「そうか。……じゃあ、あそこに居たわけじゃないのか」
「はい。そんなトラウマになりそうな場所じゃなくてですね。オレが最初に目を覚ましたのは、かなり大きめの…………あー、えーと…」
「何だよ?」
「すいません。よく覚えてないんです。何しろ、ずっとずっと逃げっ放しだったもんですから……」
そう言ってうなじを掻きながら、ウェッジは力のない笑みを浮かべた。
聞いたところによると、こいつのスタート地点は俺とは違い、下の階層の何の変哲もない広間だったという。ご同輩も100人近く居たらしい。
幸いな事に、いきなり襲い掛かってくるような脅威もなかったので、ステータスやら何やらを確認し、気の合う者同士で意見交換をする程度の余裕はあったそうだ。
──が、どいつもこいつも裸な上に右も左も分からないという状況で、いつまでもお行儀良くしていられる輩なんぞそうは居ない。
『こんな所で悠長に話なんかしていられるか!』ってな調子で、最初の馬鹿が部屋を出た。
まあ、普通なら堪え性のない奴の一人や二人が抜けたところでどうって事はねえんだろうが……。そいつが大馬鹿で、場所が化け物の巣窟だってんなら話は別だ。
勝手に先行した最初の馬鹿は、恐ろしい化け物共を引き連れて戻って来ましたとさ。
めでたくなし。めでたくなし。
ウェッジ曰く、5メートルはある巨人のゾンビが30体ほど。更に出入り口は一つしかなかったというのだから、話半分に聞いたとしても、とんでもない顛末である。
「あるじゃないですか。ゴヤの黒い絵で……ほら、あの…………何でしたっけ?」
「〝我が子を食らうサトゥルヌス〟か?」
「そう! それです! あんな感じの光景が視界一面に繰り広げられちゃって、もう…………泣きながら吐きながら叫びながら逃げまくりましたね」
それからはずっと走り詰めで、何か気配を感じる度に全力で逃亡といった事を繰り返していたらしい。
で、気が付いたら階段を上っていたとか。
……よく生きてたな、こいつ。
「いや~、運が良かったんですよ。特性とスキルとクラスと、覚えた魔法が使えるのに気付けたこと。
その内のどれか一つでも欠けていたら、きっと死んじゃってたでしょうね……」
「魔法? お前さん、魔法が使えるのか?」
「はい。風霊術っていう風の魔法を使うスキルを習得してます。イメージ的には魔術師というより風使いって感じですね。
突風を起こして敵を足止めしたり、追い風で足を速くしたりできるんですよ」
「なるほどねえ。そのおかげで、どうにか逃げてこられたってわけか」
魔法かー。俺はさっぱりだからなあ。
最初からそういう技能を持ってると、感覚的に理解できたりするのかね? いくつになっても超能力的なものに憧れてしまう一男子としては、中々に羨ましい話である。
「そうです。あ、でも、魔法よりも特性に助けられた部分が大きいですね。【韋駄天の足】っていうんですけど凄いですよ。
移動スピードにボーナスが付く上に、何キロといった距離を全力で走ってもほとんど疲れないんですから」
「ほー、そいつぁ確かに大したモンだ」
「ええ……おかげさまで、逃げ癖が付いちゃいましたけどね」
話して多少は楽になったのか、朗らかに笑うウェッジ。俺も釣られて笑っておいた。
誰に聞かせても良いってわけじゃねえが、恥と恐怖の記憶はとっとと吐き出すに限る。溜め込んでおくと無意識の内に根暗になっちまうからな。
内輪で笑って、笑われるのが一番の薬なのだ。
それにしても、特性か……。
俺も特技と特性はチェックしたんだが、どれも詳細不明だったんだよな。名前から推測しようにも美形以外はよく分からんし。
大体、美形って何だよ? そりゃあ見てくれが良いに越した事はねえだろうけど、わざわざステータスに表記せにゃならんような特徴なのか? アレのおかげで、俺は特性の辺りを見るのが嫌になっちまったんだぞ。……恥ずかしくて。
……ああ、そうか。これも一人で溜め込むような事じゃねえやな。
俺はウェッジに自らの特性について明かし、推測で構わないからとアドバイスを求めた。
本音を言うと、手札を晒すみたいで抵抗感があるんだがな。
