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No.16642の一覧
[0] 【習作】金髪のジークフリート    Dies irae 〜Acta est fabula〜二次[宿紙上座](2010/08/08 13:35)
[1] Die Morgendämmerung_1[宿紙上座](2010/02/21 20:56)
[2] Die Morgendämmerung_2[宿紙上座](2010/02/26 15:02)
[3] Die Morgendämmerung_3[宿紙上座](2010/02/21 20:59)
[4] Die Morgendämmerung_4[宿紙上座](2010/03/13 18:32)
[5] L∴D∴O_III.Christof Lohengrin[宿紙上座](2010/02/22 12:13)
[6] L∴D∴O_IV.Kaziklu Bey[宿紙上座](2010/02/23 11:26)
[7] L∴D∴O_V.Walkure[宿紙上座](2010/02/24 11:57)
[8] L∴D∴O_VII.Goetz von Berlichingen[宿紙上座](2010/02/25 08:05)
[9] L∴D∴O_VIII.Melleus Maleficarum[宿紙上座](2010/02/27 12:15)
[10] L∴D∴O_IX.Samiel Zentaur[宿紙上座](2010/02/28 11:39)
[11] L∴D∴O_X.Rot Spinne[宿紙上座](2010/03/01 10:50)
[12] L∴D∴O_XI.Babylon Magdalena[宿紙上座](2010/03/02 11:50)
[13] L∴D∴O_XII.Hrozvitnir[宿紙上座](2010/03/03 11:27)
[14] L∴D∴O_null.Urlicht Brangane[宿紙上座](2010/03/04 10:58)
[15] L∴D∴O_ I & null.Heydrich[宿紙上座](2010/03/05 11:09)
[16] L∴D∴O小話、椅子破壊活動[宿紙上座](2010/03/01 11:02)
[17] L∴D∴O?_VI.Zonnenkind[宿紙上座](2010/07/11 11:22)
[18] Durst_1.eins[宿紙上座](2010/07/11 11:53)
[19] Durst_2.zwei[宿紙上座](2010/07/17 11:10)
[20] Durst_3.drei[宿紙上座](2010/07/25 12:04)
[21] Durst_4.vier[宿紙上座](2010/08/01 11:50)
[22] Durst_5.funf[宿紙上座](2010/08/08 13:33)
[23] 巻末注、あるいは言い訳【度の軽重問わずネタバレ注意】[宿紙上座](2010/07/17 11:08)
[24] 小話IF 和洋折衷[宿紙上座](2010/03/08 11:53)
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[16642] Die Morgendämmerung_4
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/13 18:32




「なかなか面白い話をしているでは無いか、ハインツよ」


 何の前触れも無く黄金が顕現した。
 現れるのは声が聞こえたのと同時、ならば予見出来る筈も無いが、だからこそ、俺はこんなモノがこんなに近くに現れるまで気付く事が出来なかったのか、と不安にさえなる。
 実際には気付ける筈も無いだろう、今の黄金は幽霊みたいに幽世と現世を行き交っている状態なのでは無かろうか。だとすれば認識し易いものでも無いし、そも此奴がその気になれば次の瞬間には月に立って居たって何の不思議も無い。

 だがそんな事は関係無い、そんな事が本の些事に見える程にこれは尋常じゃ無い。ここに降りたのは恐らく本来の奴に比しても遥かに小さい筈だが、後に現存する団員で最強と謳われる筈の目の前のキルヒアイゼンの何百万倍も脅威だ。現にキルヒアイゼンの雷撃は間に割って入る事になった黄金に触れる事も無く、まるで無かった事にされたかの様に霧散している。

「ラインハルト……」

 自分から俺の名前を呼んでおいて、ようやく気が付いたかの様にその場全体を睥睨していた目をこちらへ向け、ここで初めて目が合った。


「ふむ、赤銅か。目の色が変わる程にとは良く言ったものだ、青い瞳を赤く染める程の渇望があったか。まずは讃えよう、こうも早く渇望への足掛かりを得るとは思っていなかったぞ」


「首領閣下、どうしてここに」

 予測もしないモノの出現に驚き惚けていたキルヒアイゼンがそこでようやくハッとなって跪き、頭を垂れ呟いた。質問とも独り言とも取れない微妙な音量は、しかし音に優れた俺とそもそもに人智を超えている獣には届いている。


