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No.16372の一覧
[0] ウィザードリィ・オンライン VRMMO物 [Yamori](2010/06/19 11:38)
[1] 第1話  試験の説明[Yamori](2010/05/12 19:20)
[2] 第2話  性格テスト[Yamori](2010/02/11 19:45)
[3] 第3話  町外れの訓練所(前編)  [Yamori](2010/02/12 23:57)
[4] 第4話  町外れの訓練所(後編)[Yamori](2010/02/16 20:21)
[5] 第5話  戦闘訓練[Yamori](2010/02/16 20:12)
[6] 第6話  街の施設[Yamori](2010/02/21 12:57)
[7] 第7話  最初の冒険(前編)[Yamori](2010/03/03 12:34)
[8] 第8話  最初の冒険(後編)[Yamori](2010/02/21 13:02)
[9] 第9話  明日への準備[Yamori](2010/02/21 19:53)
[10] 第10話  レベル2への道[Yamori](2010/02/22 19:23)
[11] 第11話  訓練所再び[Yamori](2010/02/23 21:28)
[12] 第12話  強敵現わる[Yamori](2010/02/24 19:34)
[13] 第13話  カント寺院はサービス業?[Yamori](2010/02/25 19:45)
[14] 第14話  レベル3到達[Yamori](2010/02/28 18:25)
[15] 第15話  マーフィー先生とダークゾーン[Yamori](2010/03/03 13:45)
[16] 第16話  マーフィー先生の特別授業[Yamori](2010/06/29 22:13)
[17] 第17話  コインは耳が好き[Yamori](2010/06/28 21:49)
[18] 第18話  ウサギはどこ見て跳ねる(救出 前編)[Yamori](2010/05/12 19:07)
[19] 第19話  答えは首 (救出 後編)[Yamori](2010/05/13 21:07)
[20] 第20話  鑑定の結果[Yamori](2010/05/30 14:52)
[21] 第21話  休息日のトラブル[Yamori](2010/06/08 00:37)
[22] 第22話  魔法の武器[Yamori](2010/06/09 18:40)
[23] 第23話  新スキル[Yamori](2010/06/14 20:57)
[24] 第24話  2人の美女[Yamori](2010/06/15 00:22)
[25] 第25話  その名はホーク[Yamori](2010/06/17 21:10)
[26] 第26話  それぞれの事情[Yamori](2010/06/19 11:53)
[27] 第27話  地下2階の探索(前編)[Yamori](2010/06/24 01:56)
[28] 第28話  地下2階の探索(後編)&地下3階[Yamori](2010/06/26 19:10)
[29] 第29話  地下3階の総力戦[Yamori](2010/06/29 21:30)
[30] 第30話  それぞれの夢[Yamori](2010/07/04 18:48)
[31] 第31話  意外な特典取得者[Yamori](2010/07/10 19:38)
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[16372] 第23話  新スキル
Name: Yamori◆374ba597 ID:97d009b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/14 20:57
地面に倒れ込んだシンは頭を振って一瞬の混乱から立ち直る。
顔を上げると、先程まで戦っていた茶髪がシンの顔面を蹴ろうと足を振りかぶっているところであった。
慌てて動こうとしたシンであったが、背中の傷が一瞬痛み動きが止まる。 それでも体を振って横に転がり、蹴りは回避できた。
状況がわからぬまま、とにかく距離をとろうと必死に転がり続ける。
2メートルほど転がった時点で腕の力で上体を起こし、よろけながらもさらに距離をとる。
壁まで着いたところで後ろを振り返ると、そこには茶髪の他にもう一人男が立っていた。

