俺が横浜に移動した部隊と離れ、京都で軍から与えられた休暇を過ごしていた事には、それなりの意味があった。
その意味とは、大陸に渡る前にしたある約束の返事を貰うため、という酷く個人的なものだった。
ただし、仕事を滞る事無く進めているし、この休暇逃すと一年以上会う時間が取れそうにないのだから、情状酌量の余地はあると思っている。
もっとも、部隊の皆には京都にある御剣財閥関連の部署や、斯衛軍訓練校に行くとだけ説明していたが・・・。
今日は、その相手が漸く休暇が取れたというので、昼から都内を観光し夕食を共にする事になっていた。
しかし、俺には昼までに残された6時間の間に、御剣重工帝都支社の一室に積まれた資料の山をどうにかして、
処理するという試練が待ち受けていたのだ。
幸いにも初日と比べて量が1/5になり、優先順位を決める時に内容を軽く見るついでにメモを貼り付けているので、
何とか時間内に終える事が出来そうではあった。
「出来れば早めに終わらせて、
仮眠を取ってシャワーを浴びたいところだが・・・、厳しいかな?」
「・・・これが話に聞いた、信綱の引篭もりか。」
「信綱・・・、少しやつれていないか?」
今、室内には俺しかいないはずなのに、他人の声が聞こえたのは気のせいだろうか。
俺は、慌てて気配を探ると同時に、PCの画面から目を離し室内を見渡した。
「・・・真耶、・・・真那。
会うのは昼からの約束じゃなかったか?」
「今日と明日の二日間は、休暇になっているので時間があったのだ。
それに、お前が無茶をしているという情報を得たのでな・・・。」
「そこで予定より早く来て見れば・・・。
予想通り、信綱は無茶をしていたと言う訳だ。」
何と、室内に侵入していたのは真耶と真那だったのだ。
どうやら俺の事を心配して、態々約束よりも早く御剣重工帝都支社に来てくれたらしい。
俺は、まったく警戒していなかったとはいえ、室内への侵入に気が付かなかった事に、勘が鈍ったかなと考えながらも二人の言葉に返事を返す事にした。
「無茶をしている認識は無いぞ。
一日の徹夜ぐらいでどうにかなる体ではないからな。」
「確かに、一日の徹夜でどうにかなることはないと思ってはいるが・・・。」
「では休暇に入ってから合計で、何時間の睡眠を取ったのだ?」
「・・・・・・。」
ここで俺が出すべき答えは、六日間で合計9時間,一日平均で一時間半だ。
更に訓練校に行く事がなければ、もっと睡眠時間は短くなっていた事だろう。
俺は、その事がばれると後々面倒な事になると考え、何とか誤魔化すべく言葉を発した。
「そう言えば、よくこの部屋まで入れたな?
それなりにセキュリティーが厳しい筈なんだけど・・・。」
「・・・昔横浜に勤務していた社員と偶然入口で出会ったのだ。
その人が快く案内してくれた。」
「子供の頃は、三人でよく会社に顔を出していたからな。
そこで私達の顔を覚えてくれていたのだろう。」
「じゃあ、どこ・・・「「信綱!!」」
「「一日、何時間寝ていたのよ!」」
「すみません。一日、一時間半くらいです。」
俺は、二人の放つ雰囲気と言葉に反応して、条件反射的に正直な答えを返してしまっていた。
これが男なら問題なく誤魔化せる自信があるのだが、どうやら俺は女性に強く迫られる事になれていないらしく、
どうしても誤魔化す事が出来ないのだ。
俺はこの時、失敗したという感情が表情として出ていたため、更に二人の感情を逆なでする事になったのだった。
真耶と真那は睡眠時間が短すぎると怒った後、今している仕事を早々に終わらせて睡眠をとらすという結論に至ったようだった。
幸いにも、機密の高いものは優先して終わらせているので、この場所にあるのは外部に盛れても問題の無い書類しか残っていなかった。
俺は早速、二人に資料とメモ,御剣電気が開発したノート型PCを渡し書類の作成と添削をしてもらう事にした。
俺達は所々に会話を挟みながらも、作業を行なっていった。
「そう言えば、俺が引篭もりをしているなんて、どこからその情報を得たんだ?」
「香具夜さんから聞いたのだ。」
「信綱との連絡が取れなくなったから、また引篭もりをしているはずじゃ・・・とな。」
質問をした俺は、薄々情報源に気が付いていたがどうしても聞かずにはいられなかったのだ。
その理由は、俺が次に発した言葉に全てが込められていた。
「何時の間に連絡を取り合う仲になったんだ?
