1993年、俺のもとにあるニュースがもたらされた・・・、それは斯衛軍の第3世代戦術機導入に関するものだった。
昨年(1992年)より、帝国軍で制式採用され量産型の生産が開始された第3世代国産戦術機「不知火」「吹雪」は、
その性能により帝国軍の中で高い評価を得ていた。
また吹雪にいたっては、撃震の生産枠が一部振り替えられた結果、年間生産台数において撃震をしのぐ数が確保される事になった。
そして、跳躍ユニットを不知火と同じものを搭載し、跳躍距離を伸ばした海軍仕様も生産される事が決定している。
これは、軽量化によって搭載重量に余裕があり、海軍が求める装備を搭載するのには、不知火よりも吹雪が良いと判断されたためだった。
更に、吹雪の開発時に試験的に使われていた、主機と跳躍ユニットにリミッターをかけ出力を低下させた吹雪は、
第3世代高等練習機として生産され、運用されるまでになっている。
吹雪に量産機の座を奪われた形となった不知火を開発した御剣重工以外の三社(富嶽重工,光菱重工,河崎重工)は、
不知火の生産台数を増やすために斯衛軍に不知火を採用するよう、強力な働きかけを行うことになる。
御剣重工としては、不知火の生産拡大だけを見ると大きなメリットは無かったが、吹雪では斯衛軍の要求を満たすことは難しかった事や、
パーツを共有している吹雪の事を考えると量産効果によるコストダウンが計れる事から、この動きを後押しすることになった。
俺は会社を使って表から斯衛軍に連絡を入れると共に、父や無現鬼道の兄弟子たちといったコネを使い斯衛軍の内部からの説得を開始する。
そして、最後の一押しになったのは祖父が帝国議会の貴族院にて、
「閣下や五摂家の方をお守りする斯衛が、いつまでも旧式の装備を使い続けるのはいかがなものか?」
と発言したことであった。
今まで、政治的なメッセージを発信することが余り無かった、御剣家当主の突然の発言に議会は大慌てになる。
御剣家は政治的分野において、支配力を有していたわけではなかったが、その積み重ねてきた歴史と近年成長が目覚ましい経済力は、
議会内においても無視する事が出来ない影響力を持っていたのだ。
その後、斯衛軍内からも第3世代戦術機を調達すべきだという議論が沸き起こった事を受けて、
最終的に帝国議会は、二年以内に新規の第3世代戦術機が開発できないのならば、
現行の第3世代戦術機を斯衛軍用に改修し使用する事を定めた法案を可決するに至った。
斯衛軍の独自性を理由に、議会の決定に難色を示していた城内省だったが、様々な方面からの説得により今年に入ってついに、
斯衛軍に不知火を採用することを決定するのだった。
今年で15歳になった俺は、現在大学生をやっている。
大学に進学してからの俺は、快適な学生生活を過ごす事は出来ず、かなり無理をしてカリキュラムを組み、
来年の3月には大学を卒業する事を目標に勉学に励んでいる。
本来ならもう少し時間が取れるはずなのだが、会社の方で新型戦術機の開発と平行して、対兵士・闘士級用の強化外骨格(ES及びFP),
新兵装,戦闘補助兵器 等の戦術機以外の開発にも力を入れる事になり、それらプロジェクトの監修に時間を割かれていた。
さらに、1991年に香月夕呼が帝国大学・応用量子物理研究室に編入した事を察知した俺は、私財を投じて研究開発費を提供していたのだが・・・。
応用量子物理研究室は、研究成果として高性能CPUの基礎理論を報告してきたのだ、俺はその理論を使ったCPUの量産を御剣電気に要請し、
戦術機用新OSの開発プロジェクトの監修まで手を出していくことになる。
香月夕呼への資金提供は、もっと先の事を考えた投資だったのだが・・・。
ともかく高性能CPUの基礎理論を得た俺は、嬉しさの余り次年度から応用量子物理研究室への研究開発費を倍増させるのだった。
こんな多忙な日々を送っていた俺だが、一月末にあった大学の試験を終わらせ、一時御剣財閥での仕事を全て停止し、
冬の雪山へ篭ることになった。
