…………どうしてこんなことに。なんて憂鬱に思っていた謎の合コンだったが、俺の心配は結局のところ杞憂に終わってしまっていた。そもそも、女子部の連中がカラオケに来た理由は『テストの打ち上げ』と『ストレスの発散』である。そんな訳で、いきなり自己紹介で始まるという、どう考えても合コンとしか思えないようなスタートを切ったこの企画。しかし、そんなスタートに反して、すぐさま女子部の連中は本気で熱唱し始めた。そんな女子部の連中に触発されて、男子部のバカ四天王+1もこぞって曲を予約し始めたため、ゆっくり話しをするような雰囲気は完全に消失してしまっている。…………ま、まぁ飲み屋とかじゃないし、最初から予想出来た展開ではあったな。「好きだよんよんよん♪ とまぁんなぁいっ♪」「やぁやぁやぁ♪ らぶぅパンチっ♪」そういう経緯もあって、俺は安堵の溜息を零しながら、ノリノリで歌う明日菜と木乃香を見つめていた。一番問題視していた2人がこんな調子なんだし、本当に俺の心配し過ぎだったみたいだな…………。「あははっ。2人ともお上手ですね」そんな俺の隣では、ネギが楽しそうに笑って、振付けまでバッチリにこなす2人にそんな賞賛の言葉を送っていた。明日菜と木乃香に、心底感動したみたいな言葉を送っているネギだが、実のところ一番すげぇのはこいつである。…………何で、往年のJ-POPSを完璧にマスターしてんだよ?先程彼女が選曲したのは、某日本人女性アーティストの名曲。日本では当時10代の女性に絶大な指示を得たその曲は、ネギは完璧なまでに歌いこなして見せたのだ。…………俺がフォローにばっか入ってるせいで分かり辛いけど、ネギって本当に完璧なんだな。これで戦闘能力まで得た日にゃ、本当に手が付けられなくなりそうだ。「「だいすっきスっ♪ 君にキッス♪」」そうこうしている内に、明日菜と木乃香の曲が終了する。曲の演出が終わり一気に明るくなった室内では、みんなが2人に手放しで称賛を浴びせていた。「あ、次の曲、ボクのですね」ステージを降りて自分の席に戻る2人と入れ違いに、意気揚々とステージへ登って行くネギ。さて、そんじゃ俺もそろそろ何か入れるとしますかね?つっても俺、ぶっちゃけアニソンくらいしか歌えねぇんだよなぁ…………。しかもかなり濃い目の。そんなことを考えながらデンモクを弄る俺。お? こっちの世界にもJ●Mprojectあったのか…………。今考えてみると、このときの俺は柄にもなくテストが明けたことで、他の連中同様浮足立っていたのかもしれない。何せ、今回この企画が実行されるにいたった、その元凶の存在をすっかり忘れてしまっていたのだから…………。「こぉの世界がぁ闇にぃ~い♪ 染まる前にぃ~い、この想いをぉ~♪」思わず聞き惚れてしまいそうな美声で熱唱するネギ。そんな彼女の声をBGMに、俺は自分が歌う曲を選んでいた。ちょうどその時。「やほっ♪ 小太郎君、ちょっと隣良い?」「へ…………?」急に声を掛けられて顔を上げると、にんまりと含みのある笑顔を浮かべたハルナと目が合った。…………ジーザス。「…………別に構へんけど」「んじゃ、失礼しまーす♪」俺が両省の意を示すと、やたら上機嫌で俺の隣に腰を降ろすハルナ。わ、忘れてた…………。今回の状況を考えれば、最も注意すべきは、明日菜でも木乃香でもなく、彼女だったのだ。しかし、まさか状況を引っ掻き回すのではなく、自ら俺に近付いてくるとは…………。念のためにと、退路を確保するため出入り口に最も近い位置に陣取っていた俺。とは言え、20人部屋に14人で入ったと言うこともあり、俺の左隣には若干のスペースがあった。ハルナのやつは、そのスペースにするりと身を滑らせて来たのだ。さっき明日菜達が歌ってる途中でドリンクを取りに行ったのはこのためか…………。恐らく彼女は、俺が警戒を解く瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。そこで、もっとも危険視していた2人が楽しげに歌っていて、それを見た俺が安堵の溜息を零したあの状況を見て、彼女は行動を開始したに違いない。…………原作でもそうだったけど、中学生とは思えない知恵の回り様だな。まぁ接近を許してしまった以上しょうがない。ここは適当に会話に付き合って、適当なところで切り上げるしかないだろう。そう思いながら、俺は彼女が話題を振って来るのを待ちながらデンモクと睨めっこを続けていた。「で? 一体誰が本命なの?」「ぶふぅっ!!!?」…………いきなり直球で来た!!!?予想外の事態に思わず吹き出してしまった俺。慌ててテーブルに置いてあったウェットティッシュの封を切ると、それで口元を拭いながら俺はハルナにじとっとした視線を向けた。「…………藪から棒になんやねん?」「ありゃ怒っちゃった? ゴメンね、私ってこーゆー話題に目が無くってさ。もし答えにくいなら答えなくて良いよ?」俺の様子を怒っていると勘違いしたハルナは、苦笑いを浮かべながらそんなことを言って来る。まぁ、別にこんなことくらいで怒ったりはしないけども。むしろ、自分の欠点を欠点と認めて、素直に謝れるところは彼女の美徳だと思うし。…………最初から自重してくれたら言うことなかったんだけどな。そんなことを考えながら、俺は小さく溜息を吐いた。「別に怒ってへんよ。ついでに答えとくなら、格別に好意を寄せとる相手っちゅうんはおれへんな」正直にそう答える俺だったが、しかしハルナはその解答では納得しなかったらしい。へぇーなんて気のない返事をしながら、彼女はこんなことを言い出した。「けど、小太郎君なら選びたい放題なのにどうして? 少なくとも、この中に2人は君のこと好きな女子がいるわけなんだし」「あけすけにそういうことを…………つか、俺が気付いてへんかったら大事やぞ?」「それが分かるってことは、気付いてるってことでしょ? それくらいのことに気付けるくらいは人を見る目はあるつもりよん?」「…………」あんまりな彼女の言い様に、思わず沈黙してしまう俺。…………何て言ったら、こいつは納得するんだろうな?ちなみに、ハルナが言ってる2人ってのは、間違いなく木乃香とのどかのことだろう。「まぁ私としては、どっちも友達だしどちらかを応援ってのは出来ないけどさ。