「ははっ、タイプは違うが女ばっか7人たぁ…………やっぱ血は争えねぇもんだな?」けらけらと愉しそうに、その妖怪は笑い声を上げる。以前の激闘の後、刹那から聞いた伝言で、いずれこいつとはまた相見えることになる確信はあった。しかしそれは、こんな性急なものではない。まさかこれも学園長の差し金?…………いや、それにしちゃあ話が出来過ぎてる。第一に、どうやって奴を呼び出した?あまりに不可解なこの状況に、俺は困惑を隠せなかった。「…………こ、コタくん、あの人、コタくんの知り合いなん?」背後から、不安そうな声でそう問い掛けて来る木乃香。俺は奴から注意を逸らすまいと、振り返ることなく彼女に答えた。「…………ああ。確かに知り合いで間違いあれへん。せやけど、何でこないなとこにおるかは全くの謎や」どうして奴が召喚されたのかも、奴の目的が何なのかも全てが謎。…………もっとも、以前会話した時に感じた奴の性格を考えれば、おおよその見当は付くが。「…………ね、ねぇ? 何かあの人、コタくんにちょっと似てない?」「ムムっ? 言われてみれば、確かに似てるアルヨ!?」奴の外見的特徴が、俺と酷似していることに気が付いたのか、やはり背後でそんなことを騒ぎ出すまき絵と古菲。それに対して、奴はやはり愉しげな笑みを浮かべて、こんなことを言い出した。「そりゃそうだろうよ? 何せそいつと俺は切りたくても切れねぇ縁で繋がっちまってるからな」「…………」…………散々もったいぶってるけど、それって殆ど答え言ってるようなもんじゃねぇか。緊迫していた空気を一瞬忘れて、俺はそんなことを考えるのだった。「あ、あの人が小太郎の言ってた『番人』なの?」「さ、さぁ? …………けど、この魔力。あの人、恐ろしく強いです」「うむ…………この気圏、拙者が知る何者とも一線を隔す。次元の違う強者に違いないでござるな…………」明日菜の疑問に答えながら、俺と同様に身構える楓とネギ。数ではこちらが勝っているが、実際戦闘になれば、間違いなく不利なのはこちらだろう。実際こちらの戦力になるのは、俺と楓、そしてかろうじて古菲だが…………この面子で、他のメンバーを護りながら闘うのはかなりきつい。出来ることなら、ここでの直接戦闘はさけたいところだが、相手の目的は不明。…………打つ手なしか。「『番人』…………もしや、あの方が、我々の探している魔法の本の番人ということですか!?」試案を巡らせている俺を余所に、明日菜の言葉から、奴の正体を推理した夕映がそんなことを言い出す。しかしそれに対する奴の解答は、彼女にとっては予想外の、そして俺にとっては実に予想通りのものだった。「番人? …………知らねぇな。俺はただ、約束を果たしに来ただけだぜ? なぁクソガキ、片結びの嬢ちゃんから伝言を聞いただろ?」 「―――――次は、全力で闘り合おう、ってな?」―――――ゾクゥッ「っっ!?」再び膨れ上がった奴の闘気に、思わず身構える俺。このバカみたいな闘気だ、楓はともかく、場馴れしてない他の連中は立っていることすらままならないだろう。…………マズい。本当にこんな状況は予測していなかった。せいぜい学園長が用意した、ままごとみたいな試練くらいだと、そう高を括っていた俺の失策だ。とはいえ、何とかして女の子だけでもここから逃がさないと。そう思い、考えを巡らす俺だったが、以外にも次の瞬間、奴は俺たちに向けていた狂気染みた闘気を嘘のように霧散させていた。「とは言え、女子どもを巻き込むのは趣味じゃねぇからな。そこのクソガキが大人しく俺と闘るってんなら、他の嬢ちゃんたちは見逃してやるぜ?」そして、そんな提案を持ちかけて来る妖怪。奴の性格上、罠を張るなんてまだるっこしい真似は考え難い。ならば今の言葉は信用に足るだろう。それに…………何の気兼ねも無くこいつと闘えると言うならそれは…………。―――――俺にとって、願っても無いことなのだから。「…………良えで。