翌日。才人の通う高校は土曜日も半日授業があるため、学校が終わって急いで帰ってきたのだが、すでにグレースたちはホテルをチェックアウトして平賀家に戻って来ていた。
しかも、まだ昼過ぎだと言うのに、すでに物置部屋から荷物を運び出す作業は、ほとんど終了しているらしい。
手伝う気満々だった才人は拍子抜けした気分だった。
父は普通に出勤(某衣料品メーカーの広報部長)しているし、女手3人で、よく片付いたなぁ、と感心したのだが、昼食の際に母の言葉を聞いて納得する。
「才人、やっぱり外人さんって体格いいせいか、力持ちなのねぇ。ヴェルダンデちゃんは平気でタンスを持ち上げるし、グレースちゃんとふたりでベッドも楽々運んじゃうんだから」
ジャイアントモールの化身であるヴェルダンデの怪力は別格としても、グレースもつい一月ほど前までは男子学生として鍛練に励んでいた身だ。決して体格のよいほうではなかったが、日本の男子高校生の平均程度の体力は持っていたはずだ。
魔法使い候補生と聞くと、ヒョロヒョロの頭でっかちのように思えるかもしれないが、実態は決してそんなことはない。
学院では貴族の生徒が大半を占めることもあって、剣や杖を用いた護身術の授業が日本の学校の体育と同じようにカリキュラムに組み込まれていたし、剣術や乗馬といった体を使う競技のサークルも存在している。
とくにギーシュたち男性の魔法使いは、魔力が少ない分、自分の身を守るには体術のスキルを磨かざるを得ないし、初級魔法と剣技を組み合わせることで魔法騎士隊の二番隊隊長(副隊長から最近昇任したらしい)にまで上り詰めたワルドのような例もある。
女性に変わってからも、今度は魔法少女見習いとして鍛錬していた──「魔法さえ使えればOKなどと言うのは三流の証」というのが、学院長オスマンの口癖だ──だろうし、現に体力は落ちてはいないらしい。
とは言え、口には出さないが、才人としては「待っててくれたら、俺も手伝ったのに……」と少々残念に思っていたりする。
そんな息子の気持ちを汲み取ったのか、母は才人にグレースたちを連れて近所を案内するように命じる。
「ここで住むからには、商店街とかいろいろ知らないと不便だろうしね」
もちろん、才人も、そしてグレースとヴェルダンデにも異論はなかった。
「ここが、ウチの近くで一番大きなスーパー。食料品から日常雑貨まで、大概の品は揃うかな」
ふたりの異邦人を連れて才人がまず向かったのは、近所の西●だ。
「サイトくん、こういうのは「スーパーマーケット」じゃなくて「デパート」って言うんじゃないのかい?」
もともと学院の「げんちけん」に加盟していただけあって、グレースは地球……というか日本の習俗に比較的詳しい。主な情報源がアニメとゲームなので、多少偏っている傾向はあるが。
「お、いいところを突くな、グレース。ここみたいに3階建てクラスの店は、正直、スーパーとデパートの中間的な位置づけだろうな」
「えっと……”でぱーと”の方が大きいんですか?」
「ええ、そんなところです、ヴェルダンデさん。それと売ってる商品も比較的高級なイメージがありますね」
などと説明しつつ、店内をざっと見て回る。中の電器屋と玩具屋の前でグレースの足が緩まりがちだったのは、げんちけんメンバーとしては致し方ないだろう。
お姉さん代わりのヴェルダンデとしては、どうせなら婦人服コーナーに興味を示してほしかったようだが……。
グレースの名誉のために一言言っておくと、ギーシュ時代の「彼」はなかなかの洒落者だった。ただ、性別が反転したうえに、ファッションの基準が大きく異なる日本に来たことで戸惑い、方針を決めかねているという面が大きいのだろう。
ちなみに、今の彼女は白の長袖ブラウスに黒いハイウェストのスカート姿。ただし、襟元を始めあちらこちらにフリルとレースの飾りがついた、いわゆるゴスロリ風のいでたちだ。金髪美少女だけあって、実によく似合っている。
ヴェルダンデの方は、白の袖なしワンピースの上に水色のサマーカーデガンを羽織った「清楚なお姉さん」といった格好で、こちらも彼女の魅力をうまく引き出している。
スーパーを出ると、今度は駅前近くの商店街を案内する。
肉屋に魚屋、八百屋に雑貨屋に文房具屋、大衆食堂といった、絵に描いたようなありふれた店ばかりだが、異邦人(実は異世界人)の女の子ふたりの目には、それなりに物珍しく映ったようで、好奇心に目を輝かせていた。
才人の住む町は、都内23区とは言え高層ビルなどとは無縁の住宅街であり、古きよき下町風の人情味が多少は残っている。ゆえに……。
「あれ、久しぶりだね、才人君」
