1983年5月
この日、御剣家はあるニュースによって、大騒ぎとなった。
なんと、母に妊娠が発覚、既に妊娠三ヶ月目に入っている事がわかったのだ。
私が生まれてから早5年がたち、一向に次の子供が出来ないことから、新しい子供を半ば諦めていたため、
今回の出来事で皆が大騒ぎしているのだった。
私はこのニュースを聞いた時、純粋に弟か妹が出来ることを喜び、新しい子供を待ち望んでいたはずの母が、三ヶ月目になってようやく
妊娠が発覚したという事を全然気にも留めていなかったのだ。
私はその後、少しでも母の負担を軽減しようと無現鬼道流の鍛錬と小学生生活の合間に、出来る限り会社の手伝いをすることにしたのだった。
始めは、会社の規模が大きくなり私の事を噂でしか知らない人も増えたため、私が会社の経営に参加する事を良く思わない人もいた。
しかし、私が生まれた時から会社にいる人たちのサポートを受け、実際に利益を出していくと会社経営の一部を任されるようになる。
私は将来を見据えて、自分に与えられた権限の中で事業を拡大し、自動車・造船・重工業 等の兵器産業につながる業種を取り込む準備を始める。
手始めに主要重工業メーカーにあまり影響の出ない、下請け業者や小規模の企業を中心に買収を開始した。
これは、戦術機開発計画に変な影響が出るのを避けると同時に、将来御剣グループ単体で戦術機を開発するための基礎を作るためである。
私は徐々に拡大していく買収に満足し、余剰資金を基礎技術の研究開発費に投じていくのだった。
そして、運命の12月16日。
母が女児を出産し、母子共に健康であるという報告が私の耳に入ってきた。
私は何故か、病院に入ることを許されず、その報告を会社の執務室で聞くことになる。
しかし、この時の私は妹の誕生よりも、『煌武院 宗家に女児誕生! 名前は煌武院 悠陽』という衝撃的なニュースに意識を奪われていたのだった。
12月20日、母が退院し妹を連れて御剣家に戻ってきた。
愛すべき、新しい私の妹の名は『御剣 冥夜』。
原作における、ヒロインの一人である。
原作では古より煌武院家に伝わる、『双子は世を分ける忌児』という言い伝えにより、引き離され御剣家に養子に出される事になる人物である。
つまり、御剣 冥夜と煌武院 悠陽は実の姉妹として世間に知られるはずだったのだ・・・。
私の想定では、冥夜が御剣家に養子に来るのは、もっと後だと考えていた。
ではなぜ、初めから御剣家の子供として、誕生したという状況になったのだろうか?
ここからは私の推測でしかないが、妊娠検査の段階で双子であることが発覚した煌武院家は、様々な議論の末原作通りに他家へ
養子に出すことしたのだろう。
しかし、実際に子供が生まれたという事実があると、単純に養子に出しても後々後継者問題が発生する恐れがある。
そこで、
煌武院家との親交が篤い家
後継者問題に介入する恐れが無い家
子供が出来てもおかしくない年齢の夫婦いる家
煌武院家と何らかの血縁関係があり、顔が似ていることをごまかせる家
等の条件から御剣家が選ばれ、偽りの妊娠を行い、偶然にも同じ日に生まれた他家の子供とすることで、存在自体を無かったことにしようとした…。
といったところでは、無いだろうか。
華々しく誕生を祝われる姉 悠陽と、世間に知られること無くひっそりと祝われる妹 冥夜。
なんとも、対照的な二人である。
私は、冥夜に対し軽い同情の念を感じながらも、将来この二人に対しどのように対処するべきかを考えていた。
なぜなら、将来この二人は世界の運命に影響を与えることになるかも知れない、重要な人物になるからだ。
原作では、御剣 冥夜に兄がいたという記述はどこにも無い。
だからといって、まったく関りを持たないようにすると、原作を見る限り「何故、私は兄上に嫌われているのだろうか?」とか言って、
冥夜は勝手に傷つくのだろう。
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私は、上手い対応策を見つけることが出来ない中、スヤスヤと眠る冥夜を眺めていた。
「これがあの御剣 冥夜か…。
こんな赤ん坊が、将来すごい美人さんになるのだから、人間は不思議だな…。」
