「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「お、お邪魔、します」
落ち着ける場所と言っても、話の内容はハルケギニアがらみであることは間違いなく、たとえばマックの片隅などで話すわけにもいくまい。
仕方なく、才人はふたりを自宅へと連れてくることにしたのだが……。
「あら、可愛らしいお嬢さん達ね。才人のガールフレンドかしら?」
さりげなく自室に連れ込む前に母親に見つかってしまったのは、才人一生の不覚だった。
才人母の好奇心に満ちた追及にシドロモドロになるギーシュ(?)。
ちなみに、年の功かヴェルダンデの方は、上手くかわしている。
苦労の末、ようやく母を引っぺがした才人は、自分の部屋にふたりを連れて行き、現状に至る成行きを聞くことができた。
* * *
一言で言うなら、事の起こりは「事故」だったらしい。
学院卒業を間近に控えたギーシュたち3年生男子4人が、久々に近くの森へピクニックに出かけた際、偶然空を通りがかったワイバーンに運悪く目をつけられてしまったのだ。
既述のとおりハルケギニアにおける魔法使いは、女性に比べて男性は戦闘力が格段に低い。
無論、男性でありながら、剣術を極めることで魔法騎士隊の副隊長にまでのし上がったワルドのような強者も稀にいるにはいるが、それこそ例外中の例外だ。
その点、この4人──ギーシュ、マリコルヌ、ギムリ、レイナールは、本当にごく普通の男性魔法使いだった。
いや、ワイバーンが相手では、メイジレベルに達していない女性魔法使いでも、追い払うことは難しかったたろう。
それでも、彼らは頑張ったのだ。
幸いここはそれほど魔法少女学院から離れているわけではない。誰か学院の実力者が気づいて来てくれれば、助かる見込みは十分あるはずだ。
2年前、彼らが1年生のころなら、きっと簡単にあきらめてしまっただろう。2年分の成長、そしてなにより才人たちと過ごした激動の1年間が、彼らにいい意味での「あきらめの悪さ」と「しぶとさ」を与えていた。
ギーシュが青銅の武器をワイバーンの頭上に「錬金」して落とし、マリコルヌが胡椒を巻き上げたつむじ風で目潰しを試み、ギムリが熱した石をレビテーションで浮かせて投げつける。唯一帯剣していたレイナールは、3人の護衛を兼ねた牽制役だ。
もちろん、使い魔たちも主を守ろうと必死だった。しかし、相手は空を飛ぶワイバーン。ヴェルダンデの丈夫な爪も、ヘラジカのルーガ(ギムリの使い魔)の大きな角も届かない。
マリコルヌのクヴァーシルはフクロウで戦闘向きではないし、レイナールのミランダ(紫極楽鳥)も同じ。それでも、かく乱のために懸命に飛び回ってはみたのだが、さしたる効果はなかった。
ヴェルダンデが退避壕でも掘れればよかったのだが、あいにくと泉の近くは岩場となっており、時間をかければともかく簡単には穴をあけられそうになかった。
全員の魔力も気力も尽きかけ、もはやこれまでか……と思った時、マリコルヌが先日下町で手に入れたあるポーションのことを思い出したのだ。
なんでも、これを一滴飲めば一時的に潜在能力が覚醒するが、死ぬほどマズいうえ、寿命が僅かに縮んでしまうとのこと。
そう聞いて、さすがに一瞬躊躇する少年たちだったが、ギーシュは悲壮な顔をして薬瓶をとりあげた。
「たぶん、いまのところ、僕の武器錬金による攻撃が、アイツにいちばん利いてると思う。だから、僕が覚醒するのが一番効果的なはずだ」
グラモン家を盛りたてるため、そして異世界へと帰った親友といつの日にか再会するという誓いのためにも、こんなところで自分は死ぬわけにはいかない。
そう覚悟したギーシュは、間違いなく”漢”と言えるだろう。
ただ、やはりテンパっていたのだろう。一滴でよいところを彼はググーーッとひと瓶丸ごと飲み干してしまったのだ!