一応、その相手の意志は知っておきたいなぁ、なんて思っちゃった訳よ」「そら面倒見の良いことで…………」おかげでこっちは胃が痛いんだけどな。「けど、そこまで友達想いな自分なら聞いとるんとちゃうか? 俺は今、恋愛なんてでけへん理由があるっちゅう話を」事情を隠す必要を理解している木乃香はともかく、のどかならそのことをハルナに伝えていても不思議ではない。そう思って問い掛けたのだが…………。「それがそもそも分かんないのよねぇ? 噂を聞く限りじゃ、小太郎君って部活に入ってる訳じゃないんでしょ? それなのに、何でか並みの運動部員より遥かに強い今もずっと身体を鍛え続けてる…………そうまでしてやらなきゃいけないことって何な訳?」「…………」どうやら彼女は、それを知った上で俺に質問を浴びせていたらしい。ハルナの問い掛けに、俺は押し黙ってしまっていた。恐らく、この時の俺は酷く空虚な表情をしていたに違いない。感情を映さなくなった俺の瞳。そこに映し出されているのは、幾度となく夢に見た、燃え盛る故郷の姿と…………。『―――――必ずわいを殺しにこい、小太郎』歪な笑みを浮かべて、俺にそう言い捨てる兄の姿だった。ハルナが問い掛けた、俺のしなくてはならないこと。それに対する最も明瞭で正確な解答は酷く単純なものだろう。―――――復讐。言葉にすれば僅か2文字の、酷く簡潔な答え。しかしそれを、一般人に対して口にすることは出来なかった。「…………悪いな。事情があってそれは教えられへんねん。せやけど、俺がそれをせなあかんことは間違いあれへん。せやないと俺は、ずっとそこから動けへんまんまになってまうんや」「…………」答えになどなっていない、俺のそんな呟き。しかしハルナは、そこに俺が込めた思いが重く真剣なものであることを汲んでくれたのだろう。黙したまま、俺の言葉を聞いてくれていた。やがて彼女は、小さく溜息を零すと、諦めたように苦笑いを浮かべて、ソファーに深く背中を預けた。「…………そっか。事情があるんじゃしょうがないよね。けど、小太郎君が真剣に答えてくれてることは分かったよ」「…………」そしてそんなことを口にするハルナ。俺はそれに答える言葉を持たなかった。否、答える必要を感じなかったというのが正解か?恐らく彼女には、俺の真摯な想いは伝わったと思うから。「まぁ一先ずは、小太郎君が思った以上に真面目そうで一安心って感じかな? …………そのやらなきゃいけないことが終わったら、ちゃんと2人に答えてあげよね?」今までと打って変わって、とても優しげな表情を浮かべてから、ハルナは俺にそんなお願いをする。なるほど…………この一連の下りは友人を預けるに足る男かどうか、彼女なりに俺を試していた訳か。今浮かべている優しげな表情。それこそがきっと、ハルナの素の顔なのだろう。そう考えると、変に身構えてビクビクしていた自分が情けなく思えてくるな。俺は自嘲気に苦笑いを浮かべて、彼女の問い掛けに頷いた。「おう。そんときゃ、必ず答えを出したるわ」少しお節介で悪戯好き。そんな友達想いな少女に向けて。俺の答えに満足したのか、ハルナは満面の笑みを浮かべると、すっと席から立ち上がる。「さてっ、そんじゃ私は、小太郎君が答えを出すまで、せいぜい状況を引っ掻き回して楽しむとしましょうかね?」「は…………?」立ち上がったハルナが放った一言に、俺は思わず目が点になった。…………こ、このアマぁ…………人がせっかく感心してたのに、本音はそっちかよっ!?俺の感動を返せ!!!!納得が行かず抗議の声を上げようとした俺だったが、それより早くハルナはテーブルを挟んで反対側、先程まで自分が座っていた席へと戻って行ってしまうのだった。そんな彼女と入れ違いに、歌い終えたネギが、先程までハルナが座っていたのと俺を挟んで反対の席へと返ってくる。「えへへっ。ボクの歌、どうだった小太郎君?」「へ? あ、いや…………」無邪気な笑みを浮かべて、俺にそう問いかけて来るネギ。しかしながら、俺はそんな彼女に何も言葉を掛けることが出来なかった。…………ハルナとの会話に気を取られてて、途中から全く何も聞いてなかったもんなぁ。そんな俺の様子で事情を察したのだろう、ネギは少しむっとした表情を浮かべて、彼女らしからぬ乱暴な仕草でどかっとソファーに背中を預けた。「もぉ。さては、ハルナさんとの会話に夢中になってて聞いてなかったな? 一体何の話をしてたのさ?」じとっとした目で俺を睨みながら、拗ねたような口調でそう問い掛けて来るネギ。どう答えた迷った挙句、俺は頬を書きながら、彼女にこう答えた。「…………何や、何事も曖昧にしとくんはあかんなって、そんな話や」「???」俺の言葉の意味が分からなかったのだろう、ネギは眉を顰めながら不思議そうに首を傾げるばかりだった。「ちょっと飲み物取って来るわ」カラオケ開始から1時間が経とうかという頃、不意に明日菜がそんなことを言って席を立った。ちなみに、今歌ってるのは薫ちゃん。「おぉれとの愛を守るためぇっ♪ おぉまえは旅立ぁちぃ~♪ あしぃ~たをぉっ♪ みぃうぅしなったぁっ♪」そんな感じで、こちらもまたノリノリである。俺は俺で、次に歌う曲をどうしようかと、再びデンモクと睨めっこを続けていた。…………うむ、今日はこのままJA●しばりで行くか。ハルナの一件で、最早これから降りかかるかも知れない災難は気にしないことにした俺。そういう訳で、明日菜が席を立ったことに関して、全く持って何も考えていなかった。いなかったのだが…………。「…………」出入り口まで来て、ふと足を止めた明日菜。さすがにそのすぐ近くに座っていたということもあって、俺は思わず立ち止まった彼女へと視線を移す。すると…………。「…………(くいっ)」明日菜は俺と視線が合ったことを確認し、顎をしゃくって部屋の外を指した。恐らくは、表に出ろ、という意思表示だろう。…………ジーザス。どうやら明日菜のやつは、部屋に入る前に言っていたことを忘れてはいなかったらしい。ものっそい剣幕で俺に聞きたいことがあるとか何とか言ってたアレだ。周囲が歌に熱中し、且つ自分のドリンクだけが空になるタイミングをずっと見計らっていたというのか…………バカレッドの癖に、何と言う執念。そしてそのすぐ後、明日菜は部屋の外へと出て行ってしまった。