まだ、一回しか会っていない筈なのに・・・。」
「互いに思うところがあったのだ。
詳しくは聞くな。」
「色々あって、今の所は情報の共有を行なっているのだ。
互いに、信綱が変な事をしないか監視する事にもなっている。」
「真耶ッ!」
「真那・・・。
香具夜さんの方が普段から近くにいるのよ・・・。
私達は、少し自己主張する位で丁度いいのよ。」
二人が軽く睨み合いを始めたのを見た俺は、意識をこちら側に向けさせる事で睨み合いを止めさせようと、
二人の間に割り込むようにして話しかけた。
「別に監視なんてしなくても、自分の限界は理解しているつもりだ。
心配しなくても、大丈夫だよ。」
「「(私達が心配しているのは、それ以外の事なのだが・・・。)」」
「・・・どうしたんだ二人とも。」
「「お前は、気にしなくてもいい。」」
俺は二人の言葉に従い、再び資料に対する意見書をまとめる事に取り掛かった。
今見ている資料は、戦術機の生産状況に関する資料だった。
現在、国内で一番生産数が多いのは、岐阜・愛知・静岡県にまたがる中京工業地帯である。
おおよそ国内生産の半分が集中する事から、もしこの地域に被害が及ぶと帝国は一気に苦しくなると考えられていた。
俺はこの危険性を指摘し、以前から千葉・茨城等の太平洋に面する東関東地方や福島などの南東北地方で、
戦術機等の兵器類や工業製品の生産を行なうように指示をしてきたのだ。
ただし帰国して調べてみると、今年に入り漸く福島県の戦術機生産工場が完成したという段階で、
思っていたより生産拠点の移動は行なわれていなかった。
しかし、それも俺の帰国と九州の警戒レベルの引き上げで、一気に流れが変わる事になった。
明確なBETAの脅威を感じる事になった幹部が、一斉に生産拠点の移動に賛成したのだ。
その議決を受けて、この度九州にあった工場は社員とその家族と一緒に、全て福島県に移転させる事が決定した。
俺はこの決定に満足し、中国・四国地方の工場移転も検討する事と、社員への十分な保障を行なうようにという意見書を書く事になる。
また、戦術機の生産は、F-4E/ファントムとF-4J-E/鞍馬の生産がオーストラリアで拡充されるなど、活発に行われている。
このオーストラリア工場拡充計画は、本土防衛戦の時に発生するであろう国内の避難民を、本格的に移民させるための下地作りにもなっているのだった。
「そう言えば、私達がお前の仕事を手伝ってもいいのか?」
「・・・拙いかもしれない。」
「「なに!?」」
「だが・・・将来嫁になってくれるのなら、大丈夫になるかもしれないぞ?」
俺は意地悪そうな顔をして二人を見つめた。
二人は俺の表情と台詞から冗談である事が分かったのか、怒りの表情を見せいていた。
ただし、可愛らしく頬を赤らめて怒っていては、今一迫力に欠ける怒り方ではあったのだが・・・。
俺は二人を何とかなだめると、次の資料に目を移した。
最後の資料は、食糧生産についてのものだった。
元々食料自給率が低かった日本帝国内では、国民を全て満足させる食料を生産する事は難しかった。
更に、九州地方の警戒態勢が引き上げられた事を受け、今後食料生産に支障が出ると考えられていたのだ。
それを補うための切り札が、以前から取り組んでいた工場での食糧生産だった。
御剣財閥はオーストラリアで日本からの移民を募って、食糧の生産を開始していたのだ。
財政上豊かな土地を購入するほど潤沢な資金が有る訳ではなかったが、工場での食糧生産を行なう予定だった御剣財閥が購入したのは、
地価の安い砂漠地帯と沿岸部の一部であったため、投資する資金を減らす事が出来たのだった。
これを聞いた者は一様に、飛行場や兵器工場を建設すると考え、誰一人として食糧生産工場を作ると考える者はいなかった。
それもそうであろう、当時の常識では砂漠で食料を生産しようなどと誰も考えつかなかったのだ。
通常は食糧生産に適さない砂漠だが、御剣財閥がこれまでに蓄積してきた技術の粋を集める事で、
この地域は合成食料の一大食料生産工場になっていく。
御剣財閥が始めにしたのは、真水生成工場をオーストラリア沿岸部に建造する事だった。
