「あー、マジでビビった…………寿命が100年は縮んだ…………隔世遺伝超こえー…………」目を右手で覆いながら、溜息とともにそんなことを呟く親父。霧狐が落ち着くのを待っていた俺たちは、いまなお先程の雑木林の中にいた。親父のビジュアルだと、流石に街中に連れていくのは憚られたからってのも大きな理由だが。ちなみに、余程親父に会えたのが嬉しいのか、霧狐は泣き止んでいるものの、未だに親父の腰回りにぎゅ~っと抱き付いたまま離れようとはしなかった。「いや、マジで霧狐の中身があの魔物と別モンで良かったわ。こりゃ霞深の育て方が良かったんだな。霞深グッジョブ」先程から何度も胸を撫で下ろしながら、しきりに霧狐と祖母さんの中身がまるで違うことを喜ぶ親父。ちなみに、霞深さんってのは、霧狐の母親のことだ。中等部女子寮の寮母さんで、通称はかすみん。未だ20代と若いこともあって、女子寮の中等部生からは結構慕われてるらしい。とまぁ、そんなことはさておきだ…………。「俺は一人前になるまで認めてくれへんかった癖に、霧狐のことはあっさり娘って認めるんやな?」何となく不公平に感じて、唇を尖らせながらそんな悪態をつく俺。「いや、もうこの見た目だけで霧狐には勝てる気しねぇんだもんよ。一人前どころの騒ぎじゃねぇって…………」そんな俺の言葉に、更にげんなりした様子で答える父親。どんだけ祖母さんのことが怖ぇんだよ…………。「いくら何でもビビり過ぎとちゃうか? 腐っても自分の母親やろ?」あんまりにも祖母さんを怖がっている親父の様子に、呆れながらそう尋ねる俺。「お前はお袋の恐ろしさを知らねぇからそういうことが言えんだよ…………。マジでトラウマだからな? 力では確実に俺が数倍強ぇはずなのに、気付いたら丸焼きになってたり、生き埋めになってたり…………しかも全部真正面から勝負を挑んでたにも関わらずだぞ? あのババァ程女狐って言葉が似合う狗族もいなかったぜ…………」俺の言葉に、そんな反論を返す親父。その口調には、以前感じたような覇気は一切感じられなかった。字面通りに解釈するなら、祖母さんは相等な策略家だったってことだろう。千の呪文の男並みには強く、それなりの罠なんて嵌まってからでも力技で何とかしそうな筈の親父。そんな親父が尽く策に嵌められてトラウマになるほどの人物…………。たしかに、そんなやつの相手を延々させられるのは勘弁だな。「親父の話だと、人間性って点じゃ玉藻の性格の悪さなんて、お袋のぶっとび加減に比べりゃ可愛いもんだったらしい」「…………」疲れ切った様子で言った親父に、思わず絶句する。傾国の美女が可愛いって…………祖母さんどんだけ性格悪かったんだよ?その性格の悪さが親父や俺、霧狐に受け継がれてなかったのは、ある意味幸いだったか。…………まぁ、俺は2人に比べてかなり悪い性格してるとは思うけどさ。「さて…………お袋の話はこんくらいにしとこうぜ? じゃねぇと、俺の本体まで胃炎になりそうだ」「せ、せやな…………」話題を転換を要求してきた親父に、俺は苦笑いを浮かべつつ頷くのだった。「とりあえず…………そっちの嬢ちゃんたちはお前のコレか?」にっ、と悪戯坊主のような笑みを浮かべて、右の小指を突き出して来る親父。話題を変えた瞬間の第一声がそれかよ…………。あまりにもあんまりな親父の様子に、俺が先程とは違う意味で脱力したのは言うまでもない。「あんな…………2人は別にそーゆーんやなくて、普通に俺のダチや」軽く目眩を覚えながらも、何とかそう言葉を絞り出す。すると、紹介される瞬間を待っていたかのように、木乃香と刹那は、俺を押し退けて親父の前に歩み出た。「さ、桜咲 刹那と申します!! い、以前お会いしたときは名も名乗らず、た、たいへん失礼しましたっ!!」慌てた様子で、たどたどしくそんな言葉を並べたて、直角にお辞儀をする刹那。なるほど、将を射んと欲すればというやつか。だが刹那よ、その親父殿を落としたところで大した成果はないぞ?その外道、女は来る者拒まず臭いから。「ウチは近衛 木乃香言います。以後よしなに、お義父はん?」はんなりとした笑顔で、刹那に続き木乃香までもがそんな挨拶をする。…………今、木乃香のやつ、親父のこと完全に『義父』扱いしてたよな?「はっはっはっ!! こいつぁいいや!! おい、息子? てめぇにその気は無くても、嬢ちゃんたちは結構その気みたいじゃねぇか!?」豪快な笑い声を上げながら、そんなことを言い出す親父殿。…………2人をこいつに引き合わせたのは失敗だったかもしれん。「ねぇパパ? どーゆーこと?」親父に抱き付いたままだった霧狐は、今の発言の意味が分からなかったのだろう、不思議そうな顔で親父を見上げてそんなことを尋ねていた。そんな霧狐の頭に、親父はぽむっと優しく手を乗せる。「嬢ちゃん達がお前の義姉ちゃん(ねえちゃん)になるかも知れねぇってことだ」「木乃香と刹那がっ!? 2人みたいに優しいお姉ちゃんなら、キリ、大歓迎だよっ!!」微笑みながら言った親父に、これまた嬉しそうにはにかみながらそんなことを言い出す霧狐。…………ヤメテクレ。さっきからテンションが上がって来たのか、2人の醸し出すオーラがエラいことになってるから。このままじゃ、俺の身が持たん。どうやってこの場を納めてくれようか、なんて俺が思案し始めたときだった。『わおーんっ!! わおーんっ!!』けたたましく鳴り響く犬の遠吠え。最早お馴染みとなった俺の携帯の着信音だった。慌ててポケットからブツを取り出し、背面ディスプレイに表示された名前を確認する。するとそこには『刀子センセ』と表示されていた。…………何だ?最近はこんな休日に呼び出しくらうような問題起こした覚えはないぞ?訝しく思いながらも、余り待たせては悪いと思って、俺は他のメンバーに断りを入れつつ、慌てて電話を取ることにした。