…………これ、このままボイコットしたら良くね?一瞬そんな考えも頭に過ぎったが、俺は首を振ってその考えを掻き消した。そんなことをしたら、余計に彼女の怒りを増長させてしまうだけだろう。…………ここは覚悟を決めるしかないか。俺は盛大に溜息を吐くと「花摘んで来るわ」と言い残して、自分の席を後にするのだった。部屋の外に出て廊下へと進んでいくと、ロビーのソファーに腰掛けた明日菜の姿を見つけた。うわぁ…………物凄いプレッシャーを感じるんですが?俺は重たい足取りで、彼女が待つソファーへと歩を進める。そして俺は、彼女が座っているのとはテーブルを挟んで反対側の席へと腰を降ろした。「ようやく2人きりになれたわね? …………これであんたに聞きたかったことが思う存分聞けるわ」その瞬間、図書館島の地下で見せたのと同じ、禍々しい笑みを浮かべる明日菜。…………ジーザス。マジで、何だってんだ?明日菜に恨まれるようなことをした覚えは…………ない、こともない。怒り狂う木乃香をネギと彼女に押し付けて親父との激闘に身を投じたし、遭難中にもネギの件で彼女が何かしらの迷惑を被った可能性もあるし。むしろ罪状が多過ぎて予測出来ないこの状況に、俺はただ身を固くして判決を待つことしか出来なかった。「まず最初に…………小太郎、あんた私とネギに隠してることがあるんじゃない?」「自分らに隠しとること?」明日菜の問い掛けをオウム返しして、俺は首を傾げた。…………原作知識の件じゃないだろうし、一体何の話だ?金髪幼女のレアショットを多数保有してる件に、こないだ言ってた拉致&洗脳騒ぎなど、俺が彼女たちにしてる隠し事なんて枚挙に暇がない。しかしながら、その中でここまで明日菜の怒りを買う様なものが思いつかず、俺はひたすらに首を傾げるのだった。「まだシラを切るつもり? いいわ。あんたがその気なら私から言ったげる…………」煮え切らない俺の態度に業を煮やしたのか、明日菜はそこで台詞を区切ると、すうっと大きく息を吸い…………。「―――――どうして木乃香が、魔法を知ってるって隠してたのかしら?」ギンっと、視線だけで人を殺せそうな形相で俺を睨み、そんなことを口にしたのだった。…………バレてるー☆な、何でだっ!? 一体遭難中に何があったんだよっ!?…………なぁんて、大袈裟に驚いて見せたが、ぶっちゃけ大方の事情は想像に難くない。恐らく、木乃香の方からネギか明日菜にアプローチしてきたのだろう。普段はぽわぽわしてるが、木乃香はあれでかなりの切れ者だ。兄貴が初めて麻帆良に襲撃を掛けて来た時も、正直彼女の機転で何とかなったようなもんだし。ネギがトラップを解除している様子や、俺とネギがやたら明日菜と親密になってる様子から、魔法関連の事情があると推測したのではなかろうか。…………だから図書館島イベントは避けたかったんだよ。前にも示唆した通り、木乃香にネギが魔法使いだとバレれば、自然とネギと木乃香は親密になっていくだろう。そうなったら、いつ何の拍子に彼女の性別が露見するか分からない。それを未然に防ぐため俺は図書館島に同行したというのに…………。それもこれも、全部あのクソジジィのせいだ。そう考えると、あの程度の報復(全治1カ月)じゃヤキが足りなかった気がする。…………惜しいことをした。それはさておき、今は明日菜へ対する言い訳が先決だな。「まぁ隠し遂せるとは思てへんかったけど…………。簡単に言や、ネギのもう一個の秘密を隠すためや」「もう一個の秘密? それって、ネギが本当は『女』だってことよね? 何で私達に木乃香のこと黙ってたら、そのことを隠せるってことになんのよ?」俺の言葉に、明日菜は相変わらず般若の形相を止めようとはしない。原作でもそうだったけど、明日菜って一度怒りのスイッチが入ったら沈静化すんのに時間が掛かるよなぁ…………。俺は溜息を吐きながら、言葉を続けた。「良えか? ネギは女であることの前に、魔法使いって事実の方をひた隠しにしとる。せやから普通、一般人とは必要以上に仲良うなることはあれへんねん…………自分みたいなイレギュラーは別としてな?」「その理屈は分かるけど…………けど、木乃香は最初から知ってたんでしょ? だったら別に隠さなくても良いじゃない。しかも私は木乃香とルームメイトなのよ?」確かに彼女の言い分は最もだ。加えて言うなら、明日菜の怒りの原因はこの1ヶ月間、木乃香に魔法のことを隠しながら生活することを余儀なくされ、要らぬ心労を負わされたことにあるのだろう。ルームメイトである以上、他の誰よりも一緒にいる時間が長い彼女達。卓越した精神力と洞察力を持った木乃香だからこそ、この2年弱、明日菜に魔法のことを隠しながらの生活を送ることが出来ていた。しかしながら、明日菜はどちらかと言えば直情型で、良くも悪くも正直者。そんな彼女にとって、この1カ月がどれだけ過負荷なものだったかは想像に難くない。…………もっとも、俺は最初からそれを予想した上で、彼女にネギの相談役を依頼したんがな。「逆を言えばルームメイトやからこそや。これまで自分は『2つの隠し事がある』っちゅう意識で木乃香に接して来た。せやけど、その内1つがバレたら、自然と気が緩んでまう。そうなったとき、自分はついうっかり木乃香に『ネギが女』やって零してまわん自信があるんか?」「うぐっ…………そ、それは確かに、ちょっと自信ないけどさ…………」そこまでの説明を聞いて、明日菜はようやくこれまで纏っていた異様な怒気を納めてくれた。いつも言うけど、明日菜のやつは話が通じない訳じゃないんだよな。少し感情の制御が下手くそなだけで、こうしてきちんと順を追って説明すれば分かってくれる。…………言い方を変えると、話を聞いてくれないくらいに怒った場合は手が付けられないってことだがな。ともあれ、これで明日菜が怒ってた理由も分かったし一安心…………。「まぁそういうことなら、一先ず木乃香のこと黙ってたのは許したげる。だけど…………」「―――――もう一つの話次第じゃ、私はあんたを八つ裂きにするわ」…………ジーザス。安心しかけていた俺は、再び怒気を纏った明日菜の様子を見て、思わず神に祈った。つか何なんですか!?他に明日菜とネギに隠し事…………はいっぱいあるけど。