かといって、全ての疑問を一人で解消していけるはずもなし。ここはゲームに詳しそうなご同輩に相談するのが正解だろう。
「美形ですか!? そう言われてみると…………あはははは! いいじゃないですか。羨ましいですね~」
……うん。やっぱり〝美形〟は笑えるよな。
他人事だったらば絶対に俺も笑ってただろうしなあ。ウェッジの悪意のなさに何も言えん。
けど、俺の顔をまじまじと見て笑うのはアレだぞ。さすがに失礼だと思うぞ。
覚えてろよ。
「もう一度チェックしてみたらどうです? 観察技能が高いとステータスの詳細が分かるみたいですから。オレもそれで何とかなりましたし」
「観察か……。今だと10.6だな」
「じゃあ多分、大丈夫ですかね。10.0以上が目安だと思いますんで。あ、ちなみにオレのは32.3です」
「随分多いな」
「初期技能ですからねえ。風霊術技能もそうでしたし。運が良かっただけですよ。本当に」
その運こそが最も重要だと思うんだがな。
俺の初期技能なんてアイテム鑑定以外全滅だぞ。まあ、これのおかげで命拾いしたわけだから余り文句は言えんが。
◆ 特性 【美形】
貴方は並外れた美しさの持ち主です。
その美を理解できる者達には、良くも悪くも平均以上の印象を与える事になるでしょう。
美的感覚の異なる、まったくの異種族に対しては通用しません。
他者への印象や好感度に対する反応判定にプラス、またはマイナス修正。
《交渉》 《誘惑》 《踊り》 《指揮》 《演技》 《演説》 《社交》技能の熟練度に+10
《外交》 《礼法》 《大道芸》技能の熟練度に+5
以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。
へー、大道芸技能にプラスねえ。……あ、確かに。右に(+5)ってあるな。
この状況じゃ無用の長物以外の何物でもねえけど……。
他のはどうだろ?
◆ 特性 【怒りの化身】
幼少時の体験か、身体に流れる祖先の血か、神か悪魔の祝福か、はたまた前世の記憶が故か。
貴方の心の奥底にはマグマの如き怒りの感情が眠っています。
魂の芯は常に熱く、滾ると共に澄み切っています。
そして幸か不幸か、貴方の肉体は、その激情の発露に耐えられるだけの資質を備えているのです。
全ての抵抗判定と生死判定にプラス修正。
意志判定にプラス、またはマイナス修正。
場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。
クラス《バーサーカー》に設定しなくても、LV 1から特技【激怒】が使用できる。
◆ 特性 【理想的骨格】
貴方の骨格は理想的な構造をしています。
人によっては、そのスタイルの良さに機能美を感じる事もあるでしょう。
骨自体の強度も尋常ではなく、生半可な衝撃ではヒビ一つ入りません。
例え傷付いたとしても、常人の数倍の速度で完治します。
貴方が鍛え、成長した分だけ、理想的骨格は強くしなやかになっていく事でしょう。
初期防護点に+1のボーナス。以降、2の倍数LV毎に+1のボーナスが加算。
パンチ、キックなどの肉体による打撃ダメージにプラス修正。
ファンブルや負傷判定で骨折などの骨を痛める結果が出た場合、生命抵抗判定で覆す事ができる。
《踊り》 《演技》 《体術》 《気功術》技能の熟練度に+5
以上の技能の熟練度にプラス修正。判定にプラス、またはマイナス修正。
場合によってはその他の判定にもプラス、またはマイナス修正。
◆ 特性 【活力の泉】
貴方の肉体はエネルギーに充ち満ちています。
生まれつき疲労や不調に強いおかげで、病気の心配もありません。
例え傷付き、疲弊し、体調を崩したとしても、常人を遙かに上回るスピードで立ち直る事でしょう。
初期HPとCPに+2D6のボーナス。以降、1LV毎に(LV+2D6)のボーナスが加算。
睡眠時、休憩時における回復効果が倍増。
通常の半分(三時間)の睡眠で体調を維持できる。
場合によっては何らかの判定にプラス、またはマイナス修正。
…………えーと、つまり、何だ。
俺はとにかくタフで、打たれ強く出来ていると思っていいわけだな?