そう言いながら、ほっぺたを触ってみたり、頭をなでてみたりしてみる。
そして、冥夜の手に指を入れた時… …、冥夜が無意識の内に私の指を握り返して来たのだった。
自分の指を握り返してくる姿とその感触に、血はつながっていないが、確かに私はこの子の兄になったのだという事を実感する。
しかし次の瞬間、将来この冥夜がBETAと戦い死ぬ可能性が高い。
という事に気がつき、愕然とするのであった。
そう、原作にある最良のシナリオでは、わずか8名で敵根拠地に突入し壮絶な死を迎える事になるのだ。
私の頬には、知らず知らずの内に涙が流れていた。
「はは、情けないな。
初めて出来た妹が死ぬかもしれないと考えただけで、これか… …。」
原作通りにすれば、少なくとも自分は死なないかも知れない…。
原作通りにしなければ、人類はBETAに勝てないかも知れない…等と考えた時もあったが… …。
「もう、私は…、いや、俺は迷わない。
だって、妹を守るのが兄の役目だもんな・・・。」
そう言って、俺は冥夜をいつまでも見つめていた。
その日の晩、俺は家族の前で自分がこれから何をし、何を成したいのかを話すことにした。
家族に対して、全ての事を話すことは出来なかったが、
昔から日本がBETAに飲み込まれる夢を見ることがある。
夢とは若干ずれてはいるが、BETAの侵攻が確実に広がっている事実がある。
俺は、それに対抗するため力を蓄えることにした。
という内容の話をしたのだ。
家族、特に母はなかなか納得してもらえなかったが。
『俺は、BETAを…我が人生を賭して、倒すべき敵だと決めたのだ。』
と宣言をすると祖父と父が理解を示し、最終的には三人の説得により母も納得することになる。
この日から、御剣 信綱の激動の人生は幕をあげたのだった。
1984年、覚悟を決め様々な分野に手を出してきた俺だったが、今年で肉体年齢6歳で精神年齢は三十路 一歩手前になった。
精神年齢的にはそろそろ結婚相手を決めたほうがよい時期なのだが・・・。
現在、俺が自宅に次いで最も長い時間を過ごす場所は・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 小学校。
そして、当然のように周りに居る女性は・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 小学校一年生・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 。
これでは、女性と言うより幼女だ。
どうすればいいのだろ・・・若干、精神が肉体に引っ張られている感じがあるが、肉体年齢が適齢期を迎えたとき精神が枯れていないかが
心配になってきた・・・。
結論が出ぬままに、今日も昼休みにクラスメイトを率いて、外に遊びに良くのだった・・・。
春…、それは出会いの季節、そして多くの人が新たな人生の門出を迎える季節でもある。
俺も今日、新たな人生の門出を迎えた一人である。
現在俺は、とある小学校の入学式に出席している…、自分が小学校に入学するために…。
周りの子供達が、皆緊張した様子で校長先生の話を聞いている中で、ただ一人俺だけが緊張とは無縁のだらけた表情を浮かべていた。
俺としてはこの様な式に出席する気は無かったのだが、初孫・子供の入学式にはしゃぐ家族を見て、家族の記念になるならと思い、
出席する事にしたのだった。
退屈な入学式がようやく終わり、各クラスに別れ教室に移動した後、生徒達の自己紹介が始まる。
俺が入学した小学校は、俗に言う名門小学校…俺のクラスメイト達の名を聞いていると、その殆どか有力者の子女だという事に気がつく。
俺はクラスメイト達の名前を、将来何かに使えるかも知れないと考え、邪な思いで記憶に留めようとしていた。
しかし、次の瞬間…、俺はある二人のクラスメイトの自己紹介によって、大混乱に陥ることになる。
「次、月詠真那さん。」
「はい! つくよみ まな です。
こんごも、よろしくおねがいします。」
パチ、パチ、パチ
そうか、あの子の名前はつくよみ まなと言うのか…、月詠 まな…月詠真那っと。
あれ… …?
月詠…?、真那…?
月詠真那だと!
