「…………天下の往来であいつらは何をしてんねん?」俺はやや離れた自販機の影から聞こえて来る、2人が言い争う声を耳にして、溜息交じりにそう呟いた。まぁ、俺たちにとってはまたとない好機だけども。「刀子、何やあいつら仲間割れ始めたさかい、今の内にこっから離れてまおう」「な、仲間割れ、ですか? スプリングフィールド君が誰かと言い争うところなんて想像出来ませんが…………そうですね。今の内に」ネギが誰かと喧嘩しているという事実に、刀子先生は不思議そうに首を傾げていたが、俺の考えには同意だったらしい。そんなわけで、俺たち2人は言い争う2人を余所に、そそくさとその場を離れることにするのだった。SIDE Negi......「はぁっ…………はぁっ…………!!」「ぜぇっ…………ぜぇっ…………!!」あれから数分後。散々にお互いの疑わしい部分を暴露し合ったボクとアスナさん。気が付けば2人とも、肩で呼吸をしなければならないくらいに、息が上がってしまっていた。「ぜぇっ…………ちょ、ちょっと、これくらいしとかない?」「そ、そうですね…………何だか、誰も得しない気がしてきました…………」息を切らせて、そんな風に提案して来たアスナさんに、ボクはげんなりした表情を浮かべると、どうにかそう返事をした。というか、何でボクこんなにムキになってたんだろ?別に小太郎くんのことを好きになったって問題は…………いや、大有りだよ。よくよく考えてみれば、ボクは小太郎君と同室。もし本当にボクが小太郎君のことを好きだとしたら…………これから先、あの部屋で健全な共同生活を送っていく自信は無い。多分、無意識の内にそんなことを考えちゃっていたんだと思う。…………今ほど性別を偽って生活しているのが不便だと感じたことはない。前にも言った通り、やっぱりボクは、早く一人前になって、女の子として生活出来るようにならないと恋愛どころじゃないなぁ…………。「あれ? そう言えば、小太郎たちは?」「え?」我に返ったみたいに、そんなことを言い出したアスナさん。彼女に釣られて、さっきまで小太郎君たちがいた場所に視線を移す。しかし、そこには小太郎君と葛葉先生の姿は見当たらなかった。…………本当に誰も得しない言い争いをしちゃってたんだね。ま、まぁ、これでアスナさんも2人を尾行するなんてことは諦めてくれるだろうし、あながち誰も得しなかったって訳でも…………。「ネギ!! 急いでその辺を探すわよ!! まだ時間はそんなに経ってないし、遠くには行ってないはずだもの!!」「えぇーーーーっ!!!?」ボクの予想に反して、アスナさんは捜索の続行を宣言する。…………というか、アスナさん。どんだけ小太郎君の恋愛事情に興味津々なのさ…………。彼女のこの異常な興味は、やっぱり彼への好意故なんじゃないか?そんな疑問が頭を過ぎったけど、それを口にすれば最後、再びさっきの押し問答が繰り返されるのは目に見えている。仕方なく、ボクは喉元まで出かかった台詞を飲み込んで、渋々とアスナさんと一緒に、行方をくらました小太郎君たちを探し始めるのだった。SIDE Negi OUT......ネギとアスナの追撃を躱すために、俺と刀子先生は当初の予定を変更して、駅の反対側へとやって来ていた。駅前で人の通りも多いし、あそこで転移魔法を使う訳にはいかないしな。そんな訳で、俺たちは自分の足でここまで移動せざるを得なかった訳だ。まぁ、式場はこちら側の入り口を出たところにあるホテルだし、あながち無駄足ってことも無いだろう。もっとも、式の開始まではまだ時間があるため、結局どこかで時間つぶしをしなくてはいけない訳だが…………。「な、何とか巻くことが出来たようですね…………?」どうやって時間を潰そうか考えていると、覇気の抜けきった表情で、刀子先生がそんなことを呟く。まぁ、万が一ネギに俺と嘘カップルをやってたことがバレた日には、翌日から学校で授業何か出来なくなるだろうしな。そう考えて、戦々恐々な様子の刀子先生に、俺は苦笑いを向けた。「とりあえず、お互い何か聞かれた場合は、任務やったことにしとこうか?」「そ、そうですね。