威嚇するサラマンダー。
――その口から炎が再び放たれた。
「と、っと」
若干焦っているのは俺だけで、皆は俺が避けるのに合わせてスマート且つ楽々と炎をかわす。
いや、表面上楽に見えているだけで、実は楽々ではないのかもしれないが。
――同じレベルのはずのイシュメルは、ゲームの経験の差なのだろうと信じたい。むしろそうであってくれ。じゃないと俺は悲しい。
「アキラ、ウォーターを準備しておけ。万が一目の前に迫ったら放て」
準備も何も覚えているんだが、と不思議に思っていると、
「――最後の一言以外を、……あらかじめ唱えて」
カルラの言葉に気付く。
そういう手があったか。
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ』」
やってから気付く。
ひょっとしてここから先はウォーターを放つまで喋れないのだろうか。
アズレトがサラマンダーに殴りかかる。
その杖をひょいと避けたサラマンダーだったが、アズレトの杖から放たれた氷の魔法にダメージを食らう。
なるほど。当たってもダメージ、外れても魔法。
あわよくば、当たったと同時に魔法でダメージの2段構えか。
――前提条件として、魔法を詠唱破棄できることが必須だというのが辛いところだが。
リアが戦い方を覚えておけ、と言った意味がよくわかる。
確かにこれは勉強になる。
ただ強力なスキルを覚えるだけが強くなる秘訣ではないということか。
このゲームをクソゲーだと評していた連中を信じていた俺自身を撤回する。
――面白いじゃないか。
どんな戦略を組むか、もしくは組めるのかを考えながら、無尽蔵ではないスキルを習得して行く過程はさぞ面白いだろう。
そして、その戦略をどう組めば強くなれるのか、どう訓練すれば強くなれるのか。どうやってその戦略を相手に効率良くぶつけるのか。
そして戦略だけではない。発想の柔軟さも必要になる。
失敗した時はどうするのかを考えなければ、場合によっては死ぬこともあるだろう。失敗した時の作戦が失敗した時も、どう対処するのかをその場の閃きだけで決めなければいけないこともあるだろう。
考えただけでわくわくする。
そうだ。
俺は今まで確実に恵まれていた。
仲間に、装備、金。
――少しだけ上がったレベルは、全て与えられた恩恵だ。
だがその恩恵に与ってただレベルを上げているだけではダメなんだ。
考えて考えて、考え抜きながら強くならなければ強くなれない。
攻撃を避けながら、サラマンダーが口から炎を吹く。
アズレトがそれをシールド魔法で防ぐと、サラマンダーはそのまま牙をアズレトに向けた。
しかし黙って咬まれるアズレトではない。
杖をその鼻っ柱に叩き込むと、サラマンダーは小さく悲鳴を上げて後ずさった。
そして一度威嚇し、再びアズレトに炎を放つ。
こちらにもその火が流れ弾として飛んで来たが、俺の前にリアが立ち、マントでそれを払い落とした。
片手でスマン、とジェスチャーをすると、リアはにこりと無言で微笑む。
「アキラ、行ったぞ!」
見れば、サラマンダーが俺の方を目がけてダッシュしてくる。
見ている限り、あれだけ攻撃を受けていたサラマンダーはすでに死に体なのだろう。
さっきの流れ弾も、実は流れたのではなく、実はこっちを狙ったものだったのかもしれない。……AIがそこまで優秀ならば、の話だが。
――あわよくば道連れに俺を、とでも考えているのか。
「アキラ!早く撃て!」
アズレトが、俺が魔法を撃たないことに気付き、慌てたように声を上げる。
だが、俺は試してみたいことがあった。
――呪文を口にしているから、それを言う手段がないのだが。
「……、アキラ」
カルラがくい、っと服を引くが、それを手で軽く制する。
目の前に迫るサラマンダー。
その炎で、牙で俺を襲わんと迫る。
――ここしかない!
「『ウォーター!』」
俺の持つケツァスタの、羽が光る。
その飾りが鈴のような音色を立てる。
――そして放たれる濁流。
それは俺の狙い通り、サラマンダーの口へと流れ込んだ。
じゅうッ
ギャア、と赤い巨体が悲鳴を上げて仰け反った。
がら空きになる腹。そこを見て、気付く。――やってみる価値はある。
「『我願う、静かなる清流よ。濁流と化して敵を流せ、ウォーター!』」
フィリスから選んでもらったレイピアに魔法をかけ、濁流と共にその剣を腹にぶち込む。
だがレイピアでは威力不足なのか、その切っ先は固い腹を貫けない!
……か、硬ぇ!