そいうことなら、思う存分やってやろうやないか」奴と同じような、獣の笑みを浮かべて、俺はその案に乗ることを告げる。ネギのフォローが出来なくなるのは不安だが、彼女は無茶をしないと約束してくれた。それに明日菜もついてるし、今回彼女は魔法も使える。俺が離脱する上、最大の懸念事項だった魔力の正体も分かった以上、ここから先に原作以上のイレギュラーが存在しているとも考え難い。ならば奴の提案は、これ以上ない破格の条件だった。しかし…………。「…………ぼ、ボクも残りますっ!!」そんなネギの一言で、完全に臨戦態勢だった俺の頭は一気に冷やされた。…………まぁ、彼女の性格を考えたら、その答えはある意味予想の範疇だったんだが。とは言え、今の彼女ではここに残っても戦力になるどころか、かえって足手纏いになりかねない。ここは心を鬼にして、その事実を伝えておくべきだろう。その考えを口にしようとした俺だったが、意外な人物の発言により、完全に思考を中断されてしまう。「この匂い…………そこの赤毛の嬢ちゃん。もしかしてナギの娘か?」「っっ!? ち、父を、父さんを知ってるんですか!?」奴の放った言葉に、状況を忘れてしまったのか、思わず身を乗り出しながらそう尋ねるネギ。普段なら彼女を止めるところだが、俺もまた、奴の放った言葉に驚き、対応が遅れてしまった。「つーことは、やっぱ奴のガキか…………つくづく運命ってのは面白おかしく出来てるもんだな」ネギを頭からつま先まで、まるで値踏みするように見つめる妖怪。そして奴は、再び口元に笑みを浮かべてこう言った。「知ってるちゃあ知ってるが、別に親しかった訳じゃねぇ。最初に会った時は敵同士だったしな。あんなに愉しい喧嘩はそう味わえねぇし、良く覚えてるぜ。まぁ最後にあんたの親父と会った時にゃあ、一応肩を並べて闘ったんだったか?」「父さんと、一緒に…………」奴の言葉を反芻し、感慨深気な表情を浮かべるネギ。…………しかしこいつ、一体どこまでイレギュラーなんだよ?ナギと一緒に闘ったって、つまり何か? 紅き翼の準レギュラーってことか?前回闘ったときは知り得なかったその事実に、ネギと同様俺は驚きを隠せなかった。「さぁて、問答はここまでにしとこうや? 赤毛の嬢ちゃん、奴の娘ってことはそれなりに素質はあるんだろうが、今のあんたじゃ役不足。ぶっちゃけただの足出纏いだ。悪いことは言わねぇ。ここは他の嬢ちゃん達と一緒に先へ進んどいた方が身のためだぜ?」「っっ…………」羽織の下で腕を組みながら、先程の闘気を僅かに滲ませそう言う妖怪。奴の言葉が真実だと、ネギも薄々は気付いていたのだろう。悔しそうに下唇を噛みながら、彼女は押し黙っていた。「…………悪いけど、そういうことや。ネギ、ここは大人しゅう他の連中と一緒に行ってくれ」「っっ!? だ、だけどっ…………!!」「大丈夫や」「っっ…………!?」尚も反論を続けようとしたネギの言葉を遮って、俺は力強く、笑みを浮かべてその言葉を告げる。驚いたように身を竦ませた彼女の頭に手を置き、俺は獣の笑みではなく、優しく微笑んで彼女に言った。「約束したやろ? 俺のこと、信じてくれるって。せやったら心配せんと、自分は自分のやらなあかんことを考えり」「小太郎君…………」先程交わした俺との約束を思い出したのか、驚き潤んでいた彼女の瞳は、いつのまにか決意に満ちた光を宿す。きゅっと唇を引き結ぶと、彼女はしっかりと頷いてから、俺にこう言った。「…………信じてるからね?」その言葉に、今度こそ俺は、いつも通りの笑みを浮かべて、高らかに宣言する。「応よ!! すぐに追いついてったるさかい、待っとけや!!」そしてすぐに、俺は再び奴と相対する。ネギの正体に関しては、不安だが明日菜に一任しよう。奴の言葉を借りるなら、こんな愉しそうな喧嘩、早々出会えるものじゃない。俺は影斬丸の柄に手を掛けて、再び臨戦態勢を整えた。が、しかし…………。「なぁ? あの人、ネギ君のこと『嬢ちゃん』て言うてへんかった?」