何とか判定とか色々と不明な点もあるが、そういう認識で構わないだろう。ウェッジも頷いてるし。
これで分からないのは【多元素の血筋】だけか。観察技能が上がるまで待つしかねえやな。
◆ 特技 【激怒】 〈精神系〉
昂ぶる感情を爆発させて、肉体を強化する技です。
またの名を狂戦士化、バーサークなどとも呼ばれています。
効力の凄まじさに比例して体に掛かる負担も相当なもので、
重傷を負った状態で時間切れを迎えたが最期、命を落とすという事すら有り得ます。
HP、CP、STR、END、AGIの数値が倍増。
痛覚が麻痺し、精神に作用する一切の手段が通用しなくなる。
使用回数 1日に1回
有効対象 本人のみ
効果時間 (END+LV)×10秒間
今回一番の収穫は、こいつの詳細が分かった事だろう。
十中八九、切り札になると見て間違いない。
余り試したくない能力だが、上にゃあ幼女モドキが恐れるシャイターンとやらが待ってるんだ。多少……いや、最大限のリスクを考慮して望むべきだろう。
いざという時に、しっかり使えるようにしとかねえとな。
「…………ところで、お兄さん」
「誰がお兄さんだって?」
「だって、名前がないと、どう呼んでいいのか分かりませんし……。ほら、カーリャちゃんのお兄さんじゃないですか?」
……こいつの目はゴルフボールか?
何処をどう見たら、そう思えるんだ? 同じガキだからって一緒くたにされてもらっちゃあ困る。
人食い虎に襲われている人間に『可愛い子ですね~。妹さんですか~?』などと、ご機嫌取りに入るくらいのミスショットだぞ。見当違いも甚だしいわ。
馬鹿めが!
「で、話は変わるんですが…………どうするつもりなんですか、これ?」
練り上げた否定の言葉を浴びせる間もなく、ウェッジが手にした左足を示して訊いてくる。
何だー? 今更そんな質問か、お前は。黙って手伝ってくれるもんだから、てっきり覚悟を決めてんのかと思ったじゃねえか。
ああ、ちなみに俺が持ってるのは右足の方な。
さっきの食事中に乱入してきたバカタレの死体を、俺とウェッジの二人で引きずって歩いているわけだ。
幼女モドキは腹一杯になって眠気が差したのか、俺の背中で寝てやがる。……がっちりと手足を絡めてな。
本当にコアラみてえだよ。これからはコアラモドキと呼んでやろうか。
……で、何だっけ? ウェッジの奴、この死体をどうするつもりかって?
そんなの、言うまでもないだろ。
「食うんだよ」
「そ……ッッ!! そ、それはっ……あー、つまり、どのような意味で……?」
吹き出すウェッジのセリフに、俺も思わず吹きそうになる。
どのような意味で――って、アホか! 額面通りだよ。字面まんまだよ。違う意味の〝食う〟であって堪るか。俺はそんなド変態じゃねえぞ。
まったく何を期待しているんだ、こいつは。……あ、ビビッてんのか。確かに、そっちの〝食う〟なら俺も怖いけどさ。
「食料として食うって事だよ。まあ、下処理をしてからだから、すぐにってわけじゃねえけどな」
「……下処理……ですか。参考までに教えていただけますか……?」
「そうだな。まず首と陰茎を切り落とし、それから腹を切り開いてワタを抜く。次に手足を縛って……鉄格子にでも括り付けとこうか。もちろん逆さで。後はブランデーで洗浄しながら、血が抜けきるのを待つだけだな」
「おぅぷ……ッッ!!!」
吐くなよ。もったいない。──って、持ち直したか。やっぱりもったいないしな。
「本気ですか!!?」
「本気も何も、それしかないだろ。お前さん、どういうつもりで運んでたんだ?」
「モンスターへの囮にするのかと思ってたんですよ! グールとかウーズとかネズミとかの!! あいつら、手頃な餌があったらそっちに行きますからね!」
「なるほど。着眼点は悪くない。けど、それだと労力に見合わんだろ」
「いえ…………まあ、薄々は気付いてたんですけど。考えたくなかったっていうか……」
つまり、現実逃避か。
分からんでもないが、この場においての問題の先送りは死を招くからな。やめといた方がいいぞ。
しかし、そうか。ウェッジにはまだきついか。
「じゃあ、まだ干し肉と豚肉がいくつかあるから。お前さんはそれを食えばいい。俺とモ……カーリャはこいつを食うからさ」
「……え? ほ、本気ですか!? っていうか、本気ですか!?」
「この顔が冗談を言っているように見えるか?」
どんな顔かは知らんがな。
元々それほどの苦でもねえし。モドキも気にしないだろう。俺としては、ここでウェッジに飢え死にされる方がよっぽど困る。
せっかくの貴重な魔法使いなわけだからな。……多分。
「なぁ~に、スライスしてソテーにしちまえば豚も人もオンナジよ。実際、一番近しい哺乳類なんだっけか?」
「……………………」
おや? いきなり真剣な顔だな?
