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No.15918の一覧
[0] フレイムウィンド&ケイオス  (TRPG風 異世界ファンタジー転生物)[ランダム作成者](2010/04/18 12:17)
[1] 1  チュートリアルなど無い[ランダム作成者](2010/04/11 14:23)
[2] 2  『スカベンジャーズ・マンション』 編[ランダム作成者](2010/04/04 11:49)
[3] [ランダム作成者](2010/03/05 19:59)
[4] [ランダム作成者](2010/04/04 10:57)
[5] [ランダム作成者](2011/02/18 06:32)
[6] [ランダム作成者](2010/04/04 10:59)
[7] [ランダム作成者](2010/03/05 20:47)
[8] [ランダム作成者](2010/03/27 12:51)
[9] [ランダム作成者](2011/02/18 06:30)
[10] 10[ランダム作成者](2010/04/11 14:29)
[11] 11  レベルアップ[ランダム作成者](2011/02/13 01:43)
[12] 12[ランダム作成者](2010/04/11 14:35)
[13] 13[ランダム作成者](2010/04/12 10:50)
[14] 14  『エトラーゼの旅立ち』 編[ランダム作成者](2010/04/26 15:42)
[15] 15[ランダム作成者](2011/02/18 06:34)
[16] 16[ランダム作成者](2010/05/09 13:10)
[17] 17  意思ぶつけ作戦[ランダム作成者](2010/05/25 02:19)
[18] 18[ランダム作成者](2011/02/13 02:36)
[19] 19  精神世界の戦い[ランダム作成者](2011/02/13 05:10)
[20] 20  いざ、人生の再スタート      (LV 3にアップ)[ランダム作成者](2011/02/18 22:55)
[21] 20.5  かくして混沌の申し子は放たれた     (主人公以外のステ表記)[ランダム作成者](2011/02/27 14:19)
[22] 21  『帝国からの逃避行』 編     [ランダム作成者](2011/12/07 21:52)
[23] 22[ランダム作成者](2012/03/18 15:13)
[24] 23  リンデン王国を目指して[ランダム作成者](2012/03/19 02:30)
[25] 24  グレーターデーモン     (ティーナのステータス表記)[ランダム作成者](2012/04/05 05:41)
[26] 暫定 キャラクターデータ まとめ[ランダム作成者](2011/02/13 02:00)
[27] 暫定 アイテムデータ まとめ[ランダム作成者](2010/05/20 16:57)
[28] LVや能力値などについての暫定的で適当な概要説明 & サンプルキャラクターズ[ランダム作成者](2011/02/27 14:10)
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[15918] 21  『帝国からの逃避行』 編     
Name: ランダム作成者◆f9a7ea31 ID:0dc719c0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/07 21:52


 冒険者とは過酷な職業だ。


 アドベンチャラーやトラブルシューターなどと言えば聞こえは良いが、その実像は遺跡荒らしの何でも屋。命懸けで街や秘境やダンジョンを駆けずり回り、人様のお悩み事を解決しては僅かばかりの日銭と自己満足を得るという、求められる能力に比して割に合わない仕事が多数を占めている。
 危険で不潔で重労働。
 感謝はされるが恨みも買う。
 富と名声を手に入れられる成功者は全体のほんの一分。更に英雄とまで讃えられるような人物は極々少数。強烈な運と実力を兼ね備えた者だけだ。
 それ以外は皆、使い捨てのアウトローに等しい存在である。
 底辺と頂点がここまで極端なピラミッド構造になっている職業も珍しいだろう。

 しかし、故にと言うべきか、冒険者になる者は後を絶たない。
 頂が放つ栄光の光が強ければ強いほど、若者達は夢を抱いて望む。夢破れる者が多ければ多いほどに、挑まんとする強かな者が現れる。
 小さな勇者が、英雄の卵が、後の世の王や指導者達が。
 数え切れないほどの屍と脱落者で満たされた道の果てに、物語として謳われる。
 そうして紡がれた物語の数々が、次の世代を冒険へと導く原動力となる。
 冒険者の社会は、そのような形で新たな息吹を興し、巡り続けているのである。

 もし、彼らの存在が消えるとすれば、それはアリュークスから未知と危険が完全に失われた時の事だろう。

 つまり、世界が滅ぶか知的生命体が根絶やしにされるまで、熱意ある若者が消費され続けるというわけだ。

 どうしようもない世の無常と言ってしまえばそれまでだが、冒険者というやつは特にその消費の幅が広くて酷くて非常識すぎるのである。
 この辺の事情を克明に書き記した本でもあれば、未来の英雄候補も少しは数が絞られるのだろうが、残念ながら出版された試しはない。あったとしても需要がないので流行とは無縁の代物だろう。
 冒険譚や叙事詩などといったものは、往々にして甘い夢を見させるように出来ているのだから。
 詐欺や誇張と謗るなかれ。選んだ道は何であれ、踏み出したのなら自己責任。行くか降りるかは自分次第。
 自由の代名詞とも言える冒険者を名乗るのなら、そのくらいの覚悟は当然だ。
 行け行け進め。恐れを捨てよ。

 そういうわけで今日もまた、アリュークスの片隅で未来ある若き冒険者達が消費され続けるのであった。


 無論、この場合の消費とは〝死〟を意味する言葉に他ならない。
 そして消費の幅とは、バリエーションに富んだ彼らの死に方、殺され方の事である。

 冒険者とは本当に過酷で理不尽な職業なのだ。










 鉄鍋が振られる度に水と油が跳ね、食欲をそそる色合いがアーチを描く。
 表面張力が働く寸前にまで湛えられた大鍋の中身が踊り、石造りの天井に香り高き湯気を昇らせる。
 溝一杯に敷き詰められた木炭の上では数十本の鉄串が整然と並べられ、旨味たっぷりの豊潤な肉汁を垂らさんと燻っている。
 漂い渦巻き鼻腔をくすぐる、肉と野菜と香辛料の芳しさ。
 
