「さて」
名前と苗字を改めて伝えると、数秒のローディングをしてからゲームマスターは言った。
「……改めてようこそ、アキラ」
この先の展開は公式サイト及び情報サイトで調べて来たから少しだけ知っている。
まず、種族を決められるんだったな。
「君の種族は人間だ」
……自動的かつランダムに、だが。
これは、生まれからリアルを、と言うことらしい。
アバターを設定できるのはただのお情けのようなものなんだろう。
「なので外見は君が設定したものと変わらない」
あ、と俺は思った。そして同時に人間に設定されたことに安堵する。
ドワーフになったりしていたら、背が縮んでいたんじゃないだろうか。
いやそれどころか、魔法使いを作る予定だったけどドワーフって魔法覚えられない、とかそういうこともあったんじゃなだろうか。ヒョロく作ってドワーフだったりしたら目も当てられないところだ。
……評判聞いてて良かった。
聞いてなかったら、俺の性格からなんてクソゲーだと即ログアウトしていたかもしれない。まぁ操作説明がないってところでちょっと落ちたくなったけどな。
……いやまぁ、評価もクソゲー扱いされてたけど。
ただしこのキャラクター作成には対策がある。
作ったキャラクターの種族が気に入らない場合、そのキャラをデリートすることができるらしい。
また、キャラ枠が3つなのもその対策として、ということのようだ。
しかし逆に言えば、運悪く3回気に入らない種族だった場合は作り直しができないってことにもなるけどな。
まぁ噂通りなら、クソゲー度はこんなもんじゃないんだけど――
「そして、今日登録した『日本人』には、抽選で特別にプレゼントがある」
――は?
俺は目を点にした。
公式サイトにも目を通してから来たが、……そんな告知はなかったぞ。
「君はそれに該当する。受け取るかどうか選択したまえ」
言って、ゲームマスターは握ったままの手を差し出した。
このゲームでなければ、ラッキー、と何の躊躇もなくこちらも手を出していたところだ。公式サイトにすら何も告知のないゲームマスターからの贈り物。
罠に見えるが、こんな初っ端から罠を仕掛けたりするものなのか。
「……質問は許されるのか?」
「質問に対する答えはYesだ。ゲームシステムの質問は答えないが」
お、なるほど。
「なら質問。アンタはNPCか?」
「質問に対する答えはYesだ」
なるほど。……ってことは、
「質問の答えは全てテンプレートか?」
「質問に対する答えはYesだ」
やっぱりな。だとするなら多分、あえて答えられない質問をすれば、「その質問には答えられない」とでも返って来るのだろう。いちいち試す気にもならないが。
「今日登録した全ての日本人プレイヤーが、俺のようにアイテムをもらえるのか?」
「質問に対する答えはNoだ。君は運良くもらえると言うだけだ」
運良く、とはどういう意味か。
「何故俺がもらえるのか、その理由は?」
「今日初回キャラクター登録をした日本人に対し、今日一日ランダムにアイテムを渡すようにプログラムされているからだ」
なるほど。今日が日本での初日ということでのシークレットサプライズアイテムか。だとするならば、受け取って損はないように思える。
「アイテムをもらうことにより不具合は?」
「ない。強いて言うならば、いきなりアイテムインベントリもしくはイクウィップインベントリが1つ埋まるということ、そして重量もかさむと言うことくらいだ」
なるほど。どうやら何かの罠ということではないようだ。
「そしてこのアイテムは受け取ると同時に、『特別な品物』として、君のキャラクターデータに登録され、誰も奪えない仕様に変わる」
誰も奪えない、と言うのはありがたい仕様だが、こちらから贈呈した場合、もしくは売り払った場合は別問題だろうか。いやまぁ、レアアイテムの可能性もある以上、使うにしても売るにしても交換するにしても、損はない。
逆に、持っていても全く役に立たない、もしくは邪魔になるアイテムだったとするならば、それはそれでネタとして持っておくのも面白い。
なら答えはひとつだ。
「なら遠慮なくアイテムを受け取る」
言って手を伸ばすと、俺の手の平の上でゲームマスターは手を開いた。
瞬間その手に、鞘に納まった一本の剣が出現し、装飾の鈴がりん、と鳴った。装飾はやや過多で綺麗ではあるが、ちょっとくすんだ色をしている気がする。
