※このお話は、78時間目終了直後のお話です。「…………さて、2-Aバカ四天王の諸君、補習漬けの春休み決定オメデトウ」「「「「うぐっ…………!?」」」」俺の情け容赦のない一言に、一様にそんな呻き声を上げるバカ四天王こと、男子部武道四天王。クラス成績順位発表後、現在俺たちは昼食を取るため駅近くのファミレスに訪れていた。夏休みに高音や愛衣と利用していたあの店だ。「こ、小太郎君。いくら何でも言い過ぎだって。それに、まだ個人成績は返却されてないし、補習漬けってきまった訳じゃないでしょ?」あまりに辛辣な俺の態度に、さすがネギが気の毒そうにそんなフォローを入れて来る。甘いよネギ。こいつらは甘やかすとすぐ調子に乗るんだから。「そ、そうだそうだー!!」「小太郎は傷心の俺たちをもっと気遣うべきだぜ!!」…………ほらな?ネギが味方だと分かるや否や、さっきまでの落ち込みようを忘れて、そんなことを言い出す慶一と達也。俺はそんな2人をきっと睨みつけて黙らせた。「…………はぁ。まぁ自分らには良い薬なんやないか? 人生一付け焼刃じゃどうにもならんことがあるって、身を持って学んだやろ?」溜息交じりに、そう零す俺。実際、ネギのいう通りさすがに可哀そうだとは思うしな。苛めるのはこれくらいにしといてやろう。そんな俺の考えが伝わったのか、薫ちゃんは神妙な表情を浮かべた。「…………全く小太郎の言う通りだぜ。これからは、もうちっと前もって準備するわ」「そ、そうだな。短い春休みならさておき、長い夏休みなんかで補習地獄は堪らん…………」薫ちゃんに同調したように、ポチやんまでもがそんな反省を口にする。いつもながらこの2人はきちんと自分の非を認められる優秀さを持っているな。…………残りの2人は爪の垢を煎じて呑ませて貰うべきじゃねぇか?「ま、まぁテストの話題はこの辺にしとこうぜ? せっかくテストも開けたってのに、そんな暗い話題ばっかだと気が滅入るだろ?」「暗い話題になったんは自分らのせいやけどな?」「ぐはっ…………!?」思い切って話題の変更を進言した慶一に、容赦なく止めを刺す。少しは反省しろっての。「こ、小太郎君ったら…………け、けど、本当にようやくテストも終わってゆっくりできますね?」轟沈した慶一を気遣ってか、そんな風に話題を振ってくれるネギ。だから甘やかしちゃダメだってば。とはいえ、確かにネギの言う通り、これでしばらく時間に余裕が出来たのは嬉しい事実だよな。冬休みには確たる進歩を得られなかったが、春休みこそは極夜の葬送曲を完成させたいし、やるべきことは山積みだ。そんなことを考えながら、俺はドリンクバーでついできたアイスコーヒーをあおった。「まぁ補習の件は置いといて、もうすぐ春休みだし、ネギの言う通り時間は結構出来たよな?」俺と同じようなことを考えていたのか、先程よりも明るい声で達也がそんなことを言い出す。それには皆同意見だったのだろう、一様に頷いていた。「しっかし、もう春休みか? 時間が経つのは早ぇなぁ?」俺と同じくドリンクバーで注いできたコーラを飲みながら、薫ちゃんは笑顔を浮かべながら言う。確かに、ネギが留学して来てからこっち、いろいろと忙しかったこともあって、異様に時間の流れを早く感じたよな。「そうだな。特にネギが転校して来てからは、いろいろと騒がしかったし」「…………」さっきの達也もそうだが、今のポチやんの台詞、まんま俺の心の声じゃん…………。付き合いが長くなってきて、思考パターンまで似て来たか?「あははっ。けど確かに。ボクが転校して来て、もう1カ月も経ったんですね」感慨深そうにそう呟いて、ネギはこれまたドリンクバーのアイスティーに口を付けた。「けど、ネギが転校してきたときは本当に驚いたよなぁ? マジで女の子が男子部に入って来たのかと思ったぜ」「ぶっ…………!?」いつの間にか復活していた慶一の危ない一言に、ネギは口に含んだばかりのアイスティーを軽く吹き出す。そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべながら、俺はテーブル備え付けのペーパーナプキンを数枚取って、彼女に手渡した。「ほれネギ。