1999年1月
横浜ハイヴ(H22:甲22号目標)の建設開始後、BETAは再び日本全土での侵攻を停止した。
日本帝国は、この奇妙な侵攻停止に戸惑いながらも、厳しい現状に対応する体制を整えて行く事になる。
この部隊再編に合わせてロンド・ベル隊を含む混成大隊は、琵琶湖運河防衛線から東京方面の多摩川防衛線へ、戦場を移す事となった。
ロンド・ベル隊などの独立機甲試験部隊としては、戦闘頻度が激減した琵琶湖運河防衛線よりも、
定期的に戦闘がある横浜ハイヴ周辺の方が、戦闘データ収集には都合のいい場所だった。
そして、24時間体制の間引きが行われる中で、帝国軍は多摩川を渡り川崎市に前線基地を築くことになる。
帝国軍は、即座に東京などの都市部へBETAが侵攻する事がないようにする防波堤としての役割と、
BETAの侵攻ルートを限定させる誘蛾灯としての役割を、この前線基地に求めていたのだ。
また、同様の理由で横浜ハイヴ西部では、茅ヶ崎に前線基地が築かれている。
BETAはそれらの前線基地に対して、今のところ積極的な攻勢をかける様子を見せてはいなかった。
帝国軍は、横浜ハイヴが飽和し侵攻が再開されないように精鋭部隊による限定侵攻も行なう一方で、
横浜ハイヴ攻略の為の戦力を確保する事に奔走するのだった。
琵琶湖運河防衛線から多摩川防衛線へ戦場を移した俺たちロンド・ベル隊を含む混成大隊は、防衛体制が確立する一ヶ月間、
連日の出撃要請に答える多忙な日々を過ごしていたのだが、それを過ぎる頃になると間引き作戦のローテーションも確立され、
僅かながら休日を過ごす余裕も生まれてきていた。
ただし、俺に限っていえば休日を過ごす余裕など殆ど有りはしなかった。
昨年の琵琶湖運河防衛線での活躍が評価され、俺の少佐への昇進とロンド・ベル隊(第13独立機甲試験中隊)を中心とした混成大隊が、
正式な独立機甲試験大隊とする事が内定した事で、横浜ハイヴへの間引き作戦に参加する合間に、
佐官へ昇進するための特別教育と新たな部隊の編成を行わなくてはならなくなったのだ。
更に、休日とされている日に軍や財界の関係者に会う一方、御剣財閥が関連する軍事事業部にも顔を出しているので、
休んでいるという感覚を覚える暇も無いというのが現状である。
副官である香具夜さんに度々体調を心配されているが、本土侵攻時と比べて戦術機に乗る時間も減り、
安全な後方で睡眠を取る事ができる多摩川防衛線でなら、十分な睡眠時間さえ確保すれば俺の体は疲労とは無縁だった。
しかし、健康な体とは裏腹に、ある意味戦う事だけに集中していれば良かった前線と比べて、
様々な意思がうごめく後方と数kmしか離れていない多摩川防衛線での生活は、精神的な負担が大きくなっていた。
俺としては、自分の決めた方針にさえ沿っていれば、その他の細々とした内容や誰がそれを実行するかなど興味は無いのだが、
各分野で俗に言う派閥と言われるモノに所属する者たちから、様々な忠告やお願いが俺の下へ届けられる事があるのだ。
しかも、俺に対する悪意が有れば問答無用で排除できるのだが、純粋に俺の事を心配している様子なので始末に終えない。
名門武家出身で新鋭財閥の後継者、軍内部でも五摂家を除けばほぼ最速の速さで昇進を重ねる俺に、
嫉妬や敵意を持つものも少なくないと思うのだが、何故か子供の頃から多くの者は俺に対して好意的だ・・・。
これも、俺が忘れてしまった特殊技能の影響なのだろうか?