「アイテム名は【レイピア】。未鑑定品だから気を付けてくれ」
俺がそれを受け取ると、ゲームマスターは一歩後退した。
「……他に質問がなければ、ゲームを開始しようと思うが、準備はいいか?」
質問は特に残っていなかったが、ふと頭に浮かんだ質問がひとつ。
「……ゲーム中に、アンタが出て来ることはあるか?」
ゲームシステムに抵触しそうな気がするが、さてどう答えるか。
答えられない、と返って来るんだろうと予想する。
「質問に対する答えはYesだ。イベントなどで会うこともあるだろう」
意外にもしっかりと返答が返った。
「また、俺以外のゲームマスターも出没する」
なるほど。これは隠す必要がないということなんだろう。
他に質問はあるかと再び問われ、俺は迷うことなく「ない」と答えた。
「ではゲームスタートだ。……幸運を祈る」
言うなり、視界が暗転した。
わずかに浮遊感。と同時に足元の地面の感触が消える。
りん、ともらったアイテムの装飾が音を立てた。
全ての感覚が遮断されたような感覚(というのも変だが)。
数秒後、ローディングが終了したのか、視界が一気に白一色に染められた。
というか、すげぇ眩しい。
目が慣れていないのか、白い視界にかすかな人影が見えるだけだ。
と思っている間に、視界がどんどん見えてきた。どうやら機械の方が読み込み中だったようだ。
まず見えたのは町並み。どうやらキャラクターの生まれ故郷は結構栄えている町らしい。
見渡す限り人、人、人。
仲睦まじそうに歩く男女や馬鹿騒ぎする男ども。
男女比で言えば半々だが、この中の誰がネカマで誰がネナベかわからない以上、もう普通に見た目通り半々と判断しておこう。
……どこへどう行けばいいのか、NPCも見当たらない。というかNPCとプレイヤーの区別も付かないので迂闊に誰かに話しかけるのも億劫だ。
「さてどうすっか」
町を出るべきか、それともNPCを探すべきか。
広場らしいそこを見渡すと、噴水が見えた。
結構な人数が行き交っているが、……やはり何だか声をかけるのを戸惑ってしまう。
それにしても評判通り、景色がリアルだ。
噴水の水しぶき、人の影のぼやけ方、太陽の光の反射具合。
本当に自分がそこにいるものだと勘違いしてしまう。
「んー……お」
立て札のような案内板を見つけ、そこを覗き込む。
どうやら町の見取り図のようだ。
「……えーっと。現在地がここだから……」
確認すると、色々な施設があった。というかここは城下町のようだ。地図の中心に大きく手書きで「城」。
宿が数件。学校が3つ……中学、高校、大学。小学校がないのは何故だろう。まぁいいや。そして神殿がいくつか。あとは図書館。そして、手書きで「衛兵詰め所」と書かれている場所。あとは雑貨屋や武具屋など、基本的な商店が立ち並ぶ商店街らしきところだ。
……というか所持品とか装備品とかどうやって確認するんだろう。
ゲームマスターが「インベントリ」と言う言葉を使っていたところから見て、アイテムをしまっておけるものは存在するようだけど、……ウィンドウがどうやったら出るのかわからない。
まぁいいや、とりあえずオーソドックスに神殿とやらに行ってみよう。
神殿へ向かおうと道中を歩きながら、ふと俺は気付いた。
そういえば宿も、「セーブポイント」としてはオーソドックスなのではないか。
しかし所持品をどう確認すればいいのかわからない。
と、目に入る「←図書館」の看板。
……そういえば、以前ネットで読んだ小説に、「図書館で本を読んだらスキル習得」と言う描写があったような。
物は試しだ。どうせ神殿に行くのも急いでいるわけじゃなし。
予想以上に大きい建物がそこにあった。
受付には、NPCと思われる受付が数人。
NPCなら、図書館の使い方を教われるだろうと当たりを付け、俺は手近な一人……女の職員に声をかけた。
「すみません」
「あ、こんにちは」
普通に応対してくるNPCの女性。思考ルーチン……というかAIか。
まぁ応対くらいならパターン用意すりゃできるか。
「利用するにはどうしたら?」
俺のこの質問に、女性は一瞬きょとんとした表情を返す。
……ん?質問の聞き方が曖昧すぎたか?
どうやらわからない質問にはこうした「反応」で返す仕様らしい。
「……図書館を初めて利用するんですが、」
「あぁ、初心者さんね」
俺の言葉を遮り、くす、とNPCが笑顔を見せ――
――ちょっと待て。今初心者って言ったか?