ナプキン」「あ、ありがと…………し、心臓止まるかと思った…………」俺にしか聞こえないような小声で、そんなことを呟くネギ。ネギの外見が女子にしか見えないなんて今更なんだから、いい加減耐性付けたが良くね?「確かに、最初ネギが教室に入って来た時は俺もビビったぜ? というより、クラス中が騒然となってたもんな?」その時の様子を思い出しているのだろう、薫ちゃんはいつも通りの男臭い笑みを浮かべながら言った。彼の言う通り、あのときの教室は異様なざわめきに包まれていたからな。そんなことをぼんやりと考え、俺はネギの転校初日の朝礼を思い出すことにした。・・・・・『…………に関する連絡は以上です』いつも通り、凛とした声でつつがなく連絡事項を伝えていく刀子先生。それを黙して聞いてはいたが、クラスの雰囲気は異様な緊張感に満ち満ちていた。その理由はもちろん、転校生が来るという噂が流れているから。全寮制のこの学校では、前日入りした転校生の話なんて、あっという間に学校全土へと広がるのだ。そんな訳で『女の子にしか見えない可愛い男子が転校して来る』という噂を耳にした一同は、今朝から妙に浮足立っている。…………何故か委員長の一番テンションが上がっていたんだが、あれは何だったんだろうな?『さて、最後になりましたが、今日からこのクラスに転校生が入ることになりました。スプリングフィールド君、どうぞ?』―――――ガラガラッ…………刀子先生がそう促した直後、唐突に開かれる教室の扉。そこからかなり緊張した面持ちのネギが入って来た瞬間…………。―――――ザワッ…………教室内は妙などよめきで満たされていた。…………まぁ、あの容姿だと無理はないよな。ネギの容姿は『女の子にしか見えない』のではなくて『絶世の美少女にしか見えない』のだ。そんな転校生の登場に、年頃の男子中学生が色めき立たない訳がない。がちがちになった状態のまま、ネギは何とか刀子先生の待つ教卓まで辿り着くと、ゆっくりとこちらを振り向く。その傍らでは、刀子先生が彼女の名前を黒板に書いていた。『ネギ・スプリングフィールド君です。名前からも分かる通り、留学生ですから何かと不慣れなことも多いでしょう。皆さん良くしてあげるように。それではスプリングフィールド君、自己紹介をお願いします。皆さんはお静かにして、彼の話を聞くように』刀子先生に言われるまでも無く一同は、恐らくはネギの声が聞きたくて自然と静寂に包まれていた。そんな中、緊張に身を固くしながらも、ネギは精一杯の笑顔を浮かべて自己紹介を始める。『ね、ネギ・スプリングフィールドです。イギリスのウェールズから来ました。先生のおっしゃった通り、不慣れなことが多く、皆さんにはご迷惑をお掛けするかも知れませんが、どうぞ仲良くしてください」締め括りに、ぺこっと折り目正しく一礼するネギ。それから少しの間を開けて…………。―――――どよっ!?クラスは再び喧騒に包まれたのだった。…………ま、まぁ何だ。ネギのやつ、声質も鈴の音みたいでイメージ通りだしね。これで、声だけ男前だったら、逆にクラスの連中のテンションは一気に冷え切っていただろう。『はい、皆さんお静かに。スプリングフィールド君の席ですが、こた…………犬上君の隣に準備してますのでそこを使って下さい。寮でも同室ということですし、その方が話も聞き易いでしょう?』『は、はいっ。お、お気遣いありがとうございますっ』刀子先生にお礼を言ったネギは、がちがちのまま俺の方へと向かってゆっくり近付いて来る。…………どうでも良いけど、今刀子先生『小太郎』って言いかけただろ?やがて俺の隣の席まで来ると、ネギは小さく笑みを浮かべて、俺にこう言った。『…………今日からは学校でもよろしくね、小太郎君?』『…………おう。任せとけ』俺の返事に、満足そうに笑うと、ネギはゆっくりと自分の席に座った。そしてその瞬間、周りの席に座ってる連中から、一斉に質問を浴びせられ始めるネギ。まぁ、転校生の宿命だし、さすがにこれはネギも予想の範疇だっただろう。そんな俺の予想を証明するかのように、ネギは苦笑いを浮かべながらも、特別ボロを出すようなことはなく、みんなの質問に答えていた。『お静かに。スプリングフィールド君への質問は休み時間にでも取っておいてください。1時間目は移動教室でしょう? 