―――――ザッパァァァァン…………上がる水飛沫に沈んで行く動く石像(ゴーレム)の巨体。原作を見た限りだと、これは学園長の幻術か何かだと思ってたんだが…………この駆動音、完全に科学技術の産物だな。つーことは、こんだけ盛大にすっこけたらそうそう起きれまい。一先ず時間は確保できたな。上がる水飛沫を眼前に、学ランを棚引かせ颯爽と登場する俺。恐らく後ろの女性陣は、そんな俺の姿に見惚れているに違いない。わざわざタイミングを見計らってまで出て来たのだ。そうでないと困る…………くふっ、くふふふふふっ。これで後は、格好良く笑顔なんか浮かべて後ろを振り向けば完璧だろう。恐らく彼女たちは、俺のあまりにカッコ良過ぎる登場に、状況を忘れて見惚れるに違いない。そう…………自分達が入浴中だったということも忘れて、な。つまり、今背後に居る彼女たちは、ほぼ全員が裸にバスタオル程度の露出度が高い状況であるのは間違いない。すべてはこの一瞬のため。ネギが障壁を張った辺りから到着していたにも関わらず、俺はこの瞬間のために脳をフル回転させてこのシチュエーションを作ったのだ。これまで築き上げて来た『学園最強の魔法生徒』『麻帆中の黒い狂犬』などという俺のイメージ。それを崩さぬために、俺はこれまで、事故以外で女性対する過度のアプローチが出来ずにいた。無論、過去の因縁を清算するまでは特定の女性と付き合うつもりがない、というじぇんとるみぇ~~~んな俺のポリシーも要因の一つ。しかし…………だがしかしだ!!女性のあられもない姿が見たいかと聞かれれば、俺は全力で応よと答える!!!!そして、今俺の目前には、それを合法的に可能とする全ての状況が一通り揃っているのだ。さぁ…………いざ開かん!! 桃源郷への扉!!!!だらしなく緩みそうになる口元に注意しながら、俺はニヒルなスマイルを顔に張り付け、ゆっくりと女性陣へと振り返る。そう、そこには夢にまで見た幻想郷が…………広がっているはずだった。「よぉ? 待たせた…………な?」な、何ぞコレ?振り返った俺の視界は、どういう訳か漆黒の暗闇に支配されてしまっていた。余りに唐突な出来事に、一瞬凍りついてしまう俺の思考。そして次の瞬間…………。―――――ぎゅぅぅぅううううう~~~~…………「あだっ!? あだだだだだだだっっ!!!?」突如として俺の眼球を襲う圧迫感に、思わず悲鳴を上げていた。つかマジで痛いっ!!目ぇ潰れるから!?眼球破裂しちゃうからっ!?く、くそっ!? 一体何が起こって…………!?訳も分からず状況を確認しようとする、俺。しかしその疑問は、すぐに解き明かされることになった。「み、みんなっ!! 今の内に早ぉ服着て~~~~っ!!!!」「げっ!? こ、木乃香ぁっ!!!?」俺の背後やや下から、精一杯の声でそう叫んだのは、間違いなく近衛木乃香嬢だった。…………お、俺としたことが。よもや、目前に迫った桃源郷を前に、背後への注意が散漫になっていようとは…………ふ、不覚!!し、しかしまだだ!! まだ終わらんよっ!!!!このまま、痛がっているふりをして、木乃香を振りほどきさえすればまだ勝機はっ…………!!そう思った次の瞬間…………。―――――ふにょんっ❤「っっ!?」尚も抵抗を続けようとした俺だったが、背中に感じた柔らかな感触に、再び思考を停止させてしまっていた。こ、これはぁっ!?ま、間違いない…………俺が着ている学ラン、そしてタオル生地越しではあるが、これは紛れも無く木乃香の双丘の感触…………!!つまり、無駄な抵抗をしなければ、俺はもうしばらくこのすんばらすぃ感触を堪能できるということなのか!?ま、マーベラスっっっ!!!!(ヘヴン状態)…………しかし、本当にそれで良いのか犬上 小太郎?これでは、今までと同様、単なるラッキー助平と何ら変わりはない。俺は自ら美味しいシチュエーションを生み出し、その渦中に飛び込むことで、大人の階段を1歩踏み上がろうとしていたのではなかったか?木乃香の胸の感触、それは確かに美味しいものかもしれない…………だが!!そんな、受動的な態度で、俺は本当に満足なのか!? 答えは否だ!!!!再び、先程の考えを実行に移そうとした俺。しかし…………。「こぉたぁくん♪ これ以上暴れるつもりなんやったら…………ウチ、凄いことしてまうえ❤」「…………め、滅相もアリマセン」背後に降臨した般若の気配に、俺は一切の抵抗を諦めて、大人しくすることしか出来ないのだった。