「ふむ・・・こっちは何も反応は無いな・・・かすみくん、そっちはどうだ?」
「はい、司令。現在帝都を巡回させています追尾君の監視網にそれらしい反応はありません」
「ふむ・・・」
現在作戦室にて大型蒸気画面の端末を操作しているのは、風組の藤井かすみ。
米田の命を受け、帝都を巡回する追尾君からの情報を洗い出しているのだ。
が、各地の追尾君から送られてくるのは人々の明るい表情に、活気に溢れる街。
先の戦いから3日が経つが、敵組織、黒之巣会が動き出す気配は無かった。
もちろん、油断はできない。水面下でどういう動きをしているか分からないからだ。
逆にこういう状況こそ、気味悪く感じるのは気のせいでは無いだろう。
「とはいえ、このまま戦闘待機が続けばあいつらも鬱憤が溜まるだろうしな・・・よっしゃ、ここは久しぶりに休暇をくれてやるとするか」
この米田の鶴の一言によって、帝国華撃団もとい、帝国歌劇団の休暇が決定したのである。
『帝国劇場休場のお知らせ』
「何だこりゃ?これって何か緊急事態でも起きたんか?それにしちゃ静かだよな」
「大神さんもそう思います?由里さんからこれを貼るよう言われて貼っていたんですが」
帝国劇場の入り口で大神とさくらが貼り紙をを貼りながらも話を進めていく。
何も言われずにこの作業を任され、腑に落ちない表情をしながらも、正面玄関、裏口、柵沿いにチラシを貼っていく。
そんな二人の下に、答えを知る人物が近づいていた。
「きゃはっ!さくらぁ~!!おにぃちゃ~ん!!」
「幼女?」「アイリス?」
異常に感情を昂ぶらせているアイリスに、大神がたずねる。
「何があったんだ?いつもよりも大袈裟に騒いでるじゃねぇか」
「二人ともまだ知らないのぉ?今日のお昼からね、みんなにお休みがもらえたんだって!」
「「へ!?」」
あまりにも唐突な休暇到来に、二人とも気の抜けた返事を返すしかなかった。
【さくら】
こ、これはもしかしてチャンスなのでは!?ほら、初めて会った時から今まで帝都を一緒に歩いたことなんて1回しかないのよ?
しかも上手い具合に大神さんが近くにいる・・・これはもう、私が誘っていいというご先祖様からのお告げに違いないわ!
う、ドキドキしてきた・・・落ち着くのよ、さくら。大神さんにはいろいろと私の初めてをあげちゃってるんだから責任を取ってもらうつもりで・・・いいえ、それはまださすがに早いわ。
自然を装って帝都観光でも・・・
「おにいちゃん、アイリスとデートしよ!?」
「はぁ!?」
ぶっ!ま、まさかアイリスに先を越されてしまうとは・・・!
これじゃあ私が誘ってもアイリスから取っちゃうようで何か大人げ無いし・・・
お、大神さんはどうするの!?
「でーと?って何だ?」
ずっ
くくく・・・いたたた、まさか盛大に尻餅つくくらい滑ってしまうとは。
大神さんのこと、侮っていたわ。
「デートって、こいびとがするお出かけのことだよ、おにいちゃん」
「ほう。お前ぇに恋人がいたとはな。まあこんなんでも劇場のすたぁ候補なんだからな、あまりハメ外すんじゃねぇぞ?」
「え・・・」
うわ・・・アイリス可哀想・・・まさか自分のことを言われているなんて露とも思っていないみたい。
「もう!アイリスはおにいちゃんとお出かけしたいの!」
「あ?だったら始めからそう言えや、ったく。オレで良ければ幼女のお出かけとやらに付き合ってやんからよ」
「やったーーー!!やっとおにいちゃんとお出かけできるんだね!?」
うぅ・・・すっごく悔しいけど、アイリスのあの満面の表情見てたら何も言えないじゃない・・・
「良かったわね、アイリス?たくさん楽しんでくるのよ?」
「うん!ありがとう、さくら!」
その笑顔、反則。
仕方ない、休暇は今日だけじゃないだろうし、まだチャンスはあるはず!