俺は、誰も答えの出すことのできない疑問を頭に浮かべながら、普段通り自分がする必要があると思えない派閥の利害関係の調整内容を、
意見書という形で書き上げた。
休日にも関らず、数々の打ち合わせと書類の作成が終わった時、時間は既に午後の3時を過ぎていた。
予定のギリギリだったなと呟いた後、移動中の車内で書き上げた書類を鞄にしまった俺は、運転手に礼を言い、車を降りた。
この瞬間の俺は、これから過ごす時間に期待を膨らませていたのだが・・・・・・。
「はぁ?」
車を降りた直後に俺が発した言葉は、この一言だった。
俺の本来の目的地は東京にあるホテルであって、けっしてこのような日本家屋ではなかった。
多忙な日々の数少ない癒しとなっている、二週間に一度確保できるか出来ないかの真耶と真那との逢瀬を過ごす筈が、
何故か良く見知った屋敷の前に立っているのだから、俺が呆然となるのも仕方の無い事だと思う。
俺は答えを求めて自分が先ほどまで乗っていた車を振り返るが、車は既に走り去った後だった。
未だに混乱のさなかに居る俺を尻目に屋敷の門が開かれ、そこから真耶と真那が現れた。
「真耶、真那、
何でこんな所に居るんだ?」
俺は、二人に会うという約束を破らずにすんだという安堵の思いを込め、笑みを浮かべながら当然の疑問を二人に投げかける。
「御剣大尉・・・、御館様がお待ちになっております。
どうぞ、中へお入りください。」
しかし、返された言葉は予想と反して事務的なものであり、言葉を発してくれた真耶はまだしも、真那にいたっては、
口を真一文字に閉ざすだけで、こちらと視線を合わそうともしなかったのだ。
そんな二人の態度に頭の中で警鐘が鳴り響いたが、俺はそれを抑え込み案内されるままに煌武院家の屋敷に足を踏み入れたのだった。
簡単なボディチェックの後通された部屋には、煌武院家当主の煌武院雷電,御剣家当主の祖父,そして月詠家当主の真耶と真那の祖父が、
険しい表情で俺を待ち受けていた。
体格の違いは有れども何れの人物も、年齢のわりに肌につやがあり、体から発せられる気迫からは、
彼らが未だに現役の怪物で有る事が伝わって来る。
三人から感じる緊張感から、何か重要な話し合いがこの場で行われ、その内容の一部が俺に伝えられる事になるのだろうと考えた俺は、
促されるままに用意された椅子に座った。
俺をこの場に案内した真耶と真那が、己の背後にまわった事を確認した煌武院雷電は、
堅く閉ざしていた口を開いた。
「信綱君、休日の最中に突然呼び出してすまないと思う。
だが、そなたも係わる帝国の命運が掛かった大事な用件が有ったのじゃ。
戸惑う事もあるかもしれんが、心して聞いて欲しい・・・。
今代の政威大将軍である斉御司殿下の体調が優れぬ事は、そなたも聞き及んでいる筈じゃ。
殿下は、今の自分では帝国を導く事は到底叶わぬと仰られ、ついに奉還を行うことを決められた。
そこで次代の政威大将軍を決めねばならんのじゃが・・・・・・
話し合いの末、わしの孫娘である煌武院悠陽が、政威大将軍と成る事に内定した。
今後、皇帝陛下の執り行う儀によって、正式に任命される事になるじゃろう。」
煌武院雷電の話しを聞いた俺は、僅かな驚きの後、若すぎるといってもいいマブラヴの世界の煌武院悠陽が、
軍や民間人問わず強く慕われていた謎が解け、やはりこのタイミングだったかと、逆に納得する事になった。
今、帝国は形振り構わぬといった姿勢で、戦力の増強を進めている。
昨年末、帝国議会は女性の徴兵対象年齢を16歳まで引き下げる修正法案を可決し、BETAの本土侵攻で失った帝国軍の人員の補充を急ぐと同時に、
国内はもちろんの事、国外にある日系企業に対しても可能な限りの増産を呼びかけ、物資の確保に奔走している。