俺が雪山に篭る事になった理由、それは無現鬼道流免許皆伝を得るためだった。
始めは祖父からの要請だったのだが、今を逃すと免許皆伝を得るための試練を受ける時間を、しばらく取ることができないと思い
それを了承することにした。
雪山に篭ってからの始めの一月は、ひたすら技の反復練習となった、最初の一週間で奥義の型を教わり、
後はひたすら型の繰り返しを行うのだった。
許される休憩は食事・排泄・気絶した時のみ、刀を振り続け腕が上がらなくなれば歩法の練習を行い、足が動かなくなれば拳を振る・・・。
本当に体が動かなくなるまで、ひたすら反復練習を繰り返し体を極限まで追い込んでいく。
そうしていると、この世には自分しかいないような不思議な感覚を覚え、次に自分の感覚が外側に広がっていくような錯覚を感じ、
気絶する事になる。
気絶する過程では、必ず同じような感覚に囚われることになり、その感覚はついに自分自身を空から観察するというところまで進んでいった。
自分自身を空から観察する感覚を感じ出した頃には、既に一月が経過していた。
そして次の一月は、サバイバルをするようにと言われ、刀一本のみを渡されテントを追い出されることになった。
俺は、幸運にも初日に寝床に使えそうな洞窟を発見する事ができたので、そこを中心にサバイバルに挑むことにした。
サバイバル初日は、寝床を整え木材を調達した時点で終わりをむかえる。
その日は周りが完全に暗くなる前に、何とか火を起こしその火で暖を取りながら、三週間ぶりのまともな睡眠を取ることになった。
しかし、久しぶりの睡眠も長くは続かなかった、寝始めてからしばらくたった時、若干の気配と空気の乱れを感じ、
目を覚ます事になったのだ。
俺は対応するのが億劫だったので、ギリギリまで寝たふりを行うことにした。
気配の相手は狸寝入りに気が付かず、無造作に俺の間合いに入ってくる。
俺は間合いに入った相手に飛び掛かると、カニバサミで相手の足を挟み、体を捻ることで相手を転倒させる。
それと同時に自分はその反動で上半身を持ち上げ、相手の背後から覆いかぶさり首を絞める事で気絶させた。
「何だ、よく見たら兄弟子じゃないか。」
何故、兄弟子がこんなところにいたのかは知らないが、俺の様子を見に来たにしては、気配を消すなど怪しい動きを見せていた。
もしかして、サバイバルの妨害でもしに来たのだろうか?
その後、兄弟子の懐をあさり、ナイフ,ワイヤー,携帯食料2食分を手に入れる事に成功した。
さすがの俺も、兄弟子を褌一丁にして雪山に放り出すことは出来ないので、服を着せたまま洞窟の入口近くに放置し、
再度寝ることにしたのだった。
サバイバルが開始されてからは、兄弟子たちの襲撃を撃退しながら、食料の確保に奔走する毎日だった。
兄弟子たちの襲撃は、危機を察知することに長けている俺にとって、大きな障害になることは無かったが、
冬の雪山で食料を確保するのは困難を極めた。
ウサギの通り道に落とし穴を仕掛け、ワイヤーを弦にて自作した弓と矢を持って狩りに挑み、自作の川でガチンコ漁を行うなど
必死になって食料を探すのだった。
ある日、人とは異なる気配を察知した俺は、風下から対象に接近してみる事にした。
そこにいたのは、大きな角を持った鹿だった。
そろそろ魚を食べる事に飽きていた俺は、久しぶりにまともな肉を食べるチャンスに狂喜するのだった。
そして、弓を構え鹿に向かって矢を放とうとした瞬間・・・殺気を感じその場を飛び退いた。
するとそこに、吹き矢の針が飛んできた。
俺は追撃が無いことを確認した後、慌てて鹿の方を見るが飛び退いた時の音に反応したのだろう、鹿は逃げ去ってしまっていた。
獲物に集中する余り、兄弟子たちの存在を忘れてしまうミスを犯してしまったことを反省した俺だったが、
次の瞬間にはどうにかして肉を食べるチャンスを奪われた仕返しをしてやろうと考え出すのだった。
鹿を取り逃がした後の俺は、食料と木材の確保が終わると型の練習や瞑想に時間を割くふりをして、兄弟子たちの動向を探っていた。