「なに、ここで卿を失っては折角の儀式を損ねよう、この門出に空席一つとなれば不恰好だ。かと言ってハインツをここで失っても興が削がれる、となればここいらで手打ちとするが良かろう。少々気になる話も聞けたのでな」


 キルヒアイゼンを見据えていた黄金の双眸が再び此方に戻され、ふむ、と言う発言とも間をとっただけとも取れる声に成り切らない音が聞こえてきた。こんな音はこの男には珍しいかも知れない。


「先の話からして、ヴァルキュリアとお前は同志足る間柄の様だが、正気かハインツよ? 我が同胞の内、お前だけは確実に正気であると思っていたのだが」


 はん、と知らず息が漏れた。はっきり嘲笑と言って良いだろう、こんな分かり易い挑発などするつもりは無かったのだが、何故か自分が抑えられない。

「まるで自分達が正気じゃないと言わんばかりだ、自覚あったのかよラインハルト?」


「元より、あの道化に目を付けられる様な者どもは正気と言える様な存在ではあるまい。悪魔と取り引きをするなど真っ当な人間のみがやる事だ、正気で無いものに必要は無い。お前がカールを訪れた事自体が予想外だった、と言うカールの言もその傍証だ」


 悪魔に魅入られる様な奴は最初から正気じゃないと、堂々と言った。堂に入り過ぎで返す言葉も紡げないほど。自分は既に正気では無いと言っているその目がほんの僅かにも揺れないのが不気味ですらあった。


「しかし先の話から推し量るに、お前は誰かを我が城より救い出さねばならない、とでも言いたいかに聞こえた。故に、正気かハインツ、お前がヴァルハラを否定するとは思っていなかった。お前は英雄に成りたいと願いカールに会ったのでは無かったのか?」


「……黙れよラインハルト」


「至極、残念だ。私はお前さえ納得するのであればヴァルハラに招待しても構わないと思っていたのだぞ? なに、今からでも遅くは無い。私と共に来るが良いハインツよ」


「黙れッ!! 墓土塗れの救世主気取りが偉そうに人様の願いを嗤うなぁああぁぁっ!!」

 怒った、腹が立った、幾らでも言い方はある。要するに鎮まっていたモノが激発した。脳の髄まで強熱されて白く感じる、目は熱に狂い視野が狭い、腸が煮え繰り返ると言うが頼りなくさえ感じられる腹腔は今にも破裂しそうだ。耳鳴りまで聞こえる。キルヒアイゼン戦で受けたダメージ、決して軽くなど無いそれらすらもほんの一欠片だって気もならない。そして何よりも白熱した理性は気炎を上げて俺の全身全霊の炎を獣に叩き付けさせた。激しい怒りを受けて高められ、未だ赤いのが不思議なほど熱い炎は燃やし尽くせ無い者など何処にも無いかに思われる程。


「まだ温いな、ハインツよ。風呂焚きはお前の役割だった筈だが勘が鈍ったか?」


 が、届かない。その黄金の髪を焦がす事さえ叶わない。 


「ところで、カールから面白い話を聞いた事がある」


 涼し気でさえある余裕の表情を崩さぬまま矢継早に降り注ぐ炎を受け続けるラインハルト。毛髪一筋さえ揺るがない様は最早、炎の方が自分から避けているのでは無いかと疑うほど。


「生まれつきのレギオン、その様な者が私の側近くに居ると言うのだ。正直、驚いたよハインツ。今はまだ混ざり切らず、しかし分かたれぬ二重の魂を扱い切れず燻っているそうだが」


 何を言っているのか分からない。目の前のこいつが何を言っているのか全く理解出来ない、がとにかくこれ以上聞いては行けない予感がしたから。黙れラインハルト、その余裕の表情を泥に塗れさせてやる、と激しく燃え上がる炎はなおも収まる所を知らない。こんなに熱い炎が、術者の制御すら離れて自身すら焦がす炎が、燻っている筈が無いのに。


