少し贅沢をしてビジネスクラスで乗っていても柔らかい筈の旅客機の席は狭くて何より腰が痛くなって来る。大柄な体格が災いして居るのだろうが妙に座りが悪い。
あまりにも退屈で、無聊を紛らわすべく頼んだコーヒーは既に二桁に届いているし、読む本なんて用意していなかったから読むものも無い。
撮り溜めた写真は搭乗する直前に全て処分したし、そもそも航空機内で取り出してなんだかんだするには少しショッキングな内容だと思う。
特に意味も無いのにカリカリとしていて、隣に座る頭の禿げ上がった男性に随分怯えられている様だし、今、こうしてコーヒーを届けてくれた添乗員も心無し顔色が悪い様に思われる。
「お客様、お加減がよろしく無いのでしょうか。なにか御座いましたらお申し付け下さい」
どうやら臨界点を超えてしまったらしい。
それはそうか、なにしろ獣面の金髪赤眼が苛々と落ち着き無くしていれば普通は何だこいつは、となるだろう。
ああ、しかし、落ち着かないのも当然か。
何しろ──九十年振りの日本だ。
こうして話し掛けられたのも何かの縁だろうから、俺の最初の母国語はこのお嬢さんに聴かせてやっても良い。
「いや、失礼。なにしろ、こうして日本語を使うのも日本に行くのも、殆んど二世紀跨いでの事になる、今は夜も眠れない想いなんだ」
はぁ? 等と迂闊に漏らした添乗員の女性の顔が何だか可笑しくて、とうとう堪え切れずに笑ってしまった。
そう、実に195年越しの帰郷となるのだ。
2010年から1905年へ、そして1905年から1995年への。
入国審査の際に少々厳つい顔立ちのお兄さんに挟まれて手間取ってしまったが、ほどなくして無事に通る事が出来た。
本当に武器弾薬はおろか寸鉄一つ身に付けずにやって来たので、偽造パスポートに気付かれ無い限りは決して問題にはならない筈だ。
その偽造パスポートを取ってもそれなりに歴史のある連中が設えたもの、今更ここでアラが出る事は無かった。
あったらどうしようとは思ったが。
目的地までは電車で向かう事にする。
元日本人とは言えど土地鑑のあるわけも無く、五十年間殆んど使うことも無く、されど定期的に扶助機関から搾り上げた資金はそこそこ潤沢だったが、タクシーの運転手と喋り合いながらのんびりと座っているよりは、一人で自前の足を使いたかったと言うのが大きい。
若干、乗り換え順が分からずに往生したが。
目的地は都市部にある訳では無かったので少々面倒だったが柔らかくも無いが固いとも言い切れぬ電車の座席に着いて、ふらふらと時間を掛けて複雑な感傷に浸っている中では時間はそう長いものでは無かったらしい。
幾度かの乗り換えを経ながら、やたらとせせこましくて細々とした割に海が無ければ360°どこを見ても山がある不思議な日本の風景を眺めていると、そう間もなく目的地の名を告げる車掌のアナウンスが聞こえてきた。
妙なもので、俺にとっては俺の感傷など美女と過ごす五分には及ぶべくも無い筈なのだが、何故か恐らくはその五分と同等以上の速度で時間が過ぎ去ったらしい。
『次は諏訪原〜、諏訪原。お降りの方はお忘れものの無いよう……』
運命の日の十一年前、本来であればこの諏訪原に来る意味など無かった筈なのだがあの女が妙に男受けが良いから仕方無いのか。
惚れた、等と言うつもりなどは一切無いがその一方でどうしても脳裏に惚れた弱み等と考えるのは俺が悪いのか、それとも他の何かが悪いのか。
ただ、この名状し難い思いやその他諸々、取り敢えず得体の知れぬ熱の根源は直接あの女に拳とともに送る事で解消しようと思う。
駅前を抜けると太陽がちょうど頭上から光を浴びせてきて、金色の前髪がきらきらと照り返すのに思わず目を細めた。
出来るだけ日陰を選んで歩いているとその街並みはやはりどことなく既知感をもたらすものであった。
歩いた事も無い筈なのに生まれる既知がまた感傷を強くする。
そう言えば前に自分が生まれ育った街もこの様なこれと言って見るべき所の無い地方の街であったか、間違い無くこの諏訪原よりは人気の少ない町だった筈だが。
……………。
「教会ってどこだろう」
道を知らないんだった。
活動の範囲内で誰か知った声でも捉えられれば何処に居るのか分かるので聞きに行くなども出来るのだが、どうやら教会では誰も喋っていないらしい。