…………む、無念。と、とゆーか木乃香さん、凄いことって何…………?「…………よっと。コノカ~!! もうコタローを離しても大丈夫アルヨ~!!」そんな古菲の声と同時に、ぱっと明るくなる俺の視界。うお眩しっ!?突然もたらされた明るさに、一瞬顔を顰める俺。そして案の定と言うべきか、既に女性陣は全員図書館島潜入時と同じ、学生服に身を包んでしまっていた。…………ち、ちくせう。「コノカっ。あなたも早く着替えるですっ!!」軽く落ち込んでいた俺を余所に、俺の後ろにいた木乃香へと駆け寄り、彼女の制服を手渡す夕映吉。振り返った先に居た木乃香は、俺が感じた感触通り、上半身は胸にタオルを巻いているのみの大胆な格好だった。…………ま、まぁ、御馳走さまデシタ?「ありがとう夕映。せやけど、ウチは別にコタくんに見られるんは別に構へんのやけどな?」「…………」そのリアクションは予想してたけど、何か違うよね?やっぱりさ、女性はこう恥じらいがないとさ。…………いや、見せてくれるって言うなら喜んで見るけどさ。もっとも、それを木乃香にお願いした場合、刹那から受ける報復は木刀で顔面強打どころじゃ済まないだろうが。それにしても…………木乃香め。俺の野望を打ち砕くだけでは飽き足らず、格好良い登場シーン、及び感動的な再会シーンまで台無しにするとは…………。こうなっては、今更どう取り繕っても遅いだろう。そんな状況に、俺は軽く目眩を覚えたのだった。「しかし小太郎殿、やはり無事でござったか」「私は最初から、コタローがそうそうやられる訳なんてないと思てたアルネ」いち早く現状に復帰した武闘派2人が、まずはそんな風に声をかけてくれる。…………まぁ、とりあえずは再会を喜んでおくべきだよな。俺は駆け寄って来た2人に苦笑いを浮かべながら、ハイタッチを交わした。「一先ずは再会の喜びを申し上げるです。しかし小太郎さん、この2日間一体どうされていたのですか?」木乃香と2人、すでに俺の近くに来ていた夕映が、今度はそんな風に尋ねて来る。俺は何と答えたものか迷った挙句、結局はありのままの事実を伝えることにした。「あ~…………ぶっちゃっけると2日間丸々爆睡しててん」「えぇ~~~~っ!? わ、私達があんなに頑張って勉強してたのに、コタ君寝てたの~~~~っ!!!?」俺の答えに、全力で抗議の声を上げるまき絵。いや、俺もそんなに寝過ごすつもりはなかったんだよ? ホントダヨー?「まぁそう言いなや。迷宮で会うたやつおったやろ? あいつと思った以上の…………いや、予想通りっちゅうべきか? ともかく激闘になってもうてな。体力を回復するために、今の今まで身体を休ませとったんや」体力だけじゃなくて、ズタズタになった筋肉と骨を再生させるだけの魔力も必要だったしね。「まぁ、コタくんいつも怪我した後はぐっすりやもんな? …………けど、ホンマに無事でおってくれて安心したえ」さすがに、何度もボロボロになって爆睡する俺を見ているせいだろう。木乃香はすぐに納得したように頷いて、はんなりとした笑みを浮かべながらそんな言葉を掛けてくれた。…………いつもこんな風に可愛らしくしててくれると、俺の寿命はもうちょっと延びる気がする。それにしても…………一番心配してた奴からは何の言葉もないんだが?腑に落ちなくて、彼女の姿を探そうと木乃香から視線を移す俺。そんな時だった。「―――――小太郎君!!」―――――ドカァッ!!!!「げふぅっ!!!?」俺の名を叫びながら、ネギが渾身のタックルをお見舞いしてくれたのは。…………いや、違うか。恐らく彼女にしてみれば、普通に俺の胸に飛び込んで来ただけなのだろう。ところがどっこい、風の精霊に力を借りた彼女の跳躍で飛び込めば、それは微笑ましい再会シーンではなく、見事な殺人現場だ。俺以外の人間だったら、吹き出す程度じゃすまなかっただろう。とはいえ、さすがに学園最強の魔法生徒なんて言われてる俺には、それなりの矜持がある。何とか後ろに仰け反りそうになったのを、気合で押し留めた。「…………信じてた。無事でいてくれるって、信じてたよっ…………!!」俺の胸に顔を埋めながら、嗚咽にまみれた声で、そう零すネギ。…………何だ。心配掛けてたのはお互い様ってことかよ。まぁ、大口叩いた割に、結局助けに来るのがこんなに遅くなっちまったしな。