速やかに準備を始めるように』刀子先生がそんな風に、声を掛けるが全く持って生徒たちのボルテージは下がりそうにない。もっとも刀子先生もそんなことは予想済みだったのだろう。苦笑いを浮かべながら溜息をついていた。『ああ、1つ言い忘れていました…………『皆さん』? いくらスプリングフィールド君が可愛いからって、調子にのっていかがわしいことはしないように(ニコッ)』―――――しーん…………・・・・・「…………まさか、刀子先生があの手の冗談言うなんて思わなかったよなぁ? さすがに笑えなかったわ」俺と同様、その時の様子を思い浮かべているのだろう、苦笑いを浮かべながらそんなことを言う慶一。しかし俺は未だ持ってそのことを笑うことは出来ないでいた。あの時、刀子先生はやたら『皆さん』の部分を強調して話していた。だがあの時、刀子先生の視線は確実に俺個人へと向けられ、あまつ笑顔だった筈の彼女の目は…………全く笑っていなかった。連中は気付いていないようだが間違いない…………あれは遠回しな俺へ対する牽制だ。後でタカミチに聞いたところ、刀子先生は最後までネギと俺の同居に反対していた者の1人だったらしいし。結局、多数決と学園長のごり押しで反対派は黙らざるを得なかったようだが…………あの刀子先生の様子じゃまだ納得はしてないようだ。実際、俺はネギの転入後から1週間おきに、刀子先生から尋問を受ける羽目になっている。やれネギに手を出していないか? やれ彼女が出来たとかいうことはないか? などなど…………逆セクハラで訴えたら間違いなく勝訴になりそうな質問を、俺は延々1時間毎週浴びせられている訳だ。…………本当に勘弁して下さいよ。「ネギの転校初日と言えば…………昼休みの小太郎はさすがだったな」刀子先生からの尋問風景を思い出してげんなりしていた俺を余所に、今度はポチやんがそんなことを言い出す。昼休みって言うと…………ああ、あれか。確かネギの噂を聞きつけた、学校中の生徒が集まって来てて…………。・・・・・―――――ざわざわ…………押しかけた人だかりのせいで、廊下は真っ黒に染まっていた。もちろん集まった連中の目的は、女の子にしか見えない噂の転校生を一目見ようというもの。ただでさえ正体がバレないかと不安なネギは、この人だかりに可哀そうなくらい怯えきってしまっていた。…………そんな彼女の様子に、俺が胸キュンしたのは内緒だ。集まった連中の気持ちは分からんでもない。しかしさすがにこれはやり過ぎだろう。『つーか、これじゃ購買にも行けねぇな?』俺の前の席に陣取って、達也がそうぼやく。そんな彼の言葉通り、教室内には購買にも学食にも行けず、途方に暮れる生徒で溢れかえっていた。…………こりゃさすがに何とかしないとな。本当なら、あまり校内で騒ぎを起こしたくはないんだが…………俺も空腹の限界だし、この際仕方ないだろう。俺は徐に立ち上がると、真っ直ぐに出口へと向かい、そして…………。―――――ガラガラッ!!『『『『『!!!?』』』』』わざと大きな音を立てて、教室の扉を開いた。突然の事態に驚き、一斉に俺を注視する野次馬ども。下級生の中には、俺が誰だか気付いた時点で腰を抜かしてる奴もいた。異様なざわめきに包まれていた筈の廊下は、俺が登場した瞬間、緊張を伴った静寂に支配される。それを良いことに、俺はにやりと口元を三日月に歪めると、こんなことを口走ってやった『…………リアル無双●舞って、一回やってみたいと思てたんよなぁ」―――――ベキンッ!!ダメ押しのように右手の指を鳴らす俺。その瞬間、集まっていた野次馬は、蜘蛛の子を散らすように、ほうほうの体で自分達の教室へ逃げ帰って行った。…………ふん。見たか愚民どもめ。『…………おーい? ギャラリーも散ったし、そろそろ飯に行こうやー?』扉から頭だけをひょこっと出してそう言う俺。その瞬間、クラスからは爆発的な歓声が上がった。全員空腹に耐えかねていたのだろう、一斉に購買、もしくは学食へと駆けていくクラスメイト達。そんな中で、1人だけは俺の傍にゆっくりと近付いて来て立ち止まる。もちろん、その1人というのはネギだった。『…………えへへ。ありがと、小太郎君』『…………ま、俺も腹へっとったしな?』