…………ヤばい。本格的にヤヴァいっっ!!!!こ、このままじゃ俺は確実に、刹那or木乃香の手によって龍宮神社の池にチン(沈)されるっ!!!!何とかしなくては…………!!!!ひ、一先ず状況の把握が先決だよな?そう思って、周囲を見回す俺。ネギの胸倉を掴んだ明日菜以外で目に入って来たのは、道路の端で目を回す幼稚園くらいの女の子と、不自然な位置で動きを止めた白い乗用車。良く見ると、乗用車の方はボンネットから煙が噴き出ている。…………おk、大体把握した。恐らくこうだ。①道路に飛び出した女の子目がけて飛び込んで来た乗用車②それを助けるためにネギが魔法を使う③明日菜がそれに驚き、ネギの胸倉を掴み上げる④ネギのさらしが解けて、彼女の正体がバレる…………大方こんなとこだろ?まぁ、明日菜が女の子を助けに入って、それを更にネギが助けに入ったという説もあるが…………詳しいことは後で本人たちに聞けば良い。とりあえず、怪我人が出てる可能性を示唆すれば、明日菜を宥めることは出来そうだ。そうと決まれば…………。「明日菜、とりあえずそこまでにしといたり」「こ、小太郎!? あ、あんたいつの間に…………って、そんなことよりっ…………!!!!」「ストップ。言いたいことは分からんでもない。けど、今はそれより先にせなあかんことがあるやろ?」「???」明日菜の台詞を遮り、俺は目を回している女の子を指差した。「っ!?」俺の指示した方へと視線を移し、一瞬で顔色を変える明日菜。彼女はその瞬間、ネギの胸倉から手を離し、倒れている女の子へと駆け寄った。「ちょっと!? 大丈夫!?」「あー、動かしたらあかんで? 脳震盪起こしとるかもしらんし」「そ、そうね…………」そう指摘すると、明日菜は女の子を抱き上げようとしていた手を慌てて引っ込める。…………よし、どうにか彼女の注意を逸らすことは出来たな。まぁリアルな話、女の子と車の運転手は病院に運ぶ必要があるだろう。もっとも魔法絡みの事情があるため、即救急車という訳にはいかない。ここは学園長に連絡して、いろいろと手配してもらう外ないかな?それに…………先程も示唆した通り、明日菜に魔法やネギの正体がバレたことが、全て学園長の陰謀によるものなら、今後の対処も既に用意してる筈だ。…………しかし、その前に。「ネギ」「へ!? な、何、小太郎君…………?」明日菜に正体がバレて動揺しているのだろう、道路にへたり込んだ上、明らかに怯えきった様子で、ネギは弱々しく返事した。「ゲート開くさかい、自分は一端部屋に戻ってさらし巻き直して来。これ以上他の人間に、自分の正体がバレてもうたら収拾がつかへん」「げ、ゲートって…………小太郎君、転移魔法が使えるのっ!?」俺の言葉を聞いた瞬間、ネギは今までのうろたえっぷりが嘘のように、驚きの声を上げて立ち上がる。「まぁ、我流でかなり強引な術式やさかい、あんま遠くへは行けへんねんけど。ほら、さっさと行きぃ」そう言って、俺はネギの影に手をかざす。その瞬間、彼女の影はその面積を何倍にも膨らませ、ずぶずぶと彼女を足元から飲み込み始めた。「わ、わ、わっ!?」「心配せぇへんでも、ちゃんと部屋に繋ごうとるて」俺がそう言って苦笑いを浮かべた時には、ネギの身体は、すでに半分以上がゲートに飲み込まれていた。「ちょっ!? な、何なのよコレっ!!!?」その光景に驚きの声を上げる明日菜。まぁ、今の今まで魔法なんか、まるで信じていなかったんだから、当然の反応だろう。しかし今は、その説明をしている暇はない。「悪いな明日菜。後できっちり説明したるさかい、今は大人しゅうしとってや」「な…………!? わ、分かったわよ!! その代わり、きっちり説明してもらうんだからねっ!!!?」女の子と運転手の容体が心配だったのだろう。何か言いたそうにしていた明日菜は、ぐっとその言葉を飲み込んでそう答えてくれた。…………学力は残念だけど、話が通じない訳じゃないんだよなぁ。それだけに余計成績のことが残念に思えてならない。そんなやり取りをしている内に、ネギの身体はゲートに完全に飲み込まれ、開いていたゲートも消失した。さて…………あとは学園長に連絡するだけだな。