気配を消している使い手の気配を、離れた距離から察知するのは困難を極めたが、修行の間に感じた自分を空から観察する感覚が
次第に拡大していき、気配を察知できるようになっていった。
そしてついに、兄弟子たちが交代する時間や帰っていく方向を掴むことに成功する。
サバイバル最終日、残り時間があと数時間に迫り、夜が明ければサバイバル終了となる時に、俺は作戦を決行することにした。
俺が洞窟で寝たふりをしていると、予定通り見張りの交代の時間が来る。
そして、兄弟子たちの気配が重なった瞬間、木材と上着を使って作った人形と入れ替わり、気配を自然に同化させ洞窟の外にでた。
俺はこの日の為に睡眠場所を洞窟入口付近に変更し、風除けに木や石で低い壁を設け、極力気配を消して睡眠を取ってきたのだ。
俺のもくろみは見事成功し、見張り役がこちらの変化に気が付く様子はなかった。
交代した兄弟子が遠ざかったことを確認した俺は、木の上に待機していた見張り役を背後から奇襲し気絶させる。
見張り役を木の上に縛りつけ懐をあさると、通信機を持っていることがわかった。
俺は通信機に発信機がついていることを考慮し、通信機を確保せず、見張りを交代し待機所へ向かう兄弟子の後を追う。
しばらく追って行くと、兄弟子が向かっている方向に山小屋が見えてきた。
その山小屋から人の気配を感じた俺は、先回りを行い先ほどまで追っていた兄弟子を木の上から襲い、絞め落とした。
絞め落とした兄弟子を木に縛り付けると、慎重に小屋のへと足を進めていく・・・、中からは光が漏れ人間の気配を二つ感じた。
二人に会話は無く、かすかな寝息が聞こえることから、どうやら一人は寝ているようだった。
俺は、小屋の扉を軽くノックすることにした。
コンコン
「ん! ・・・気のせいか?」
コンコン
「ん! 誰かいるのか?」
そう言って男が扉を開けた瞬間、半分空いた扉を思いっきり蹴飛ばし小屋の中へ進入する。
小屋の中には予想通り二人がいて、一人は悶絶しておりもう一人は慌てて飛び起きていた。
俺は悶絶している男に拳を叩き込み、相手が気絶したことを確認した俺は、先ほどまで寝ていた人物と相対する。
相手は寝起きで頭が回らないのだろうか、動きに繊細さが欠けていた。
結局、最後の一人もまともな反撃を受けることなく、無力化する事ができた。
その後、二人を縛り上げると小屋の中にあった食料で料理を行い、久しぶりにまともな食事を取ることにした。
そして、サバイバル終了まで小屋にあった布団に包まり寝ることにしたのだった。
「ふん、確かサバイバルの修行をしていると聞いていたが・・・。
まさか、監視小屋で寝ているとは・・・。」
久しぶりに会った、紅蓮 醍三郎はそう言って声をかけてきた。
「この者たちを責めないで下さい。
後数時間で見張りが終わる状況に、気が緩んだのでしょう。」
「いや、その程度で油断するとは言語道断! 再修業を申し付けておく。
信綱・・・、これからはわしの事を師匠と呼ぶようにしろ・・・。
それでは、修業を開始する!」
サバイバルの次の一月は、紅蓮 醍三郎から試練を受けることになった。
てっきり祖父から試練を受ける事になると考えていたのだが・・・、どうやら甘えが入ることを嫌った祖父は、現在最も優れた
無現鬼道流の使い手で、歴史上三人しかいない御剣家以外の免許皆伝者である師匠に、試練をゆだねる事にしたらしい。
斯衛軍に所属している師匠は、この試練のためだけに特別に一月の休暇を取ったのだった。
師匠は俺の型を見た後、なにやら納得し質問をぶつけてきた。
「其は何ぞや!」
そんな事を聞かれるとは考えていなかった俺は、一瞬戸惑ったが何とか応えを返した。
「我はBETAを滅する者也。」
「BETAとは何ぞや!」
「人類を滅亡の危機に陥れるもの、即ち人類共通の敵也!」
「其はBETAを滅し、何を成す!」
「そ、それは・・・・・・・。」
「もう一度問う、其はBETAを滅し、何を成す!」
「・・・・・・。」
「愚か者ものぉぉぉッ!!!