──こんな風に馴染みの店(たとえば古本屋)に入ると声を掛けられることもあるわけだ。
「あ、店長、御無沙汰してます」
この古書店「山昇堂」は、才人にとっても縁の深い場所だ。マンガや文庫本の売買にちょくちょく利用していたのみならず、ルイズに召喚(よ)ばれる前の春休みには、ここで短期のバイトをしてたこともあるのだから。
「しばらく、海外をフラフラしてたって聞いたけど……そちらの女の子達は、その時にできた彼女かな? もしかしてデート中かい?」
眼鏡をかけた人のよさそうな青年店主に、そう問われて、才人は慌てて首を横に振る。
「ち、違うっスよ~。いえ、向こうでの知り合いってのは間違っちゃいないですけど……」
「お初にお目にかかります、ミスター。グレース・門倉と申します。おっしゃる通り、才人くんとは故国で知りあいました」
「ヴェルダンデ・門倉と申します。以後お見知りおきを」
外国人の美人姉妹に流暢な日本語とともに優雅に一礼されて、店主は慌ててカウンター奥の椅子から立ち上がり、腰を折った。
「いやいや、これはどうもご丁寧に。僕はこの店の店長をやってる山内登と言うものです。こちらこそよろしくお願いします」
ペコペコ頭を下げる腰の低い店長を押しとどめて、才人は、海外放浪中(表向きは、そういうことにしてある)にフランスで彼女達の父親に雇われてしばらくアルバイトをしてたのだ……と、昨晩両親にしたのと同じ説明を繰り返した。
「で、俺が色々日本について話したら興味が湧いたらしくて、1年間日本に留学に来たんスよ。ふたりとも今日から俺ん家にホームステイするんで、ただ今近所を案内中」
と締めくくる。
「ほうほう、それはまたおもしろい縁ですね……ウチはしがない古本屋ですが、若い子の興味を引きそうな本や漫画も多いんで、よかったらまた見に来てください」
と人の良さそうな笑みを浮かべる店長に見送られて店を出た3人は、再び商店街探索に戻った。
ひととおりの案内が終わったところで、才人達は缶ジュースを手に通りの外れにある公園のベンチでくつろいでいた。
「お、そうだ。大事なことを聞き忘れてたぜ」
ポンッ! と手をうつ才人。
「ん? 何だい、サイトくん?」
「えっと、本題に入る前に……グレース、ここでBS張れるか?」
「ちょうど人気もないし大丈夫だと思うけど……どうしてだい?」
才人の質問に、けげんそうな顔でグレースは問い返す。
「いや、互いの戦力の確認は必須だろ。そのためにも、できればBSを展開してもらえると助かるんだが……」
「確かに、サイトさんの言われる通りですわ、主殿」
ヴェルダンデも賛成したため、グレースも納得してBSを展開する。
「偉大なる「始まりの女王」、魔女ブリミルよ。今ささやかなる奇跡の顕現を我にもたらしたまえ──ブリミック・スペース!」
グレースが膝まづいて祈りを捧げることで、彼女を中心に虹色の光が広がり、その光に照らされた範囲が、周囲とは微妙に位相がズレた場へと変わっていく。
公園をすっぽり包む込む半径およそ10メートルほどの空間がBSに覆われた。
「うん、これでいいな。まず、言いだしっぺの俺から申告するけど……」
と、才人は自分の持つ使い魔としての能力を説明していく。
と言っても、「犬化」と「馴魔の右手」は、学院時代も既に使えたから、彼女達もよく知っている。そこで、「狗神化」と「抗魔の咆哮」について実際の使用も交えて詳しく解説する。
また、狗神状態での「破魔の光弾」も、小犬時とは威力が段違いなので、グレースに等身大の青銅人形を作ってもらって披露した。
小犬状態では、綺麗に直径20センチほどの風穴が胴体に空く程度(それでも十分凄いが)なのだが、狗神状態で「破魔の光弾」を使うと成人男性を模した金属製の人形の大半が消滅し、僅かな残骸しか残らない。
「ふぅ……こんなところか」
狗神化を解き、少年の姿に戻って額の汗を拭う才人。
「す、凄いよ、サイトくん!」
「ええ、なまじな女性魔法使い……いえ、メイジ見習いクラスでも、一撃でこれほどの破壊力を持つ魔法を使える者は、半分にも満たないでしょう」
グレースとヴぇるだんでは主従揃って目を丸くしている。
「はは、そいつはどーも。ただ、かなりの魔力を消耗するから、連続使用は無理だぜ? それに、一直線に突っ込むという技の性質上、かわされたり、迎撃されたりと隙も大きいしな」
小犬状態の時は、才人も多少軌道をズラすことでそれらに対抗することができるようになったのだが、狗神状態だと身に纏う魔力が大きすぎて、細かい調整がまだ効かないのだ。