この真水生成工場は、昔から行なっていた海水淡水化技術への投資が実を結んだ結果である。
そして、次に行なったのが其処から得られる水を使って、水耕栽培による植物工場を稼動させる事だった。
砂漠という環境は、雨や曇りの日が少ない事で多くの採光を取り入れる事が出来き、
夜間は昼間の太陽光発電で溜めた電力を使い人工光を発生させ植物の成長を促す事で、非常に効率よく植物を栽培する事が出来たのだ。
後は、海から得られる魚介類などの水産資源と合成たんぱく質を混ぜ合わせる事で、御剣財閥の合成食料生産工場は稼働して行く事になった。
なお、ここでは贅沢品として穀物や野菜の生産も行なわれており、余った水を使って砂漠地帯の緑化にも勤めている。
現在、合成食料の供給はアジア地域を中心に行なわれており、日本帝国内にはあまり輸入されていない。
これらの工場は、移民のオーストラリア国内での雇用を確保する事にも役だっており、使い道のなかった砂漠が金を生む事からも、
現地政府の受けが良い事業だった。
日本がこれらの行動によって、アジア・オセアニア地域と強い友好関係を結ぶ事を、米国やソ連は面白くないと思っているようだったが、
彼等が食料や移民の問題を解決する事が出来ない以上、他国への強力な介入が出来るものではなかった。
俺は、食糧生産の更なる拡充を狙って、西日本を中心に国内で移民を募る事や、国内に残る耕作放棄地を大規模に運用する事を提案し、
必要なら政治家に働きかけ法律を整備する事も考えるように、という意見書を作成する事になった。
この意見書をまとめ終え、二人が作ってくれたものに一通り目を通し終えた時、時間は10時丁度を指していた。
二人の補佐によって、当初の予定より二時間ほど早く仕事を終わらせる事ができた俺は、仮眠室で睡眠をとる事になった。
「約束通り昼まで仮眠を取るから、昼になったら起こしてくれ。
それまでは好きにしてくれていいよ。
・・・何なら誰かに社内を案内させようか?」
「真那と一緒に御茶を楽しませてもらうから問題はない。
お前は気にせず寝ていろ。
・・・真那もそれでいいわよね?」
「あぁ、それで問題ない。
信綱・・・時間が無いから早く寝ろ。」
「じゃあ、お休み~。」
俺は二人の言葉に甘えて、そのまま仮眠室のベッドに倒れこむように寝転んだ。
仮眠室に漂う男臭い空気の中から、かすかに女性の匂いを嗅ぎ取った俺は、その匂いに興奮するよりも先に心が落ち着くのを感じ、
意識を手放す事になった。
次に俺が意識を取り戻した時、俺は真那に膝枕をされている状況に陥っていた。
一瞬何が起こっているのか分からなかったが、頭と首筋に感じる柔らかさに、このままでもいいかもしれないという思考に捕らわれる事になった。
その間の俺は、二人の入室に気が付かなかった事と今回の膝枕に反応できなかった事から、
親しくなった者に対しては極端に警戒心が薄くなるのでは無いかと、真剣に考える素振りを見せながら真那の膝の感触を楽しんでいたのだった。
しかし、何時までもこのままにしておくわけにも行かないため、真那に声をかける事にした。
「真那・・・、足は痺れないのか?」
声に反応し俺の顔を凝視した真那は、その数瞬後小さな悲鳴を上げて急に立ち上がった。
真那が立ち上がった事で体を押された俺は、見事にベッドの上から転落する事になった。
「痛いじゃないか、真那。」
「きゅ 急に起きる信綱が悪いのよ。
起きる前に一言言ってくれてもいいじゃない。」
「さすがに寝ている時に、『そろそろ、起きますよ。』と喋れるほど人間やめてないぞ。」
「それでも、私にも心の準備というものがある!」
「それはそうと・・・、どうして膝枕をしてくれていたんだ?」
「それは・・・、それは・・・・・・、「ずれた布団を直してやろうと近づいたら、無理やりベッドに引き込まれて膝枕を強要されたのだ・・・。
(尤も、その後膝枕の役割を一時間毎に交代していた事は教えられないが・・・。)」」
「はぁ!?」「真耶!?」
「信綱・・・、寝ている間のお前は、何かに抱き付く癖があるのだろう?
