気が付くと、目の前には俺の死体が転がっていた。
肩からざっくりと斬られた傷。
――それが背から斬られたものではないと確信し、俺は自分の企みが上手く行ったのだと同時に確信した。
リアが、蘇生用アイテム……確かアイテム名は「奇跡の葉」、を片手に、俺の死体を抱き起こす。
――俺の体め、何て役得な。
不謹慎なことを考えつつ、俺の意識は再び薄れて行った。
「リバイブ」
アズレトの言葉が響くと、俺の体に大きく作られた傷が一気に引いていく。
「――、……ッ」
フィリスが何か言いたそうにしているのが見てわかる。
理由は怒りからだ。
後で拳骨の一発くらいはあるかもしれない。覚悟はしておこう。
「――考えたわね、……アキラ」
言いつつ、こちらも怒りを抑えている無表情のリア。
カルラは声も出さない。アズレトもだ。……多分後でスゲーぶちまけるつもりだろう。
そして、……イシュメルは、アズレト以上に怒っているようだった。
だがそんな場合ではない。
「イシュメル。俺とお前だけで倒すぞ」
俺が声をかけると、一瞬怒りに満ちた表情を向ける。
「――、わかった」
それでも怒りをなんとか抑え、弓に矢を番える。
そして、姿を俺へと変えたドッペルに改めて視線を合わせる。
姿形はまさに俺そのままだ。
つまり、これで能力も俺そのままに変わっているはずだ。
俺の持つスキルは限られている。
アズレトの姿をしたドッペルを倒すより、段違いに弱体化しているはずだ。
そして、たとえレベルが上がった「俺」だとしても、スキルは皆無。魔法はわずかに初級だけだ。
単純な計算だ。敵がアズレトと俺なら、俺の方が弱い!
イシュメルがしゅぱっ、と音を立てて弓を射ると同時、俺はそれを追うようにドッペルへ向けて走る。
確認されて困ることはないが、今までの履歴を確認する暇は与えない。
一気に決着をつける!
突き出したレイピアの軌道を冷静に読み、ドッペルが避ける。
と同時、イシュメルがそれを読んで左右に1発づつ、矢を射る!
だがドッペルは矢の軌道をも読み、しゃがみ込んでそれをも避ける。
そこに左手に持つケツァスタを叩き込むと、ドッペルの方も杖を振りかざし、杖の飾りが耳障りにジャギィン!と音を立てた。
すかさずレイピアで突きを繰り出す。
ッチ、と舌打ちをすると、ドッペルはバックステップで後ろへと下がる。
体勢を低くし、俺が真正面からレイピアで突進すると、すかさずドッペルは横へとステップで避け、その横スレスレをイシュメルの矢が通り過ぎた。
イシュメルの矢は、牽制としての役割を十分にこなしていた。
ドッペルも、それはわかっているのだろう。
忌々しそうにイシュメルを一瞥すると、警戒しながら俺の攻撃を避け続ける。
「――『我願う、赤き気高き紅蓮よ』」
いつの間に俺の習得魔法の履歴を調べたのか、呪文を口にするドッペル。
いや、ひょっとしたら当てずっぽうで初級呪文を唱えたのかもしれない。
ほとんどの初級呪文を習得しているため、そんな当てずっぽうでも的中してしまうのが悲しいところだ。
「――ッ、『我願う』」
対抗すべく、慌てて呪文詠唱を始める俺。――間に合うか?
「『その姿をここへ示せ』」
「『静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ』!」
ドッペルの詠唱が終わる前に、どうにか詠唱を完了し、俺は杖を掲げた。
同時にドッペルも鏡写しのように杖を掲げる!
ジャラン!と二つの杖の飾りが音を立てた。
「『ファイアー』」
「『ウォーター!』」
威力は向こうの方が上のはずだ。
だが炎が水で消えない道理はないはずだ。
その読みはどうやら正解のようだった。放たれた炎は、俺の杖からの放水によって、じゅうじゅうと音を立てながら消滅していく。
さらに、どうやら放水は炎を圧倒したらしく、その余波がドッペルを襲う。
風を切る音と共にイシュメルが矢を左右へと数発放つと、ドッペルはッチ、と舌打ちをしてその場に留まった。
矢のダメージ数発より、魔法1発の方がダメージが少ないと踏んだんだろう。
畳み掛けるなら今しかない!
