形勢は俺たちに有利に進んでいた。
とは言っても、目の前のグリドラを始めとし、さらにエクトルという強敵までいる現状。――さらにエクトルはサモンを使う。良い方に傾いた形勢だが、だからといって楽観視はできないのが辛いところだ。
「――アキラ、……離れて」
カルラが俺のローブの袖を引っ張った。
俺が顔を向けると、リアが俺とグリドラの間に立った。
リアの魔力剤は残り少ないはずだ。
何か勝算でもあるのか、と思ったが、フィリスがタイ剣を手に突っ込むのを見て、あっさりとグリドラから視線をエクトルへと移した。
そのエクトルは、アズレトと互角以上の戦いを繰り広げている――と言えば拮抗しているかのようだが、実際にはアズレトが軽くあしらわれていると言ってもいい。
「――ッ!」
無言のまま、アズレトが腰から剣を抜くと、エクトルの手が青く光った。
伏せることすらせず、アズレトがそれを迎え撃つように杖を構えるとタイミングを見計らってステップして避ける。
どうやら距離とエクトルのダッシュ速度である程度の計算をして、ギリギリのところでかわしているようだが、――俺なら恐ろしくて真似は無理だ。
「サモン、」
右腕を掲げ、ちらりと周囲を一瞥するエクトルが召還の対象に選んだものは、
「――タイラント・デビル」
「――ッッ!」
リアの表情が変わった。
同時に、アズレトもあっさりとエクトルとの戦いを放棄してその場を離脱する。
カルラが俺の頭を引っ掴み、フィリスは素早くグリドラの影へとステップし、そこにタイ剣を叩き込んだ。
『イシュメル!伏せろッッ!』
フィリスとアズレトがほとんど全く同時に叫ぶ。
だがそれは一瞬遅かった。
伏せようとしたイシュメルの動作よりも一瞬早く、
――召還された『赤の灼熱』が激昂の遠吠えを炎へと変えた。
爆音と爆風に呑まれ、タイラントの周囲が完膚なきまでに破壊される。
足元の床が崩れ、俺と、俺を地に伏せさせたカルラは階下――城の地下へと落ちた。
上で剣戟と僅かな俺を呼ぶ声が聞こえる。――あれはフィリスか。
「――落ちた、……みたい」
カルラが短剣を抜き放った。
ライトのエンチャントがかかっているダガーだ。リアにもらったものだろう。
周囲が僅かに照らし出され、そこが地下牢になっていることにようやく気付いた。
「牢、……だと思う」
言って、俺たちが内側なのか外側なのかを確かめる。
――内側だ。鍵もかかっている。
上に戻るのは地獄に舞い戻るのと同義だ。
かと言って、ここに残るのも問題がある。
万が一タイラントがこっちに落ちて来たら成す術がない。
「鍵開けとかできないか?カルラ」
聞いてみると、カルラはじっと俺を見つめた。
そして、牢獄の部屋を調べ出す。
「――カルラ?」
声をかけるが、カルラは無視するかのように牢を歩き回り、一周したところでようやく俺に視線を向けた。
「――戻って、……また無茶をするの?」
冷たい声色。
ようやく気付く。
無視するかのように、ではなく無視していたのだと。
他のメンバーと同様、カルラも俺の無謀に腹を立てていたのだと。
「レベルに差がありすぎる、……戦力に差がありすぎる、……それでも」
一言一言呟くような声。
カルラが、こちらを睨み付け、静かに叩き付けるように言った。
「それでも貴方は、……まだ戻るの?」
わかってる。
――カルラは怒っているのではなく、呆れているのだと。
それでも俺を見捨てず、俺の考えを聞きたいんだ、――と。
「――俺は弱いさ、だけど」
カルラの顔が呆れ顔に変わる。
無謀だとわかっていて無謀を繰り返すのに何の意味があるのか、と言う顔だ。
「だけど俺は楽しみたいんだ」
呟くと、カルラはやれやれ、と苦笑して見せた。
俺の考えをわかってくれたのか、言っても無駄だと呆れられたのかわからないが、苦笑とは言え笑ってくれたことに安堵する。
カルラは無言のまま牢の錠に杖を伸ばした。
「――『アンロック』」
お、と思わず声を上げると、カルラが杖を離した。
かしゃん、と音を立て、錠があっさりと開いた。
「行こう」
「……うん」
言って牢を開けると、俺を制してカルラは前に立って歩き出した。