「マザー・ベル(中里 少尉)よりベル1(御剣 大尉)へ、
このままでは、BETA群に包囲されてしまいます。
早く、現地点からの離脱を図って下さい!」
ローラーブレードを使った高速の平面機動で、押し寄せるBETA群から逃れようと足掻いていた俺に、
中里 少尉の悲鳴のような通信が届けられた。
「ベル1(御剣 臨時大尉)よりマザー・ベル(中里 少尉)へ、
光線級に頭を抑えられた。
平面機動で逃れようにも、BETAの密度が次第に高まっている。
今の状況で、BETA群からの離脱は不可能だ。」
今はまだローラーブレードで移動する空間が確保されていたが、BETA密度の上昇に伴い数分後には、
ローラーブレードでの走行は困難な状況に陥ることが容易に想像できた。
そして、このままBETA群が俺の周囲に集まり続ければ、ハイヴ内に近いBETA密度となり、噴射跳躍を使わない限り、
前に進む事が出来なくなると予想を立てていた俺は、中里 少尉を宥める様に冷静な口調で返事を返したのだった。
「信綱・・・。何故そんなに冷静でいられるのじゃ!
こんな状況で笑みを浮かべるなんて・・・、諦めるのはまだ早いじゃろ・・・・・・。」
中里 少尉との通信に割り込む様に、香具夜さんからも通信が届けられたが、その声は次第に勢いが無くなり、
最後には聞き取れないほど小さな声になってしまう。
俺は、香具夜さんの通信を聞いて始めて、自分が笑みを浮かべている事に気が付いた。
追い詰められ、生還するのが絶望的と思われる状況での微笑・・・、人が見ればそれは死を覚悟した者の表情に見えるのかもしれない。
事実、俺自身も大陸の各地で笑みを浮かべながら死んでいった者たちを目撃した事があった。
うつむく香具夜さんと心配そうな表情の中里 少尉に、俺は微笑を浮かべたまま二人に通信を返す。
「部隊連携が大切だと言って置きながら、独りでBETA群に挑んだ愚か者が、
手痛い反撃にあった・・・、と言う事だ。
弐型の開発が順調に進み、EXAMも有る。
俺が居なくなったとしても、日本人は早々負けやしない。」
俺の介入によって、御剣財閥が形成され、弐型の開発やEXAMシステムの早期投入など、マブラヴの世界よりも明らかに戦力は充実している。
それに、弐型とは別に新型の戦術機の開発にも着手しており、この流れは俺が死んだ場合でも変わることは無いだろう。
これらの戦力が、物語の脇役である俺では無く、主人公たちの手に渡れば、もっと未来は良くなる筈だ・・・。
BETAを捌きながら未来へ思考を向けていると、急に意識を現実に引き戻す叫びが聞こえてきた。
「ワシが聞きたいのは、そんな台詞ではない!」
俺は自分を心配してくれている二人を安心させようと、網膜投射で映し出された映像に向かって、自分すら信じ込ます事の出来ない言葉を紡ぐ。
「ただで死ぬつもりは無いさ。
それに先ほど言った通り、自力での脱出は不可能だが・・・。
光線級さえ無効化できれば空へ上がれる。
脱出する事も難しくは無くなる筈だ。
先ほどから支援砲撃が弱まっているのは、AL砲弾への換装が始まった証拠。
AL砲弾の一斉砲撃が始まり、重金属雲が形成されるまでの十分強・・・。
生き残る可能性は、ゼロじゃない。」
この作戦においてAL砲弾発射の役割を担っていたのは、琵琶湖に展開していた海上艦艇群である。
其の中で、戦艦は自動装填システムを採用しているため、弾頭の種類を変えるのに二分程度で行うことが出来るが、
一斉に弾頭の切り替えを行って、支援砲撃を絶やしてしまうと、光線級が地上部隊への攻撃を開始する恐れがあった。
