――ち、いくらアタシでもこれはキツイね。
ちらりと部屋の入り口の方に目を向ける。
他の邪魔が入らず、1対1なら行ける、か……?
そう判断すると、アタシは念のため周囲を見回した。
とりあえず敵はアタシの周囲にいない。
キツそうなヤツは幸い、名前何だっけ――このマンティコアだけだ。
って言うか、コイツのせいで部屋の方に行けないんだけどね!
ぎィンッ!
イヤに響いた音のする方に咄嗟に首を向けると、ゲームマスターとアズレトが対峙していた。
ゲームマスターの武器が何かよく見えない。けど相手がアズレトなら問題ないだろうとすぐに首を他のメンバーに向ける。
アキラは大丈夫だ、イシュメルは、――と首を巡らせたところでそれに気付く。
「イシュメル、後ろ!」
思わず叫ぶと、イシュメルはようやく背後で斬馬刀を振り被るそれに気付いた。
大地の鉄槌【アース・リザード】。
初期に実装されたボスモンスターだが、1年前に強化されたっきり、強さのバランスが振り切れていると噂になってからは誰も狩りに行かなくなった不遇の存在だ。
――でもあの頃はオーストラリアでようやくサービスが開始された頃だ。
アタシはその強さを知らないし、アズレトが半年ほど前に10人程度で楽勝だったと言っていたから、ひょっとしたら当時よりプレイヤーレベルのインフレで、今となっては楽勝なのかも。
ともかく、イシュメルが一撃を避けたところでマンティコアの攻撃を牽制しながら視界を巡らせる。
炎の馬――多分あれはファイアーメアだ――と戦うリアの姿が映る。
リアなら大丈夫だろう。いざとなれば採算無視してあの「アブソリュート・ゼロ」とかかましそうだし。
そう判断し、ようやく視界が一周した。
ぱっと見大丈夫そうだ。あの部屋に飛び込んで1対1でコイツを潰してしまおう。
マンティコアの尻尾の先の針と、爪に気を付ければ何とかなりそうな気がする。
――なるべく消耗せずにコイツを片付けることが最優先。
最も厄介なのはモンスターじゃない。ゲームマスターだ。
――あとアキラの無謀も。
「あぁ、無事だ。現在地はルディス城。来れるなら来てくれ大至急だ!」
不意にアキラの声が木霊する。
――ウィスパー?誰から。アタシら以外に知り合いなんかいたっけ?
思わず戦いから意識を離した瞬間、マンティコアの尻尾が目の前に迫る。
タイ剣では間に合わないと判断し、素早く腰から短剣を引き出して尻尾を払う!
そしてそのまま、反動を利用して素早く短剣を鞘に収めると、アタシはタイ剣を両手に持ち直した。
思ったより手ごわいと言うか、こっちの攻撃がほとんど当たらないのがムカつく!
前足後足共に、俊敏な動きがチョー早いんですけど!
って言うか、アキラの声に反応してガーゴイルが動き出した。
あの馬鹿気付いてるのか、と声をかけようとしたが、それよりも早くガーゴイルがアキラに向けて落下した。
今のアキラに2匹は無理だ。
そう判断し、思わずタイ剣と一緒に握り締めていた棒を地面に叩き付けた。
アイテム名、「挑発の枝」。
モンスターにだけ聞こえる音を発生し、使用者にターゲットを強制変更するためのアイテムだ。
道中何度も使おうと思っていたそれは、結局使うことがなかった。
――目標がゲームマスターである以上、これから後は使う予定はない。
思い通り、にはならなかった。
こちらに向かって来たのは1匹だけ。
良い意味で誤算だ。2匹来たらピンチだった。
「期待はしないがなるべく早く頼む!……全滅寸前だと思ってくれていい!」
アキラの声。
確かにこのままじゃジリ貧で負けだ。
アキラの判断は正しい。
くそ、アズレトの気持ちが痛いほど良くわかるよ。認めたくないけど、ドッペルのときだってあれが最善の手だった!