しかし、ここまで明日菜の怒りを買う様な事やった覚えはねぇぞっ!?必死で記憶を遡るが、やはり思い当たる節はない。一体何だってんだ…………。「身に覚えがないって顔ね? …………じゃあ教えたげるけど、実は図書館島で遭難して2日目の朝、寝ぼけたネギが私の布団に潜り込んで来たのよ」「っっ!!!?」明日菜が放った衝撃の一言に、思わず身を固くする俺。…………ね、ネギのやつ!! よりによって一番やらかして欲しくない失敗を…………!!しかし待てよ? 明日菜はネギが女だって知ってるし、布団に潜り込まれたくらいで起こるとは思えない。よしんば、周りにネギと付き合ってると勘違いされたとしても、それを誤魔化すくらいは出来ただろう。そしてまた、それを誤魔化すために彼女が被った苦労だけで、ここまで俺に殺意をぶつけて来るということもないはずだ。…………じゃあ一体、どうして?「…………その反応ってことは、あんたやっぱりネギの寝相のこと知ってたわね!?」「っっ!? しまっ…………!!!?」しまった、そう言いかけて、俺は慌てて口元を押さえる。…………完全に明日菜の勘の良さを舐め切ってた。確かに、ネギはこれまで何度も俺のベッドに潜り込んで来ている。しかし彼女にその自覚はない。何故なら、彼女が目を覚ます前に、俺が必ず自分のベッドへと移動させてやってるのだから。恐らくネギに抱きつかれた直後、明日菜は本人にも、俺の布団に潜り込んでいないか確認をしたに違いない。そして恐らく、ネギはそれにNOと答えた。にも関わらず、明日菜は俺のことを疑っていた訳だ。…………女こえー。「信じらんないっ!! どーせネギが寝てるのを良いことに、い、いかがわしいこととかしてたんでしょっ!? さいってぇっ!!!!」「(ぴくっ)…………なんやとコラ?」俺がネギの抱きつき癖の被害にあっていたことを知り、顔を真っ赤にして怒鳴った明日菜。そんな彼女の一言に、さすがに温厚な俺もリミットブレイク寸前だ。『ネギにいかがわしいこと』だと…………?それが出来てんなら俺はこんなにも…………こんなにもストレスを溜めたりしてねぇんだよっ!!!!!!「言わしてもらうけどなぁ!? 俺はネギにいかがわしいことなんざ1ミリたりともしてへんからなぁっ!? 自分に分かるか!? あんな天使みたいな無防備な寝顔を見せつけられて。その上、あいつにがっちり身体をホールドされながらも、一切何も出来ひんまま、親切に上のベッドまで運んどる俺の気持ちがぁっ!!!!!!」「っっ!!!?」さすがに俺が逆ギレするとは思わなかったのだろう。怒鳴り散らした俺に、明日菜は目を白黒させていた。…………そう。最初にネギが俺のベッドに潜り込んで来た日。俺は自らの浅慮を省みて、彼女と真正面からきちんと向き合うことを誓った。そして今なお、俺はその誓いに則り、自分のベッドに潜入してきた彼女に対して、何一ついかがわしいことなんてしていない。神に誓ってだ。…………倫理的に見れば当然だと思うかもしれない。しかし、だがしかしだっ!!実際にそれを為すために、俺がどれだけ精神をすり減らしていることか!!この鋼鉄の精神力を褒められはすれど、今の明日菜みたいに、最低とまでこき下ろされる謂れはねぇ!!!!「一体何度『ちょっとくらい触ってもバレへんのとちゃうか…………?』と思ったことか…………けどな、そんなことを本当にしてみぃ? 俺は即、犯☆罪☆者☆ 問答無用で留置所行き。オマケに麻帆良からも永久追放や。そう自分に言い聞かせて、俺はこれまで堪えて来た!! それを自分は…………!!!!」俺の気も知らずに、最低とまで罵ってくれた明日菜。きっと、そんな彼女を睨みつける。顔を彼女に向けた瞬間、ぽたりとテーブルに落ちた雫は、俺の両の目から溢れ出した血の涙だった。立ち上がった俺はびっと、右の人差し指で彼女をさして、こう宣言する。「そんな俺の苦労も知らん癖に、自分に俺を非難する資格なんてあれへんわっ!!!!」「っっ…………!?」俺の余りの剣幕に息を飲む明日菜。気が付くと、俺は肩で息をしてしまっていた。…………し、しまった。俺としたことが、つい我を忘れて…………。しかし、これだけは分かって貰いたい。それだけ俺が、ネギの抱きつき癖によって、精神的に追い込まれていたのだということを。俺は滝のように流れ出る血涙を学ランの袖で拭うと、どかっと乱暴にソファーに座りなおした。「…………あ、う…………そ、その、ね、ネギには私からやんわり注意しとくから、げ、元気出しなさいよ?」「…………おおきに」さすがに俺が血涙まで流してしまうほど、真剣に追い詰められていたことを悟ったのだろう。あれほど怒りに身を震わせていた明日菜は、俺にそんな優しい言葉を掛けてくれたのだった。…………ともあれ、これで明日菜の怒りは納まったと見て良いんだよな?そう考えると、この鬱屈とした気持ちも少しは和らぐか…………。―――――しかし、この時の俺はまだ、気が付いていなかった。俺がこのとき、新たな問題の火種を生んでしまったという事実に…………。SIDE Haruna......「2人とも何処行っちゃったのよ?」ドリンクバーに行った明日菜と、トイレに行った小太郎君。どういう訳か、その2人はいつまで経っても戻ってこなかった。不思議に思った私は、ちょっと様子を見に行くことにしたんだけど…………。「ドリンクバーに明日菜はいないし、トイレに行く途中で小太郎君にも会わないし…………」まさかこっそりいちゃついてるってことはないわよね?あの2人からはラブ臭を感じられなかったし、そんなことはないと思うけど…………。まぁそれは無いにしても、同じタイミングで出てってこれだけ戻って来ないってことは、2人で何か話してるのかもしれない。となると、あと探してない場所といえばロビーくらいだ。そう思って、私はロビーを目指してんだけど…………。『言わしてもらうけどなぁ!? 俺はネギにいかがわしいことなんざ1ミリたりともしてへんからなぁっ!? 自分に分かるか!? あんな天使みたいな無防備な寝顔を見せつけられて。その上、あいつにがっちり身体をホールドされながらも、一切何も出来ひんまま、親切に上のベッドまで運んどる俺の気持ちがぁっ!!!!!!』「!?」不意にそんな叫び声が聞こえて来て、私は慌てて物影に身を潜めた。