「今はこれで全員かしら?」
後から増えるのだろうけれど、と呟いて、リアが人数を数え始める。
「あぁ、まだ行方不明な奴は多いが、集められる限りは集めたよ」
フィリスが言うと、リアが38人ね、と最後に俺を指差した。
って言うか俺もイシュメルも戦力に入れたらしい。
「増える可能性はどのくらいあるんだ?」
「そりゃー、死んでるヤツを蘇生するだけでも戦力は増えるし」
あぁ、なるほど。
「なら十分戦える範囲ってことでいいのか?」
「ちょっと待ってもらえるかしら」
突然、リアが異を唱える。
「倒したドッペルゲンガーがどうなったのかを最後まで見ていた人はいるかしら?」
フィリスに目を向けるが、フィリスは見てないと即答する。
イシュメルに至っては戦っている現場から離れていたらしく、見てすらいないそうだ。
「俺も知り合いのドッペルと戦ったが、……すまん、見てない」
斧を構えたドワーフがそう申告するのをきっかけに、目撃情報がいくつか報告される。
38人中、7人がドッペルゲンガーに遭遇し、7人ともが倒した後は確認していなかった。
「7人のドッペルゲンガーに私たちが出会ったアズレトを含めて、最低8体のドッペルゲンガー。……ゲームマスターの召還には制限というものがないのかしらね」
リアが溜息をつく。
「それがどうかしたのか?」
ドワーフが思わずリアに尋ねる。
「……蘇生してみたらドッペルゲンガー、という可能性はないかしら?」
一斉に場が静まり返る。
「さ……さすがにそれは」
反論しかけた俺をリアが制する。
「――ドッペルゲンガーは、特殊だけれど、一応ボスモンスターよ?」
リアの言葉の真意が掴めない。
「……あ、……まさ、……か」
カルラが呆然とする。
何かに気付いたようだが、俺にはそれが何かわかるはずもない。
「リア、何なんだ?勿体つけてる場合かよ」
俺が言うと、リアはふぅ、と溜息をつく。
「――誰か、この中で、……ドッペルゲンガーを倒しました、ってアナウンスを聞いた人はいるのかしら?」
絶句。
一瞬沈黙が場を支配し、ざわつき始める。
そうか。
カルラは俺の目の前でハティを倒しているし、バフォメットの討伐にも加わっている。だから誰からもアナウンスの報告がないことに気付いたんだろう。
「そもそも、ドッペルゲンガーは特殊すぎてまだわからないことの方が多いのよ。……可能性があるなら潰すべきだと考えるわ」
つまるところ、安易に蘇生するわけにはいかなくなったということだ。
「――一人だけ例外がいるぞ」
「……あのドッペルゲンガーが死んでいないなら、だけれどね」
倒したのではなく、俺たちはドッペルゲンガーを放置して逃げ出している。
つまり、アズレトの「死体」だけは蘇生しても問題がないということになる。
「アズレトなら、場所は知ってる」
フィリスが呟く。
「では、まずは最強の味方を蘇生に行きましょうか」
再び場がざわつく。
一体誰が行くんだよという声がほとんどだ。
「アタシが行くよ。あとカルラも来てくれる?」
呆れたようにフィリスが呟くと、カルラがこくりと頷いた。
そのカルラの顔も落胆しているように見える。
「……俺が戦力になればいいんだけどな」
思わず声をかけると、カルラがくすりと笑って見せてくれた。
「大丈夫、……行って来る」
「さて、こちらはこちらで作戦でも立てましょうか」
一息つくと、リアが皆を注目させた。
「皆の目撃情報をまとめてみたわ」
言って、羊皮紙を一枚、机の上に広げて見せる。
×バフォメット 1体
ダーク・ブラック 1体
ハティ 最大2体(4体は討伐済み)
ドッペルゲンガー 1体以上(7体は討伐済み)
レディ・ヴァンパイア 1体
ワイバーン 8体
×スライム状モンスター 30体ほど
キジムナー? 20体くらい ― 半分ほど討伐済み
竜のようなモンスター(名称不明) 1体