 忙しない空気に包まれた厨房の中でティーナは独り、臓腑を裏返すような気分の悪さと戦っていた。
 エルフらしい細く整った顔を歪め、尖った耳を塞ぎ、固く目を瞑り、吐き気と嗚咽と涙を堪える。
 何も見たくない。何も聞きたくない。
 今の彼女に感じ取れるのは厨房を満たす熱気と香りだけだったが、それでも恐怖と絶望は和らぐ事なく振幅を増して心に亀裂を入れていく。
 狂うのが先か、死ぬのが先か。
 限界は間近に迫っていた。


 ティーナはエトラーゼの冒険者である。
 といっても、多くの同胞のようにいきなりアリュークスに放り出されたわけではない。真っ当な命の営みに則って生まれ変わりを果たした彼女は、家族を持つ〝輪廻転生型〟のエトラーゼだった。
 冒険者となった理由は退屈を紛らわすため。
 大人達の制止を振り切って、成人を迎えるずっと前に旅立った。
 平和で穏やかな森に住まうエルフの村の娘として生まれたまでは良かったのだが、その余りにも緩やかな時の流れに耐えられなかったのである。
 エルフの寿命はおよそ一千年。
 そんな長い一生を森の中の集落で終えるなど、地球人の感性を持った少女には到底不可能な事だったのだ。

 そうして訪れた街々で同じように刺激を求めて故郷を飛び出したエトラーゼの若者達と出会い、冒険者ギルドに加入し、正式にパーティーを組み、身の丈に合ったクエストをこなしてきた。
 スリルと興奮に満ちた自由を謳歌し、思う存分に楽しんだ。
 アイテム収納能力とステータスに関わる様々な恩恵を授かっているエトラーゼにとって、荒事探索何でもござれの冒険者稼業はまさに天職。ティーナと仲間達は常人の数倍のペースで成長を重ね、一年と経たぬ内に有望な若手として多少の評判を得るまでになっていた。
 好調な滑り出しである。
 いつかは壁にぶつかるのだとしても、当分は先の事だろう。自分達ならきっと乗り越えられる。
 若さ故の傲慢か。根拠もなく、そんな風に信じていた。

 今思い返すと、ゲームをプレイするような感覚で過ごしていたような気がする。
 まだまだレベルが低いから簡単なクエストにしよう。この依頼はそろそろ大丈夫だろう。どの技能を上げようか。新しい特技と魔法も覚えたし、ゴブリン程度の邪妖族なら問題ないはずだ。
 限られた物事をデータ的に観測できるというだけなのに、自分達で勝手に現実を矮小化してしまっていた。
 特別な力を持った選ばれた存在だと、心の何処かで優越感に浸っていたのだ。

 ……なんて愚かで、浅はかな思い込み。
 慎重に行動していたつもりが、この様だ。後悔してもしきれるものではない。

 もっと盗賊系の技能を上げておけば、もっと情報収集に励んでおけば、もっと使える魔法を覚えておけば……。
 いいや、そもそもこの依頼を受けたこと自体が間違いだったのだ。
 遠出なんてするもんじゃない。自分は最初から反対していたのに。田舎は嫌いだと言ったのに。それをそれを、馬鹿でがさつな男共が一丁前にヒーロー願望なんて発揮するから悪いのだ。女にモテたいのならもっと普段から──。

「ひぅ!?」

 現実逃避を断ち切る衝撃に悲鳴を上げて縮こまるティーナ。
 どうやら目を開けろとのお達しらしい。檻を叩く手は恐怖を押し退けてゴブリンという種族に対する嫌悪感を想起させるほどにせっかちで乱暴でしつこかった。
 何なのよ、っもう!
 苛立ちに任せて敵意の眼差しを向ける。

「っ!? うぇぇっぷ!!」

 吐いた。
 堪えきれずに吐いてしまった。
 これで今日何度目の嘔吐だろうか? 絞り出される胃液よりも唾液の方が多くなってきたような気がする。そろそろストレス性の何とやらで鮮血が加わりそうだ。



 ◆ オーキナスの肉詰め ヒト族の断末魔風

  詳細: 人の頭大の大きさを誇るオーキナスの肉詰めに、丁寧に剥いだヒューマノイドの
       顔の皮を被せて飾り付けた、ゴブリン料理の代表格。
       ナスの中の挽肉には大量の唐辛子とニンニクが混ぜ合わされており、非常にスパイシー。
       強い味を好む邪妖族にはお薦めの一皿である。

        基本取引価格: 52 グローツ



 ゴブリン達が掲げる大皿の中身から、首を痛めんばかりの勢いで顔を背ける。
 おぞましい料理に用いられた材料は四人分。どれも共に冒険をしていた仲間達のモノである。残りの部分はは串焼きや炒め物やシチューの具材にされてしまったのだろう。
 つい二日前まで無駄に元気だと思っていた面々の、世にも無惨な成れの果てであった。
 苦しみ喘ぐ声なき声がエルフの少女の心を蝕む。