そんな詫びの意味も込めて、俺は彼女の頭に手を置くと、その髪を優しく撫でた。「…………遅くなってスマンかったな。けど、この通り約束は守ったで?」にっと、歯を剥き出しにしながら笑う俺。そんな俺の顔を見上げて、ネギはようやく微笑んでくれた。「うん…………ボクも、約束ちゃんと守ったよ?」そして、笑顔のままそう言うネギ。アルの言葉通りなら、彼女は俺との約束通り、無茶はせずこの地底図書館でみんなを励ましながら頑張ってくれたのだろう。自分の性別と、魔法使いということを隠しながら。そう思うと、生き延びるために仕方ないこととはいえ、今まで悠長に眠ってた自分が情けなくあるな。そんな訳で、俺は気持ち大目にネギの頭を撫でておいた。…………べ、別にネギの髪がサラサラしてて気持ち良かったからじゃないんだからねっ!?「「「「「…………(じぃ~~~~っ)」」」」」「ん?」どれくらいそうやってネギの髪を撫でていただろうか。不意に視線を感じて顔を上げると、ネギと明日菜以外の5名が、じいっと俺たちを凝視していた。な、何だ?「…………ま、まさかお2人がそのような関係だったとは…………い、いえ。他人の趣味をとやかく言うつもりはないです。しかしこれではのどかがあまりにも…………」不思議に思って首を傾げた俺に、夕映が深刻な表情でそんなことを呟く。…………あ!! そ、そう言えばこいつらからすると、ネギは男なんだった!!つ、つまり、夕映が言いたいことは…………。『小太郎♂×ネギ♂』「真っ赤な誤解やぁぁああああっ!!!!」夕映の勘違いに気が付いた瞬間、俺は全力でそう叫んでいた。「し、しかし、お2人の仲睦まじい様子をこう見せつけられては、説得力に欠けるでござるよ」「日本の文化では、武士にはそういう人が多かたと聞くアルからネ」「そ、そんな…………あう~、短い恋だったよ…………」そんな俺の心からの叫びをガン無視して、好きかって言ってくれる3名。ん? 3名?そうか、木乃香だっ!!こうなったら、彼女に望みを託す他ない。そう思って彼女に視線を移す。が…………。「…………確かせっちゃんが『魔法で性別は変えれる』言うてたな?」頼みの綱だった木乃香さんは、やたら真剣な表情でかなり物騒なことを思案していた。つーか止めて!? 木乃香みたいな美少女が男の娘になるなんてマジ勘弁!! 世界の損失よ!?もうどうにもならなさ気なこの状況。当事者であるネギはというと…………。「え? え???」状況が飲み込めていないのか、不思議そうに首を傾げるばかりだった。…………まぁ最初からこの手の話でネギは当てにしてないけどさ。し、しかしどうする?どうやってこの状況を打破すれば良い!?必死で案を絞りだそうとする俺。そんな時だ。「―――――元気そうで何よりじゃない? ねぇ? 色男さん?」聞く者全ての身を凍てつかせるような冷たさを持って、明日菜がそう言った。…………そう言えば、明日菜のやつさっきからずっとだんまりだったか?い、いや、それにしたって、彼女のこの異様な怒気は一体…………?恐る恐る、彼女の声が聞こえた方へと視線を向ける。するとそこには、案の定と言うべきか、ぎんっと両目を釣り上げ、禍々しいオーラを醸し出す明日菜の姿があった。な、何でそんなに怒ってはるのんっ!!!?彼女から放たれるプレッシャーの余り、自分とネギにホモ疑惑が浮上していることを忘れて焦る俺。正直、今すぐにここから逃げ出した衝動に駆られた俺に、ゆらりと幽鬼のような足取りで近付いて来る明日菜。「ふふふっ…………待ってたわよ、小太郎。あんたには言いたいことと聞きたいことが山ほどあるんだから…………覚悟は良いわね?」ニヤリと口元を三日月に歪め、ゆっくりと俺に近付いて来る明日菜。そんな彼女の異様な雰囲気に恐れをなしたのか、俺とネギを取り囲むように集まっていた面々はモーセ状態で彼女に道を開けていた。…………つーかネギまでそっちに行くのかよ!?こ、これでは逃げ場がないではないか!?い、いや落ち着け俺!!今までだって、幾度となく極限の死線を潜り抜けて来たじゃないか!?俺はやれば出来る子だ!!そんな風に自分を鼓舞しながら、何とかこの場を脱する方法を模索する俺。…………ここは、やはり性急な話題の転換しかない!!思い立った俺は、すぐさまそれを実行に移すことにした。