「ふぅ・・・ちっと食いすぎたかな」
マリアとの昼食の後。
大神は帝劇内にある自室へと戻っていた。
ロシア料理を始めて食べ、思いのほか旨くてお代わりを頼むほど。
昼時に、満腹になれば誰だって眠くなるもの。
それは大神とて例外ではなかった。
が。
ドンドンドン!ガチャ
「少尉!!メシ食ったんだろ?あたいと食後の手合わせやんねぇか?」
突如鳴り響くノックの音。
そして確認の合図も無いまま開け放たれるドア。
帝劇一の戦闘狂、桐島カンナに、その眠気を吹き飛ばされることになる。
中庭において、カンナと大神は数メートル離れた位置で向かい合っていた。
カンナは腕を交差させてストレッチを始め、大神は首をコキコキッと鳴らしながら手首を回す。
「桐島、お前ぇとやんのは初対面の時以来になるんだっけ?」
「へっへ、そういうことだな!あたい、少尉と勝負したくてずっとウズウズしてたんだぜ」
「その有り余る力は敵に向けてほしいんだけどな」
「へっ、良く言うぜ。少尉も何だかんだ言って霊気が迸ってるぜ?あたいなんかに見破られるようじゃあまだまだだな」
「かっ、違ぇ無ぇ。んじゃあ早速・・・」
「「行くぜ!!」」
大神とカンナは、同時にお互いに向けて走り出した。
「おらぁあっ!」
先手を取ったのはカンナ。手加減無しの中段回し蹴りを放つ。
「ふっ」
が、大神もそれを見越していたのか、間合いを少し外すことで空回りさせる。
そして間髪いれず、カンナの懐に入ろうと行動を移しかけ、ピタッと止まった。
ビュオッ!!
大神の頭があるはずの位置を、カンナの裏拳が通り過ぎる。
それによって、カンナの体勢が少し崩れかけた・・・が。
「はっ」
大神の前蹴りが入ろうとした瞬間、カンナの体が横に流れ、大神の蹴りを流す。
大神も、然程力を入れていなかった蹴りだったので、すぐさま元に戻し、最初の構えに戻る。
「うらあぁっ!」
更に攻め始めるカンナ。
大神は先ほどとは違い、体をどっしりと落とし受けの体勢を取る。
右正拳突き・・・を陽動とし、上体を低くして足払いをかけるカンナ。
「山っ!」
が、大神の足腰に当たった瞬間、いとも簡単に弾き返されてしまう。
それにもめげず、地面に片手を着き、下半身を跳ね上げることで大神の顎に蹴りを放つ。
「林」
それすらも、大神が顔を少し捻ることによって空を切ることになる。
そのときの大神の眼には、カンナの技のキレ、間合いが細かく、まるで機械のように分析できた。
「火!」
そこまで、防戦だった大神が、ここに来て攻勢に出る。
大神の目の前には、未だ下半身が空に浮いた状態の隙だらけのカンナの体。
急所を外し、腿の中間辺りに掌底を繰り出す。
ドンッ!!
「うわあぁっ!?」
ほんの少し触れただけの感触。
その後に、爆発的な打撃がカンナの太腿を襲う。
ズサァッ
「くぅっ!?」
体勢を立て直し、受身をとって立ち上がろうとカンナが前に視線を向けようとした瞬間。
「!?」
ビュオッ!
己の勘に従ってバック転をしてその場から離脱する。
そこを大神の下段回し蹴りが空を切る。
「風」
その反動を利用し、大神が体を捻ったその瞬間。
大神の足元から砂塵が吹き惑った。
「?」
砂埃が消えると同時に、カンナの目前から大神の姿が掻き消えた。
すばやく辺りに眼を向けるが、大神の姿は無い。
ゾクッ・・・
得体の知れない、カンナの背筋を凍らせるような気配。
「王手、だな」
己のすぐ後ろから聞こえた、大神の声。
「クッ・・・あたいの・・・負け、かな」
無表情で拳を突きつける大神に、カンナは降参の意を示すのだった。
【カンナ】
ちっくしょう、こうも少尉が手強いとは思ってなかったぜ!
あたいの技は少尉に早々に見切られ、息もつかさない怒涛の攻撃。
向き合ってる時には気づかなかったけどよ・・・少尉って攻撃・防御の際、どの時も霊気・闘気に変化が無いんだ・・・あたいの親父でもそんなことできなかったってのに、どんだけ規格外なんだ?