それは間違いなく先程いた片方の黒髪の戦士であり、ばつが悪そうな顔をする茶髪に対し声をかけていた。
「おいおいお前、だらしないな。 1対1で問題ないって言っといて、勝てないってどういうことだよ」
「うるせえな! ちょっと油断したんだよ」
「完全に負けてたじゃないか。 まあいいや、それでポーションは持ってるんだろ」
「ああ 今から使うさ」
そう言うなり茶髪はアイテムスロットから赤い液体が入った瓶を取り出す。
震える手で栓を開けるとそれを一気に飲み干した。
茶髪の体が薄く青く光りだすと、先程シンに受けた傷が少しづつだが塞がっていく。
「ちっ、1本じゃ足りないな。おいお前の分もくれよ」
「しょうがないか、2人ならこれ以上やられることも無いしな」
黒髪の男は自分のアイテムスロットから同じ瓶を取り出し茶髪に渡す。
受け取った茶髪は今度はしっかりとした手で蓋を開け、また一気に飲み干す。
再度光りに包まれた男の傷は、かなり無くなっていた。
「あーこれでかなり治ったな。だいぶ体も動くようになったぞ」
言葉通り茶髪の両腕の傷は殆どなくなり、動かすことに関しては問題ないように見えた。

その光景を見たシンは理解し始めていた。
シンに対して攻撃をしてきたのは黒髪の方で、理由は分からないが普通に扉から入ってきて、背中を向けるシンに斬りつけたのであろう。
そして茶髪が先程飲んでいたのはボルタックにも売っている傷薬で、ディオスと同じ効果がある物。 しかも1人1本ずつ持っていたのだ。
「1対1の約束だっただろうが! それに薬を持ち込んでるのはどういう事だ! 」
シンが怒りに任せて大声を出すが、それだけの行為で背中の傷がジクジクと痛む。
もっとも本来であれば痛いでは済まない程の大きな切り口を見せている怪我であるが、VRの世界ではこの程度ですんでいた。
その声に対し黒髪が答える。
「おいおい、1対1で後から参加してはいけないって決めたか? お前もあの時頷いて了承してたじゃないか
 それにポーションはシステム的に1本持つ事は誰でもできるんだぜ。 お前も必要だったら自分でそう設定すればよかったじゃないか」
「……そんな事まで言ってないよな。 ポーションだってこっちが知らない事も分かってて設定したくせに」
「知らんな。 要は確認しなかったお前が甘かったってだけの話だ。 ま、とはいってもこっちも1対1で負けてたから偉そうなことは言えんけどな。
 さっきもお前をそのまま攻撃し続ける事だってできたんだぜ? 改めて仕切り直しするだけでもありがたいと思って欲しいな」
「……2対1でなんだろ?」
「その通りだ。 不意打ちだけで勝っても笑い者だからな。 今度は正面から戦うが、2対1はお前が了承したから問題ないさ」
そこまで話して黒髪の男は口の端を上げて軽く笑う。
「何で……こんなことまでする? 普通にやればいいじゃないか。 普通にパーティを組んで普通に攻略すれば単位だって取れるだろうに! 」
「お前に何がわかる! 」
その言葉を聞いた黒髪は、浮かべていた笑みが一瞬で消え憎々しげに叫ぶ。
しかしすぐに気を取り直したのか表情を改め、続けて話し始める。
「……お前、あのドワとかヒューマの仲間だよな。 いいか、誰もがお前らみたいに順調な奴ばっかりじゃないんだよ。
 俺はな、この講座の知り合いなんて誰もいなかったんだよ。 お前も知ってるだろ。 
 この情報工学科を卒業しても、上野教授の講座の単位を持ってない奴が希望する企業に就職できるわけがないって」
そう言って黒髪は隣にいた茶髪に腕をやり肩に手を回した。
「だから必死に仲間を集めて、ようやく余ったこいつらと組めたが全員戦士だぞ。 探索にだって出れやしない」
茶髪の男もその言葉に頷きながらシンを睨む。
「それとな、どれだけ戦士の数が多いのか、お前知ってるのか? 2倍だ。 他のクラスの2倍以上いるんだぞ。  
 半端な人数とクラスでパーティを組むのがどれほど難しいかなんて、初めから6人でバランスよく組めてたお前らには分からんだろうな。
 ……それでも俺達は色々なパーティを渡り歩いて少しづつレベルを上げてきた。 その挙句があいつらのミスでロストだぞ。
 あいつらにその責任ぐらいとってもらわないと、ロストしたアイツが浮かばれない」
そこまで話したあと黒髪は少しの間シンを見つめる。 5秒ほど見つめた後、また話し始めた。
「ちっ、つまんない事まで話しちまったな。 分かったか、俺達は負けるわけにはいかないんだよ。 
 お前で憂さ晴らしをした後でまたあいつらと話すつもりだったが…… もう憂さ晴らしはいいさ。 事情が分かったなら大人しく負けを認めとけ」

