
もはや返す言葉もない男を尻目に、付き合い切れないと言い残して二人がアジトを出て行ったのが10分ほど前。
思わず溜息をつく。
俺が謝った意味は皆無かよ。
――や、アレは一方的に俺が悪かったんだろうけど、だからって俺の謝罪をダシに嫌がられるのが明らかな提案をぶり返すとかどんだけだよ……。
「…………」
思わずこれ見よがしにもう一度溜息をつく。
「――すまん。散々言って聞かせたから反省はしているはずだ。許してやってはもらえないか」
ウェインが頭を下げ、慌てたように男も頭を下げた。
あぁくそ、イラつくな。
ウェインより先にお前が頭を下げるべき場面だろ。
――けど、それは俺が言う言葉じゃない。
「頭を下げる相手、間違えてねーか」
憮然とした表情を隠すこともできなかった。
ウェインが頭を上げ、ちらりと男を見る。
目に見えてしゅんと落ち込む男。その落ち込み方がまたイラつく。
「落ち込んでる場合でもねーんじゃねーか?」
前回は明らかに俺が悪かった。だから謝ったが今回は違う。くそ、もう謝る気はねーぞ。
「前回俺が謝ったのは分不相応だったからだ。――だが今回は言わせてもらうぞ」
俺を前回嗜めたフィリスも今回は嗜めもしないし止めもしない。アズレトをちらりと見ると、小声でいいんじゃねーか?とWISが飛んできた。
「このゲームは強いキャラで弱い敵を圧倒するゲームなのか?対等な敵を知略や戦略で倒すからこそ面白いんだろうが。俺強ぇとかやってたいんだったら俺達と関わらないところでやってくれ。少なくともそんなつまらないゲームを俺はしたくない」
ウェインが驚いたような顔を向ける。
「――それを前提に。あんたの考えを聞かせてくれよ、……えーっと」
そういや俺、この男の名前知らなかった。
ウェインが、テオドールだと呟く。本人が小声で何かを呟くと、青い文字でテオドール=グレイと浮かび上がった。
「……悪かった。返す言葉も出ないよ。俺が一方的に悪かった。許して欲しい」
あまりにあっさりと謝罪を述べる。芯から悪いヤツじゃないことくらいわかってはいても、これだけあっさり謝られると思わず許してしまいそうになるが、――悪いが少しキツく言っておくべきだろう。
「答えになってない」
テオドールの顔が歪む。少し心が痛む。
「――考えを聞かせて欲しいと言ったんだ。許す許さないは俺が判断するところじゃない。あの二人に説明するにしても、どうあんたが反省しているのかを知りたいんだ」
沈黙が場を支配する。
ウェインと目線を合わせるが、無言で軽く首肯するだけだった。
「――、あの時は……タイラス一人に任せてしまえば、……楽が、そう、楽ができると思ったのは確かだよ。でも、でも今は力を合わせて勝ちたいと考えている。本当だ」
態のいい言葉を言ってるだけかもしれない。……とは思うが、勘繰っても仕方ない。
アズレトに視線を送ると、無難な回答だな、と小声が飛んできた。
「……その言葉を信じるよ。けど忘れないでくれ。もう一度同じようなことがあったら俺は二度とあんたを庇わない。まぁ俺一人あんたの周りから消えたところで何ってこともないだろうけど」
視界の端で、ウェインがくすりと笑うのが見えた。
――ゲームごときで青いなとでも思われたか。まぁこういうのは臭いくらいでちょうどいいんだ。