途端に、それまでとは桁違いの膨大な魔力が彼の体からあふれ出す。
熱に浮かされたような目になった(実際、ひどく発熱していた)ギーシュは、先ほどまでの短剣や包丁、彫金用ハンマーなどではなく、身の丈を超える長さの槍や、肉厚のマサカリ、巨大な分銅などを次々に錬金。
さらに、それらを一斉にレビテーションで浮き上がらせ、人の投げるよりも速いスピードでワイバーンに投げつけ始めた。
先ほどまでとは段違いの危険な攻撃にワイバーンは怯み、ついにはもっと食べやすい獲物を求めて、彼らの前から去って行った。
「た……助かった、のか?」
ホッと一息ついた少年たちをしり目に、ドサリと崩れ落ちるギーシュ。
おっとり刀で駆けつけて来たコルベールとロングビルは、彼が危険な状態と判断し、すぐさま学院の医務室へと運んだ。
半日後、入念な検査の末に診断結果が下されたのだが……。
それは、「ギーシュに魔法少女の資質あり」という予想外のものだった。
精密検査の結果判明したのたが、本来、ギーシュは女性としてこの世に生を受けるはずだったのだが、男系の強いグラモン家の血の影響か、なぜか外見的に男として生まれてしまう。
それ故、本来の女性である時のような強い力は発現しなかったが、多少魔力自体が残ったため、珍しい男性の魔法使いになれたらしい。
現在、例の薬によって、本来ギーシュが女であれば発現したはずの膨大な魔力が彼の体内で荒れ狂っているのだと言う。
当然、体──とくに今の男性の体にとっては悪影響をもたらし、このままでは衰弱して最悪死ぬことも考えられる。
解決する方法はふたつ。
ひとつは、コルベールが教え子のモンモランシーと協力して開発した「消魔薬」を服用すること。その名のとおり、服用者の体内から魔力を消し去るこの薬を何回か飲むことで、ギーシュの体内から魔力が消え、命は助かる。
ただし、おそらくはギーシュは魔法使いとしての力まで失くしてしまうだろう。運よく魔力が残ったとしても、以前の1割あるかないかだろうとのこと。
もうひとつは、学院の宝物庫にしまわれた秘薬「ケタン・テンハーツ・ベーゼ」を使うこと。男性を女性に、女性を男性に変えるその秘薬の使用を学院長は、特別に許可してくれると言う。これを飲めば、体内の魔力を制御することが、ギーシュにも可能となるだろう。
もちろん、ギーシュは悩んだ。
いくら、本来は女性として生まれるはずだったと言われても、今まで15年間、男と信じ、暮らして来た日々を消せるわけも、消したくもない。
しかし、同様に「魔法使いとしての自分」も様々な面で大切なものだ。
とくにグラモン家は、久方ぶりに一族に出た「魔法使い」に期待している。
先ほどもチラと述べたとおり、グラモン家は男系な家系であり、生まれる子はほとんどが男性だ。ゆえに、魔法使いはめったに出ないし、女性の魔法使いがいた記録などは、少なくとも300年以上遡らなければならない。
そのうえで、自分が魔法使いどころか「魔法少女(メイジ)」に届く素質があると知れたら、両親や兄たちはどう思うだろう?
否が応でも期待するだろう。無論、最終的な判断は自分に任せてくれるとは思うが、それでも無意識に期待してしまうに違いない。
そういえば、他家から嫁いできた母も「あと僅かの差で正規の魔法少女になれなかった」と悔しい想いをしたと聞いている。
女友達のルイズを例にとるまでもなく、メイジになれなかった母や姉が、自分の娘や妹にかける期待の大きさは、想像がつくつもりだ。
半刻あまりの苦悩の末、ついにギーシュは決断を下した。
「オスマン学院長、お願いします」
* * *
「──で、結局、女になることを選んだんだな?」
「うん、色々考え併せると、それが最良の選択だと思ったしね」
とは言え、女性化してからもひと波乱あったんだよ、と笑うギーシュ。
家族に関しては、ギーシュが女になることを驚くほどアッサリ受け入れた。むしろ、父母には「実は娘もひとりくらい欲しかった」と喜ばれ、兄達も「こんな可愛い妹ができてむしろ鼻が高い」と大乗り気。
学院もできる限りの助力を約束してはくれたのだが、その際問題になったのは、「彼女の生徒としての扱いをどうするか」という点だ。
男性魔法使いとしてのギーシュは、中の上程度の成績で卒業が決まっていたが、「魔法少女」を目指すなら、そのまま卒業させるわけにはいかない。
しかし、ここでさらに2年生から再度在籍させるのは無駄も多いし、時間がもったいない。
そこで、前代未聞だが「ブッつけ本番で地球で実習」という処置がとられるコトになったらしい。
「ヲイヲイ、それってかなり無茶じゃねーか?」
「そうだね。とは言え、一応1ヵ月近くかけて最低限の「魔法少女見習い」としての常識は叩き込まれたし、ヴェルダンデは魔法少女のお供としてもかなり強力な部類に入るからね」
確かに、ジャイアントモール形態時のヴェルダンデは地上での白兵戦に限れば、非常に心強い味方だ。
土の精霊の加護を受けているため、体表は極めて頑丈。また、その強靭な前肢と鋭い爪は、普通の野犬くらいなら一撃で絶命させる。その上、土が露出した地面なら、地中からの奇襲という手も使えるのだ。
逆に人間形態の時は、その豊富な知識と落ち着いた思慮深い性格が助言者として頼りになる。
「とは言え……ボクもうっかりしてたんだけど、地球の都会は、たいていアスファルトかコンクリートに地表を覆われているんだよね」
