注意。
怒りと悲しみと勢いに任せて書いたIF短編です。
本編とは何の関わりもありません。何の伏線も有りません。色々と矛盾あるかも知れません。
そんなもん読みたくねーよと言う方は早急にUターンを推奨いたします。
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「ああ、ハインツ君。お茶なら私が淹れて差し上げますよ?」
ある日の昼下がり、何の気まぐれかベアトリスが自発的にお茶汲みを買って出た。
日本に帰ってからは日本人の魂を呼び覚ますため、そしてコーヒー紅茶のステインに染まり切った味覚を破壊するため、俺は専ら緑茶を好んで飲んでいる。
その趣味が高じて値段も価値もそこそこの茶器──すなわち急須と湯呑みであるが──まで揃え、暇になればこれを嗜むのが日々の日課となりつつあった。
特にベアトリスが湯呑みと共に食器棚から取り出して来た急須は偶然、焼き物屋で運命の出会いを果たし、一目惚れに惚れ込んで購入したお気に入りの品。
たかだか五桁の品物であるが、その時はたまたま持ち合わせが少なく多いに悩んだものだ。
その時のエピソードはベアトリスも隣に居たために知っている。
良家の娘だったにも関わらず茶器への拘り、そこに介在する究極への追求が理解出来ないらしいベアトリスは隣で呆れて果てて居た様だが。
「なんの風の吹き回しだ、日頃は大抵お任せって態度取ってる癖に」
急須と湯呑み、そして茶漉しと茶葉を入れた缶。順番に取り出して来て卓上に並べて行くベアトリスに言った。
炊事に掃除、およそ問題無く殆んどの物事をそつなくこなす優秀なスーパーエリート、ベアトリスはブレる事は無い。
ブレる事は無いがそれだけに嗜好の段階には弱い、侘び寂びが全く理解出来ないらしいのだ。
美味しいものが作れない、美味しいものが淹れられない。
ダメージジーンズの良さも分からないし、障子に穴が空けば直ぐに張り替えようとするし、先日に至ってはミロのヴィーナスを扱き下ろしていた。
ああ、確かにお前の方が美人かも知れませんね。
それがあって何時もは俺が食事の支度をしていたし、茶を淹れるのも多くは俺だ。
ベアトリスはハインツ君の方が美味しく出来るんだからハインツ君がやって下さいよ、とやる気が無い。
別に掃除洗濯とメイドじみた事は一通りやって貰っていたのでそれは全然構わない、炊事にしても全くやらない訳でも無いのだし。
だがその腕前で茶を淹れて出されるのだけは我慢ならず、先日ざっと百煎ほど淹れさせて遂に美味い茶の何たるかを教えるのに成功した。
これがまた難物で、美味い茶の何たるかが理解出来たから、美味い茶を淹れられるとはならないのが一筋縄で行かない所だろうか。
もっとも淹れるのに関しては俺とて美味く淹れられていると大言壮語するには程遠いため、ある程度は仕方なかろうが。
気は長く持って二人で研鑽を続けて行けば良いのだ。
そう言う訳でベアトリスが茶を淹れてくれると言うのは、そう悪い話でも無い。
「いえいえ大した事ではありません。日頃は色々と美味しいものをご馳走になっていますし、たまにはペイしないとダメな女になっちゃいますから」
ペイなどと帰化国語に届いているか怪しい英語紛いの言葉を使って苦笑を見せるベアトリス。
どうせペイしてくれるなら茶以外の何かが良いんだが、まぁ口には出すまい。
自発的にそれをするから意味があるとも言える、流石元日本人だけに侘び寂びは分かっている様だ。
かぽーん、と鹿威しの音が響く。
純和風庭園、などと訳の分からぬ言葉を用いるのは好かないのだが、要するに日本固有の庭を目前にしながらでは金髪の美女は少々目立ち過ぎるが、まあそれも日常的ならば悪くない。
以前には着物を着せようと頭を下げて頼み、嫌がられたのでせめて浴衣、浴衣だけでもと食い下がってとうとう着せたと言う事件もあったが、面倒臭いと言うのでそれっきりになってしまった。
偉く嫌がられてしまったので俺もそれ以来諦めてこのミスマッチを楽しむ事にしている。
どうせミスマッチは自分も変わらないのだから。
「まぁたまには良いだろう。ありがとうベアトリス、任せる」
と言ってやるとたおやかに微笑んで湯を沸かしに台所に向かう。
我ながら良く教育したものだ。
前世から惚れていた女性に大和撫子観を熱く語りそれを押し付けんとするドイツ男など、一般女性からして見れば塵に等しい存在だろう。