「なるほど、つまり相手の動きを一時的にでも止めてから使用するのが好ましいわけだね」
グレースはふむふむと頷く。もともと軍人の家系だけあって、戦術勘は優秀なのだ。
「その意味では、魔法少女としてのボクとの相性は悪くないと思うよ」
と、グレースも自らの持つ戦闘用の魔法について説明していく。
「なるほど。グレース自身はヘルヴォル(軍勢の守り手)で防御を固めつつ、ゲイルスケグル(槍の戦)で相手の動きを牽制、隙あらばヘルフィヨトル(軍勢の戒め)で相手を拘束し、スケッギョルド(斧の時代)でトドメか」
「それが理想のパターンだね。もっとも、短時間に連続してそれだけの魔法を使うと、さすがにボクの魔力がもつか微妙だけど」
「まぁ、トドメに関しては、さっきみたく俺が破魔の光弾で担当することは可能だぜ?」
「主殿の守りについては、わたくしが肩代わりできますしね」
そう考えれば、この3人は極めて優秀なチームかもしれない。
「それにしても、ギーシュ、もといグレースも、「聖」の属性を持ってたとはなぁ」
「あはは、ボクも自分で意外だったよ」
ここで、ハルケギニアの魔法使いたちが使う魔法について、少し解説しておこう。
ハルケギニアにおける魔法使いの99%以上が、「火・水・風・土」の4つ属性のいずれかの魔法を使う。半数程度はどれかひとつの属性のみに特化した「ドット」と呼ばれるタイプだが、3割程度はふたつの属性を使える「ライン」、2割弱程度が3つの属性を使える「トライアングル」で、四属性すべてを使える「スクウェア」は魔法使い全体の1%にも満たない。
さらに、同じ「ドット」であっても、たとえば火と火を重ねてより強力な火属性の魔法を使える者は「火のダブル」と呼ばれる。同属性3つなら「トリプル」だ。4つ重ね掛けできたのは「始まりの女王」ブリミルだけと言われている。
仮に、火・火・火の「ドット・トリプル」なメイジと、水・風・風の「ライン・ダブル」なメイジが戦えば、はたしてどちらが有利なのか……これはなかなか微妙な問題と言えるだろう。
しかしながら、ごくごく稀に「聖」や「魔」、「光」、「闇」などといった四大属性のいずれにも属さない、レアな属性の魔法を使える者も存在するのだ。
レアスキル持ちは珍重される反面、四大属性と異なり効果的な育成方法が伝わっておらず、独学でそのスキルを伸ばすしかないと言うハンデもある。もっとも、逆に本人の努力次第とも言えるが。
ちなみに、魔法少女となったルイズは「光」「聖」「極」というレアスキルのみのトライアングルであり(それ故、四大属性をベースにした学院の魔法実技では失敗続きだった)、「光」「聖」「極」「空」のスクウェアだったブリミルの後継者と目されているのだ。
グレースの場合、男性(ギーシュ)だったころは土のドットだったが、女性になってからの測定で、「聖」属性の素質も認められている。
現に、彼女が戦闘時に錬金で作り出す武具は軽度ではあるがすべて「聖」属性を帯びており、「闇」や「魔」に属する相手に多大なダメージを与えるのだ。
それ故に、彼女のふたつ名は「青銅像」から「聖銅」へと変わっている。
「へぇ、それじゃあ、グレースの作った武具って、結構高値で売れるんじゃないか?」
「ああ、それは無理だよ。聖属性が宿っているのは即時錬金したものに限られるみたいだからね。作り出してから最長10分くらいで元の金属棒に戻っちゃうんだ。
永続錬金で作ったものは、いまだにただの青銅製さ」
「ふふ、そうそううまい話は転がっていないということですわね」
「世の中、そーいうモンだよな……おっ?」
才人が嘆息するのとほぼ同時に、空間がゆらいでBSが解けた。
BSは20分から30分程度で自動的に解除されてしまうのだ。
「そういや、もう30分経ったのか。ま、お互いの戦闘方法については、それなりに理解できたし、ちょうどいい頃合いだな。そろそろウチに戻ろうぜ」
才人の言葉に女性陣も同意してベンチから立ち上がり、「我が家」へ「帰る」のだった。
そして翌日の日曜は、ふたりの娘さんも含めた平賀家総出で新宿の百貨店にお買い物に出かけることとなった。
「母さん、実は娘も欲しかったのよね~」とお約束な台詞をのたまう平賀冴子夫人に、グレースのみならず、あのヴェルダンデまでが次々に着せ替え人形にされていく。
しかも、平賀家の大黒柱たる平賀才蔵氏までも、親馬鹿(娘バカ?)丸出しのニヤケ顔でそれを暖かく見守っている。
どうやらふたりの中では、「ふたりのどちらかが未来の才人の嫁=義理の娘」という公式が早くも成立しているらしい。
(さ、サイトくん、そろそろ助けてくれないかい?)