所詮、音を操る音を聞くと言った方面にしか利かないので静かな所を探るのには全く向かないのだがブレンナー辺り喋らないのだろうか。
喋らないだろうな、あのブレンナーが神父と二人で大した用事も無いのにぺらぺらと喋っている姿が思い浮かばない。
平日の日中なのが悪いのか街に行く人々が少なく、無人の町の中で自分が何かに一人だけ取り残された様にさえ感じる。
実際には、声はそこかしこから聞こえて来るのだが。
しかしそうやって漸く見付けたお婆さんなんかに何気なく話し掛けても、見るからに外国人の偉丈夫に怯えてかもはや腰が引けてしまっていて会話にならない。
それでどうせなら複数人に纏めて尋ねた方が効率がよろしかろうかと判断し、近くで一番人が多いらしい公園、にくっついている児童公園に向かう事にした。
きっと保護者が何人かいるだろう。
陽光の射し込む公園で幾人かの子ども達が仲良く遊んでいる光景を見て、なぜか眩いものを見た様な気持ちになって目を細めてしまった。
残念ながら大人の数は少なく、その内の二〜三人は警戒するような目でこちらを見ている。
その姿勢は日本人の国民的な排他性を差し引いても正しいものかも知れない、間違い無く俺は"違うもの"なのだから。
しかし、それでは困るんだよな。などと自嘲的に笑いながら大人達の方へ向かおうとすると、ふと児童公園の隅の方、ちょうど公園の木立ちとの境の辺りのベンチに一人の少女が腰掛けて居るのが目に入った。
きらきらと光る銀の髪は自分の金の髪と好対照で、水色の様な灰色の様な淡い色のパーカーと白っぽいスカートを履いたまだ幼年の少女。
自分と同じように眩しそうな目で楽しそうに遊んでいる子ども達を見ている姿に何故か既知感の様なものを覚えて、引き寄せられる様に彼女の方へ歩き始めた。
少女はまだ俺には気付いていないらしくずっと子ども達を見ている。
この年頃であれば普通は耐えられないほど一緒に輪に入って遊びたかろうに、まるで自分はその場に相応しく無いとでも思っているかの様な眩し気な瞳が妙に気に食わない。
直前までの自分の心情を鑑みれば同属嫌悪とも感じられるが、それよりはむしろこの子が満たされていないのが許せないと言う様な妙な気分。
「一緒に遊ばないのか?」
まるで糾弾する様な言い方になってしまったのは失敗だった、どんな心理作用が働いたのやらよく分からないが自然にそうなったのには参った。
一瞬寂しそうな目をして見せて、ゆっくりと俺に目線を合わせた少女の顔には困惑の様なものがあった。
「……おじさん、だれ?」
その可愛らしい、今はまだ可愛らしくていつかは綺麗になるのか、未来永劫俺には可愛らしくしか見えないのか分からないが、贔屓目無しに整い尽くした花のかんばせに心地良い既知感を覚えて、自分の意思ではどうにもならず頬が緩むのを感じた。
傍目からは顔が綻んだ、と表する様な姿で見えただろう。
何故か体の中心の、その奥底から湧き出る衝動──父性愛とでも言えば良いのか、に逆らえなくて
「ジークフリート・ハインツ・ハイドリヒ。君の叔父さんだよ。玲愛」
至極あっさりと、自らの正体を白状してしまった。
本当であればこの子にこんな事言うつもりなど無かったにも関わらずだ。
「よく分からないけど、叔父さんは私のおじいちゃんの遠い従兄弟? みたいな人なんだね」
全然違うけど、まぁ一親等の隔たりを遠いと評するならそうだね。
「じゃあ叔父さんは私の叔父さんで良いの?」
そう言って小首を傾げて、パッチリとした目を上目遣いに青に黒を帯びた紫っぽい瞳で見上げる玲愛。
「玲愛がそれが良いのなら何でも構わないよ。玲愛がお父さんになって欲しいって言うならお父さんになってあげるしお兄さんになって欲しいならお兄さんになってあげよう。流石にお姉さんやお母さんは許して欲しいけど」
と言うか何だかこの子が望むならなんだってしてあげたい気分だ。
今ならラインハルトだって叩き潰せるくらいに不思議な活力に浮き足だって力に満ちた様な気分。
「じゃあ妹で」
だが、妹になるのは無理だ。
その発想は無かった。
「妹か、そうか。難しいな、妹が欲しいのなら幾らでも作れるんだけど」
問題は母親だよな、場合によっては玲愛にお母さんだよと紹介する事になる訳で。
……ブレンナー?
