とりあえず今日はもう遅いので、グレースたちはこのまま平賀家に泊まり、明日一時滞在しているホテルに荷物を取りに行くという形に、話が決まる。
4LDKの平賀家では、2階の3部屋のうち、才人の部屋と平賀夫妻の寝室のほかに、半ば物置兼書庫のようになっている部屋があり、グレース達にはそちらを整理して使ってもらう予定だが、今晩のところはとりあえず1階の客間に泊ってもらうことになった。
「ごめんよ、サイトくん。なんだかご家族にまでご迷惑かけることになって……」
まだ申し訳なさげなグレースの言葉に、ふたりを客間に案内していた才人は笑って手を振る。
「いやいや気にすんなって。それに、「例の件」のためにも俺達が同居してる方が都合がいいだろ?」
無論、「例の件」とは魔法少女(見習い)としての実習活動のことだ。大抵は人々が寝静まった深夜に動くことが多いため、確かに使い魔とは同居していることが望ましい。
「それは、そうなんだけどね……」
まだ納得がいかない風なグレースだったが、ヴェルダンデの耳打ちを受けて、急に顔を真っ赤にしてコソコソと客間へと消えて行った。
「? 何を言ったんです、ヴェルダンデさん?」
才人の問いに曖昧に微笑むヴェルダンデ。
「いえ、たいしたことは……(サイトさんと「同棲」するのがお厭ですか、って聞いただけなんですけどねー)」
どうやら、ウブな主をからかい倒す気満々らしい。
「??? まぁ、いいですけどね。ヴェルダンデさんがアイツのことを心底大切に思ってることは、俺も知ってますし」
「(う……) は、はい、もちろんですとも」
ストレートな信頼を寄せる才人の言葉に、さすがに多少罪悪感を煽られたらしい。
「じゃあ、俺、隣の部屋から布団取ってきますよ」
「あら、それには及びませんわ。わたくしが……」
「まぁ、ヴェルダンデが力持ちなのは重々承知してますけど、今日のところはお客さんってことで、俺に任せてください」
もちろん、これは才人なりの女性に対する不器用な優しさだ。たぶん、この家に下宿するようになっても、彼は何のかんのと理屈をつけて力仕事を自分にさせようとはしないだろう。
(わたくしは、ただの使い魔なんですけどね。この姿は仮初のものですし)
そういうことに頓着しないのが才人の美点でもあり弱点でもある……と、以前から彼女は感じていた。
無論、使い魔として知性と知識を得て以来、(完全とは言えないが)ある程度”人”としてのメンタテリティーも備わっているため、女の子扱いされるのが嬉しくないわけではない。
ただ、戦いの中でいつかそれが命取りになるのでは……と懸念しかけて、ヴェルダンデは首を振った。
こう見えても才人は、ルイズとともに1年間この地球で魔法少女のお供として戦ってきた”先輩”なのだ。危機に瀕する場面も皆無ではなかったろうし、それでも彼がその態度を変えないのなら、それは彼なりの「信念」と言うべきなのだろう。
口元に自分でも気づかぬくらい薄く笑みをたたえたまま、才人に「では、またあとで」と告げて、ヴェルダンデはグレースのあとを追って客間へと入っていった。
「? なんだろ。ヴェルダンデさん、なんだか嬉しそうだったけど……グレースもなぜか顔赤かったし」
一年間のルイズとの同居生活のおかげか、女の子の表情を読むことに関してだけは長足の進歩を遂げた才人だったが、相変わらず女性心理の機微を把握することについてはヘッポコなままらしい。
明日から一緒に暮らすことになった女性陣の様子に首をかしげながら、才人は自分の部屋に戻った。
* * *
才人が無意識に新たなフラグを立てたり強化したりしていた、ちょうどその頃。
「──なんだか、お兄ちゃんが浮気してるような気がするわ……」
次元を隔てた遠く彼方の魔法の世界ハルケギニアで、ひとりの少女がベッドからムクリと起き上って呟いていたりする。
言わずとしれた、元・ご主人様のルイズである。
実は、このルイズ、才人との使い魔契約を「いったん」解除したとは言え、彼のことを全然あきらめてはいなかったりする。