(真那・・・、こう言えばいいのよ。)」
「(そ、そうね……。)」
俺は真耶から告げられた事実に驚愕する事になった。
それは、驚きのあまり二人が何かを囁きあっている事もまったく気にならないほどだった。
香具夜さんの時も似たような事があった事を思い出した俺は、自分の駄目さか加減に頭を抱える事になる。
「安心しろ・・・、今のところ男に抱きついたという報告は受けていないし、
お前を誰かが訴えようとする動きも無い。」
「真耶さん、その言い方だとまったく安心できないのですが・・・。」
真耶の余計な補足説明に更に頭を抱える事に俺だったが、重要な事を思い出した事で、
気を引き締めて話題を切り替えることにした。
「そういえば・・・、今は何時だ?
そろそろ出かける時間になっていると思うのだが・・・。」
「何を言っているんだお前は、もう16時を回っているぞ。」
「えッ・・・、もう一度お願いします。」
「だから、もう午後4時を回っていると言っている。」
なんてこった・・・、睡眠時間6時間オーバー・・・。
昼から都内を観光しながら昼食を取り、気分を盛り上げた状態でメインイベントに突入するという俺の完璧なプランが・・・。
「完璧なプランが、始まる前から崩壊してしまった・・・。」
俺は予定が大幅に狂った事を認識した時点で、崩れ落ち床に膝を付いてうな垂れる事になった。
「完璧なプランが何かは知らないが・・・、まだ今日が終わったわけではないわ。」
「お前に誠意があるのなら、精一杯それを見せてくれればいいのよ。」
「ありがとう二人とも・・・。」
「「信綱は、ずぼらだから仕方ないわ。」」
俺は二人の納得の仕方に引っかかるところがあったが、それを無視して行動を急ぐ事にした。
急遽計画を変更した俺は、二人を連れて最終目的地であった京都の老舗旅館に足を運び、そこで風呂に入り軽く汗を流した後、
早めの夕食を取る事になった。
そして、食事を楽しんだ後はいよいよ今日の目的である訓練校での告白の返事を聞くことにしたのだった。
「二人とも・・・、単刀直入に言うよ。
大陸で二年間を過ごした今でも、二人への気持ちは変わらない。
真耶、真那、訓練校で別れる時に言った事の返事・・・・・・聞かせて貰えないか?」
俺は、真剣な目で二人の瞳を交互に見つめた。
それに対して、旅館に入ってから口数が少なくなっていた二人が、ゆっくりと言葉を発した。
「・・・信綱の告白に答える前に、いくつか質問がある。」
「・・・それに答えたら、私達も返事を返そう。」
「そうだね・・・、聞きたい事があるなら何でも質問してくれ。
出来る限り答えるから・・・。」
「どうして、私か真那のどちらかではなく、二人なのだ?」
「正直に言うと自分でも良くわからない・・・。
気が付いたら二人の事が好きになっていたし、一人を選ぶなんて考えられなくなっていたんだ。
複数の人を同時に好きになる事が、良くない事だというのは理解出来るけど・・・、
諦められるほど人間が出来ていないんだよ。」
俺の返事に対して、真耶は呆れたような深いため息をついた。
先ほどの発言通り、二人を好きになった理由は良くわからない。
顔が可愛いとか、性格が好みだとかいくらでも理由を付ける事が出来るが、どれも後付の理由に思えてしまうのだ。
しかし、一人を選択できなかった理由には心当たりがあった。
様々な兵法書を読んでいく中で身に付けた、正攻法が無理ならその前提条件からひっくり返す事で状況を打破するという思想が、
二人と同時に付き合える可能性を導き出していたため、本気で一人を選ぼうという気持ちになれなかったのだ。
尤も、ここで導き出した方法は、相手の同意や法律などの問題があり、自分でも可能性が高いと思えるものでは無かった。
そして次は、真那からの質問に答える事になった。
「・・・、私達以外に好きな女はいないと断言できるか?」
「今のところはいないよ。
ただ・・・、二人を同時に好きになったという前科がある以上、将来の事を断言する自信はない。
俺が胸を張って言えるのは、他の誰かを好きになったとしても二人への気持ちは変わらないという事だけだ・・・。」
「信綱・・・、本気で言っているのか?」
「あぁ。
余りほめられたものではないという自覚は有ると言っただろう。
今の俺は、嘘をつかない事でしか誠意を見せられない・・・。