瞬時に無理だと判断し、俺は素直に後ろにダッシュ。
それと入れ替わりに滑り込む人影。
「狙いは悪くないね!」
フィリスだった。
俺の狙った、がら空きの腹に、タイ剣ではない方……出会った頃から腰に下げていた剣に持ち替える。
――それはレイピアだった。
鞘の細さからそうじゃないかとは思っていたんだが。
だがフィリスの力でも無理なのか、レイピアはそこを貫けない。
「だけど通常攻撃でこいつを抜こうなんて無謀は今後禁止ね!」
俺を見もせずに、ただ顔に笑みを浮かべたフィリスが一瞬レイピアを引いた。
その瞬間、レイピアが音を立てて凍り付く!
そして次の瞬間、サラマンダーのその巨体の裏側から、微かに雪のような結晶が噴き出したのが見えた。
その巨体がフィリスを下敷きに、静かに崩れ落ちた。
[サラマンダーを討伐しました]
「涼しい顔をして『剣よ凍れ』。しかもクリティカルとはね」
どうやらそういう名前のスキルらしい。超そのままなネーミングだ。
「……アキラ」
アズレトが、苛立ったような声を俺に向けた。
当たり前か。命令無視の上に独断行動。それも無謀な行動だ。
「――あぁくそ、認めたくねぇ」
予想に反し、ボリボリと頭を掻くアズレト。
カルラがそれを見つつ、くすくすと笑っている。
「でも、……確かに認めざるを得ねぇか」
その目が再び俺を向いたが、その声に苛立ちはすでにない。
「――正直、俺はお前を見くびっていた。弱いからあの時点でアレに立ち向かうのは無理だと思った」
正直な気持ちなのだろう。オブラートに包むことすらなく、直球な言葉。
「だから俺の命令を無視したのには正直ムカついた」
う、それは悪かったと思っている。
「だがお前の判断は正しい。……サラマンダーの弱点が口と腹だと気付いたお前の観察力を高く、高く評価したい」
アズレトの言葉に、一瞬何を言われたかわからずきょとんとする俺。
一瞬遅れて、ようやく褒められたのだと気付く。
口が弱点だと言うのはなんとなく思ったことだ。
炎を吐くそここそが、硬い鱗に覆われていない唯一の場所だったからだ。
腹が弱点だとは気付かなかった。
そこが鱗の中で一番やわらかい場所だったのだろう。一度そこを狙ってスキルを叩き込んだフィリスを見ていたから、何となくそうは思っていたが。
――気付いたのは実はサラマンダーが反った時だ。
腹にあった、一筋の亀裂。
フィリスがスキルを叩き込んだ時にできたものだったのだろう。
だからそこが弱点で、その亀裂を狙えば倒せるんじゃないか、と思った。
「――いや、結果は俺の実力不足。アズレトが思うほど俺は正しくない」
言って、すまなかったと頭を下げた。
しかも狙った亀裂を外した。考えれば考えるほどに間抜けだ。
「そんなことはないわ」
リアが後ろから口を挟む。
「――アキラの機転がなければ、フィリスは動かなかったでしょう?」
フィリスの方を向くと、話題の本人はにやりと笑った。
「まぁね。……正直防衛だけをするつもりだったからね。タイ剣効かないし」
亀裂が入っていた以上、剣を叩き込んだ効果はあったと思うが、それでもフィリスは不満だったのだろう。自分の攻撃があまり効いていないのだという事実が。
「クリティカル無効、なんじゃないかな。コレの特性」
フィリスが、さっきサラマンダーから剥ぎ取った鱗を見せながら言った。
アイテム名、【サラマンダーの鱗】。……未鑑定。
鱗に未鑑定も何もないと思うが、その効果を隠したい意図が見え見えだ。
「鎧を作れば、クリティカルを受けない?……それは魅力ね」
リアが呟くように言う。
「鑑定、ってのをどうにかしないとダメみたいだけどな」
はは、とイシュメルが笑う。
「アタシにもアレは見えてたから、割れてるところだったらイケるんじゃないかって思ってね」
そして念のため、属性攻撃を氷に変え、一点に集中攻撃できる武器……レイピアで攻撃。
――フィリスのその狙いは見事に炸裂した。
割れている鱗はフィリスの神懸りなクリティカルを許した。
弱点である氷属性をクリティカルで叩き込まれたサラマンダー。……さぞかし鬼のようなダメージが叩き込まれたことだろう。
「だけどアキラが動かなかったらまだ苦戦していたかもね」
フィリスがちらりと俺を見る。
「……そこは評価するけど、アタシからはそれだけだ。無謀は評価しない」
う。……面目ない。
無言でぽりぽり頭を掻いて見せると、フィリスはそれをくすりと笑った。