また、帝国軍で運用されている陽炎を全て国連軍へ譲渡する事を引き換えに、新たな国連軍部隊を帝国内で活動させる話をまとめ、
技術及び食料の提供と引き換えに大東亜連合へ戦力の提供を呼びかけ、米軍の帝国へ直接又は国連軍を仲介して間接的に派兵する法案を採択するよう、
米国内で様々なロビー活動を行うなど、国外からも実働戦力を集めようとしているのだ。
さらにここで、ハイヴ攻略作戦が民間に知られる前に次代の政威大将軍が現れ、その後人類初のハイヴ攻略を成し遂げれば、
新しい政威大将軍の価値は飛躍的に高まり、形式上は政威大将軍に仕えている政府も、相対的に支持率が上がる事になるだろう。
ここまで見ると、良い事しかないように思うが、このシナリオを書いた者が誰かを考えると急にキナ臭い雰囲気となる。
確かに、斉御司殿下の体調が優れず、本人もそれを気に病んでいた事は事実だろうが、積極的に他人に責任を押し付ける性格ではない事を考えると、
この案を提案した者が何処かに居る可能性が高かった。
そして、帝国政府の横浜ハイヴ攻略への動きを見る限り、ハイヴ攻略に政府が相当の自信を持っている事に気が付くと・・・・・・・・・。
直接的な手段を用いていないとしても、政府の思惑で政威大将軍の進退が影響された可能性に、僅かながら嫌悪感を覚えたが、
個人の意思よりも全体の利益を優先するといったこの一連の動きを、俺は責める気にはならなかった。
俺は返ってくる答えが半ば分かっていながらも、確認の為に目の前に座る雷電公に疑問を投げかけた。
「雷電公が政威大将軍に成れないのは、力が強すぎるから・・・・・・、
という事で間違いないでしょうか?」
「・・・・・・あぁ、出来得るならわしも悠陽にこのような重荷を背負わせたくは無い。
しかし、協議の中で一度もわしの名が出ることは無かったのじゃ。
BETAの侵攻で民心が離れつつある今の政府では、わしを制御しきる自信が無いのじゃろう。
それに、歳を言えば殿下とわしの歳はそう大きくは変わらん。
・・・・・・息子は既に鬼籍に入っておるしの。」
雷電公の言葉とその表情からは苦悩の色が感じられ、最後の言葉を発した前後では、直前まで感じていた気迫がなりを潜めていた。
雷電公が苦悩する理由には、幾つか思い当たる事があった。
政威大将軍は、五摂家の当主が就任する役職である。
つまり、それは近い内に雷電公は当主の座を悠陽に譲る事が決まっているという事と同義だった。
過去の苦い経験から、一度引退した者が政治の表舞台に立つ事が難しい制度になっている現在では、
雷電公には悠陽を表立って補佐する手段が殆ど残されていなかった。
そして、その後三人が語った煌武院悠陽の政威大将軍内定の経緯を聞き、俺は頭を抱える事になる。
政府や議会が煌武院悠陽を担ぎ出したい理由、それを一言で表すとすると『験を担ぐ』という言葉に集約されたのだ。
帝国が過去に行った大きな戦争で勝利した時の政威大将軍は、偶然にも五摂家の中で武家出身である煌武院と斑鳩の2家のみである。
斑鳩は最終的に先の大戦で敗れた事で土が付いている上に、対米交渉を行う際にも悪影響が懸念された事で見送られ、
煌武院にお鉢が回ってきたということだった。
また、裏の理由を挙げるとすれば、斑鳩の現当主は既に数多くの武勲を挙げており、雷電公と同様に扱い難い人物であると見られている上に、
歳も若いことから次代を引き継ぐものがおらず、当主の座から降りる訳にも行かなかったのだ。
しかし、これらの話を聞いても、俺がこの場に呼ばれた理由が皆目見当付かない。
御剣の協力が得たいだけなら、祖父に話を通せばすむ話である。