にも関わらずはいはいと笑って聞いて、気が向けばそれを実践して行くベアトリスは実に良く出来たやつだ。
これはひとえに教育的愛のムチはおろか、気に食わなければすぐに激しい調教のムチを振るったエッちゃんのお陰とも言える。
感謝しております、お義姉さま。
しゅんしゅんと湯気の噴き出る音が聞こえると程無くして薬缶を持ってベアトリスが部屋に帰って来た。
畳敷の和室、薬缶、金髪美少女。
やはり芸術はシュールレアリスムか。
お揃いの湯呑みに白湯を注いで軽く冷ましている間に、急須に嵌めた茶漉しに茶葉を一匙、二匙と加えて行くベアトリス。
ブラウスに裾の短いデニムのジャケット、ぎりぎり膝上までの丈のブラウンのスカートに黒タイツと、誰かの好みをそのまま写したかの様な服装は彼女にもこの和室にも似合っているとは言い難かった。
いや、美人は何を着ても似合うのだが、そう言う事では無く。
要するに俺とても服や場に大差無く────
「はい、入りましたよ」
ことり、と音を立てて置かれた湯呑みに意識を取り戻した。
さほど熱くも無いだろうとは分かっていたがついつい癖で息を吹きかけ、冷まそうとした後に恐る恐る啜る。
苦い。
「どうですか、美味しく出来ましたか?」
苦いけど、確かに美味しい。
「ああ、とても」
「そうですか、良かった。ちょっと出し過ぎたかなー、なんて思ってたんですよね」
……ちょっと待て、今のは素直過ぎた、ありえない。
と言うか気のせいだと思ったら本当に苦かったのか、中々に優秀な誘導尋問だ。
もう一度、今度は思い切って口腔に満たす。
苦い。
「前言撤回、苦い」
「ちょっと!?」
「苦いけどおかわり」
「……ハインツ君? ツンデレも、そこそこに、しておいた方が、長生き出来ると、思うんですよね?」
無事に飲み終えて片付け始めるを眺めながら余韻に浸る。
「ベアトリス」
可哀想だから声をかけてやる。
折角淹れてくれたのに先の反応は酷過ぎるだろう、ニブくは決して無い心は重々理解していた。
大体、美女の汲んでくれた茶ほど美味いものは無い、であるならばこの安い意地如き叩き売っても構わない。
「良かったらまた淹れてくれ」
だから素直に言ってやる。
短い付き合いでも無いベアトリスは恐らく言わなくても理解して居ただろうが、言わないよりは言った方が良いに違いない。
「え、えぇっ!? いきなり何言って、ってあわわ」
がちゃん。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………えへっ」
先述の通り、この急須は惚れ込んで惚れ込んで、なけなしの金を投入して買った特別お気に入りの品だ。
割れるのは構わない、仕方無い、形有るモノは遅かれ早かれ何時か壊れると言うのは今更確認するまでも無い。
ただこの行き場の無い怒りを、咄嗟に媚びて誤魔化そうとする犬根性が染み付いた女に向けてはならないのならば私はどうすれば良いだろうか。
大丈夫、ちょっとくらい激しくたってこいつは壊れやしない。
「ああ、今日はとても良い気分だ」
あの星との間に邪魔するモノの何も無いこんな晴れた日なら
「なんだって越えられる気がする」
だってそれが俺の渇望の顕現だから
「Briah── 創造」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!! いくらなんでも洒落にならないと言うか、本編でもまだ出てない必殺技をここで公開は如何なものかと言うか!!」
「うるせえ、黙って俺の愛を受け止めろっ!! ちくしょう」
後日、ベアトリスはお詫びと称して新しいティーポットを買って来た。
残念ながら急須では無くティーポット。
価格も多分、丸一桁下がっているように見えるが価格が重要なわけでは無いし、わざわざそこに拘泥はすまい。
恐らくこいつなりに良いと思うものを選んで来たのだろう、ティーポットと急須の差が分かって居なかったのは誤算であったが、そう言うミスマッチも悪く無い。
ただし
「次買ってくるならもっと高くて丈夫そうなのにしろ、出来るだけ長く使ってたいからな」
それでも壊れる時は壊れるんだろうが、それでも叶うならば何時までも使っていたい。
「へっ? ハインツ君が素直にそんな事言うだなんて、今日は雪なんですかね」
虚をつかれてか僅かに朱の差した顔をにやり、と嫌な笑みに変えて言われた。
「…………てめえ」
こいつの言う通りだ、意地を張るのもほどほどにしよう。