い、今のって、小太郎君の声だったわよね?それにしたって…………『ネギ君にいかがわしいこと』?良く分からないけど、とりあえず小太郎君はネギ君に対して湧き上がる欲求を抑えつけてるってこと?そ、そんなバカな。さっき話してる感じじゃ、小太郎君女の子に興味がないって雰囲気じゃなかったし、真剣に2人のことを考えてくれてる風だった。…………けど待てよ。木乃香と夕映の話じゃ、遭難してたとき、ネギ君が寝ぼけて明日菜の布団に潜り込んだって言ってたか。そんでもって、小太郎君はネギ君と同室…………頻繁にネギ君の抱き付きの被害にあっている恐れがある。ま、まさか…………?恐る恐る、物陰から顔を覗かせる私。するとロビーの待ち合い席に向かい合っている2人の姿を見つけた。明日菜は後ろ姿でどんな様子か分からなかったけど、小太郎君は…………血の涙を流していた。うわぁ…………は、初めて見た。人間って本当に悔し過ぎると血の涙が出るのねぇ…………。『一体何度『ちょっとくらい触ってもバレへんのとちゃうか…………?』と思ったことか…………けどな、そんなことを本当にしてみぃ? 俺は即、犯☆罪☆者☆ 問答無用で留置所行き。オマケに麻帆良からも永久追放や。そう自分に言い聞かせて、俺はこれまで堪えて来た!! それを自分は…………!!!!』私が覗いているとも知らず、更にそんなことを叫ぶ小太郎君。…………もうこれは間違いないわね。さっきも言った通り、小太郎君は決して女の子に興味がない訳ではないだろう。しかし、恐らく彼は『可愛ければ男の子でもいける』人なんじゃないだろうか?実際、ネギ君の容姿は群を抜いて可愛いし。さっき小太郎君が叫んでた通り、きっと寝顔なんて天使みたいなのだろう。そんな無防備な姿を曝されながらも、小太郎君は湧き上がる欲求を抑えながら、寝ている彼をベッドまで運んで上げていた。にも関わらず明日菜は、小太郎君がその状況でネギ君にいかがわしいことをしてるのでは? なんて指摘をしたに違いない。そこで、湧き上がる欲求を鋼の精神力で抑え、ネギ君に対して本当に何もしていなかった小太郎君は、ついブチ切れちゃったと…………多分それが大凡の顛末だろう。「恐れいったわ、麻帆中の黒い狂犬…………まさか、両刀使いだったなんて…………」まさに狂犬ね…………。明日菜と小太郎君は、まだ何事か会話をしていたけど、先程みたいに大きな声ではなかったので、もう私には聞き取れなかった。仕方なく、私は自分たちの部屋へときびすを返した。それにしても…………うふふ♪ 良いこと聞いちゃったわね~♪とりあえず、差し当たっては…………。「次回のイベントのネタは、これで決まりね!!」握り拳を作りながら、そう宣言する。そして私は、そのままスキップしながら部屋へと戻って行くのだった。SIDE Haruna OUT......思わず溜まりに溜まっていた不満を明日菜にしこたまぶちまけてしまった俺。その後、どういう訳か俺はしばらくの間、明日菜にネギとの共同生活によるストレスを愚痴った。…………あんま優しくされると泣きそうになるよね。そんなこんなで、一通り思いの丈を語ってすっきりした俺は、明日菜と一緒に大部屋へと戻った。何故かその時、ハルナが意味ありげな視線を俺に送って来たんだが…………止めよう。どうせ気にしたって無駄だ。そして、再び始まる熱唱リレー。気が付くと、利用時間終了まで35、6分。そんなときだ。「ねぇ? 残り時間も少なくなっちゃったし、ちょっとゲームでもしない?」不意にそんなことを提案するハルナ。俺の背筋を、嫌な悪寒が駆け廻ったのは言うまでもない。「げ、ゲームですか? 一体どんな…………?」ハルナの言葉に、不思議そうに首を傾げるネギ。…………どうせ碌な話じゃないだろ。そんな俺の予想を裏付けるように、ハルナはにんまりと底意地の悪い笑みを浮かべると、喜々としてルールを説明し始めた。「残り時間は30分ちょっと。どう考えても全員は歌えないでしょ? だから、ここからは男性陣6人に歌って貰うの。で、採点モードにしておいて、その点数が一番高い人の勝ちって訳、どう?」「面白そうじゃねぇか? 勝負事ぁ大好きだぜ?」ハルナの提案に、笑みを浮かべてそう答える薫ちゃん。…………今の話だけ聞いてたら、まぁただの勝負事だが。俺はその裏があるような気がしてならなかった。「しかし、そのルールだと女性陣が楽しめないだろう? ただ見てるだけになってしまうじゃないか」俺と同じように、ゲームの趣旨に疑問を抱いたのだろう。ポチやんがそんなことをハルナに尋ねた。「だから、勝った人には、女性陣の中から1人を選んでもらって、その人からほっぺにキスしてもらえるっていうのはどう? そういうルールにしておけば、応援にも熱が入るし、誰が選ばれるかってドキドキも味わえるでしょ? それに男性陣のやる気も…………」「いよっっしゃぁぁぁああああっ!!!! やってやるぜぇぇぇぇえええええっ!!!!!!」「…………う、鰻登りみたいだし?」ハルナのバカげた提案を聞いた瞬間、本日最高潮のテンションでそんな叫び声を上げる慶一。いや、そんなバカげたアイデア、まかり通る訳がないだろう。そもそも、他の女性陣の意志はどうなんだ?「ちょ、ちょっとハルナ!? 何勝手なこと言ってんのよ!? わ、私は絶対嫌だからね!?」…………ほら見たことか。ハルナの提案に、顔を赤くしながらそんな反対意見を述べる明日菜。これでは、先程ハルナが言っていたゲームは絶対実現不可能だろう。しかし、俺はまだ甘く見ていた。楽しいことには全力を投ずるハルナ。そんな彼女の周到さを。「それじゃさ? 多数決にしようよ? 過半数以上が賛成なら、明日菜も納得でしょ?」「うっ。ま、まぁそれなら構わないけど…………」「はい、それじゃ、賛成の人~挙手っ!!!!」―――――バッ…………そんなハルナの声で、一斉に手を上げる賛成派の面々。ちなみに面子は、ハルナ、まき絵、木乃香、楓、夕映、のどかだった。…………そんなバカなことがあって溜まるかぁっ!!!?ハルナとまき絵、でもって木乃香が賛成なのも頷ける。空気を読んで多勢に入りそうな楓もまだ、許容範囲内だ。けど、夕映とのどかはおかしいだろっ!?こんなことを喜々としてやるような性格じゃなかった筈だ!!