「もしもし?」『こ、小太郎ですか!? つ、繋がって良かった…………』「…………」俺が携帯に出た瞬間、心底安心した様子でそんな言葉を零す刀子先生。比を見るより明らかな厄介事の予感に、俺が思わず黙り込んでしまったのは言うまでもない。「ええと…………とりあえず、どないしたん?」とはいえ、流石に何も聞かないままじゃ対策の立てようもない。一瞬躊躇ったものの、俺は刀子先生に用件を聞くことにした。『え、ええと…………実は電話口では話し辛いと言いますか何と言うか…………』「???」刀子先生、らしくもなく歯切れが悪いな?…………こりゃ純度100%で厄介事だろうな。そんなことを考えたものの、以前にも言った通り、普段から刀子先生にはいろいろと迷惑を掛けている俺。こうして偶に彼女が持ちかけて来る厄介事くらい、快く引き受けるのが良い男の器量と言うものだろう。そう結論付けると、俺は黙して彼女が次の言葉を発するのを待った。『そ、その…………きょ、今日1日、私にあなたの時間を貸しては頂けませんか?』「は? 時間を貸す?」最初はその言葉の意味が分からなくて、そう聞き返した俺だったが、すぐにそれが『今日1日私に付き合え』という言葉の婉曲な表現だと気が付いた。しかし…………どうしたものか?せっかくこうして戦闘とは関係ない状況下で親父と会えたんだ。聞きたいことは山ほどある。とは言え、以前『俺に勝てたら答えてやらんこともない』なんて宣言を喰らっている以上、このクソ親父が素直に俺の問い掛けに答えてくれるとは思えない。最悪、前回の決着を着けるみたいな流れになろうものなら、俺が再び死にそうになるのは目に見えていた。というか、親父の召喚に半分近く魔力持ってかれてるし。親父燃費悪過ぎワロス。…………そう考えると、今日1日は霧狐に親父を独占させてやれば良い気がしてきた。ふと耳から携帯を離して現在時刻を確認すると、ディスプレイには11:03との表示。がっつり時間はあるようだし、今日1日と言っても、この時間なら寮の門限までに解放してもらえるだろう。何より、刀子先生は俺の担任だ。あのぬらりひょんじゃあるまいし、さすがにそんな無茶な注文はしてこないだろう。加えて、木乃香と刹那はこの後2人で買物に行くとか言ってたし。ネギも今日は明日菜と出かけている筈だから、どの道昼は外で、しかも一人で食うしかなかったからな。そんな風に考えて、俺は刀子先生に了承の意を示すことにした。「ああ、構へんで。刀子センセにはいつもお世話になっとるさかい、そんくらいお安い御用や」『…………その言葉に二言はありませんね?』「え…………?」快く了承した筈なのに、やたら念を押すようにして還って来る刀子先生の声。な、何なんですか? そんな念押しされたら怖くなっちゃうじゃん!?少しビビったものの、そこはほら『男の子』ですから。一度口にした以上、その言葉を撤回することは出来ず、若干上ずった声になりながらも、俺は刀子先生にもう一度了承の意を伝えた。「だ、大丈夫や。問題ない」『そ、それを聞いて安心しました。念を押してみたものの、あなたに断られたら、もうどうしようもなかったので…………』俺が改めて快諾すると、再び安堵の声を零す刀子先生。…………お、俺、もしかして早まったんじゃね?そんなことを考えたが、最早後悔先に立たずだ。こうなってしまった以上、後は流れに身を任せつつ臨機応変に対応する外ない。だ、大丈夫。俺は出来る子だ。俺に出来ることは、せいぜいそんな風に自分を鼓舞することだけだった。『そ、それでは、これから私の部屋に来てください。重ねて無理を言って申し訳ないのですが、出来るだけ早めにお願いします。そ、それと、来る時は『あのとき』の姿でお願いします…………』「…………」おずおずと今後の予定を説明してくれる刀子先生。電話口では話し辛いと言っていたし、恐らく詳細は会ってから話すつもりなのだろう。それにしても…………『あのとき』の姿で、と来たか。先生が言っているのは、間違いなく以前先生の彼氏役をしたときの、24歳の姿のことだろう。ということは、また菊子さん関連のトラブルか?…………先生の見栄っ張りも筋金入りだな。まぁ、菊子さんには余計に弱みを見せたくないってのがあるんだろうが…………。若干先の展開が見えたことで、幾分か気が楽になった俺は、刀子先生に出来るだけ急ぐと伝えて、通話を終えた。さて、それじゃ一旦部屋に戻って着替えないと。流石に学ランのままあの姿になる訳にはいかないしな。そう思った俺は、ここに居る面子に事情を説明することにした。「スマン、ちょっと急用が出来てもうた」「…………もしかして、また人助けですか?」俺とは一番付き合いの長い刹那が、おおよその事情を察したのだろう、そんな風に尋ねて来る。苦笑いを浮かべながら、俺は彼女の問い掛けに頷いた。「あはは。コタくん、ホンマにお人好しさんやなぁ」「まぁ、今更この性分は変えれへんからな。そういう訳で、悪いけど先に失礼させてもらうわ」はんなり笑顔のまま俺の性格をお人好しと称する木乃香。そんな彼女に俺は手を軽く上げて、この場を後にしようとゲートを開く。しかし…………。「ちょっと待った」親父にそう呼び止められた俺は、咄嗟にゲートを閉じていた。「何や親父? 見ての通り急いどるんやけど?」「何だはこっちの台詞だ。お前、まさか呼び出しといて、何にも命じねぇまま俺を放置しとくつもりか?」…………そういや、忘れてたな。俺は魔力と血を代償に親父を呼び出した。そして召喚した以上、俺は親父に何かしらの命令をしなくてはならない。そうでないと、親父は契約不履行でいつまで経っても還れないからだ。とは言ったもんの…………霧狐と会わせること以外、何も考えてなかったからなぁ。