永久凍土のような冷たさを持って放たれた木乃香の言葉に、どっと冷や汗が吹き出す俺。わ、忘れてた…………後ろには木乃香も居たんだった!!この場を打開する術を必死で模索する俺。しかしながら、前方にくだんの狗族、後方に般若と化した木乃香を配するこの状況。そんな即座に打開策が思いつく訳も無く、必死で考え抜いた結果、俺が出した結論は…………。―――――戦略的撤退だった。「ば、場所を変えるで!? ここじゃ思う存分暴れられへんやろっ!?」「別に俺は何処だろうと構わねぇんだが…………まぁ良いだろう。それでてめぇが本気を出せるってんなら、その案乗ってやる」獣染みた笑みを浮かべて、俺の案に了承の意を示す妖怪。よし!! 喰いついた!!俺は内心ガッツポーズを決めながら、眼下に続く書架の底へと跳躍した。…………明日菜、ネギ、後のことは頼んだぜ?そんな他力本願な事を考えつつ、俺はぐんぐんと地下へと降下して行くのだった。SIDE Negi......勢いを付けて本棚から飛び降りて行く小太郎君を見送りながら。ボクは背中から吹き出した嫌な汗に身を震わせていた。「…………こ、小太郎のやつ、逃げたわね!?」ボクの背後で小声になりながらそんなことを呟く明日菜さん。…………散々格好良いこと言っておきながら、これはないんじゃないかな小太郎君?と、とはいえ、こうなってしまった以上、ボクと明日菜さんだけで、どうにか木乃香さんを宥めないと。意を決して、ボクは木乃香さんへと振り向いた。「え、ええと…………た、多分、ボクの外見のせいじゃないですか? ほ、ほら、木乃香さんも最初に会ったとき『可愛いらしい』って言ってくれてましたし」あの人が小太郎君と同じ狗族だとしたら、我ながら苦しい言い訳だと思ったけど、正直それ以外に上手い言い訳が思いつかなかったのだからしょうがない。努めて平静を装いながら言ったボクに、木乃香さんはなおも疑いの眼差しでこんな質問を投げかける。「せやけど、ネギ君も『嬢ちゃん』とか『娘』とか言われとったんに、全然否定せぇへんかったやんな?」「っっ…………!?」こ、木乃香さん、一般人って本当なんですか!?あの異様な魔力の中で、そんな細かい所まできちんと覚えてるなんて…………。ある意味ボク以上に場馴れした雰囲気の木乃香さんに、さっきとは別の意味で冷や汗が出て来た。「そ、それはそのっ…………じ、実はボクのお父さん、10年前に行方不明になってまして。そ、それで、父の知り合いなら、何か知ってるんじゃないかって、そっちに気を取られてたからなんですよ!!」べ、別に嘘は言ってない、よね?実際、さっきの人と会話してる時、ボクは女だって隠してることを完全に忘れちゃってたし。苦し紛れに出た言い訳だったけど、木乃香さんはそれで納得したのか、先程までの禍々しい雰囲気を嘘のように引っ込めてくれた。それどころか、まるでボクに同情するみたいな眼差しを向けてくれる。「そ、そうやったんや。お父はんが行方不明やなんて…………ネギ君、苦労しとるんやな」そんなことを言いながら、目もとに涙まで浮かべてくれる木乃香さん。…………どうしよう。一応の目的は果たした筈なのに、心の底から申し訳なくなってきた。「そ、そんな身の上話はまた今度にしましょう!? 今はとにかく、小太郎の意志を無駄にしないためにも先へ進まないと!!」罪悪感に苛まれて押し黙ってしまったボクに変わって、明日菜さんはみんなにそんな提案をしてくれる。…………そうだった。今はこんなところで立ち止まってる場合じゃない。小太郎君と約束したんだ。『その時、自分に出来ることを考える』って。「そうですね…………目的の部屋へ急ぎましょう。これまでと同じでボクが罠の探索をします。夕映さん、道案内をお願いできますか?」「し、しかしっ、小太郎さんを放っておいて大丈夫なのですか!? そ、そもそもっ、お2人とも何のためらいもなく跳び降りて行きましたが、この高さは人間が無事でいられる高さではないのですっ!!」