丘の中腹にある我が家は幻想郷を一望できる程度の見晴らしを誇っている。
この度そんな我が家にスキマ経由で源泉かけ流しの露天風呂が用意されたが、折角の見晴らしを楽しめるようにしない手はなかったわけで。
「田畑で眺めるとは違って、ゆっくりしながら楽しめるのは最高ですね。」
露天風呂から体をのりだしたエリーの言葉に相づちを打ちつつ、湯船の外で髪を洗う。
妖怪故か多少手荒に扱っても全く痛まないのは助かるが、こうして念を入れて洗うのも気持ちがいい。
洗い終わった髪をひとまとめにして手ぬぐいで包み、湯船に身を委ねる。
「それにしても残念ですね、折角作ってくれた藍さん達がお風呂に入れないなんて……。」
「式神が剥がれてしまう以上仕方がない。今度油揚げでも振る舞ってやると言っておいたから心配いらん。」
「……でもお豆腐でしたっけ、用意できるんですか?揚げるにしても油も貴重な品ですし……。」
「目処はついている。製法は教わっているし、にがりは妖怪の山から分けてもらう岩塩から用意できる。
後は大豆と…胡麻か菜の花あたりを用意すればできそうでな。ところで……。」
何気なく左を向くとそこにはさも当然のように紫が熱燗で一杯やりながら湯船に浸かっている。
「えっ!いつの間にいるんです?」などと慌てているエリーは取りあえずおいといて、
「いくら家では自分しか風呂に入らないといって私の家に入り浸るな。そのうちここに引っ越してきそうで敵わん。」
「あら名案ね。貴方の手料理にこの眺め付きのお風呂なんて外の世界の名湯でもそう滅多ないし……。貴方も飲む?」
「冗談でも勘弁してくれ……。それと酒はこの前溺れるほど飲んだからやめておく。」
温泉を掘り当ててすぐ妖怪の山に招かれたのだが、夜通し行われた宴に付き合ったせいで暫くは酒を飲む気になれない。
天狗や河童、果ては鬼まであそこに住む人外は豪放極まるが皆気のいい連中なのは救いだったが、連続で飲み比べをやらされるのは勘弁願いたい。
ちなみに妖怪の山の田畑のことを聞いたが、彼らの方はあくまで楽しむための食事を摂っているためかそれほど大規模な田畑を保有していないらしい。
それでも残りを人里からの供物などで一部を賄っているためか幻想郷の慢性的な不作は悩みの種であったらしく、礼とばかりに招かれたという次第だ。
無論宴の席で出会った人外達との仲を深めることができた事など悪いことばかりではない。ただ以降の宴では酒量を弁える程度にはしておきたい。
そのようなことを考えつつ、目を閉じ温泉に身を委ねる。
「もうじき人里でも収穫ね。貴方の見立てではどう?」
しばらく湯に浸かっていた紫が湯船をあがってもたれていた石に座り、唐突に聞いてきた。
「温泉を掘り当てて十日も経っていないのだぞ。新しい用水路も出来ていないのに期待できるもない、少なくとも次の田植えまではお預けだな。」
エリーから聞いたが冬の幻想郷は一面の雪化粧に覆われる程度の雪深さのため麦や蕎はおろか耕作自体論外らしい。
以前住んでいた森の中はそれ程雪深くなかったのでこれは私も想定していなかったし、
それ以前にそのまま移築してきた?我が家の補修もしておかねばならない。
(補修と家の薪は里の人間か天狗辺りに頼むとして……、雪が本降りするまでにもう一度作物を育てておくか……。)
いつも間にか冬越しの段取りを考えていたが私であったが、放っておく形となった紫の一言で現実に帰った。
「それにしても人里でも結構な人気よ、貴方。そのうち神様に祭り上げられるかもしれないわね。」
「私が?神に?……何の冗談だそれは、こちらからご免こうむる。」
「あら、ここにもすぐに順応できたんだから八百万の一柱にだって大過なく務まるんじゃあ……。」
「今度は何を企んでるかか知らんが、私はお前と同じ妖怪であって神ではない。
作物の提供も基本的この年限りのつもりでいるし、次の田植え以降は余程の不作にでもならん限り手は貸さん。」