それでしたら、何を聞かれても『守秘義務』を口実に言い逃れが出来ますし…………」口裏を合わせるために俺がした提案に、刀子先生は幾分か落ち着きを取り戻したのか、的確にそんなことを言ってくれた。さて、それじゃ本格的にこれからどうするか決めないとな…………。とりあえず、このまま駅周辺をうろうろしてると、また明日菜たちに見つかり兼ねないし、早めに式場に移動しちまうか?ホテルの中にも、カフェテラスとは言わないにしても、自販機やロビーはあるだろうし、そこでぐだぐだしてれば時間は…………。「何だ。同族の匂いがすると思ったら、やっぱお前だったのか」これからの方針を考えていると、後ろから不意にそんな言葉を掛けられて、俺は反射的に振り返る。そして、その声の主を目撃した瞬間、俺は思わず言葉を失ってしまった。「…………何で自分がこないなとこにおんねん」ぐったりしながら、やっとの思いでそう絞り出す俺。そんな俺の視線の先には、いつの間にやらTシャツにジーンズ、黒のスニーカーというラフな服装に着替えた親父殿が、にっと男臭い笑みを浮かべていた。「そりゃこっちの台詞だ。お前、人助けでどっかに行ってんじゃなかったのかよ?」「目下その人助け中や。つか、霧狐と霞深さんはどないしたんや?」「あ…………ヤベ、置いてきちまった」「…………」ま、良くあることだろ? なんて豪快に笑い飛ばす親父。そんな父親の姿に、俺がいっそうげんなりしたのは言うまでも無い。「こ、小太郎が、2人…………?」俺が肩を落としていると、後ろに居た刀子先生が、困惑しきった様子で、そんなことを呟く。あー…………そういや俺、幻術使ってたんだったっけ?刀子先生が今言った通り、幻術で20代前半に成長した俺の姿は、この親父殿をイメージしたもの。傍から見れば、双子の兄弟に見えないこともないそっくりぶりだ。つか、そんな状況なのに、良く親父のやつ1発で俺だって分かったな。大方、俺と同じく匂いで個人を判別してんだろうけど…………。それはさておき、いい加減刀子先生に事情を説明してあげないとマズいだろう。さっきから俺と親父の顔を交互に見て、目を回しそうになってるし。「刀子センセ、こん人は俺やのうて、俺の親父や」「お、お父さん!? え!? えぇっ!? だ、だって小太郎、父親は妖怪で、今はどこにいるか分からないって…………」「まぁ今もどこにおるかは分からんまんまなんやけど…………妹がどうしても親父に会いたがっとったさかい、知り合いの魔法使いに頼んで召喚したったねん」「な、なるほど…………た、確かに妖怪なら、契約召喚で呼び出すことは可能ですしね…………」俺の説明に納得したのか、刀子先生は感心したようにそう頷く。そして、小さく咳払いをしながら、先生は親父へと向き直り、折り目正しくお辞儀をした。「初めまして。私は、犬上君の担任を務めさせて頂いている、葛葉刀子と申します」恭しく礼をした刀子先生は、続けてそんな風に丁寧な挨拶を口にする。さすがは中学校教師、かなり波乱の展開だったにも関わらず、しっかりと切り替えてくるとは。そんな先生の様子に、俺は思わず舌を巻いた。「たんにん? …………ああ、ガッコーとか言うやつか。正直、人間社会のそーゆー仕組みってイマイチ分かんねぇんだよなぁ」「…………」先生の切り替えの速さには感心するが、このクソ親父のこういうところには別の意味で感心する。挨拶されてんだから、普通に挨拶し返せよjk?その辺の社会的スキルを親父に求めるのも酷な話だとは思うけどさ…………。「…………親父、とりあえず挨拶されてんねやから、こっちも返しとくんが礼儀とちゃうんか?」「お? ああ、まぁそりゃそーだな。俺は牙狼丸。今こいつが言ってた通り、このクソガキの父親で、一応狗族長をやってるぜ」俺に促されてから、ようやく親父は、刀子先生へ向かって笑みを浮かべながらそう挨拶をする。…………本当に喧嘩と酒と女以外に興味のねぇ生活を送ってきたんだろうな。社交性がゼロ過ぎる親父の様子を垣間見て、俺はそう再認識させられるのだった。「にしても…………なるほどねぇ。嬢ちゃんたちに手ぇ出してなかったのはそう言う訳か…………」ニヤリと、含みのある笑みを浮かべながら、親父は刀子先生を頭の上からつま先までまじまじと見つめる。