「ぐふふふ・・・なぁ、そろそろ観念したらどうやろ?」
紅蘭が妖しい笑みを浮かべながら対面の人物に凄む。
「ネタは上がっとるんや。黙っててもしゃあないで?」
「・・・・・・」
胡坐を掻き、腕を組んで眼を瞑る人物に脅迫まがいの説得をする紅蘭。
対して、件の人物の動きに変化は無い。
「かぁ~っ、あんさんも頑固なお人やなぁ・・・ちぃっと、ウチの手伝いをしてくれたらええねん」
「・・・・・・」
それでもその人物、男は動きを見せない。良く見ると、少しばかり体がプルプルしているのが見て取れる。
「なぁなぁ、ウチが発明したこの丸薬、『まるみつ君』をな?これを一粒飲むだけでええねんて。ウチ無理なこと言うてるか?」
「・・・・・・」
このままでは埒が明かないと判断した紅蘭、最後の手段に出る。
「今やったら、ウチだけやで?大神はんがかすみさんに膝枕されて夜をあかしたん知ってるの」
「・・・チッ」
【紅蘭】
いやぁ、ウチも驚いたで。
厠行こうと部屋を出てサロンを通りかかったんは良いんやけど、まさかと思う光景が眼に飛び込んできたんや。
朴念仁で有名な大神はんと、帝劇の母、藤井かすみさんの膝枕状態や。
・・・そん時、ウチの心がチクッとしたのを覚えてるんやけど、それはそれ。今はこんなおもろい状況を逃す手は無いで。
早速、先日から仕上げつつあったウチの発明品、人格修正丸薬『まるみつ君』の実験体として大神はんを選んだ。
最初は聞く耳持たなかった大神はんやけど、ウチが「サロンで・・・一体何があったんやろうな~・・・」という独り言を口にした途端、大神はんの態度が変わったんや。
んでウチの部屋にお越し頂いて、今ようやく『説得』が終わったとこや。
いやぁ、大神はんもなかなか隅におけまへんな。
「・・・佐藤、良いからその『まるみつ君』をさっさと寄越しやがれ。一粒飲めば良いんだな?」
「うん、そやで。一粒で大体3時間くらいの効果があるはずやから、その間の臨床実験てことで頼むわ」
「くそっ、何でオレが佐藤の怪しげな発明品の実験体にならなきゃいけねぇんだ・・・只でさえ危なっかしいシロモンが多いっつーのによ」
「ほらほら、大神はん男らしくないで?ちゃっちゃと飲まんと、ほれ」
「だぁあああ、分かった!ったく」
ぐいっ・・・ごくっ
よっしゃ、ようやく服用したみたいやな。
これはウチの趣味で作った丸薬やなくて、何やったかな、陸軍のお偉いはんからの要請を花やしき支部が受け、それをウチが試作してみるって形を取ったんや。
お偉いはんの名前・・・何て言ったっけ?
京門・・・いや、ちゃうな。京・・・京・・・?え~い、もうええわ!
とにかく、これは服用した人の性格を柔らかくしたり、反対に尖らせたりできる効果がある。大神はんに飲ませたんは柔らかくする薬やな。
大神はんの性格を変えるんは少しの間とは言え、かなりやりたくないんやけど・・・適任がウチの周りには大神はんしかおらんかってん。
でも・・・な?普段あれだけ魅力に溢れている大神はんのことやから、今より仰山の大神はんの表情を見たいっていうのは・・・やっぱ変やろか?
「んっ・・・くぅっ」
お、効果が出てきたみたいや。
ちぃっと確認してみよか。
「大神はん大神はん?大丈夫でっか?」
額を押さえて唸ってた大神はんが、手を放してウチを見据えた。
あ・・・あれ?何や、この澄んだ眼は?
いや、前の大神はんが濁ってたわけやないで?でも、どことなく、険が取れたような・・・
「?オレの顔に何かついているのかい、紅蘭」
・・・
・・・・・・
・・・・・・な、何やて!!??