ま、まさか…………は、ハルナのやつ、俺と明日菜が居ない間に、あの2人に何か吹き込んだんじゃ…………!?あ、有り得る…………。俺に好意を寄せているらしいのどか、ネギに好意を寄せいるらしい夕映。そんな2人の恋心に付けこんで、ちょっと意識を変えるくらいこの女ならやりかねない…………。「はい、賛成が過半数を超えたので、明日菜の訴えは却下としまーす♪」「ちょっ!? 嘘でしょっ!? っていうか、夕映ちゃんと本屋ちゃんまでどうしちゃった訳っ!!!?」楽しげ自分の意見が可決されたことを告げるハルナ。そんな彼女に、明日菜は俺と同じ疑問を感じたのだろう。驚きの表情のまま、夕映とのどかにそんなことを尋ねていた。「え、え~と、そ、それは~…………」「せ、せっかくの打ち上げですし、少しくらいは羽目を外しても良いのでは? と思いまして…………」そして明日菜の問い掛けに対して、のどかはちょんちょんと両手の人差し指を突きあいながら、夕映は顔を赤らめ気まずそうに目を逸らしながら答える。…………大方、『俺orネギに公然とキス出来るチャンス』とか何とか吹き込まれたに違いない。他の男性陣が勝ち上がるリスクを考えなかったのだろうか?…………ん? 待てよ?そうだ、そうだ!!ハルナが持ち出したこのゲーム、何も俺に不利益になることなんて1つも無いじゃないか!?先程までの様子で判断すると、恐らく男性陣の得点は以下の通りになる。1位:ネギ2位:慶一3位:俺4位:薫ちゃん5位:達也6位:ポチやん上位2名が少々音を外したとしても、俺が繰り上げ当選する確率なんてそうそうないだろう。俺がわざと勝ちを他人に委ねようものなら、木乃香やのどかがどんな悲しげな表情をするか分かったもんじゃない。故に、本来なら俺は、1位を取らないようしつつ、ある程度全力で歌わなければならないところだが…………今回は手加減せずとも勝ちはない。つまり、これはハルナが、俺の苦しむ状況を楽しむための提案ではなく、単純に夕映の背中を後押しするための提案なのだろう。恐らくハルナは、先程の会話から、どう転ぼうと今現在の俺が、一人の女性を選ぶことは出来ないと判断し、俺ではなくネギに好意を寄せている夕映の応援に目的を変えたに違いない。…………その判断を、今はグッジョブと言っておこう。「…………女性陣に意義があれへんなら、俺も構へん。そーゆーことなら、せいぜい頑張って歌うとするわ」こうして、後顧の憂いが無くなった俺は、意気揚々と自分の歌を選曲し始めるのだった。「ゆぅけぇ~疾風(かぜ)のごとくぅ~♪ 宿命(さだめ)ぇのけぇんしぃ~よぉ♪ 闇にぃひぃかぁりぃをぉ~…………♪」明日菜に愚痴をぶちまけたことと、憂慮すべきことがなくなったことで、これまでより幾分上機嫌になって歌いきった俺。…………後で考えてみると、ここでノリノリになっていたのがそもそもの失敗だったのかもしれない。曲の終了と同時に、画面では採点が始まっていた。これまでの経験を踏まえて、今の俺の曲はせいぜい良くて85ってのが関の山。そしてネギと慶一は、選曲に寄るだろうが、それでも90点は下らないはず。…………この戦、勝ったな(試合には負けてるけど)。そう思って疑わなかった俺。しかし、点数が表示された瞬間、俺は驚愕の余り声を失っていた。―――――ただいまの得点:98点「は…………?」きゅ、きゅうじゅうはってん…………?い、いやいや、何かの見間違いだろう。そう思った俺は、一端目をごしごしと擦り、再び画面へと視線を移す。そして…………。―――――98点。「バカなぁぁぁあああああっ!!!?」驚愕の事態に、そんな絶叫を上げていた。何で!? どうしてっ!?前世から含めて、カラオケで90点代なんて拝んだことねぇんだけどっ!?「凄いわね小太郎君!? トップバッターがいきなりこの点数なんて、残りの男性陣は気後れしちゃったかな?」「あ、あはは~。た、確かにこの得点を越えるのは難しいかもですね」俺の得点を見て嬉しそうに言うハルナと、そんな彼女に苦笑いを浮かべながら諦めたような言葉を発するネギ。し、しかし、まだ終わらんよっ!!この後にはまだ、ネギと慶一がいる。2人なら、ここでミラクルを起こして、100点満点を取ってくれたりなんかするかもしれない!!!!そんな一縷の望みを託して、俺は残りのメンバーが歌い終わるのを、自分の席に座り、ガタガタと震えつつ、神に祈りながら待つのだった。…………そして、全員が歌い終わり、運命の結果発表となった。男性陣の得点は以下の通りだ。1位:俺 98点2位:ネギ 97点3位:達也 92点4位:慶一 89点5位:薫ちゃん 85点5位:ポチやん 85点…………ジーザス。結局のところ、俺の願いは届かず、ネギと慶一は満点を取ることは出来なかった。それどころか、女性陣からのキスが掛かったこの状況で力み過ぎた慶一は、あろうことか盛大に音を外しまくった。まぁ、それでこの点数なのだから、調子良く歌っていれば、もしかすると俺の点数を越えていたのかもしれない。そう思うと、この結果が残念でならない。もっとも、本人もその事実に気が付いているのか、自分の採点が終了した直後から、真っ白に燃え尽きたまま身動き一つしなくなっていた。いやいや、燃え尽きたいのはむしろ俺だし…………。何であんなにノリノリで歌っちゃったんだよ…………ちょっとくらい力抜いて歌えば良かったじゃん…………。そんな後悔で言葉も出なくなった俺。そのすぐ傍まで来ていたハルナは、ぽんっと俺の肩に手を置くと、含みのある笑みを浮かべてこんなことを言った。「小太郎君ならやってくれると思ってたよ♪」「…………」…………ま、まさかとは思うがこの女。俺が彼女の考えを誤解し、憂いなく全力で熱唱した結果、高得点を獲るということまで完全に予想していたのか!?ば、バカな…………俺は初めから、この女の手の平の上で踊らされていたいうのか…………。…………あの狸ジジィとの小競り合いで、幾分心理戦の経験値も上がってると思っていたが、まだまだだったらしい…………。楽しいことには全力投球。そんなハルナの恐ろしさ、その一端を俺は垣間見た。「さぁてっ!! そんな訳で優勝おめでとう小太郎君!! さぁ、小太郎君はいったい誰からのキスをご所望!?」「…………」喜色満面の笑顔で、俺に選択を迫って来るハルナ。