「待て待て明日菜!! い、今はおしゃべりしとる場合とちゃうやろ!? 一先ずは、こっから脱出するんが先決とちゃうか!?」「む…………ま、まぁそうとも言えなくないわね?」…………よしっ!!明日菜の纏っていた怒気が霧散したことを確認して、俺は小さくガッツポーズを決めた。「だ、だけど小太郎君。脱出しようにも、道なんてどこにもないよ?」「見えとるとこにはな。奥に滝があったやろ? その裏側に隠し通路があんねん。それが地上へ近道らしい」俺がそう言った瞬間、一同の顔がぱぁっと明るくなった。…………何だかんだ言ってもまだほんの中学生、みんなそれなりに不安は抱えてたみたいだな。もっとも、楓はそうでもないみたいだが。だって彼女の場合、忍術を隠さなけりゃ簡単にここを抜けだすくらいやってのけるだろうし。暗闇に差しこんだ一条の光明に、瞳に涙を浮かべて喜び合う面々。しかし、世の中そう甘いことばかりではない。『ぐ、ぬぬ…………よ、よくもやってくれおったな? ただでは帰さんぞい!!!!』「「「「「「「!!!?」」」」」」」「…………まぁ、当然そうくるわな」いつの間に起き上がっていたのか、俺の背後で怒りの咆哮を上げ、地響きを上げながら近付いて来る動く石像。…………しかしこのジジィノリノリである。それが無性にムカついた。「ネギ。自分はこいつら連れて隠し通路に向かい」「わ、分かったよ!! だ、だけど小太郎君はどうするの!?」心配そうにそう尋ねて来るネギ。俺はそんな彼女に、獣染みた笑みを浮かべてこう答えた。「このガラクタを放っとく訳にゃいかんやろ? 安心せえ。今度はすぐに追いつく。先に行って待っとってくれ」「小太郎君…………分かった。その代わり、必ず追い付くって約束して?」3日前、迷宮を彷徨っていたときの出来事を通して、こうなると俺が梃子でも動かないと悟ったのだろう。ネギは食い下がることはなく、ただ1つそんな約束を持ちかけて来た。俺はそんな彼女にもう一度笑みを浮かべると、動く石像へ振り返り彼女に背を向けたまま右手をサムズアップする。「了解…………その約束、必ず果たしたる」「…………その言葉、信じるからね?」そんな言葉を最後に、遠ざかっていく彼女たちの気配。それを背後に感じながら、俺は眼前に巨体を顕わす石像と改めて対面した。「さて…………ほんなら、始めるとしまひょか?」べきんっ、と右手の指を鳴らし、全身に纏うを闘気を高める俺。最初の一撃でも分かる通り、極夜の葬送曲による反動は完全に回復していた。つまり、今現在俺は、あの魔獣化を遂げた直後よりも高い魔力と身体能力を有しているということ。その性能…………思う存分発揮させてもらうとしよう。『ま、待て小太郎君!! わ、ワシじゃ!! 学園長じゃ!!』俺の纏った魔力が、本気のそれであることに気が付いたのだろう。慌てた声で『動く石像』はそんなことを言い出した。それに対して、俺は口元に笑みを浮かべて…………。「冗談言うたらあかんで? 俺の知っとる学園長はな、妖怪としか思えんけったいな頭した、小柄な爺様やぞ?」『フォッ!!!?』遠回しに、全く取り合わないことを、そう宣言したのだった。もちろん、俺はとうの昔にこの動く石像の正体が、学園長その人だと言うことは分かっている。取り合わなかったのは一重に、こいつを思う存分ぶちのめしたかったからだ。本来俺と学園長の立場は、『上司と部下』ないし『教師と生徒』だ。どちらの立場であっても、俺が学園長に暴力を振るえばただでは済まない。しかし、今俺が対峙しているのは『上司』でなければ『教師』でもない『正体不明の敵』に他ならない。つまり…………この石像を俺がどれだけどつきまわそうが、何のお咎めを受ける謂れもねぇのである。先程のアルとのやりとりは、つまりそういうことだ。くっくっくっ…………この日をどれだけ待ちわびたことか。この2年…………特にこの1カ月で溜まりに溜まった鬱憤、存分にぶちまけさせて貰おうか?『ま、待つのじゃ!! 今、証拠を…………』慌てた様子でそう言った石像は、おもむろに自分の頭部を両腕で掴む。恐らく、あの頭部はヘルメットとかヘッドギアになっているのだろう。それを取れば、良く見知ったあの妖怪ヘッドが顔を覗くに違いない。そうなった場合、俺の目論見は全て水泡と帰すだろう。しかし…………。―――――ぐっ…………『フォッ!?』