また、光線級のレーザー照射を一時的に無効化する重金属雲の形成には、AL砲弾の飽和攻撃が必要不可欠という原則を考慮すると、
艦隊は上陸支援艦のコンテナ換装を待ってから、AL砲弾による砲撃を開始する事になると予想できていたのだ。
しかし、この作戦は旅団規模のBETAに戦術機が単機で包囲され、生き延びた者がいないという現実、
統合仮想情報演習システムを使ったシミュレーションでも設定され事がないほど、試す事が馬鹿らしい戦況である事を考え、
早々に現実的ではないと結論付けたものだった。
「これから先は、BETAへの対処で忙しくなる。
次の通信は、支援砲撃開始後だ。」
俺はそう言って、この数のBETAを相手に生き残れる自信が有る訳ではない事を悟られる前に、強制的に通信を終えたのだった。
BETA群の密度が、まだ深刻でない事を確認した俺は、余裕がある間にまったくの試作兵器である試作大剣の運用データを収集しようと考え、
使っていた試作長刀を可動式懸架システムに戻し、背中のサブ可動式懸架システム2基を動かして試作大剣を両手に装備した。
試作大剣、この武装は英国軍が制式装備としている大剣型の近接戦闘長刀 BWS-3 GreatSword を参考に、
御剣重工が独自に開発した戦術機用の大剣である。
グレートソードは、アメリカのCIWS-2Aを元にして開発され、斬撃よりも機動打突戦術を重視した設計がされた兵装で、
その性能は『要塞級殺し(フォートスレイヤー)』などの異名で呼ばれるほどの威力を有してはいたが、
未熟な衛士にとってはその重量が仇となり、上手く運用できない場合が多く報告されていたのだ。
そこで、御剣重工はグレートソードをそのまま導入するのではなく、威力を維持したまま軽量化する事で、
取り回しと斬撃を重視した帝国向きの大剣を開発する事を計画する。
軽量化を行った上で威力を落とさない、この矛盾を解決する方法として御剣重工が出した結論は、大幅な切れ味の向上であった。
そして、切れ味の向上の為に超音波カッターと呼ばれる刃物の原理を採用した事で、この大剣は開発チームの中で『振動剣』と呼ばれる事となる。
超音波カッターとは、刃を一秒間に数万回もの回数振動させる事で、
・切断抵抗の低減と、柔らかいモノを押し潰すことなく切断する。
・油分が刃に付着し難い事により、切れ味が長持ちする。
・大型化が困難であり、刃よりも堅いモノとぶつかった時に、大きく消耗する。
という特徴を獲得した刃物である。
開発開始当初は、大型化の目処が立たなかった振動剣だったが、振動発生装置の小型・高性能化に成功した事と、
振動を増幅するために形状の工夫がされた事で、漸く実戦証明を行なう段階まで漕ぎ着ける事になった。
振動剣の外観は、グレートソードと比べて重量を半減させる為に、意匠がシンプルにされた事で、遠目から見ればただの幅広の金属板の様に見えた。
しかし、近くで見ると普通の大剣に見える刀身の中央部には、先端から鍔元にかけて僅かな切れ込みが入っており、音叉のような形状となっていたのだ。
この音叉のような形状が振動を増幅・安定させる肝であった。
開発者の苦労話が一瞬頭を過ぎった俺は、余計な思考を隅に追いやると、直ぐに戦闘を再開する。
ローラーブレードを駆動させて、要撃級に急接近した俺は、グレイゴーストの両手に保持していた振動剣を、機体の力に任せて振りぬいた。
・・・すると、振動剣は正面にいた要撃級を容易く切り裂き、その横にいたもう一体の要撃級まで斬り飛ばしたのだった。