嬉しそうにはにかんで礼を言ったネギに、俺は何となく照れ臭くて、ぶっきらぼうにそんな返事をしてしまうのだった。・・・・・「集まってた野次馬共を、睨みと指鳴らしで一掃だろ? さすがに俺たちじゃああはいかねぇもんな」「ああ。あんときゃマジで腹減ってたし、まさに狂犬様々だったぜ」楽しげに笑いながら、その時の様子を離す達也と慶一。いや、お前ら楽しそうだけど、俺はあの後酷かったんだぞ?何か逃げてる途中で将棋倒しになった奴らが続出したらしくて、俺は刀子先生に呼び出し喰らって例により反省文の提出を言い渡されたし。もっとやりようはなかったのか? ってしこたま怒られたしな。…………あの日は日直だったんだが、屋上で黄昏れてたときに、缶コーヒー持ってねぎらいに来てくれた神多羅木先生の優しさが身に染みたって日誌に書いておいた。それはさておき、その時の話を魚に盛り上がる面々。そんな中、薫ちゃんが不意にこんなことを言い出した。「そういや、あの一件で小太郎の渾名ってまた増えたんだろ?」「ん? あー…………そんなこともあったようななかったような…………?」適当にはぐらかそうとする俺だったが、実のとこ、その通り名はしっかり覚えてる。しかしながら、ネギの前でそれを言ってしまうのが憚られたため、敢えて黙っておくことにしたのだ。が、ここに空気を読まないバカが一人。「確か『姫の番犬』だったか? 今までの中じゃ一番マシな渾名じゃねぇか?」「ばっ!? け、慶一、おまっ!? ネギの前で言うなよっ!?」ぽろりとその名を口にした慶一を、慌ててたしなめる達也。しかし、時すでに遅し、しっかり俺の通り名を耳にしたネギは、不思議そうに首を傾げていた。「あの、姫って誰のことですか?」「「「…………」」」事情が事情だけに、その渾名は本人の前で言わないでおこうとしていた俺、達也、ポチやんの3人はネギの無邪気な問い掛けに沈黙する。…………慶一の野郎、いつかシバく。結構シバいてるってのは言わない方向で。仕方なく、俺は溜息を吐きながら、ネギに『姫』が誰なのか教えてやることにした。「自分や自分。『ネギ姫』。男子部の連中は普段女子と接する機会なんてあれへんやろ? せやから、一見女の子にしか見えへん自分のことを影で『姫』とか呼んで、その虚しさをやり込めとるんや」「実際、ネギは人当たりが良いし、他のクラスや学年でも人気は高まってるらしい」俺の説明に、そんな捕捉を入れてくれるポチやん。…………今回ばかりはそんなネギの優しい性格を恨めしく思ったがね。それに、ネギにこの名を聞かせたくなかったのには理由がある。他の2人は『普通の男子は『姫』なんて呼ばれたら嫌がるだろう』なんて考えで黙っていたんだろうが、俺は違う。ネギは男として生活しているが、価値観や立ち居振る舞いは紛れも無く女の子のそれだ。そのため、彼女が『姫』なんて呼ばれてると知った日には…………。「そ、そんなっ。ひ、姫だなんて…………」…………ほーらね?案の定と言うべきか、ネギは頬を赤らめ両手でその頬を包むと、まんざらでもない様子でいやんいやんと首を振っていた。「…………ていっ」―――――びしっ「あうっ!?」そんなネギの頭部に、軽めのチョップを見舞って現実に引き戻す。「…………アホ。普通の男子は姫なんて呼ばれたら嫌がんねん」「…………あ!? そ、そうだよね?」小声で俺にそう言われて、ようやく自分の立場を思い出したのか、ネギは慌てて嫌そうな顔を作った。…………もう遅いけどね。もっとも、幸いにも残りの4人はそんな彼女の様子には気付いていないらしい。ドリンク片手に、うっかりボロを出した慶一に対して集中砲火を浴びせていた。「ネギの人気と言えば、非公認でファンクラブを作るって話はどうなったんだ? 確か、慶一が入るかどうか迷ってるって話だっただろ?」「か、薫!? 本人の前でそれを言うかっ!?」いきなり薫ちゃんが投げた剛速球に、慌ててその口を抑えに掛かる慶一。だからもう遅いってば。「ふぁ、ファンクラブ!? ぼ、ボクのファンクラブが出来そうなんですか!?」自分の知らないところで、そんな事態になっていたと知らされたネギは、驚きに目を丸くしながらそんなことを叫んでいた。…………こいつら、わざとやってねぇか?