――だからこそ、アキラを殺させてしまった自分の不甲斐なさがムカつく!!
こちらに向かうガーゴイルを無視。マンティコアが振り上げた尻尾に向かってタイ剣を叩き付ける!
一瞬怯むマンティコアだったが、タイ剣を両手で持っている以上、攻撃力重視でスピードが出ないからその隙は突けない。
ちなみに片手で持てば、隙が小さくなりスピードは出るが、反面反動が大きい上に攻撃力も下がる。
あえてその隙を無視して背中に一撃を叩き込もうと振り下ろすと、そこに尾が滑り込んでガード!
戦闘ルーチン用AI高くない!?半端ないんですけど!
――アタシが見たことない以上、たとえボスでもせいぜい中級レベルのはずなのに!
「フィリス!」
思わず首をそっちに向けたくなるようなアキラの声。
多分ガーゴイルのことだろうと推測し、その衝動を抑える。
「わかってる!」
ってかアンタはアタシのことなんか気にしてる場合かッ!
「――アンタは自分を守ってろッ!」
マンティコアが飛び掛ろうと姿勢を低くした。
――瞬間、部屋の入り口を目に捉える。
思わずマンティコアの背に手を付き、襲い来る尻尾を無視してその背を全力で蹴り飛ばす!
マンティコアの向こうに立つだけのつもりが、反動でそのまま部屋の方へとダッシュする形に。
――ラッキー!
そのまま部屋へ駆け込むと、剣を片手に構え直した。
追って部屋に飛び込むマンティコアとガーゴイルを尻目に、ぐるりと部屋を見渡す。
書類やら何やらが散乱する部屋。
邪魔なのは机くらいか。
振り返った瞬間、ガーゴイルがこっちに突進する。
回転して避けつつ、その尻にタイ剣を叩き込む。
勢い余ったガーゴイルが机に激突し、いいカンジに机をずらしてくれた。
そこへ時間差で飛び込むマンティコア!
うひ、だからアンタ戦闘ルーチン高すぎッッ!
思わずしゃがみ、タイ剣を瞬時に両手へと持ち直して足元に叩き込む!
が、それをも地を蹴りかわすマンティコアに、咄嗟にその剣を振り上げる!
さすがに真下からの攻撃は見えなかったのか、ようやくマンティコアにダメージらしいダメージが……
――あれ?
ひらりと着地したマンティコアには、ダメージの影すらない。
――うっげ、何コイツ!ルーチンだけじゃなくて防御力も!?
と思ったのも束の間、ガーゴイルがマンティコアの影から飛び出した。
「――あぁもう!邪魔だアンタ!」
頭にスキルを思い浮かべ、ガーゴイルの方へとダッシュし、両手に握り締めたタイ剣を思いっきり振り切る!
――ストロングインパクト!
技名はイチイチ叫ばないけどね!
ガーゴイルはあっさりと砕け散り、細かい石コロと化して辺りに散らばった。
――と、そこへまたしても時間差でマンティコアが飛び込む!
だっから戦闘ルーチン!
思わずしゃがもうとするが、ストロングインパクトのディレイで体が動かない!
「――ッ!」
なす術もなく、マンティコアの一撃がアタシの右肩にめり込んだ。
強烈な衝撃。続いて、断続的に軽い衝撃が何度も続く。
状態異常の1つ、「出血」だ。断続的な衝撃と共に、HPが削られているのがわかる。
肩で良かった、と思うしかない。心臓や頭なら死んでたかも。
左手で道具袋を探りつつ、マンティコアを観察する。
アッチもディレイなのか、1秒ほど固まった後ゆっくりと動き出す。
探り当てたホーリーポーションを右肩に振り掛けると、一定感覚で続いていた衝撃がぴたりと止んだ。肩も光を放ち、傷が完全に塞がって行く。
HP警告がないのが逆に怖い。今どの辺までHPが削られているのか。
右肩粉砕する威力。軽く半分くらいは持って行かれてるような気がする。
ポーションでどの程度回復できたのかもわからない。
――っていうかポーションなんて滅多に使わないしねぇ……。
こちらを威嚇しながら、マンティコアがじり、と体を低くした。
来るか、と身構えるが、そのままじりじりと横に移動するマンティコア。
背の翼がばさりと羽ばたいた。
ちょ、嘘、浮くのコイツ!?