先ほども、無理やりアスファルトの道路を掘りぬいたところで疲労困憊し、なんとか人間形態になって地上に逃れたという経緯らしい。
「地球では、精霊の加護も弱まりますし……主殿、あまりお役に立てなくて申し訳ありません」
すまなさそうにヴェルダンデは頭を下げた。
「ううん、これはボクのミスだよ。それに、キミには戦い以外でも本当にいろいろな面でお世話になってるしね」
使い魔思いな主は、あわてて首を振る。
微笑ましい主従関係というべきだろう。だが……。
「でも、そうかぁ。うーん、ちょっと心配だなぁ」
お人好しな才人は、腕組みして、首をひねっている。
自分も1年間、ルイズのお供をしていただけあって、「魔法少女見習い」という立場が、華やかな外見に比して実はかなり危険なものであることを熟知しているのだ。
「そのコトなんですけど……」
チラと才人の方に意味深な視線を向けるヴェルダンデ。
「じつは、学院長先生が、主殿のために、わざわざこの地を担当地区として斡旋してくださったんです。いざとなったら、強力な助っ人がいるからとのことで……」
「こ、こら、ヴェルダンデ……」
「ん? もしかして、それって俺のコトか?」
鈍い才人でも、ふたりの様子から、さすがにその意味に気がつく。
「な、何言ってるんだよ、ヴェルダンデ。サイトくんは、せっかく故郷に帰って平和な暮らしを営んでいるんだから…「いいぜ」…え?」
途中で才人に遮られて驚くギーシュ。
「ギーシュは(親友として)かけがえのない存在だからな。及ばずながら、俺が守ってやるよ」
「(か、かけがえのない存在だなんて……ポッ)サイト、くん……本当にいいのかい?」
才人の言葉に、ちょっと目を潤ませる。元々感激屋なタチだったのに加えて、女性になったことでさらに感受性豊かに、涙もろくなったようだ。
「あ、ああ、任せろよ。それに、ほら、可愛い娘が困ってたら、手を貸すのが男の義務ってヤツだろ?」
「か、可愛いって……そんな」
綺麗な瞳をウルウルさせたギーシュに見つめられて、ちょっと照れた才人が柄にもなくキザな台詞を吐いてしまったのだが、それがまた、部屋に微妙な沈黙をもたらしてしまう。
「……」
「……」
(よしよし、これでサイトさんの協力は確保できましたし、主殿にサイトさんを意識してもらうことも、その逆も上手くいってるようですね)
その一方で、内心何気に黒いヴェルダンデさん。いや、私利私欲ではなく、すべては主のためなのだろうが……。
「そ、そうだ! たださ、俺があの姿に変身できる時間って、結構限られてるんだよ。なにせ、今の俺はただの高校生で、主との契約を結んでないからな」
居心地の悪いようなさほど悪くないような不思議な空気を破って、才人が自分の現状を説明する。
「(キタ!)ああ、それでしたら、サイトさん。いつでも魔力を補給できる状態になればよろしいんじゃ、ないでしょうか?」
パンと手を打ち合わせて、ニコニコと何げないフリを装って、ヴェルダンデは告げる。
「魔力を補給?」
聞き返す才人。ギーシュも首をかしげている。
「ええ、おふたりともご存じなはずですよ。使い魔の契約です」
「「!」」
確かに、主と使い魔のあいだには、その不思議な繋がりによる共感や魔力のやりとりが存在する。しかし、それを可能とするためには……。
「お、俺とギーシュが、その……コントラクト、するのか?」
使い魔になるということ自体には、現在の才人にさほど抵抗はない。
「主」と「お供」とは言え、実質的には相棒、パートナーに近い関係であることは、すでに身をもって知ってるからだ。
しかし……その方法が問題だった。
才人はチラと横に目をやると、バッチリ、”彼女”と目が合ってしまう。
真っ赤になって俯く”彼女”。
(か、かわえぇ~……ハッ! 何馬鹿なこと言ってるんだ。ギーシュは大事な友達なんだぞ! それに、元は男なんだし……)
「あ、あの……ボクの今の名前は、「グレース」っていうんだ。なんでも、母上が、もし女の子が生まれたらつけるつもりだった名前だそうで……」
おずおずとギーシュ改めグレースが口を挟む。
そう、「元は」男。言い換えれば、今はれっきとした女の子ということだ。
つい、グレースの胸の膨らみあたり(何気にシエスタやアンリエッタに近いレベルであった)をチラ見してしまい、何とも言い難い罪悪感に囚われる才人。
正直、今のグレースの容姿は、相当なレベルの美少女だと言ってよい。
肩を覆うくらいの長さで、緩やかなウェーブのかかったセミロングの金髪。
以前から、男には見えないほど整った目鼻立ちをしていたが、女になったことで、ペールブルーの瞳はより優しく、薄紅色の唇は少し小さくなり、さらに可憐さを増している。
スタイルについては、前述のとおり才人が身近に知るナイスバディ娘の二大巨頭に迫る勢い。
(胸の大きさだけなら半妖精娘のひとり勝ちだが、彼女とはあまり親しいとは言えないので除外)
ちなみに、実年齢は15歳なのだが、例の薬で寿命が2年ばかり減った分、急速成長して今の彼女は17歳に相当するのだ。
性格については言わずもがな。1年間、ひとつ屋根の下で暮らしてきたのだ。いいところも悪いところも、十分に心得ている。そのうえで、互いに親友と呼ぶに足る堅い絆を育んできたのだ。
(──あれ? もしかして、グレースって、何気に俺の好みにピッタリマッチング?)