―――――ぐぐぐっ…………『ぬ、ぉ、ぉ、ぉ、ぉ!!!! …………あ、頭が挟まってしもうた!!!?』どれだけ力を入れようと、石像の頭部は抜けることが無かった。ニヤリ、と口元を歪める俺。バカめ…………この千載一遇のチャンスを、俺がそんな簡単にふいにするとでも思ったのか?こんなこともあろうかと、最初の一撃を放った際、頭部にも軽めの一撃をくれて既にその形状を変形させておいたのだ。加えてあの妖怪ヘッド…………こうなっては、あのヘッドギアを着脱することはそうそう出来ないだろう。ザマァミロだ。「茶番はその辺で良えやろ? …………ほな行くで?」『ま、待ってくれい!! ほ、本当にワシなんじゃーーーーっ!!!!』そんな石像の悲鳴を完全に無視して、俺は右手で顔を覆う。中指に嵌めた黒いリングが、魔力を受けて淡い光を放った。俺が早くに到着していたにも関わらず、ギリギリまで出て来なかったのは、何も彼女たちのあられもない姿を拝みたかったから、という理由だけではない。全ては万全の態勢で、この妖怪を屠るため。獣染みた笑みを浮かべて、俺はその言葉を口にした。「キーワード『漆黒の狂犬』。解放『極夜の葬送曲』」俺が発動ワードを口にした瞬間、前回同様、黒い竜巻となって殺到する数千の影精。詠唱の流れを破棄した術の発動に、以前よりも速い速度で俺の身体を影精外装が覆った。完成した影精外装を確認するため、俺は自分の左手に視線を落とし、しげしげとそれを眺める。…………さすがにいきなり完成って訳にはいかねぇか。とはいえ、アルのくれた魔力制御装置のおかげで、完成した影精外装は前回のそれを大きく上回る完成度を誇っていた。そう、遅れて登場したのは、この遅延呪文を完成させるため。悪知恵の回るジジィのことだ、長い詠唱の途中で姿をくらまされでもしたら厄介だからな。感情の映らない石像の顔、その向こう側で学園長の顔が驚愕に歪む幻視を俺は見た。『ディ、遅延呪文じゃとっ!? いつの間に…………!!!?』「知っての通り、人の裏掻いて脅かすんは俺のお家芸。それに最適な遅延呪文を俺が使えへんわけないやろ?」『む、むむ…………た、確かにそうじゃが…………って、お主!? 実はワシの正体に気付いておるじゃろ!!!?』「さぁ? 何のことやら…………?」もう一度、俺はニヤリと口元を歪めた。この術が発動した以上、そのデカイ図体で俺から逃げ出すのは至難の業。…………じっくりと愉しませてもらおうか?「さぁ…………お前の罪を数えろ」『ちょまっ…………!!!?』――――――――――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………それから数秒後、地底図書室には年老いた男性の悲鳴が響き渡った。SIDE Negi......滝の裏で見つけた非常口。その奥で見つけた螺旋階段をボク達は必死の想いで駆け抜けていた。階段の途中には、いくつもの中学レベルの問題が掛かれた石の扉があり、問題を解かないと開かないシステムになっていたんだけど…………。驚いたことに、バカレンジャーと呼ばれていた皆さんは、ボクと木乃香さんの助言なしに次々とその問題を解いて行ってしまったのだ。恐らく、この2日間の勉強の成果が表れているのだろう。それが何だか、自分のことのように嬉しくて、ボクに思わぬ力を与えてくれた。問題が20問を突破し、携帯の電波が復活し始めた頃に、それは起こった。―――――がつっ「はうっ!?」「夕映さん!?」階段に生えていた木の根っこ。それに足を取られた夕映さんが、盛大に転んでしまう。「痛っ!? …………わ、私としたことが足を挫いてしまったようです」よろよろと、力なく顔を上げながら、そんなことを申告する夕映さん。くそっ…………地上まであと少しなのに…………!!「さ、先に行ってくださいです。せっかく勉強したのに、私のせいでみなさんまでテストに間に合わなかったら元も子もないです」挫いた足を抑えながら、笑顔さえ浮かべて強がる夕映さん。「…………」ボクはそんな彼女の様子を見て、下唇を噛み締めると、有無を言わさず彼女を抱きかかえていた。「ひあっ!? ね、ネギさんっ!!!?」「…………帰るんです」「え…………?」ボクの呟きに、驚いたように目を丸くする夕映さん。そんな彼女に、ボクは力強く笑みを浮かべると、今度ははっきりとした口調で、こう宣言した。「全員で地上に戻るんです!! 