さっきも言った通り、親父に聞きたいことはあるが、それを契約で洗いざらいぶちまけさせるのはルール違反な気がするし…………。霧狐と違って、俺は親父に甘えたいなんて気持ち悪い願望も無いしな…………って、そうだ。どの道霧狐に親父を独占させてやるつもりだったことを思い出して、俺はこんなことを提案して見た。「せやったら、親父への命は『今日1日、霧狐と霞深さんに家族サービスすること』っちゅうのでどうや?」「か、家族サービスぅ???」俺の提案に、あからさまに面倒臭そうな声を上げる親父。いや、俺だってあんたみたいな風来坊と家族サービスなんて言葉は対極にあるとは思ってるよ。「構へんやろ? 10何年もほったらかしやったんや。今日1日くらい霧狐と霞深さんに付き合ったったら良えねん」じゃないと、俺の貞操が霞深さんに狙われてヤバい。だってあの人、俺と会う度に『あぁ…………小太郎さんて、本当にあの人そっくりですねぇ…………じゅるり❤』とか、かなりヤバ気な視線を送ってくるんだもの。霧狐連れて里を飛び出したって話からも分かるように、バイタリティだけは恐ろしくあるあの人だ。俺に一服盛って、その間にガブリ!! …………なぁんてことも十分に考えられる。…………さすがにそれは勘弁願いたいからな。霞深さんのことを思い出してげんなりしつつ、俺は親父の背中にとんっ、と指先で触れてタントラを唱えた。するとその瞬間。―――――ぽんっ♪コミカルな音とともに消失する親父の犬耳。見ることは出来ないが、恐らくは尻尾も消えていることだろう。お察しの通り、俺の幻術だ。さすがに見てくれが似てるだけあって、俺用に改造した術式でもあっさり掛かってくれたな。そんなことを考えながら、俺はポケットから財布を取り出し、その中から1枚のキャッシュカードを取り出す。ちなみに名義は俺の身元引受人である『近衛 詠春』だ。もっとも、その口座に入ってる金は、全て俺が稼いだもの。結構ハードな任務も請け負っているおかげで、並みの魔法先生より年収は上。通帳の残高は、多分平均家庭のお父さんよりも0が1桁多いレベルだろう。それを親父に差し出して、俺は再びゲートを開いた。「自分の見た目やと街中は歩けへんからな。そのカードは自由に使うて構へんから、せいぜい霧狐と霞深さんを楽しませたってや」「まぁ、それが命令ってんなら構わねぇが…………俺、戦闘以外の楽しみって酒と女だけだからなぁ…………正直、楽しませられる自信はねぇ」潔く自信の無さをひけらかす親父に、俺はひたすら苦笑いを浮かべることしか出来なかった。「霞深さんと霧狐がやりたいことやらせたったら良えねん。ほんなら、今度こそ俺は行くで? 霧狐、せいぜいお父ちゃんに可愛がってもらうんやぞ?」「うんっ♪ お兄ちゃん、本当にありがとう!! キリ、やっぱり麻帆良に来て良かったよ!!!!」嬉しそうにはにかむ霧狐に手を振りながら、俺は今度こそゲートにその身を沈めていくのだった。木乃香たちと別れて10分後。俺は刀子先生に言われた通り24歳の姿になって彼女の部屋までやって来ていた。ちなみに服装は、麻帆良祭のときにのどかとデートをしたときのものだ。さすがに、以前刀子先生の彼氏役をしたときに着ていたものを着ていくのもどうかと思ったしな。「さて、ほんなら早速…………」徐に俺はインターホンのスイッチを押した。―――――ピンポーン♪程なくして、がちゃり、と音を立てながら開かれるドア。「こ、小太郎ですか…………?」その中から恐る恐る顔だけを覗かせた刀子先生の姿を見て、俺は思わず息を飲んだ。刀子先生は、俺が1年のクリスマスに贈った、ミスリル製のピアス…………早い話が魅了の魔法が掛かったピアスを付けていたのだ。加えて、今日の刀子先生は髪をアップに纏めていて、余りにもいつもと違った印象を受ける。更に更に、余程事態が切迫しているのか、困り果てた様子で俺を上目遣いに見上げて来る刀子先生の弱々しい姿は、普段とのギャップが激し過ぎてヤバい。一瞬、何も考えずに抱きしめたくなってしまった程に。…………自分で贈っといて何だが、本当にこのピアス、法に抵触しないレベルのものなのか?そんな懸念を抱きつつも、俺は何とか笑みを作って、刀子先生に挨拶をする。「う、うす。スマンな、待たせてもうて」「い、いえ。こちらこそすみません。せっかくの休日だったのに…………あ、あの、立ち話も何ですから、どうぞ中に入ってください」刀子先生に促されるまま、俺は彼女の居室へと足を踏み入れる。そして…………。「ぶっ!!!?」余りの驚きに、思わず吹き出してしまった。いや、だって…………。「と、刀子センセ? な、何やの? その格好は…………?」震える声で、何とかそう絞り出した俺。そう、彼女の格好は、普段は絶対にお目にかかれないであろうものだったのだ。刀子先生は今、淡いブルーを基調としたきらびやかなドレスに身を包んでいた。恐らくはパーティドレスと呼ばれる類のものだろう。服飾関係は余り詳しくないので、何と説明すれば良いか分からないが…………。普段から刀子先生は余り露出の無い服装、パンツスーツであることが多い。しかし、今彼女が着ているものは、肩や胸元が大胆に開いた開放的なデザインのもの。魅了の魔力も後押ししているのか、普段は見れない先生の艶姿に、正直俺は鼻血を吹く一歩手前だ。…………不意打ちいくない。ぷるぷると震える指先で先生の格好を指差すと、先生はそんな俺の視線から逃れるように、胸から肩の辺りを手で覆った。「あ、あまり見ないでくださいっ。ほ、本当はあなたの前でこんな格好をするのは、か、かなり勇気がいるんですからっ…………」「…………せやったら、何でそないな格好をしてんねん…………」恥ずかしそうにそんなことを言った刀子先生に、俺は思わず目眩を感じて目頭を抑える。