真宮寺さくら、絶対に大神さんと出かけて見せます!!
Side out
【アイリス】
やった、アイリスがずっとおねがいしてたおにいちゃんとのデート。
さくらにはわるいとは思ったけど、これくらいは年下にゆずってほしいな。
えへへ、おにいちゃんはアイリスのこと、子供だと思ってるけど、今はアイリスには『おくのて』があるんだよ?
霊力をせいぎょ?するくんれんで、アイリスはたぶん、みんなより上に行けたと思う。
今日のデートは、それを使っておにいちゃんをアイリスのとりこにしちゃうんだから。
前に衣裳部屋から借りてきた、おとな用の洋服。
これがアイリスのひみつへいき。
今の体は、アイリスの年れいの10歳の大きさだけど、今から『おくのて』を出すよ?
霊力かいほう。
霊気しこう。体を包むような感じで展開させる。
外の霊気と、内の霊気をまぜあわせてからだじゅうを『成長』させるの!
ん・・・んん・・・あ、これやっぱり気持ちいい・・・
体のおくがジンジンするの。
体ぜんぶを成長させてるから、女性としてのかんかくが出てきちゃうの・・・
11歳・・・
12歳・・・
13歳・・・
14歳・・・んん、体がぽかぽかしてくるよ・・・
15歳・・・
16歳・・・
17歳・・・もう少し・・・
18歳。
ここ!ここで霊気指向を止める。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
元の10歳の体とは比べ物にならないほどの容姿。
鏡を見てみると、これが成長した私の姿なんだって思えるわ。
成長させている時に洋服は全部脱いじゃって、今の私の姿は裸。
だからこそ、お兄ちゃんに迫れるかどうかが確認できる。
豊かな胸部。
くびれた腰。
西洋人ならではの引き締まったお尻。
髪はウェーブを描いて長い金髪が腰のところまで伸びている。
眼はサファイアみたいな透き通った青色。
・・・
・・・・・・ん、これなら!
早速大人用の衣装を身に纏う。
うん、ぴったり。
少し胸がきつい気がするけど、これくらいなら許容範囲内ね。
待っててね、お兄ちゃん?
成長したアイリスが、今行くからね。
Side out
部屋から出てきたアイリス(大人)。
上手い具合に廊下には誰もおらず、そのまま中央階段を下りて劇場入り口へと向かう。
その途中に、椿とすれ違うが、
「椿、ちょっと出かけてくるわね?」
「あ、はい。いってらっしゃ・・・え?誰?」
あまりにも普通に挨拶して出て行ったせいで、呆然としたまま見送る椿。
まんまと劇場を出たアイリス(大人)は軽い足取りで、大神との待ち合わせ場所まで行く。
「いた!お兄ちゃんだ。お兄ちゃ~~~ん!!」
「おぉ、幼女。随分遅かったじゃ・・・あ?・・・え~・・・っと・・・どちらさん?」
おそらく、帝劇で初めて大神がさらしたであろう呆然顔を、アイリスが見ることになった。
【大神】
「お兄ちゃ~~~ん!!!」
やっと来やがったか、こんなに待たせるたぁいい度胸してんじゃねえか、あ?
ここはちっと、年上としての威厳を見せねぇとな。
いつまでも幼女に甘く見られるのも癪だしな。
「おお、幼女。随分遅かったじゃ・・・あ?・・・え~・・・っと・・・どちらさん?」
予想外な出来事に、オレは呆然と聞き返すしかなかった。
「もう、分からないの?アイリスだよ?」
「て、てめぇみたいな幼女がいるかボケぇ~~!!!」
我を忘れて叫んだオレは悪くないはずだ。
うん、絶対そうだ。
「うぅ・・・ひっく・・・ひどいよ、お兄ちゃん・・・私、ここまで頑張ったのに・・・」
っておい、泣き出さなくても!