俺は携帯を取り出し、学園長室への直通番号へと発信した。『もしもし、学園長じゃが?』「小太郎や。ちょっとしたトラブルが起きてな。ちょいと力を借りたいんやけど?」『トラブルとな? 力を貸すのは構わんが。して、一体どのようなトラブルかの?』飄々とした声で先を促す学園長。その口調からは、まるでその内心を読み取ることは出来ない。老獪な化け狸相手に、心理戦をすることそのものが無謀か…………。そう諦めて、俺はかいつまんで素直に事情を説明した。「…………っちゅう訳なんやけど?」『…………あい分かった。こちらですぐに人を手配しよう。手数じゃが、小太郎君は周囲に人払いの結界を張っておいてくれるかの?』間髪入れずにそんな指示を出す学園長。俺はその余りの的確さに、やはり違和感を拭えなかった。それに…………。「明日菜はどないするんや? 魔法を見られた上、ネギの正体もバレとる。普通やったら記憶を消してまうとこなんやないか?」学園長は彼女の処遇について、一切の指示を出さなかったのだ。俺は忘却術なんて便利な術は使えない。そのため彼女の記憶を消すには、別の魔法使いを呼ぶ必要がある。もっとも、明日菜は完全魔法無効化能力を持っているため、忘却術を使おうものなら、原作同様服が弾け飛んでしまうだけだろうが。しかし俺はその事実を知らないことになっている。ならば当然、学園長は俺に彼女を確保し、魔法使いが到着するまで待機するよう指示すべきだったはずだ。なのにそれをしなかった。それはつまり…………。――――― 一連の出来事が、全て学園長の企みである可能性を示しているのではないか?それを考えての先の問いだ。学園長の真意を探るため、俺は敢えてその質問を口にしたのだが…………。『…………それは彼女に事情を話してから判断しても遅くはあるまいて。それに決して口外せぬと約束出来るのであれば、忘却術を使う必要もあるまい』「…………」全く変わらない口調で答えた学園長。その口ぶりから、彼の真意を読み取ることは、当然ながら出来なかった。…………やっぱ俺は、心理戦には向かねぇな。そんなことを考えて、俺は溜息を吐く。下手な小細工は返って自分の神経をすり減らすだけだ。俺は諦めて、正直にその質問を口にすることにした。「なぁ? 今回の件、ホンマにただの偶然なんか? それにしちゃあ、あんまりにも話が出来過ぎとる気がしとるんやけど?」『ふむ…………』その疑問をぶつけた瞬間、さすがに電話口から伝わる学園長の雰囲気は、真剣味を帯びたものへと変わった。『…………仮に今回の件が偶然でなかったとして、小太郎君はどうするつもりかの?』しかし次の瞬間には、先程と同じ飄々とした口調でそう質問を返す学園長。…………こりゃダメだ。せっかく原作でも語られていない、何かしらの核心に近付けるかと思ったのだが…………。まぁネギの男装の件と同様、いつか明らかになることなら、先を急いでも仕方ない。俺は真実を知ることを諦めると、口元に獣の笑みを浮かべて学園長に答えた。「…………なんにも変われへん。俺はただ、今まで通り大事なもんを護るだけや」誰かの策謀の渦中に居ようと、その信念は変わらない。あらゆる障害を叩き潰して、俺は前へと進むだけだ。すると電話口からは、学園長の笑い声が響いた。『フォッフォッフォッ。実に君らしい解答じゃのう? まぁそういうことじゃ、事の真偽になんぞ大した価値はありはせん』「さよけ…………」してやられた感が否めない。ジジィの笑い声を聞きながら、俺は一層肩を落とすのだった。『しかし護られてばかりでは、ネギくんのためにはならん。ときには彼女が強くなれるよう、稽古でもつけてやってはどうかの?』「稽古なぁ…………」軽い調子で言ってくれた学園長。それに関して、確かに考えなかった訳ではない。ネギは恐らく原作と同様、恐ろしく飲み込みが早く、そしてセンスもある。強くなった彼女と闘いたいなら、手っ取り早く俺が稽古を付けてやれば良い。良いのだが…………それだと彼女の戦闘スタイルは、俺が知るものと大きく変わってしまうことになるだろう。どうせなら彼女には、原作の通りに強くなって行って欲しいのだ。