「であれば、手を貸してやらねばなるまい。お前の聖遺物は少々手の掛かる形を取っている様であるからして、手づから射抜いてくれよう」


  黄金の獣にはこの程度の炎は一顧だに値しないとでも言うのか、その手を躊躇わせる事さえ出来なくて、必中必死、黄金に輝ける運命の神槍の威容を"その向こう"に見た。


「旧交の誼だ、受け取れ、これを持って我が同志の証としよう」


 形すら成していない槍はしかし見事に直線を描き、さながら主神の槍さえ思わせる程に確実な軌道を持ってして自らを貫くだろうと、既知でさえ無い必然が既にそこにあった。
 であれば半神はおろか半人にも満たぬこの身に躱せる由も無し、偽物では無い、本物のジークフリートならば聖剣を持ってしてこの槍を退けただろうかとだけ思う。
 人外集団黒円卓を象徴する最も畏るべき槍は肉の器の中心、この胸を狙い誤またず貫き聖痕を穿ち背中まで突き通した。
 暗転--。


 愛されざる光、悪魔の名を冠す彼の獣が成した事はその実、言葉で語るならばそう大した事では無い。
 小さな杯に大きな槍を突き立て、中の微温湯を熱湯と冷水に分けた。
 しかし、容れ物を壊せば中の魂は散華して消えてしまうだろう。そも、どうやって槍を突き立て微温湯を分かつのか。
 マクスウェルの悪魔。
 こんな物が在り得るなら恐らく成し得るであろう、と言う幻想の域を逸脱しない神の様な業。
 誰にも成し得ない神域の業をしかし悪魔と呼ばれる獣はやって除けた。


「あ、ああ、……あ、ああぁあぁぁああぁっ!!」


 蘇る、そう貴方は蘇る。
 そう歌ったのは誰であったか、誰でも構わないじゃ無いか。
 殺したい助けたい、壊したい直したい、愛したい憎みたい、それは幻想これは現実、それは現実これは幻想、しかし今や幻想とは現実であり現実は幻想でしかあり得ない。
 矛盾、対向、鬩ぎ合い。
 均衡平衡同一化が崩されたから二つは別人でしか在り得ないがそも二重として生まれた俺達はどこまで言っても同一でしか在り得ない、在り得ないからどこまで言っても私はまた死後に還る、永劫に回帰する。
 ならば俺はどこまで行っても最期の時まで二つで、だからこそ俺達は互いにただ一つ永劫に同じ存在。
 俺達は再生する、復活する、転生する--審判のアルカナ。 


 膨脹、起きた現象を一言で現すならそうなる。魂の規模、僅か十三、このベルリン侵攻で得た魂は奇しくも彼等の数と同じであったが、当人のそれを含めて十四、十五に過ぎぬ筈のそれが数百、数千と膨れ上がって行く様に見える。既にあった傷の全てが瞬時に再生し、まるで失った血を埋めるかの様に、破裂した血管が血を噴き出すかの様に炎が噴き出した。
 その肉体から噴き出し、纏われる深紅の炎は黙示録に語られる第一のラッパ、その妙なる調べから齎されるそれをさえ思わせる。例示による表現としては大袈裟に過ぎるかも知れないが、この手にある炎は一瞬前のそれより遥かに研ぎ澄まされ、より熱く、より強く燃え上がって行く。


「あああぁぁああぁぁーーっ!!」


 喉も破けよ、とはがりに高く叫ばれた鬨の声は黄金の総軍に響き渡れと願い上げられる開戦の号砲だった。
 赤銅の瞳で黄金の瞳を射抜くと同時、千年の休火山がようやく目覚めの時を迎えるかの様に、炎を撒き散らしながら駆け出した。目障りな黄金を焼き尽くさんとする赤く輝く炎は仇に到達するまでの僅かな時間にもなお膨張を続けていく。
 さらに早く、空を裂けとばかりに音を超え千々に裂かれた風を置き去りにして駆け抜け肉薄、 紛れも無く急降下爆撃の再現として持てる全ての炎を拳ごと投下した。
 理性すらも伴わない暴走に近しいその速度と破壊力は戦艦はおろか、小規模の要塞であれば成す術も無く根こそぎ吹き飛ばされるのでは無いかとさえ感じられる。