シンは男の言った言葉について考える。
確かにシン達は男のいう意味では幸運だったのかもしれない。 男達も言葉以上に苦労したのだろう。
だがそれとこれとは話が別だ。
ロストの責任は誰かに押し付けるなんてものじゃない。 それじゃあただの八つ当たりだ。
このまま勝負をせずに扉から出て、相手がやった不正を周りに告げることはできる。
だがその場合相手が引き下がることはしないだろう。 実際のところシンと男達とのやりとりは他の誰も聞いていない。
また男達の主張は屁理屈ではあるが、細かく設定を決めていなかったことも事実としてある。
先程の問題を蒸し返してまたパーティーのメンバーやリオに絡んでくるのは間違いないだろう。

シンは閉められたままの扉をに目をやる。
こちらからは見えないが、きっと扉の向こうではドワやガラが何とか入ろうとしているに違いない。
そしてリオはまた心配そうな顔をして、今もシンを見ていることだろう。
シンはまた黒髪の男に視線を戻す。
男は落ち着いてシンの動向を見ており、先程茶髪と一緒に喚いていた時とは雰囲気もちがう。
これがこの男の元の姿であり、喚いていたのはその方が弱気な相手との話し合いに有利と思いやっていたのかもしれない。
茶髪の方は黒髪が話し始めてからはシンを睨むだけで、一言も話していない。 彼らの間では黒髪がリーダー役だったのだろう。
結局のところ、シンが降参しても戦って負けても結果は変わらない。
出来る事といえば言質をとって勝つ事。 その約束も守らないようであれば、観客の証言とともに管理者に相談する事もできる。

「一つ聞いておくが、2対1で俺が勝ったらお前達もおとなしく引き下がって、俺の知り合いやパーティーメンバーにこれ以上文句は言わないって約束できるか」
「ハッ! 勝つ気でいるのか。 面白いじゃないか。 さすが順調に攻略している奴らは言う事が違うねえ。 いいさ、約束しよう。
 お前が勝ったらこの話は終わり。 だが俺達が勝ったら当然お前とその知り合いも二度と口を挟むなよ」
周りで見ている観客にも聞こえるように声を大きくして言うシンに対して、黒髪も同じ様に大きめの声で答える。
黒髪にとっては負ける気はまったくなく、むしろこれで邪魔な奴らが消えるとばかりに考え同意した。
「分かった。 じゃあやろうか」
そう言ってシンはゆっくりとククリを構え始める。

シンが黒髪のステータスを確認するとレベルが4のドワーフで、茶髪より1つレベルが高いが装備は茶髪と同じであった。
(レベル4か。 俺よりも間違いなくHPが多いな)
シンのHPは先程のまともに食らった攻撃で4分の1ほど減っており、これ以上戦士の攻撃を受けると動きが鈍くなり危険な状態であった。
茶髪の方も回復呪文のDIOSの2回分のポーションでHPが戻っていたが、完治にはまだ遠い状況でシンとあまり変わらないであろう。
先程の戦闘を見る限り、スピードを生かせばなんとかなるかもしれない。 背中の痛みはその間忘れることにする。
シンは2対1の戦闘を続ける危険を考え、先に茶髪を倒そうと決める。