紆余曲折はあったものの、あの強さはネギが悩みに悩んで得ていった力だったからな。となると、俺に課せられた使命は、どうにかしてネギの実戦訓練を前倒しにすること…………それはそれで難しそうだな。「ま、その辺はおいおい考えるわ。とりあえずさっきの件、頼んだで?」『うむ、承知した。ところで…………』「ん?」『お見合いに向かう筈じゃった木乃香が行方をくらましたんじゃが? 小太郎君、何か知r『Pi!!』ツーツー…………』「…………」…………お見合いの件はガチだったのかよ?今までの心理戦が、急にバカみたいに思えて来た。俺は閉じた携帯をポケットにしまいながら、盛大に肩を落とすのだった。「―――――ま、魔法つかむぐぐぐっ!!!?」「声がデカいっ!!!!」慌てて明日菜の口を抑えて、俺は小声で彼女を嗜めた。あれから30分後、現場を学園長の派遣した連中に引き渡した俺と明日菜は、ネギと合流して世界樹の広場にあるカフェに来ている。高音と初めて会ったときに使ってた店ね。そこに移動した俺たちは、改めて明日菜に事情を説明し始めた訳なのだが…………。「人にバレたらマズい言うとるやろっ!? 気持ちは分からんでもないけど、俺らは死活問題なんやっ!!」明日菜のオーバーリアクションに、さっきから俺の心臓はオーバーヒート寸前です。注文したコーヒーに何度か口を付けたが、味なんて全く分かんなかったもの。「ご、ごめん…………け、けどさ? ふつー驚くでしょ? だって魔法使いなんて、本当にいるとは思わないし」少ししゅんとした様子で、しかし明日菜はそんな反論をぶつけて来る。「せやから、気持ちは分からんでもない言うたやんけ。けど、それとこれとは話が別や」「うぐっ…………わ、悪かったわよ。それで? その魔法使いさんが、どうして麻帆良なんかに?」 さすがに今のは自分が悪いと思ったのか、明日菜は潔く反論を諦め、核心である話を切り出して来た。「そこんとこは、ネギから直接説明してもろたが良いやろ。ネギ、頼むで?」俺が目配せすると、ネギはしっかりと頷いて、自分が麻帆良に来た経緯を説明し始めた。まぁ、その辺は長くなるので割愛させてもらおう。ひとしきり説明が終わると、明日菜は難しい顔で、眉間に右の人差し指を当てながら溜息を吐いた。「…………とりあえず、ネギが麻帆良に来た理由は分かったわ。ええと、小太郎も同じ理由で麻帆良に?」「いんや。俺はネギと違って魔法学校は行ってへんねん」「は? そ、それじゃ、何であんたはこんなとこで普通の中学生なんかしてんのよ?」俺の答えに、きょとんとする明日菜。何から説明したものだろうか?顎に手を当てて、俺はしばし逡巡する。手っ取り早く、俺は自分の生い立ちから説明することにした。「えとな? 驚くかも知れへんけど、実は俺、人間とちゃうねん」「??? 人間じゃないって…………言ってる意味が全然分かんないんだけど?」胡散臭いモノを見るような視線を俺に向けて来る明日菜。…………まぁ予想通りの反応であるけどね。俺は苦笑いを浮かべて、ネギにこんなことをお願いした。「ネギ、俺らの周りに、認識阻害の結界とか張れるか?」「う、うん。けど、何をするつもりなの?」「それは見てからのお楽しみや。ともかく、出来るんやったら頼むわ」ネギは不思議そうな表情をしながらも、先程と同じ練習用の杖を取り出すと、小声で詠唱を始める。「…………よしっ。これで大丈夫だよ。この席に座ってる内は、多少魔法を使っても周りには気付かれないと思う」「さんきゅ。ほな明日菜、これからてっとり早く俺が普通の人間やないことを証明したるわ」そう言って俺は、ぱちんと右手の指を鳴らした。―――――ぽんっ「「!?」」コミカルな音とともに、俺の頭に現れる獣耳。それを目にして、2人は驚愕の表情を浮かべた。「え? えぇっ!? ちょっ、それ本物!?」口をパクパクさせながら、明日菜は俺の耳を指す。俺は答える代わりに、両耳をぴょこぴょこと動かしてやった。「すげっ!? 動いたっ!!!?」