「………随分と薄情ね、貴方のこと本気で慕うのも結構いるのよ。」
「相談には乗ってやるし、人里の者の手に余ることなら手は貸す、だが自分たちの田畑は自分で耕して食い扶持を用意するのが筋というものだ。
心配せんでも作物を盾に無用な干渉をするつもりもないし、そんな事誰がするか。面倒くさい。
……まさか全て私に押しつけるつもりだったのならこちらも考えがあるぞ。」
「そう………。貴方の意見は聞いたわ。」
重苦しい空気が露天風呂を包むも、紫が溜息ともつかないその一言でそれも四散する。
「先にあがるわ。のぼせないようにね。」
そう言って紫にしては珍しく歩いて露天風呂を立ち去る。
「……大丈夫なんですか憂香様、あの………。」
紫の立ち去った方向と私わ交互に見ながら不安そうにしているエリーが聞いてきた。
「心配ない、こちらの意志…というより本音は伝えた。それに……」
立ち去るときの紫の口元が綻んでいた……とまでは口に出さず、私も露天風呂を出る。
そもそも数百年隠者のように生活していた私が面倒事を起こすつもりもないぐらい紫なら理解しているはず。
(私を試したつもりかそれとも……。)
まあ紫の思惑はこの際どうでもいいが一方的に信仰されるほうが余程困る。なんらかの手を打っておいたほうがよいだろう。
と考えつつ空を仰ぎ一点を指さし、指先に光弾を貯めて刹那、一筋の光の奔流が空を貫き雲を焼き払う。
その上で雲の側にいた鴉天狗に警告を込めて口を動かす。
曰く『ツ・ギ・ハ・ナ・イ。』
上空で顔を土気色にして震えている文にそれだけ伝えると私はその場を離れた。
それから数日後、温泉と溜め池を結ぶ用水路の建設を見に行ったついでに人里の長老らと話をすることにした。
「すると、今後は食料を用意して頂けないと……?」
「温泉の水質も作物には影響なさそうだからな、来年の収穫が良ければそっちが耕す分で十分まかなえるはずだろう。
この冬は前に渡した分とこれからの収穫する分を含めれば十分にある。」
それに次の雪解け後までに田畑は肥やしておくし、問題があれば相談に乗るとも伝えると長老らも了承してくれた。
彼らも妖怪の私に頼りきるというのは幻想郷の慣わしからしても良いとはいえないという考えもあったようだが、こちらとしても好都合である。
付け加えて無用に崇めたり祭り上げるのも勘弁してもらいたいという考えも伝えると、今後を考えて協定を結びたいという提案をされた。
人外の私に比べ寿命の短い人里の者達が世代を超えて取引なり付き合いなりをする上では是非とも結んでおきたい。
人里の人間達は幻想郷の成立以来、紫や妖怪の山の天狗など様々な人外との間でそういった盟約や協定を結ぶことである程度の人外からの襲撃から
守られているそうで、彼らからしても妖怪の私と付き合う以上、当然のことなのだろう。
そのまま具体的な内容も話し合われ、夕闇が迫りつつある時刻には収穫後に例年執り行われる収穫祭で皆の前に発表するという事で合意できたのだが
さらに長老から夕餉の席を誘われるまま長居をしてしまい、エリーが留守を守る家に向かおうとする時には夜の闇にすっかり覆われてしまった。
「それにしても、この時間になると誰もいないな。いつもこうなのか?」
「夜は妖たちの時間だからな、いくら人里の中でも夜明けまでは安全とは言い難い。」
途中から顔を出してきて、夕餉の席も共にしていた慧音と人里のはずれまで歩く。
私たち二人を除いて人影も物音ひとつもない人里を眺めつつ歩いていると、広場らしきところの中心に鎮座する龍の像が目に入った。
慧音に聞くと幻想郷の最高神である龍神を祀った石像らしく、ここの博麗大結界と呼ばれるここの結界が構築されて以来崇められているそうだ。
(収穫祭の折に何か捧げておいて損はないな、……そういえば幻想郷に寺社などはあったか?)