「もういい加減にしてぇぇぇ!!」

 こちらの反応に満足したのか、下卑た笑い声を上げながら次の盛り付けへと取り掛かるゴブリン達。
 ティーナは半狂乱一歩手前の心境で自慢の金髪を掻きむしった。

 嫌がらせの範疇を遙かに超えた冒涜的な虐待行為。こういう事を楽しんでやれる神経を持っているから、連中は一緒くたに邪妖族(ジャランダラ)などと呼ばれているのだ。
 ゴブリン、オーク、バグベア、オーガ、ブルベガー。その他諸々盛り沢山の悪逆の種族共。
 どいつもこいつも邪神の手先だ。不倶戴天の敵だ。人食いの化け物だ。
 許せるものではない。
 しかし、もはや自分には抗う力も怒る気力も残されていない。

 捕らえられた時点で裸にされたので装備品は行方不明。アイテム欄にもロクな物がない。
 クラスが《シャーマン/フレイムメイジ》という魔法に偏ったタイプだったため、肉体に依存する特技の方はさっぱりだ。



 ◆ 魔封じの檻 〈Dグレード〉〈一人用〉

  詳細: 閉じ込めた対象の魔法を封じる鉄製の檻。
       鳥籠のようなデザインの頂点部分にある台座にはマナを打ち消すための霊石と、
       それを補助するための術式が刻み込まれている。

        防護点:20  耐久度:300/300
        鍵開け目標達成値: 20
        基本取引価格: 6000 グローツ



 得意の魔法も、この忌々しい檻のおかげで絶賛封印中。
 どう考えてもお手上げである。今の自分は訪れる最期に怯えるだけの無力な少女に過ぎなかった。
 邪妖族にしてみれば、格好の玩具兼食材である。



 ◆ オーク チーフ(コック)  LV 8 〈動物界 獣人目 邪妖族〉〈サイズ M〉

   HP 140/140 MP 50/50 CP 95/95
   STR 32 END 28 DEX 13 AGI 14 WIL 10 INT 10
   最大移動力 82 戦闘速度 108
   通常攻撃 叩き 5D6+1  包丁 斬り 7D6+2  牙 叩き 5D6
   防護点: 7(基本+3 特技+2 装備+2) 叩き+2
   特殊能力: 戦う料理人 (調理場と見なされる場所で行うあらゆる判定にボーナス)

  詳細: 小部隊を率いる下士官的な役割を担うオークの戦士。
       並みのオークよりも優れた知恵と力を有しており、一芸に秀でた者も多い。



 腹の肉を揺らしながら、この陰惨な厨房の責任者が近付いてくる。
 2メートル近い筋肉質の肥満体に豚の頭と卑しさが付いた邪妖族──オークの料理長だ。
 赤黒い返り血がこびり付いた調理服姿は、その圧力たっぷりの体格や右手に引っ提げた凶悪な肉切り包丁などの要素が相まって、馬鹿げたホラー映画に出てくる殺人鬼のようだった。
 そして最悪な事に、本物の殺人鬼であり食人鬼でもある。
 特等席で仲間の解体と調理の手順の見せつけられたティーナにとっては、最も激しい恐怖と憎悪の対象だ。

「ゴフッゴフッフッ!」
「よよよ、涎くらい拭きなさいよ!」

 荒い息遣いと共に見下ろされると、勝手に涙が滲んでくる。

「めーいんでっしゅ! めーいんでっしゅ!」

 恐らくメインディッシュと言いたいのだろう。豚のコックさんは大層興奮した様子でティーナの入った鳥籠状の檻を持ち上げた。
 ゆらゆらと揺られて向かう先は厨房の奥。煮えたぎった大鍋の中よりも遙かに熱い、油で満たされた地獄の釜。人間の五人くらいは楽に沈められそうな、特大のバスタブを思わせるフライヤーの真ん前だ。
 ここまで来ると調理器具ではなく、メチャクチャ悪趣味な処刑装置と言った方がいいかもしれない。

「エルフ! エルフの姿揚げ!」

 自らの運命を告げる頭悪そうなセリフに、ティーナの意思は決壊した。
 あらん限りの声を上げ、手の痛みなどお構いなしに何度も何度も格子を叩く。泣く。喚く。発動しないと分かりきっていた魔法を使い続け、無為にMPを消費する。
 抵抗とすら呼べない必死の有り様は、折檻を嫌がる聞き分けのない幼児のような不格好さ。逃避のための逃避。完全な自暴自棄の行動であった。
 ゴブリンの料理人共がけたたましく笑う。
 檻の中の食材が暴れるのが、そんなにも面白いのだろうか? いっそのことMPを使い切って気絶してしまおうか? そうすれば笑われもしない。苦しみもしない。
 そうだ。それが一番良い。
 最後に残った理性の欠片が甘く囁く。
 他に縋れるものはない。ティーナは諦観の息をついた。
 震える唇に無理を利かせ、命を手放すための詠唱に入る。



「……なに?」

 その異変に気付いたのは、意識を失う寸前までMPを消費してからの事だった。
 ゴブリン達の笑い声とオークの鼻息が収まったのを不思議に思って檻の外に目を向けると、天井付近の空間に黒い渦のような暗がりが発生していたのである。
 魔導学に明るい者ならば、それが転移系の魔法によるものだと理解できたのであろうが……生憎と言うべきか、すでに料理されてしまっている。何も知らないエルフと邪妖族は未知の怪現象を前に呆然と立ち竦む事しかできなかった。