いや、ないない。
「じゃあ叔父さんは今日は何しに来たの?」
しかし激しく懊悩して思索する俺を余所にあっさりと話題を切り替えて尋ねて来た玲愛にずるっと座っていたベンチを滑ってしまった。
「妹はどうでも良いんだ……」
「叔父さんにお姉ちゃんって呼ばれるのはちょっと」
想像して見る。
玲愛よりも小さい俺が女装して、玲愛お姉ちゃん、なんて。
あぁいや、六歳くらいの頃当時なら有りだったかもね。
俺がやっても怪物の顕現にしかならないな、仮に第三者が居れば間違いなく警察とか自衛隊に通報するだろう。
「まぁ、俺もそれは……。今日は玲愛に会いに来たんだよ」
本能的に玲愛の機嫌を取りにかかった俺は間違いなく色々と手遅れだろうと心の中の冷静な部分で感じる。
ああ、ダメだ。
多分、傍観者として今の俺を見たならば瞬時にこいつはダメだ、と判断するであろう姿。
「お世辞は要らないよ」
こんなつまらない小さな言葉一つで胸が痛む。
こう、グサッて具合に胸に突き刺さるのが良くわかって憂鬱でさえある。
武器も言葉も同じ様に人を傷付けるんだよ、玲愛。
「……まぁ、軽く用事があってね。今となってはどうでも良い気がするんだが、やっぱり義理とかあるから何もしません、じゃダメかなと思ってね」
ベアトリス?
ああ、そんな奴も居ましたね。
なんか会いたくないなー、って思ってたし良いんじゃないか。
「チョコレート?」
一人しようもない回想と反省に浸っていると玲愛が予想だにしない反応を持って来た。
義理から来たのだろうか、義理から連想される言葉がそれしか無かったのか良く分からないが、玲愛は疑問に答えて欲したがる少女そのままに上目遣いで俺を見ている。
「食べたい? ちょっと買ってこようか、十万円位までなら……」
あまりなんの義理なのか、用事とは何なのかを聞かれたくなくてチョコレートに焦点を当てに行く。
俺が玲愛くらいの年頃はチョコレートだとか飴玉だとかが大好きだった、玲愛が好きかは知らないが甘いものを美味しいね等と言いながら食べるのも悪くないだろう。
なにか桁がおかしかった気がするがその程度なら構わないか、十万のチョコレートって何だよ食べた事無いよ。
「充満?」
発音が妙なのだが、充満と言っていないか?