大切な友人を見殺しになんて、ボクには出来ません!!」「~~~~っっ!?」ボクのそんな台詞に、顔を真っ赤にして俯いてしまう夕映さん。うっ…………ちょ、ちょっと気障になっちゃったかな?思わず、そんな心配をしてしまうボク。だけど…………。「…………ぁ、ありがとう、です…………」俯いたまま、夕映さんは消え入りそうな声で、そう言ってくれた。そして再び、地上へと続く階段を駆け上るボク達7人。通路に現れた30問目の扉を潜ったとき、待ち望んでいたものが、ボク達の前に姿を現した。「ね、ネギ君!! あれ!!!!」嬉しそうな声を上げてまき絵さんが指差した先。そこには『1F直通』と大きく記されたエレベーターの扉があった。その目の前までやって来て、ボク達は一様に安堵の溜息を零す。…………良かった。これでようやく地上に帰れる。期末試験まで、残り16時間弱。これなら何とか、明日のテストには間に合いそうだった。後は…………小太郎君をここで待つだけ。恐らくは、ボクらを逃がすために、彼は今一度激闘を繰り広げていることだろう。一先ずみんなをここまで無事に連れて来ることは出来た。なら、ボクは彼に託された役目を全うしたということ。この先の行動に関して何も指示を受けていない以上、後はどうしようとボクの裁量次第だよね?「みなさんはここで待っていてください。ボクはこれから、小太郎君を迎えに行きます」杖を握り締めて、ボクはそんな言葉を口にした。もちろん、小太郎君が約束を破るとは思っていない。だけど、迎えに行くくらいは許されるよね?だって…………待ってるだけなんて、そんなのボクはもう嫌だ。みんなの返事も聞かずに、今来た道を引き返そうとするボク。だけど…………。「多分、その必要はないと思うえ?」「へ…………?」ほにゃっとした笑みを浮かべた木乃香さんの言葉に、思わず足を止めてしまっていた。え、ええと、どういうことかな?言葉の意味が分からなくて、思わずボクは思ったことをそのまま尋ねる「あ、あの、それはどういう意味ですか?」「どうもこうも、言葉通りの意味やえ? 多分、コタくんならすぐに追いついて来てまうから、入れ違いになってまう方が心配や」「…………」い、いや、追い付いて来るって…………。確かに小太郎君は転移魔法が使えるし、すぐに追いつこうと思えば追い付けるだろう。しかし、問題なのはあの石像の相手を小太郎君がしてると言うことだ。いくら小太郎君が学園最強と言っても、あんな巨大な敵の相手を1人でなんて、分が悪過ぎる。そう思って、ボクは彼の援護に向かおうと思っていたんだけど…………。「手助けのつもりなら、それこそ無用でござろう。あの石像では、本気の小太郎殿相手に30秒ともたないでござるよ」「えぇーーーーっ!?」楓さんの台詞に、ボクは思わず絶叫していた。あ、あの石像が30秒もたないって…………小太郎君、どんだけ強いの!?驚きの余り、頭が真っ白になったボク。ちょうどそのときだった。―――――ドォンッッ…………「っ!?」地響きとともに聞こえた衝撃音。その震動に、思わず身を固くする。な、何…………!?も、もしかして、まだトラップが!?そんな考えが頭を過ぎって、額に汗が滲む。しかし、そんなボクとは対照的に、木乃香さんと楓さんは、口元に笑顔を浮かべていた。え? どうして…………?「にんにん♪ 噂をすれば何とやら、でござるな」「へ…………?」楓さんの言葉の意味が分からなくて、きょとんとしてしまうボク。その次の瞬間…………。―――――ドゴォォォンッ!!!!!「っっ!?」ボク達が上って来た螺旋階段、その壁の一角が突如として粉々に吹き飛ばされた。つ、次から次に、一体何なのっ!!!?驚きの連続に、思考が追い付いてこない。しかし、ボクが本当に驚いたのは、この直後。壁が砕けたことで舞い上がった砂煙。その中から現れた人物の姿を目にした瞬間だった。「―――――よぉ? 待たせたな?」そう、壁を突き破って現れた人物。それは今まさに、ボクが迎えに行こうとしていた、小太郎君に他ならなかったのだから。SIDE Negi OUT......「こ、小太郎君!? い、一体どこからっ…………!?」壁を突き破って登場した俺に、目を白黒させながらそんなことを尋ねて来るネギ。まぁ当然と言えば当然か。なので俺は、笑顔を浮かべて説明してやることにした。