どうするか、などと作戦を立てている最中。
それは、突然起きた。
どん、と言う破壊音。
最初に反応したのはアズレトだった。
「ちっ……くそ、逃げるか?」
言うなり、持っていた杖を構える。
その横に立ったのはリア。
「逃げる?冗談でしょう」
言いつつ、リアは腰から短剣を抜いた。
「知恵と勇気で何とかなるものよ」
うわぁ……。言っちゃったよ。と思わず心でツッコみを入れる。
そのリアの横で、アズレトが爆笑した。
その笑い声に反応してか、黒い爪が二人のいるあたりを凪ぐ。
自分のことでもないのに一気に血の気が引いた。
――いや、自分のことでもないわけではなかった。
爪によって抉られた土が、俺たちのいる辺り一面に降り注ぐ。
思わず腕で頭を庇うと、物凄い力で背後からマントを引っ張られた。
って締まる締まる!
思わず咳込むと、カルラが酷く申し訳なさそうに背中をさすってくれた。
「……悪い、助かった」
言うと、カルラは微笑みでそれに返し、リアとアズレトのいた辺りに視線を向けた。
「……嘘だろ」
信じられない物を見た。
アズレトは、何とその爪を杖で砕いていた。
リアはと言うと、ちゃっかりアズレトの陰にいて何の被害もない。
「私の補助はいるかしら?」
「Lv.20以上があるなら全ていただきたいね」
自分に補助魔法をかけながら言うアズレトの言葉に、リアは肩をすくめて見せた。
それはつまり、全ての補助がアズレトが上だと言うことなのだろう。
「……勝てそうかしら?」
リアの言葉に、アズレトがはは、と苦笑する。
「ダーク相手にソロで勝って見せろって?……無茶を言う」
「あら。貴方なら不可能ではないと思うのだけれど」
皮肉で返すアズレトの言葉に、しかし平然と返すリア。
「それはさすがに買い被りが過ぎると思うんだがな」
アズレトがはははと苦笑するが、リアはくすりと笑って見せた。
「では一人でなければ余裕だということかしら」
リアの言葉に応じたわけではないだろうが、黒い竜が突然悲鳴を上げた。
いつの間にか、その足元にフィリスが走り込んで……いや、すでに攻撃を叩き込んでいたらしい。
「余裕ぶっこいてないで手伝いな!アタシ一人でやれったって無理だよ!」
言うなり、再び振りかぶったタイ剣を足元に叩き込む。
そう言えば、タイラント・デビルは火属性だ。ってことはその剣も属性は火なのかもしれない。――見事に、ダークの弱点だ。
悲鳴を上げ、ダークがその巨大な羽をばさりと動かした。
「逃がすかよ」
言ったのはアズレトだ。
「――『スロウ』!」
スロウ、ってことは動きを遅くする魔法だろうか。
そんなことよりも詠唱しているように見えなかった。――つまりあれは詠唱破棄ってやつなんだろう。
ダークの動きが極度に遅くなる。
――と、ダークが口を大きく開く。
その口から覗く、灼熱の業火。
やばい、『黒の暴虐』だ。
「――それを待っていたわ」
それを見ながら、リアが不敵に笑う。
「『我願う、絶対なる氷の王女よ、』」
スロウで動きが落ちているとは言え、さすがに自殺行為ではないのか、と思った直後、ダークの口から炎が迸る。
「『その力で炎さえも凍て付かせよ――アブソリュート・ゼロ』」
瞬間、リアの呪文が完成した。
バキン、と嫌な音が響く。
その瞬間、ダークの口から迸っていたはずの炎が、リアを襲う。
しかしその直前。
赤い炎がバキバキと音を立てて凍り出す。
「嘘だろ!」
イシュメルが叫ぶように、同じことを俺も考えていた。
炎が目の前で凍り付いて行く。
その炎を吐いた主――ダークに向かって。
そしてそのまま、その凍て付く炎がダーク自身を襲う。
ダークは自らの炎を凍らされ、悶絶し、暴れ回る。
当然だろう。口は氷で塞がれているのだから。
そこに叩き込まれ続けるフィリスのタイ剣。
そして、カルラがそこにフレイムで加勢を始め……
巨体が、音を立てて膝を付いた。
そして天に向かって悔しそうに吼える。
そして、それを最後の悪足掻きに、……その巨体が地へと崩れ落ちた。
[ダーク・ブラックを討伐しました]
そのアナウンスとともに――ダークが完全にその動きを止めた。
「ジャッジ、ダーク・ブラック」
リアは呟くと、ダークを次々と解体して行った。
鱗、牙を始めどこから出したのか魔法書、短剣、そして。
「この杖は――また未鑑定?」
またしても未鑑定品が出た。
「……鑑定でも実装するつもりなのか?」
アズレトが言いつつそれをチェックし、とりあえず物品はリアが預かることになった。
「これでダークもチェックから外れるわね」
言って、羊皮紙のチェックに×印を付けるリア。
「それにしても、――たった4人で倒すとか、ホント規格外だなお前ら」
ははは、と乾いた笑いを向けると、アズレトが苦笑した。
「……そんなわけないだろ。今までの戦いで弱ってたんだよ」
「ダークは、……治癒魔法がない、……から」
あぁ、確かに言われてみればそうだったっけ。
「まぁそれでも規格外って事実に変わりはないけどな」
イシュメルが俺に同意する。
そう言えばイシュメルの魔族って元のレベルはどのくらいだったんだろう。
少なくとも、ある程度は育っていたように感じる。
「リア……さっきの魔法は何だったんだ?」
アズレトが興味津々と言った顔でリアに尋ねる。
「――さぁ、何のことかしら」
くすり、と笑うリア。
どうやらあれは隠しておきたいものらしい。
ちぇ、とアズレトが肩をすくめて見せる。
――というかリア、まだ隠し玉をいくつか隠していそうな気がする。
例えば腰の剣。
武勇伝を聞いた限りでは、ソードブレイカーと短剣、という話だったはずなんだが、明らかに短剣ではなく長剣……あるいは細剣の類のような気がする。
フィリスがツッコみを入れなかったところから、俺の勘違いかもしれないという可能性はあるが。
それに、マントだ。
前回ダークと対峙した時、わざわざ攻撃を受ける直前にエンチャントをしていた。
エンチャントは一度きりで消えるものではなかったはずだ。
なのに一度防いだはずの攻撃に対し、エンチャントをし直す必要はなかったんじゃないだろうか。
まぁ、どうせ聞いたところで答えてはくれないだろうけど。
「さて、これからどうする?」
言ってみたものの、俺は何もできることはないんだろうな、とは思う。
「――そうね。折角のイベントだもの。アキラやイシュメルにも楽しんでもらわないといけないかしらね」
――にっこりと笑うリア。
どうやら、……蛇の潜む藪を突付いてしまったようだった。