俺は、これ以上悩むのも時間の無駄だと思い、素直にその事を口にする事にしたのだった。
「すみません。
ここまで説明されても、私がこの場に呼ばれた理由が分かりません。
雷電公は、私に何を御望みなのですか?」
「そなたには・・・・・・、
悠陽の副将軍と成り、悠陽を支えて欲しいのじゃ。」
雷電公は、一呼吸置いた後、重苦しい調子で理由を話した。
俺はその言葉を聴いた瞬間、雷にでも打たれたような衝撃を受ける事になった。
副将軍とは、政威大将軍と成った者の縁者が、将軍の足りない部分を補うために任命される役職で、
過去には年齢や病気などで体が弱った将軍に代わって戦場に立ったり、常に戦場へ赴く将軍に代わり政務を代行したりした記録が残っている。
しかし、先の大戦後は置かれる事が無くなっており、既に死んだ制度だと認識されていたものだったのだ。
そして、血縁者でない俺が副将軍になるには、婚姻もしくは最低でも婚約が必要となってくる。
「月詠家の当主がこの場にいるという事は・・・・・・、俺と真耶と真那がどんな関係かも知っていて、
その要求をしていると理解して、宜しいのですね。」
体の底から湧き出てくる、怒気を抑えきる事が出来ないまま、俺は言葉をつむぎだしていた。
俺の問い掛けについて、月詠家の当主が静に話し出す。
「無論、貴様が二人と男女の仲となっている事は知っている。
二股を掛けている事は、この際何も言わない・・・・・・が、
国を守るためならば個人的な感傷は、無しにしてもらう。
二人は貴様と別れることに、同意してもらっている。
万が一、子が出来ていた場合、月詠家で育てる事を条件にだ・・・・・・。」
雷電公の背後で一瞬体を震わせた二人を視界の隅に捉えつつ、月詠侯の眼光を俺は真正面から受け止めた。
二股を掛けていると思われている事に対して、少し思うところはあったが、合意の下で二人と婚約していると自信を持って言い切る事のできる俺としては、
月詠侯の視線から逃れるという選択肢は無かったのだ。
数秒後、自然と視線が別れたところで、俺は怒りの矛先を祖父へ向ける。
「祖父さん、
これは御剣が方針を変え、権力を取りに行く事を決めたと認識しても宜しいのですね。」
「しかり、この国難を乗り切るには、これが一番良い方法じゃと考えておる。
しかし、それも一時の事じゃ。
御剣の名を冥夜が継ぎ、今後御剣が政治に係わらないようにすれば、それで良い。」
数秒の間、睨み合いを続けた俺と祖父だったが、俺は話を進めるために雷電公に視線を移した。
「俺が副将軍になることが、悠陽の為、国の為になると御思いか。」
「その通りじゃ。
これは、国の為であり、悠陽の為でもある。
そなたの個人的武名,人を引き付けるカリスマ,大会社を運営する経営主腕,
何よりもBETAと戦う強い意志は、この国に必要なのじゃ。
さらに、政威大将軍と成った後で婚姻相手を決める事は困難。
仮に出来たとしても、政治的な意味しか持たない人選が行われることになるじゃろう。
しかし、政威大将軍と成る前に婚約さえしていれば、それを阻む事は出来ん。
悠陽も憎からず思っておる事や、能力から考えてそなた以外には頼めんのじゃ。」
五摂家の婚姻は、他の五摂家以外の名門武家出身としか認められていない。
さらに、対BETA戦の影響で若い男が減り、婚姻年齢が下がってしまった今となっては、選択肢が大きく狭められてしまっている。
だから、俺のような目立つ存在が注目される事になったのだろうが・・・・・・。
己の中で渦巻く感情を、漸く制御下に収めた俺は、この状況を打開すべく、瞳を閉じ思考をめぐらせる事になる。
今後の俺の行動方針、副将軍になる事で得られるメリットとデメリット、あらゆる考えが浮かんでは消えていく。