BETAを滅した後はどうするのかと聞いておるのだ。
戦うことだけを考え、その後の目標がないのでは、戦うことしか知らぬ悪鬼羅刹を生み出すだけよ!
頭を冷やして、もう一度考えてみよ。」
・
・
俺は、とっさにこの問に対して返事をする事が出来なかった。
「まさか、この様な問答を受けることになろうとは・・・。」
そういえば、原作のサイドストーリーにこの様なものがあったなと思い出す。
しかし、こちらに来る前の記憶はだいぶ薄れてしまった。
今では、この世界に関係ある重要なこと以外は、殆ど思い出すことが出来なくなってしまった。
ただし、この世界で生まれてからの記憶は鮮明に思い出す事が可能だったが・・・。
それに、もし原作の内容を思い出したとしても、それは俺が出した答えではない。
自分が出した信念を師匠にぶつけるしか方法は無いのだが・・・。
もちろん、BETAを滅した後やりたい事は有る。
しかし、その事を本当に実行して良いのかどうかで迷っているのだ。
俺の迷い・・・、それはどこにでもある単純なものであり、人類始まって以来の命題・・・男女関係に関する悩みだ。
この世界生まれから早15年の月日が流れていた、その中で正常な人間なら恋の一つや二つはするものだろう。
しかし、俺は本来この世界にいるはずのない存在だ。
存在しないはずの俺が女性と付き合い始めたとき、彼女らが本来付き合うはずだった者との出会いを引き裂くことになるのではないか?
もし付き合い始めても俺に、彼女らを幸せにすることが出来るのだろうか?
偶然やってきたこの世界から、原作の主人公の様に立ち去らなくてはならない時が来るのではないか?
この様な疑念が頭をよぎり、俺は男女の付き合いの始めのステップすら踏み出せずに、ここまで来ていた。
「はははっ、笑ってしまう。」
惚れた女たちの為に、世界と歴史を変えようとした男が、肝心の女に手を出す勇気が無いとは・・・。
・
・
・
結局その日は、型の稽古をしただけで終わることになる。
「今日はここで終わりだ、小屋に戻るぞ。
そもそも、お主は何故BETAと戦うことにしたのだ・・・、それを考えれば自ずと答えは出てくるのかも知れんな。」
その後も、結論を出せぬまま修行が続いていく。
ひたすら瞑想と組み手を繰り返す日々、そして師匠は毎日のように問を投げかけ、俺はひたすら自問自答することになる。
師匠が言うには、俺には心技体のうち心が欠けているらしい。
師匠の問に浮き足立つ俺は、まったく反論する事が出来なかった。
最終日前日・・・ついに俺は、師匠が言っていたBETAを倒したいと思った最初の理由を思い出すことができた。
問題なんてものは答えが分かると、途端に単純に思えてしまうもので、俺が出した今回の答えも出して見れば笑ってしまうほど
単純なものだった。
俺は迷うものがなくなり、心がさえわたるのを実感した。
そして、この修行中に感じていた不思議な感覚が再び起こり始める。
一気に意識が外に広がり、自然の気配、空気の流れようを感じるだけでなく、それらがこれからどのように変化するかさえ
捉えることが出来るようになる。
いよいよ師匠による試練の最終日、ここに来て迷いをなくした俺の五感は冴え渡っていた。
風を感じ、木々の鼓動を感じ取れるようになった俺にとって、奇襲を行うために潜んでいる者たちの存在は筒抜けだった。
俺はいまさら戦う必要も無いと感じ、隠れている地点とどの様な構えで、どう襲うつもりなのかを的確に言い当てた。