龍神像に供物を用意するという考えに賛同してくれた慧音にふと思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「神社なら東の端に博麗神社というのがある。といっても外の世界の寺社とはあり方が少々異なるがな。」
かつて外の世界にいた頃隠遁していた私と違って都にもいたという慧音によるとその神社は博麗大結界の管理と見張りを担っており、
そこの巫女は幻想郷の異変解決を生業とするもっぱら調停者のような存在らしい。
外の世界にある数多の寺社のような信仰の対象ではないよう……というより参拝したくてもできないというのが実情のようで、
「あそこは人里から随分離れているからな、それも唯一の道が妖の跋扈する獣道ひとつしかない。
腕の立つ者が一緒でなくては誰も参拝しに行こうとはしないし、とても勧められん。」
というのは慧音の言葉だが、参拝するのも命がけの神社というのは前世を含め、外の世界を含めても聞いたことがない。
流石に会ったこともない巫女を妖怪の私が不憫に思うのもおかしな話だが、この地に越して来た以上その巫女に挨拶をせねばなるまい。
しかし幻想郷に来て半月も経っていないというのになんと忙しいことだろう。せめて収穫が終われば雪解けまではゆっくりしたい。
翌々日、幻想郷の東の端。
人里近くから果てのないように生い茂る森林と木々におおわれた山の中、小さな神社が人里から背を向けるようにひっそりと佇んでいた。
神社の裏から参拝するのは無礼かと思い、伴ったエリーと共に空から神社を回り込むよう鳥居の前に降り立つ。
境内は綺麗に掃除され、こぢんまりとした本殿のせいだろうか慎ましめながらも他にはない独特の空気がこの場を支配していた。
誰もいない……かと思えば、境内の端を箒で掃除する少女がいた。
おそらくこの神社を預かる巫女なのだろう、二の腕にあたる袖のないいささか非実用的な衣装をしているのには少々驚いたが。
私の視線に気づいたのか、その巫女は私達を値踏みするようにやや剣呑な目で見てくる。
私が幻想郷の調停役にとって始めて見る妖怪なのか、普段から参拝する者のいないこの神社にやってきた酔狂者を訝しんでいるのか定かではないが、
変な目で見られ続ける趣味はないので軽く会釈した後、エリーを連れ立ってまずは参拝することにする。
手洗所で手と口を清め、慎ましい本殿の前に並んで立つ。
エリーに持たせてあった布袋の紐を解き、ひっくり返すように中に入ってある銭を賽銭箱に投入していく。
紫から当座用にともらった分や前日人里でエリーに作物を換金させて手に入れた銭の一部だがそれでも銅銭が多いせいか結構な重さだ。
音をたてて賽銭箱に銭が吸い込まれてゆき、軽く袋を振るって一枚残らず投入されたことを確認すると、垂れ下がる綱を揺らして鈴を鳴らして二拝二拍手一拝。
取りあえずは家内安全と姉の無病息災を願っておく。平穏無事などは紫が我が家に入り浸りつつある現状を考えると望み薄そうなのでやめておく。
参拝を終え、ふと巫女の方を見れば先程の境内の片隅で至極間抜けな顔をして固まっていた。
巫女の目の前でエリーが手を振っても反応ひとつしない有様に溜息一つ、本殿の横にある社務所に連れて行くようエリーに伝えた。
尚、社務所で寝かしつけた?巫女が起きたのは昼近くになってからであったことを追記しておく。
事後承諾になってしまったが、土間を借りて賽銭とは別に供物用にと持ってきた作物で用意した昼餉を巫女達と一緒に摂る。
といっても手の込んだものは出来ないのでご飯と大根の味噌汁、菜っ葉の胡麻味噌和えといたって簡単なものになったが、
どこか微笑ましくも紫も真っ青な食べっぷりには何故か不憫にすら感じられた。
食後のお茶を煎れてひと啜り、ようやくひと心地ついたのか巫女の方からとりあえず賽銭と食事の礼があった。