飛ぶゴキブリ並にイヤな光景だ。
あれで動きがほとんど劣化しないなら、アタシ1人で何とかなる相手じゃない。
と思った瞬間、マンティコアが猛烈な勢いでこちらに向けて突っ込む!
マジですか卑怯でしょ反則じゃないこんなの!?
思いながら、思わず身を屈めると、頭の上でぶわっ、と音がして背後でガリガリと地を削る音が響く。
慌てて振り向くと、マンティコアの足元の床がその爪で盛大に削り取られていた。
いくつ攻撃パターン持ってんのコイツ……!
考える暇も与えず、マンティコアが再び体を低く唸る。
羽を動かすこともなく、マンティコアが地を蹴る!
半分カンだったが、左にステップでかわしつつ、その首を狙ってタイ剣を叩き込む!
そのまま、タイ剣から手を離し、左腰の短剣を逆手に持ち振り上げると同時、右腰のソードブレイカーを抜くのと同時に、さらに頭にスキルを思い浮かべ、それを両手で同時に使うと強くイメージする!
――ダブルスラスト!
例によって技名は叫ばないけどね!
スキル発動と同時に、マンティコアの背と腹に、それぞれの武器(ソードブレイカーは厳密には防具だけど)が突き刺さり、素早く引き抜かれもう一度突き刺さる!
うガァ!と悲鳴じみた声を上げ、マンティコアが悶絶する。
やっぱりタイ剣の炎属性が効かないのか、と判断し、タイ剣を拾うのをとりあえず諦める。
しかしアレで立つとか普通に呆れる。
マンティコアは、ボタボタと青黒い血を流しながらも、立ち上がる。
もう足元ふらついてはいるけど、だからって油断はしない。
ジリジリとタイ剣に近寄ると、刃の部分を足で踏み、浮いた柄を掴み、両手で構える。
属性の問題だとわかってしまえばこっちのもんだ。
もう負ける気はしない。
ふらつく足をぐっと踏み締め、マンティコアが上体を一瞬下げ、そのまま飛びかかって来る。
それに合わせ、アタシは両手で握り締めたタイ剣にスキルを2つ、イメージした。
――剣よ凍れ!
――チャージング!
例によって技名は叫ばないけど!
込められたスキルはタイ剣の炎属性を侵食した。
属性は相殺され、「無属性」と化す。
一瞬屈み込み、隙だらけの腹にタイ剣を叩き込む!
ズガァンッッ!!
派手に吹っ飛んだマンティコアは、その巨体を天井に強打して派手な音を立て、そのままアタシ目掛けて落下する。
すかさずバックステップすると、アタシは再びタイ剣にスキルをイメージした。
――ストロングインパクト!
叫ばないけど、頭の中では実は叫びたいってのは内緒!
マンティコアの巨体が部屋の入り口目掛けて吹っ飛ぶ!
駄目押しもういっちょ行っときますか!
タイ剣を片手に持ち替え、ダッシュでマンティコアに追い縋る!
そしてレイピアを腰から引き抜くと、マンティコアの体に飛び乗る。
――チェックメイト・レイ!
断末魔さえ上げることなく、マンティコアの巨体が地面に沈む。
[クリムゾン・マンティコアを討伐しました]
思わずガッツポーズをし、うっしゃ、と内心思ったが、アタシの嬉しさはそれでは止まらなかった。
アタシは息を大きく吸うと、アイツらに聞こえるように盛大に吼えた。
「とったぁぁぁッ!」