心底驚いた様子でそんなことを言う夕映さん。…………そ、そういえばそうだよね?ま、マズいんじゃないかな、これは。魔法のことがもし一般人である夕映さんにバレたら…………ボクと小太郎君は間違いなくオコジョ収容所行きになる。ど、どどどどーしよう!?苦し紛れに明日菜さんへと助けを求める眼差しを向ける。けれど明日菜さんは、ボクと同じように表情を凍りつかせて冷や汗を流すばかりだった。…………こ、小太郎君、既にめちゃくちゃピンチなんですけどっ!!!?打つ手が無くて、焦りまくるボクと明日菜さん。しかし、意外なところから、そんなボクらに救いの手が差し伸べられた。「うーん…………多分、平気なんじゃないかな? 何せコタくんだし」首を傾げながら、まき絵さんがそんなことを呟く。「確かニ。コタロー程の剛の者なら、この程度の高さはきっとへっちゃらアル」そんなまき絵さんに、古菲さんまで頷きながら同意する。「うむ。高い所から落ちた程度で怪我をする程、小太郎殿はやわな鍛え方はしてないでござるよ」そしてダメ押しのように楓さんまでがそんなことを言い出す始末。…………小太郎君、本当に魔法使いだってこと、バレてないんだよね?一般人にまでこんな超人だと認識されてる小太郎君に、正直ボクは驚きを通り越して呆れさえ感じていた。「た、確かに言われてみると…………そういえばのどかも、最初に小太郎さんと出会った時、彼が校舎の3階から飛び降りたのを目撃したと言ってたですね…………」「…………」顎に手を当てながら、事の発端だった夕映さんまでそんなことを言う。…………3階から飛び降りたって、小太郎君、もうそれ隠す気ゼロだよね?無事に再会出来たら、是非その辺を詳しく追及することにしよう。「そ、それでは、心配事も解消されましたし、先へ進みましょうか?」ボクは額の冷や汗を拭いながら、再びみんなにそう進言した。「そ、そうね…………何としても、魔法の本を見つけ出しましょう!!」「うんうん。さすがに私たち5人のせいでクラス解散されて、初等部からやり直しなんて、みんなに申し訳なさ過ぎだもんね?」ぎゅっと拳を握りながら、元気良く宣言してくれる明日菜さんとまき絵さん。…………最初に聞いてはいたけど、実際学園長がそこまでするとは思えないんだけどな?「そうやね。せっかくここまで来たんやもん。必ず魔法の本、見つけて帰らなな」はんなりとした笑顔を浮かべて、2人に同意してくれる木乃香さん。…………さっきと同じ人物だとは到底思えない落差だよね。「うむ。小太郎殿が抜けた穴は大きいでござるが、その分は拙者と古菲できちんと補ってみせよう」「もちろんアル!! コタローの犠牲は、ムダにしないアルヨ!!」ガツンと拳をぶつけ合いながら、力強く宣言する楓さんと古菲さん。…………古菲さん、断っておきますけど、小太郎君はまだ死んでませんよ?「そ、その通りですね…………小太郎さんを欠いたとは言え、身体能力は学園屈指のバカレンジャーのみなさんに、図書館探検部である私と木乃香、そして罠探知のスペシャリストであるネギさん…………このメンバーで攻略できないダンジョンなんてないのです!!」そう言って、ぎゅっと拳を握りしめる夕映さん。…………いつの間にか、ボクが罠探知のスペシャリストになっちゃってるけど、まぁ魔法使いってことがバレるよりはマシだよね?そう自分自身に心の中で言い聞かせながら、ボクは決意を新たにこう宣言する。「行きましょう!! 魔法の本を手に入れるために!!!!」「「「「「「おー!!!!」」」」」」そんなボクの台詞に、みんなは右拳を高く掲げ、元気良く掛け声を挙げてくれた。SIDE Negi OUT......明日菜とネギが上手く木乃香を言いくるめてくれていることを祈りながら、俺と奴は無事に本棚の底へと辿り着いていた。「しかしお前も律儀だねぇ? まぁ、俺としても将来有望な嬢ちゃん達を巻き込むなんてのは避けたかったしな。その点では助かったと言っておこうか?」