男達はぼそぼそと相談してからシンを斜めから挟みこむように近づいてきた。 茶髪が左から、黒髪が右から慎重に距離を詰めてくる。
シンは作戦通り茶髪の方から攻めようとさらに左側に廻りこもうとするが、考えを読んでいるのかごとくシンの動きに合わせて男達も移動する。
広めといっても室内であるためさらに廻り込むことはできない。
茶髪も今度は慎重な行動をとっており、黒髪と並んできているが一歩引いた位置をキープしている。
無理に攻めると距離が足らず右側の黒髪に隙を見せることになる為、シンもまだ攻めあぐねる。
ある程度距離を詰めてきたところで黒髪が剣を振るってきた。 シンは一歩後ろに跳躍し剣の範囲から出る事でそれを回避する。。
すると息をつく間もなく茶髪が攻めてきて、剣を袈裟斬りにおろしてくる。
予想以上のタイミングに慌てながらもしゃがんで攻撃を避ける。
シンも負けずにしゃがんだ状態から足を狙いに飛び込むが、これは茶髪の盾で防がれた。
だが先程と同じ様にククリの勢いは止まらず、振り抜いた剣先が軽くなり2回目の攻撃を繰り出す。
逆方向から今度は斜めに斬り上げたが、茶髪が慌てて仰け反ることで胸当ての表面を滑ってダメージは与えられなかった。

男達がまだ次の攻撃の準備に入る前に、シンは体制が整えることができさらに攻撃を続ける。
今度は基本通りになるべく素早く振り抜くことを意識し、茶髪の右腕を狙う。
先程に比べると浅かったが、防具がない上腕を切り裂くことができダメージを与えた。
しかしそのシンの行動に対して、今度は黒髪が切り込んできた。
スピードを意識して振り抜いたため、体勢が崩れていたシンは躱すのが遅れる。
真上から下ろされる剣を必死にバックステップで避けるが、肩口を切り裂かれる結果になった。
茶髪も必死に剣を振るうが、怪我のショックで遅れた為シンには届かなかった。

踏み込んできた勢いのまま黒髪が大ぶりに剣を振るってきたため、シンは距離をとるため何歩か後ろに下がる。
気がつくとシンの背中は初めにいた壁に激突し、それ以上後ろに下がれなくなっていた。
(やばいな。 さらに怪我もしたし。 どこかで無理しててでも廻り込むべきだったかな)
シンの状況を見た2人はお互いに目だけで合図をし、さらに間隔を広げてジリジリと距離を詰めてきた。
そして攻撃範囲の一歩手前で足を止めて剣を正眼に構える。
廻り込むのは難しいが、逆に中央が比較的空いており、駆け抜ければ通れそうにも見える。 
シンの素早さならば可能性はありそうだった。
だがシンは茶髪の口元がほんの少し笑いの形をとられているのを見て気付く。
(罠……か? わざと中央をあけて入り込むのを待っているのか。 あいにく俺はAIじゃないんだ。 そんな型通りの反応をするかよ! )

実際のところ、2人はそれを期待していた。
少なからず2人は一緒に前衛で戦ってきており、この形で敵を仕留めてきた経験が何回かあったのだ。
いきなり中央突破されれば反応もできないかもしれないが、あらかじめ予想していれば十分に迎撃が出来ていた。
だがいつまでも動かないシンを見て、黒髪は作戦を変えることにする。
(左右に逃がさないように詰めてから同時に上下攻撃だな。 今までもやったことがあるし、あいつも覚えているよな)
黒髪はチラッとだけ茶髪を見る。 その視線に気がついた茶髪も頷き返す。
作戦は単純で、合図と共に一人は大腿部辺りに、もう一人は胸元に横殴りに剣を振るうことで上下の2段攻撃を出す。
しゃがんでも下の刃が、ジャンプしても上の刃が敵を仕留める。
盾などを持つ敵の場合はさらにもう少し間隔を開けて、膝と首あたりを狙ったりもする。
黒髪はシンの隙を作るために挑発を始める。
「しかしお前も馬鹿だよな。 あんなおせっかいな女の為にしなくても良い怪我をするんだからな! 」
狙い通りシンの体にぴくっと反応があり、表情にも反応が起きた。
「今だ! 」
その叫びと共に、男達は剣を同時にシンに向けて振るった。