こいつ・・・やっぱ幼女なんか?
「ヒソヒソ・・・やぁね、あの男、あんなかわいい女の子を泣かせてるわよ?」
「本当ね?いくら好かれてるからと言って調子乗りすぎなんじゃない?」
「うっ・・・カワイイ・・・振られたならオレにもチャンスはあるかな」
「バッカ、お前じゃあ逆にまた泣かれるのがオチだよ」
「てめっ、そこまで言うか」
ぐっ・・・ここが天下の往来だってのを忘れてたぜ。
いつの間にかオレ達を囲んで老若男女がヒソヒソと話しあってやがる。
「ちっ、来い!」
「あっ・・・」
とりあえず幼女の手を握り、走ってその場を抜け出すしかオレには方法は無かった。
ふぅ、何とか周りの目が無い所に脱出できたか。
息を弾ませ、オレの手を握って肩を上下させてる、誰もが見ても美少女だと思える女性。
こいつが・・・あの幼女?
「幼女・・・ってここはこの言葉は適切じゃねぇな・・・アイリス?」
「っ!!お、お兄ちゃんが・・・アイリスの名前を・・・」
「バッカ。その姿で幼女も無いだろ・・・他ので呼んで欲しいか?」
「ううん!私、アイリスって呼んでほしいな」
くっ、あの幼女の純真無垢をこの姿でやられたら危ねぇ。
危うく拳を腹に撃ち込むところだったぜ。
改めて見てみると、今の幼・・・アイリスの姿は17,8歳くらいか?
何処から調達してきたかは知らねぇが、大人の服を着てやがる。
よく似合ってやがんな。
まあ元があの幼女だって知ってるから、手を出すことは有り得ねぇが放っておくと帝都のバカな男共に言い寄られるのは目に見えてるな。
しょうがねぇ、今日1日は付き合ってやるか。
ん?ちょっと待て!?
こいつだけは聞いておかねぇと!!
「アイリス、お前ぇのその姿、時間的な制限はあるのか?」
「ん~、前にこの姿になった時は1日くらいだったよ?朝から夜、そして次の日に起きたら元に戻ってたけど」
「・・・もうひとつ聞く。こいつぁ・・・霊気の指向を『成長』に特化させたからか?」
「分からない。感覚だけで指向をイメージしたから・・・」
・・・こいつもまた、天才ってヤツだな。
普通有り得ねぇぜ、指向を『攻撃』『防御』『素早さ』『潜在抽出』以外にできるなんてよ。
おそらく、幼年期から霊気を認知していること、そして大人になることの切望が天文学的な確率でこの能力を作り出したんだろう。
・・・以外と早く、こいつは訓練が終わりそうだな。
「ねぇ、お兄ちゃん?せっかく私達お出かけしに来たんだよ?時間がもったいないから早く行こ?」
こんな笑顔で誘われちゃあ断れねぇわな。
まぁ今日1日だけだ、楽しませてやるとしよう。
Side out
「っし、じゃあ先ずは出店で賑わっている浅草に行くとするか。アイリス、お前ぇには悪いがちと歩くことになるぜ。いいか?」
「うん、私の今の体力なら力使わなくても大丈夫だよ」
「そうか」
とは言え、帝都の中心部から浅草に行くには距離がある。
そこで蒸気バスという乗り物に乗って行くことにしたのだ。
「へぇ・・・これが『ばす』なのか・・・自点車よりも速くて安定性があり、尚且つ大人数でも移動可能・・・こいつぁすげぇモンが出てきたもんだな」
「轟雷号も良いんだけどね・・・あれは急停止した時の締め付けとかすっごく疲れるし」
「バッカ、あんなモン出動以外では絶対ぇに乗りたくねぇ代物だ。出かける度にあんな思いすんのはゴメンだぜ」
「あはは、お兄ちゃん初めての出動の後に米田のおじちゃんに文句言ってたもんね」
「・・・初体験であんな思いさせられたら誰でも文句いうぜ、普通」
「でもお兄ちゃんだけだよね?軍人さんで指揮官にあそこまで文句言えるの」
「ちっ」