さっきから出て来る話題は、俺が出来ればネギに聞かせたくなかったものばかり。楽しそうに談笑する5人とは正反対に、俺のテンションはさっきからストップ安だ。「…………はぁ。まぁバレちまったから言うけどよ? 実はそのファンクラブを作るって話、立ち消えになっちまったんだよ」溜息を吐きながら、慶一は気だるそうにそんなことを言う。表情が不機嫌そうなのは、自分がネギの人気に骨抜きにされていたという恥ずかしい事実を誤魔化したいからだろう。…………何気に女性陣ばかりに気を取られていたが、こいつもネギの性別バレの要注意人物なんじゃね?「立ち消えって、そりゃまたどうしてだ?」不思議そうに首を傾げて、慶一にそう尋ねる達也。無論、俺はその理由を既に知っていた。達也の質問に、慶一は突然神妙な顔つきになり、こんな話をする。「実はよ…………そのファンクラブを作ろうとしてた中枢メンバーが、全員同じ日にいきなり失踪しちまったんだ」「し、疾走!?」「…………ちゃうでネギ? 『疾走』やのうて『失踪』や。行方不明。いきなし走ってどないすんねん」げんなりしながらも、しっかり突っ込みはしておく。俺偉い。「幸い、全員翌日には見つかって普通に登校もして来たんだけど、何かファンクラブへの情熱は一気に冷めちまっててな。んで、結局その話は立ち消えになった」そう締めくくる慶一に、メンバーは一様に暗い顔をしていた。まぁ、そこだけ聞いてたら、完全に怪談話の類だもんな、それ。「ま、まさか、『ネギにいかがわしいことをしようとしたら秘密組織に捕まって脳改造される』って噂の出所はそれか?」「えぇーーーーっ!!!? な、何ですかその噂っ!? ボク、そんなの全然知りませんでしたよっ!!!?」顔を青くしながら言った達也に、驚愕の余りそんな叫びを上げるネギ。…………ちなみに、その噂は9割方当たってたりする。ここに集まった面々を震撼させた『失踪事件』。何を隠そう、その犯人はこの俺なのである。いち早くネギファンクラブ結成の兆しを聞きつけた俺は正直焦っていた。だって考えてもみろ?ただでさえ抜群の容姿で注目の的になっているネギ。そんな彼女の一挙手一投足に過敏に反応するようなファンクラブが出来ようものなら、いつ彼女の性別がバレるか分かったものじゃない。と言う訳で、何としてもファンクラブ結成を阻止したかった俺は、その日の内に中枢メンバーを割り出した。そして、そいつらが1人きりになったところを狙って拉致。速やかに図書館島深部のアルの下へと連れて行って認識阻害の魔法を掛けて貰った。ちなみに、この認識阻害とは、普段俺やネギが使っているような大衆向けのものではない。特定の個人からネギに対する認識を歪める類のものだ。具体的に言うと、拉致った連中は全員、ネギに対して『並々ならぬ興味』を抱いてた連中だ。そんな訳で、俺はアルに頼んでそいつらに『ネギに対する興味を忘れる』ような暗示を掛けてもらったと、早い話がそういうこと。学園長ではなくアルを頼ったのは、爺様が入院中ってのと、その行為が完全に『法に抵触するもの』だったから。さすがに人の心を変える魔法を使うのは抵抗があったが、こんなことでネギの命を危険に曝す方がよっぽど良心を痛めるからな。そんな訳で、速やかに洗脳処置を施した俺は、全員を拉致った場所へ連れて行き解放。なお、アルの完璧なフォローによって、連中は拉致られたときの記憶を完全に失っている。…………ちなみに、今回アルに支払った対価は茶々丸提供『ますたー観察日誌』より『初めて晴れ着を着てご満悦のエヴァ』の写真だ。あの残念なイケメンは、本当どこに向かってるんだろうね?…………とまぁ、こんな具合にいろいろと後ろ暗いことのある俺は、この噂がネギの耳に入らないよう四苦八苦してた訳だ。それをこのバカ四天王はあっさりバラしてくれやがって…………まぁ、悪気はないんだろうけど。俺は溜息を吐きながら、コーヒーのお代わりを注ぐために席を立つのだった。「…………で? これからどうするよ?」一しきり談笑を楽しんだ頃、徐にそんなことを言い出す慶一。携帯の背面ディスプレイに目を落とすと、時刻は現在午後12:30を少し回ったところ。今日はクラス成績の発表だけで授業もなかったしな。加えて、メンバーの部活は奇しくも全て休み。