しかし、己の最終目標を5年前に決めていた俺は、その他の余計な感情に流される事無く、己の信じる道を進む事を選んだ。
己の体感で1分ほどの沈黙が経過した後、俺は徐に口を開く。
「・・・・・・この場に私が呼ばれ、説明がなされる以上、
まだ私の意思が介入する余地が有ると考え、返事をさせて頂く。
確かに、私が副将軍になれば数年の間に政威大将軍の地位を向上させ、
権限・人・予算を取り戻し、対BETA戦を有利に進める事が出来るようになるかもしれません。
たとえそうならないとしても、軍や政府の上層部と既知を得て、意思の疎通ができるようになれば、
今までと違った政策が実行できるとは考えます。
しかし・・・・・・、私が出す答えは否です。
貴方達の決断は、5年遅かった。」
「信綱!!」
俺の答えを聞いた祖父が、間髪いれずに俺に怒声を浴びせた。
しかし次の瞬間、雷電公は祖父の動きを手で制し、俺に話の続きをするように促した。
俺はその場で、今から3年以内に戦況を一変させる成果を上げなければ、人類に未来は無いと断定し、
戦況を一変させる力を生み出すことになる国連軍へ、一年後には入隊する予定である事を告げた。
俺の言葉に納得出来ないという表情の三人に、俺は『第4計画と第5計画』という言葉を呟いた。
その言葉を聴いた三人は、思い当たる節があったのだろう、苦虫を潰したような表情を見せ、押し黙った。
そして、5年前の時点なら、今まで戦場で得た名声を斯衛軍を率いて戦った副将軍の功績とする事が出来、
それをつかって徐々に政威大将軍の復権を行い、今の時点で先の大戦前の権力基盤を握っていれば、
自ら国連へ行かなくても計画に深く係わる手段が有ったと俺は三人に告げた。
確かに俺も、過去に自分が日本帝国の権力者となり、御剣家が財閥を形成するまでに成長させる事が出来た理由である異常に高い金運と、
未来の大まかな流れ、後に発展する産業の知識を使えば、帝国はもっと強い国になれるのではと考えたことがあった。
しかし、今の俺はそれが間違いであると確信している。
たとえ金があっても、地球全体で生産力が低下し物資が不足した場合や、一国が大量に買い付けを行えば外交問題となる場合には、
いくら金が有ったとしても、物を買うことはできないのだ。
更に、呪いとも言ってもいいほど高い俺の金運は、思い過ごしかもしれないが、俺が大損をする場合それに合わせるように、
他人を大損させて釣り合いを取ろうとする作用があるように感じる事がある。
これらの事を総合して考えると、俺個人が儲けるだけで世界経済全体のパイを広げる事ができない俺の金運では、
戦いがBETA対人類という構図となった場合、意味がある能力とは言えなかった。
対人間の戦争や経済戦争なら無敵のように感じる能力にも、大きな欠陥が有ったのだ。
また、未来の大まかな流れ、後に発展する産業の知識についても、御剣財閥が成立した以上、政府中枢に所属したとしても、
出来る事は大きくは変わらないというのが、俺の出した結論だった。
その後、反論する様子の無い三人を見た俺は、これ以上話す事は無いと思い、一言断った後席を立つことにした。
席を立つ時に、雷電公の後ろに控えていた真耶と真那が怯えている表情を見せているのを目撃した俺は、
複雑な心境ではあったが、二人の心が少しでも軽くなればと思い、二人に一言声をかける事にした。
「真耶、真那、
君達が何を思って決断を下したのか・・・、俺が全て理解出来ているとは思わない。
でも、これが俺の進むと決めた道だ。
俺はこの道の先で、皆と笑って過ごせる世界が作れると思っている。
その時・・・、君達が俺の傍で笑ってくれていたら・・・・・・、俺にとって最高の日常が過ごせると思うんだ。」