…………やっぱ、安請け合いし過ぎたか?とは言え、ここまで来てしまった以上後には引けない。男である以前に、武人である俺に、二言は許されないのだ。…………親父に言われた通り、こんな生き方してたら命がいくつあっても足りそうにねぇな。「と、ともかくっ!! は、早く中に入って下さいっ。余り時間もありませんから、手短に説明しますので…………」自分の選択を呪いたくなって来た俺に、刀子先生がそう促す。仕方なしに、俺は彼女の後ろに付いて、部屋の奥へと足を踏み入れて行くのだった。…………俺、今日無事に帰れんのかなぁ…………。「―――――菊子さんが結婚っっ!!!?」刀子先生からその話を聞いた瞬間、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。いや、だって…………前回会ったときはそんなこと全然…………って、よくよく考えたら、俺が最後に菊子さんに会ったのってもう1年以上も前の話か。そう考えると、別に彼女が結婚相手を見つけていたとしても、何ら不思議は無い、のか?ま、まぁ性格はともかく、結構美人だったし、何より喜ばしいことだよな?そう自分に言い聞かせて、俺は何とか心を落ち着けようとする。「ええ、信じ難いことですが…………あの女、一体どんな魔法…………いえ。どんな呪術を使ったのか…………」「じゅ、呪術て…………」神妙な顔で、憎しみを隠そうともせずに呟いた刀子先生。そんな彼女の様子に、俺はただただ表情を引き攣らせることしか出来なかった。…………女の嫉妬コエー。「けど、それと俺をこん姿で呼んだんに、一体何の関係があんねん? それと、刀子先生がそないな格好してる理由もイマイチ分かれへんのやけど?」ようやく刀子先生の普段と違う姿にも慣れてきたためか、俺はどうにかいつもの調子でそう尋ねることができた。中々バリエーションに富んだ俺の人間関係だが、刀子先生みたいな大人の女性は流石に殆どいないからな。つまるところ俺は、こう、大人の色香を漂わせている女性には耐性がまるでないのだ。いや、ぶっちゃけると、全ての女性に対して、耐性なんてゼロに等しいんだけどね?それでも落ち着いて振る舞ってられるのは、一重に中の人の年齢と人生経験のおかげ。言ってしまえば『大人の余裕』と言う訳だ。それも裏を返せば、『本物の大人の女性』相手には、全く持って耐性がない、という事実に繋がるのだが。…………エヴァ? あー…………なんていうか、アレは別腹でしょ? 見た目完全に幼女だし。そういう訳で、刀子先生にこんな不意打ちを食らった俺は、正直、今まで必死で内心パニクっていることを悟られないよう努めていたのだ。「じ、実は…………今日が、その、菊子の結婚式なんです…………」「は?」一瞬、刀子先生の言葉が理解できなくてきょとんとする俺。結婚式? 今日が?そう頭の中で繰り返した瞬間、俺はがっくりと肩を落とした。「…………センセがそないな格好しとる理由がようやく分かったわ…………」恐らく、先生のパーティドレスは、菊子さんの結婚式にお呼ばれしたためのものだろう。しかし…………。「何で菊子さんが結婚式やったら俺が呼ばれんねん…………」そこだけは未だ謎だった。むしろ、俺が呼ばれた理由が更に謎になって、俺は思わず脱力してしまったという訳だ。「うっ…………じ、実は、私に贈られて来た招待状は2通ありまして…………」罰が悪そうに、先生はそう言って2枚の紙切れを取り出すと、それを俺の方へと差しだしてくる。それを受け取って眺めた瞬間、俺の疑問は氷解した。「なるほど…………」2枚の紙切れは、紛れもなく菊子さんの結婚式への招待状。1枚は『葛葉 刀子様』、そしてもう1枚は『犬上 小太郎様』と達筆な字で書かれていた。「つまり、俺がこの格好で呼ばれたんは、その菊子さんの結婚式に参加するためっちゅう訳やな?」「は、はい…………」おずおずと頷く刀子先生。俺が再び目眩を感じたのは言うまでも無い。「…………なぁ? それって、俺は仕事の都合で行けへん、とか理由付けて欠席でも良かったんちゃうか?」何も無理に出席する必要は無いように感じるですけど?確認しておくが、俺は菊子さんから『NGOに所属している』と思われている。そのため、海外出張だなんだと、刀子先生なら言い訳は腐るほど思いついたはずだ。にも関わらず、刀子先生は俺を呼び出した。しかも、その挙式当日になって急にだ。俺はどうにもそのことがどうにも腑に落ちなかった。そんな俺の問い掛けに、刀子先生はこれまたらしくない様子で「う゛っ…………」なんて呻き声を上げる。「わ、私だって最初はそう思ってたんですよ? だから、今日の今日まであなたに何も伝えなかった訳ですし…………」右へ左へせわしなく視線を泳がせながら、少し頬を赤らめてそんな言い訳をする刀子先生。別に意識してやってることじゃないのだろうが、正直、そういう普段とのギャップが激しい仕草は俺の心臓にヨロシクナイ。魅了の魔力も相まって、本当に何でもしてあげたくなってしまうではないか。…………つーか刀子先生、前の偽造カップルの下り辺りから、俺に対してポーカーフェイスがやたら甘いからなぁ。まぁいろいろと素の表情を見せてしまって諦めたというか、解釈によればそれだけ俺のことを信頼してくれてるって気持ちの裏返しなんだろうが…………。こう度々、人の精神力を試すのは良くないと思います。こないだのカラオケじゃないが、また血涙流すことになりますよ?「そ、それで、一先ずは1人で行こうと思って、こうやってドレスを試着してみたんですが…………そうするとこう、虚しくなって来まして…………」「へ?」言いながら、一気にテンションが下がる刀子先生。