後、他の人に手を出さない事は約束できるよ。」
「当然だ・・・、もしそうなった時は・・・・・・、
命は無いと思え。」
真那はそう言って俺を睨み付けてくる。
互いの実力差を考えると、もし真那単独に命を狙われた場合なら生き残る事は可能だろう。
だが、其処に真耶が敵として加わるとすると、生き残る可能性は五分五分だ。
いや、二人を傷つける覚悟が無い自分では、真那の言葉通り確実に殺される事になるだろう。
俺はその真那の真剣な眼差しを正面から受け止め、自分に嘘が無い事・・・やましい気持ちが無い事を伝える事にした。
しばらくの間俺の目を見つめ続けていた真那だったが、急に頬を赤らめ顔をそらす事になった。
顔をそらした事についてたずねようとした俺に、真耶からの質問が投げかけられる。
「もし、三人で交際を始めようとしても、父上達が許してくれないぞ。」
「記憶が確かなら、二人が無現鬼道流に入門した当初、
月詠家の当主・・・二人にとっての祖父は、『どちらか片方なら嫁にやってもいい。』と言ったらしい・・・。
それに俺の祖父さんもその話に乗り気だった。
心変わりしていなければ、御剣家と月詠家の婚姻は問題ないだろう。
後は、相手が二人になった事だが・・・。
如何にかして説得するしかないだろう。
幸いにも、月詠家には真那の兄さんが残っているから、跡継ぎ問題にはならないよ。」
「「御爺様・・・。」」
二人は、祖父がそのような時期からそういった事を考えていた事に驚きを隠せない様子だった。
「正面から行って駄目だと言われたら・・・、搦め手で行くしかない。
世界を平和にした後にイスラム圏に引っ越すか、
法律を改正して結婚という既成事実を作るというのはどうだ?
さすがに其処まで話が進めば、誰も反対できないはずだ。」
「できるなら、国外に永住する事は避けたいわね・・・。」
「そうよね、改宗する事にも抵抗があるし・・・。」
「なら法改正しかないのか?
誰か上手く話をまとめられそうな政治家がいたかな・・・。
そう言えば・・・、
さっきから質問が付き合う事を前提としたものになっている気がするのですが・・・。」
二人は俺の発言に対して、ばつが悪そうな表情を見せた後、取り繕うように反撃してきた。
「信綱の事だ、法律を改正しようというのも、合法的に他の女に手を出すための口実作りだろう。」
「そうだ、堂々と複数の女性に手を出そうと考える男にそう易々と惚れるほど、私達は易い女では無いぞ。」
そして、二人は俺に対して『馬鹿につける薬は無い。』と言ってきた。
しかし、二人の様子を良く見てみると本気で怒っている雰囲気ではなかった。
どちらかと言えば、拗ねているとも取れる二人の反応に、後一押しが有れば何とかなるかもしれないと感じた俺は、
これで上手くいかなければしばらく付き合うのはお預けだろうと考えつつ、小さな箱を取り出した。
「どちらか一人を諦めるとか、両方と付き合わないという選択肢は俺にはない。
俺が出来るのは、二人と付き合うに足る漢となるように、努力し続ける事だけだ。
・・・聞いた話だと、欧米では婚約や結婚の証に指輪を送るらしい。
本当は正式な結納を交わしたいところだけど、今はこれが精一杯だ。
真那、真耶、俺と結婚しよう。」
そう言って俺は、箱の蓋を開けこの日の為に用意していた指輪・・・、俗に言う婚約指輪を二人の前に取り出した。
その指輪は、指輪の内側に文字が彫られているだけの飾り気の無い銀色のリングだった。
始めは宝石を散りばめる事も考えたのだが、いつも身に付けておいて欲しいという願いを込めて今のような形に落ち着いたのだ。
俺は無言でこちらを凝視する二人の左手を取り、恐る恐るその薬指に指輪をはめていった。
その指輪は、目測で指のサイズを測った割には、きれいに二人の指に収まってくれた。
二人は呆けていたためだろうか、嫌がる素振りを見せず素直に受け取ってくれたのだった。
「俺は欲張りなんだ、一人に決めるなんて事はできそうに無い。
もう一度言うよ、御剣 信綱は月詠 真耶と月詠 真那の事を愛している。」
二人は俺の言葉に返事を返すことは無く、しばらくの間顔を俯けたままだった。
あまりにも反応の無い二人の様子に、恋愛経験が豊富とは言いがたい俺は狼狽する事になった。
やばい・・・、焦りすぎたのか?