「ははっ・・・。」
振動剣が生み出した予想以上の結果に、俺は思わず笑い声を発する事になる。
その後も振るうたびに複数のBETAを切り分ける事になったが、振動剣は一向に切れ味を落とす気配を見せなかった。
超音波振動の作用によって、刃に脂肪分が付着しなくなる事で、切れ味を持続させることができると開発者が示した実験データを、
実戦でも証明し続ける振動剣に、俺は僅かながら生き残る可能性が高まった事を感じたのだった。
BETA群の密度が高まってきた事で進路を阻まれ、まともに平面機動を取る事が出来ない状況に陥っていた俺は、
ついにローラーブレードを切り離しBETAとの乱戦へと突入していく。
振動剣の寿命が縮まる事を承知の上で、俺は動き回る空間を確保するために、振動剣を真横に振りその場で一回転を行う。
切る場所を考慮しない力任せの太刀筋は、BETAの柔らかい肉体の他に、要撃級の前腕等の強固な外殻も捉える。
振動剣は、堅い物に刃が接触した時に生じる摩擦による火花を散らしながらも、BETAの外殻を両断していく。
その時に振動剣が発した火花と異音は、まるで振動剣が上げる悲鳴のようにも感じられた。
回転切りにより周囲の要撃級を沈黙させた俺は、要撃級の死骸と戦車級の群れに埋もれる前に、
EXAMシステムver.2.5の搭載によって、始めて実戦で使われる事になった機能を発動させた。
即ち、この戦闘中に設定した一つ目のコンボが発動したのだ。
要撃級の死骸を踏み台にして短距離噴射跳躍を行った直後、試作新概念突撃砲の正射で着地場所を確保したグレイゴーストは、
反転降下を開始し着地地点のBETAの死骸を踏みつける。
そして、グレイゴーストは着地度同時に目の前に居た要撃級を、振動剣の振り降しにより一刀両断にした。
俺はこの一連のコンボの最中に、コンボ成功の是非と次の行動を判断するために、めまぐるしく変わる周囲の状況に意識を向ける。
今までのOSなら、戦術機を動かす事に集中して、周りを確認する暇も無い筈の状況だが、コンボの導入によって複雑な操作を必要とする機動を、
難なくこなせるようになった事で、次の一手を考える思考の余裕が生まれていたのだ。
BETA群の間の僅かな空間を見つけた俺は、グレイゴーストをサイドステップさせて直角に軌道を変え、機体を右方向へ流した後、
再び主脚走行と水平噴射跳躍を使って前進を開始した。
機体がBETAの大型種とすれ違うたびに、機体各部に設けられたブレードエッジ装甲で足を中心にダメージを与え、
機動力を奪う事で生きた壁を作って行き、小型種に対しては、脚部に取り付こうとする相手を足の裏で踏みつけ、
跳躍して飛び掛ってくる相手を主腕と体捌きで叩き落して行った。
そして、再び平面機動を取れない状況に陥ると、振動剣を一回転させ、短距離噴射跳躍をする事になる。
BETAの密度が上がってからというもの、グレイゴーストは一度も動きを止める事が無かった。
逆に言えば、動きを止める事がすぐさま死に直結する事を理解していた俺は、休む間もなく己の全ての力を使って戦場を駆け続けていたのだ。
次第に疲労が蓄積され戦況が悪化していく中、不知火弐型の機動データとグレイゴーストの動きのすり合わせが終わったのか、
俺は漸く普段と変わらない感覚で機体を操れるようになっていく。
こんな乱戦の中でも、僅かに東の見方側へ戦域を移す事に成功して俺だったが、それと同じかそれ以上の速度で斯衛軍部隊も退却していたため、