その背後には、マンガだったらしめ縄とか縦線とかの背景効果が付きそうな勢いだ。い、いったい何がそんなに虚しいってんだよ…………?「あの子はこうして幸せを掴んだというのに、かく言う私は…………自分の教え子に、彼氏役を演じさせて見栄を張っているだけ…………そんな状況で、1人あの子が幸せになっていく様をむざむざ見せつけられる…………そんな式場で、私は正気を保っていられる自信がありません…………」「…………」な ん じ ゃ そ り ゃ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ っ ! ! ! ! ! ?思わずそう叫びたくなった俺だったが、それを寸でのところでぐっと飲み込む。…………オーケー? 落ち着いて状況を整理しようか?つまりはこう言うことか?①刀子先生は、素直に『俺は欠席』ということで菊子さんの挙式に臨もうとした。②挙式に先立って、ドレスの試着をした刀子先生。③いざ結婚式へ、と考えて、ふと自分の状況を鑑みた刀子先生。④1人で菊子さんの結婚式に出席=独り身の現実を思い知らされる+菊子さんが幸せになる姿を見せられ焦燥感を駆り立てられる。⑤…………あれ? このままじゃ私、式場でスパーキンッ!!!! するんじゃね?⑥よし、そうならないために、小太郎に付いて来てもらおう。…………と、こう言うことか?ま、まぁ確かに、今日の今日まで先生が挙式について俺に何も教えなかったことに対して、辻褄は合う。かと言って、それでいきなり俺を呼び出した理由としては、何とも得心し難い、というか、刀子先生らしくないものな気がしてならなかった。…………いや、気持ちは分かるよ?俺だって街を歩いてて、カップルばかりの公園とかカフェとか見たら、思わずリアル無双したくなるし、爆発しろって思うもの。だからって、そこで原因の一端である偽彼氏に付いて来てもらうって結論は、あまりにミステイクな悪寒だ。そう考えて、思わず絶句する俺。しかし…………。「…………そ、それに、小太郎と一緒に出掛けられる、恰好の口実でもありますし…………」「…………」ボソッと、恐らくは俺に聞こえないように言ったつもりだろう、刀子先生の呟きによって、俺の疑問は今度こそものの見事に氷解した。これまで先生が並べ立てた理屈は、恐らく建前だ。彼女の目的は『合法的に俺と出歩く口実を作ること』にあったと見て間違いない。信じ難いことだが、刀子先生は木乃香や刹那達と同様、俺に心を寄せている節が、多々見受けられる。前述の偽装カップルの下り然り、麻帆良祭の学園全体鬼ごっこ然り…………刀子先生は何かと俺に執着を見せてくれた。今考えると、あの偽装カップルの一件以来、刀子先生は学校でもコンタクトをするようになったし…………。恐らくその原因は俺が『眼鏡をしていない方が可愛い』という旨の発言をしたからなのだろう。決定的なのは、刀子先生は彼氏役を終えた今でもなお、2人きりのときは俺のことを『小太郎』としたの名前で呼んでいること。…………何か、自分でこう分析してみると、何気にすげぇな俺。気付かない内に、こうやってフラグを乱立していたとは…………いつの間にこんなラブコメ体質になったんだ俺?もちろん刀子先生に好かれてるってのは素直に嬉しいけどね?しかしまぁ…………何度も言っているように、俺は今のところ特定の誰かと付き合うつもりはないしなぁ…………。それに…………かすみん然りだが、大人の女性って、変に大胆なところがあったりで怖い。流石に刀子先生は教師だし、俺に一服盛って既成事実を作ったり、なんてことはしないだろうが…………それでも恋愛経験で相手が上手なのは確か。魅了の魔力に後押しされた刀子先生のアピールに、俺の理性がいつまでも堪えれる保証なんてどこにもない。ぷつんっと逝ってしまった俺が、トチ狂って刀子先生に手を出そうものなら…………その結末は、ネギの性別がバレるのと大差ないものになるだろう。そんな恐ろしい予感が、俺の背筋を凍らせた。…………とは言ったものの、一度俺は、刀子先生の依頼を受けると言っちまったんだよなぁ。一度した約束を反故にするなんて、天が許しても俺のプライドが許さない。仕方がない…………ここは甚だ不本意ではあるが、俺の自制心に賭けてみることにしようか。俺は溜息を吐き、改めて刀子先生に向き直った。「話は分かったわ。つまり俺は『刀子先生の彼氏』んでもって『菊子さんの友人』として、菊子さんの結婚式に出席したら良えんやろ?」「は、はい。そ、それはそうなんですが…………ほ、本当に良いんですか?」自分で話を切り出しておきながら、刀子先生は今更ながらその無謀というか、無茶さ加減に気が付いたのだろう。了承する旨の発言をした俺に、目を白くとさせながらそう尋ねて来る。そんな彼女の様子に、俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。「センセには世話になっとるし、一応菊子さんにこうしてお呼ばれしとる訳やしな。せっかくなら直接出向いて祝ったりたいやろ?」「こ、小太郎…………あ、ありがとうございますっ」俺の言葉に、刀子先生は心底安心しきった様子で、そんな風に礼を言って来る。そんな彼女に、俺は手をひらひらさせながら、別に構わないと笑って見せた。「ところで、余り時間があれへん言うてたけど、式は何時からなんや?」「あ、はい。式は15時からなので、まだ大分時間はありますよ?」「は?」それじゃあ何で刀子先生はあんなに慌ててたんだ?もしかして、式場が遠いところにあったり?そう思って、招待状の裏面を覗く俺。予想通り、そこには会場周辺の縮図が記されていたのだが、こちらは予想に反して、式場まではここから電車で30分程度の距離しかなかった。