シンに反応があったのは事実だったが、男達が期待していたようなものではなかった。
黒髪のセリフを聞いた瞬間、シンは腹から熱い物がこみ上げてくるのを感じる。
シンにとっては稀にしか味わう事がないものだったが、それは今日2回目の“怒り”と呼ばれるものであった。
体の隅々まで力が満ちてきて、怪我の痛みも全く気にならなくなっていた。
だがその精神はあくまでも冷静で、顔からも表情が消えて行くのを感じる。

その時男達が2人同時に剣を振るってきた。
実際にはそれなりのスピードだったのだろうが、今のシンにとってはゆっくりとしたものに映っていた。
上と下、逃げ場はない。 
左右に逃げれないこともないが、相手も予想していれば剣がその勢いのまま追ってきて切り裂かれる可能性は高そうだった。
さらに横に逃げてもその次は角に追い込まれるだけで、状況は好転しない。
つまりこの2枚の刃を避けながらも、仕切り直す必要があった。
実際にはシンはここまで思考していたわけではなかったが、既に体は動き始めていた。
背にしている壁に後ろ向きに片足をかけてから、思いっきり蹴り込む。
その勢いで宙に浮いたシンは、2枚の刃に頭から突っ込んでいった。

目前に迫る上下の2枚の刃の間に頭が入っていく。
片足で蹴ったため身体全体はゆるい錐揉みのように回転していた。
その中でシンは、刃が自分の上と下を通り過ぎていくのをはっきりと知覚する。
刃の壁が首、胸、そして腰を通り過ぎた。
高い敏捷性に支えられたシンの体は、失速すること無く長い距離を飛んだ。
気付くと目の前には床が迫っており、シンは勢いを殺さぬまま両手をついて体をひねる。
そのまま側転をしてさらに回転し、後ろ向きに両足が着いたところでさらに跳ねて距離をとる。
体が命じるままに動いた結果、シンは側転後方宙返りで綺麗に着地を決めた。


その光景を擬似研究室のディスプレイで見ていた教授は、興奮したように叫んだ。
「見ろ! あの動きはかのアクションスター、ジャッキー・チェンの映画であったやつだな! 」
さらに興奮してジャッキー・チェン、ジャッキー・チェンと片手を振り上げて連呼するが
趣味も世代も全く違うゼミ生達には理解できず、かわいそうな人を見る目で見られていた。


着地を決めたシンは急いで考えていた。
やはりプレイヤー2人同時に相手をするのは厳しいと。
片方の攻撃を避けることはできても、同時に繰り出されるもう一人の攻撃まで避けることは難しい。
持っている武器のリーチの長さが恨めしい。 どうしても相手に近づかなければならず、その分行動が遅くなる。
短剣やナイフでの攻撃の練習も本番も殆ど無いシンにとって、このリーチはかなりのハンデとなっていた。
(せめて盾を買っていれば! )
盾があればもう一撃の攻撃を避けずに受け止めることもできたかもしれない。
未練がましくアイテムスロットを見るが、当然のように盾は無かった。
入れてあったのはククリと入れ替えにしまっておいたショートソードだけだった。
そのショートソードを見たシンは、藁にもすがる思いで考える。
(これが盾の代わりにならないか)
シンはアイテムスロットからショートソードをだして左手に構える。



