時計を見ると、すでに時刻は日付を跨ぐ頃だった。
イベントが開始されてから、まだ半日も経っていない。
――だと言うのに、俺たちが今いる国以外は、全て全滅、――イベントが終了したのだと言う。
いや、正確には違う。
――イベントが終了したのだと推測される、というだけだ。
「希望はある」
うなだれるフィリスに向かって言うと、全員が俺を見た。
「――ねぇよ。楽観的なのはいいが楽観と希望的観測を混ぜるな」
反発するフィリスだが、――ここで引いてちゃ勝てるものも勝てない。
「あるだろ。俺たちが勝てばいい」
じと、と俺を睨むフィリス。
言っている意味がわからない、と言う顔だ。
聞いてやるから喋れ、――目がそう言っている。
「蘇生は可能なんだよな?」
ちらりとアズレトを見ながら言う。
――ここにアズレトがいるのがその証拠だ。蘇生すれば蘇る。
なら、その敗れた国の王を蘇生しに行けばいい。
「どうやって。そもそも国から出れないのに」
悪態を吐くフィリス。
そう。他ならぬフィリスが言っていたことだ。
――国境を越えようと試みたところ、その場に凄まじい量のモンスターが召還された、と。
それこそ、撤退を余儀なくされたほどに。
「――簡単な話だろ?」
「だから何がだ」
ふと、横からアズレトが口を挟む。
「イベントをクリアしてからなら、ってことか?」
まだ、試したヤツがいない方法。それはイベントクリア後の行動全てだ。
クリアした後でなら、ポータルも発動するかもしれない。
――発動すれば、リアのポータルで、様々な国に出入りできる。
「――!」
フィリスが顔を上げる。
リアは、俺の方を向いて微笑んだ。
「悩んでいても仕方がないということね」
そう。
ここで悩んでいても何も解決はしない。
どの道ゲームだ。リアルで人が死んだわけじゃない。
――リアルすぎて忘れがちだが、所詮ゲームだ。
ならば塞ぎ込むんじゃない。楽しまなければいけない。
「行こうぜフィリス」
俺が右手を差し出すと、フィリスはそれを右手で叩いた。
今にも泣きそうだったフィリスの顔に、にっ、とようやくいつもの笑みが戻った。
「あぁ、行こう。ダメでもせめて連中の無念は晴らしたい」
全速前進、と言う言葉が相応しいと感じた。
――もはや俺のレベル上げ、などと言っていられなかった。
フィリス、リア、アズレトを先頭に、俺の覚えたて回復魔法とイシュメルの弓を最後尾に回し、突き進む。
まさに圧倒的な強さを誇る3人は、出る敵出る敵を瞬殺した。
俺たちの出番なんか微塵もない。
カルラですらその出番がほとんどないくらいだ。
――わずかな傷を負った時だけ、俺に少しの出番が回る程度だ。
イシュメルも隙を見ては矢を射てはいるが、味方に当たることがないようにほとんど出番がない。
俺の覚えている「ヒールLv.1」よりも、アズレトの「リバイブLv.20」の方が遥かに回復力は上なんだが、アズレトは自分のMPを使いたくないらしく、俺が何度かのヒールをかけることで回復していた。
けどこれ、……確かにMP効率はいいようだ。
アズレトが魔力剤と呼ばれるMP回復薬をガブ飲みするよりも、自然回復で全回復まで数分で済む俺がちまちまヒールかける方が、断然オトクだ。
加えて、この3人が化物すぎて、ほとんどダメージを受けていないらしい。
たまに怪我をしても、俺のヒール数発で済む程度だ。
ちなみにレベルは、と聞いてみたが、4人とも答えてはくれなかった。
「……でけぇ」
思わず見上げつつ呟くと、俺を除く全員が苦笑した。
「――そういえば初めてだっけ、ここまで来るの」
目の前に、巨大な建造物が聳え立っていた。
確かに、……町の案内にはでっかく描いてあった。
だがここまででかいとは――いや当たり前か。
まさに要塞。
敵を阻むための分厚い壁、高さを生かして攻撃するための塔。
銃や大砲が存在しない世界ならば、これほど戦闘拠点として適したものはないだろう。
――ルディス聖王国城。その正面に位置する門だ。
中から時々、爆発音や剣戟の音が聞こえて来る。
つまりは、今まさに――押し進もうとしているゲームマスターがそこにいるということだ。
まぁ、考えてみれば当たり前だよな。
ゲームマスターにとって、城を落としたら勝ちはほとんど確定なんだから。
ウィスパーで位置を特定するまでもなかったってことだ。
城を落とすのなら、総力を結集し、モンスターを撒き散らしつつ突き進むのがエクトルにとっては最も簡単な方法のはずだ。
城さえ落としてしまえば、――イベントクリアの条件がゲームマスターを倒すことである以上、必ずプレイヤーはエクトルに戦いを挑みにやってくるのだから。
「急ごう。今戦ってるヤツらと俺たちでゲームマスターを挟んで戦う」
アズレトが呟くように言うと、全員で速さを揃えて走り出す。
破壊音が徐々に大きく、鋭く響く。
「――アズレト!上だッ!」
俺が叫ぶと同時、アズレトが素早く飛び退いた。
ズガガガガン!!
そこに降り注ぐ大量の岩石。
――いや、あれは、
「……見えない位置にガーゴイルとはな。――卑怯臭い」
肩を竦めて見せつつ、アズレトがそこに飛び込んだ。
そして杖を一閃。
スキル名、「神の怒り」。
――杖スキル中唯一の範囲攻撃で、中程度の範囲全ての敵に対し、MPを全消費して使用される技よ、とここに来るまでにリアから何度も解説を受けている。
アズレトの杖を軸に、半径1メートルほどの床がバキバキと悲鳴を上げた。
ランダム・ダメージが最低値でも、アズレトのそれはかなりの威力だろうと推測できた。
「『フレイム・ゾナー』」
そしてアズレトが再び飛び退いた瞬間、リアの杖から灼熱の業火が放たれる。
MP全消費魔法、フレイム・ゾナー。
残りMPに応じた火力を相手に叩き込む、炎系最強の魔法、だそうだ。
魔力に比例してダメージが増えるそうだが、果たしてリアの魔力はいくつなのだろう。
使ったMPを回復するために飲んだ魔力剤の瓶を、リアは素早くポケットにしまう。
様子を伺うと、あれだけのダメージを叩き込まれたはずのガーゴイルが一匹、ふらりと立ち上がった。
「魔力隔絶のエンチャントでも張られていたのかしらね」
冷静に分析するリア。
言われて見れば、他のガーゴイルのように黒コゲてはいない。
リアの魔法がほとんど効いていないということか。
そこへ瞬時に走り込んだのはフィリスだ。
ガーゴイルがそれに反応するより早く、タイ剣の巨大な刀身がガーゴイルの胸元に突き刺さる。
石が砕ける音と共に、あっさりとガーゴイルが砕け散った。
ちなみにガーゴイルはプレイヤーが設置したものなんだそうだ。
城に入る前、リアが言っていた。
ゴーレムの一種で、彫刻技術の最高峰技術。
ちなみに小さいものを作ればペットにもできるそうだ。
「――近い、か?」
ふとアズレトが声を潜め、指を口元に立てて当てる。
ゲームマスターたちの戦闘の音が、かなり近くに聞こえていた。