見方との距離は次第に広がって行く事になる。
そして、ついにBETAの後衛部隊が追い付き、俺の傍に要塞級も出現するようになった。
要塞級の存在は、跳び上がった時に光線級からの盾にする事が出来るという利点がある反面、BETAの密集地帯では自在に操る触手が脅威であった。
通信終了から7分後、8体目の要塞級を振動剣で開きにした時、ついに振動剣が限界をむかえた。
大きな音を立てて、根元から刀身が折れてしまったのだ。
音叉の形状を採用した振動剣が、鍔元で最も力が集中しやすく成るために、通常の形状よりも壊れやすく成っている事を承知していた俺は、
何時か折れることを覚悟して無理な使い方をしていたのだが、折れたタイミングが悪かった。
要撃級の手腕を回避していた時に、自身が発する振動によって前触れ無く刀身が折れた事で、急激な質量の変化が生じ、
その急な変化についていけなかった俺は、僅かにバランスを崩しグレイゴーストの動きを止めてしまったのだ。
そこに、要塞級の触手が背後から迫っている。
要撃級の触手の動きを心眼で感じていた俺は、搭乗制限を30秒間限定解除し機体性能を10%押し上げるフラッシュモードを起動させ、
研究資料として持ち帰ることを期待されていた振動剣の残骸を躊躇無く放棄し、振り向きざまに右腕を振り上げ触手を迎撃する。
実戦で使用した振動剣の実物を持って帰りたかったのだが、最も重要なのは振動剣を実戦で使った機体のモーションデータである。
耐久試験ならBETAの死体を使っていくらでも出来ると、俺は割り切ったのだった。
まともに受ければ大破が確実な要塞級の触手だったが、ナイフシースに付けられブレードエッジ装甲で触手先端にあるかぎ爪状の衝角を受け流し、
グレイゴーストの右腕を巻き取ろうとする動きを見せていた触手を、受け流す動作を使って切り飛ばした事で、
右腕フレームの歪みと強酸性溶解液による装甲の腐食だけという被害に留める事に成功する。
「くっ!
右腕にダメージ、右ナイフシースのブレードが死んだか!?」
素早く体勢を整えた俺は、再び繰り出された要撃級の攻撃をサイドステップで回避すると同時に、
試作長刀を展開し攻撃の為に延びた要撃級の腕を、ひじ関節にあたる部分から切り飛ばした。
右腕フレームの歪みによる動きの変化を、騎乗の能力と経験で感じた俺は、斬撃モーションの修正が終わるまでの間に、
触手の射程圏内である50mm以内に要塞級の接近を許し、複数の触手に襲われる危険性を排除するために、
今まで温存していた試作突撃砲の120mm砲弾と98式支援砲の90mm砲弾を使って要塞級を掃除を行うことを決めた。
近くに居た複数の要塞級を試作突撃砲の120mm砲弾で沈黙させて空間を確保した俺は、支援砲で遠くに居る要塞級の足の付け根を狙撃していった。
複数の90mm砲弾が中った事で、片側の足を全て吹き飛ばされ機動力を奪われた要塞級は、遠くの重光線級から身を守るための生きた壁となったのだ。
要塞級を狙撃している間、接近するBETAへの対処を二門の試作突撃砲から放つ36mm砲弾で行っていたのだが、
50体目の要塞級を狙撃した時点で、ついに36mm・120mm共に弾切れを迎える事になる。
試作突撃砲には、銃剣として使える可能性も残されていたのだが、機体を軽くする事を優先した俺は、
可動式担架システムごと試作突撃砲をパージした。
この時点でグレイゴーストに残された装備は、弾数が残り30%となった98式支援砲一門,使いかけの試作長刀1本,大型近接戦短刀2本,
