「我流炎術!! 曼珠沙華!!!!」―――――ゴォッ!!!!「ぅ熱っ!!!?」霧狐の放った焔を、寸でのところで回避する俺。しかし、俺が封印を解いた辺りから、めきめきと力を伸ばして来てる彼女の一撃は、かわしてもその余波が十分な熱気を持っていた。「まだまだぁっ!!!!」―――――ヒュウンッ!!!!俺が回避した先目がけて、容赦なく振り抜かれる霧狐の爪。回避は間に合わないと判断した俺は、その一撃を影斬丸の鎬で受け止めた。―――――ガキィンッ!!!!「っっ!?」「甘いわ」驚きの表情を浮かべた霧狐に、底意地の悪い笑みを浮かべてそう吐き捨てる俺。しかしその直後、俺は真後ろから迫って来る殺気に、思わず右手を翳して叫んでいた。「狗尾(イヌノオ)!!!!」「斬岩剣!!!!」―――――ガキィンッッッ!!!!火花を散らし、狗神の盾を切り裂かんとする刹那の得物。さすがは刹那。俺の意識が霧狐へと集中したその瞬間、その隙を見逃さずに攻撃を仕掛けて来たか。終了式を目前に控えた今日、俺たちはエヴァの別荘内で手合わせを行っていた。普段は1対1で行う手合わせを、今日は俺に対して刹那と霧狐のダブルチームで挑むと言う異色なものとなっている。さて、話を戻そうか。左側には、影斬丸を押し切らんとする霧狐。右側には、狗尾を切り裂かんとする刹那。一瞬でも気を抜けば、どちらかが確実に俺を仕留めるであろうこの状況。確かに、少し前の俺なら八方塞りに苦しむところだ。しかし…………今の俺は一味違う。ニヤリ、と口元を歪めると、俺は全身に魔力を集中させた。「っっ!? 霧狐さん!! 離れて!!」「へっ!? う、うんっ!!」俺の意図に気が付いた刹那が、霧狐へと退避を命じる。その直後。「咆哮(トオボエ)」―――――ゴォォォォォオオオオオッ!!!!俺が歌うように告げた瞬間、周囲に巻き起こる漆黒の竜巻。それが2人を切り裂く前に、刹那と霧狐は俺から大きく飛び退いていた。…………もっとも、俺にとってそれは計算通りの行動なのだが。「お、お兄ちゃんエグっ!!!?」俺が放った攻撃に、顔を青くしながらそんなことを叫ぶ霧狐。刹那の呼びかけもあり、彼女は何とか窮地を脱した…………かに見えた。―――――トンッ…………「ふにゃっ!?」背中に触れた感触に、可愛らしい悲鳴を上げながら振り返る霧狐。その視線の先に居たのは、意地が悪い微笑を浮かべた俺だった。「戒めの影矢」「うそぉぉぉおおおっ!!!?」霧狐は慌てて跳び退こうとするも間に合わず、悲鳴を上げながら、俺の放った影の縛鎖に捕らわれる。…………さて、まずは1人っ、と。霧狐を制したことで、一瞬とはいえ気が緩んだ俺。そんな好機を、彼女が逃す筈も無かった。「はぁぁあああっ!!!!」「っっ!!!?」―――――ガキィンッ!!!!いつの間に妖怪化したのか、純白の翼を広げ、俺に突進して来る刹那。咄嗟のことに対応が追い付かず、俺はそのまま数mを押し切られた。「くっ…………!! 魔法の射手、影の23矢!!」「っっ!?」俺が無詠唱で放った影の矢を、刹那は上空で弧を描き、ぎりぎりのところで全て回避して見せる。その優雅さたるや、今が戦闘中だと言うことを忘れて、思わず見惚れてしまいそうだった。そして、宙返りで得た速度を利用し、そのまま俺へと直進して来る刹那。彼女の握り、気の密度で次の攻撃を予測した俺は、咄嗟に彼女と同じ構えで影斬丸を握り直した。「神鳴流奥義…………!!」「見様見真似…………!!」「「―――――百烈桜華斬!!!!」」―――――キィンッ、キィンッ、キィンッッ…………!!!!「っっ!!!?」「はっ!!!!」自分が放つ無数の斬撃を、それを全く同じ軌道、同じ出力で捌く俺に、驚愕の表情を浮かべる刹那。最後の一閃を相殺された瞬間、彼女は溜まらず大きく距離を空けると、正眼に夕凪を構えて動きを止めた。「…………コピーできるのは、単純な技だけではなかったのですか?」にっ、と唇を釣り上げ、武人然とした笑みを浮かべた刹那は、俺にそんな問いを投げかけて来る。