これがもう少し違うメンバーだったなら、俺のテンションも違ったかもしれない。げんなりにしながら女性陣に視線を移す。期待に満ちた眼差しで、俺を見つめて木乃香。不安と期待が入り混じったような、そんな複雑そうな表情で俺の答えを待つのどか。ネギが優勝しなかったことへの落胆からか、若干煤けてしまっている夕映。亜子への後ろめたさからか、申し訳なさそうな表情のまき絵。恥ずかしさと期待の入り混じったような、そんな表情でドキドキ感を溢れさせる古菲。いつもと何ら変わった様子はなく、ニンニン♪ とか言ってる楓。絶対自分を選ぶな、という気持ちをオーラにして纏い、俺を睨みつけている明日菜。どう転んでも絶対に面白いことになると、期待に満ち満ちた眼差しのハルナ。全員、俺には勿体ないくらい魅力的な女性だと思う。そんな事情を差しおいても、この状況下で俺に1人を選べというのは余りに酷ではなかろうか?…………仕方ない。ここは消去法で行くとしよう。まず真っ先に除外すべきは、のどかと木乃香だろう。本気に俺に惚れている節があるし、安易に期待を持たせるのは忍びない。次に夕映とまき絵。どちらもネギに惚れてるっぽいし、まき絵に至っては、亜子への罪悪感があるだろう。こんなゲームで彼女たちの友人関係にヒビを入れたくはない。そして次は古菲だ。原作を見る限り、彼女は恋愛に関してかなり奥手だ。オマケに将来選ぶ相手は『自分よりも強い男』とかいう家の掟を健気に守ってるらしい。俺は奇しくもその『自分よりも強い男』に当てはまっているため、ここで彼女を選んで、ただでさえ一杯一杯なフラグを増やすなんて恐ろしい真似はしたくない。そして次に除外すべきは明日菜だ。理由は言うまでも無く、後の報復が怖い。残ってるのは楓かハルナだが…………ここは楓を選んでおくのが、最も安全且つ無難だろう。確かに、俺は彼女に大きな貸しがあるが、ここ半年の付き合いから、彼女が俺に向けている感情は『頼れる友人』ないし『大恩ある戦友』だと判断できる。原作でも、ネギとの仮契約に際して尻込みをしてなかったこと、子どもとはいえ、異性と風呂に入ることに何の抵抗も見せなかったことなど、彼女の落ち着きぶりは裏付けが取れている。彼女を選ぶことで、確かに他の女性陣(木乃香やハルナ)からのクレームは出そうだが、それに関しても、彼女なら俺の意志を汲んで、あれは最も角の立たない選択だったから、なんてフォローまでしてくれるに違いない。やはり、ここは楓で決まり…………。そこまで考えたところで、俺はふとした疑問に駆られた。もしここで、楓でなくハルナを選んだらどうだろうか?ここまで場を盛り上げた彼女は、恐らく自分が指名されるとは夢にも思ってないだろう。俺自身、自分をこんな窮地に追い込んだ相手を選ぶなど、全く考えていなかったのだから。そうなると、俺に自分が選ばれたときのハルナの反応は…………恐らくは予想外の事態で、かなりテンパったものになる。原作では、ネギが年下だったということもあり、仮契約に対して全く尻込みするどころか、出会い頭にネギの唇を奪っていた彼女。しかし、相手が俺だったらどうだ?同い年で、自惚れではなく平均以上のルックスを持つ俺。そんな俺から迫られて、彼女は普段の飄々とした態度を保っていられるだろうか?それに…………その行為は、ここまで散々苦しめられたことへの、十分過ぎる報復となるのではないか?何より、原作では見られなかった、異性に対して頬を赤らめるような、そんな『恋する乙女』となったハルナの様子が見られるかもしれない。湧き上がった興味を、俺は抑えることが出来そうになかった。ここでハルナを選び、彼女を赤面させるほどに追い込めば、恐らく俺は他の女性陣、並びにネギから、さんざんな罵声を浴びせられることになるだろう。しかしそれは、後で何とでも弁解の出来ることだ。ここで引き下がる、絶対条件になりはしない。加えて、このカラオケBOXに来て以来、俺は彼女の企みによってさんざんに心労を負わされた。このままやられっぱなしで良いのか?…………答えは、断じて『否』だ!!!!僅か数秒の逡巡で、そんな結論を導き出した俺は、躊躇い無くハルナを指差しこう言った。「ほんなら、ハルナでお願いします」「へ…………?」その瞬間、俺が何を言っているのか分からなかったとばかりに、目を丸くするハルナ。彼女どころか、ギャリーまでもが予想外の事態にぽかんと口を開けていた。そして数秒間の沈黙の後…………。「「「えぇ~~~~っ!!!?」」」木乃香、のどか、ハルナのそんな絶叫が大部屋にこだました。「いやいやいやいや!? それはオカシイでしょっ!? 何で私っ!!!?」「「(コクコクッ)」」慌てて俺にそんなことを尋ねて来るハルナ。そんな彼女の背後では、のどかと木乃香が首が千切れんばかりの勢いで、首を縦に振っている。既に十分ハルナの慌てる様子は楽しめているが、それくらいでは腹の虫が収まらない。俺はにやり、と底意地の悪い笑みを作って彼女にこう追い打ちをかけた。「女性陣っちゅうことは、自分も含まれとる訳やろ? せやったら、俺が自分を選ぶことに、何の問題があんねん?」「そ、それはそうだけどさ!? 私にも立場ってものが…………!!」恐らくハルナが言ってるのは、この企画をゴリ押しするため、のどかに吹き込んだ話のこと。合法的に、のどかが俺にキス出来るよう計らうつもりが、自分が選ばれてしまっては意味がない、多分そう言いたいのだろう。…………そんなこと、全て分かった上で俺はハルナを選んでる訳だが。「そ、それにさ!! この中には私より可愛い子がいっぱいいるじゃない!? のどかとか木乃香とかっ!!」往生際の悪いことに、どうやらハルナはこの期に及んでも、まだ俺に木乃香かのどかを選ばせるつもりでいるらしい。俺にとってはむしろそれこそ死亡フラグだっての。それはさておき、彼女の往生際の悪さに業を煮やした俺は、ハルナに最後のダメ押しを敢行することにした。「いやいや、自分かて十分魅力的やで? ああ、せやけど眼鏡は取ってんか? 俺、眼鏡属性ないし、それに…………」「っっ!!!?」そこで台詞を区切り、俺はすっと右手で彼女の頬に手を添えると、左手でその眼鏡をひょいっと奪う。そして…………。