確かにこのまま解散するにはもったない状況だった。「じゃあよ? テスト終了の打ち上げも兼ねてぱーっと遊びに行くってのはどうだ?」「ぱーっとって、一体どこにや?」屈託のない笑顔で言った薫ちゃんに、苦笑いを浮かべながら突っ込む俺。しかも打ち上げするには散々な結果だったしな。最早、反省会を開くべきだろう。「そうだな…………ボーリングとかどうだ?」「いや、ダメだろ。前に達也が烈空掌でボール投げて、2レーンを粉々にしたのを忘れたか? あの後かなり問題になったじゃないか」「う゛っ!? あ、あの時のことは思い出させないでくれ…………」冷静に突っ込んだポチやんに、げんなりした表情で懇願する達也。まぁ、あんときゃその日の晩飯賭けてたし、みんな熱が入ってたもんなぁ…………。だからってチートパワー使うのは反則だが。「に、2レーン粉々って…………こ、小太郎君、4人って一般人なんだよね?」「…………身体能力はその域越えとるけどな」だって4人とも『気』使えるし。今だったら普通に4人のがネギより強いだろうしな。しかし未だ『気』の使えない古菲に負けたのはがっかりだ。多分技術的な差だろうけど。古菲って、きちんとした体系のある武術を修めてる分、技術だけなら俺より上だし。それはさておき、ポチやんにダメ出しを受けた薫ちゃんは首を捻り、次にこんな案を打ち出した。「じゃあゲーセンはどうだ? パンチングマシーンとかスカッとするだろ?」「それもダメだろ? 去年ポチやんがキックマシーンの筺体ぺしゃんこにして、しこたま怒られたじゃん?」「ぐはっ!? あ、あれは本当に反省してるんだ。もう許してくれ…………」慶一に古傷を抉られて、ポチやんは先程の達也同様、ぐったりとしながら許しを請う。あんときは確か、ポチやんの前にたまたま出くわした古菲がやってたんだっけ?で、パワーでだけは女に負けられないってんで、思わずポチやんが本気を出したと…………気持ちは分からなくもないが限度ってもんがあるよな。そんな訳で、第2案も挫かれた薫ちゃん。彼が次に出した案はこんなものだった。「少し趣旨からズレるけど、バッティングセンターとか? 真芯捉えると気持ち良いだろ?」「それも却下じゃね? 冬休みに慶一が打ち返した弾ピッチングマシーンに直撃させて1台ダメにしたし」「はうっ!? そ、その話をすんじゃねぇ!! あの後、損害賠償請求されるんじゃ? って夜も眠れなかったんだぞっ!?」…………それは自業自得だ。しかしまぁ…………碌なことやってねぇな俺たち。ちなみに、ここには上がってないが、俺と薫ちゃんにもいくつか罪状はある。例えば薫ちゃんだと、縁日で腕試し屋とかいう、店員に腕相撲で勝てば景品がもらえるって出店で、アーム●トロング少佐みてぇなムキムキマッチョの腕折ったとか。あと俺は、ビリヤードで力込め過ぎて、手玉で隣の台吹き飛ばしたとか…………怪我人が出なかったのは幸いだったな。とまぁ早い話が、この面子で身体を動かすような遊びに行くってのが土台無謀なのだ。一般人が楽しめる程度の強度しかない施設なんて軽く粉々だぜ?そんな訳で残ってる案としては…………。「後はカラオケくらいか?」「せやな」思案顔で言った薫ちゃんに、そう頷く俺。カラオケなら、俺たちが力み過ぎて何かしらの被害が出るってこともないだろうからな。とは言ったものの…………。「カラオケなぁ…………このメンバーでってのはどうもな?」渋面でそんなことを言う慶一。まぁ、俺もその意見には多いに賛同だ。中学生の癖に軒並み180越えの武闘派がこぞって5人も来店したら、他の客に迷惑甚だしいだろう。さすがにこの案は却下か?そう思っていた俺だったのだが…………。「あ、良いですねカラオケ。ボク、イギリスに居た時は言ったことなくて。それに日本はカラオケ発祥の国ですし、その施設がどんななのか興味もあったんです」俺たち武闘派の決して自慢にならない武勇伝に顔を青くしていたネギが、不意にそんなこと言い出した。ネギってあんまり人前で歌うのとか得意じゃなさそうなのに、何か意が…………ってそうでもないか。さっきも言ったけど、彼女の価値観はあくまで『女の子視点』。日本では年頃の女の子は誰しも1度は使用したことのあるであろうカラオケに、少なからず興味があっても不思議じゃない。