『…………!』

 更に渦から吐き出されるようにして現れた小さな人影に驚愕し、息を呑む。

「…………え?」

 そしてそのまま、フライヤーに真っ逆さま。


「はんぎゃああああァァァ────ッッ!?!!」


 小気味良く弾ける音と共に猛烈な勢いで水分が蒸発し、生臭くも香ばしい煙が上がる。

「あばばばばあばあぶぶぶぶあちあぢあぢあち熱っいいいぃぃぃ!!!!」

 200度以上の油にどっぷりと浸かって悶える人影の正体は、まだ年端もいかないヒューマノイドの子供だった。

 年齢は8、レベルは3、クラスはバーサーカー。
 でもって名前はゼイロドアレク。
 自分と同じエトラーゼだ。

 人間以外の種族だから〝転移型〟ではない。投棄に近い形でアリュークスに生み落とされる〝突発転生型〟の方だろう。登場の仕方から察するに、今生まれたばかりなのかもしれない。
 スタート直後に揚げ物の仲間入り。何が何だか分からないままにひたすら苦しんで死ぬ。哀れなほどに運のない少年である。
 死後の称号は〝フライド・ボーイ〟とか〝丸揚げ小僧〟とかいった酷いものになるのだろうか。
 冒険者としての習慣から素早く彼のステータスを観察したティーナは、そんな感じの束の間の同情に囚われた。

「うがああああああッチクショォォめぇぇ──ッッ!!」

 ──から、大騒ぎしながら這い出してきた時には心底驚いた。
 ただフライヤーに放り込まれたのとはわけが違う。彼は上下左右の判別も付かない状態で、いきなり全身を揚げられる羽目になったのだ。
 その時点で失明は確実。皮膚と共に粘膜も食道も気管も焼け爛れて、地獄の苦しみを味わっていたはず。
 なのに、この少年は邪妖族共が事態を把握して動くよりも早く脱出を果たしたのである。
 並みの人間では例え百回やり直しが利いたとしても不可能だろう。戦慄に値する忍耐力と判断力の持ち主であった。

「また台無しかよ、クソッタレ!」

 熱い油が染み込んでドロドロになった服を破り、靴を脱ぎ捨て、ゼイロドアレクが悪態をつく。
 皮が剥がれ、飴色に焦げた肉が露出した幼い裸体は思わず目を背けたくなるほど凄惨で、しかし不思議と頼もしい。
 厨房を睥睨する力強い眼差しのせいだろうか? 咄嗟に庇ったらしい両目の部分だけが怒りを湛えて煌めいていた。
 あんな一瞬の内に、よくもまあそんな事ができたものである。

「言葉が通じる奴は居るか? 地球の言語なら何でもいいぞ。……無理か。無理だな。お前らとは気が合いそうにない」

 慌てた様子で自らを囲み始めたゴブリン達にゼイロドアレク──ゼイロは、大仰に頭を振って敵対の意を顕わにした。
 彼に邪妖族の知識があるかどうかは怪しいが、少なくとも会話が成立するような状況ではないと悟ってはくれたようだ。

 最初は戸惑っていたゴブリン達も相手が半死半生の小僧に過ぎないと見たのか、包丁を構えて嘲り調子に間合いを詰めていく。
 絵の具をぶちまけたみたいな濁りきった緑色の顔にあるのは残忍な欲望だけ。人間の美的感覚とそぐわない造形を抜きにしても見るに堪えない、魂の醜悪さが浮き彫りになっていた。

「あったらしいの! あったらしいの! 子供は生! 生で絞って活け作り!」

 オークの料理長も新しい獲物に大喜び。抱えていた檻を放り捨て、

「きゃぅわわわわ!?」

 自慢の凶悪ギロチン包丁を握り締める。
 横倒しの形で石畳の床に転がされたティーナは、邪妖族と対峙するエトラーゼの少年に無言のエールを送った。

 普通なら逃げる場面だけど、勇気を奮って戦って。皆殺しにして。
 わたしを助けて! 頑張って!

 何とも手前勝手なお願いだが、声に出さないだけ自制できた方だろう。何しろ彼がやられてしまったら今度こそ正真正銘の最期。フライヤーでカラッと溺れ死ぬしかないのだから。藁にもすがる必死の心境なのである。
 嬲り殺しにされると分かっていても、祈らずにはいられない。

 ああ、でも、やっぱり絶望的……。

 ゴブリンは邪妖族の中で最も数が多い種族の一つで、背丈も力も人間の子供並みだが集団で獲物に襲い掛かる戦法を得意とする。暴力に飢えているくせに相手がか弱い女子供か老人か、頭数で優っているかでないと積極的に戦おうとしない、性根の腐った連中だ。

 オークは豚や猪に似た顔を持つ邪妖族で、背丈こそ人間の成人男性とさして変わりないが、その厚みや四肢の太さは倍以上。獰猛かつ貪欲な気性の持ち主で、およそほとんどの個体が最低の乱暴者だ。

 どちらも転生したばかりの元地球人には恐るべき脅威と言えるだろう。
 特にオークが不味い。ただでさえ低いステータスに5レベルもの差は致命的だ。

 そう、ゼイロのステータスは低いのである。
 バーサーカーらしくHPとSTRは水準以上だが、それ以外が酷すぎる。
 一番高い戦闘技能が《長柄武器》の31.0(+10)で駆け出し冒険者並み。残りは実戦レベル未満ばかりな上に、武器防具無しの素っ裸。
 そんな状態で《格闘》なし《体術》なし。
 一番大事な《回避》だけは習得していたが、なんとたったの3.7。
 田舎の村のやんちゃ坊主でも10.0くらいは普通にあるという事を考えれば、この熟練度はもはや悪夢に等しい。
 恵まれた特性も所詮は将来の可能性というやつでしかない。現時点での有用性は雀の涙ほど。こんな所とあんな全身大火傷で【美形】が何の役に立つ? ぶっ殺されてお終いだ。
 頼みの綱は【激怒】と【咆哮】の二つの特技だが、あの技能の低さで使いこなせるとは思えない。