そうすることで複数の待ち伏せ以外から、攻撃されることは無く、師匠の待つ祠の前まで進むことが出来た。
「師匠、雪の下にいる事はわかっています、出てきてください。」
そう言って、5mほど離れた雪に覆われた地面をにらみつけた。
「ふん、気配を自然に同化させたわしによく気が付いた。」
そう言って、雪の中から師匠が出てくる。
「まだ、完全に師匠の気配に気づくことは出来ませんが・・・、
風の流れからは師匠を感じ取れませんでしたので、そこからたどりました。」
「その様子だと迷いは吹っ切れたようだな・・・。
それを問う前に、その心技体・・・とくと拝見するとしよう。」
師匠が刀を抜き、構えを取る、俺もそれに合わせて刀を抜いた。
軽いにらみ合いの後、始めに仕掛けたのは私からだった。
師匠の攻撃は巧みで、こちらが守勢に回っては何時か守りを突破されることになる。
身体能力で勝っているのは瞬発力ぐらいのものだ、ここは手数を頼りに攻めに出て、チャンスをうかがうしかない。
その思いから怒涛のごとく攻めるのだが、全て師匠に捌かれてしまっていた。
「どうした信綱、お主の本気はその程度か!
ここからは、わしも攻める。見事受けきって見せよ!」
そこからの師匠の攻めに、俺は次第に押されていくことになる。
やはり、剣術の腕では未だに師匠を凌駕する域まで達していないようだ・・・。
さらに、例の感覚を使いすぎたせいか、段々頭痛が酷くなってきていた。
俺は、斬り合いから勝利を得る事を諦め、一気に師匠の間合いから離脱した。
そして、刀を鞘に収め抜刀術の構えを取る。
「ほう、抜刀術か・・・・・・、それで勝てると思うたか!」
「残念ながら、斬り合いでは師匠に一日の長がありますが・・・。
速さだけなら師匠に勝っていると自負しております。
ここで・・・、己の最速の業に全てを賭けます!」
俺と師匠は睨み合いながら、次第に距離を詰めていった。
そして、先にリーチの長い師匠の間合いに俺が入った瞬間、師匠からの斬撃が放たれる・・・・・・
そこから俺はさらに左足で一歩踏み込み、自分の間合いに師匠を納め抜刀を行う。
ここに互いの持つ最速の一撃が放たれたのだった・・・。
「はぁぁッ!」
師匠の斬撃に合わせるように放たれた俺の斬撃は、的確に俺の刀を捉えることに成功する。
俺の最速の動きと近すぎる間合いに対応し切れなかった師匠の斬撃と、会心の一撃を放った俺の斬撃では、
刃筋やミートポイントがまったく異なっていた。
そして、当然のように俺の刀は師匠の刀を断ち切ることになった。
「ぬかったわぁぁっ! 刀がっ。」
「師匠おぉッ!」
そう言って、師匠に向かって刀を振り下ろそうとしたその時・・・。
「反重力乃嵐ィィィィィッ!」
俺は勘にしたがって距離を取ろうとしたが、師匠の胸から放たれる波動を完全に避ける事が出来なかった・・・。
そして、崩れたバランスを立て直そうとしていた俺は、この場面になってようやく師匠が無現鬼道流以外の
不思議な技を使うことを思い出し、転がるようにその場を離れた。
「宇宙乃雷ィィィィィィィィィィッ!」
そして転がる俺を掠めるように、師匠の額あたりから放たれた波動が通り抜ける。
かろうじて直撃を免れた俺だったが、左半身は麻痺し右手に持った刀を杖代わりにして立ち上がるので精一杯だった。
「不完全とはいえ、初見でこの技を避けるとは・・・。」
「師匠?」
「自然の息吹に任せ、光を浴び、丹田に力を込め、気海を満たし放つ。
我流で研ぎ澄ました技にしては・・・・・・なかなかのものであろう?」
気・・・・・・だと?