なんか、知らんけど原作キャラ来た~~~~。
「次、月詠真耶さん。」
「はい…。 つくよみ まや です。
よろしくおねがいします。」
パチ、パチ、パチ
しかも、姉妹?付きで~~~~。
原作キャラと会うとしてもまだ当分先だろうと考え、会った時の対応をまったく考えていなかった俺は、このショックのおかげで一時、
思考停止に陥る事になる。
自分の自己紹介の前に何とか復帰し、自己紹介を型通りの挨拶で終わらせたのだが…、その後も思考がまとまらず、先生の話す注意事項も
上の空で聞き流してしまうのだった。
その後の小学生活だが…、それなりに充実した日々が続いていく事になる。
内容は既に理解してしまっている授業も、教科書の丸暗記や持ち込んだ本を読むことで時間を有効活用しているし、
休み時間も周りの子供と遊ぶついでに、人脈を広げる活動に使っている。
子供達の考えることは単純だ…、上級生も知らない遊びや見たことも無いおもちゃが有れば、自然に集まってくる。
その後、力とほんの少しのユーモアを見せることで、俺は今や1年生グループの最大勢力のリーダー的存在になっていく事になる。
そして、小学生生活で一番懸念していた、二人の月詠さんについては… … … … …。
なるべく関らないようにしようという計画を立案したのだが…、その日の晩
「信綱、明日から月詠家から2人、無現鬼道流に入門することになった。
二人ともお前と同級生じゃから、お前が面倒を見るように。」
と言う、祖父の一言により計画は破綻することになったのだった。
祖父は、変な悟りを開いたかの様な乾いた笑みを浮かべる私に、
「信綱、良かったの。
二人とも将来美人になりそうな、きれいな顔立ちをしておるし、先方もどちらか一人なら嫁にやっても良いといっておる。
これで、御剣家の将来は安泰かの~。」
と続け、満面の笑みを浮かべるのだった。
翌日
「「ほんじつより、むげんきどうりゅうににゅうもんした。」」
「つくよみ まや です。」
「つくよみ まな です。」
「「よろしくおねがいします。」」
「うむ…。二人とも元気があってよろしい。
今後の指導は、各武芸の師範が行うことになるのじゃが、
普段は信綱の指導に従うように。」
「「はい。」」
「信綱、昨日言ったように、二人の世話はお前に任す。
しっかり、面倒を見るように。」
「はい…承知いたしました。
真耶さん、真那さん、御剣 信綱です。
今後とも、よろしくおねがいします。」
「「よろしくおねがいします。」」
その日の鍛錬は、二人に基本的な型をいくつか覚えてもらった後、兄弟子達の型や組み手を見る見取り稽古をしてもらう段階で終わる事になった。
鍛錬後
「二人とも、御疲れ様。」
「おつかれさまです。ノブツナ くん。」
「おつかれさま。ノブツナ…くん。」
「二人とも初日にしては、ずいぶんきれいに動けていたけど、何か家の方でやっているの? 」
「そ そんなことはないよ・・・。そういえば、ノブツナ クンのかた、とってもきれいだったよ。
ね、マヤもそうおもうよね。」
「そうかな? おししょうさまとくらべれば、あまりきれいとは… …。」
「あー、マ マヤそういうのは、だめだよ~。」
二人とも、というか真那さんだけだが…、家での習い事の話題をそらそうと必死になっていたので、適当に思いついた話題に話を切り替えることにした。
「あ、そういえば、真耶さん、真那さんって呼びにくいんだよね。」
「せっかく、同じ流派を学ぶ事になったんだから、真耶と真那って呼んでいい?
俺の事は、信綱で良いからさ。」
(出来れば、月詠さんが良いけど此処には、月詠さんが二人いるから、この呼び方が言いやすいな)
「うーん、でもノブツナ くんはあにでしだから… …。」
「マナはあたまがかたいな、ノブツナがいいっていうだから、ノブツナでいいんだよ。」
「マ マヤ、マヤがノブツナってよぶなら、わたしもノブツナってよぶ!」
「え~と、二人の結論は真耶と真那って呼んでいいって事だよね?」
「「うん。」」
二人は、私の問いかけに笑顔を浮かべ、元気よくOKの返事をしてくれた。
俺はその二人の笑顔に、一瞬目を奪われることになる。
そして意識を取り戻した瞬間、一瞬でも目を奪われたという事実に俺は戦慄を覚えたのだった。
馬鹿な…、年々、女中や秘書のお姉さん方に興味が無くなってきたと思っていたら…、自分がロリコンになっていたなんて~~~。
「そ そうか…。二人ともありがとう…。あっ、あー…、そういえば、真耶と真那って姉妹なんだよね?」
「ちがうよ、ノブツナ。しまいじゃなくて、いとこだよ。」
「そうだぞ、ノブツナ。どうみたらたらしまいにみえるのよ?」
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俺が、適当に受け答えをしながら心の中で身もだえしている間に、真耶と真那の二人は俺と一緒に御剣家で食事を取り、同じ車で小学校まで通学することになってしまっていた。
この日を境に、俺たち三人は学校でも、道場でも同じ時間を過ごすことが多くなっていくのだった。