 アリュークスの戦いは修めた特技と魔法を如何に活用するかで決まる。求められるのは位置取りや立ち回りの巧さ、度胸や平常心といった闘争のセンス。それらを補うための戦闘技能の数と熟練度なのである。
 ゼイロの精神力は恐らく大したものなのだろうとは思うが、ステータスに依らない、即ち数値化されていない〝強さ〟という幻想が通用するほど世界は甘く出来ていない。
 結局はレベルだ。技能だ。特技だ魔法だ特性だ。
 弱肉強食が世の習い。強い者が勝つ。より強いステータスを持つ者が勝つ。
 それがティーナの、ステータスを認識できるエトラーゼの常識であった。

 しかし、時として例外は存在する。
 平気な顔して常識を覆す、とんでもない例外が。
 だからといって別にズバ抜けた力を誇る種族というわけではない。ほぼ同じ人型種族、元は同じ惑星の住人、同じ理の中に居る者だ。
 自分達とさして変わりない、形を備えた生き物なのだ。
 ……にも関わらず、通常の物差しでは測れない。

「何だ、くれるのか?」

 故に例外。故に尚更、彼という存在は凄まじく映った。
 一見無造作とも取れる仕草で突き出された包丁の切っ先を摘み、引き込み、スナップの利いた拳を繰り出すゼイロ。
 不意の一撃に顎を打ち抜かれたゴブリンは膝を震わせ、

「ありがとよ」

 抵抗する間もなくフライヤーの中へ。

「ホキャ!? ホギャアアアアアッ!!!」

 放り込んだゼイロの動きは欠伸でもするかのような緩慢さに満ちていた。
 清々しいまでの自然体だ。
 敵意も緊張もない。認識の内にあるはずなのに今一つ危機感が湧いてこない。
 おかげで彼の凶行を目の当たりにしたはずの邪妖族達も、観察者の視点で見ていたはずの自分も、絶叫するゴブリンの方を注目してしまう。
 生理現象に近い、ほんの僅かな意識の空白。
 気を取り直した時にはもう、六匹居たゴブリンが一匹になっていた。
 フライヤーで泡立っている最初の犠牲者から奪い取られた包丁が、余所見している間抜け共の喉を通っていった結果である。
 手際が良いなんてもんじゃあない。良すぎる。異常だ。どうかしている。

「ギャギャッ?!!」

 逃げようとしたゴブリンの口に刃をねじ込む少年の姿は、泣くな喚くなとくと味わえと言わんばかりの冷酷無慈悲ぶり。望んだ通りに進展する事態とは裏腹にティーナの心胆は冷える一方であった。

「こら! オマエ、ゴブリン不味いのに殺すな! 臭い血掛かると風味が落ちる!!」

 最後に残ったオークが仲間意識の欠片もないセリフを吐いて突進する。
 頭が鈍いのか、それとも恐れを知らないのか、厨房を支配していた料理長の迫力も今となっては滑稽なだけだった。
 あの子の方が、よっぽど怖い。

「いでぇあっ!?」

 危なげなく投擲された包丁が豚頭の右目を奪い、絶好のタイミングで落とされた布きれが足下を掬う。
 油に塗れた布きれの正体はゼイロが着ていた服の残骸だ。必死に破り捨てたように見せかけて、ちゃっかりとアイテム欄に収納していたらしい。
 最初からこの展開を予期して仕込んでいたのだとしたら、化け物じみた抜け目のなさである。
 とどめに至ってもそう。抜け目なく鮮やか。
 ゼイロドアレクは後頭部を打って大の字になったオークに悠々と歩み寄り、

「フゴッ……ッ!!」

 右目に刺さった包丁の柄に足を乗せ、一息に踏み締めた。
 痙攣する巨体にはまだまだHPが残っていたが、脳を潰されるというような即死攻撃に対しては何の目安にもならない。生命活動が完全に停止すると同時に消えてしまう。
 ただの死体にステータス情報なんて高尚なものは存在しないのだ。

 とにかく、これで助かった。
 ……そう思いたい。
 利用者全滅で静まり返った厨房に、煮炊きの音と二人のエトラーゼの息遣いが響く。
 どういう風に声を掛けるべきかと悩んだティーナだったが、メイン食材が丸分かりな悪趣味料理の数々に呆れたような呻きを洩らすゼイロを見て、普通にお礼を言う事にした。
 人間らしい彼のリアクションに安堵と共感を覚えたのである。

「あ、あの、ありがとうございます。あなたが来て……って、何してんのぉぉ!?」
「んー?」

 だが、そんなものは一瞬で吹き飛んでしまった。
 なんとこのガキ、よりにもよってシチューの味見なんぞしてやがるのだ。人間のデリケートな部分が沢山浮かんでいる、あのクソッタレなシチューの!

「単なる異文化への好奇心だよ。ふむ、間に挟んだハラペーニョっぽいのがいけるな」

 しかも串焼きにまで手を付けてるし、棚や壷を引っ掻き回して調味料や食材を漁ってるし、いつの間にかテーブルに置かれていた〝オーキナスの肉詰め〟がなくなってるしで、夢か幻か疑わしくなってきた。
 もう手癖が悪いなんてもんじゃあない。悪すぎる。異常異常、やっぱり異常。どうかしすぎて困っちゃう。
 この子、絶対頭がおかしい!