いきなり婚約や結婚の話をしたのは早かったか・・・
俺の焦りをよそに、二人は漸く口を開き喋りだした。
「真耶・・・。
何れ決着を付けると言っていた話・・・、一時休戦というのはどう?」
「そうね・・・、真那との決着を先送りにするのは残念だが・・・。
信綱がだらしないせいで、決着はしばらく付けられそうに無いし・・・。」
「えっと・・・、二人の言いたい事がよく分からなかったのですが・・・。
二人の結論は?」
「「婚約の話・・・、お受けいたします。」」
二人はそう言って、三つ指をついて俺に対する返事を返してきたのだった。
「・・・・・・。」
「「・・・・・・。」」
「うおぉぉぉぉー、やった、やったぞー!!」
俺は、二人の返事に思わず歓喜の声を挙げることになった。
この時が、この世界で生まれて苦節20年、初めて恋人がいない生活から脱出した瞬間だった。
この時の俺は、出来たのが恋人を通り過ぎた婚約者であると言う事にも、まったく気が付かないほど感激する出来事だったのだ。
昔は心が枯れる事を心配していたが、精神が肉体年齢に引っ張られているのか、特に恋愛感情は他の20代の男と変わらなかったようである。
僅かに冷静さを取り戻した俺は、いつも持ち歩けるように指輪をネックレスとして身に付けるために使う、銀製のチェーンを二人にプレゼントをした。
その時に、いつも身に付けておいてほしいと顔を覗き込みながらお願いすると、二人は頬を赤らめて『仕方ないな』と返事してくれたのだ。
その返事を聞いた俺は、対BETA戦と平行して、真剣に議会工作による法律の改正を真剣に検討し始めたのだ。
正直に言うと、余り政治に介入する事は避けたかったのだが・・・、今の俺は昔と比べると一味違う!
それに、現在の若者における男女の比率を考えると、一夫一妻制は維持するのが難しくなりそうだし・・・。
また、最終手段としては妾という日本で古くから伝わる風習が残されていた。
偉い者ほどその血を絶やさぬようにと言って行なわれていたこの制度は、生まれてくる子供を養子とする事で、
正妻と妾が同意していれば現在でも実行可能な方法では有った。
それで、正妻と妾が一緒の家に住むと側室となるわけだが・・・、二人の事を思うとこの手段を取るという選択肢は俺には無かった。
思考の海に沈みそうになった俺だったが、二人の声を聞いて意識をそちらに向ける事になる。
「そう言えばこの指輪・・・、見た目よりも重く感じるわね?」
「真那、恐らくこの指輪は白金で出来ているのよ。」
「真耶、残念ながら白金では無くイリジウム合金製だ。」
「「イリジウム?」」
「イリジウムは全元素の中で一番重いとも言われ、融点は二千度以上、金や白金も溶かす王水にも耐えられるんだ。
これ以上強靭な金属は早々ないと思うぞ。」
残念な事にイリジウム自体は金よりも安い素材だったが、一般に出回る事が少ないうえ加工が難しいために、指輪にするには意外と高くついている。
それに指輪に込めた願いを考えると、それほど悪い指輪ではないと俺は考えていたのだった。
「質実剛健をむねとする御剣家らしい指輪だと思っていたが・・・。」
「その凝り方は信綱らしい発想だな・・・」
互いの思いを確認し合い婚約をしたと言っても、長年築いてきた関係が急に崩れる事はなく、いつもと変わらない雰囲気で俺達は会話を再会していった。
そして、その日の晩・・・