愉しげに笑いながら、刀の柄に手を掛ける狗族。前回の激闘でへし折った筈だと思っていたが、よくよく考えてみれば、奴は召喚された借り物の身体なんだったな。妙な点に納得したものの、こちらは重傷、あちらは端に送還されただけだったって事実は釈然としないものだ。そんなことを考えながら、俺は奴と同じように影斬丸の柄を握る。「自分には聞きたいことが仰山あるんやけど…………どうせ答えてはくれへんのやろ?」俺が一人前になってから、とかほざいてたらしいからな。ナギといい紅き翼の連中といい、この世界の大人どもはどうにも子どもに優しくねぇよな?理不尽だと思いつつそう口にした俺に、奴は獣染みた笑みを浮かべてこう答える。「分かってるじゃねぇか? 前にも言ったろ? 言いてぇことがあんなら、その立派な刀で言えってな」その言葉に、思わず釣り上がる俺の唇。無論、こちらとてそのつもりだ。道理で開かぬ扉なら、無理で抉じ開けてこその武人道。ならば端から、こちらの腹は決まっている。「…………まぁ、俺に勝てたら、てめぇの聞きたいこととやらに、答えてやらんこともないぜ?」ぎりり、と柄を握る指に力を込めながら、そんな言葉を投げかけて来る妖怪。同じように柄を握り締め、俺は力強く、こう宣言した。「その言葉忘れんなや? すぐに自分を叩っ斬って、洗いざらいぶちまけさせたる!!」―――――ゴォォォッ!!!!それと同時に刀身を抜き放つと、漆黒の風となって爆ぜる鞘。奴も全く同じタイミングで、刀を鞘から解き放っていた。「大口叩くじゃねぇかクソガキ…………おっと、そう言や前んときゃ名乗って無かったんだったな」そう言って、奴は抜き身の刀、その切っ先をこちらへと突き出し、獣の笑みを浮かべてこう名乗った。「―――――狗族長、狂い咲きの牙狼丸(がろうまる)。無論、咲かせるのは深紅の血花だぜ?」口元を歪ませながら、得意げに通り名の由縁を語る牙狼丸。その奇妙な、しかし納得のいく縁(えにし)に、俺は奴と同様、口元を歪ませて名乗りを上げた。「―――――我流、犬上 小太郎。通り名は、黒い狂犬や」俺の通り名に牙狼丸は一瞬、驚いたように目を丸くする。しかし次の瞬間には先程と同じ、狂気に満ちた笑みを浮かべた。「ははっ!! 良いねぇ? そんじゃまぁ、狂ったもん同志…………」刀を脇構えに、ぐっと身を屈める牙狼丸。それに応じるように、俺は八相に刀を構えた。その瞬間、俺たちを包む魔力は、互いに共鳴するかのようにその密度を一層増していく。普通なら正気を失ってしまいそうなこの空間。しかしそれは、既に『狂っている』俺たちには、まさに絶好の戦場に違いない。「―――――いざ…………」「―――――尋常に…………」「「――――――――――勝負!!!!」」その瞬間、俺たちは互いに、爆ぜるようにして疾走した。互いの瞳に、ただ己の敵のみを映し、無心で振われる二つの兇刃。それに心を奪われた二匹の野獣は…………。―――――ガキィンッ!!!!!!「はっ!!」「せぇいっ!!」―――――ガキィンッ!!!!!!ただただ愉しげに、刃金(はがね)の旋律を奏でるのだった。SIDE Negi......「これは…………」ボクは目の前に広がる光景に、思わず言葉を失ってしまっていた。まるでおとぎ話や映画に出て来るような遺跡の大広間。夕映さんの先導で辿り着いた、魔法の本が安置されていると言うこの部屋は、ボクの予想以上に荘厳なたたずまいを見せていた。「ね、ネギさん、アレは!!」「えっ!?」慌てて夕映さんが指差した方角を目で追う。そして、再びボクは驚愕に目を剥いた。「あ、あの本は…………で、伝説の『メルキセデクの書』っ!!!?」ま、間違いない…………あれは最高位の魔法書『メルキセデクの書』だ。どうしてこんな島国に!?「え? て、てことは何? それじゃあの本、本当に魔法の本、ってこと?」事態が飲み込めていないのか、目を白黒させながらボクにそう問い掛けて来る明日菜さん。