「やめなさい! やめなさいったら、バカバカバカバカッ!! 妖怪フライド小僧!!」

 気が付くと全力で非難の声をぶつけていた。
 邪妖族相手には何も言えなかったのに、我ながらよく分からない心境の変化である。

「あんたは英語が分かるみたいだけど、ご同輩……じゃなくて、エトラーゼか?」

 初めて合わせたゼイロの眼は思っていたよりもずっと知性的で、落ち着いた色をしていた。
 ……なによ、INT 4のくせに。

「そうよ! そして、あなたが口にしてるのもね! 全員同じ元地球人! ほんっと信じられないわ!!」
「知り合いだったのか?」
「仲間よ! パーティーの仲間! わたし達、冒険者だったの!」

 そこから先は簡単な自己紹介と状況説明。
 沸々と興る胸の内を早口で、ヒステリックに捲し立てた。

 自分達が冒険者と呼ばれる傭兵的な何でも屋であること。
 故郷の森を遠く離れて、大陸一の版図を誇るレドゥン帝国にまでやって来たこと。
 帝都に拠点を移したのはつい最近で、それまでは比較的治安の良い地方都市で活動していたこと。
 今回の依頼はギルドからの指名を受けてのものであったこと。
 とある森の砦に巣くう邪妖族共を退治してほしいというオーソドックスな内容から、いわゆる試金石なのだろうと思い、二つ返事で引き受けたこと。

「て、敵はゴブリンがほとんどで、オークも数が少ないってブラッドが言うから……り、リーダーが、正面から攻めようなんて……うう~~っ!」

 そして、敢えなく捕らえられたこと。
 前半こそ八つ当たり気味の言葉を吐き出していたが、後半は涙混じりの告白となっていた。
 ここまで来ると嫌でも分かる。
 自分はゼイロに文句を付けたかったのではない。ストレスの捌け口を求めていただけなのだと。

「そのブラッドってのは《ローグ/アーチャー》だったっけ? そいつも料理されちまったのか?」

「ううん、一人で逃げちゃったの。罠も全部解除したって言ってたのに、全然ダメだったしぃぃ!
 だから、ローグじゃなくてシーフにするかアーチャーやめてシーフ取るかしとけば……っもぉぉぉ! ほんと最悪っ! 見つけたら絶対殴る!!」

 8歳児の誘導に従って少しずつ平静を取り戻していく、エルフの少女38歳。
 前世と合わせりゃ50過ぎ。
 情けない事この上ないが、今更取り繕うような余裕もない。吹っ切れたティーナは込み上げるがままに愚痴話を垂れ流した。

「……なるほど。しかし、動機が分からんな。お前ら、ブラッドと仲悪かったのか? 人から恨みを買うような仕事をした憶えは?」

「失礼ね。うちのパーティーは評判第一主義だったのよ。恨まれるようなことなんてしてないわ。
 ブラッドとの仲も……うん、普通だったし。でも、あいつ、ゲイだったかもしれない。それかエルフ嫌い」

「はあ?」
「だって、一度もわたしにアプローチ掛けてきたことないんだもの」
「あー、他のお仲間からはきちんと口説かれてたってわけだ。男所帯の紅一点にゃありがちな事だぁね」
「何だか腹の立つ言い方だけど……はい? えーと、なに? ブラッドがどうかしたの?」

 そうやって言葉を交わす内に、混乱していた思考が疑念の渦を巻いていく。今ならどんな穴だらけの推論でも信じてしまうかもしれない。
 何かしらの答えが、弱った心を慰めるための理由が欲しかった。

「さあな。それより、あんた魔法が使えるんだろ? この火傷を治せるようなのはねえのか? いい加減、痒くて堪らん」

 だが、ゼイロは答えてくれなかった。
 無意識に向けられたティーナの縋るような視線をあっさりと流して、自らの不調をアピールする。
 確かに、彼にとってはそちらの方が遙かに切実な問題であろう。そこらの動く死体よりも見るに堪えない状態なのだ。きっと気が狂わんばかりの苦痛に苛まれているに違いない。
 想像するだけで酸っぱい表情になってしまう。

「あるにはある、けど……」

 脳裏に描かれた我が身の姿揚げを塗り潰しながら呟くティーナ。事故とはいえ結果的に身代わりになってもらったのだ。治療のための協力を惜しむつもりはなかった。
 自分が使える唯一の回復魔法について考えを巡らせる。



 ◆ 魔法 【大地の癒やしLv3】 〈低 難易度〉 〈地霊術系〉 〈回復系〉

    MPを消費して地の精霊に働き掛ける事で、対象の自然治癒力を増幅させる魔法です。
    体力が回復し、傷もある程度までなら治りますが、
    部位欠損や内臓器官への損傷などの自然治癒が困難な負傷に対しては微々たる効果しかありません。

     対象の傷を癒す(小)。 対象に鎮痛効果(小)。 対象に鎮静効果(小)。
     対象のHPを 3D6+(《地霊術》技能熟練度÷8) 点回復させる。

     基本消費量  MP 12
     有効対象  1体のみ(使用者を含む)
     有効射程  (《地霊術》技能熟練度÷10)×魔法Lv メートル
     効果範囲  対象の肉体にのみ影響
     効果時間  一瞬



 ……気休めにしかならないわね。
 彼女が操れる魔法は《火霊術》と《地霊術》の二系統。攻防に優れてはいるものの、どちらも癒しには不向きな属性だ。回復魔法を主体とした《水霊術》や《神霊術》の使い手には遠く及ばない。命に関わる重傷に対しては痛み止めか応急処置程度の効果がせいぜいといったところだろう。

 でも、使わずにいるよりかは断然マシだし、他に手もないみたいだし。って、MP足りないし。わたしまだ檻の中じゃないの!?
 と、とりあえず出してもらわないと。

「分かった。無理しなくていい。自分で治す」
「あ、うん。……あれー?」

 そう思い立った瞬間の、出鼻を挫く時間切れ宣言。ゼイロの右手にリフレッシュストーンが現れる。
 はっきりとした返事もせずに唸ってばかりいたのだから当然とはいえ、8歳児から溜息混じりに告げられるのは中々きついものがあった。