「ねぇ、お出かけしてるんだし、もう少し違うお話しよ?」
「あ?おう・・・そうだ、お前ぇ髪飾りをつけて無ぇところ初めて見たけどよ、なかなか似合ってんじゃねぇか」
「え?ホント!?あはは、お世辞でも嬉しいな」
「お世辞なんて言葉誰が教えたんだ、ったく」
「え?由里だよ?大人は誰でも多少のお世辞は言うもんだって」
「あのアマ・・・きっちり指導してやる」
「でもお兄ちゃんの言うこと、本当だって分かってたよ?お兄ちゃんの言葉、本当にあったかいの・・・」
「あー・・・」
「あははっ、お兄ちゃん照れてる」
「照れてねぇよ!ホントに調子狂うぜ・・・」
「大人のアイリス作戦、今のところ大成功だね」
「・・・言っとくが今日だけだぞ?」
「うん♪」
「ホントに分かってんのか・・・はぁ」
なんてことはない普通の会話。
バスの中と言えど、その語らいは傍から見れば仲睦まじい恋人の甘い会話なのだ。
事実、二人の側にいた若い男性もげんなりとした表情を浮かべている。
『次は浅草~・・・次は浅草~・・・』
バスの運転手からのお知らせが備付の出音機からバスの中に響く。
「よし、降りるか」
「うん、楽しみだね」
二人の男女がバスから降りたのと同時に、多数の男性客からため息が漏れた。
「くっそ、やってらんねーぜ。オレ達を尻目にあんな可愛い外人さんと・・・」
「しかもあの男、お兄ちゃんとか呼ばれていやがった・・・恋人で妹属性・・・?何だあの完璧美女は!」
「あの外人の表情見たかよ・・・?あの満面の笑みで幸せそうにしてやがった・・・悔しいけどあの二人、お似合いの連れだよったく」
多少のやっかみはあるものの、大神達二人への評価はそれなりに高いものだった。
ちなみに、『妹萌』の精神はここから始まったと、現場を知る乗客の子孫は語り継いでいる・・・
浅草、『浅草寺』。
「わぁ、すごい数のお店だね!」
「おう、こいつぁ祭りでもやってやがんのか?この人ごみは計算外だったぜ」
大神が頭を掻きながら眉を顰めるのも無理は無い。
先だって戦闘があった爪あとなど何処にも無く、そこには大賑わいの出店、そして人々の笑顔があった。
「私達、この風景を守る為に戦ってるんだよね・・・」
「あぁ。少なくともそれだけは事実だな。お前ぇも誇っていい」
「うん・・・」
しんみりと眺めていた二人。
そこに。
「よう、そこの恋人さん達!良ければウチの店見ていかねぇか?」
「ん?ああ、射的か。久しぶりだな」
声をかけられたほうを見てみれば、そこには木製の空気銃、紙を丸めた弾が置かれている射的店の主人が手を振っていた。
そこに興味津々で近づくアイリス。
「えっと、これをどうするの?」
「お、外人さんは初めてかい?こいつはな、この銃に弾を込めて、あっちに並んでいる商品に中てて落とす。それが成功したらその商品はそいつのモンだ。な、簡単だろ?」
説明を受け、アイリスは銃を手に取る。
「ちょい待てアイリス、おっさん、いくらだ?」
「可愛い外人さんが初めてやるんだ、5回1組、タダで良いぜ!」
「ホント!?ありがとう、おじちゃん!」
「恩に着る」
「なぁに、お嬢ちゃんの笑顔を見れただけでも充分さ!さ、どれでも狙ってくれ」
「うん!よぉ~し・・・」
アイリスが、いつも見ているマリアのマネをして銃を構える。
もっとも、マリアの銃は拳銃型なので、今持っている小銃型小型サイズのとは勝手が違うが。
「ん~・・・えい!」
パシュッ
ビシッ
・・・ゴトッ
カランカラ~ン
「こいつぁすげぇ、大当たり~~!!」
なんと、アイリスが撃った弾は吸い込まれるように彫り物の中心に中り、後方へ落ちていく。
「へぇ・・・やるじゃねぇか、アイリス」