俺は獣の笑みを浮かべて、それに答えた。「この6年間で何百回と見て来た技や。さすがに完成度はまだまだやけど、それでも相殺くらいは出来ひんとな?」「ふっ。その器用さには本当に感服します。ですが…………私とて、成長していない訳ではありません!!!!」そう叫んだ瞬間、烈風を伴って膨れ上がる刹那の気。なるほど。確かに、彼女が今纏っている気の密度は、これまでの比ではない。普段ならば、そんな強敵との対峙に愉悦の笑みを浮かべてしまいそうなこの状況。しかし、すでにこの手合わせは勝敗の決したものとなっていた。「残念やけど、こん勝負はもう詰みやで?」「? 一体何を…………」言葉の意味が分からず、問い掛けようとした刹那。そんな彼女の顔の両サイドから、にゅっと伸びて来る1対の腕。―――――がしっ。「ひぁっ!?」その腕に顔をがっちりと掴まれた瞬間、刹那はおよそ彼女らしくない、可愛らしい悲鳴を上げた。そしてその腕にぐいっと引っ張られて、後ろへと引き寄せられる彼女の頭。その瞬間、彼女と対峙していた『俺』は、ぽんっと音を立てて消失した。「…………つぅかまぁえた♪」「へ…………?」訳が分からず目を白黒させる刹那。そんな彼女が見上げる先には、にんまりと笑う俺の姿があった。「~~~~っっっ!!!!!?」至近距離で無防備な表情を見られた恥ずかしさからだろう。俺と目が合った瞬間、刹那は一瞬にして耳まで真っ赤に染め上げるのだった。「お、驚きました…………一体、いつの間に分身と入れ替わったんですか?」未だに顔の火照りが納まらないのか、ぱたぱたと手で顔を仰ぎながら、そんなことを尋ねて来る刹那。「咆哮で障壁張ったときや。ついでに言うと、本体は強々度認識阻害符で気配を誤魔化しとってん」霧狐に仕掛けた結界を解呪しつつ、上機嫌で刹那に種明かしをする俺。ちなみに、その認識阻害符は楓直伝のものだったりする。麻帆良に来る前、例の手合わせで分身による伏兵にやられた刹那は、必要以上に俺の分身と転移魔法を警戒しているからな。普通に分身を使ったんじゃ、気配が増えた瞬間に伏兵は見抜かれてしまう。そこで俺は分身と入れ替わる瞬間、咆哮で目くらましを行って、本体は認識阻害符を使用しゲートへと隠れた。加えて言うなら、その強々度認識阻害符でも、攻撃を仕掛けようとした瞬間にはバレてしまうだろう。そんな訳で、今回の手合わせでは、敢えて攻撃を行わず、さっきのような意表を突く形で決着を付けたのだ。「に、認識阻害符…………そういう目的のものとは言え、あそこまで接近されて気付かないなんて…………」「まぁ、本場甲賀仕込みの特別製やさかい、気付かんのも無理あれへんて。それに、さすがに俺が攻撃しかけとったら気付けてたと思うで?」しょげかえってしまった刹那に、苦笑いを浮かべながらそうフォローを入れておく俺。それでも納得が行かないのか、刹那は相変わらず煤けた表情を浮かべていた。そうこうしている内に、霧狐を捉えていた影の鎖が、乾いた音を立てて砕ける。「んーーーーっ!! はぁ。ようやく自由になれたよ~」拘束から解き放たれた霧狐は、まるで寝起きの小動物のようにぐぅっと背伸びをする。「…………って!! 酷いよお兄ちゃん!! さっきの障壁、刹那が教えてくれなかったら、キリってばぐしゃーーーーっ!! ってなるとこだったよっ!?」彼女にしては珍しく、頬をぷうっと膨らませて講義の声を上げる霧狐。そんな彼女の様子に、俺は苦笑いを浮かべながら、ぽんぽんっと軽く頭を叩いた。「さすがにそんなグロいことになれへんよう加減はしとったで?」「えぇ~~~~? ホントにぃ~?」「ホンマやて。可愛い妹に怪我させるわけあれへんやろ?」俺はそう言って、今度は優しく霧狐の頭を撫でてやる。「うにゃ? うにゃ~~~~♪」すると霧狐は、気持ち良さそうに目を細めてされるがままになっていた。…………やっぱ狐って言うより猫だな。「3人とも~~~~!! 手合わせ終わたんなら、そろそろお弁当にせぇへん~~~~!?」