「節約したかったんだがな」

 更に微かな独り言が追い打ちとなって二重の衝撃。人間より聴覚の鋭いエルフ耳も時と場合によりけりである。

 ……基本取引価格が、100万グローツだったかしら?
 日本円にしておよそ一億円。それが希少な回復アイテムであるリフレッシュストーンのお値段だ。一回きりの消耗品にしてはバカ高いが、あらゆる負傷と状態異常を完全に治療するための代金だと思えば妥当な価格設定ではなかろうか。
 いや、むしろ安すぎるくらいかもしれない。
 本来なら最高位の治療術士にしか成し得ない奇跡の業なのだから。金で買えるだけ有り難いというものであろう。
 もちろん、ティーナ達のような脱新米したばかりの冒険者が購入できるアイテムではない。
 ゼイロが所持していたのは、生まれる前に振った賽の目が走ったからだろう。
 エトラーゼの初期アイテムはダイスロールの結果で決まる。要するに運次第というわけだ。
 ……いいなー。
 期待に胸を膨らませて開いたアイテム欄に石ころやロープしか入っていなかった身としては、真にもって羨ましい限り。
 ステータスは低いが、アイテム運は間違いなく良い。

「それ、もしかしてアーティファクト?」
「知らん。便利だから使ってる。飲むか?」

 ゼイロの右手で香り高い中身を垂らし続ける〝豊穣神の永遠のボトル〟を見て、ティーナは確信に近い思いを抱いた。
 それにしても神の祝福を受けたアイテムをボディソープ代わりに用いるとは、大胆不敵な小僧である。

「お酒よりも自由が欲しいんだけど」
「鍵ならないぞ」
「うそっ!?」

 こちらの声に肩を竦めて邪妖族の死体を示すゼイロ。
 連中は持っていなかったという事だろう。整いかけていた鼓動がまた恐々とし始める。

「捜してきてくれたりなんかは……?」
「する理由がないな。危険を冒す余裕もない」

 当然の答えだ。けれど、見捨てられる方は堪ったもんじゃない。何としても引き留めなければ。

「わ、わ──」
「わ?」
「わ、わたしを好きにしてもいいのよ?」
「そっか。じゃあ早速、竈の火にでも掛けさせてもらおうかね」
「えー!? 待って待って待ってったら! 何でそうなるの──ッ!?」

 咄嗟に思い付いた渾身の申し出は、いとも容易くはね除けられた。

「つまらん冗談を言って時間を無駄にするからだ。どうすれば俺がお前を助けようなんて馬鹿な気紛れを起こすのか。もっと無い知恵絞って考えろ」
「考えろって言ったって……。エルフ嫌いなの? 【美形】と【美声】で凄い好印象だと思うんだけど」

 やや自意識過剰な発言だが、実際にティーナは見目麗しい少女である。
 こんな最悪な状態でも万全の張りと艶が保たれた白い肌、控えめな輝きを失わない金の髪。類い希なパーツが高次元で整った目鼻立ちに、老若男女の垣根を越えて胸を打つ妖精族特有の奥ゆかしさと、特性のおかげもあって美人揃いの故郷の森でも一、二を争うほどだったのだ。
 冒険者になってからは何処に行っても賛辞の的でアイドル扱い。自分より美しいと思える相手は片手の指で数えられるくらいしか居なかった。

「手入れしなきゃ劣化するし、しても年々衰えていく。そんなデリケートな財産に興味はねえよ」

 なのに、この模様付きのお子様は何も感じないと言う。

「エルフの寿命は千年で、死ぬまでずっと若いまんまよ」
「ほほう? だとすると、資産価値が随分と変わってくるな。まあ、どっちにしろ世話するのが面倒だからいらねえけど」

 火傷の癒えた顔は強い意思によって覆われており、およそ色欲とは無縁な存在であるかのように見えた。
 綺麗なくせして子供っぽい愛らしさなどは欠片もない。怪物的な迫力を秘めた黒紫の瞳と相まって、その印象はとても不気味で鮮烈なものだった。

「世話してなんて言ってないでしょ。好きにしていいって言──っ!?」

 軽く睨まれただけで、言葉が喉に詰まってしまう。

 それ以上無駄口を叩いたら殺す。納得できる代価を提示しなければ殺す。置いていくだけだと自分という侵入者の存在を洩らす恐れがあるから、念のために殺す。ちゃんと殺す。

 この子、本気でそう思ってるし!?
 時として眼は口よりも雄弁に物を語る。ゼイロの視線から発せられる意に当てられたティーナは、余り豊かではない知恵と勇気を振り絞るために大きく酸素を取り込んだ。

「てて、て、転生したばかりで色々と不便ですよね? ですから、アリュークスの共通語を教えます。当面の通訳とガイドも務めます」
「他には?」
「ほかっ!? 他には……お金……はそんなに、でも……あっ! ありますあります! クエスト報酬です!」

 鬼め悪魔めと罵りたい気持ちを抑え、乾ききった舌を動かす。

「クエスト報酬?」

「多分、エトラーゼだけの特典だと思うんですけど、依頼をこなしたりするとメッセージが出てくるんですよ。
 クエストを達成したから報酬を選んでくださいって。で、選ぶともらえるんです。
 ステータスを上昇させるボーナスポイントとか、各種アイテムとかが……その、ゲームみたいに」