「見事だ、さぞ良い湯が沸くぞハインツ。これより先の地獄には相応しかろう」


 しかし、要塞如きと張り合う程度では総軍を一身に背負う黄金を焼き尽くす等、夢のまた夢か。
 だが、触れる事すら叶わない訳では無かった。
 炎が届いた、拳が当たっていると言う点では間違い無く届いている。動かなかったのだから当然ではある、獣はその場から一歩も動いていない。だが燃え盛る炎がその白い肌を舐めているのは間違い無く届いた、と言って良いだろう。先の様に炎が自ら避ける様な事にはなっていない。


「うおおぉぉおおッ!!」


 それは苦痛に泣き叫んでいるのか、あるいは歓喜の雄叫びか。いずれにせよ時に迎合し、時に相反する魂の声と、同時に対話をする聖遺物の暴走により理性を焼き切られていた俺に判別する術など無い。ただ一途なまでに魂を焦がす激情に身を任せ、炎を滾らせていた。
 音の世界を一周り飛び越えた世界で灼熱が奔る。瞬時、圧縮された炎が解放され黄金に熱を吹き付けた。
 一瞬足りとも、一刹那足りとも止まる事は無く、異なる世界から座を通り、この世に生を得ると同時に重なった醜悪な混種の魂は、その輝きを失う事など知らない、と言わんばかりに互いから汲み上げ、無限とも思われる継続性を実現している。


 瞬きの間、この手にある煉獄が幾十と叩き付けられる間にも百、二百と世界よ燃え落ちろとばかりに数多の炎雨が浴びせらている。であれば、その咆哮は角笛の音か、超音速で迫り放つ空の悲鳴がそれなのか。智泉の号砲、ギャラルホルン、終末の到来を告げる角笛の真名を持つ聖遺物を与えた水銀の王の思惑に知らず背筋を凍らせた。
 見ればラインハルトは口許を綻ばせている、同じ事を考えているのでは無いだろうか。
 その笑いに怒り狂った魂の奥底でああ、そうだとも。お前のその下らない世界を終わらせるまで、焼いて吹き飛ばして焦がし尽くしてやる。そんな悲鳴とも雄叫びとも取れぬ咆哮が聞こえた気がした。


「二重の魂、人格の二重性と言うよりは主体の崩壊と言う形で現れるか。どちらが、誰である、と言うのでは無く、そのどちらもが同時にお前であるらしい。ならばお前のそれも紛れも無くレギオン。これに気付かぬとは我が不徳を嘆くばかりだよハインツ。済まなかった、卿は我がレギオンの一員として相応しい」 


 余計なお世話だ、今のお前に何を言われたって嬉しくもなんとも無い。
 二重の声が合致して、今度こそ全てを焼き払えと総身の願いが込められた終末の炎が噴き出し始める。暴走状態だからこそ、別物である筈の魂が同じ願いで熱く燃えているからこそ扱える炎、それだけで創造位階の能力と言っても良いだろう。仮に冷静なままこれをやれば瞬く間に炎に同化し、無差別に周囲を焼き払う炎の化身と成り果てるだろう程の熱量が渦巻いている。しかし今その全てはたった一人の男に向けられているのだ。


「ここで放ってやればこの世界を焼き尽くすまで止まらんだろう。良いぞハインツ、だがまだまだそんな物では無かろう、卿の渇望、全て私の愛で受け止めてくれる。ゆえ、気にする事は無い。燃やし尽くせ」


 だが、男はその炎を意に介する事も無く浴び続ける。まるで夏場に煽られた風を受けて涼む様に、こんなものは大した熱では無いと言いたげに。そしてそれを視認する度、炎は更に熱を増す。既にその温度は深紅に輝く恒星の表面に伍する程に熱く昇り詰め、足元の地面をぐずぐずと赤熱させ、溶かし始めている。だか獣もそれでも足元など見る事は無く、浮かぶ様にその場に立ち続け、それは飛ぶ様に駆け抜け、産まれたばかりの溶岩を踏み躙っている。
 赤く染まった水面を踏みしめ、赤く染まった空を駆け、赤く染まった炎を全身に纏い昇り続けるその姿は黄金の獣をしてさえ、無意識の内にそれを想起させた。


