ウィスパーで連絡を取り合い、落ち合ったフィリスとアズレト、カルラを目にした瞬間ほっとした。それが俺の今の心境だ。
落ち着ける場所に腰をかけ、アズレトがリアと挨拶を済ませると、今さっきあったことを3人に話す。
「……そりゃこっちが悪いね」
フィリスがばっさりと切り捨てた。
「他力本願ね、確かにそうだけど。なら彼らを集めたアンタ達は他力本願じゃないってのかい」
フィリスの言う通りだ。
俺に至ってはそんな言葉を口に出せるほどの実力すらないのだから。
「とは言え、――魔族を出すことに関してはアタシも反対だ」
フィリスが言うと、アズレトもこくりと頷いた。
「チェスと同じだ。――個にすがる集団は、その個が敗れたら統率を失う危険があるからな」
なるほど。
キングが死んだらゲームそのものが終わるということか。
「リリーがいれば、まだ何とか……ねぇ」
フィリスがぽそりと口にする。
「ん?リリーは見つからなかったのか?」
思わず聞くと、フィリスは乾いた笑いを向けた。
「……どれがリリーかわからなかった、って言うべきかね」
聞けば、リリーの死体のあった辺り一面が焼け野原だったと言う。
アズレトは、フィリスがかすかに持っている霊感能力でギリギリ感知できたため蘇生されたが、リリーはその霊魂を見つけることもできず、結果蘇生することが適わなかったのだそうだ。
「そういえば、リリーのドッペルも『アズレトがいれば』とか言ってたな」
そりゃ光栄だな、とアズレトが驚きを露にする。
あの炎に耐えられる肉体を持ったアズレトに「光栄だ」と言われるとか、リリーはどれだけ高性能キャラなのだろう。
『――この名で間違いなかったと思うが』
唐突にウィスパーが俺の頭に流れ込む。
誰だ、と声を返そうとして、
『できる限り何気ない顔で話を聞いてくれ。返答はいらない』
真っ先に釘を刺される。
ならば話題提供をして無言で話を聞く方に回ろうと考え、
「そう言えば、例の長い刀の男は見つかったのか?」
一同揃って否定を返す。
そうか、と返答をして、
『何だ、――俺を探していたのか』
意外なところから思わぬ肯定。
内心驚きを隠せないが、一応ポーカーフェイスで押し通す。
「どこにいるのかしらね」
リアが溜息をつく。
「――マジでどこにいるんだろうな」
ここぞとばかりに相手に尋ねると、男はくっく、と笑った。声の感じから、恐らく苦笑なのだろう。
『君に会った場所に戻って様子を伺っている。だが来ない方がいい』
言うと、彼は苦笑する。
『――今来ても険悪なだけだろうからな』
ん、と思わず口に出し、その呟きが気にも留められていないのを確認してから思考を巡らせる。
険悪なだけ、――と言う台詞から大体の予想は付く。
俺がこの世界で「険悪」になったのは、ついさっき喧嘩をして別れた集団だけだ。と言うか今目の前にいる連中以外に知り合いはほとんどいない。
――今ウィスパーをしている彼と、あの時のプロフィットは別だが。
つまり彼らと彼が合流した、と言うことになる。
『タイラスの気持ちはわかる。――実は俺も魔族だったからな』
すまなかった、と彼は詫びた。
あぁ、そうなのかと俺は思う。
いくらか胸の溜飲は下げられたが、実際にタイラスに丸投げしようとした彼らを許したわけではない。
「彼を見つけるのが先決かしら」
そんな彼の言葉と同時進行で会話を進めているリアがふぅ、と溜息はく。
「目撃情報がないなら彼を探すのは一旦諦めよう。この後はどうするんだ?」
『――だが一つ勘違いだ。アキラ達が思っているように、彼らは全てを魔族に託そうとしたわけではない。……それだけは覚えておいてくれ』
ふむ、と思う。
自分で改めて考えてもわかる。
やっぱり俺の一言が余計だったと言うことなのだ。
「――神の狂気と白翼の幻でなら、ってことなのかしら?」
リアの言葉に我に返る。
彼の話に集中しすぎて、こっちの話を聞いていなかった。
「いくら俺とリリーでも、さすがに二人で何でもできるわけじゃない」
それはそうだろうな。
二人揃ったら何でも出来るとか、どこのチートだよ。
『何か進展があれば連絡するが、』
彼が話を切り上げようとしているのがわかる。
言うなら今か。言うには少し場違いな言葉だし、イシュメルにとっては不快かもしれないが。
「俺のせいだな。……悪かった」
リアが首を傾げるのと、イシュメルがん?と声を上げるのと、彼の声がイシュメルと同じ声を上げるのが見事に揃った。
「――レベルも実力もない初心者が言う台詞じゃなかったと思ってな」
少なくとも、当のイシュメルが反論するまでは黙っているべきだったのかもしれない。
簡潔に言ってしまえば、「ついかっとなって言った。今は後悔している」ってやつだ。
『――伝えておこう。何か用がある時は連絡する。……ではな』
男はそう言ってウィスパーを切った。
リア達の苦笑。
今更ね、とその目が言っているのがわかる。
「あぁ、別に構わんさ。お前が言わなきゃ俺が言ってたしな」
イシュメルが横からフォローを入れるが、それがフォローになっていないのは言うまでもない。
本人が言うのと俺が言うのとでは全く違うし、何より本人が言ったのならば彼らだって納得したかもしれないのだから。
「ところで、他の城はどうなっているのかしらね」
さらりと話題を変えたリアの呟きに、カルラがぽそりと呟く。
「ラフィリアとアルティリス、……シルヴェリアと、……ルフェルドリアが落ちた」
うわ。
どうやら他の国も凶悪なことになっているらしい。
「ライラガルドとラグフィートは今のところ健在のようだね」
誰かにウィスパーを送っていたフィリスが次に報告した。
「……あと、……新情報」
カルラが手を上げる。
「イベントが開始されてから、……キャラクターはログアウト、……しない」
――は?