そして、あたいの体捌きを先読みするかのような、少尉の動き。
なんつーんだっけ、・・・お、そうそう、詰め将棋ってのに似てやがんだな。
将棋はあたいは詳しいことは知らねぇけどよ、米田司令やあやめさんが言うには高度な戦略遊戯だって話だ。
先を読み、自陣の戦力を的確に分析しなくちゃあ勝てない、とか言うやつ。
軍人さん専用に作られた将棋もあるって聞いたことがあっけどよ、お眼にかかったことはまだ無ぇな・・・
とにかく、少尉が将棋ってのをやってんの、見たことが無ぇし聞いたことが無ぇ。
親父と同等、と思ってたけどよ・・・少尉、まだまだ底が見えねぇ。敵じゃなくて良かったと、あたいが思うんだ、花組はおろか、帝撃全員の思いだってことは事実だな。
でもよ・・・ここまで圧倒的な力を見せられちゃあ・・・あたいの感情はこれでお終いってわけにはいかねぇんだよなぁ・・・
せっかく少尉から教えてもらった霊気の技、試させてもらうぜ!
Side out
カンナの後ろを取った大神だが、ここでカンナの様子に気がつく。
(・・・?!ま、まさか桐島のやろうっ・・・!)
カンナの全身から少しずつあふれ出してくる霊気。
色をつけるならば、カンナの気性に良く合った『橙』。
その霊気が、徐々にだがカンナの体を覆い始めた。
「ちっ、桐島ぁ!‘ソイツ’を使うにはお前ぇにはまだ早ぇ!鎮めろ!!」
大神がそう叫ぶが、カンナはゆらり、と立ち上がり、大神の方に体を向ける。
カンナの眼を見る。前の紅蘭のような狂気は無いが、それでも正気を少なからず失っているのは確かだ。
「ちっ!」
大神は舌打ちをし、カンナから間合いを取る。
そして己自身の霊気を、内側だけで体全体に浸透させる。
これにより、大神の身体能力は普段の倍以上を誇るようになる。
「少尉・・・あたいの桐島流空手が奥義・・・しっかり受け止めてくれよな」
うつろな声でそう呟くカンナ。
すでに霊気は勢い良く迸り、カンナの背後に虎の様相を描く。
「ちっ・・・分かっちゃいたが、桐島の霊気指向は『火』か・・・風・林・火・山の内最も攻撃力に優れた指向・・・こいつを止めるにゃあ『山』じゃあ足んねぇな」
大神が構えを取る。
その時に、中庭に出てきたあやめが驚いた表情で駆け寄ってくる。
「大神君!?これは一体何事なの?」
「訳はあとで話す。それよりも、帝劇内の結界の強度と秘匿を上げてくれねぇか?このままじゃあ罅入るかもしれねぇ」
「っ!わ、分かったわ!それまで何とか大神君は踏ん張ってちょうだい」
「承知」
あやめが踵を返して帝劇内に戻っていくのを横目で確認し、再びカンナのほうに視線を向ける。
「!」
いつの間にか、カンナが大神のすぐ目の前にまで踏み込んできていた。
「ちぃっ!?」
己の迂闊さに歯噛みしながらも、大神は体内に展開した霊気を強め、足に集中させる。
「風!」
先ほどと同じく、大神の体がぶれ、カンナの拳が空を切る。
が、霊気で強化されたカンナの眼には、大神の辿った軌跡がはっきりと見えていた。
「そこかぁっ!」
ダッ!!
ガシィッ!!
大神が移動した地点に、カンナも野生のような動きで追随。
初めて大神に一撃入れることに成功する(防御済み)。
「ぐぅっ!」
さすがに大神も吹き飛び、しばらく宙を舞った後に着地し、再び
「風!」
縮地を開始。
さっきと違うのは、攻勢に出た点であろう。
カンナもそれを読み取り、追随を止めてその場に構えを取って待ち構える。
「破ぁっ!!」
風の勢いのまま、大神はカンナに急接近、神速の右前蹴りをカンナの腹に向けて繰り出す。
ガシィッ!
カンナの手が、大神の足首を掴む。
「セイッ!」
それと同時に、大神は残った左足をカンナの首に向けて繰り出す。
バシッ
それすらも、カンナに止められ大神は両足をカンナに預けたまま宙を浮いた状態だ。
「シャアっ!!」
すかさず飛んでくるカンナの踵落とし。
横を向いたままの大神の腹に決まる・・・と、カンナが確信した瞬間。
「大神君!!結界の強化、終わったわよ!」
あやめの声が飛んできた、刹那の間。
ゴォッ!
大神の全身から霊気が迸り、掴まれていた足を急速に捻ることによって手をこじ開け、自由になった右足でカンナの踵落としを迎え撃った。
ガシイィッ・・・・!!!
鈍い音が聞こえ、数瞬の間拮抗した足が・・・弾かれた。
ズサァッ!!