 何とも拙い説明だったが、本当にゲームみたいにと言うしかないから困る。
 ギルドの依頼、ダンジョンの探索、モンスター討伐といった危険を伴う何らかの事件を解決した際に発生する、クエスト報酬なる贈り物。その正体や出所に関しては様々な憶測が飛び交っているが、ティーナは単純に神様からのご褒美だと思う事にしていた。
 そもそもステータスなんてふざけたデータを弄くれる自分達の成り立ちからして不明奇っ怪、摩訶不思議。いくら頭を捻ったところで答えが得られるような現象ではないのである。
 一々疑問を挟んでいたらエトラーゼはやってられない。

 ここはアリュークス。魔法があって魔物が居て、神に祈りが届く場所。
 科学的論拠に基づく地球とは根本からして異なる、理不尽だらけの世界なのだ。

「一般的にクエストが困難あればあるほど、より良いアイテムと多くのポイントがもらえる仕組みになっています。
 クエストの難易度はですね……あー、クリア時のメッセージに難易度を表してるっぽい部分があるんですよ。
 ムカツクくらい適当で曖昧ですけど、他の目安がないもんですから、みんな自分なりの経験則で測ってますね」

 健やかに生きていくためには、そういうものだと割り切って利用する図太い神経が求められるのである。

「なるほど、『無謀という言葉すら生温い』ってのは、そういう意味か。確かに曖昧だな」
「え?」
「ん?」
「もしかして、もうクリア経験が?」
「まあな。初めて報酬を受け取る後輩に何かアドバイスはあるかい?」

「最初の内は上げたいステータスを重点的に選ぶのがオススメですね。アイテムはランダム要素が強いせいでハズレが来ることもありますから」

 そんなわけで、助言を求められてもこの程度の事しか教えられない。

「……要するに経験あるのみってわけか」
「はい。……えーと、はい。ごめんなさい」

 続きを促す仏頂面に若干の媚びと憂いを込めた態度で返して縮こまる。
 端っから考察や推考を投げている自分のような感覚頼りの適当人間には、いささか荷が重すぎるやり取りだった。

「謝罪はいらん。統計が取れるようなもんでもねえだろうしな」
「は、はい」
「あと、敬語も必要ねえぞ」

 だから──というわけでもないのだが、表情を緩ませて言うゼイロには驚かされた。

「物は試しだ。お前さんが言うクエストってのを受けてみようじゃねえか。手を貸してやる」

 少しだけ和らいだ印象と明らかに軽くなった空気も手伝って、先程までの背筋を凍らせていた怖ろしさ以上の頼もしさを感じてしまう。
 歳もレベルも自分の方が上なのに。今更ながら威厳も何もあったもんじゃない。
 情けない恥ずかしい腹立たしい。

「俺の事はゼイロって呼んでくれ。そっちもティーナで構わないか?」
「ええ、いいわよ。……ゼ、ゼイロ。ありがとう」

 けれども何故か、それ以上に楽しかったり。
 ……ひょっとして吊り橋効果?
 そうだとしても、邪妖族並みに凶悪だと思っていたカニバル小僧の事が、たったの十数分で頼りがいのある美少年に見えてしまうというのはどうなんだろうか?
 いや、美少年なのは間違いないのだ。何といっても【美形】である。雰囲気も年下とは思えないくらいに重厚で、研ぎ澄まされたナイフよりも遙かに鋭く煌めかしい。
 特に今の、檻の鍵を観察する真剣な眼差しを向けられたら、心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥ってしまう事だろう。

「随分と久しぶりだが、まあ何とかなるか」

 先を曲げた二本の鉄串でもってピッキングを試みるゼイロ。その様子を潤んだ瞳で眺めるティーナ。
 基本お気楽なエルフの少女の頭の中では、今後に関しての猛烈な不安と刺激的な出会いをもたらしてくれた運命に対する微妙な後ろめたさが渦巻いていた。
 助かったのは自分だけ。いち早く最期を迎えた仲間達は本当に運が悪かったと言うしかない。
 宿に残した荷物はどうしようか? 死亡届はギルドに報告するだけでいいのだろうか? 遺骨は丁寧に砕かれて出汁にされてしまったが、墓は作るべきなのだろうか?
 悲しみと共に湧いてくる煩わしさを払いやり、心からの冥福を祈る。
 雑念たっぷりの内面とは裏腹に、手を組んで目を閉じるティーナの姿は神殿を飾る彫刻のように清らかなものだった。綺麗な女の子は何をやっても様になる。特性【美形】の面目躍如たる瞬間だ。

「ほれ開いたぞ。遊んでねえでとっとと出ろ」

 もっとも、それで動じない感性の持ち主にとっては鬱陶しいだけなのだろうが。

「別に仲間の死を悼むくらいはいいでしょ」
「ああ、そうかもな。ついでに炒め物にされたお仲間でも召し上がってみるかい? 良い供養になるだろうぜ」
「いぃぃやぁぁっ!? 何でそんなのアイテム欄に入れてんのよ!?」

 改めて思う。

「尋問に使えるかと思ってな。『正直に言わないと、これを食わすぞ』って脅されたら、お前耐えられるか?」

 やっぱり、この子は頭がおかしい。

「無理っ! 絶対無理!!」

 そんな狂児に頼らなくてはならない自分の運は、仲間と比べて一体どれだけマシなのか。


 ……里帰り、しとけばよかったかも。
 断末魔風の肉詰めが載った皿を掲げて朗らかに笑う少年にドン引きしながら、ティーナは平和な故郷で暮らす家族の顔を思い浮かべた。












あとがき

お久しぶりです。
感想欄でかなり心配されていましたが、とりあえず無事です。ご心配をおかけして申し訳ありません。

不定期でしか投稿できない作者ですので、しばらくはこっそり更新していきたいと思っております。






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