三人は同じ部屋で夜を過ごす事になるのだった。
旅館で一晩を過ごした俺は、それ程長い睡眠時間をとった訳ではないのに、妙にすっきりとした朝を迎えていた。
それに対して真耶と真那の二人は、俺が起きた事にも気が付かず、暫く時間が経った今も夢の中の住人だった。
俺はまだ寝ている二人に書置きを残した後、御剣重工帝都支社で荷物を受け取り帝都駅に向かう事になった。
こうして、忙しい帝都(京都)での日程を終えた俺は、部隊と合流するために高速鉄道で横浜に向かう事になったのだ。
その日の昼新横浜駅に到着した俺は、出迎えに来ていた香具夜さんから部隊の現状報告を受けると同時に、一つの辞令を受け取る事になる。
その辞令には、本日付で俺が大尉に昇進したという事が書かれてあった。
休暇が空けた俺は、いつの間にか大尉になっていたのだ。
臨時大尉の肩書きが外されてから、僅か二週間後に正式に大尉となっているのだから、茶番と言ってもいい人事である。
しかし、今のところ高い階級が邪魔になる事は無いと考え直した俺は、素直に受け入れる事にしたのだった。
そして、基地に到着した俺を待っていたのは、ハンガーに並ぶ新品の戦術機達であった。
其処には、不知火弐型のパーツを一部使った不知火・吹雪の改造機、通称『不知火改』『吹雪改』が並び、
一番奥には俺の愛機となるはずのデモンストレーター用の赤と白のツートンカラーに塗装された不知火弐型もいた。
俺は、その光景に対BETA戦の準備が整い始めている事を確信し、決意を新たにする事になった。
俺が戦術機を見つめている様子に気が付いた、ロンド・ベル隊で突撃前衛長を務める佐々木 浩二 中尉と、
俺の副官を務める武田 香具夜 中尉が声をかけて来る。
「どうした隊長?
この間までと雰囲気が違うな・・・。
もしかして、京都で大人に成って来たとか?」
「何を馬鹿な事を言っておるのじゃ佐々木は・・・。
信綱もこの馬鹿に何か言ってやるのじゃ。」
「・・・佐々木さん、・・・香具夜さん、実は婚約者が出来たんですよ。
雰囲気が変わったといえば、そのせいですかね?」
「何っ!?(何じゃと!?」
「だ 誰と婚約したのじゃ!」
「残念ながら今は言えません。
まだ、互いの親から了解を得たわけではありませんから・・・。
正式に結納を交わした時に教えますよ。」
俺は婚約者が二人である事を正直に伝える事に躊躇した事と、互いの親から許可を得ていない本人同士だけの約束であるため、
婚約者が出来たと言う事だけを目の前にいる二人に伝える事にしたのだった。
それに対して、二人は複雑な表情を見せていたが、最終的にはお祝いの言葉をかけてくれる事になった。
こうして短い間であるが、俺とロンド・ベル隊の横浜での新しい生活が始まるのだった。
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コメント
皆様、いつもご意見・ご感想・ご指摘・ご質問の数々を感想板に書き込んでくださり、ありがとうございます。
時間が取れなかった事と、台詞に悩まされる部分が多かったため投稿が遅れる事になりました。
毎度の事ながら、お待たせする事を心苦しく思っています。
今回、主人公と月詠さん二人が正式に付き合い始める事になりました。
少し展開が速いような気もしますが、このまま放置すると二十歳を過ぎても彼女なしという悲しい事態になるので・・・、
仕方がありませんよね?