…………じゃあなして、俺はこんなに急がされたんだ?「何故急がされたか分からないようですが…………小太郎、あなたその格好で式に行くつもりですか?」「あ…………!!」刀子先生にそう問いかけられて、俺はようやく自分の格好に気が付いた。普通男性は、結婚式などではフォーマルな服装。所謂、スーツやタキシードで臨むことが常となっている。ところがどっこい、未だ中学生の俺は、そんな正装用の衣服なんて持っていない。冠婚葬祭は、その殆どが学ランで出席すれば良いからな。流石は刀子先生、抜け目がない。「お分かり頂けたようですね。そういう訳ですから、式場に行く前にまずはあなたのスーツを買いに行きましょう。幸い、式場の近くには大きなデパートもありますから」「了解や。つっても、俺はその辺の感覚は全くあれへんし、殆ど刀子先生に任せてまうことになるやろうけど」「ふふっ。安心してください。最初からそのつもりですから。それと、今日は本当に無理を言ってしまいましたし、今度こそお代は持ちますので」「ほんならお言葉に甘えさせてもらいます」ぶっちゃけ、カードは親父に渡して来ちまったし、財布にはせいぜい学生の平均程度の現金しか入ってないからな。「それじゃ、早速行きましょうか?」先程までのおどおどした態度はどこへ行ったのか、急ににこにこと嬉しそうな表情になって、刀子先生は俺の腕のぐいっと引っ張る。「うおっと…………そ、そないに急がへんでも、まだ時間はかなりあるやろ?」慌てて立ち上がった俺は、刀子先生のそんな現金な様子に、思わず苦笑いを浮かべながらそう問いかける。しかし刀子先生は、神妙な面持ちになったかと思うと、びっと右の人差し指を俺の目の前に突き出し、こんなことを言った。「ダメです。せっかくなんですから、小太郎に一番似合うものを選びたいじゃないですか? そう考えたら、時間なんていくらあっても足りません」「さいですか…………」「はい♪ それじゃ、早く行きましょう」そう言って、上機嫌に俺の腕を引いて玄関へ向かう刀子先生。普段絶対に見れない、そんな刀子先生の可愛らしい一面を見れて、得をしたと思う反面、俺はこんな彼女の猛攻に一体いつまで耐えられるのだろうか、とそんな一抹の不安を抱える俺なのだった。―――――小太郎が刀子先生に連れられてデパートへと向かう数分前。SIDE Asuna......「…………えと、それでアスナさん。急に改まって話があるなんて、どうしたんですか?」屈託のない笑みを浮かべて、首を傾げながらそう尋ねて来るネギ。そんな彼女の様子に、私が尻込みしてしまったのは言うまでも無い。修了式を目前に控えた日曜日、私はネギと2人で駅前のオープンカフェを訪れていた。今日私がネギを呼び出したのは他でもない、彼女の寝相に関して、やんわりと注意するためだ。こないだのカラオケで、小太郎にそう約束しちゃったしねぇ…………。それに、あの後勘違いで小太郎を力一杯殴っちゃったし…………一応謝ったとはいえ、さすがにこれくらいしておかないと寝覚めが悪い。とは言ったものの…………やんわりってどうすれば良いわけっ!?「実はさ、あんた寝ぼけて小太郎のベッドに良く潜り込んでるらしいのよー」なんて軽い調子で言う?…………ダメだ。とてもじゃないけど軽い調子で話すような話題じゃない。「アスナさん? 具合でも悪いんですか?」「うっ…………」私が言いあぐねて黙っていると、不意にネギが心配そうに顔を覗き込んで来る。うぅ~…………し、仕方ない。あんまり黙ったまんまだとネギに心配かけちゃうし、ここは出たとこ勝負ってことで、素直に白状しちゃいましょう。私は大きく深呼吸をすると、真剣な表情でネギに向き直った。「じ、実は…………こないだ、図書館島であんたが寝ぼけて私の布団に潜り込んだじゃない? あの時の話なんだけど…………」「へ? …………や、やっぱりアスナさん、ま、まだ怒ってたんですか…………?」「ち、違う違う!! それは前にも言った通り、女同士なんだし気にしてないって!!」前回と同様、ぷるぷると叱られた子犬のように身を震わせて、涙目になるネギに、私は慌ててそれを否定した。…………前の時も思ったけどさ、ネギのああいう仕草はズルいと思うのよね…………何か、こっちが悪くなくても、悪いことしてるような気分になるというか…………。「ほ、本当ですか? え、えと、それじゃあどうして、今更そのお話を…………?」「…………」どうにか私が怒っていないと分かってくれたらしいネギに、ほっと胸を撫で下ろしたものの、改めてそう尋ねられると、やっぱり私は口ごもってしまう。が、頑張れ私…………!!そう自分に言い聞かせながら、私は再び話を切り出す。「あ、あの時ネギは『小太郎に抱きついたりとかはしてない』って言ってたじゃない?」「は、はい。毎朝ちゃんと、自分のベッドで起きてますから…………」「…………」全く持って無自覚な様子のネギに、私が再び意気消沈したのは言うまでも無い。…………あぁぁぁあああっ!! 何で小太郎のやつは、今の今までネギに何も言わなかったのよっ!!!?心の中で、そんな風に責任を小太郎へ押し付けてみたけど、実のところ、私はその理由もきちんと聞いているので、あまり意味は無かった。言い辛いなぁ…………。この1月くらいネギと仲良くしてて分かったんだけど、ネギは男の子として生活してきた割に、考え方は『女の子』よりだった。そんな彼女が、同年代の…………それも、客観的に見て『格好良い』部類に入る小太郎に、度々抱き付いているなんて知ったら…………。恥ずかしさの余り錯乱。下手したら首吊っちゃうんじゃないか、なんて物騒な考えまで浮かんで来てしまった。けど…………ここまで来たらちゃんと言わなきゃ。それに、これ以上ネギの寝相を放置してたら、小太郎の方が保たない気がするし…………。