「暁、赤銅の暁とでも言うつもりか」


 獣が漏らした言葉は感嘆のそれだっただろうか。神の悪戯、水銀の手筈か、それとも黄金に迫り水銀を倒すと言う執念か、あるいはその両方か、そこに齎された物は間違い無く赤銅に輝く暁を思わせた。
 原初の光ーウルリヒトー、暁を見ればそう言う表現も出来るかも知れない。
 その間にも彼は昇り続け、膨脹を続けている。霊的な質量の増加はどこまでも止まる事が無いかに見え、とうとうその末路を見る者に予測させ始めた。

「ウルリヒト、待って、やめてください。このまま……このまま、大きく成り続ければ」

 触れば破裂しそうな暁に手を出す事も出来ず、見る事しか出来ていない戦姫が焦燥にも似た独白を漏らした。このまま、無限に膨れ上がる事など有り得るだろうか、もしも無限では無いとしても、もしも無限であったとしても、いつかは


「ふむ、爆ぜるか?」


 何時かは爆ぜるのでは無いか。
 恒星でさえ膨らみ過ぎれば崩壊し、大爆発と共にその長かった一生を終えると言うのに、俺はいつまで広がり続けられるのだろうか。
 獣の声を聞いてキルヒアイゼンが少しだけ表情を歪め、獣も同様、僅かにその表情を歪めた。後者はその先を見たいと言う期待に違いない、であれば前者はその逆なのだろうか。
 いずれにせよ、もはや彼等の思惑に関わらずこの炎上は止まる事はないし、生半可な手では止める事も出来ず巻き込まれて焼き尽くされるだけだろう。


 獣と暁の戯れ合いはまるで恐ろしい冬が来たかの様で、まさに角笛の音が響き渡るその日まで続くかに思われた。
 暁はもはや全て燃やし尽くさねば止まる事など出来ないし、獣はそんな彼を見て間違い無く楽しんでいる。


「閣下、申し訳有りません。刻限が迫っております」


 だからここで邪魔が入るのは必定であったと言えるだろうか、無機質な幼子の声が降り荒ぶ炎の豪雨にも掻き消される事無く不思議とはっきり聞こえてきた。しかしその声を発した者の姿は見えない、まるでそこに居るかの様に話しているのにだ。  


「イザークか。惜しいな、ハインツが何処まで行くか興味深くあったのだが。とは言えそれで後は知らぬと言う訳にも行くまい、儀式の妨げとなっても面白く無い。刻限も近い、となると早々にここで卿を打ち倒して退散するべきか。済まんがハインツよ、続きはシャンバラで聞こう」


 さらばだ、そう言い残してこれより先、六十年は放てぬであろう最大の炎を全ていともたやすくその手で散らし、俺の意識を奪った。何をされたかも見えないそれは神業と言って良い速度、あるいはキルヒアイゼンよりも早かったかも知れない。
 まだ、何をされたのかも分からないか、と未だオーバーラップする相互の魂両方が自嘲混じりに呟いたのを感じ取って俺はまた暗転した。


 それ以降、二つの魂が背反する事は無くなった。俺たちは同じ者なのだから当然だし、二つで一つなのだからまた当然と言えるかも知れない。胸の中央に穿たれた聖痕だけが二重の魂の存在を物語る事になった。



 硬い床面と激しい揺れの不快感に眼を醒ますと幌付きトラックの中だった、特に縛られている様子も無く、どうやら誰かに乗せられたらしいと言う事しか分からない。状況とタイミングから鑑みるに国外に逃亡している最中か。
 時刻はまだ夜なのか、外は暗くかなり冷え込んでいる。安っぽいランプの明かりだけがその場に暖かさを提供し得るものだった。
 頭痛と猛烈な吐き気を感じる、これが事の後遺症なのか病み上がりに劣悪な環境に置かれたための車酔いの様なものかは分からない、胸の疼きの様な痛痒が夢を見ている訳では無いと言う事を語り掛けてくる。

「キルヒアイゼン……か?」

 あの場で俺を助ける様な人物など一人しか思い浮かばない。ルサルカや神父、ブレンナーと言う事も考えるが、ラインハルトとドンパチやっていた所に助けに来る程肝の太い連中では無いだろう。

