「小休止だ小休止。一体何匹いるんだか!」
フィリスが呆れたように声を張り上げた。
その大声で敵がエンカウントしてきたらどうするつもりだと思わずツッコみを入れたくなるが、もしそうなったとして、本人が責任を持ってすぱっとやってくれるだろうと思い直した。
リアの持つリストは、1匹を残して全滅しているはずだった。
――アズレトのドッペルゲンガー以外は。
「ところで」
俺の呟きに、全員がこっちを向く。
サラマンダーの一件以来、俺が何かを発言するたびに妙に視線がこっちを注目するようになった。
――期待されているようで、少し視線が心地いい反面、むず痒い気分にもさせられる。
「……アズレトは一回ドッペルに負けてるんだよな?」
聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。
何の……いや、誰のドッペルにやられたのか。
もしくは、素のドッペルにやられたのか。
後者ならいい。アズレトより強いヤツにやられた、と言うのなら。
散々ここまで助けられて来たからこそわかる。
ドッペルが、素の時点でアズレトよりレベルが上だと言うのなら、良い意味でも悪い意味でも……どうしようもないのだから。
だが、もし前者なら。
「……わからん」
一瞬の沈黙の後、アズレトが苦笑しながら呟いた。
「気が付いたら俺は幽霊だった。いつ殺されたのかも記憶にない」
よくあることね、とリアが溜息つつ呟く。
「――私も何度か経験があるわ。私の場合、数分歩いてから、自分が殺されていたことに気付くことが多いわね」
幽霊になった場合、その肉体の位置は「魂のロープ」で示されるらしい。
それが本人にだけは見えるのだという。
「どっちだかわからん……すまんな」
アズレトが申し訳なさそうに言う。
リアが言うには、可能性として考えられるのは2つらしい。
まず、その記憶が破壊されるほどのダメージを「頭」に受けた時。
これは、ログアウトするまでの蓄積されたデータが、キャラクターの部位で言うところの「脳」に蓄積されることにあるらしい。つまり、ログインしてから殺されるまでの間に、何かの方法で頭に加えられたダメージが「脳」を砕き、データそのものを破壊した、ということだ。
もう1つの可能性は、これはリアルと全く同じだ。
殺されたことにすら、本人が気付いていなかった場合。
幽霊が体から離れたことに気付かず、そのまま体を残して歩き去ってしまう場合……リアがさっき言ったような場合だ。気付いていない本人からしたら、「いつの間に」ってことだ。
「その二つの可能性で言うなら、多分前者なんだがな」
アズレトがきっぱりと言った。
つまり、ログインしてからの記憶が一切ない、ということだ。
「それってリアルに影響が出たりしないのか?」
「あるわけがないでしょう?あるとしたらゲームとしての欠陥よ。サービスそのものが終了しているわ」
なるほど。確かにその通りだ。
「まぁどっちにしても対策を取る意味はない、ってことか」
もしアズレトが、何に殺されたのかを見ているのなら、話は変わっていたのかもしれないが。
……待てよ?
「なぁ、今アズレトにウィスパーしたら、……どっちに届くんだ?」
俺のふとした問いに、一瞬全員がきょとんとした顔を向ける。
「オリジナルがいる場合はオリジナルじゃないのか?」
可能性としてはそれもアリだろう。
だが、ウィスパーが向こうに届く以上、向こうが何かを喋っているのなら。
――誰と喋っているのかを特定できるのなら。
ドッペルの位置を特定できはしないだろうか?
あわよくば、奇襲も可能かもしれない。
「――!」
リアが驚いたように顔を上げる。
「適任が、……一人だけ、いるわね」
そう。
適任はたった一人。
あとは、誰がドッペルと対峙するか、だ。
「作戦開始の前に、……ログアウトするヤツはいるか?」
ん、と思わず口にする。
考えてみれば、俺がログインしてから数時間が経過している。
カルラは俺より前にログインしていたし、一番遅いイシュメルでも、かなりの時間が経っている。
「――申し訳ないけれど、少しだけお願いしていいかしら」
リアが小さく挙手をし、壁際に寄りかかるように座ると、そのまま崩れるように眠りに付いた。
――あまりに無防備な状態に、思わず苦笑する。
リアの小屋なら、全ての外敵から身を守れる。あそこならどんなにか楽だっただろうと思う。
「リアが戻ったらアタシも行く」
苦笑し、フィリスが挙手をした。
それに合わせてカルラも、小さく私も、と呟く。
「……全員、交代で行けばいいさ。リアルで背伸びの1つもしないとな」
イシュメルが呟くと、アズレトもこくりと頷いた。
「にしても、……ウィスパーなんてよく思い付いたな」
アズレトが興味深そうに俺に目を向ける。
全くだ、とフィリスが笑った。
「またどんな無謀がアンタの口から出るのか楽しみにしてたのに」
当分、俺はフィリスから無謀者扱いされるようだ。
いや、フィリスに限らないか。
ここにいる全員に同じ評価を受けてるんだろう。
「あぁ、そういや今更だけどイシュメル」
ん?と俺の呼びかけに反応するイシュメル。
「――メッセ、発言バグってたぞ」
「マジか。道理で英語で返答が帰って来たわけだ」
やっぱり気付いてなかったか、と苦笑して見せる。
「じゃあ今後、メッセは英語で頼む」
「……苦手なんだがな。了解だ」
ちなみに英語の成績は高校時代で2。英検なんか受ける気すら起きなかったくらいに苦手だ。夕方のメッセも、某翻訳サイトで翻訳したものをコピペしただけだ。
「ん、なになに、メッセ持ってんの」
フィリスがここぞとばかりに食いついて来た。
それが後でアドレス交換よろしくね、という結論になったところで、
「――ただいま。どうやら無事のようね」
リアが戻り、入れ替わりにフィリスがヘルムコネクタを外した。
そして、便乗してアドレス要求をするアズレトとカルラとの会話を聞き、リアまでもがアドレス要求して来たのは言うまでもない。