そんな風に霧狐とじゃれていると、少し離れたところから木乃香の呼び声が聞こえて来る。別荘に入ったのは10時くらいだったし、そろそろ昼食の時間だ。程良く空腹を感じていた俺は、そんな木乃香の提案に素直に従うことにした。あれからすぐ、木乃香の用意してくれた弁当を平らげた俺たちは、例によって今日の反省点などをおさらいしている。普段なら呼んでもないのに付いて来て、いろいろと説教垂れてくれるエヴァは今日は不在だった。茶々丸の話だと、工房に引き籠って何かしらの魔法薬を作っているんだとか。…………それが桜通りの吸血鬼事件の複線であることは比を見るより明らかだったが、俺は敢えてその件はスルーすることにした。本当にエヴァが、俺の知っている通りネギと闘うつもりでいるなら、第3者である俺がそれを止めるのは、いささかルール違反な気がしたのだ。それに…………エヴァと対峙することは、今後、ネギが魔法使いとして成長していく上で大きなプラスになる。なので俺は、あえて桜通りの吸血鬼に関して触れないことを決めていたのだ。…………もっとも、多分にネギの成長とは別の、自分自身の目的もあったりするのだが、それを話すのはまた別の機会にしよう。「それにしても小太郎さん。また身体能力が上がっているようですが…………やはり図書館島で何かありましたか?」木乃香が用意してくれていた温かいお茶に口を付けながら、不意にそんなことを尋ねて来る刹那。結局、木乃香が行方不明となった後も図書館島に救援に来ることはなかった彼女は、その事件の全容を未だ知らずにいた。原作と違い、木乃香と和解している彼女なら、試験勉強などかなぐり捨てて木乃香を助けに来そうだと思っていたんだが…………。どうやら、そこにも学園長が介入していたらしい。きちんと木乃香に危険がないことを明かした上で、タカミチ伝いに刹那にこんな言葉をのたもうたそうな。『学年末テストで、平均点が60を下回ったら、即京都に強制送還じゃから』そんな訳で、刹那は木乃香の救援に向かうことは出来ず、お嬢様の護衛役を続けるために、必死の思いで勉強させられていたのだとか。合掌。「あ、やっぱ分かるんや?」「分かりますよ。何年一緒に研鑽を積んできたと思ってるんです? それに小太郎さん、百烈桜華斬の切り返し、手首の返しが間に合わないからって、力技で誤魔化していたでしょう? ちょっと前のあなたなら、そんな無茶は出来なかったはずです」「あ、あはは…………さすがにその辺のコツまでは、見てるだけやと分からんからな」余りに正確な刹那の分析に、思わず俺は苦笑いを浮かべた。まぁどの道、刹那と霧狐には図書館島で起こった出来事を詳しく話す気でいたし、ちょうど良いかな?そう結論付けて、俺はあの日の出来事を話すことにした。「…………えぇっ!? あ、あの狗族とまた闘ったんですか!?」俺が図書館で木乃香たちとはぐれていた時のことを離し始めると、まっさきに刹那はそんな悲鳴を上げた。まぁ、俺を1度ならず死なせ掛けた相手だ。彼女の反応にも頷ける。「せっちゃんもあん人と知り合いやったん?」驚いた刹那に、首を傾げながらそんなことを問い掛ける木乃香。若干顔を青くして、放心状態っぽい刹那の代わりに、俺は彼女の問いに答えてあげることにした。「あいつとは麻帆良に来たばっかのときに一回闘り合うてん。俺の胸に十字の刀傷があるん見たやろ? あれを付けた張本人や」「えぇ~~~~っ!? あ、あの人がコタくんを殺しかけたいう人やったん!? そ、そんな。ウチてっきり…………」「? 何や? あいつのことで、何や思い当たる節でもあったんか?」「へ? あ、いや。あの人の見た目とか、こう、雰囲気がな? せっちゃんと手合わせするときのコタくんそっくりやったから、もしかしてって」「…………」罰が悪そうな顔で、そんな自分の考えを口にする木乃香。さすがというか、彼女の洞察力には恐れ入る。