なんで義理は分からなくて充満は分かるんだ。
いや義理にしても分からないフリ、と言うよりは電波でも受信した反応だったのか。
「チョコレートで充満したらちょっと大変そうだ。鼻血が出るから気を付けないとね」
「じゃあ叔父さんは私に会いに来たんじゃないんだね」
何故充満なのかよく分からないままに、それらしい事を言って話を合わせてみたらまたしも唐突に話を戻された。
あまりにトリッキーなコース取りに追従し切れない。
これは不味い、大人のプライドにも似た心の奥底にある何か譲れないものが揺さぶられる様な焦燥が生まれて胸の内で騒ぎ立てた。
何と言うか良いかっこしたがりの本能が喚き立てるのだ。
「さっきから俺の中では玲愛に会いに来た事になってるんだけど」
どうやら俺には女性をたらし込む才能は無いらしいと言うのは身に沁みて思い知っている。
ただこの程度の陳腐なセリフでも言わずにはおれないのだ、何もせずに浮気性で通っていたラインハルトには負けたくないし。
英雄色を好む、と言うし構わないだろう。うん、許せベアトリス。
「さっきまでは違ったんでしょ?」
だからこそ、
「さぁ、昔の事は忘れたな」
昔の事は忘れた、そんなものより大事なのは今こうして目の前に居る玲愛だろう。
「大人って汚い」
俺の言った事をその場凌ぎの御為ごかしだと感じたのか玲愛の冷たい視線と冷たい声色が堪らない。
なんで自虐的になった直後に被虐的な快感の意味を知らなければならんのだ、何やってるんだおれ。
「玲愛には俺が死ぬまでは綺麗な子どものまま居て欲しいね」
この子は割と長じても大きな変化の無い子だと思うが。
「女の子に夢見過ぎだよ」
しかし俺の幻想を破壊すべく放たれた凄まじい既知感を覚えるその言葉は五十年ほど前に誰かに言われた様な気がして、一気に力が抜けた。
もっとも、これまでもどれだけ力が入っていたかは甚だ疑問だが。
玲愛に名乗って以来ずっと弛緩し切っていて、後ろから何者かに襲われれば何も出来ずに倒されるであろうほどに緊張出来ていない。
今はまだ大丈夫だが、これからもずっとこの調子では困るかも知れない。反省せねば。
「……そんな言い方、誰に教わったんだ」
ベアトリスか、ブレンナーか、ルサルカかしか分からないのだが。
ベアトリスが玲愛にそんな事をわざわざ教えるとは思えないし。
「夢見過ぎだよ」
やっぱりブレンナーか。
「ブレンナー潰す」
聞こえない様に呟いたつもりが予想外に大きな声になった様で、それを聞いた玲愛はただでさえ大きな目を更に見開いて
「リザを知ってるの?」
と尋ねた。
おめめがくりくり可愛い。
……なんだ今の幼児語。
「教会を探してたからね」
実はまだどこか分かっていない。
まともに運営して居る教会であればそろそろ鐘の音が聞こえて来てもおかしくない気がするが聞こえて来ない。
いや、まず第一に鐘がなっていても聞こえていなかっただけなのかも知れないが。
鐘の様な遠くまで響く様な物音が聞こえないと評するのは少なくとも五十年振りだ、何と言う事だ。
「やっぱり私に会いに来たんじゃないんだね」
ショックです落ち込んでいますと聞こえる声音を隠しもせずに、そう言って何故か今にも泣き出しそうな目をして見せて顔を伏せる玲愛。
演技だと分かり切っているのに大焦りして慌てて
「玲愛に会うために教会を探してたんだよ」
と答える俺。
ダメ過ぎる構図だ。
ベアトリスやルサルカが見れば確実に呆れ果てて物も言えぬと肩を竦めて溜息を吐くだろう。
何故かベアトリスがそうして居る態度が脳裏に描けなかったが。
「リザじゃなくて?」
目元が潤んで少し紅潮した顔を僅かに上げて上目遣いに恨めし気に睨み付けてくる。
確かに死ぬほど可愛いが、てめえ手に目薬隠し持ってるのが見え見えなんだよ、と言うか目薬常備してるのかよ怖いよ。
「ブレンナーはどうでも良い」
「じゃあどうでも良くない女が居るんだね」
「……女ってこんな小さくても勘が良いのな」
聞こえない様に独り言で呟く。
それはどうでも良くないが出来れば玲愛には突っつかないで貰いたい所にも違いない。
浮気を詰られる男の気持ちとはこんな感じなのだろうか、複数人の女との関係を維持出来る人間を嫌でも尊敬してしまう。
そう言えばラインハルトは浮気公認状態だった様な……。
今非常に悔しくなった。
「そうだね、少なくとも玲愛がどうでも良いとは口が裂けても言えないな」
「私は叔父さんの事どうでも良いかな」
「んがぐッ……………!!」
「うそ、冗談」
この子は何故に齢一桁にしてかくも悪女なのか、本当に恐ろしくなる。
このままブレンナーに教育を任せて良いのだろうか、俺とて教育に王道など無いと信じているのもあって誰かを、ましてかけがえの無い姪っ子を立派に育てて見せますなどとは口が裂けても言えないが。
ブレンナーよりマシでは?