「今の所これだけ残っているというわけね」
「あぁ、そのドラゴンみたいなヤツだが、馬鹿みてーに強かった」
ドラゴンではない、と念を押すエルフの弓師。
聞けば、竜殺しの霊薬を撒いたが効かなかったとのこと。
……そういうのはダークに使って欲しいもんだと思ったのはきっと俺だけじゃないだろう。
「――それにしても、38人の目撃情報がこれって少なくないか?」
そうね、と呟きながら、リアは考え込むように羊皮紙を見つめた。
討伐された分を含めて75体。
数時間そこそこでこの量なら多いとも思えるが、無尽蔵に召還できるのなら、あのゲームマスターのことだ。これくらいでは済まさないだろう。
「……なぁ、タイラスで蹴散らすってのはダメなのか?」
大剣を持った男の問いに、イシュメルが明らかに不機嫌な表情を見せる。
それを無視して数人が、それがいいと口にするのが聞こえる。
――確かにそれは俺も考えた。
現に同様の意見を提案としてリアたちに言ったこともある。
だが、イシュメルがログインしただけで殺そうと集まる奴らが何を言ってやがる。
――そうでなかったとしても、……イシュメルが不機嫌そうな顔をしている時点で諦めるべきじゃないのか。
「……他力本願だな」
思わず口にしてしまってから、しまったと思ったがもう遅い。
「――ンだと?」
男が反応する。
ここで内部分裂はマズいか。……謝ろう。それで丸く収まる。
「……いいえ、アキラの言う通りよ?他力本願の極みね」
その怒りに油を注いだのはリアだった。
「全くだな。……普段は出て来るなり俺を殺そうと待ち構えてるような連中が何を言ってやがる」
ふん、とイシュメルが追い討ちをかける。
「テメェ……!」
殴りかかろうとする男の拳を間一髪でかわし、イシュメルがその背を蹴り倒すと、勢い余った男はそのまま派手にすっ転んだ。
「……いいぜ、魔族でログインしてやろうか。目的はゲームマスターの肩入れになるが、それでもいいならな」
「――言い過ぎだイシュメル」
慌ててイシュメルを制する。さすがに実行するつもりはないだろうが、これ以上こじらせる意味がない。
「いいえ、いいのよアキラ。……もうこのムードで団結するのはさすがに無理でしょう」
リアが溜息をつくと、羊皮紙をたたんだ。
「このゲームはゲームマスターの勝利よ。少なくともこの町の城は落ちるわ」
「そうならないために、魔族で蹴散らせばいいだけじゃねえのか」
男が話を蒸し返す。
「では聞くけれど」
リアがその男に向き直ると、呆れたように呟いた。
「――その魔族が、万一新たに呼び出されたドッペルゲンガーに敗北した場合のことは考えているの?」
それこそ一巻の終わりだ。
ドッペルゲンガーは魔族のステータスとスキルを得て、……さらに魔族を倒したことによる経験値で、下手すればレベルが上がってさらに凶悪になるんじゃないだろうか。
「普段俺に勝てねえような雑魚どもが、俺に勝ったドッペルに勝てるのかよ」
ふん、と鼻を鳴らしてイシュメルが言うと、男は顔を真っ赤にして口をパクパクとさせた。
「そもそも団結しましょうと集めた場で、一人の力に頼るなんて本末転倒もいいところではないかしら?」
言うなりリアは踵を返す。
「もういいわ。行きましょうアキラ。例の小屋ならおそらく安全でしょう」
隠れていた小屋を出るリアの言葉には、悲しそうな響きが含まれていた。
イシュメルははぁ、と溜息をつき、それに続く。
――きっかけを作ってしまったのは俺の一言だ。
俺だって他力本願だ。低レベルのくせにそんなことを言う資格はなかった。
だが撤回するつもりはない。それでも。
「……情けねえな。……お前ら」
俺は思わず口にした。
多分、これは逆効果なんだろう。
それでも口にせずにはいられなかった。
――先を続ける言葉が思い浮かばず、……俺はそのまま小屋を後にした。