ただ、まぁ…………俺って、刹那と手合わせする時、あんな凶悪な闘気を放ってんのか? と物悲しくはあるが。恐らく木乃香が今浮かべている表情は、俺を殺しかけた相手を、俺の肉親と勘違いしてしまった、そう思いこんだが故の反省のものだろう。しかしながら、彼女の考えは正解である。加えて、今の俺は奴が俺にとってどういう存在か、何の制限もなく口にすることが出来る。だから俺は、少し照れ臭く思いながらも、木乃香に向かってこう口にするのだった。「いや、木乃香の考えは合うとるで? あいつは…………間違いなく、俺の親父や」「「「っっ!!!?」」」俺の放った一言に、木乃香ばかりか霧狐と刹那までもが驚愕に目を剥く。そんな3人の様子が可笑しくて、俺は思わず微笑みを浮かべていた。「小太郎さん…………認めて、貰えたんですね?」「ん、まぁな…………」嬉しそうにそう言ってくれた刹那に、俺は何となく気恥しくてそっけない返事をしてしまう。「あーん!! やっぱそうやったんや~!! 分かってたら、ウチもコタくんと一緒に残って挨拶したんに~~~~っ!!!!」「…………」そんな刹那の傍らで、悔しそうにオソロシイことを叫ぶ木乃香さん。…………色んな意味で、彼女を置いて飛び降りたのは正解だったな。「ぱ、パパに会ったの!? パパ、キリのことは何も言ってなかった!?」噛みつかんばかりの勢いで、身を乗り出して来る霧狐。そんな彼女の期待に満ちた眼差しを一身に受けながら、俺はとてつもない罪悪感に駆られていた。「あー…………スマン。自分のことは、なんにも…………」「え゛!?」きらきらと輝いていた霧狐の瞳は、一瞬で絶望に染め上げられる。今にも泣きそうな表情になった霧狐に、俺は慌ててこう付け足すのだった。「しゃ、しゃあないねん!! 俺を息子やって認めてくれたんも、親父の魔力が底尽いて送り還される瞬間やったし!! そもそも、あいつ俺が自分に勝てへんかったら、何一つ答えてくれる気あれへんかったんやから!!」「うぅっ…………ぐすっ…………だからって、キリだけ退け者は酷いよぉ~…………ぐすっ…………」両目一杯に涙を溜めながら、そんな言葉を零す霧狐。俺だって何とかしてやりたいのは山々だが、そう簡単にあの風来坊臭い親父と霧狐を会わせる方法なんて…………。「ん? 待てよ? …………そうや!! もしかしたら、霧狐と親父を会わせたれるかも知らん!!」「っ!? ほ、ホントにっ!!!?」その瞬間、ぱぁっと明るい表情になる霧狐。そんな彼女の期待を裏切らないことを祈りつつ、俺はとある計画を頭の中に思い浮かべるのだった。「…………思てた通り、何とかなりそうやで?」今しがた貰って来たばかりの符をひらひらとさせながら、俺は待ってくれていた3人に笑みを浮かべてそう告げた。―――――霧狐と親父を惹き合わせる。先程自分でも考えていた通り、それは一見とても不可能なものに思える所業だ。しかしながら、奇しくも俺には、それを可能としてくれそうな、実に頼もしい友人がいる。前回、親父を召喚した張本人。大魔法使い、アルビレオ・イマその人である。1度はその所業に成功している彼ならば、或いは親父を召喚する術を持っているのではないか。そう考えた俺は、エヴァの別荘を出た直後、彼の住処へと向かった。そして事情を説明して、親父を召喚する方法を教えてくれと請うたところ…………。『あなたが召喚するのは、さほど難しくはありませんよ? この符にあなたの血を染み込ませて、魔力を注ぐだけでほぼ間違いなく彼を引き当てられるでしょうから』いつも通りの笑顔を浮かべて、アルはこの符を差し出してくれたのだった。何でも、特定の妖怪を召喚するには、その妖怪にゆかりの品を触媒とする必要があるらしい。地下迷宮で親父を召喚する際、アルはいつの間にやら採集していた、俺の頭髪を触媒にしたそうだ。…………本当に抜け目ねぇよな。抜け目がないと言えば、今回もいつもと同様、アルにはしっかりと対価を支払っている。今回も茶々丸提供『ますたー観察日誌』より『学園祭でミニ丈のチャイナ服を着て接客するエヴァ』のベストショットを進呈させて貰った。