すがるようなグレースの眼差しからついと目を逸らす才人。
その態度は雄弁に「俺じゃ無理っス」と語っていた。
嗚呼、死して屍拾う者なし。
ちなみに、ヴェルダンデは主を積極的に平賀夫人へのイケニエに差し出すことで、自分への「被害」は最小限に食い止めていた……使い魔として、それでいいのだろうか?
薄情な「親友」に腹を立てたグレースは、彼を女性用下着売り場にまで無理矢理同行させたうえで、試着室のそばに立たせるという羞恥プレイを敢行し、見事報復を果たした。
もっとも、未だ精神的には少年の心を色濃く残す「彼女」自身も、少なからず恥ずかしさに身をよじることとなったのは、まぁ、お約束というヤツだろう。
夫人に買ってもらったグレース&ヴェルダンデの衣服が入った袋の山の大半を、才人が抱えてよたよた歩くハメになったのも、これまたセオリー通り。
そして……。
「フランスより参りました日系3世のグレース・門倉です。本日より、こちらのクラスでお世話になることになりました。
なにぶん不慣れなことが多いため、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」
──翌日の月曜日、こうやって才人のクラス2-Bにグレースが転入してくることも、ある意味、お約束なのだろう。
-つづく-
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以上。本人はあまり意識してないけど、才人、両手に花状態? マリコルヌあたりが知ったらしっとマスク化しそうです。いや、ルイズに知られるほうがヤバイかも。
ちなみに、才人の家は、三軒茶屋付近を想定……って、東京以外の人にはわかりませんね。
<キャラクター解説2・グレース>
●本名:グレース・ド・グラモン(日本では、「グレース・門倉」と名乗る)
・年齢:15歳(外見年齢17歳)
・ふたつ名:聖銅のグレース
・立場:高校2年生/魔法少女見習い
・能力:属性「土・聖」の魔法使いであり、とくに錬金に長けている。ポケットに隠し持った青銅製の棒(直径1センチ/長さ5センチほど)を素材に、以下のような武具を作って敵と戦う。
(1)スケッギョルド……多数の回転する斧を作り出して飛ばし、敵を切り刻む
(2)ゲイルスケグル……鋭い槍で、敵の頭上、あるいは足元から串刺しにする
(3)ヘルヴォル……簡易的な防護柵を作る。物理、魔法両方に効果あり
(4)ヘルフィヨトル……金属製の投網を投げて、敵を絡め捕る
(5)ランドグリーズ……小型の破城槌をもって、敵の防御を打ち砕く
(6)アルヴィト……被ることで幻覚や精神系の魔法を無効化する帽子を作る。
(7)レギンレイヴ……自分とよく似た姿のゴーレムを作り、戦わせる。
※物語開始時点でグレースが使えるのは(4)まで。(5)以降については随時習得していく。
<サブキャラ解説2・コルベール>
男性には珍しい火属性の魔法使い。かつては軍にいたらしいが、とある理由から現在は退役し、学院の教師として教鞭をとっている。
魔法とは直接関係ない、さまざまな発明品を作るのが趣味でありライフワーク。
「親切でいい先生なんだけど、発明はちょっと……」と言うのが大方の生徒の評価。
魔力は平均的な女性魔法使いの2割程度(それでも男性としては非常に高い)だが、老練な歴戦の古兵であるため、いざ戦いになれば新米メイジに勝つことも可能。