魔法少女実習の終了時は、才人の望郷の念や、彼がまだ高校2年生であるという事情を考慮して、あくまで「一時的に」才人を日本の元の暮らしに戻したが、内心は2年後の春、才人が高校卒業する頃に彼を改めて迎えに来る気満々だ。
また、現在は「妹」としか見られていないが、2年も経てば、ちぃ姉さま……まではいかなくとも、それなりに女らしく成長して「お兄ちゃん」に異性として意識させられるだろうという計算もあった。
だが。
今日の夕方ごろから胸騒ぎがしており、さらに今ルイズの心の奥でひっきりなしに警鐘が鳴り続けているのだ。彼女の脳裏には、格闘ゲームよろしく「Here come a new Challenger!」と言う文字が表示されている。
「冗談じゃないわ! せっかく誘惑てんこ盛りのハルケギニアから隔離して、ライバル達を遠ざけてほとぼりを冷ますつもりだったのに、まさかアッチの世界で伏兵が出現するなんて!!」
げに恐ろしきは恋する乙女の勘。
自らの恋の障害となるであろう人物の出現を早くも察知したらしい。
スタッとベッドから降り立つと、手早く着替えてからベッドのそばの敷物で丸くなっている子犬(犬化した才人とは逆に真っ黒だ)に声をかける。
「ゲンナイ、姫様に会いに行くから起きて」
「……ん~、どうしたんやルイズ姉ちゃん、こんな遅ぅから」
目をしばたたかせながら、それでもモゾモゾ起きだしたのは、ルイズの現在の使い魔ゲンナイ(命名者は才人)。才人とは反対に、犬が本体で人間の姿(11、2歳の少年)にも化けられるタイプだ。
ゲンナイの言う通り、すでに日が暮れており、王宮での謁見の時間は完全に過ぎている。
「非常事態よ。いいから来なさい!」
普通なら、いかに優秀な魔法少女と言えど王宮の規則を破ることはできないが、ルイズの場合、加えて「公爵家の娘」で「王女の幼馴染にして親友」、かつ「伝説の再来」と言う3つの要素がある。
多少無理すれば横車を押しとおすことも十分可能で、王宮に着いてまもなくアンリエッタ王女の私室へと通された。
幸い、アンリエッタは突然の親友の来訪に驚きはしたものの、柔らかな笑みとともに快く迎えてくれた。
「姫様、私を地球に派遣してください!」
しかし、挨拶もそこそこにルイズがそんな言葉を発すると、さすがに戸惑ったようだ。
「る、ルイズ、少し落ち着いてちょうだい。ね?」
何気に親友がテンパっているのを見てとったアンリエッタは、お茶を飲みながら詳しい話を聞いてみたが、何のことはない。
想い人に「悪い虫がついてるような予感がした」という他愛ない理由だ。
「ルイズ……さすがにそれだけでは地球への赴任は認められないわよ」
ここで少し説明しておくと、正式にメイジとして認められた者は、制度上、各国の王宮に所属している。
魔法少女と表現するとファンシーなイメージだが、これまで何度も言及してきたてとおり、その任務は決して楽なものではない。
もっとも一般的な仕事は、犯罪性の高い事件の捜査および犯人の捕縛と起訴。辺境に派遣されている場合、簡単な裁判&懲罰権すら認められる。警官と検察官に保安官を足したような権限を有しているのだ。
また、時には災害救助活動にも従事し、有事には王家の親衛隊としての役目も果たす(その意味では自衛隊に近いか?)し、国外に特使として派遣されることもある。
これらの各種業務については、王宮の宰相レベルから任命されるのが通例だが、ルイズの場合、その「始まりの魔女の力を受け継ぐ者」というステータスから平時は基本的にフリー(悪く言うとお飾り)で、形式上は王都の巡回と王宮の警護を担当していることになっていた。
確かに、地球との関係上、実習生以外にも、ハルケギニアから地球に赴いて活動を行っている魔法使いは少なからずいるが、そこにルイズを割り込ませるだけの正当な理由がなかった──いや、ないはずだったのだが……。
(! そうだわ!!)