機体各所に設けられたブレードエッジ装甲だけであった。
また、グレイゴーストは完全な帝国軍仕様とは成っていないため、使い方によっては切り札に成り得るS11を搭載していなかった。
これ以上の要塞級への狙撃を諦めた俺は再び移動を開始、着地地点を確保する手段を試作突撃砲から支援砲による正射に切り替え、
短距離噴射跳躍を繰り返して戦場を駆けて行くのだった。
通信終了から9分が経過し、俺が設定したタイマーはAL砲弾発射開始予想時刻まで残り1分を示していた。
だが、生き残る希望が見えてきたと感じた矢先、ついに俺の戦いが崩壊する時を向かえた。
限界を迎えたのは、グレイゴーストでも試作長刀でも無く、俺の体だった。
俺は、戦術機一機 対 師団規模のBETAとの戦いを成立させるために、
己の居る空間を中心に意識を拡大させて存在を感じる事のできる心眼と名付けた力を使っていた。
心眼の範囲を遠距離に居る重光線級の狙撃に合わせて、射線確保の為に動くBETA群を感じて反応できる最低距離に限定し、
明鏡止水の境地に至る事で心眼の反動を軽減するなどの対策もしていたのだが、認識範囲内にいるBETAの数が膨大だった事で、
己の限界を予想より早く超える事になった俺は、処理限界の証である頭痛に苛まれる事になったのだ。
心眼の反動で意識が飛ぶ事を恐れた俺は、心眼の範囲を縮小する事を選択する。
そう、俺はこの時BETAという存在を恐れ、決して守りに入ってはいけない状況で、守る事を選択してしまったのだ。
思うに、この時の俺は明鏡止水の境地からも外れていたのかもしれなかった。
そうした心と体の乱れに、偶然にもBETAの動きが呼応してしまう。
俺の背中に悪寒が走り、グレイゴーストからは初期照射を知らせる警告音が鳴る。
なんと俺の背後で、行動不能に追い込んだ要塞級から複数の光線級が出現し、密集状態では攻撃できる手段を持っていないと高を括っていた存在が、
他のBETAが存在しない斜め上に射線を取る事でグレイゴーストを照射圏内に捉え、レーザー照射を開始していたのだ。
足元はBETAの死骸で満たされ、飛び退くほど回りに空間が残されておらず、上に跳び上がろうにも、直ぐ傍にいる光線級にとって、
空は追撃し易い空間である上に、遠距離にいる重光線級にとっても、最高の狩場となっている空へ逃れる事は、出来ない選択肢だった。
絶体絶命の危機を感じたのか、俺の体は勝手に走馬灯のような情景を映し出した。
自分がこの世界で生まれてからの出来事が流れた後、情景は俺が想像するだけだった未来へと移って行く。
そこでは、俺が守りたいと感じていた皆が、一様に満足そうな笑みをたたえていた。
ただし、その中に御剣信綱の姿は無い。
まるで、始めから存在していないかのように・・・。
この情景を見た時に己が感じた事、それは怒りでも哀しみでもない、ここで消える訳には行かないという感情の爆発、生への衝動だった。
「まだだ!
まだ、貴様等に遣られる訳には行かないんだー!!」
脳裏に映る情景を振り払って叫び声を上げた俺は、意識を飛ばすことも覚悟の上で、再び己の持つ力の全てを開放、
フラッシュモードを起動させ、グレイゴーストをうつ伏せに倒れこませる。
本格照射が始まる中、複数のレーザー照射により対レーザー装甲を焼かれながらも、辛うじて地面に伏せる事に成功したグレイゴーストだったが、
伏せる速度を上げるために体とは逆に振り上げられた二基の跳躍ユニットのうち、右側は完全に破壊され、
背面の肩部に装備されていた支援砲は、可動式担架システムごと失われる事になった。