このウィザードリィ・オンラインにおいて、両手に武器を構える冒険者など誰もいない
もちろん戦闘職のプレイヤーであれば、訓練所で一度は試すし、管理者に聞いていたりはした。
だがシステムがそれを許していない以上、両手に武器を構えたまま攻撃などとてもできない事であった。
そんな事を練習するよりも、盾を構えて練習した方が防御力の点から言っても有用である事はすぐに理解できる。
もっともロングソードを両手に持って振り回すなど、実際の剣の達人でもそうできることではないのだが。
では装備ができないのかといえば、結論で言えば装備というか握ることはできる。
この世界では厳格なゲームシステムが支配しながらも、VRらしく自由度はかなりある為である。
奇しくも戦闘職でないシーフのシンは、できないという事実を知らなかった為、無謀にも左手にも剣を握ったのであった。



とにかく両手にショートソードを構えたシンは、試しに両手を振ってみる。
右手に比べればぎこちないが、何とか左手でも振ることができた。
(結構いけるか! )
シンは本気で力を入れて両手のショートソードを振り回し始める。 振り下ろし、切り下げ、切り上げ、突きと教わった動きを両手で行う。
やはり右手に比べれば鈍い感覚だが、贅沢はいってられないと判断する。
シンは右手のククリを順手で構え、左手のショートソードは逆手に持って盾の代わりにすることにした。
初めての試みをするには厳しい状況だが、このままやっても勝つことは難しいと判断した結果である。
両手の剣を前方に出して構え、顔を上げて2人の男達を睨む。

シンの驚くような攻撃を避けた動きと、その後の両手装備に驚いて、追撃もせずに2人は立ちつくしていた。
だがシンが剣を構えて戦闘を続ける意志を見せたことで、気を取り戻す。
「馬鹿じゃないのかお前! なに両手に構えてるんだよ。 できないこともわからないのか」
茶髪の男が馬鹿にしたように叫ぶ。
だが黒髪の方は2人の攻撃を避けたシンの動きから、警戒をした様子で黙って見たままだった。
そしてシンは先に攻撃を仕掛けることを決める。 せっかくの広いスペースを確保している今、押し込まれる前にこちらから押し込むつもりでいた。
2人までの距離は6~7メートル程、シンはまだ収まらぬ怒りを両足に込めて、ロケットのように飛び出した。
剣さえ構えずにシンをなじっていた茶髪に一目散に突っ込む。 その勢いに驚いた茶髪は慌てて剣を上げてシンに向ける。
シンはただ向けられただけの剣先を左手のショートソードで外側に弾く。 そしてがら空きになった胸元にククリを振り下ろす。
突撃した勢いもあって、正面から振り下ろされたククリの重い剣先は、見事に胸当てを突き破り根元まで刺さることになった。
「グフ……」
痛みと衝撃で動きが止まった茶髪の口からかすれ声が出る。
あまりの勢いに反応が遅れた黒髪は、ここで動きが止まったシンに対して剣を突き立てようとする。
ここで力を込めて斬り込んでいれば結果は変わったかもしれないが、茶髪にくっついた状態にいるシンに対して咄嗟に突きしか出せなかった。
そして当然攻撃が来ると思っていたシンは、この突きも左手のショートソードではじいて、力の方向を変える。
無事に横を通り過ぎる剣を横目で見て、シンはククリが突き刺さったままの茶髪の胸元を蹴り飛ばす。
その勢いでククリは抜け、茶髪は上体を後ろに反ってよろめいた。
シンは片足で蹴った状態のまま、もう片足に力を込めジャンプして茶髪に跳びかかる。
蹴った足を茶髪の肩に当ててその勢いで押し倒し、右手に持つククリで茶髪の頭頂部に対して振り下ろした。
結果を見ずにその勢いのまま前に転がって、黒髪の攻撃範囲から逃れるように距離をとる。
そのまま姿勢を正し、膝立ち状態で黒髪の動きを伺うが、黒髪は呆然とした表情でシンを見ていた。
その黒髪とシンの間には、脳天を砕かれて絶命した茶髪が横たわる。