「実は、いま少々政治的にも微妙で厄介な問題を抱えてるの。その厄介事を引き受けてくれるなら、貴女を地球に派遣しましょう」
形式上、ルイズは王女直属メイジということになっているため、相応の理由さえあれば、融通を利かせることは可能なのだ。
もちろんルイズはふたつ返事で引き受けた。
本来聡明であり、こういう裏がありそうな依頼に関しては、慎重に対処するのが常なのだが……どうやら「恋は盲目」を地で行ってるようだ。
後に、ルイズはこの時の即断を後悔するハメになるのだが……。
ともあれ、「伝説の再来」、「爆裂魔法少女」、「エネミーゼロのメイジ」、「破壊魔ルイズ」など数々の(物騒な)異名を持つ少女が、遠からずふたたび地球の土を踏むことは、ほぼ確定したようだ。
-つづく-
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本作における人化可能な使い魔たちの精神構造は、本来の獣としての本能・習慣は色濃く受け継いでいるものの、人としてもそれなりに自然に振る舞い、また思考できます。(某魔砲少女の使い魔とかに近いかも)
また、ハルケギニア、とくにトリステインに於けるメイジは、某ネギ●の「立派な魔法使い」的な働きを期待されます。
ちなみに、以下はオマケ。「キャラクター解説」は本作の時間軸でメインにからんでくる人々、「サブキャラ解説」はハルケギニアなど過去に関わりがあった人を中心に紹介する予定です。
<キャラクター解説1・才人(物語開始時点)>
●本名:平賀才人
・年齢:19歳
・ふたつ名:狗神のサイト/神の右手(ヴィンダールヴ)
・立場:高校2年生/ルイズの使い魔→グレースの使い魔
・能力
(1)犬化
……小犬の姿に変身可能。見かけに反して戦闘力は意外に高い(新米兵士複数を翻弄できる程度)。魔力の消費効率がよく、長時間維持できる。
(2)狗神化
……大型犬の姿に変身可能。戦闘能力は大幅に上がり、原作で言うラインメイジとも肉弾戦のみでわたりあえるほど。ただし魔力の消耗が激しく、長時間は難しい。
(3)馴魔の右手
……右手で触れた相手を味方につける。いわゆる「魅了」に近い能力で、ゲーム風に言うと友好度を100にする感じ(また、相手が異性であれば恋愛度も50くらい上がる)。ただし、人(亜人や妖精を含む)には効果なし。他人の使い魔に対しても効果は半減する。また、副作用として対象のストレス・疲労を軽減する。ヴィンダールヴとしての基本能力であり、犬化しなくとも使用可能。
(4)抗魔の咆哮
……遠吠えによって、一時的(数秒間)に周囲の魔力の制御を乱す(ただし、主は影響を受けない)。対魔法使い戦の切り札。犬化ないし狗神化している時のみ使用可能。
(5)破魔の光弾
……主の魔力の援護を受け、魔力光をまとって敵に突進、撃破する。いわば「サ●スピ」のラッシュドッグ。犬化ないし狗神化している時のみ使用可能で、小犬状態でも偽フーケのゴーレムに一撃で風穴をあけるほどの威力。反面、格ゲーのような「無敵時間」は当然ないため、攻撃されるとダメージは普通にくらってしまう。
<サブキャラ解説1・オールド・オスマン>
言わずとしれた王立トリステイン魔法少女学院の院長にして、伝説級の魔法使い。
性別は女性で、もちろん若かりしころはメイジ(魔法少女)として大活躍していた。
本来、メイジは20歳前後を境に急速に魔力が衰え、子供を産むころには平均的な男性魔術師並の力しか持たないが、オスマンは今だに全盛期の半分近い力を保持しているバケモノ(ちなみにカリーヌは3割程度で、それでも十分驚異的)。
200歳とも300歳とも言われる現在の姿は、パッと見は10歳前後の幼女にしか見えないが、口を開けば老人口調と下ネタが飛び出す「セクハラロリババァ」。彼女の正体を知らない人間のことを、無邪気な女の子を装ってからかうのが趣味。