そう考えると、何とか彼女をカラオケに連れて行ってやりたいところだが…………。如何せん他の面子がノリ気じゃな…………。「よし行こう。今すぐ行こう」「はぁっ!?」メンバーの説得を講じていた俺は、いきなり意見を180°変えた慶一の台詞に素っ頓狂な声を上げてしまった。な、何でいきなり?…………って、こいつそういえばネギに骨抜きにされてたんだったな。とは言っても、他の面子はそう簡単に首を縦には…………。「たまには良んじゃね? ぶっちゃけ、他に行けそうなとこもねぇし」「そういえば時期が悪くてネギの歓迎会もまだったしな。それを兼ねてなら、俺は大いに賛成だ」「じゃあ、カラオケで決まりだな!!」…………うそん。慶一どころか残りの3人まで掌を返す始末。まさに鶴の一声ならぬ、ネギの一声。…………こ、これが原作主人公の持つリーダーシップだというのか?というか、ここまでみんなに愛されてると、無意識に魅了の魔法とか使ってんじゃないかと疑いたくなる。しかしまぁ、他のメンバーがノリ気なら問題ないか。そんな訳で、俺たちはファミレスを後にすると、近くのカラオケBOXへ向かって移動を開始したのだった。「…………ダメだわ。満室だってよ」受付から戻って来た慶一は残念そうにそう口にした。あれから、すぐにカラオケに向かった俺たちだったが、よくよく考えてみれば今日は女子部の連中も午前上がりだったのだ。そんな訳で、見事に一件目のカラオケは満室。仕方なしに別のカラオケに移動したんだが結果は先と同じ。「20人は入れる大部屋がさっきまで空いてたらしいんだけど、たった今全部埋まっちまったらしくてな」「まぁ、それはしゃあないやろ?」申し訳なさそうに言う慶一に、そうフォローを入れておく。別にカラオケが満室なのはこいつのせいじゃねぇし。…………まぁ多分にネギに良い格好見せられなかったってがっかりがあるんだろうが、ネギの手前それは黙っててやろう。しかし、こうなったら少し遠いが電車で隣街に繰り出すしかないよなぁ…………。俺がそんなことを考えていた矢先だった。「―――――あれ? 小太郎?」不意に聞き覚えのある声に呼ばれて、思わず振り返った俺。その視線の先には、ドリンクバー用のものだろう、グラスを片手にくだんの大部屋から顔を出した明日菜の姿があった。「明日菜~? どないした…………って、コタくんやん♪」そんな明日菜の後ろから出て来た木乃香は、俺を見つけるなり嬉しそうな声を上げる。そして子犬のようにぽてぽてとこちらへ駆け寄って来た。「お2人ともどうかしまし…………おや? 小太郎さんでは…………ってネギさんもっ!?」「えっ!? ネギ君っ!? どこどこっ!!!?」そして連鎖反応のように、夕映、まき絵まで飛び出して来る始末。もしかししなくてもこの流れって…………。「こ、小太郎さんっ、お、お久しぶりです~」「おたくらもテストの打ち上げ? 部屋空いてなかったっしょ?」「見たことある顔と思たら、前に中武研に殴りこんで来た連中アルか」「ニンニン♪ こんなところでお会いするとは、奇遇でござるな」俺の予感を的中させるように、ぞろぞろと出て来る図書館島遭難事件時のメンバー。…………よりによって、今しがた大部屋を抑えた客ってこいつらかよ。大方、無事にテストを乗り切れ、しかも今までにない試験結果を残せたお祝いにってとこだろうが…………よりによってこんなところで出くわすとは。何でかは知らないが、明日菜の奴、俺に怒ってるっぽいし、ほとぼりが冷めるまで会いたくはなかったんだけど。まぁ、出くわしたものはしょうがな…………。「天誅ぅぅぅぅうううううっ!!!!」「やっぱりかこのバカ四天王筆頭がぁぁぁぁああああっ!!!!」―――――ドゴォンッ!!!!「へぶぅっ!!!?」例により、突如として殴りかかって来た慶一。そんな奴の頭を思い切りかかと落としで踏み抜いて床に叩きつける。いつ何時復活するかも分からないので、俺はそのまま慶一の頭を踏んだままにしておいた。いきなりどつき合いを始めた俺と慶一をぽかんとした目で見つめる女性陣。「あ~…………これは単なる持病の発作やさかい心配せんで良え。こうしとったらその内落ち着くはずやから」「ふがっ!? ふがふがっ!?」