「そら本物なんやから動くんは当たり前や」「た、確かにその耳も凄いけど、フィンガーナップ1つで幻術のオンオフが付けれるなんて…………」明日菜とは別のところに驚いているネギに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。「まぁ、良く使う技やさかい、使い勝手が良いように改造してん」―――――ぱちんっ…………ぽんっ俺が再び指を鳴らした瞬間、獣耳は姿を消した。「どや? 見ての通り、俺は普通の人間やない。俺には狗族っちゅう犬の妖怪の血が流れとんねん」「よ、妖怪? な、何か妖怪ってもっとヌルヌルジトジトした、湿度の高そうなの想像してたんだけど…………あ、案外人間っぽいのね?」…………その妖怪に対する偏見は一体どこから来てんだ?それはさておき、一先ず明日菜は俺が妖怪だと言うことには納得してくれたらしい。俺は居住まいを正して、そこから先の話を切り出すことにした。「俺はガキの頃に母親を亡くしとってな。しかも親父は妖怪で、今も生きとるんは間違いあれへんけど、どこにおるかはさっぱりや。そーゆー訳で、困り果てとった俺を、関西呪術協会いう、ごっつい魔法組織のボスが拾うてくれたんや」長が木乃香の父親であることは敢えて伏せておいた。原作と違い、木乃香は既に自分の父親がどういう人物か知っているため、別段そのことを隠す必要はない。ならば何故そのことを伏せたのかというと…………一重に俺の保身のためだ。だって、もし木乃香が魔法のこと知ってるって明日菜にバレてみろ?何の拍子にネギが女だってことがバレるか、恐ろしくて夜も眠れなくなるわ!!明日菜には悪いが、木乃香は何も知らないという体でここは話を進めさせてもらう。「そん人が学園長と仲良うてな。学園長が麻帆良の警備員が足りひんゆーから、俺が指名されて京都から出張って来たっちゅう訳や」そこでまで話して、俺はコーヒーを一口啜る。そして明日菜の表情を伺うと、彼女は驚いたような、しかし納得したような、何とも微妙な表情を浮かべていた。「え、ええと…………つまりあんたは、麻帆良の警備員ってこと?」「せや。もっと正確に言うんやったら『魔法関連の問題に対する警備員』やな」麻帆良には近衛御用達のSPがわんさかいる。ちょっとした犯罪や事故にまで、俺が出張る必要は皆無だ。そう思って、俺は明日菜に答えたのだが、彼女は今度ははっきりと納得がいかない様子で首を傾げた。「魔法関連の問題って、それじゃあ、あんたが起こしてる喧嘩騒ぎも魔法関連の問題ってこと?」「いやいや、それはちゃうで。そっちは単純に、俺が気に入らへんから突っ掛かってってるだけや」俺が起こしてる暴力事件の数みたく、そんなしょっちゅう魔法使いが暴れたら大事だっての。苦笑いを浮かべて、俺は明日菜にそう答える。すると明日菜は、しばし考えた後、今までの話を総括するように、こんなことを言い出した。「それじゃあんたは、本当は魔法使い専門の警備員。だけど、気に入らないから、一般人の喧嘩にも首を突っ込んでるって訳?」「そーゆーことや。意外と飲み込み早いやんけ?」予想外の飲み込みの早さに、俺は思わず感嘆の声を上げる。しかし彼女はそれがお気に召さなかったのか、眉間に皺を寄せながら溜息を吐いた。「…………とりあえず、あんたたちが麻帆良に来た理由についてはもう良いわ。けど…………」「―――――どーしてネギは『男の振り』なんてしてるのかしら? し、しかも小太郎と相部屋だなんて…………納得のいく理由があるんでしょうね!!!?」「「…………」」顔を赤らめながら、事の核心に迫った明日菜に、俺とネギは困り果てて互いに顔を見合わせるのだった。…………ここからが正念場だな。何とか明日菜を納得させて、ネギが女だという秘密を守ってもらえるよう仕向けないと。とは言え、よくよく考えてみると、それはそう難しいことではないだろう。詳しいことは知らないが、ネギは周囲に性別がバレると、命を失う危険があるらしい。ことの重大さを知れば、きっと明日菜は協力してくれる。彼女の性格を鑑みれば、その結末は容易に想像が付いた。だから俺は、あくまで冷静に、話を切り出すことにする。「あー…………俺も詳しい事情は聞かされてへんねやけど、何でもネギは生まれたときから『男』として育てられてきとるらしいねん」「は、はいっ。