「あ、あの? わ、私がどうかしましたか?」そんな親父の様子に、刀子先生はたじろぎながら、そう尋ねる。最初の呟きで、親父が何を考えているのか察した俺は、慌てて親父の口をふさごうとしたのだが…………。―――――ひょいっ。「げっ…………!?」流石は狗族長と言うべきか、親父は俺のそんな行動を予測済みだったかのように、するりと躱して見せた。そして…………。「いやいや、アンタがどうこうじゃなくて、このバカ息子の好みの話だ。まさか、こういう年上の女が好みだったたぁな」親父は涼しい顔で、俺が一番言って欲しくなかった台詞を吐きやがった。その愚行を未然に防げ無かった俺は、思わず右手で顔を覆いながら盛大に溜息を吐く。クソ親父め…………普通担任の教師に向かって息子の好みがどうこうなんて言うか?まぁ、さっきも言った通り、親父にその辺のスキルを求めるのは酷ってもんなんだろうけどさ…………。「わ、わわわ、私がっ、こ、ここ、小太郎の好みっ…………!?」親父に自分が俺の好みだなんて聞かされた刀子先生。真っ赤になった両頬を手で覆いながら、まんざらでもなさそう…………というか、かなり嬉しそうにそんな悲鳴を上げる。…………こうなるのが分かってたから言わせたくなかったのに…………しかしまぁ、今となってはもう後の祭りだが。「…………親父、一応言っとくけどな。俺は好み云々の問題で木乃香たちに手ぇ出してへんかった訳とちゃうからな?」「あぁん? 別に隠すこたねーだろ? いいじゃねぇか、年上のお姉様。まぁ、俺としちゃあ、もっと小柄であんま出るとこ出てねぇ女の方が好きだけどな。こう、熟れきる前の青い果実っつーか…………」「…………」無駄な足掻きと思いつつ言い訳をした俺に、惜しげも無く自分の女性の好み…………もとい、性癖を暴露し始めるクソ親父。とゆーか、熟れきる前の青い果実って…………この親父、やっぱロリコンだったか…………。今後、クソ親父を木乃香や刹那たちに近付けるのは極力避けよう。心の中で、俺はひっそりとそんな決意を固めた。「あっ、見つけたっ!! ママ、パパ見つけたよー!!」「どこっ!? あぁっ!! 牙狼丸さんっ!! 急に置いてきぼりにするなんて酷いですよぉ~~~~!!」俺がそんな決意をしていると、少し離れたところから、見覚えのある2人組がとてとてとこちらに駆け寄って来る。1人は少し跳ねた癖っ毛のポニーテールで、もう一人は黒いセミロングのストレートヘアー。そして2人とも身長150に満たない小柄で華奢な体躯。言わなくても分かると思うが、霧狐とその母親、かすみんこと霞深さんだった。しかし…………改めて思う、霞深さん若ぇー…………。というか、幼ぇー…………。本校女子中等部の制服着てたら、間違いなく中学生で通っちまうレベルの幼さだ。身長も霧狐とそんなに変わらないし…………何と言うか、親父のロリコン具合が改めて露見するよな。俺のお袋もかなり小柄で、残念な体形してたし…………。アルと言い親父と言い…………どーして、この世界にはこうも残念なイケメンが多いんだろうね?そんなことを考えて、俺は再び意気消沈するのだった。「えぇっ!? が、牙狼丸さんが2人ぃっ!? …………す、スーツ姿も中々…………じゅるり❤」俺の姿を目にした瞬間、一瞬は驚きの表情を覗かせた霞深さん。しかしその直後、以前感じたような、得物を狙うネコ科動物のような視線を俺に向けて来る。そんな彼女の視線に、俺が得も言えぬ恐怖を感じたのは言うまでも無い。「あ、あれ? この匂いって…………もしかして、お兄ちゃん?」恍惚の表情で、俺と親父を交互に見つめる霞深さんとは対照的に、霧狐はすんすんと可愛らしく鼻を鳴らすと、どうやら俺の正体に気が付いたみたいだ。まぁ、さすがに狗族なだけはあるな。そんな訳で、俺は掻い摘んで、事情を説明することにした。と言はいえ、さすがに担任教師の彼氏役をやってるとは言えない。なので俺は、この姿で請け負った任務中に知り合った人の結婚式に行くところ、と適当な嘘を吐く羽目に。…………ネギの件と言い、こう嘘ばっかついてると、いつか手酷いしっぺ返しが来そうで怖いな。「へぇ~~~~? 小太郎さん、こういう幻術も得意だったんですねぇ?」