「それなら、オレも食べますよ。いや……オレが食べます。だから、お兄さんとカーリャちゃんは、まともな食料の方を召し上がってください」
…………ほほう。
幼い子供に人肉なんて食べさせられないってか? 良識ある大人としては当然の考えだが、この期に及んでその良識を発揮できる奴なんてのは白熊よりも希少だろう。
更にこいつの場合は、毒やら空腹やら化け物やらで色々と死の淵を見てからの発言だ。それなりの重みがある。
例え、青臭い精神論から出た、その場その場の本気であろうとも、だ。我が身可愛さが先に立って中々言えんぞ、こんな事。
小心者に見えて、意外と大物なのかもしれん。
強い運は、己を見失わぬ者にこそ宿る。
俺の持論だがな。生き抜く運、勝ち抜くための運ってのは、生まれの善し悪しとか日頃の行いとかじゃなく、もっと根源的なモノ……ただ、己。何があろうとも己として在り続けられる精神にこそ味方すると思っている。
要するに、地獄の釜の中でも捨て鉢になったり畜生以下になったりしない、芯の強さが大事だってわけだ。
そういう意味じゃあ……まあ、運が良いだけの事はあるんだろうな。ウェッジの奴は。
「よし、分かった。そこまで言うならご馳走してやろう」
「ううっ。……お手柔らかにお願いします」
何をどう手加減しろって? ……ああ、そうか。
解体の現場さえ見せなきゃあ抵抗感なく食えるかもしれんな。作業中は余所見でもしていてもらおうかね。
一段落した会話に息をつき、俺はマップで現在地を確認した。
走り回ってたウェッジのマップと合わせたおかげで、こいつも大分出来上がってきた。上への道が何処にあるのかはまだ分からんが、少なくとも発見する前に飢え死にするといった事はないだろう。
確か、こっちの空白部分の手前に牢屋があったはず。解体にも時間が掛かるだろうし、今日はそこで休むとしようか。
ん? 何だよ?
背中の幼女モドキから震えが伝わってくる。やっとお目覚めか? まさか、漏らしたとかじゃねえだろうな?
「…………シニガミ……シニガミ、くる」
……寝言か?
寝言だったら聞き流せたんだがなあ。
「…………お兄さん、何か来ます。逃げましょう」
どうやらウェッジも気付いたようだ。さすがに六日間も逃げ続けてきただけの事はある。
しかし、相手も見ねえ内から逃げようだなんてのはアレだぞ。普通ならチキン呼ばわりされるところだぞ。
……今回ばかりは、俺も全面的に賛成だがな。
後ろの方から、巨大な気配が迫ってきてやがる。
ここまで密度が濃いと、もうプレッシャーだな。どうしようもなくやばくて、何て言うか……救われねえ感じが背中を圧して突き抜けようとしてるみたいだ。
断言できる。貞操を賭けてもいいぞ。
これは、この世のモノじゃあない。
そんな確信を抱いた途端、俺とウェッジは走り出していた。
眼を合わせる事も、言葉を交わす事もなく、ひたすらに駆ける。
馬鹿の死体は一瞬で捨てた。躊躇なんぞしていられるか。明日の飯の心配より、今この瞬間を生き延びる事の方が遙かに重大だ。
「おい、降りろ! 降りて走れ!」
相変わらず俺の背中にしがみ付いているモドキの奴に訴える。重さは大した事ないが、とにかく動きにくいのだ。
よく分からんが俺はAGI 5なんだぞ。しかも子供で足が短い。並みの大人よりもずっと足が遅いはずだ。なのに、こんなお荷物抱えて逃げ切れるか。
そもそも俺より速えだろうが、お前はよ! メチャクチャよぉぉ!!