「お、大神はん・・・もっかい、ウチのこと呼んでみて?」
「?何を言ってるんだい、紅蘭?紅蘭は紅蘭じゃないのか?」
ひょ
ひょ
「ひょわああああぁあああぁああああああああああああああああぁああ!?」
side out
大神が変わった。それは紅蘭の眼にも明らかだった。
普段、紅蘭のことを名字でもなく、名前でもなく、壊された自転車の製造元の『佐藤』と呼び方が定着しているはずの大神が、名前で呼んだのだ。
この異常さは、帝劇関係者は誰もが分かることだ。
これはこのまま大神を野放しにしてはいけない、せめて自分の部屋で一時過ごしてもらわなければ!
なぜか直感的にそう感じた紅蘭は、すぐさま大神に提案を出した。
「な、なぁ大神はん?どやろ、折角の休みなんやし、少しの間ここでゲームして遊ばへん?大神はんが好きな麻雀からオイチョカブ、何でも揃ってるで?」
「ど、どうしたんだ紅蘭?いつもならそんなに積極的じゃないのに」
「ぐふっ」
紅蘭は胸を押さえ、呻いた。心配そうにする大神、その顔はいつもより柔らかく、そして紅蘭の顔を覗き込むように至近距離に近づいてきたのだ。
普段の大神ですらど真ん中である紅蘭にとって、これは心臓に悪すぎた。
「お、大神はん?ち、近すぎるで・・・?恥ずかしいやんか」
「え?・・・あ、ご、ゴメン紅蘭!」
「ぶっ」
さらにヒット!弾かれたように飛びのく大神の動作、そして僅かに羞恥の紅に染まったその表情。
紅蘭は鼻血が噴出そうとするのを必死で押し留めた。
(あ・・・アカン!!!これは本気でまずいで・・・?このままじゃあウチ・・・!)
今にも決壊しそうな紅蘭の理性。
『萌え』という洪水は、紅蘭の『理性』いう防波堤をものすごい勢いで押しまくっていた。
そして、防波堤に罅が入り、秒読み段階に移行しようとしたとき。
バタン!!
「紅蘭!?何があったの、あんな大きな声を出して!?・・・あ、あら?紅蘭、何故鼻を押さえてるの?・・・あれ、大神さん・・・へ?へぇ!?」
出待ちをしていたかのようなさくらの部屋への乱入。
この場は、今まで以上に混沌の世界へと移行しようとしていた。
【さくら】
「ひょわああああぁあああぁああああああああああああああああぁああ!?」
あら?これは・・・紅蘭の声!
何があったのかしら?中庭にまで届く声なんて、只事じゃないわね。
今まで剣のお稽古をしていたとはいえ、紅蘭に危険が及ぶまで気がつかなかったとは。
この真宮寺さくら、一生物の不覚です!!
どのような輩が侵入してきたかは知りませんが、私がいるこの帝劇で好き勝手はさせません!
紅蘭、今行くからね!?
私は霊剣荒鷹を鞘に収め、帝劇二階に向け走り出した。
※※※
あ・・・あら?紅蘭の部屋に入ったのは良いけど・・・誰も不審者なんていないじゃない?
そ、それどころか紅蘭の部屋に大神さんが・・・?
紅蘭は鼻を押さえて呻いているし、大神さんはその表情を僅かに赤くしてる・・・
ま・・・まさか!!??
こんな朝っぱらから定刻違いの営みをしようとしていたのでは!?
そんな、いつの間に紅蘭てば、大神さんと既成事実を作り上げていたの!?
くっ、マリアさんやアイリスばかりに気を取られていたのが迂闊でした、でもどうしましょう?
関係を持ったとはいえ、紅蘭は私の親友です・・・ここは友情よりも愛情を取るべきなのでしょうか?お母様、このような時はどうすれば良いのでしょう・・・?
『さくらさん、関係を持たれてしまったのなら仕方ありません、貴女の左手にある、霊剣荒鷹で口を塞いでしまいましょう。手段は問いません、命さえ取らなければ幾つも貴女の身に叩き込んだはずです』
・・・そ、そうですよねお母様。紅蘭、悪いけど、少し記憶を飛ばしてもらうわね。
「ちょ、ちょちょちょさくらはん!?何で剣の鯉口切ろうとしてんの!?止めてや?!」
「さ、さくら君!?君は何をしようとしているんだ!」
ふふふ、痛いのはほんのちょっとだからね、紅蘭・・・ってあれ?