男として、というより、周囲に女だっていうことがバレないよう生活させられてきた、というのが正しい表現ですけど」俺を援護するように、ネギが自分の生い立ちを口にする。しかし明日菜は、そんな俺たちに掴みかからんばかりの勢いでさらに質問を浴びせた。「だぁかぁらぁっ!! それが、何でって聞いてるんでしょっ!!!?」「あ、あうぅ…………」明日菜の気迫に押されて、しゅるしゅると小さくなってしまうネギ。俺は溜息を吐くと、これまでと打って変わって、真剣な表情で明日菜に向き直った。「そこんとこは俺もネギも知らされてへん。けどな…………これはネギの命を護るための措置らしいねん」「は? いのちって…………あの命、よね?」俺の雰囲気が先程までとまるで違うことをさすがに察したのか、明日菜はおずおずとそんなことを聞いて来る。その問いに、俺は黙って頷いた。「い、命を護るって、それじゃあ何? ネギは女だってことが周りにバレると、命が危ないってこと!?」「そういうことらしいで?」もっとも、俺もそれに関しては学園長から聞かされた話だ。ここからは、ネギ自身に説明してもらった方が良いだろう。そう思って俺は、ネギにそっと目配せをする。それで俺の意向が伝わったのか、ネギは真剣な表情でしっかりと頷くと、明日菜に向き直った。「小太郎さんと一緒で、ボクも詳しい話は聞かされてません。だけど…………ボクの性別がバレると、ボクどころか、周りの人にまで危険が及ぶ。それは間違いないことなんです…………」過去に何かしらの事件があったのか、そう言ったネギの表情は鬼気迫るものだった。「…………(ゴクッ)」そんなネギの雰囲気に当てられたのか、あれほど騒がしかった明日菜は急に押し黙り、頬に冷や汗を滴らせながら生唾を飲み込む。どうやら予想通り、明日菜は事の重大さを理解してくれたようだ。とは言え、俺とネギが同居している件に関して、もう1押ししておく必要はあるだろう。そう考えて、俺は再び明日菜に説明を始めた。「今は男やってことになっとるさかい、ネギに危険はあれへん。けど、いつ何の拍子に、ネギの命が狙われるか分からん。俺と同居しとるんは、万が一んときにネギの安全を確保するため、つまりボディガードっちゅうわけや」「明日菜さんはご存知ないと思いますが、小太郎君は学園にいる魔法関係者の中でも5本の指に入る程の達人なんだそうです。ボクが麻帆良に来る決意をしたのも、タカミチからの手紙で、小太郎君がボディガードをしてくれるっていう話を聞いたから、というのが大きいですね」「あ、う…………」俺どころか、ネギにまでそうダメ押しを受けて、明日菜は完全に反論の糸口を失ったのか、ばつが悪そうな顔で押し黙る。しかしながら、往生際の悪いことに、明日菜は拗ねたように唇を尖らせて、なおもこんな反論をした。「け、けどさ、仮にも年頃の『男』と『女』よ? ま、間違いが起きないとも限らないし…………ね、ネギはそこんところ心配しなかった訳!?」顔を真っ赤にしながら言う明日菜。そんなに恥ずかしいなら口にしなけりゃ良いのに…………。しかし、この質問は弱ったな。確かに俺は、学園長直々に『おあずけ』を喰らってる上、そもそも女の子を無理やり手籠にする気なんて毛頭ない。しかしそれを証明する術なんて存在する訳もなく、この件に関しては明日菜とネギに俺を信用してもらう他ない訳だ。とはいえ、それはかなり難しい注文だろう。果たして何と答えたものか…………。俺が答えあぐねていると、意外なところから、その解答はもたらされた。「ボクもそれはかなり心配してました。実際、麻帆良に着いてもそれは不安でしたし。けれどそこは『小太郎君だから』ということで、今は安心してます」苦笑いを浮かべながら、そう答えるネギ。俺はその言葉の意味が分からなくて首を傾げたのだが、明日菜は違ったらしく、まるで目から鱗みたいな表情で頷いていた。「なるほど…………確かに『小太郎だもん』ね」「はい。『小太郎君ですから』」そう言って、顔を見合わせて笑い合う2人。一先ず明日菜の理解は得られたようだが、俺はどうにも腑に落ちなくて、しきりに首を傾げるのだった。