「えへへ・・・やった!」
満面の笑顔を見せるアイリス。
その騒ぎを聞きつけた周りの客が、射的屋を取り囲むようにして集まり始めた。
「なんだ、何の騒ぎだ?」
「きゃ~、あの子外人さん?すっごく可愛い!」
「お、あの子が射的に挑戦してるのか?こいつぁ江戸っ子として見物しねぇとな!」
「江戸っ子関係無ぇし」
「しっ、ほら、また撃つよ」
パシュッ
ビシッ
グラグラ・・・ピタッ
「「「「「「「「「「あぁあ~~~~~~・・・」」」」」」」」」」
惜しいことに、アイリスが撃った2発目は巾着袋に中るも、落とすことは叶わなかった。
周りから一斉にため息が漏れる。
「ひゃっ!?な、何事なの、お兄ちゃん?」
「気にすんな。お前ぇの射的が珍しくて見物してるだけだ」
「うぅ・・・」
「ほれほれ、そんなんじゃあ帝劇のすたぁになれねぇぞ?(ボソッ)」
「っ!!」
結局、アイリスが落としたのは5発中2発。
初めてにしては上出来の成果を挙げ、アイリスはほくほく顔で屋台から離れた。
「あの子、すっごく楽しそうだったわね・・・私もやるわ、おじさん!」
「あいよ、毎度!!」
「あ、オレもオレも!!」
「けっ、ぽっと出も素人が、オレの腕を見せてやるぜ!」
その射的屋は、終日客が途切れることは無かったという。
まだまだ出店は沢山ある。
小腹がすいたと感じ、大神はアイリスを連れて冷凍菓子を売っている出店へとやってきた。
「おっさん、冷凍菓子2つ・・・っと、アイリス、食いきれるか?腹の容量はやっぱ増えてんのか?」
「お兄ちゃん・・・乙女に向かってその言葉は配慮に欠けてると思うんだけど?」
「はっは、何を今更」
「・・・むぅ」
口を尖らせるアイリスの頭を、ぽんぽんと撫でる。
その行為に、かぁっと顔を真っ赤にさせるアイリス。
「ほれ、そんなにむくれんな」
「うぅ・・・」
「あいよ、お待ちどう。そこの外人さん、兄さんの連れかい?別嬪さんだねぇ」
「お出かけの付き添いだ、他意は無ぇ・・・ほれ、アイリス」
「・・・ありがと」
境内近くの石段に座り、冷凍菓子を齧る二人。
それを見て、微笑ましそうに見て行く通行人。
どうやら、どこに行っても注目の的だ。
元々、そういうことを気にしない大神。
そして大神への思いで胸を一杯にしているアイリス。
そんな二人に、恥ずかしさなど微塵も無く、只傍にいる。
それは二人だけの空間。
しばし無言だった二人だが、食べ終わると同時に立ち上がる。
「行こ、お兄ちゃん。まだまだ楽しまないとね?」
「分かった、今日はとことん楽しもうぜ、アイリス」
二人は手を取り合うと、再び出店と人が犇めく、祭りの中心部へと入っていった。
帝都の観光地を、黒髪と金髪のカップルが行く。
その姿は異様に似合っていて、男女問わずその姿を二度見するほどだった。
時が経つにつれ、アイリスと大神の繋がれていた手は、いつしか腕を組むまでになり、それを不自然とは二人とも思わなかった。
大神は、敢えて意識していなかったが、それがアイリスにとって嬉しかった。
何しろ、完全に姿が変わったとはいえ、大神がアイリスをアイリスとして扱ってくれる。
アイスを買う時も、
「おう、冷凍菓子があんぞ?食うか?って食いきれるか?腹の容量はやっぱ増えてんのか?」
と、乙女にとって台無しの台詞すら、大神の日常の会話。
口を尖らせて文句を言っても、心の中では普段どおり接してくれる大神への思いでいっぱいだった。
普段の大神とのふれあいがどれだけ大事か。
この姿になり、大神と接してようやく理解できた気がする。
(私はまだ、10歳の子供なんだね・・・)