「……カーリャ、こわい。きっとうまくはしれない。だから、このままがいちばん」
「んなワケあるかァ────ッ!! 自己分析はできているが状況が読めてねえぞ、お前はよォォォ!!」
不味いな。言葉じゃ無理か。下手に小賢しいから、恐怖を克服するより先に言い訳が来ちまうんだな。
これがただのガキや女や小僧相手なら、力ずくで引き剥がしてお終いなんだが……。悲しいことに俺の方が貧弱なんだよなあ。力じゃ負けてないのかもしれんが、爪でも立てられたら厄介だ。死ねる。
「何やってんですかぁぁ!? もっと速く走って!!」
そうやってマゴついていたら、凄い勢いで消えていったウェッジが逆再生気味な挙動で戻ってきた。
NFLの精鋭もかくやと言わんばかりの、大したバック走である。
身の振り方に困ったらサンライフ・スタジアムに来い。マイアミ・ドルフィンズがお前を待っているぞ。
「俺はAGI 5で元々そんなに速くねえんだよぉぉ! そういや、お前はいくつなんだ!?」
「16ですぅぅ!!」
俺の三倍以上か、そりゃ速いわ。
「あと、色々補正が重なって、上手く走るための行進技能が55.4ありますぅぅ!!」
「大したモンだぁあぁぁ!!!」
「それほどでもぉぉぉ!!! って、このままじゃ危ないですよ! カーリャちゃんの面倒ならオレが代わりに──」
「いや、こいつ放してくれねえんだよ! それよりお前、魔法はどうした!? 何かあるんだろ!?」
「へ? あ、そうだった! ありますあります!! 打って付けのが!」
そう言って、何やらゴニョゴニョと呟き始めるウェッジ。
どうでもいいから早くしてくれ。失念してた事は忘れてやるから。
「【増速の気流(ファスト・ウィンド)】!」
おおおおっ!?
ウェッジが何を言ったかは分からなかったが、奴が使った魔法の効果はすぐに現れた。
これがさっきの話に出ていた〝追い風で足を速くする〟って魔法なんだろう。身体が軽い軽い。思っていたより楽に走れるようになったぞ。
尻に帆を掛けるとは、まさしくこの事か。
……言葉が悪かったな。状況はその通りなんだが。
足並み揃えてひた走る俺とウェッジ。後ろを振り返れば無尽の闇。シニガミとやらの姿はまだ見えないが、気配は段々と濃くなってきている。
こりゃあ、追い付かれるのも時間の問題か。
ウェッジとモドキの足なら逃げられるんだろうが、俺は無理だ。AGI 5が7か8になったくらいのスピードアップじゃあ振り切れん。
モドキを下ろしても結果は変わらんだろう。
…………仕方ねえな。
「ウェッジ、今から【激怒】ってのを試してみる」
「大丈夫ですか? 身体に負担が掛かるんじゃありませんでしたっけ?」
「お前が気にする事じゃねえよ。……それでだ。身体能力が倍増されるらしいから速さは申し分ねえと思うが、如何せん効果時間が100秒とクソ短い。だから──」
「ちょっと待ってください! それって時間内に逃げ切れなかったら置いていけってことですよね!?」
察しが良いじゃねえか。いや、まあ人並みに血の巡りが良ければ気付くか。
「そうだよ! 兎が亀に付き合うこたぁねえ! 置いてけ、置いてけ! 今すぐにでもとっとと逃げろ!」
「嫌ですよ!! 嫌ですよ!! 嫌ですよ!!! 一人でなんて逃げられません!」
「阿呆! 俺がお前なら迷わずに置いてくぞ! それとも何か? 全員が助かる方法でもあるってのか!?」
「……ッ!! あります! ありますよ!!」
スピードを上げて疾走、いち早く前方に見えるT磁路の壁に手を付いて足を止めるウェッジ。
「オレが惹き付けて逃げます! 囮になります! だから二人は先に行ってください!」
言い放つその眼には、一端の男の光が宿っていた。
…………いいぞ。それで正解だ。
【激怒】を使ったところで、効果時間内に逃げられる可能性は限りなく低い。俺も含めた全員が無事に逃げ切るには、ズバ抜けた速力と持久力を備えたウェッジに囮役を引き受けてもらうしかないのである。
そして、その為にはウェッジ自身の決意が絶対に欠かせなかったってわけだ。
命懸けの囮なんてのは、人に言われてやるモンじゃねえんだよ。閃きも決心も本人でやってくれねえと、まず上手くいかねえんだわ。