……危険な方向に思考が突っ走りそうだったので、頭を振り、あえて戦いのことに目を向ける才人。
「そうだな。ギーシュ、いやグレースに異論がないなら、俺はコントラクトしてもいいぜ。大事な友達を護る手立てがあるのに、それをやらないなんて俺としては我慢できねーし」
「う、うん……(友達、かぁ)」
嬉しいような落胆したような複雑な表情を浮かべる主の耳に、こっそりと悪魔の囁きを漏らす使い魔。
(主殿、今は友達でもいいじゃないですか。「まずはお友達から」という言葉もあることですし、焦らなくても1年間ありますよ)
(な、何を言ってるんだい、ヴェルダンデ?)
「コホン! それ、じゃあ……お願いしようかな。本当にいいんだね?」
「おぅ! パパーッとヤってくんねぃ!」
ワザとおどけて江戸っ子みたいな口ぶりでそう言うと、才人は腕組みしながら目を閉じた。
「じゃあ……」
グレースは口中で呪文を紡ぐと、才人の唇にチュッと口づけた。
「グッ……」
ルーンが刻まれる痛みに耐える才人。以前ルイズの前では七転八倒したというのに、気になる娘の前で痩せ我慢できるようになったとは、彼も成長したものだ。
「お? 今度のルーンは左手に刻まれたみたいだな」
「うーん、以前のものとちょっと似てるね。また、始祖ブリミルに連なるものなのかな?」
「ははっ、まさか。さすがにそんな偶然は何度もないだろ?」
そう言って笑う才人を眩しそうに見るグレース。だが、傍らのヴェルダンデがニコニコしているのに気がつくと、コホンッ!と咳払する。
「じゃ、じゃあ、これから大変だけど、よろしくね、サイトくん」
「ああ、こちらこそ、よろしくな、グレース!」
──と、そこで終わっておけば綺麗に話が収まったのだが、お茶を持ってきた才人の母親が、間の悪い?ことにふたりがキスしているシーンを目撃してしまったのだ。
すっかりグレースを才人の恋人だと勘違いした母親は、好奇心全開でグレースとヴェルダンデに色々問い詰め始める。
どうやら先ほどの玄関での問答は、序の口、軽いジャブ程度だったらしい。
とりあえず才人は、彼女達は自分がフランスにいたころ働いてた先の娘さんで、自分の話から日本に興味を持って留学しに来たのだ、と告げた。
ちなみに、才人の2年間の失踪は、「海外の人身売買組織に誘拐されたものの、その先で逃げ出し、ヨーロッパ方面を転々として旅費を稼いで、密航して日本に帰って来た」……ということにしてある。
そのせいか、「フランスでは、彼女達にすごく世話になったんだ」という才人の言葉に、彼の母は大変感激した様子だ。
そして、彼女たちがまだ落ち着く下宿先が決まってないと知ると、無類のお人よしっぷりを発揮して「ウチに住みなさいよ」と熱心に薦めてきた。
グレースは遠慮したのだが、(グレースの姉ということにしてある)ヴェルダンデが妙に乗り気なのと、才人もそれを控えめながら支持したことで、結局彼女達は平賀家の世話になることになったのだった。
-つづく-
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本作におけるヴェルダンデさんは、必ず「さん」づけで呼ばれるような腹黒……もとい、深謀遠慮にして神算鬼謀なお方です。
ハルケギニア時代から才人くんのことを気に入っており、この機会に彼を主殿と「ふたりで分け分け」するのが彼女の秘かな野望だったり。