といっても返事をする間もなく思い出したかのように社務所を飛び出し、本殿…つまるところ賽銭箱に向かっていってしまったので
何故か居たたまれないような気持ちになってしまい、溜息一つついて巫女が戻るまで待つことにする。
隣で何か言いたげそうなエリーには「慣れろ、そういうものだ。」とだけ言っておき、隣で茶を飲んでいるもう一人に茶を勧める。
「ああ、すまないねぇ。」と、茶のお代わりを受け取る見た目の割に老成した雰囲気を醸し出す彼女の名前は魅魔といい、
自称博霊神社の居候もとい祟り神代わりだそうだ。西方の魔法使いらしき蒼と白の衣装を纏った彼女に足はなく、所謂悪霊という存在である。
巫女と悪霊が同じ屋根で暮らす等、いろんな意味で神社とは全くそぐわない筈なのだが不思議と違和感を全く感じない辺り、
そこは新参者には判らぬ幻想郷ならではというところなんだろう。
もっともその和やかな風体によらず相当な実力者らしく、エリー曰く「規格外の悪霊」でとても敵う相手ではないそうだ。
死神が悪霊に敵わないというのもこれまたおかしな話だ。一度エリーのへっぴり腰な所を鍛え直してやった方がいいかもしれない。
そんなことを考えているうちに巫女が籠に移し替えた賽銭を持ち帰ってきて、早速とばかりに数え始める。
賽銭を入れた私が目の前にいるというのにまるで気にもとめない辺り、巫女が相当の大物なのかはたまた、そこまで賽銭と縁がなかったのか。
「まあ色々大目に見てやってれんしゃい、あの娘も苦労知らずとは無縁じゃってのう。」
私の表情を見たのか、魅魔がそう助け船を出してくる。紫と同じく長年この地を見守ってきたのであろうその表情にはどこか慈しむような空気さえ感じられる。
「そちらこそお構いなく、まあ新参者の挨拶といったところだからな。」
そういって私も自然と頬がゆるむ。彼女とは紫同様長いつきあいになりそうだ。
「それにしても妖怪に数年分の賽銭と供物を持ってくるなんて殊勝なのがいたとはね、いつでも歓迎するわ。」
賽銭箱から取り出してきた賽銭をようやく数え終えた巫女の言葉である。何というかいろいろ台無しな気がするが、まあそれは兎も角。
「人里からこうも離れていては参拝もままならんだろう。巫女の方から参拝する者たちを護衛するとかはしないのか?」
「いやよ、めんどくさい。」
即答である。にべもへったくれもない。
その巫女は「とはいっても賽銭が期待できないのは事実……」などと今度はぶつぶつ言いながら悩み出している。
考えを口に出すのは兎も角爪をかむな、銭を数えていたばかりの手では汚い。
私の横ではいつものこととばかりに魅魔が欠伸をかみ殺している。縁側に寝ころぶ猫かお前は。
「なら逆に祠とか何かを人里に置いてみたらどうです?」
昼餉の片づけを終えたエリーが話を聞いていたのか、土間から戻って来るなりそんな提案をしてきた。
「それよ!、それっ!そうしましょ!そうすれば賽銭も供物も………。」
天啓を得たとばかりにまたも目を輝かせて即座に賛同する巫女、すっかりその気である。
魅魔の方も面白くなってきたとばかりに身を乗り出してくる。
やってしまった……という顔をするエリーに私は肩をすくめつつ、茶の残りを啜った。
どうやら博麗神社はあくまで幻想郷の守りと結界の管理を担うところであって、大願成就の類は他をあたった方がよいらしい。
流石に賽銭を返せとは言わないが、そのままなし崩し的に祠の設置にまでかり出されてはそんな罰当たりな考えも抱きたくなる。
兎にも角にも人里から見て博麗神社の方向、すなわち東の端に小さな祠がその日のうちに設置された。
幸いと言うべきか神社の裏手の奥に古びた祠があったのでそれをそのまま移築させることにしたのだが、祠の痛んだ部分を補修して汚れを落として清め、
一度解体して人里まで運んで組み立てるにいたるまで私とエリーがやる羽目になったのは閉口した。それも半日で。