何しろ、この姿では気軽に大神の背中にしがみついたり抱きついたりできないのだ。
それをガマンするよりは、元の姿で文句を言われながらもじゃれあった方が合っているような気がする。
でも。
(アイリス、と名前で呼ばれなくなるのは・・・ちょっと残念かも)
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
それはアイリスにとっても、そして最初は乗り気じゃなかった大神にとっても同じだった。
「夕焼け・・・今日はもう、終わっちゃったね・・・」
「おう、劇場には晩飯までには帰ってくるように言われてるからな」
最後に寄った公園で、切り株に座りながら二人でポツリ、ポツリと話す。
「楽しかった・・・今日は今まで生きてきた中で一番幸せだった気がする・・・これも、お兄ちゃんのお陰・・・ありがとう、お兄ちゃん」
「へっ、その姿になっても素直さや純真さは全く消えてねぇじゃねぇか。こっちこそ、楽しかったぜ?アイリス」
「うん・・・」
「・・・・・・」
しばらくぼーっと夕日を眺める。
まだ夏にはなっていないが、初夏の気持ちいい風が二人の頬をくすぐる。
「・・・帰ろっか?お兄ちゃん」
「・・・そう、だな」
「・・・?変なお兄ちゃん」
言葉を詰まらせた大神に、アイリスは不思議そうな視線を向けるが、大神は夕日を向いたまま動かない。
「ほら、お兄ちゃん。劇場に帰るまでがデートでしょ?」
「あぁ、そうだな・・・ってでーと?オレと?」
「え・・・お兄ちゃん、気づいてなかったの?」
あまりにもの朴念仁ぶりに、アイリスが深いため息を吐く。
「もう・・・まあそんなお兄ちゃんだからこそ、みんなが好きなお兄ちゃんなんだよね」
「あ?何か言ったか?」
「んーん、何でもないよ」
「チッ」
舌打ちしながら、大神がようやく立ち上がる。
その腕に、アイリスがその腕を絡ませる。
「行こ?」
「おう」
二人立って歩き出す。
そこには、確かに二人の深い絆が感じられた。
「ホントですってばぁ~、綺麗な外国の人が階段を下りてきたんですよぉ~」
「何か信じられねぇな、椿が見たのはほんとに人間だったのか?」
「え・・・カンナさん、どういう意味ですか・・・?」
「ひょっとして・・・幽霊だったりして!!ケケケケケケケ」
「い、いやぁあぁあああああ!!!」バタバタバタバタ
ビシィッ
「いてっ!!すみれ、痛ぇじゃねぇか」
「カンナさん?子供をいじめるなんて大人げありませんことよ?」
「けっ、だってよう、あんな事を言うもんだからあたいも半信半疑でな?」
「あら、カンナさんから半信半疑という言葉が出てくるとは思いませんでしたわ~」
「て、てめぇ・・・言うに事欠いてそれを言うか」
「お猿さんが随分な知恵をつけたことですこと!お~~~っほっほっほっほ」
「くっ・・・にゃろう・・・」
「ただいまぁ~~!!」
「今帰ったぜ~。あ~、腹減った」
食堂内で椿、カンナ、すみれが騒いでいたところに大神とアイリス(大人)が帰ってくる。
「「・・・・・・・」」
「あ?どうした、鳩が首絞められたようなツラしやがって」
「変なカンナとすみれだね~?」
「なっ・・・しょ、少尉が・・・異国の女性を連れきましたわ~~!!!???」
「しょ、少尉・・・まさか、そんな・・・」
取り乱した二人に、大神は手刀をお見舞いする。
ビシィッ バシィッ
「「きゃあっ(うおっ)」」
「落ち着けや、手前ぇら。おら、自己紹介だ」
「あはは・・・驚かせてゴメンね?私、アイリスだよ?」
「「・・・へ?えええええええええええええええぇえええええっ!!??」」
「きゃあっ」
「やかましいっ」
バシィッ!!