思わず目が点になった錯覚を覚えた。
「用事があっても落ちれないってことか?」
「……プレイヤーがログアウトすると、……キャラは、……眠り状態になる」
あぁなるほど。それなら納得……
――するか莫迦。
「つまり、どこにキャラを置いてログアウトするかも重要になるってことね」
ウィスパー部屋の破壊といい、いくらイベントだからってやりすぎじゃねーのか、と思ったが、リア達の表情を見ると、「やれやれまたか」みたいな顔をしている。リアの話では、どうやらイベント時はいつもこうらしい。
「予想はしていたけれど、ここまでの壊滅イベント敷いておいて、それすらいつも通りとは恐れ入るわね」
全くだ、とイシュメルが溜息をついた。
「んで、要するに」
他国にいる冒険者からの情報を得た上での結論は、国外からの助力は絶望的ということだった。
リアのポータルエンチャントも試してみたが、ポータルそのものが発動しない。
加えて、他国にいるフィリスの知り合いからの報告によれば、国境を越えようと試みたところ、その場に凄まじい量のモンスターが召還され、撤退を余儀なくされたらしい。そしてそれらのモンスターは国境から他国へは行かず、自国へ攻めて来たという。
他国へ侵入すると自動で発動するのか、またはゲームマスターがそれを感知して召還するのかは謎。
それから、他国のゲームマスターは、フェイルスにいるゲームマスターとは違うらしいこと。根拠は、まだ落ちていないライラガルド担当のゲームマスターが、自らをヒフミだと名乗った、という報告。フェイルスの担当がヒフミでないことを考えると、全て違うゲームマスターである可能性が高い。
「この国のイベントは、この国に今いるプレイヤーだけで解決しなければいけないということね」
正真正銘、マスターの総力をかけた全身全霊の壊滅イベントだ。
「……ヒフミの担当するライラガルドが落ちていない……と言うのは気になるな」
アズレトが顔に手を当て、ふむ、と考え込む。
アバターの顔がムカつくほど男前なので、そんな仕草が嫌味なほど似合う。
――という私情はこの際挟まないが、
「何が気になるんだ?」
勿体つけんなこの野郎。
「――うん、いや、ヒフミは極大範囲攻撃持ちの生粋の剣士だったはずだ。一度だけイベントで手合わせしたことがある」
僅差で負けたけどな、と苦笑するアズレトに内心戦慄を覚えた。
イベント時はチートをしていないという前提だったとしても、ゲームマスターはそれなりに強い状態でのイベントにするはずだ。
でなければ勝利した時の喜びはない。
それを「手合わせ」して「僅差」だと言うのだ。
実質、ゲームマスターである緋文と同程度の実力者だということになる。
「……あぁ、勘違いするなよ?手合わせと言ってもこっちは2人だ」
それでも実力者には違いない。
「ちなみにその時のペアはアタシね」
自慢げにフィリスが補足する。
「……私とリリーは、……ボロ負け」
こちらは相手にすらならなかったそうだ。
「相性が悪かっただけだろ。ヒフミとじゃなく、例えばヤスミとなら勝てたとは行かなくてもいいところまで行けたかもしれないぜ」
戦うゲームマスターはくじ引きで決められ、運悪く緋文と当たってしまったということらしい。
実際には、そのイベントでの勝利者は出なかったらしいが。
「この町担当は、エストルとか言ったっけ」
聞くと、エクトルだと訂正された。
「召還魔法と近接魔法のエキスパート、……って言われてる」
近寄って来ない敵には召還を、近寄ってきたら近接魔法。
完璧とは言わないが、どうやら骨が折れそうだ。どの道俺ごときじゃ相手にもならないんだろうけど。
「そう言や……アズレト、鑑定って何だかわかる?」
アズレトが怪訝そうに眉を潜めると、フィリスが紙のようなものを差し出した。
ぴらりとそれを開くと、モザイクが入ったような文字らしきものの羅列。
「……スキャン、ズィス」
アズレトにそれを持たせたフィリス言うと、紙が青く光り、アズレトの表情がさらに怪訝に歪む。
「――知らないな、聞いたこともない」
そっか、とアズレトから紙を受け取ると、アキラの剣もそうらしいんだけどね、と付け加える。
「金庫に預けなくて正解だったかもな。……最悪中身ごと破壊されていたかもしれん」
アイテムが預けられる「金庫」なるものがあるのだろう。
今初めて知ったが、それを紹介されていなくて助かった、と俺は思った。
アズレトの言う通り、預けていたらそれごと破壊されていたかもしれないのだから。
「――ってことは火事場泥棒ってのもいるかもな」
ぽそりと俺が呟くと、そんなの茶飯事よ、とリアが苦笑した。