こう言う手合こそが俗にウザい父親などと言って世間一般の年頃の娘達に蛇蝎の如くに忌み嫌われ排斥される典型なのだろう、そう自覚していても尚、悪女に任せて悪女を育てさせるよりは良いのではと考えてしまう。
どうだろう?
「叔父さんウザいね」
「はぅあっ!!」
「私、リザの事は嫌いじゃないよ。だから大丈夫、叔父さん私は立派な悪女になります」
「ダメだって!! なったらダメ!!」
退屈な感傷に浸っている時の時間の足の速さなど、やはり美女との楽しい一時とは比ぶるべくも無かったらしい。
気がつけば西日が寂寥を感じさせる様な色味を帯びて五時を差そうとする時計の白かった文字盤を赤く染め上げ始めていた。
楽しそうに遊んでいた子ども達も見守っていた親に連れられてか、夕食が出来上がったのでわざわざ公園まで呼びに来たらしい親に連れられてか、あるいは一人でか、想い思いに帰途に着き始める。
そんな中でその事に気付いた俺と玲愛は自然に口を閉じてしまい、軽い静寂が黄昏の公園に訪れた。
寂寥感の原風景とも言って良い様な光景、日本人の多くがこの光景に満たされた空虚と静寂を知っていると思う。
玲愛がこれをどう感じているかは知らないが、少なくとも俺はこの公園をこれから先忘れる事は無いだろう。
「……そろそろ帰る時間だけど」
こう言う口にこそ出さないがお互いの中にこの刹那を終わらせたくない気持ちが強い時、言いたくない事を言うのはきっと大人の役目だろうが帰りたくない、と思ったままで大人のセリフを言葉にするのは実に勇気がいった。
やはり俺はまだまだ子どもなのか、誰でもこう思うのか。
ただ純粋に、時が止まれば良いのに、と思ってしまった事が悔しい。
「うん」
さきほどまで柔らかに微笑んでいた愛しい花が頭を垂れて萎んでしまうのを見るとどうしても胸が痛む。
「ブレンナーが心配するかも」
俺はブレンナーの事なんざどうだって良いし、玲愛だって多分少しくらい心配させておけば良いと思っているのだろうが、そう言う問題でも無いだろう。
「うん」
玲愛の今にも消え入りそうな小さな声が、人が居なくなって余り時間が経っていないために未だ揺れるブランコの軋む音に掻き消されてしまいそうで、この子にこんな声を出させた奴を叩き潰してやりたくなる。
ただの自殺だが。
「そろそろ帰ろうか」
自分が泣かせるのは良いんだよ、と頭の中だけでも最低男になりきって見ると何故か死にたくなった。
プレイボーイってのは凄い生き物なんだな、と橙に焼け付く夕陽にしみじみと思う。
「今日は帰りたくないの」
突然、玉の涙を散らしながら夕陽と紅潮に仄紅く色付いた白い肌に怒りとも嘆きとも取れぬ表情を張り付けて、澄んだ声を張り上げる玲愛。
手元にある目薬が可愛……可愛いけど、どうして寸劇が始まるんだろう。
「ああ、今晩は寝かせないよ」
公園に誰も居なくて本当に良かった、とりあえず合わせるにしても他のセリフが出て来なかったのだ。
危うく通報されてお巡りさんのお世話になるところだった、幸いドイツ時代と違って俺が捕まってもラインハルトのお世話になる事は無いが、気不味い事には変わりない。
と言うより最初からしてちょっと君の年頃には早過ぎるだろう、どう言う事だよ。
「やだ……叔父さんのロリコン」
更に頬を赤らめてちらと目を合わせてから伏せるように逸らすように傍らの地面を見る玲愛。
取り合えずなぜこんなにも百面相が板についているのか非常に気になる、将来は絶対女優として食っていけるよ玲愛。
「さぁ帰ろうか」
「……うん」
実のところロリコンって言われて少し傷付いたんだが、そんな言葉教えたの誰だ。
本当にブレンナーなんだろうな。
叔父さんは許しませんよ。