…………どんだけ、あの変態紳士はエヴァのことがお気に入りなのだろうか。以前アルの部屋を訪れた際にちらっと見たんだが、彼の本棚の一角には『微笑ましき福音』と書かれた厚手のアルバムが数10冊に渡って保管されている。『福音』という言葉が差す人物に、俺は1人しか心当たりがない。そして彼の背後に立たずむ、数10冊のアルバム…………。得体の知れぬ恐怖を感じた俺は、その中身が気になりつつも、それ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。話を戻そう。そんな訳で、アルから親父を召喚するための符を貰って来た俺は、3人が待つ女子校エリア郊外の森までやってきていた。何でエヴァのログハウスじゃないかと言うと、気が散って製薬の邪魔になるからってんで追い出されたのだ。他に行く宛ても無かった俺たちは、仕方なくこの雑木林の中に人払いの結界を張って、親父を召喚することにした。「さぁて、ほんならさくっと親父を召喚して、感動の再会と行きますか?」俺は自らの右親指を鞘からほんの少し抜いた影斬丸でぴっ、と傷付けると、そこから溢れた血を符へと押しつける。次の瞬間には、俺の親指に走った傷は、跡形も無く姿を消していた。そして、俺は躊躇い無く、符へと魔力を込めていく。俺以外の3人は、その光景を固唾を飲んで見守っていた。すると…………―――――ポウッ…………符は淡い光を放ちながら消滅し、その残滓が幾何学模様の魔法陣を描く。そして…………。―――――ズズッ…………「オイオイ…………この強引な召喚はアルのやつだな? こないだ呼び出したばっかで、一体何の用が…………って、小太郎?」いかにも面倒臭そうな表情を浮かべながら表れたのは、紛れも無く俺と霧狐の父親。狗族長、狂い咲きの牙狼丸だった。親父殿は、てっきり今回の召喚者もアルだろ思っていたのだろう。召喚主が俺だと分かった瞬間、驚いたように目を丸くしていた。「何だ何だ? 再戦か? 例の魔法が完成するにゃ、まだちっと早ぇだろ?」親父殿、どんだけ闘うことしか頭にないんですか?俺はあんまりな親父の言いように、思わず苦笑いを浮かべるのだった。「ちゃうちゃう。今回親父を召喚したんは、闘うためやのうて、どうしても自分に会わせたい奴がおったからや」「会わせたい? …………そうか。俺の息子だもんな。ちゃんと責任は取らにゃダメだぜ?」「自分と一緒にすんなやっ!!!!」明らかに、俺が不祥事を起こしたと勘違いしてる親父に、思わず力いっぱい怒鳴っていた。一瞬、本気でこないだの続きをやっても良い気がしたが、流石に霧狐の手前、そこは何とかぐっと堪えておく。…………俺偉い。溜息を吐きながら、俺は傍らでことの成行きを見守っていた霧狐を、ぐいっと自分の前へと引き寄せた。「わわっ!?」急に引き寄せられたせいで、そんな慌てた声を出す霧狐。ぽんぽんと、俺は彼女の頭を軽く叩きながら、親父へと向き直った。「自分に会わせたいやつっちゅうんは、この子や」「は? え? 何? 息子に女を紹介してもらうほど落ちぶれちゃ…………」またも不穏当な軽口を叩こうとしたクソ親父。しかし、どういう訳か親父の表情は、霧狐の顔を見た瞬間凍り付き…………。「~~~~っっ!!!?」次の瞬間、信号機でもこうはならないんじゃ、ってくらいに真っ青になっていた。そして…………。―――――シュンッ!!!!「「「「っっ!!!?」親父は、一瞬でその場所から姿を消した。はぁ!? いや、何でっ!?脈絡の欠片もない親父の行動に、驚きの余り、声も出なくなる一同。かく言う俺も驚きが隠せなかった。慌てて、親父の気配を探ろうとする俺。しかしながら、消えた親父の姿は、存外すぐに見つかった。「ふぉぉぉおおおお…………!! き、消えろ俺の身体ぁぁぁぁっ…………!!」「えぇ~~~~…………」俺と霧狐の真正面、雑木林のかなり奥に生えた、一本の木の影。