更に、上半身前面の対レーザー装甲は、再照射を受けられる状態では無くなっていたのだった。
包囲されていた直後に見せていた微笑とは異なり、俺の表情はいつの間にか自覚できるほど口角は上がり、犬歯を剥き出しになっていた。
俺は、その獰猛な笑みを浮かべたまま大きく吼える。
「たかが、跳躍ユニット1基と射撃兵装が無くなった位でっ!」
肩部に残されていた可動式担架システムの残骸を切り離した俺は、見方誤射を絶対に行わない光線級が決して照射出来ない位置を維持するために、
伏せたままの体勢で地を這う蜘蛛のようにグレイゴーストの四肢を動かして光線級に接近し、試作長刀の斬撃で光線級を沈黙させた。
近くの光線級が撃破したことを確認した俺は、グレイゴーストを立ち上がらせ、機体に取り付いた戦車級を、他のBETAに押し付けて潰して行った。
再びグレイゴーストが自由を取り戻した時、グレイゴーストはBETAの血の色で真っ赤に染まっていた。
俺は、押し寄せるBETAを処理しながらも、僅かな時間を見つけて機体の設定を変更、
機体を保護するために有ったフラッシュモードの制限時間を取り払う事に成功する。
満身創痍では有ったが、ここからがグレイゴーストと俺がみせる事が出来る最高の戦いの始まりだった。
機体各部を軋ませながらもグレイゴーストは、俺の無理に答えてくれた。
近接格闘戦を想定した強固なフレームが、破綻せずに付いてきてくれたのだ。
時間の経過と共に、更に滑らかさを増していく機体に、俺は己自身がグレイゴーストと成ったかのような一体感を感じていたのだった。
通信終了から12分後、漸くAL砲弾の飽和射撃が始まった。
重金属雲の発生を確認した俺は、すぐさま長距離噴射跳躍の準備に入っていた。
「「信綱!(隊長)」」
そこに、吹雪・強行偵察型に乗る二人から通信が入る。
吹雪・強行偵察型からは、俺の機体の情報が丸見えの為、跳躍ユニットが1基破損している事も分かっているのだろう。
先ほどよりも疲れた表情でありながらも、二人は心配な目でこちらを見つめていた。
「大丈夫だ。
弐型で、跳躍ユニット1基での噴射跳躍をする事が有っただろ?
それをグレイゴーストでやるだけだ。」
俺は、自信満々の笑みを浮かべた後、地上で戦う事を考え、バランス取りの為に残していた右の跳躍ユニットを廃棄し、
機体の力も使って大きく跳躍すると同時に、左の跳躍ユニットを全力運転させた。
肩部のスラスターと四肢を使ってバランスを取り噴射跳躍を続けるが、出力不足により次第に高度は落ちていく事になる。
グレイゴーストは、失速して高度が下がるたびにBETAを踏み台にして跳躍し、噴射跳躍を行う。
それを八回ほど繰り返した時、乱戦の中で調子を悪くしていた左の跳躍ユニットからオーバーヒートのメッセージが届けられる事になる。
しかし、騎乗の能力で感じる情報を信じてその警告を無視して長距離噴射跳躍を続けた結果、
辛うじて自身を囲んでいたBETA群と殿の斯衛軍部隊と交戦しているBETAとの間に降り立つ事が出来たのだった。
「そなたと戦場で会うのもこれで二度目だな、御剣大尉。
いや、ロンド・ベルの光線級殺しと呼んだ方が良いかな?」
「御久しぶりです、斑鳩中佐・・・。
私はその呼ばれ方よりも、御剣という名の方が気に入っております。
できるならば、そちらの名でお呼び下さい。」
「分かった、以後そうする事にしよう。
御剣大尉、斯衛軍第16大隊の一部をそちらに向かわせる事にした。
上手く合流するのだ。」
「斑鳩中佐!