普段のシンであればあくまでも中は人間のプレイヤーに対して、ここまでの攻撃を加える事はなかっただろう。
だが事情があるとはいえ横暴な2人の行動と、リオを馬鹿にされた事でシンは本当に怒っていた。
またあくまでもここは訓練所内であり、今も倒れたままの茶髪の死体も戦闘が終われば無事に復活する事は間違いが無い。
それらの思いがあって、シンの攻撃は熾烈なものとなっていた。

ここで黒髪がやっと口を開く。
「お前……何者だ? 1回目はまぐれかと思ったが…… 何だその動きは! 何だその装備は! 」
「俺はただのシーフだ。 この両手装備も今初めて使っただけだ。 ただの偶然だよ」
「偶然だと? 俺達の攻撃を避けたあんな動きが偶然でできるものか! 」
そこまで言って黒髪はハッとした表情になり、何かを考え始める。
「……そうか、お前はもしかしたら管理者か? 教授のスパイとして受講生に紛れ込んだとかじゃないのか」
「何を言っているんだ、そんな訳ないだろ。 それよりも勝負を決めよう。 決着がつかないと何時まで経ってもそいつも生き返らないだろ」
そう言ってシンは茶髪の死体を指さす。
黒髪はしばらく黙っていたが、ポツリと呟く。
「いや、断る。 管理者相手に喧嘩を売る馬鹿がどこにいるものか。 公平な試験だと思ってたがこんな仕組みがあったとはな」
そして茶髪の死体に近づき、手を添えて「回収」と一言呟く。
死体は見る見るうちに光と共に電子の塵に変換されていき、すぐに床には何の痕跡もなくなった。
回収が終わり立ち上がった黒髪は、シンの方を見ずに話し始める。
「だが覚えておけよ。 俺はこんなやり方は許さない。 いくら試験だといって管理者なら何でも許されると思ったら大間違いだ」  
そして黒髪は扉の方に向かって歩き出し、そのまま出て行った。

それを見送ったシンは、そのまま腰を下ろし楽な体勢をとってからようやく緊張の糸を解いた。
「何か…… すごい勘違いをされたみたいだけど、とりあえず無事に終わったか。 とにかく今回は迷宮よりも疲れたな」
そう言ってシンはそのまま後ろに倒れ込み、疲れた体に休息を与える。
扉の方からは戦闘が終わったため室内に入ってこれたリオやドワ達の、シンを呼ぶ声が聞こえてくるのであった。
 
 
 
一方、擬似研究室はディスプレイの前の管理者達は静まり返っていた。
「……教授、1回目の特典を獲得したのは彼ではなく、アクツパーティーのメンバーでしたよね。 何故、彼は特典スキルを使えてるんですか」
ガルマの問は、その場にいた管理者全員の疑問でもあった。
ディスプレイには、シンが両手に武器を持って戦う姿が映っていた。
それを可能とするには、特典の中にあるスキルを手に入れる必要があり、管理者であれば誰でも知っている事であった。

そのスキルの名前は『二刀流』
かつて彼らの先輩にあたる管理者が生み出し、特典スキルの中に組み込まれたものである。

上野教授は椅子から立ちあがり、もはや戦闘が終了したディスプレイを一瞥した後話し始めた。
「正直なところを言えば、私にも分からない。 彼が現時点でスキルを生み出せるはずが無いんだがな。
 可能性としては…… いや、ここで推測してもしょうがないな。 彼の状況は、私の方で確認しておこう。
 君達はこの件に関しては関わらないようにしてくれ。」
管理者達の間には少し不満げな表情をする者もいたが、全員が同意した。

指示を終えた教授は、自分の机に座って両手を組んで額に当てて、静かにうつむき考えに集中しているように見える。

だが誰にも見えないその手に隠された表情には、笑みが浮かんでいたのであった。



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6/14 ラストシーン改訂


今回からセリフの前後の一行改行や、まとまった段落以外の改行はやめてみました。
しばらく続けてみるつもりです。


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