説明を受けると、感心したようにそう言ってくれる霞深さん。うん、やっぱ褒められると悪い気はしないな。「もし牙狼丸さんと再会する前に見てたら…………私、きっといろいろ我慢出来なかっただろうなぁ…………じゅるるっ❤」「…………」…………見せなくて本当に良かったよ。再びネコ科動物っぽい笑みを浮かべた霞深さんに、俺は再び悪寒を感じるのだった。やっぱ親父に家族サービスをさせようってに考えは正解だったな。俺の貞操を守る的な意味で…………。「それにしても…………酷いですよ刀子ちゃん!! 小太郎さんがこんな幻術を使えるって知ってたなら、教えてくれれば良かったのにぃ!!」げんなりしている俺を余所に、子どもっぽく頬を膨らませて、拗ねたようにそういう霞深さん。…………こんな様子見てたら、ますます1児の母親とは思えなく…………って、何か今、物凄く聞き捨てならないこと言わなかったか?「刀子、ちゃん…………?」口にして、再びその違和感に俺は顔を引き攣らせる。そう、霞深さんは今、確かに刀子先生のことを『刀子ちゃん』と呼んだのだ。説明を求めるため、俺は引き攣った表情のまま、隣にいる先生へと視線を移す。「な、何ですかその目は!? い、いいじゃないですかっ!? 霞深ちゃんとは歳も近いですし、ちゃん付けで呼び合ったって!!」「い、いや。それは確かにそうやねんけど…………」な、何か、刀子先生がちゃん付けで呼ばれてるって…………物凄い違和感だよな?ま、まぁ確かに、霞深さんと刀子先生は年齢も近いしな。そう言えば、九条親子が麻帆良に越して来た時に、刀子先生はいろいろと世話を焼いてくれてたって話だし、その時に仲良くなったんだろう。…………今考えたら、あの時から既に、刀子先生は俺狙いだったんだろうなぁ。九条親子と親しくなろうとしたのも、『将を射んと欲すれば~』とか『外堀を~』って思惑が見え隠れしてる感じが否めないし…………。…………やっぱ女の人ってコエー…………。そんなことを俺が考えていた時だ。「刀子ちゃんとは、『小太郎さんトーク仲間』なんですよっ♪」再び霞深さんが、聞き捨てならない台詞を投下してくれた。…………こ、小太郎さんトーク?な、何だその嫌な予感しかしない集まりは?顔を青くする俺に、喜々とした様子で霞深さんは説明を始めてくれる。「刀子ちゃんって、小太郎さんの担任じゃないですか? それで、オフの日なんかは、私にいろいろと小太郎さんのことを教えてくれるんですよ」「俺のことて…………そんなん聞いてどないするつもりやってん…………?」「やだぁ、小太郎さんってばぁ❤ 異性の事が気になるなんて、理由は一つしかないじゃありませんかぁ♪」「…………」頬を赤くしながら、うりんうりんと首を振る霞深さん。…………何気に、俺にとって麻帆良における最大の脅威はこの人かもしれない。そう感じずにはいられなかった。「それにしても刀子ちゃん? いくらなんでもこんな抜け駆けはズルいですよぉ。まぁ、今日は牙狼丸さんに会えたし、特別にチャラってことにしたげますけど♪」ぎゅうっと、親父の左腕にしがみ付き、幸せ一杯の表情でそんなことを言い出す霞深さん。そんな彼女とは親父を挟んで反対側、親父の右腕には、同じように霧狐がぎゅうっとしがみ付いていた。それにしても霞深さん…………『抜け駆け』とは、また随分と不穏当な台詞を吐いてくれたものだな。というか、今の台詞から察するに、彼女は刀子先生2人して俺のことを虎視眈々と狙っていたのか…………。やっぱこの人は、俺にとって最大の脅威だと、俺は改めて認識したのだった。「そもそも刀子ちゃんは、担任っていう立場を利用して、度々小太郎さんと2人きりで個人しどもがががっっ!!!?」「キャーーーーッ!? それ以上言わないでーーーーっ!!!!」 さらにオソロシゲな台詞を続けようとした霞深さんの口を、刀子先生はあわてて抑えつけながら、顔を真っ赤にしてそんな風に叫ぶ。…………つーか、やっぱあの個人面談、ネギに手を出してないかの確認じゃなくて、俺と2人きりになるための口実だったんですね。妙に納得できたものの、入学当初からは考えられなかった刀子先生の残念っぷりに、俺は思わず盛大な溜息をつくのだった。