まさか本当に、そんなものが存在していたとは・・・。
「お主も先ほど面白技を見せていたな、抜刀術を左足で前に踏み込んで放つとは・・・。
無現鬼道には無い動きだ・・・我流か?」
「はい。お褒めいただき、ありがとうございます。」
(まさか・・・、子供の頃からこっそりマンガの技を練習していたなんていえるはずが無い・・・・・・か。)
「しかし、師匠の技・・・畏れ入りました・・・・・・、あのような技がこの世にあるなど考えもしませんでした。
やはり、未だ師匠には及ばぬようです。」
「・・・それがわかっていればよい。
誰も考えもしないことが、間々起きるのが戦場というものだ、そう心に刻んでおけ。
反重力乃嵐にせよ宇宙乃雷にせよ・・・・・・、お主なら同じ技が通用する事はあるまい。」
「師匠?」
「・・・なれば剣の技、精神に於いて、最早お主に教える事は無い。」
「え?」
「では、最後にそなたに問う。」
「其は何ぞや!」
「我はBETAを滅する者也」
「BETAとは何ぞや!」
「人類を滅亡の危機に陥れるもの、即ち人類共通の敵也!」
「其はBETAを滅し何を成す!」
BETAを倒したいと思った最初の理由。
それは、この世界に来る前に抱いていた、物語はハッピーエンドでないと嫌だという単純な思いだ。
これは、ただの己のわがままだ・・・、それをいつの間にか女を理由に使っていたとは・・・。
俺は彼女達が欲しかったのではない、ただ守りたいだけなのだから・・・。
今後、彼女達とどの様な関係になるかは分からない。
分かっているのは、どの様な結末になろうとも、俺は彼女達を愛しているという事だけだ。
なら、俺が成すことは簡単だ、
「ただ、己が道を突き進むのみ!」
これ以上の答えは、今の俺には無い。
俺はその気持ちで、師匠を見つめた。
「見事なりッ!」
「ありがとうございます。」
「その答え・・・・・・待ちわびたぞ・・・・・・。」
「師匠・・・。」
「うむ・・・、さあ、祠に入り最後の試練に挑むがよい。
そして、見事試練を乗り越えて見せろ。
さすれば、晴れて無現鬼道流免許皆伝となり、名実共に御剣の後継者と相成る。」
「はい! 師匠、それでは行って参ります。」
「うむっ!」
俺が、祠に向かって歩いていると、誰かが走って近づいている音が聞こえた。
「信綱 殿~、一大事でございます。
信綱 殿を応援したいと申して、山に向かっていたご母堂と妹御が途中で交通事故に会い、意識不明の重体となっていると報告がありました。」
「なっ・・・なんだと!?」
「急ぎ、ふもとに車を用意させていますが、いかがいたしましょう。
もし病院に行かれるのでしたら、今すぐ行かないと間に合わないかも知れません。」
「馬鹿な・・・、母上と冥夜が・・・。」
「信綱、祠の試練、費やす時はお主次第。
半時か十日か・・・それとも一年か・・・・・・。」
「全てを己に背負い、全てを己で決断するのだ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「連絡ご苦労、急ぎ下山いたすゆえ皆にそう伝えてはくれぬか?」
「は・・・、分かりました。
では、先に小屋まで行きますので、御早めに合流してください。」
そう言って、男は立ち去っていった。
「お師匠様・・・、今日までの数々のご指導、誠にありがとうございました。」
そう言って俺は、師匠に頭を下げた。
「・・・・・・・・・・・」
「無現鬼道流・・・・・・、何よりも変えがたいものと考え修行に励んでまいりました。」
「・・・・・・・・・・・」