「・・・はっ!ちょ、ちょっとお待ちになって?この金髪女性が・・・アイリスと、おっしゃいました?」
「おう、あたいもそう聞こえたぜ・・・本当にアイリスなのか?」
当然のことながら、聞いてくる二人に首肯する。
最初は信じられないといった表情だったが、落ち着いて話していくうちに少しずつ理解していく。
「はぁ・・・あまりびっくりさせないで欲しいですわね・・・少尉も大概と思ってましたが、アイリスまでも・・・」
「こら、どういう意味だ」
「あら、少尉はご自分が異常だってこと、ご存知ありませんの?」
「くっ・・・」
「まぁまぁ・・・はぁ、それにしてもアイリスの未来の姿が・・・それなんですね?」
「うん、そうみたい。でも、私の願望を想像して指向しちゃったから、少し変わるかもしれないけど」
所々に、アイリスらしい無邪気さが顔を覗かせる会話に、カンナは完全に理解したとばかりに会話に加わる。
「なぁなぁ、アイリス?自分の将来を想像したら、って言ったよな?あたい達にもできるかな?」
「いや、そいつぁ無理だな」
「少尉?何でだ?」
「考えても見ろや、アイリスは今この姿だが実質10歳だ。幼年期ならではの想像力、応用力が働いて信じられねぇくらいの確率でこの能力が生まれたんだ。いわばアイリスだけの能力だな。こいつぁオレでも無理だ」
「しょ、少尉でもかよ・・・」
「ちょ・・・ちょちょちょちょっと待ってくださる!?少尉が・・・アイリスのことを名前で・・・?」
「おう、この姿で幼女っつったら明らかにおかしいだろうがよ。こいつの名字は覚えてねぇからな、名前で呼ぶことになった」
大神の答えに、すみれの肩がワナワナと震えだす。
「ま・・・まさかアイリスに遅れを取るとは!!これは何かの陰謀ですわ~~!?」
ダダダダダダダ・・・
「あ、おいこら!普段走るなっつってるお前ぇが走ってどうするよ、神崎!?」
「あはは・・・ね、お兄ちゃん?」
「あ?」
「また、お出かけしようね?約束だよ?」
「チッ・・・まぁ借りの方が多いしな、約束してやんよ」
「うん!」
「うわ・・・アイリス、本気になってやがる・・・こいつぁさくらやすみれでも危ないかな?」
カンナの呟きもアイリスにとっては何のその。
恋する乙女のアイリス(大人)に、カンナは恐れにも似た感情を持つのであった。
その数瞬後にはけたたましい悲鳴が上がり、先ほどと同じ説明を花組、風組、司令、副司令の前で繰り返すことになる。
あとがき:ようやく、帝都の休日【アイリスVer.】が上がりました。これについては、デートの詳細を詳しく書いていたんですが、作者が空しくなって割愛することに^^;
あとは花組はおろか、風組、あやめとの絡みも考えています。
今までの話の中で、最大容量になりそうな予感・・・^^;
皆様方の、厳しい意見をお待ちしております。