俺は苦笑いと共にそう言い残した後、煌武院の屋敷を後にしたのだった。
祖父side
「・・・これは完敗かの?」
孫が部屋から立ち去った後、沈黙を破るように言葉を発したのは、以外にも要求を突っ撥ねられた雷電公だった。
わしもその言葉につられるように、己の意見を述べた。
「雷電公、わしはまだまだ若いつもりでおりましたが、
どうやら耄碌しておったようです。
一度でも領域を侵した者を、誰も信ずる事は出来ないという事も忘れる始末・・・・・・。
もう少しで、御剣の名を地に貶める事になる所でした。」
「確かに・・・、更にかの者は帝国では無く人類と言い切りました。
我々とは見ているところが違うのだろうと、感心したのですが・・・・・・、
最後に孫の事を気にしてかけた言葉のなんと甘いことか。
どう評価していいのか判断しかねますが・・・・・、
個人的には見ていて気持ちの良い若者に育った事は確かです。」
わしの言葉に続いて、月詠の当主も言葉を続ける。
この時の場の雰囲気は、話し合いの前の緊張感が嘘のように、和らいだ雰囲気となっていた。
わしは、可愛い孫が巨大な力を持つ人物から、敵意を持たれる危険性が無くなった事に安堵しながらも、
気を引き締め雷電公の言葉を待った。
「老兵は死なず、ただ去り行くのみ・・・か。
どうやらわしらが戦う戦場は、既に無くなってしまったようじゃ。
御剣侯、月詠侯、予定より早いがわしは今日限りで隠居する事にした。
今後は若者の活躍を見守り、求めがあるまで後ろで控えて居ろうと思うのじゃ・・・・・・。」
「・・・・・・」
雷電公の言葉を切掛けに、再び室内に沈黙が訪れるが、それは今までのような重苦しいものではなく、
同じ思いを共有するというある種神聖な雰囲気だった。
「しかし・・・・・・、最後の最後で大魚を逃したか・・・。
そうは思わぬか悠陽よ。」
雷電公の言葉に促され、話し合いの後わしの孫と面会する予定で隣室に控えていた悠陽嬢が室内に入ってくる。
「・・・失礼致します。
御爺様・・・、
信綱様を評するなら、大魚と言うよりも麒麟と呼んだ方が良い、と私は思うのですが・・・・・・、
如何でしょう。」
「「「ほぅ?」」」
そしてわしら三人は、悠陽嬢が入室してから答えた言葉に、関心の声を上げる。
その声は、世間一般で剣鬼とも言われる事もある孫に対して、心優しいと言われる麒麟を当てはめる悠陽嬢の考え方が、
とても興味深いと思った事から出たものだった。
「先ほど信綱様は、廊下ですれ違った私に、
『己を幸せに出来ない者は、他人も幸せに出来ない。
たとえ将軍でもその事は変わらない。』
と声を掛けて下さいました。
そして、気に入らない殿方と婚姻させられそうになった時は、
仮の婚約者として自分の名を使っても良いと・・・・・・。
信綱様の性は、幼き時から変わらず心優しいままでございました。
それに、麒麟も妖魔を相手とするおりは、果敢に戦うという話を聞いた事があります・・・・・・。」
わしらの疑問に対して、孫の本質はそういったものだと、悠陽嬢は嬉しそうに語った。
悠陽嬢のその意見は、まるで始めからそう思っていた事のように、綺麗にわしらの胸に収まっていた。
「ははははは・・・、そうか、わしらは麒麟を逃したか。
だが、それほど大きな獲物と分かれば、諦める事が出来そうにないの。」
「残念ながら雷電公・・・、まだどちらを選ぶのか決めかねているようですが、
月詠が既に先約を入れております。
副将軍の件がご破算になった以上、これを譲る事はできそうにありません。」
威圧感を漂わせた二人の老人がわしを見つめるが、わしが出来る返答は一つしかなかった。
「わしでも、信綱を如何こうする事はじゃろうて・・・・・・。