空耳かしら、有り得ない台詞が聞こえたような・・・
「お、大神・・・さん?」
僅かな期待とともに、大神さんに問いかけてみる。
「・・・ほっ、良かった、元のさくら君だ」
「ぶっ」
ぐっ!?さ、さくら君?!そ、それにその微笑・・・何という破壊力!?
僅かに首を傾げたような姿勢もツボね、これには抗いようが無いわ。
そ、そうなの、紅蘭もこれを至近距離で受けたからあのような感じになったのね?
た、確かにコレは効くわ。お婆様の脳天かち降ろしの竹刀の一撃よりも衝撃を受けたわ。
「な?さくらはんも分かったやろ?」
「えぇ・・・すごいわね、この威力は」
私は大神さんの微笑を直視したまま紅蘭と小声で話すのだった。
Side out
廊下から誰も来ないのを確認し、さくらは後ろ手で扉を閉める。
そして紅蘭の部屋の中央に歩を進め、紅蘭と大神の間に座る。
「ねぇ、紅蘭・・・何故こうなったのか教えてほしいんだけど」
「はいな、今説明したるわ。・・・・・・・というわけで、大神はんは一時的に性格が丸くなってるって状態なんや」
紅蘭がざっと説明し、それに少し質問をしてからさくらは大神に向き直る。
「大神さん?」
「ん?何だい、さくら君」
「「ぐっ」」
二人そろって胸を押さえるのを見て、怪訝そうに大神が問う。
「さっきから二人とも様子が変じゃないか?由里君に言って薬でも持ってきてもらおうか?」
「「いえ、大丈夫ですから(やから)!!」」
どうにも話が進まない。
困った大神は眉毛をハの字に曲げて後ろ頭をカリカリと掻く。
「「き・・・・キタァァァァァァァ!!!!!」」
「どわっ!?」
奇声を上げる二人、そしてドン引きする大神。
「お、大神はん?!ちょっと抱きつかせてもらって良いやろか?」
「あ、紅蘭ずるい!私がやるの!」
「しゃあないな、ならウチは大神はんの膝にやな・・・」
「それもダメぇ!!」
「・・・」
何だコレは。
この場に他の面子がいればその3人の変貌にドン引きしかねない状況に、大神は困った表情でその場に座り尽くすのであった。
そして約3時間後。
さくらと紅蘭が未だに舌戦を繰り広げている中、大神の目蓋が落ちる。
そして、ひと時を置いて開いた大神の双眸には、普段と同じ、不敵な光りが輝いていた。
「だから、これくらいは私の権利として・・・」
「それを言うならウチかて・・・」
「・・・・・・」
ゴツン!!!×2
「「きゃああああ!!」」
「うるっせぇぞくそったれ共!!ちったぁ静かにしやがれボケが!」
「「あ・・・」」
そう、大神から『まるみつ君』の効果が消えうせたのだ。
そしてこの時を待っていたかのように大神の口から罵声が飛ぶ。
「ったく黙って聞いていりゃあ好き勝手抜かしやがって・・・ちぃっとヤキ入れねぇと堪えねぇみてぇだな?」
「「ヒィッ!?」」
先ほどの柔らかい表情から一転、般若のような顔に表情をを引き攣らせる二人。
「よっしゃ、じゃあ佐藤は『まるみつ君』の処分、一粒たりとも残すんじゃねぇぞ・・・あ?んで真宮寺はオレと稽古だ・・・たまには素手での稽古もやっておかねぇとなぁ・・・あ?分かったか?」
(な、なあ、さくらはん。あの大神はんの怒り様・・・まさか全部覚えて・・・?)
(それしか考えられないわね・・・)
「ゴルァ!?何こそこそやってやがんだ、さっさとしやがれ!!」
「「は、ハイ!」」
慌てて立ち上がり、紅蘭は残りの薬を袋に入れて外へ、そしてさくらは着替えに自室へ。
それを見送った大神は、ぽつりとつぶやいた。
「はぁ~・・・あんなに嫌そうにされるたぁ・・・オレはオレのままで、ということか」
あとがき:このサクラ大戦SSを作成するにあたり、私が一番やってみたかったのがコレです。
初期大神を性格改変にし、SSの中で原作大神にしてみたら花組がどのような反応を見せてくれるのか?これをいろいろ妄想し、軽めではありますが紅蘭とさくらのリアクションを描いてみました。
あと数回、原作大神が出てくる予定です。