「しかし、守ると誓った者たちが陥った窮地に、何かをせずにはいられないのです。」
「ひとたび山を下りれば、お主は祠に入る資格を永久に失うことになる。良いな?」
「はっ! 無現鬼道流を捨てることで、この先如何様な困難が待ち受けていようと、己が選んだ道です。
甘んじて受け、乗り越えて見せます。」
「・・・・・・・あいわかった。
面をあげよ。
お主とわしはもはや師弟ではない。」
「は・・・・・・。」
「戦場のどこかで会える日を楽しみしている・・・、それまで、達者で暮らせ。」
師匠はそう言って、立ち去っていった。
師匠と別れた俺は急いで小屋まで戻った、そして荷物を置くために小屋に入ると・・・
・
・
・
そこには、祖父と重体のはずの母が座っていた。
「は 母上? 何故ここにいらっしゃるのですか?」
何だこれは? どういうことだ。
余りの事態に混乱してしまった俺に、祖父が持っていた刀を押し付け、声をかけてきた。
「信綱、些細なことは気にするな。
それより、それが御剣家の宝剣・・・・・・皆琉神威じゃ。」
「・・・どう言う事です、俺は最後の試練を放棄したんだ・・・、受け取る資格が無い。
それなのに、何故?」
疑問をぶつける俺に祖父は、これが最後の試練でその精神を試したと返答してきた。
「御剣家の当主とは、常に戦うことを宿命付けられる人間じゃ、それゆえ心無き者が成れば災いしか生まん。
修行の最後に、御剣を継ぐに値する者か・・・、自己犠牲の精神はあるか試すのじゃ。」
そして、その試練にどうやら俺は合格したらしい、だから今免許皆伝の証として皆琉神威を手にしているのだと祖父は応えた・・・・・・。
俺は感激の余り涙が溢れそうになったが、今回の試練で気が付いた己の心に従い、免許皆伝だけを受け皆琉神威を祖父に返上することにした。
皆琉神威を返上することに戸惑っていた祖父に対し、
「私は、近いうちに大陸に渡りBETAと戦うことを決心いたしました。
戦うと決めた以上、たとえ生身だけになったとしても、戦う事をやめることはありません。
したがって、皆琉神威が血で穢れる可能性がある以上、御受けするわけには参りません。
BETAどもの血を吸うには、それにふさわしいものが他にあるはずです。
BETAと戦いが落ち着いた時、まだ私に御剣を継ぐ資格があるのなら、
その時に、御受け致したいと思います・・・。」
俺の答えに、納得してくれた祖父は、後日改めて別の刀を用意してくれた。
祖父が用意してくれた刀には、『安綱』と銘が彫られてあった。
祖父は、現世の魑魅魍魎といえるBETAと戦うのに、『鬼を斬った』という話が残るこの刀以上に相応しい物は無い、と語るのだった。
俺は祖父から送られた刀と師匠から送られた文を持ち、戦場を駆けていく事になる。
ちなみに、師匠から送られた文には、この様な事が書かれてあった。
『其は己が為の刃に非ず。ただ牙なき者の為たれ。』
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コメント
エクストラをやっていて面白さの余り暴走してし・・・、主人公がパクリ技を出すようになってしまった。
最初のプロットでは、剣の才では冥夜に及ばず、技の数と経験で強くなる予定だったのに・・・。
このままでは、眠っている人体の潜在能力を100パーセント引き出し闘気を操ることになり、
刀有りの一対一という状況なら、生身で闘士級に勝ってしまう、とんでも人間になるかもしれません。
それでも、生身ではBETAの群れの前では無力も同然ですが・・・。