一方巫女はというと私たちに指図をするだけした後は一足先に人里の者達を呼び寄せに行ってしまい、私とエリーが祠を据え付けている横で
集まってきた人里の者達に参拝だの賽銭だのあれこれと気合いの入った説明こそしていたが、結局こちらの作業を手伝うことは最後までなかった。
因みに魅魔はというと神社の方でしめ縄や小さな賽銭箱などの小物を用意してきた後一足先に戻っている。
悪霊であるためか博霊神社の体裁的に遠慮したのだろう。
とにかく今日は疲れた。服も髪も汚れてしまったし、早く家に帰って風呂に入って休みたい。
昨日の今日だが明日以降、最低でも収穫が本格化するまでは暫く外に出歩きたくもない。
エリーも我が家から持ってきた大八車に道具やごみをまとめた後はその場でへたりこんでいる。
そもそも何故私たちがここまでする必要がある……などという考えにひたりそうになるのを頭を振ってこられる。
私の方も嫌ならはっきりと断るなり逃げるなりすればいいのに、律儀にも最後まで付き合っているだから。
とにかく、純朴な人里の者達が早速賽銭を入れて参拝する様子を満足げで見守る巫女に帰ると伝えてこの場を去ることにした。
巫女がすぐには帰ってこないと予想していたのか、わが家に帰ってみれば魅魔と例によって紫が温泉に入りに来ていた。
悪霊の魅魔が普通に入浴していることにエリーが錯乱する程度にまで驚いていたが、気にしてはいけない事なのだろう。
「ふぃ~、湯加減も景色もたまらないねぇ。いいお湯だったよ。」
「言ったでしょ、何度でも来たくなるわ。あ、憂香お帰りなさい。お茶とお新香よろしく。」
我が家の温泉の賞賛してくれるのはいいが、帰ってきたばかりの家主に注文しないでくれ。
「自分で煎れろ。」とだけ言って私とエリーも温泉に向かう。因みに勝手に出入りしている点はすでにあきらめている。それこそ今更の話だ。
力を抜いて温泉に身を委ねていると、東から巫女が飛んできた。
大方意気揚々と神社に戻ったはいいが、先に帰ったはずの魅魔がいなかったのだろう。門の方に降りてきただけでもマシなものだ。
(藍と橙も来るだろうから七人……、凝ったものを作る気もないし鍋でもするか。)
鶏は飼っていないので野菜だけになるが、手がかからないので大人数ではこれに限る。
とはいえ下ごしらえもせねばならないので、エリーに先に出ると言って早めにあがることにした。
土間に行くといつの間にか来ていた藍が鶏をさばいていた。水場では橙が水がかからないよう野菜を洗っている。
大きめの土鍋も用意してあるように夕餉の献立は鶏鍋にありつけそうだ。
「用意してきてくれたのか、助かる。」
「紫様がな。疲れているだろう、向こうで休んでてくれ。」
そうさせてもらうと藍の好意に甘えることにする。他人?に食事を任せるというのもたまにはいいものだ。
居間では紫と魅魔は藍が用意したであろう浅漬けの菜っ葉をかじりつつ他愛のない話をしていた。
紫達の近くに座り、茶と浅漬けを頂く。薄めの漬け加減だがこれはこれでいい。
「貴方がくれた野菜を藍が漬けたものよ。どうかしら?」
「悪くない、茶請けにはこれくらいの薄味でも十分だな。」
そう風呂上がりの一服を楽しんでいると傍らの魅魔の表情が悪戯っぽい童に近い顔になる。
「普段から働いとる憂香なら自然と濃い味になる。紫は動きもせんと食っちゃ寝ばかりしてるのとは大違いだからねぇ。」
「あら、魅魔もそうじゃないの?」
「ご生憎様だけどあたしゃ日頃の行いがいい悪霊だからねぇ、それに普段から薄味で慣れとるよ。」
「薄味にせざるおえない、の間違いじゃないのかしら?」
「…………少なくとも今後は賽銭も増えてそうではなくなるのだろう、なら良いではないか。」
紫の指摘に魅魔が図星を突かれた表情になったところで締めの一言を言っておく。
自称日頃の行いのよい悪霊も頭を振って敗北を認める。もっとも今後の賽銭事情を考えてかその表情は明るい。