こないだだってあいつ、血の涙流すくらいストレス溜めこんでたしね…………。何かの拍子に、ぷつんっ、と逝って、ネギを手籠にしちゃはないとも限らない。そして、そんな最悪の事態を防げるのは、私以外にいなかった。意を決して、私はネギに今度こそ事実を伝えようと口を開いた。「じ、実は、ね? それは小太郎が、眠ってるネギを起こさないように運んで上げてただけで…………ネギ、結構な頻度で小太郎のベッドに潜り込んでるらしい、のよ…………」「…………え?」私の言葉を聞いた瞬間、目を点にして凍り付くネギ。そして、それから数秒間、彼女は沈黙を守り…………。「…………~~~~っっ!!!?」ボンっ、と音がしそうなくらい一気に顔を赤く染めて、声にならない悲鳴を上げるのだった。…………まぁ、こうなるのは分かってたけどさ。「う、うううううう、嘘だよっ!? え? えぇっ!? だ、だだだだってボク、ちゃんと自分のベッドで眠ってたもんっ!!」普段のネギからは考えられないようなテンパりようで、口調まで素に戻ってそんなことを言い出すネギ。いや、だからそれは、小太郎があんたを起こさないように運んでただけなんだってば。「と、というかっ!! だ、だったら何で小太郎君は、ボクが潜り込んで来た時点で起こしてくれなかったのさっ!!!?」素の口調のまま、ここにはいない小太郎に向けて、そんなことを叫ぶネギ。ま、まぁ気持ちは分からなくもないけど。実際、小太郎に話を聞いたとき、私も似たようなことを考えたし。けど、それにはきちんとした理由があったんだから、さすが小太郎と舌を巻いちゃうわよね。「あー…………もし潜り込んで来た時点であんたを起こしたら、小太郎が間近に居る状態に気が付いて、悲鳴とか上げちゃいそうでしょ?」「へ!? あ、は、はい…………た、多分、あげちゃうと思います…………」「そうなっちゃったら、あんたの声を聞き付けて、人が来ちゃうかも知れないじゃない? あんたって寝る時はさらし巻いてないんでしょ? もし人が集まっちゃったら、それこそあんたの性別がバレちゃうかも知れない。そんな訳で、小太郎は眠ってるあんたを起こさないように気を付けてたみたいよ」「う、うぐっ…………そ、その理屈は分かる、とうか、むしろその状況できちんとボクに気を遣ってくれてたことに驚きを隠せません…………」驚いた表情で呻き声を上げるネギ。私もあんたの意見に全く同感よ…………。血涙流す程ストレス抱えて置きながら、こうも冷静に状況判断出来る辺り、学園長があいつをネギの護衛役に推薦した理由が、何となく分かる気がする。「そ、それにしたって、ボクが起きてる時に教えてくれれば良いだけの話じゃないですかぁ~…………」「それはそうなんだけど…………言い出し辛かったって言ってわよ?」「…………(////)」私が小太郎の言い分を代弁すると、再び煙を上げそうな勢いで赤面するネギ。同棲の私でもここまで言い辛かったんだから、男の小太郎はなおさらだったんだろう。…………そう考えると普段は人をおちょくったりして、気に食わないあいつだけど、何だか可哀そうな気がしないこともないわね。「あ~うぅ~…………あ、穴があったら入りたいぃ~…………と、というか、今日からどんな顔して小太郎君に会えば良いんだよぉ~…………」「…………」頭を抱えて、うりんうりんと悶えるネギを、私はただ黙って見守ることしか出来なかった。ま、まぁ、これでネギも少しは気を付けてくれる、わよね?というか、これで状況が改善してくれなかったら、最早私には打つ手なんてないし。肩の荷が下りたのを感じて、私は大きく溜息を吐くのだった。…………ネギが悶え苦しみ初めて10分程が経過した。最初こそ、小太郎に合わせる顔がないって言って、涙目になりながら錯乱していたネギ。しかしながら、今更悩んだってしかたが無いことだと気が付いたらしく、とりあえず、今日帰ったら小太郎に謝ることにしたみたいだ。「それはそうと…………あんた、小太郎と離れてて良い訳? 一応、あいつってあんたのボディーガードなんでしょ?」自分で呼び出しておいてなんだが、ふと気になって私はそんなことを尋ねてみた。「あ、はい。もちろん、ボクは一人で麻帆良の外に行ったりするのは、出来るだけ控えるように言われてます。麻帆良の中でも、あまり小太郎君と離れて行動するっていうことはありませんね」「げ…………そ、それじゃ、やっぱりあんまり小太郎と離れてるのは良くないってことよね?」ネギの説明に、私はさっと顔から血の気が引いて行くのを感じた。しかしネギは、そんな私ににこっと笑みを浮かべると鞄を取り出す。「小太郎君には小太郎君の生活があるので、別に四六時中一緒って訳じゃありませんよ? それに小太郎君と離れてる時は、この子が一緒に居てくれますから」「わんっ!!」「へ…………?」笑顔とともにネギが取り出した鞄。その中からひょこっと顔を覗かせた黒い子犬に、私は見覚えがあって、思わず絶句してしまっていた。う、嘘…………この子って、出会った時と全然大きさが変わらないけど、やっぱり…………。「ち、チビっ!?」「わんわんっ!!」そんな私の言葉に、返事をするかのように吠える子犬。ま、間違いない…………この子は、1年の時に拾った子犬。小太郎の愛犬のチビだ。け、けどどうして子犬のままな訳?あの後も何回かチビには会ったけど、確かに普通の大型犬と一緒くらいの大きさには成長していたはずだ。にも関わらず、今目の前にいるチビは、拾ったときと同じ子犬の姿…………。訳が分からなくて、私はただただ目を白黒させるばかりだった。「あ、そう言えばアスナさんはチビ君が魔犬だって知らないんでしたっけ?」「ま、まけん? な、何それ?」私が余りにも不思議そうな顔をしていたのだろう。