「ほ、ホンモノも何もっ、あれはボクの知る中でも最高位の魔法書です!! た、確かにあの本なら、一時的に頭を良くするくらい簡単かも…………」「えーっ!? ほ、ホントにーっ!?」「とゆーか、ネギ君えらい詳しーな?」驚きの声を上げるまき絵さんに、不思議そうに首を傾げる木乃香さん。本来なら、魔法に関することだし、一般人の前で声高に説明したことを反省すべきところだと思う。しかし、それくらい興奮してしまうほど、目の前に安置されたその魔法書は価値のあるものだった。「やったーーーーっ!! これで最下位脱出よーっ!!!!」「一番のりアルー!!」「わ、私もー!!!!」「にんにん♪」「ま、待ってくださいですー!!」「あぁん、みんな待ってーっ!?」興奮冷めやらぬボクを余所に、一斉に駆け出していくバカレンジャーと木乃香さん。…………あ、何の疑問も持たずに言っちゃったけど、バカレンジャーって何気に悪口?って、そんなこと考えてる場合じゃない!!「ま、待ってくださいっ!! あんな貴重な魔法書、罠が仕掛けられてない訳がっ…………!!」―――――ガコンッ…………「「「「「へ?」」」」」「お、遅かった!?」ボクが警告を告げるよりも早く、6人の走っていた通路が真っ二つに開く。ま、マズい!!このままじゃみんなが真っ逆さまに…………!?魔法の隠匿とか言ってる場合じゃない、早く助けないと!!小太郎君も『命の掛かった緊急事態は別』って言ってたしね!!僅か一瞬にも満たない時間で、そんなことを考え、ボクは持って来ていた杖をみんなに向けて構える。しかし…………。「い、いたた~…………」「あ、あれ…………?」みんなが落ちた穴から、明日菜さんのそんな声が聞こえて来て、ボクは思わず詠唱を止めていた。え、え~と? もしかして、そんなに穴が深くなかったのかな?「あ、明日菜さん!? みなさんっ!!!?」慌てて通路へと駆け寄るボク。通路が消えてぽっかりと出来た穴から下を覗くと、みんなは意外とすぐ近くに居ることが分かった。「よ、良かった~…………け、けど、皆さんがいる床って…………」「こ、これ…………『ツイスターゲーム』?」呆然とまき絵さんが呟いた通り、6人が落ちた穴の下にはツイスターゲームのシートに見立てた床が広がっていた。しかもこのツイスターゲーム、端っこには日本語で『☆英単語TWISTER☆Ver.10.0』と記されている。…………な、何だろう? 物凄く作為的な何かを感じる。とは言え6人がそれぞれ動き回っても何も作動しないし、精霊も何も言わないことから危険はないみたいだ。ボクは恐る恐る、木乃香さんがいるツイスターゲームの縁へ向かって飛び降りた。「えいっ!! …………よっと。み、皆さんっ!? 怪我はありませんか!?」すぐにそう尋ねると、みんなはその場に立ちあがって、何でもないと笑顔を向けてくれた。「しかし、この床…………一体何の悪ふざけですか!?」幻想をブチ壊されて怒り心頭なのか、額に青筋を浮かばせながら、だんだんっと床を踏みつける夕映さん。き、気持ちは分からなくもないけど…………。そんな夕映さんに近づこうと思った矢先だった。―――――ゴゴゴゴゴゴッ…………「「「「「「「!!!?」」」」」」」急に始まった地響きに、思わず身を堅くするボクたち。そ、そんな!? た、確かに罠は無かった筈なのに!!!?焦るボクたちの目の前で、メルキセデクの書の両脇に配されていた石像がゆっくりと動き出した。「ゴ、動く石像(ゴーレム)っ!!!?」な、何でこんなところに動く石像がっ!?ほ、本当にこの学校どうなってるのーっ!!!?予想を越えた事態に、ボクの頭は今にも煙を噴き出しそうだった。そんなボクを余所に、2体の動く石像はまるで本を護るかのように、互いの得物を交叉させ…………。『―――――フォッフォッフォッ!! この本が欲しくば…………わしの質問に答えるのじゃ!!!!」何処か聞き覚えのある声で、そんなことを言い出すのだった。SIDE Negi OUT......