「良いと言えば憂香、貴方も気にしていた面倒事が解決するみたいよ。」
その一言に訝しむ私に説明してくれた紫によると、今日の祠の件で私が巫女に協力していたことがちょっとした話題になっているらしい。
というのも幻想郷の調停役である博霊神社とそこの巫女に事実上従ったという事実は人間、人外共に重大事らしいのだ。
あらゆる実を実らせることができ、幻想郷の食糧問題をすぐさま解決してしまった私が仮に望めば幻想郷の覇権を握ることも難しいことではない。
つまるところ、私という存在はここの力関係と秩序を簡単に崩しかねない危険物になりうるとも見られていたというのだ。
事実一部の者達から私を脅威と感じる者も現れ始めていたらしいのだが、博霊の巫女に従ったという事実がこれを芽吹く間もなくつぶしてしまったようだ。
それも本人である私の知らぬところで、おまけに知らされたときには全て終わった後に、である。
その一方で私が面倒事としていた私への一方的な信仰もなくなり、その上で私を従えた形となった博霊神社には信仰と賽銭が集まるのだ。
誰も損をしない辺り見事と言うほかないし、作為性を疑う気にもなれない。
「………呆れる気にもなれんな。」
そう言って冷めた茶を飲んで誤魔化すぐらいしか私にはできなかった。
その夜の夕餉の鶏鍋には紫が用意した酒も入ってちょっとした宴となった。
巫女が肉を独り占めしようとして紫と取り合いになる一方で橙が火傷しないように藍が甲斐甲斐しく世話をし、魅魔がどこからか取り出した月琴で宴に花を添える。
そんな中私はエリーに酒をついでもらいながら、ふとよぎった考えに軽く浸っていた。
仮に私が幻想郷で信仰を求めたらどうなるか、紫や巫女は私を排除しにかかってくるのだろうか。
本人の意志に関係なく周囲に警戒された結果などというのは大抵ろくな結果にならないというのは前世で良く読んでいた小説でも良くある内容だが、
実際にそうなるかは解らないし、知りたくもない。そもそも不毛で今更の話だ。
それ以前に宴の席でこんなつまらない考えに浸ることも無粋というものだろう。
エリーが何か気づいたのか、訪ねてきたのだが私は大丈夫だと一言伝えて杯を傾けた。
※⑨にでもできるういかりんのさっと一品※
みんなで楽しめるお手軽鶏鍋の巻
冬でなくとも冷えた夜には鍋が恋しいとき。肉と野菜を切って煮るだけ!
材料:だしの素か昆布など、鶏又は豚肉又は適当な魚、食べたい適当な野菜、ポン酢等お好みのタレ、以上!
①:野菜、肉又は魚はそれぞれ適当な大きさに切っておく。
白菜などの芯は薄めに切ってあらかじめ電子レンジなどにかけておく(入れなくとも可)。
②:土鍋に水を張ってだしの素又は昆布をいれて沸騰しない程度に暖めてから肉と野菜を順次入れて煮えたら食べるだけ!
(先に肉と野菜を入れてから火にかけてもOKだけど煮すぎないように注意。)
ワンポイント:
灰汁は早めに随時とっておくこと。
締めは雑炊、うどん等々お好みで。翌朝の味噌汁もひと味違っておいしい。
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後書き
東京行ったり風邪をお持ち帰りして家族から顰蹙を買ったりした上に今回は難産でした。ヤッタランです。
エリー以上に出したかった魅魔様、実は祠に封印されてたとか復活して派手なドンパチ繰り広げるとか色々考えてみましたが結局こんな感じになりました。
と思ったら口調がまるで縁側にいるお婆ちゃんに……。
尚現時点では霊夢達の時代から五、六百年程度昔を想定してますが、結構アバウトですし、考察サイト様などでの記述と大いに異なっている筈です。
というよりそこまであれこれ考える程度の頭なんぞハナからありませんのでご了承の程を。適当でいいじゃない、気楽に書きたいんだもの。
因みに当然のことですが巫女は霊夢ではありません。
まあ中身は……気にしない方向で。