普通、NPCは初心者などと言う言葉は使わない。
こういう、リアルを追求するようなゲームは特にそうだ。まぁこのゲームが例外ではないと断言はできないが、NPCなら少なくとも「初めてのご利用ですか?」と言った程度の受け答えくらいは準備しているだろう。つまり、
「プレイヤー……なのか?」
「そ。装備でお金切らしちゃってね。バイトしてるのよ」
どうやらそういう金の稼ぎ方もあるらしい。
初心者さんだとわからないことだらけで困るよね、と女性はくすくす笑いながら、隣の男に声をかけた。どうやら隣はNPCらしい。
会話を聞く限りではNPCだとはわからないが、会話の最中にそれがNPCだとわかるような信号でも出ているのだろう。何故かその男がNPCだというのはすぐにわかった。
そしてNPCは彼女に早めの休憩を勧めた。
どうやらNPCのAIは予想以上に優秀らしい。
「簡単に説明するよ。何が聞きたい?」
彼女の言葉に、俺は遠慮を忘れて次々と質問を重ねた。
まずウィンドウはどうやって出すのか。これに対しての答えは、
「出ないよ?」
「は?」
「このゲームね、ウィンドウは一切表示されないの。ステータス確認はできないし、スキルなんて覚えるしかないよ」
なんてこった。想像以上に面倒臭い。
どうりで攻略サイトとか調べても一切操作説明がなかったわけだ。
「マジで?」
「うん。アイテムとかは手荷物で持てるだけしかもって行けないし」
つまり、ゲームマスターの言うところの「インベントリ」とは、……手に持てる範囲、と言う意味だったんだろう。もしくは英語から日本語に翻訳した際の誤訳と言うか微妙なニュアンスの差か。
つまるところ、俺は今無一文ってことだ。
「……じゃあ、図書館は今は利用できないか」
「ん?図書館はタダだから利用できると思うけど」
そうなのか。
「使い方は後で軽く説明するよ。それよりお昼食べてきた?」
「俺は未確認飛行物体食った」
ぷ、と吹き出し笑いをして、彼女はあれ美味しいよね、と微笑んだ。
「じゃあ、先に使い方教えるね。……この目録に手を触れて」
言って、部屋の隅に設置された、紫色の水晶に手を触れる。
言われた通りに触れると、
「うぉッ!?」
視界が文字で埋め尽くされた。
「図書館ではお静かに願います、ふふ」
横から聞こえる声に振り向けば、女性の姿。
「あ、って言ってみて。今の私は職員だから反応しないけど」
「……あ」
言った瞬間、視界を埋め尽くす文字郡がざぁっ、と整列した。
良く見ると、その文字軍の正体はタイトルらしい。
最初の文字は全て「あ」で構成されている。
「なるほど」
「あ、ちょっ」
俺の言葉に応じて文字が再びざぁっ、と整列を開始した。
そして目の前に1つだけタイトルが表示される。
「……えっち」
一つだけ残った卑猥なタイトルに、女性がジト目で一歩後ずさる。
「ちょっと待てこういうことになるなら先に教えとけよ!」
思わず噛み付くと、最後に残ったタイトルが姿を消す。
というかなんつータイトルの本があるんだよ!
「図書館ではお静かに願います」
この女……。
「とりあえず、図書のタイトルはこんな風に出すわけ」
「……良くわかった」
ふふ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる女性。
「指をこう、前に出して」
「こうか?」
言われた通り、彼女を模倣して人差し指を立てる。
「インデックス、って言ってみて」
「……インデックス」
呟くとほぼ同時に、予想通り文字軍が戻って来た。
「なるほどな。で、出る時は?」
「イクジットって言えば出れるよ。本を持った状態で言えば本は持ち出せるから」
ふむふむ、と覚えたことを脳内で反芻する。
「私はご飯食べて来るけど、図書館に来たんだったら……えーっと」
言って、彼女は胸で十字を切り、初心者と呟く。
同時に、俺の目の前に「初心者さんへ」と言うタイトルが表示された。
「実質この本が、このゲームの説明書だよ。ご飯食べてくるから読んで待っててね?」
言うだけ言って、彼女はその場から掻き消えた。
どうやらヘルムコネクタを外したらしい。
思わず溜息をつき、俺はタイトルに手を触れた。
瞬間、重量感を持った本が手元に現れる。
さ、彼女を待つ間、とりあえずこれでも読んでるか。