「あの石像をどつきまわるんが思った以上に愉し…………ゲフンゲフン。手こずってもうたからな。普通に追いかけたら間に合わんと思てん。せやから…………こう、滝んとこの壁を砕きつつ、真っ直ぐここまで突き進んで来たっちゅう訳や」夕映やまき絵、古菲の前で転移魔法は使えないし、極夜の葬送曲の使用時間も余ってたしな。だって、フルパワーでやるとあの石像なんざ一撃で粉微塵だぜ?せっかくの機会なのに、それは余りに勿体ない。なので俺は、スピードはそのままに、攻撃する際のパワーはそれこそ小突く程度に絞った上で、あの石像でドラ●ンボールよろしくの1人キャッチボールをしてやった。中にいた学園長は、もうかなりの勢いでシェイクされていたことだろう。最終的に地面に叩きつけられ、でろんとゴーレムスーツから吐き出された学園長は、満身創痍の上に白目を剥いて気絶していた。改めて言おう…………ザマァミロだ。そんな訳で、俺は残った時間をフル活用しつつ、こうしてネギ達へと追い付いた訳だ。一般人的には限りなくアウトに近いアウトな気がしないこともないが…………まぁ、麻帆良の生徒なら別に気にならないだろ?空飛んだとか、瞬間移動したなんて真似より、よっぽど物理的には可能なラインだし。「い、以前の格闘大会でも拝見しましたが…………な、何と言うか、規格外の馬鹿力ですね?」「鍛え方がちゃうからな」ほらな?驚いた表情で、そんな言葉を俺に掛けてくる夕映。こんな人間離れした所業も、ただの馬鹿力で済まされる。素晴らしき麻帆良クオリティ。さて…………何はともあれ、これで一件落着と言う訳だ。さすがにここまで傷めつけられたら、あの妖怪ジジィも少しは大人しくなるだろう。だから俺は、満面の笑みを浮かべて、みんなにこう言った。「―――――さぁ、帰るとしよか?」俺の言葉に、みんなは同じように笑顔を浮かべて、しっかりと頷いてくれた。―――――こうして、俺たちの3日間に渡る図書館島探検は幕を閉じたのだった。…………とまぁ、毎度のことながら、そう綺麗に終わらないのが人生ってやつの厄介なところだ。無事に図書館島を脱出した俺たちを待ち受けていたのは、言うまでもなく学年末テスト。普段から勉強をしている俺とネギ、木乃香はともかく、バカレンジャーの連中は原作同様、帰宅したその直後、最後の悪あがきで一夜漬けを決行。当然のように、テストには遅刻したそうな。オマケに眠たさは極限だったらしく、試験序盤はそのせいで殆ど頭が回らなかったらしい。…………実にあいつららしいけどな。だがしかし、どういう訳か1時間目開始から10分ほどが経過した頃、突如として全員頭が冴えて来たそうな。原作と違って、ネギは俺と一緒に試験を受けていたため、誰も彼女たちを助けてくれる人なんていないはずだ。そう思って首を傾げた俺だったが、明日菜からの報告の電話を切った直後、その疑問は氷解する。俺の携帯に届いていた非通知のメール。その文面にはこんなことが書かれていた。『これは貸しにしておきますね? by図書館島の魔法使い』…………アルのやつめ。最後までとことんマメな男だ。しかし、釈然としないのは、何で明日菜達を助けたのに、これが俺に対する貸しになるのか、ということ。まぁ、彼女たちの行動を予期していながら、何の対策も立てなかった俺のミスと言えばミスだけどね…………。とまぁ、そんなテスト当日を経て、今日はいよいよクラス成績順位の発表日。俺とネギは校内のモニター前でその発表の瞬間を待っていた。なお、発表の直後、女子部の成績に関しては明日菜からネギに連絡が入るようになっている。俺の隣でモニターを見つめているネギはというと、自分が勉強を教えたメンバーの成績が気になるのだろう。ぶっちゃけ男子部のクラス順位とか、自分の成績よりもそっちが気になるらしく、さっきからそわそわと落ち着きがない。そしてそんな俺たち2人の隣では、いつもと違いテスト前に俺からヤマを教えて貰えず、殆ど白紙で答案を提出した男子部バカ四天王が青い顔でモニターを見つめていた。…………だからあれだけ、普段から勉強しろって言ってやってんのに。「つーかネギ、そんなに心配せんでも、別にあいつらの成績は自分と関係あれへんやろ?」「うぅっ…………それはそうなんだけど、勉強教えたのはボクだし、これでみんなの成績が悪かったら申し訳なくて…………」まぁ、気持ちは分からなくもない。