それに気が付いたネギは、そんなことを尋ねて来てくれた。「はい。チビ君は普通のわんちゃんじゃないんです。小太郎君のような魔族に類される、魔犬と呼ばれる魔界の犬なんですよ」「ま、魔界の犬…………?」「詳しいことは小太郎君にも分からないらしいんですが、親とはぐれてこちらの世界に来てしまったみたいで…………ちょうど使い魔を欲しがっていた小太郎君は、この子と契約して、育てることにしたんだそうです」説明しながら、ネギが頭を撫でると、チビは嬉しそうに目を細めて喉を鳴らしていた。…………なるほど、それで小太郎のやつ、あの時チビを飼うってすんなり決めた訳ね。けど、それにしたって疑問が残る。チビが普通の犬じゃないことは分かったけど、それでも何で子犬の姿になっちゃってる訳?そんな疑問が顔に出ていたのか、ネギは私が尋ねる前に、こんな説明をしてくれた。「さっきも言った通り、チビくんは普通の犬じゃありません。それにかなり賢いらしくって、小太郎君が使ってる魔法の内、いくつかを覚えちゃってるらしいんですよ。小太郎君が本来の耳を魔法で隠しているのは見ましたよね? 今チビ君が子犬の姿になっているのは、その魔法の応用なんだそうです」「へ、へぇ…………改めて思うけど、魔法って便利ね…………」「あははっ。確かにそうですね。それにチビ君の場合、本当の姿になっちゃうと5m以上あるから、大騒ぎになっちゃいますし」「ごっ!!!?」何でもないような雰囲気で、ネギが言ったチビの本当の大きさに、私は思わず言葉を失った。ご、5mって…………ちょっとした怪獣じゃない…………。けどなるほど…………確かにそれなら、小太郎の代わりとして、ネギの立派なボディーガードになる訳だ。妙に納得して頷く私。すると、ネギは更にこんなことを付け加えた。「それから、さっきも言った通り、チビ君は小太郎君と儀式契約を交わしてますので、ボクに何かあったら、チビ君を通して小太郎君に伝わるんだそうです」「ボディーガード件、防犯ブザーって訳か…………凄いわねチビ」「わんっ!!」私が褒めていることに気が付いたのか、チビは嬉しそうに一吠えした。一先ず、ネギが1人で居ても心配がいらないと分かって一安心した私。とは言ったものの、余り長時間こうしてネギと2人きりでいると、またあらぬ疑いを掛けられないとも限らない。そう思って、席を立とうとした、ちょうどその時だった。『ちょっ!? そないに引っ張ったら歩き辛いがなっ!?』聞き覚えのある声が、慌てた様子でそんなことを言っている。驚いて振り返って見ると、オープンカフェの前にある通りを一組の男女が歩いているのが目に入った。女性の方は…………どこかで見たことある気がするんだけど、思い出せない。男性の方は、どこかで見たことがある、っていうか、どこなく小太郎に似ているような気がする。そんな2人は、男の方が女の人に引きずられるみたいにして、ばたばたと駅へと向かっていた。あの人カッコ良かったのに、意外と尻に敷かれるタイプなのかしら?そう思うと何だか可笑しくて、私は思わず笑顔を浮かべながら、ネギにこんなことを言った。「なんかあの人、小太郎に似てたわね?」「…………いえ、似てるというか、間違いなく本人ですよ、あれ」「わんわん!!」「…………は?」冗談めかして言った私に、ネギは顔を真っ青にしながら、チビは嬉しそうにそう答えた。「ほ、本人って、全然背丈とか雰囲気が…………って、もしかして、魔法…………?」言いかけて、私はふと気が付く。そう言えば、チビが姿を変えているのは、小太郎の使う魔法を覚えてしまっているからだって言ってた。それはつまり、小太郎も自由に自分の外見の年齢を変えれるということではないか?そう思った私に、ネギがしっかりと頷く。…………あ、あの女っ誑し…………同級生ばかりじゃ飽き足らず、あんな大人の女性まで引っかけてるなんて…………。こないだのパルの件は勘違いだったにしても、やっぱり女の敵じゃない!?そんな理不尽な憤りを感じていた私だったけど、ネギが放った一言で、事態がより最悪の状況であることを思い知らされる。「こ、小太郎君と一緒に居た女性…………いつもと雰囲気は違いましたけど、間違いなくボク達の担任です…………」「え゛っ…………!?」た、担任の、先生…………?そ、それっていろいろとマズいんじゃないのっ!!!?「け、けど、何か理由があるのかもしれませんしっ!! 葛葉先生は、凄く真面目な方ですから、何の理由も無く、あんな風に小太郎君とで、でで、デートをしてるとは、お、思えませんし…………」しどろもどろになりながら、自信無さ気にそんなことを言い出すネギ。ま、まぁルームメイトと担任の先生が、休日にラブラブデートをしてるところに出くわしたら、冷静でなんていられないわよね。…………それにしても、本当に何か理由があるのかしら?ふとそんな疑問が頭に過ぎる私。言うまでもないと思うけど、小太郎はあれで、頼りになることもあって、結構モテる。しかしながら、今の今まで、あいつが特定の女の子と付き合っているという話は、本人からを含めて、聞いたことがなかった。…………もしかしてそれは、あの先生と小太郎が付き合っていたからなんじゃない?鎌首を擡げてしまった興味を、私はどうにも抑えることが出来そうになかった。「ネギ、チビっ!! 追いかけるわよっ!!」「え、えぇーーーーっ!!!?」「きゃんきゃんっ!?」私の提案に、驚いたような声を上げる2人。そんなこともお構いなしに、私は伝票を手に持つと、駆け足でカウンターへと向かうのだった。…………フフフ、見てなさいよ小太郎。これまで散々からかわれて来たお礼に、あんたの密会現場を、しっかりと見届けてやるんだからっ!!!!SIDE Asuna OUT......