俺にできるのは、せいぜい促してやる事くらい。
まあ、相手がウェッジみたいなお人好しじゃなけりゃあ、もっと別の方法もあったかもな。
「でも、それじゃお前が……」
「心配しないでください! なんてったってオレは【韋駄天の足】の持ち主ですからね! 韋駄天ですよ、韋駄天! 韋駄天って知ってます?」
「いや、知らん」
「そうですね! オレも知りません! あっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
こらこら、泣くか笑うかどっちかにしろ。
「っじゃあ、っそういうことで! ここら辺で落ち合いましょう!」
「……分かった。死ぬんじゃねえぞ」
マップで合流地点を示し合わせ、俺はT字路を左に。全速力で駆け抜ける。
振り返るような野暮な真似はしなかった。
「うわあああああああああああ!!?!? 何アレ、メチャクチャ怖ええええええええええええええええ!!!!!!」
ウェッジの絶叫が聞こえてきても、速度を緩める事はない。
「…………あいつ、しぬのか?」
「そう思うか?」
「ん……わからない」
「分からんのなら、あいつの無事を祈ってやれ。俺は走るのに忙しいからな」
「…………うん」
さて、どうする? 非常食がなくなっちまったぞ。
俺はウェッジの笑顔を頭の隅に追いやり、これからの事について考えを巡らせた。
別に信用してないわけでも心配してないわけでもないんだが……何か死にそうにないんだよな、あいつ。
「……それはそうと、お前いい加減に降りろ」
「おう、もうすこししたら」
手足をカチカチに強張らせた幼女モドキから解放されたのは、それから少し後の事だった。
あとがき
会話を入れると更に展開が遅なりました。
これから少しずつですが、主人公の力が明らかになっていくと思われます。
いい加減、次回には全裸から脱出したい!
今回はウェッジのステータスとアイテムをご覧ください。
登場時のデータです。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
名前: ウェッジ
種族: 人間 性別: 男性 年齢: 18
LV 1 クラス: ウィンド メイジ 称号: なし
DP 1
HP 14/14 MP 21/21(+10%) CP 22/22
STR 5 END 5 DEX 9 AGI 16(+5) WIL 10(+3) INT 8(+2)
アイテム枠: 9/9
装備: なし
戦闘技能: 風霊術 46.3(+30) 回避 41.6(+15) 放出 22.6(+10) 短剣 0.1
一般技能: 語学 11.0 観察 32.3 楽器演奏/フルート 16.0 気配感知 29.1(+15) 魔力感知 22.1(+15)
探知 13.5 忍び 18.7(+10) 行進 55.4(+35) 解体 0,4 調理 0.3
特技: ★精密射撃Lv1
魔法: ★風象制御Lv1 ★突風Lv1 ★風の魔弾Lv1 ★増速の気流Lv1
特性; 愛嬌 風の一族 天性の射手 韋駄天の足
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
ウェッジの所持品 9/9
パーソナル マップ (14)
フォーチュン ダイス (146)
鉄製のフライパン
鍛鉄製の鋭い包丁
小説 レディ・ダークの騎士団 第二巻
紀行 世界の魔境から 上巻
紀行 イータ・ビーの夢奇聞 第四巻
図鑑 魔界遺産 上巻
冒険者の松明 (46)
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
最初に本が出たんで、それならと固めてみました。
きっと読書家なんですね。
感想でご指摘を受けました〝どうして確証もなし神ボトルを武器にしたのか〟という件についてですが、1話のアイテム説明の部分に一行の補足を入れる事で勘弁してください。
楽してすみません。
卓ゲーに改造してみたいという方はどうぞどうぞ。私の許可などいりません。
まだまだ脳内設定でしかありませんからね。適当に出して、後々辻褄を合わせていかないとあかんのですわ。
穴だらけですみません。