俺も正直、自分が教えてるのにこのバカ四人の成績が悪かった日にゃ、さすがに落ち込むからな。「けど、本当に良かったね? クラス解散の噂がデマだったみたいで」そわそわした雰囲気は拭えないものの、ネギは唐突に笑顔を浮かべてそんなことを言った。「本当、何だったんだろう? それにあの図書館島…………トラップに付いて来てた問題が、やたら中学生向けだったし…………」不思議そうに首を傾げるネギに、俺はどうしたものかと迷った挙句、今回のことの顛末を教えてやることにした。「恐らくは全部学園長の企みや。自分と仲の良い明日菜を焚きつけて、自分とバカレンジャーを図書館島に隔離。その間の様子を観察して、自分が麻帆良でちゃんとやっていけるかどうかを見定める…………とまぁ、真相はそんなところやないか?」「え゛…………!?」あけすけにそう言った俺に、ネギは普段の彼女なら絶対出さないような、素っ頓狂な声を上げて凍りついた。つか、今にも灰になって霧散しそうな勢いだな。重ねて言おう。気持ちは分からなくもない。「…………うぅっ。ぼ、ボク、あんなに一生懸命頑張ったのにぃ…………ずっと学園長の掌で踊らされてたなんて…………」さめざめと涙を流しながら、そんな愚痴を零すネギ。原作通りの展開とは言え、さすがにちょっと可哀そうだ。しかしまぁ、俺と刹那が喰らったテスト(エヴァ護衛時の対牙狼丸戦)よりはマシだよな?いきなり実践で、しかも俺は死に掛けたんだぞ?…………そう考えると、やっぱネギは優遇されてるなと思う。まぁ、戦闘訓練を積んでないってことも加味されてんだろうけど。「まぁそう肩を落とすなや? 今回の件は、これから麻帆良で暮らしてくんに十分役立つ経験やったやろ?」あまりにネギが落ち込むので、思わずそんなフォローをする俺。しかしネギは、どういう訳か、そう言った俺をジト目で睨みつけて来た。「む~!! 小太郎君も小太郎君だよ!! 知ってたなら一言くらい言ってくれれば良かったのにぃ!!!!」「それやと自分の試験になれへんやろ? それに、自分は気付いてたやんないか? 自分らとはぐれとるとき、俺が本気で闘うてたってことに」恐らくネギは、俺の魔力の増減に気付いてただろうからな。極夜の葬送曲使用時、魔獣化時、んでもって休眠時と、今回ほど大きな振れ幅で魔力が変動することも滅多にないし。そう思って口にした台詞だったのだが、どうやら図星だったらしい。ネギは真っ青な顔になりながら、口をぱくぱくさせていた。「じゃ、じゃあやっぱりあの時、小太郎君は本当に魔物になりかけてたってこと…………?」「ん? ああ、追い詰められて暴走してもうたときか。つーか一瞬は完全に魔物になってたで? 封印に細工がされとったおかげですぐに戻ってこれたけど」正直、エヴァの機転がなかったら、俺はあのまま親父の手で八つ裂きにされてただろうな。…………くわばらくわばら。それに、戻ってこれたのにはもう一つ理由がある。「自分と約束もしとったしな。『ピンチには必ず駆け付ける』ってな」「ぁ…………」俺の言葉をどう受け取ったのか、ネギはそれまでの青い顔とは一転、可愛らしい笑顔を浮かべてこんなことを言い出した。「えへへっ…………ボク、日本に来て最初に出来た友達が小太郎君で、本当に良かったと思うよ」「…………そらおおきに」不意打ちを食らったせいで、思わずぶっきらぼうな対応をしてしまう俺。…………だから、その可愛らしい容姿で臆面もなくそう言うこと言うのは反則だろ。それから程なくして、男子部のクラス成績順位が発表となった。結果、我らが2-Aはものの見事に惨敗。原因はもちろん、ほぼ勉強ゼロで試験に挑んだバカ四天王が足を引っ張ったから。それに気付いている隣の四人組は、成績が発表された瞬間真っ白に燃え尽きていた。…………ん? 女子部2-Aの順位?…………さぁ?そいつは皆さんの御想像におまかせするとしよう。【オマケ~学園長のその後~】ネ「そういえば、その元凶の学園長なんだけどさ。何か事故で大怪我して全治1カ月なんだって」小「はっ…………下らん企みで人を困らせまくってたバチや」ネ「??? …………小太郎君、もしかして何か知ってる?」小「さぁ? 何のことやら?」ネ「あれ? …………図書館島でのことは全部学園長の企みで、しかもあの動く石像の声、どこかで聞き覚えが…………ってまさか!?」小「~~~~♪」★おしまい★