「ごほん…………まぁ納得いけへんこともあるけど、とりあえず、ネギの事情は理解してくれたな?」わざとらしく咳払いして、明日菜にそう問い掛ける俺。それに対して、明日菜は笑顔を浮かべながら、しっかりと頷いてくれた。「ええ。とりあえず、ネギが女だってこととあんたたちが魔法使いってことは誰にも言っちゃダメってことでしょ?」「そういうこと。もしバレてもうたら、俺らオコジョにされて留置所行きやさかい」「な、何それ? どーゆー罰ゲーム?」その辺に関しては俺も甚だ疑問だ。それはさておき、概ね明日菜は原作同様、ネギの事情に関しては黙っていてくれる方向で話がまとまった。…………ついでに、これで俺の首もしばらくは繋がった訳だ。そのことに胸を撫で下ろしながら、俺はふとあることを思いついて、明日菜にこんなことを言葉をかけていた。「なぁ明日菜、ついでにもう一つ頼みがあるんやけど…………」「へ? な、何よ? だ、黙ってるって約束したんだから、記憶を消させろっていうのは無しだからね?」緊張した面持ちで、そんな風に切り返してくる明日菜。どうやら俺が電話口で学園長と話していたことを聞いていたらしい。完全に怯えた様子の明日菜に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。「ちゃうちゃう。つか自分、学園長やらタカミチやらが身元引受け人なんやろ? その辺の理由で明日菜のことは信頼しとるみたいや。記憶は消さんでも良えっていうお達しやで?」「そ、そうなの? それじゃ、一体何を頼むつもりなのよ?」俺の答えで、一応の警戒は解いてくれた明日菜。そんな彼女に、俺は優しく笑みを浮かべて、こんなことをお願いした。「…………ネギの相談相手になってくれへんか?」「は?」「へ?」俺が口にした言葉が余程予想外だったのか、ネギと明日菜は2人してきょとんとしている。そんな様子が可笑しくて、俺は込み上げて来る笑いを噛み殺しながら、その理由を説明することにした。「今言うた通り、ネギは男として生活せなあかん。せやから交友関係も男子部の生徒に限られてまうねん。俺は事情を知っとってネギと一緒におるけど、それでも『男』っちゅうことは変えられへんやろ? きっと女同士やないと分からん悩みとかもあると思うねん。せやから明日菜には、そういうときのために、ネギの相談役になって貰いたいんやけど…………どうやろ?」面倒見の良い明日菜なら、きっとその役目適任だと思う。そう思っての提案だったのだが…………。明日菜は俺の言葉に、重たい溜息を吐くと呆れたようにこう言った。「あんた、実は頭良いって聞いてたのに、意外とバカよね?」「…………バカレッドとか言われてる自分にだけは言われたないな」「だ、誰がバカレッドよっ!!!?」言い返した俺に、明日菜は目を釣り上げて怒鳴り返す。それから彼女はわざとらしく咳払いをして、こう話を続けた。「ごほん…………わ、わざわざあんたに頼まれなくたって、私はネギともう友達のつもりよ? まぁ、いろいろと隠し事はされてたみたいだけど、それももう無くなったわけだし、友達の相談に乗るなんて当然のことじゃない?」意地が悪い笑みを浮かべて、俺にそんなことを言って来る明日菜。…………確かに、これは俺の方が馬鹿だったかもしれないな。溜息とともに苦笑いを浮かべて、俺はネギに目配せをした。するとネギは、嬉しそうに頷いて、すっと明日菜に右手を差し出す。「改めまして。これからよろしくお願いしますね? 明日菜さん」「こちらこそ。今度は女同士の友達ってことで、よろしくね? ネギ」互いの手をしっかりと握り合う明日菜とネギ。当面の懸案事項が解決したことに、俺は安堵の溜息を零した。原作とは大きくことなるネギの立場と、学園長の陰謀渦巻く事件の数々に、ネギとの邂逅にはのっけから肝を冷やしっぱなしだな…………。ともあれ、原作より幾分も良好に始まった2人の友人関係。これは一先ず、良かったと思って良いんだよな?そんなことを考えながら、俺はもうすっかり冷めてしまったコーヒーの残りを一気にあおった。