自分の中の全力を振り絞って書き上げましたが、上手く書けているか心配です。
恋愛の方程式でもあれば楽なのにな・・・とついついアホな考えが頭を過ぎってしまいます。
そして、インターミッションが終わらない・・・。
早く話を進めたいのですが、ネタが思い浮かぶのでどうしようもありません。
ここは思い切って、次の話は不必要な話題を後に回して本土防衛戦突入・・・まで行きたいなと考えています。
この作品の投稿ペースは、始め毎週更新だったのが隔週更新になり、今月はまだ二回しか新話の更新が無い状況に陥っています。
その事を考えると、他の作者様の更新ペースに脱帽しております。
この後は、何とか時間が確保できる予定ですが、世間はあるイベントの話題で持ちきりになっている様子です・・・。
私もこの雰囲気に飲まれる可能性を否定できずにいます。
そうなった場合、来週はもしかしたらまた設定集で御茶を濁す可能性があります。
その時は、すみません。
ただし、設定集のネタはそれほど多くないので、直ぐに誤魔化しが出来なくなりそうです。
それまでに、公私共に時間の余裕が生まれるといいのですが・・・。
返信
皆様からいつも様々なご意見をいただいております。
あまりに多すぎるため、今回もいくつかを選択しての控えめな返信にさせていただきます。
選択から漏れてしまった皆様には、大変申し訳ない事をしていると思いますが、
全てのご意見・ご感想に目を通していますので、その点はご理解いただけたら幸いです。
A-10 サンダーボルトⅡ、4脚化・・・。
少し考えただけでも圧倒的な火力が搭載される事が想像され、実にうらやましい設定です。
作るとしたメーカー的に米国になるのでしょうか?
米国ではそれ以上の火力を搭載する事になりそうなA-12 アベンジャーを開発中ですから、
それを改修するのが正等のような気がします。
後は、○○の動向しだいですので、少し検討してみたいと思います。
鎧 左近・・・
存在を忘れかけていました。
主人公の行動から考えると、今のところ接点は皆無だと思われます。
陰謀が渦巻く時に出番があるかも知れません。
スーパー系を引っ張って・・・。
むむむむむ・・・、そう言った作品は大好きなのですが、自分が書くとなると上手く想像が出来ません。
無駄にリアル系に走りたい年頃なのでしょうか?
ですが、戦術機の乗り物として馬を採用するとなると・・・、夕日に映えそうなシーンが完成しそうです。
戦術機のカラーリング・・・。
戦意高揚のためにも専用カラーがあると、話的にもおいしいのですが・・・。
斯衛軍に好きな色を取られている事と、富士教導隊のように対人戦を考えたカラーリングが有る事を考慮すると、
少し難しいかもしれません。
しかし、デモカラーを使い続けるという裏技が・・・・・・。
ちなみに、二式のデモカラーは原作と、ある作品の大尉が使用したデモカラーを参考にして妄想をしています。
ザクタ~ンク・・・。
最高の脇役かも知れません。
普通のショベルカーやブルドーザーでいいとは思うのですが、ついつい惹かれてしまいます。
ただし、原作で塹壕を掘るのは盾装備の戦術機も行なっているそうです。
対レーザー蒸散塗膜加工装甲とかバッテリーなどの改良・・・。
香月博士の性格を考えると友人は少なそうですが、知り合いは多いのかもしれません。
今のところCPU等の博士自身の研究成果の一部と引き換えに、資金を提供しているという関係ですが、
原作を考えると必然的に接近する必要が有ります。
其処からどうなるかは、今後のお楽しみという事で・・・。
(注.私自身もエンディングに至るまでの詳しい過程はまだ考えていません。)
遠田の技術者の鬱憤が溜まっていそうな気がします・・・
なんてこった・・・、其処まで考慮して話を進めていませんでした。
一応今の時点で、買収から12年の月日が流れていますが、活躍する場を与えていないと
会社を辞めてしまう可能性もありそうです。
少し、プロットに書き加えたので今後、こっそりと活躍するかも知れません。
A-12 アベンジャーの共同開発・・・
しまった、奴の配備は1999年だった。
今から介入するのは難しそうですので、共同開発には何か良いアイデアをひらめく必要が有りそうです。
パンツァーファウスト式よりかRPG式・・・
RPGについて少し調べてみましたが、やはり大きさと重量が問題になりそうです。
要塞級の出現率が其処まで高くないと思っているので、デッドウェイトはなるべく少なくしたいと考えています。
ただし、パンツァーファウスト式は相手に命中させるのがRPG式よりも難しそうなので、
少し検討する必要が有りそうです。
しばらく更新をしていないのにも関らず、皆様からいつも多くのご感想やご指摘をいただけている事に、
感謝の念が絶えません。
本当に、ありがとうございます。
これからも、少しでも皆様に期待に応えられる様にしていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。