俺のあんまりな言い訳に異議があるのか、ふがふがと俺の足元で呻く慶一。…………つか、やっぱり気絶してなかったのかよ。本当、頑丈さだけは一人前なってきたな。「みなさん!? うわぁ奇遇ですね? あ、それから…………無事に最下位脱出おめでとうございます!!」ひょこっと俺の背中から顔を出したネギは、足元の慶一など気にならないかのように笑顔でバカレンジャー+3に祝辞を述べる。まぁ、引っ越して来た初日から慶一の奇行は見てるし、もう耐性付いちゃってるのかもしれないな。「え、あ、う…………そ、そのっ、あ、ありがとうです…………」「えへへー♪ これも全部ネギセンセーの教え方が良かったからだよ? ありがとね、ネギ君」そんなネギに、改めてお礼を言う夕映とまき絵。…………な、何だ? 今の2人の反応は?一瞬漂って来た、この仄かなラブ臭は一体…………って、そうか。ラブ臭ってこういうのを言うのか。…………ん? いやいやいやいや!? そうじゃねぇだろっ!? 何納得してんだ俺っ!?ね、ネギのやつ…………いつの間にこの2人のフラグ立てやがったんだよっ!? 聞いてねぇぞ俺はっ!?焦る俺を余所に、ことこう言うことに敏感な人物が1人、ギュピィンッと瞳を輝かせたのは言うまでもない。「んっふっふ~♪ そーゆーこと…………?」…………うわぁ。ハルナのやつ、完全に弄り倒す気満々の目ぇしてやがる。こうなったら、厄介事に巻き込まれる前に、さっさとこの場を立ち去った方が無難だろう。そう思って、俺はバカ四天王+1にここからの撤退を進言しようとした。しかし…………。「ねぇ小太郎君たち? さっきも聞いたけど、満室で入れなかったんじゃない?」「…………」ハルナに先を越されて、退路を断たれてしまう俺。どうしよう…………もう嫌な予感しかしないんですが…………。そんな俺の悪寒も知らずに、屈託のない笑顔でハルナに頷くネギ。「はい。実はその通りで、どうしようか困ってたとこなんですよ」苦笑いを浮かべてそんなことを言い出すネギ。その瞬間、ハルナの瞳が怪しく輝いたのを、俺は見逃さなかった。「良かったら、ウチらと一緒の部屋で歌う? 今回無事にテストを乗り越えられたのはネギ君と小太郎君のおかげだし、そのお礼ってことで」「…………」『混ぜるな危険』ハルナがその提案を口にした瞬間、俺の脳裏に過ぎったのはそんな言葉だった。じょ、冗談じゃねぇっ!!!?バカレンジャー+3とバカ四天王+1を同じ部屋に放りこむなんて恐ろしい真似出来るかっ!!!!どんな化学反応が起こるか分かったもんじゃねぇ!!ケミカルハザードってレベルじゃねぇだろ!? 主に俺がっ!!!!ここは何としても阻止しなければ…………。「い、いやぁ。せやけど、自分らに悪いやん? それに、ほら? 自分は良くても他のメンバーは…………」「ウチはむしろ、コタくんと一緒の方が嬉しいえ?」「…………」俺が言いかけた台詞を途中で遮り、無邪気な笑顔でそんなことを言い出す木乃香。普段だったら嬉しいし光栄だと思うとこだが、今ばかりはそんな彼女の無邪気さが恨めしかった。「そうね。私もパルと木乃香の意見に賛成よ。…………ちょうど、小太郎には聞きたいこともあったしね?」木乃香に同調するように、図書館島で見せた気迫の片鱗を覗かせて、そんなことを言う明日菜。そして、そんな3人に続くようにして、残りの女性陣までもが全員、相席に了承の意を表しやがった。…………ジーザス。こ、こうなったら、今度はこっちの都合を理由に断る他ない!!「あ、あ~…………き、気持ちは嬉しいんやけど、ほら? 俺らってイマドキ~なシャイボーイやから、女子と一緒っちゅうんは…………」「サー!!!! 望むところであります!!!!」「…………」再び遮られる俺の台詞。遮った犯人は、いつの間にか復活していた慶一だった。しまった!? 女性陣に気を取られ過ぎて足の力が緩んでた!?「んじゃ、決まりってことで♪ そんじゃ、そこの長い髪の兄ちゃん、さくっと手続きよろしく♪」「サーイエッサー!!!!」ハルナにそう促されて、敬礼しながら頷くと、慶一はそそくさと受付に向かって行ってしまった。…………お、終わった。俺はこれから繰り広げられるであろう阿鼻叫喚の地獄絵図を想像し、がっくりと肩を落とすのだった。