弾かれた拍子に間合いが出来、それぞれに着地を成功させて再び対峙する。
「よぅ・・・少々オイタが過ぎるんじゃねぇか?桐島よぅ・・・」
大神が下を向きながらも言葉を紡いでいく。
両手はポケットに突っ込んだまま、そしてゆっくりとカンナに向かって歩き出す。
「っ!?」
対するカンナ。顕現している霊気の量は変わりないが、それでも先ほどよりは安定していない。
霊気の形は心の形。それは、大神がカンナ達に一番最初に教えた言葉。
それが今、カンナの身に如実に現れていた。
「あたいは・・・あたいは・・・あたいの琉球空手は・・・親父の夢なんだ!負けは・・・許されないんだ!」
「ほう・・・ちったぁ正気が戻ってきたようだな。だがよ」
大神が忽然と姿を消す。
それは強化されたカンナの眼を欺くほどの速度。
「お前ぇ自身の霊気に・・・お前ぇそのものに・・・負けてたんじゃあ」
姿を現した大神。そしてその両手には、極限にまで集中された霊気が。
「親父もオレも関係無ぇんだよ!」
『狼虎滅却・天地一矢』
大神の奥義がカンナへと迫っていく。
カンナも反射的に顕現されていた全ての霊気を手に集中、こちらも奥義を炸裂させる。
『桐島流奥義・一百林牌』(すうぱありんぱい)
ドオッ!!
二つの霊気が鬩ぎ合う。
カンナは全霊力で奥義を使ったせいか、そのまま前のめりに倒れてしまっている。
対する大神は無表情のままで推移を見守っている。
パァアアアアアアン!
数瞬拮抗していたが、カンナの霊気が弾かれ、大神の霊気がカンナが立っていた胸部辺りのところを通過。そしてそのまま結界に衝突する。
ギシィッ!!!
大きな音をたて、帝劇が振動に襲われるが強化された結界を破壊までには至らず、そのまま霊気は霧散する。
それを最後まで見守り、
ザッザッザッザッ・・・
歩みを、カンナの元に向ける。
やがてたどり着き、カンナのすぐ側で腰を降ろす。
「はっは・・・やっぱ・・・少尉は・・・すっげぇなぁ」
意識はあったらしいカンナが、ぽつりと話し出す。
「なあ、少尉・・・あたいさ、少尉に霊気の扱い方を教えてもらって・・・心のどこかで、こいつをぶっ放したい、思う存分暴れてみたいって・・・思ってたのかもしれねぇんだ」
「・・・・・・」
「霊気は己自身・・・そう、少尉は言ったよな?あたい・・・やっぱ暴力的で、何かを破壊せずには・・・いられないタチなのかも、な」
「・・・・・・」
「でもさ、今日少尉と全力でぶつかってみて・・・何だかすっきりした感じなんだ。それに・・・この『あたい自身』とも、うまく付き合えそうな気がしてさ」
「・・・・・・」
「はっは、少尉はやっぱ厳しいなぁ。何も言っちゃくれねぇか」
カンナが少し寂しそうに俯いたとき、大神が口を開いた。
「・・・いや、少々驚いただけだ。桐島にも潮らしくなるときがあるんだなってな」
「はぁ?そ、そりゃああたいだって女だぜ・・・?そりゃ無いよ、少尉~・・・」
「はっは、お前ぇ見てるとそういうのはすっかり忘れちまうんだな、これが。ま、今回のことでいい薬になっただろうし、オレからは何も無ぇ。あとは・・・」
「あとは?」
「お前ぇの霊気の制御はまだまだだ。佐藤よりちぃっとばかり上いってるが、な。要訓練だ。いいか?」
「へぇ~い・・・ちぇっ、ちったぁ優しいかと思ったらすぐこれだ」
「はっ、分かりきったことを。あ~あ、ったく。腹ごなしの運動かと思えば霊気まで使わせやがって」
「あぁ、ありがとな、少尉。あたいを受け止めてくれてさ」
最後には笑顔になって大神にくってかかるカンナ。
だが、これはこれで良い、と思ってしまう。
「カンナぁ~・・・無茶しちゃってさ?ちゃんとお部屋に帰ろうね~?」
(少尉・・・あんたぁやっぱあたいの目標だ。絶対ぇ追いついてやっからな!)
驚いて駆けつけてきたアイリスに、念動力で持ち上げてもらって自室に帰るカンナの表情は、今までとはまた違った笑顔が覗いていた。
あとがき:どうも、ご無沙汰しております、く~がです。
『うみ物語』でも書きましたとおり、1ヶ月ほど入院しておりましてようやく、退院するはこびとなりました。
1ヶ月・・・更新できず、本当に申し訳ありませんでした。
仕事に復帰したのは良いんですが、溜りに溜まった仕事の量を見て、もう一回入院してやろうかな・・・と思いましたが、何とかこの更新にまでこぎつけています。
今回はカンナの話を書かせていただきましたが、いかがでしょう?
戦闘描写が苦手な私にとって、入院してた間に考えたことを拙い文章で表すのは大変でした。
矛盾している点、ここはこうした方が、と思えるところがありましたらガンガン指摘してください。
これからもよろしくお願いします。