じゃが、孫は子供の頃から、女子には滅法弱い。
どうなるかは、孫娘たちの今後の努力次第と言ったところでしょう・・・。」
その後わしら三人は、3名の女子の怪しげなヒソヒソ話を思考の隅に追いやり、杯を酌み交わす事になるのだった。
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コメント
皆様こんばんは、あぁ春が一番です。
結構ギリギリですが、月2回の更新ができました。
次の月も同じ事が出来る保障はありませんが、何とかがんばって見ます。
今回は、横浜ハイヴ攻略作戦に向けての準備と合わせて、煌武院悠陽が政威大将軍となった理由を、
自分なりに解釈して書いてみました。
ついでに副将軍という余計設定を思いついてしまったため、話がわき道に逸れてしまいました。
最近テンポが悪いとご指摘を受けています。
本来ならもっと詳しく書きたかった部分もあるのですが、表現で悩んでゴチャゴチャするよりも、
少しお茶を濁して文章を簡潔にするという手段をとりました。
それでもだいぶ、文字数が多いですが・・・・・・。
まだ、テンポが良いと言うほど、軽快な文章ではありませんが、今後も改良を続けていきますので、
ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。
PS
最近PCの調子がよくありません。完全に逝かれる前に新しいPCを買う予定ですが、
間に合わなかった時は、1~2週間ほど書き込みが出来なくなる可能性があります。
これは・・・・・・、いつも通りの事でしたね、遅筆ですみません。
返信
皆様、いつも様々なご意見を下さり、ありがとうございます。
今回もいくつかを選択しての控えめな返信にさせていただきます。
選択から漏れてしまった皆様には、大変申し訳ない事をしていると思いますが、
全てのご意見・ご感想に目を通していますので、その点はご理解いただけたら幸いです。
<BETAがコンピュータに引き寄せられる又は、優先攻撃目標となっている理由
感想板へのご意見も参考に、考えてみた設定もしくは考察のようなものを、下に書かせていただきます。
・BETAはコンピュータを構成する素材が、BETAを生み出した珪素系生命体に近い関係にある可能性に気が付いている。
しかし、人類の運用するコンピュータは、BETAの創造主と比べ圧倒的に劣っている上に、思考しているように感じられない。
・BETAはコンピュータを創造主とは関係の無いものと断定
今後の時間経過によって創造主に近い段階まで進化する可能性が0ではない為、一応潰す事にした。
もしくは、創造主に対してBETAの攻撃が無意味である事を前提に、試している可能性もある。
・電子機器の急激な進化とそれを使用する人類に興味を持つBETA
創造主に近いところまで珪素系化合物が進化した場合、BETAにそれを排除する権限が無かったため、
それらが何処まで進化するのか横浜ハイヴを餌にそれらを調べる事にした。
人類に対する調査は、その調査のついで。
・00ユニットの登場に意思疎通を図ろうとするBETA
BETAから情報を抜き出し、BETAの攻撃を物ともしない00ユニット(凄乃皇搭乗時)という存在に関心を抱き、
最終的に重頭脳種による直接的なコンタクトを測る。
学習型コンピュータへの反応は、戦闘力の調査の一環。
私の足らない頭では、この程度の理由を考え付くのが、精一杯でした。
BETAがコンピュータに引き寄せられる又は、優先攻撃目標となっている理由自体は、
本作品の内容にはそれほど影響しない筈ですが、皆様のご意見も伺いつつ、もう少し考察を続けて行きたいと考えています。