「…………ほら、素顔の方がよっぽど美人さんや」優しい笑顔とともに、そんな決め台詞をお見舞いしてやった。「~~~~っっ!!!?」その瞬間、これでもかと言うほどに顔を真っ赤にするハルナ。ぷくくっ…………計算通りとはいえ、ここまで可愛いらしい反応を返してもらえると嬉しいもんだな。さて、ハルナの慌てふためく姿も十分拝めたし、いい加減冗談だって…………彼女から奪った眼鏡をテーブルに置き、俺が種明かしをしようとした瞬間だった。「…………このぉっ、女っ誑しっっっ!!!!」―――――ベキンッ!!!!「ぎゃひんっ!!!?」左横から痛烈な一撃を貰って、俺はソファーに叩きつけられた。ば、バカなっ!?完全な魔族となって意向、俺が無意識に展開し続けている魔法障壁。それを抜いてダイレクトにダメージを与えただとぉっ!?…………って、そんな無茶が出来る人間は1人しかいないじゃん。殴られた頬を抑えつつ顔を上げると、そこには憤怒の表情で俺を睨みつけ仁王立ちする明日菜の姿があった。「気障だ気障だとは思ってたけど、人前で女の子にあんなこと出来るほど最低な奴だとは思ってなかったわ!!」そんな台詞を吐いた後、明日菜はふんっ!! と鼻息も荒く、乱暴な足取りで大部屋を後にして行く。…………彼女から怒られるのは織り込み済みだったが、まさかいきなし殴られるとは思わなかったな。ま、まぁともあれ、一番反応が厄介だと思ってた奴がこの程度で済んだんだ。一先ずはこれでよしと…………。そう思って俺が身体を起こした瞬間、目に入って来たのは、ぷるぷると身を振わせるのどかの姿だった。「あ、あのっ、わた、私、こ、小太郎さんのこと、お、応援するって、言いましたし~。ぱ、パルもとっても良い子ですから、その~…………お、お幸せに~~~~っ!!!!」ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、のどかは明日菜の後を追うようにして部屋から飛び出して行く。…………ま、まぁこれも予想の範疇だよね? 後で事情を話せばなんとかなるよね!?そう自分に言い聞かせながら、今度こそ立ち上がる俺。しかしその瞬間…………。「こ、コタくんのアホーーーーっ!! うわ~~~~んっ!!!! せっちゃんに言いつけたるぅ~~~~っ!!!!」今度は木乃香が、号泣しつつ何気に恐ろしい言葉を残して走り去って言った。…………おーけー。まだ大丈夫だ。刹那の耳に入る前に何とか誤解を解けばまだ俺は生きていられる。軽く戦慄を覚えながらも、そう自分に言い聞かせて何とか落ち着こうとする俺。「そ、そろそろ時間でござるし、先に出ていった3人と一緒に拙者は会計を済ませてくるでござる」「あー!? か、楓ちんズルっ!? わ、私もっ!!」「ま、待つヨロシ!? ワ、私もいしょに行くネ!!」「わ、私もっ…………!!」あんだけ格好付けておきながら、盛大に醜態を曝した俺が居たたまれなくなったのか、こぞって部屋から出ていく残りの女性陣。ま、まぁこれも問題ない、よね?「けっ!! やってられるか!! 俺も先に出てるぜ!?」そんな彼女たちに続いて、そそくさと部屋を後にして行く慶一。…………まぁこいつはどうでも良いや。「あ、オイ!! 待てよ慶一!!」「ま、まぁ何だ。今回はたまたまで、いつものお前は十分格好良いと思うぞ?」「あ、ああ。だから気を落とすなよ小太郎ちゃん?」慌てて慶一を追いかけ出ていく達也と、俺にフォローの言葉をかけつつ出ていくポチやんと薫ちゃん。…………うん、だいじょぶ。俺、まだ元気。しかし…………残ってるのは、あとはハルナとネギか…………。ハルナは先程の衝撃が強過ぎたのか、未だその場で固まってしまっていた。そんな訳で、俺は恐る恐る、隣に居た筈のネギへと死線を向けて…………。「…………(にこっ)」「…………っ!?」目が合った瞬間、彼女が浮かべてくれた笑顔に、一瞬で表情を明るくする俺。しかし…………。「…………最低(ボソッ)」「へぶぅっ!!!?」一瞬で汚物を見るような目つきに変わり、あまつ吐き捨てるようにして放たれたネギの言葉は、俺の心に深い傷跡を残して行った。…………校内では、天使のようだと謳われてるネギから、さ、最低なんて言葉を賜る日が来ようとは…………。さすがに、このショックからはしばらく立ち直れそうにない。がっくりと肩を落とした俺の脇を通り抜け、ネギはすたすたと外に出て行ってしまった。…………な、なんて言い訳をすれば許して貰えるだろうか?正直、ここまで酷いことになるとは予想してなかったんだぜ…………。「あ、あちゃー…………こりゃ言い訳するのが大変だね? けど小太郎君も悪いんだよ? 私に対する意趣返しのつもりだったんだろうけど、みんなの前で…………あ、あんな大胆なことするからっ」「…………」残されたハルナは放心状態の俺に、そんな言葉を掛けて来る。恐らく、察しが良い彼女は状況が一段落したことで落ち着き、俺の意図に気が付いたのだろう。…………もう少し早く彼女が現状に復帰してくれていれば…………。そう悔やまずにはいられなかった。そんな風に放心しきっていたからかもしれない。ハルナの最後の攻撃に気が付けなかったのは…………。「…………だからこれは、こんな恥ずかしい思いをさせてくれた罰と…………」―――――ちゅっ❤「っっ!!!?」右頬に感じた柔らかい感触に驚いて息を呑む。慌ててハルナへと視線を移すと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、右の人差し指を自分の唇にあてると、こんなことを言った。「…………さんざんからかっちゃったお詫びね♪」「…………」あまりに艶っぽい彼女の様子に、さっきとは別の意味で放心してしまい、その場から動けなく俺。そんな俺を余所に、彼女は俺が置いた眼鏡を手に取ると、それを手早く掛け直し再び俺に向き直った。「そ、それじゃ、私は先に出てみんなの誤解を解いておくからさっ。小太郎君は、みんなが落ち着くまでもう少し待っててね~?」そう言い残して、颯爽と部屋を後にして行くハルナ。俺の前を通り過ぎていく彼女の耳は、まだ少し赤らんだままだった。「…………かなわんなぁ」最後に1人、ぽつんと部屋に残された俺は、がらんとしてしまった大部屋でそんなことを呟くのだった。