「失敬、私だ」

 どこに向けるとも知れない問いに答えた声はそのいずれとも違う恐らくこの時もっとも聞きたく無かった声だった。
 思わず飛び上がり、対面する。キルヒアイゼンがほんの気持ちの様に掛けられた毛布を抱き込んでいる横で、影法師がそこに座っていた。キルヒアイゼンも良くもまあ眠っていられるな、と思い、直後思い直した。気付かせていないか眠らせているのか、どちらかだろう。

「君も大変だね、ジークフリート君。獣殿は言うに及ばず、クリストフ、ベイ、マキナ卿、ザミエル卿、バビロン、シュライバー卿、団員の内実に五分の三を明白に敵に回している。味方を敵に回すと言う事に掛けて君に及ぶ者はそうは居まい」

 メルクリウス、全ての元凶がそこに居て白々しくもそう言った。

「ラインハルトと、マキナ卿にも俺の事を教えたな。どう言うつもりだ」

 先日のマキナ卿の訪問は恐らくそう言う事だろう、あれで自分と同じ境遇の人間に同情する事の多い人だ。黙って居られなかったんじゃないだろうか、みすみすドジ踏んだのは俺だが。

「君の新たな一歩を願って、と言えば信じて頂けるかな」

 またもしらを切る、あり得ないとは言わない。事実、ラインハルトとの対峙は一段俺を飛び越えさせたと言える。ならばマキナ卿とのそれもまた俺を飛び越えさせるのだろうか、彼が殺しに掛かって来たならば瞬時に幕を引かれると思うのだが。
 だが何か違う気がする、何かは分からないが目の前の男がそんな生易しい者では無いと言う確信。それだけが強烈な違和感を引き起こしていた。

「まぁ……良いだろう。それで、俺はこれで良いんだな?」

 考えても分かる気がしない水銀の思惑を一先ず棚上げする。すっかりこの世界の人間に毒されている様だ、危険な傾向、注意しよう。

 確認はこの先の方針として重要なもの。この返答次第では61年後まで何も出来なくなる、契約をした手前、あまり既知を破壊し、未知への道筋を見失うわけにも行かないのだから。
 もちろん、この男がここまでに俺が行った布石を邪魔な物だと思えば簡単に取り除いてしまえる筈、究極的には盤面を返す事さえ出来るのだ、何が出来ても不思議は無い。しかしそれをした様に見えない以上、恐らく俺の行動を確認した上で手を出す必要が無いと判断した筈。だからこれは単なる確認に過ぎない。

 俺は脚本家にはなれないに違いないので策謀とかで展開をどうこう出来るとは思って居ない。こんな分かり切った事をメルクリウスが気付いても居ないとは考え難いので、奴の筋書きでは俺が何をしたところで大勢には影響が無い様に出来て居るのだろう。
 ならば俺のしたい事をすれば良い、ただひたすらに悲劇を避け続ければ良いだろう。
 違うか?

「構わんよ、それもまた未知に至る助けと成ろう。ならば、私が手を出すまでも無く君は私の望み通りに動く事になる。君の既知はそう働いているのだ、疑い様も無い」

 ここまでで俺の既知がどう言ったモノなのかは知っている。要するに既に知っている未来で有ればその様になる、と言ったレール敷きだ。
 これに従えばまず間違い無くメルクリウスを廃し、望みも叶えられるが悲しいかな、この渇望は満たされないだろう。そもそもにレールありきのグランギニョルは当のメルクリウスさえ望んでいないため、契約上も勧められた事でも無いと言う問題がある。
 あまりに許容出来ない悲劇が起きそうな時に盤を引っくり返しに掛かる程度しか使えないだろう。

「そうかい、なら自由にさせて貰うよ。さて……用事が済んだらとっとと降りろよ、つか何で乗ってるんだお前」

 と言うか早く降りて欲しい、何かと言うと純粋に不快なのだ。既知感、既知感、既知感が溢れて死んだ時の事を思い出す、そもそもにこいつに心配される覚えなど無いのだ。俺は既知の感染者、この世界の自滅因子、それを理解し許容しているからこその厳正な審判者。
 こいつが心配するのは次の瞬間に自分が殺されるのでは無いかと言う事であるべきだ。

「お気に召さなかったかね。済まない、君の好き嫌いは少々分かり辛くてね。降りろと言うならばそうしよう、ただ、去り際にその目を見て置きたかった、それだけの事だよ」

 目?