この状況なら、自力で斯衛軍と合流する事も可能です。
こちらに戦力を割くよりも、戦線の維持に注力してください。」
「よい。
これは、そなたが多くのBETAを引き付けてくれた事に対する礼だ。
気に病むことはない。」
「・・・はぁ。」
斑鳩中佐の言葉に毒気を抜かれた俺は、思わず間抜けな声を上げていた。
「それに、出さねば武田や月詠らも煩いしからな・・・。
詳しい事は、戦いの後で話をするとしよう。」
光州作戦での功績により、一つ階級が上がった斯衛軍第16大隊隊長の斑鳩中佐からの通信は、こうして一方的に切られてしまった。
最後に斑鳩中佐が発した言葉に疑問を覚えつつも、気を引き締めなおした俺は、着地の体勢から上体を起こした。
そして、赤と白のツートンカラーのブラックウィドウⅡは、残っていた一基の跳躍ユニットを切り離した後、
少しでも早く援軍と合流するために、援軍が向かってくる方向に向けて、全力の主脚走行を開始した。
全力の主脚走行により、時速にして90km/hに達したグレイゴーストを追う事は、包囲網の外側に居たBETAの小型種には無理な事だった。
俺は、斯衛軍と戦闘を行っていたBETA群に対して背後から突入を行う。
BETAの隙間を縫うように移動したグレイゴーストは、無事赤い不知火壱型乙2機,白い不知火壱型乙2機,
吹雪・強行偵察装備の合計5機で編成された部隊との合流を果たす事になる。
「「「信綱!」」」
そして、合流直後に三機の機体から、怒声が届けられる。
俺は、その声の主である真耶,真那と香具夜さんの三人に対して、平謝りする事しかできなかった。
「すまん、心配をかけた。
後でいくらでも話し合いの時間を作るから、
ここは本隊との合流を急ごう。」
「その口ぶりからは、全く反省の色が見えんな。
この馬鹿者が!」
「BETAに単機で挑む様な愚か者が、帝国軍の衛士を勤めているとは・・・。
信綱、もう一度訓練校からやり直すか?」
「馬鹿に付ける薬は無いとは、まさにこの事じゃ。」
俺の言葉に反応して、真那は更に怒りの声を上げ、真耶は冷たい視線と共に痛烈な一言を発し、
香具夜さんは心底呆れたような声を上げた。
三人の様子に、もう一度謝罪の言葉を口にした俺は、気持ちを切り替えて斯衛軍本隊との合流の指示を出した。
白い不知火壱型乙から突撃砲を一門譲り受けたグレイゴーストを中心に、5機の戦術機が円形の隊列を構築すると直ぐに移動を開始、
数分後には、無事斯衛軍本隊との合流を果たす事となる。
跳躍ユニットと可動式担架システムの全てを失っていたグレイゴーストでは、戦闘の継続を難しいと判断した俺は後方に下がり、
事前に準備していた87式自走整備支援担架にグレイゴーストと吹雪・強行偵察装備を乗せ、
琵琶湖南部にある近江大橋(おうみおおはし)から、琵琶湖運河(大阪湾-琵琶湖ライン)を渡り、安全圏まで退避したのだった。
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コメント
皆様こんばんは、あぁ春が一番です。
更新が遅れて申し訳ありませんでした。
最早、1ヶ月に2回の更新ではなくなり、2ヶ月に3回の更新となっているようですが、
まだこの作品を続けて行く気力は残っています。
ただし、気力は有っても時間は無く、時間を作ってもこの作品の執筆以上に遣りたい事が有れば・・・。
目下の敵はモン○ン・・・、では無く己自身なのかも知れません。
今回は、調子に乗って突入したら包囲殲滅されそうになった主人公が必死に逃げ回るという話でした。
包囲されてしまった理由は、次の話で書きます・・・。
試作大剣(振動剣)とEXAMシステムver.2.5を実戦で使うなど、新しい設定も出てきました。
両方ともかなり始めから皆様のご意見と共に煮詰めてきた設定ですので、
個人的には満足したものに仕上がっていると考えています。
ただ・・・、この話はこんな展開で良かったのでしょうか。
チートが酷すぎて、テンションが↓とかになっていませんか?
皆様が、熱血してくれていれば、最高なのですが・・・。
これからも時間を見つけて、構成や表現方法を改善して行きたいと考えています。
何処まで足掻けるかは分かりませんが、行ける所まで行きますので、
皆様の貴重なご意見をお待ちしております。