そこには2年前と数週間前の2度、俺を半死半生まで追い込んだ戦闘狂の姿は無く、ただひたすらに、見えない何かに怯える情けない成人男性の姿があった。いや、本当にどうしたんですか!?「ぱ、パパ…………?」俺と同様、状況が飲み込めないのだろう。驚きを隠せない様子で、親父に呼びかけ、一歩踏み出そうとする霧狐。その瞬間。「~~~~っ!?(ビクゥッ!!!!)」親父は目に見えて身体を大きく震わせた。これは間違いない…………親父のやつ、何でかは知らないが、霧狐にビビってやがる。しかし、本当にいったいどうして…………?そんな疑問に首を捻る俺だったが、その答えは、思っていたより早くもたらされた。「な、ななな、何でお袋がここにいんだよっ!? せ、1000年前に死んだじゃん!? 俺がちゃんと弔ったじゃん!? 世界で一番高い所に葬れって言うから、俺が骸抱えてエベレスト最高峰、チョモランマを装備無しで登頂したじゃん!? 俺超頑張ったじゃん!!!?」がたがたと震え、両目一杯に涙を浮かべながら、そんなことを叫ぶ親父。どうやら、親父が霧狐に怯えている理由は、彼女の容姿が彼の母…………つまるところ、俺らの祖母に瓜二つだからなのだろう。つか1000年前って…………親父いくつだ?そしてお祖母様…………チョモランマに葬ってって、どんだけ暴君だったんだよ?親父の反応を鑑みる限り、どうやら俺たちの祖母は相等にとんでもない御仁だったようだ。ともあれ、親父が霧狐に怯えている理由は分かった。後は誤解さえ解けば何とかなるだろう。そう思った俺は、霧狐にこう提案した。「霧狐、ちょお後ろ向いてくれ」「へ? あ、う、うん」俺の提案通り俺の方へと振り返る霧狐。現在彼女は幻術を解いているため、彼女のスカートからは3本の黄金色の尾がひょこっと顔を覗かせていた。「親父~~~~っ!! よぉ見てんか~~~~っ!! こいつの尾っぽ、3本しかあれへんがな~~~~っ!!」「へ…………?」俺の呼びかけに、親父は恐る恐る木の影から顔を覗かせると、まじまじと、霧狐の尻尾を凝視する。すると…………。「1本、2本、3本…………マジでか!? 何で2本足りねぇんだ!?」「そりゃ別人やからや…………」未だ状況が理解できないらしい親父に、俺は溜息を零しながらそう答えた。…………ダメだこりゃ。祖母さんへの恐怖心故だろうが、この親父、きちんと説明しないと分かってくれそうにない。感動の再会を演出しようという考えを捨てた俺は、霧狐をもう一度親父の方へ向き直らせる。「こいつは自分のお袋やのうて、自分の娘!! でもって、俺の腹違いの妹の霧狐や!!」「む、娘…………? て、てーことは、何か? そのお袋の生き写しみたいな嬢ちゃんは、霞深と俺の…………?」ようやく、霧狐が何者か理解したのだろう。親父は木の陰から完全に出て来ると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。その様子を見ていた霧狐は、わなわなと肩を震わせ、そして…………。「パパぁっ!!!!」感極まったのだろう。涙で濡れた声で親父を呼ぶと、弾かれたみたいに駆け出していた。「っっ!!!?」未だに霧狐の容姿がおっかないのか、そんな彼女の様子を見てびくりと身を堅くする親父。しかし、今度はそこから逃げ出すことはなく、親父はゆっくりと両手を広げる。そして…………。―――――ぎゅっ…………自分の胸に飛び込んで霧狐を、優しく抱き止めていた。その状況を見守りながら、俺たち3人は安堵の溜息を零す。…………少々、予定は狂ったものの、これで何とか感動の親子再会は為ったか。「パパぁ…………ぐすっ…………会いたかったよぉ…………ぐすっ…………」「あ、あ~…………今までほったらかしで悪かったな?」嗚咽を零しながら、親父の胸に顔を埋める霧狐。そしてそんな彼女の頭を撫でながら、罰が悪そうにそう呟く親父。2人の様子を見て、俺は何だか、胸が温かいもので満たされて行くのを感じるのだった。