「あの日の凍りつく様な青い目は悲しいかな、内なる炎に焼き尽くされた様だが、揺蕩う炎はあの日の水面と変わらず殺意に満ちている。その様な目は獣殿すら簡単には私に見せない、稀有な物だよ、誇って良い」

 マゾが、とてもじゃないが着いていけない。
 それではまたいずれ、と最後まで嫌味ったらしい口調で空気に溶ける様に消えて行く影法師を睨み付けるながら違いを新たにする。
 結構だよ、これからも変わらず貴方のお望み通りに事を進めましょう。
 メルクリウスは俺が殺す、必ず殺す。


『起きろキルヒアイゼン、貴様弛んでいるぞッ』

 と適当臭いセリフをザミエルボイスで展開すると「ひょえええ!? 申し訳ありません、ヴィッテンブルグ少佐殿っ!!」と乙女にあるまじき悲鳴を上げてキルヒアイゼンは飛び起きた。流石に軍卒、寝起きは悪く無い様だが物の見事に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしている。

「くっくっくっ」

 先日のお喋りの意趣返しとしては悪く無いか、口が軽い人間はかくして誅されるのだと言う良い見本になるだろう。

「へっ? あれ? 居ない、って少佐はグラズヘイムに行った筈じゃ。あ、ウルリヒトっ、もしかして貴方よりによって一番やっては行けない事を!!」

 ここまでで間の抜けた寝起き顏から喜怒哀楽の喜以外の全てを見せたキルヒアイゼンの百面相を肴に笑う。

「聞いてるんですか、って言うかいつまで笑ってるんですか!!」


「で、答えは出たんだろ? お前もジークフリートを演るんじゃないのか、だったら俺と駄弁ってちゃダメだろ?」

 一頻り笑ってやった後、ようやく落ち着いたので少し真面目な話をする。俺の顔はまだ笑いに歪んでいる筈、ジャパニーズスマイルにも近いかも知れない。あれは見慣れないものだと侮蔑的に見えるらしいが、この場では大丈夫だろう。

「構いませんよ、今日明日どうこうって訳でも有りませんし。そもそも、貴方、少佐の事お姉ちゃんだのなんだのって呼んだりして。見捨てるつもりの人だったらそんな呼び方しませんよね、普通、命懸けてまでそんな親し気に呼べませんよ」

 はぁ、と溜息を吐きながらやれやれと言わんばかりにじっとりとした視線でこちらを見遣るキルヒアイゼンの目に懐疑とかそう言う意思は感じられない。当然、全面的な信頼を得たとは思えないが、ある程度は勝ち得た様だ、いやこの場合は負け得たと言うべきか。

「いや、余裕が有ればに過ぎ無いよ。筋書きの上では放っておいても特に問題無いんだが唯一不安要素なのがお前だったんだよ、キルヒアイゼン」

 実際には、そんな事は無い。事より先に死ぬであろうこいつは放って置いても、放って置いた方が展開が予測し易く、既知のままに終焉を迎えられただろう。だからこんな余計なお節介をするのはただの自己満足、殺されかかるのも当然だったかも知れない、誰だって自己満足に付き合わされるのは気持ち悪くて腹が立つものだ。

 「そうですか、まぁ私は私で勝手にしますから貴方は貴方で勝手にやって下さい」

 だからこのはいはい皆まで言わなくとも分かってますよ、みたいな生暖かい視線を向けられる覚えなど無いのだが。無いのだが、何かそう言う反応が腑に落ちる様な自然なものに見えて「覚えてろ」などと訳の分からないセリフが口を吐いて出た。キルヒアイゼンはにやにやと笑っていてほんの少しだけ腹が立った。

「黙れよキルヒアイゼン」

 今の俺は小さな子どもみたいにむすっとして膨れているのかも知れない。

「ふふっ、ベアトリスで良いですよハインツ君」

 だからと言って、こんな事を言われて反省出来るほど大人にも成れない。
 しかも"ハインツ君"に無駄にアクセントを置いてそう呼ばれるのは非常に不本意だ。やめてほしい。

「ああ、そうかよベアトリス」

 だから、そっぽを向いてくすくすと彼女が笑っているのを傍目に幌の外を見るくらいしか無いのだ。
 東の空に太陽が昇り始めていた。


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