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ!』」
杖に水音が木霊する。
俺のMPがどこまで続くかわからないが、少なくとも続く限り連発し、ヤツを圧倒するのが最善だろう。
「『ウォーター!』」
じゃらり、と音を立てたケツァスタから水が迸る。
俺の作戦を理解したのか、イシュメルはドッペルを封じるべく、その左右に矢を乱射する。
矢のストックは一体何本かわからないが、俺のMPかイシュメルの矢が尽きるまで、このまま押し切ってしまうしかない!
「『風よ、我が足に祝福を。スピード』」
水の中からドッペルの声が響く。
当てずっぽうか調べたか、どちらにしてもスピードを上げて撹乱するつもりか。
――くそ、そうなると押し切る作戦は一旦中止だ。
「『風よ、我が足に祝福を。スピード』」
ドッペルの唱えた呪文をソラで詠唱してみると、足元に風を感じた。
どうやら正解のようだ。
そしてそのまま、レイピアを構えて突貫する。
うぉ、早ぇ!
自分のスピードに少し戸惑うが、突貫するには最適だ。
あっという間にドッペルとの距離を詰め、俺はその腹にレイピアを叩き込んだ。
と、微かに感じる生臭さ。
何となく、それが何かを悟った。
――だが、敢えてそれを無視し、叩き込んだレイピアを引き抜くと、
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ』」
杖を振り上げつつ呪文を唱える!
ガギィン!と左の方から剣戟の音が響く。
わかってはいても思わず一瞥すると、そこにはマンティコアの攻撃から俺を庇う、フィリスの姿。
「――説教は後だ!後で覚えてなッ!」
うへぇ、こりゃ一回くらいPKされそうな勢いだ。
多少青ざめつつも視線を無理矢理ドッペルに戻す。
「『プロテクト』」
声がドッペルの後ろから響く。
エクトルがドッペルに支援をかけたのだろう。
「――『オフェンシブ』、『プロテクト』、『ブレッシング』」
俺の後ろから、立て続けに声が響く。
確認するまでもない。アズレトだ。
――こっちからのPKも、ひょっとしたら覚悟しておかないといけないかもしれん。
「エンチャント、――アンチヒール」
本当は貴方にかけたいのだけれど、とでも言わんばかりの冷ややかな声がさらに背後から響く。
3回か。思わず背に感じる冷や汗を無視し、振り被った杖をドッペルに向けて叩き付ける!
さすがに避けられるが、それは計算の内だ。
杖を即座にドッペルへと向ける。
「『その姿をここへ示せ、ファイアー!』」
そのまま、足を止めずにドッペルへと突っ込みつつ、レイピアを構える。
「――ッ!」
ドッペルに炎が灯ると同時、レイピアの先がドッペルを掠る。
レイピアは避けられたが、ひゅん、と風を切る矢がその右肩に刺さる!
俺のHPがどの程度のものか知らないが、とにかく倒れるまで押し切るしかない!
再びギィン!と真横でフィリスとマンティコアの剣戟の音が響き、一瞬それに気を取られた。
その一瞬でドッペルは俺の懐に潜り込む。
突き出されるレイピアを、思わず杖で叩き上げる。
予想外だったのか、一瞬その腹ががら空きになる!
「『我願う、赤き気高き紅蓮よ、その姿をここへ示せ』」
呪文を唱えつつ、そのがら空きの腹にレイピアを叩き込むと、ドッペルがにやりと笑みを浮かべた。
「『ファイアー!』」
俺の姿が、民族的なペイントを施した野箆坊に変わり、俺の腕の中に崩れ落ちた。
瞬間、魂のような光が俺とイシュメルの周囲を回ると、胸に吸い込まれるように消えた。
[ドッペルゲンガーを討伐しました]