…………ガチで、ガチでもうダメかと思った。ネギのやつ、眠ってるくせにしっかり俺の身体をホールドしてるんだもん…………。いや、字面だけ聞いてたら羨ましがられるかもしれないが、あの状態のネギに手を出そうものなら、即☆犯罪者!!最悪、ネギの護衛という任務を放棄したと見なされ麻帆良追放という結末も用意されてる。…………据え膳食わぬわ何とやら、とはいえ毒入りと分かってるお膳にどうして手が出せようか。そんな訳で、あの天国地獄同居状態から何とか脱出を図った俺。無理に抜けだして起こしたりしたら、絶対悲鳴とか上げるだろうし、もうヒヤヒヤだった。結論から言うと、俺は転移魔法を使用してどうにか抜けだすことに成功した。…………もっと早くにこの方法を思いつけば良かったんだがね。とりあえず脱出した俺は、ネギを起こさないよう細心の注意を払って上のベッドに運んだ。起きた時に俺のベッドに居た場合、普通に疑われるのは俺だし、そんなことで余計なトラブルを招きたくはなかったからな。んで、もう一度寝ようと思った俺だったのだが…………携帯の背面ディスプレイを見て凍りついた。時刻は午前5:50。…………つまり俺は2時間近く格闘していたのか…………。とはいえ、本日が日曜という状況を考えれば、普通に二度寝したって何も問題はない時間だったのだが…………。如何せん、俺には反故に出来ない約束というか、日課が存在していた。約束の時間は6:30。チビの散歩も兼ねていることも考えれば、もうそんなに時間はない。「…………まぁ、早めに寝た訳やし、構へんか…………」そう自分に言い聞かせるものの、正直全くと言って良いほど疲労感は拭えていなかった。…………こんなんが毎日続いたら、確実に俺は禿る自信があるぜ…………。溜息を付きながら、俺は身支度を整えるため洗面所へ向かうのだった。そんな訳で、俺はチビの散歩のため男子校エリアをぐるっと一回り、やって来たのは龍宮神社の境内だった。こんな朝早くに何でここに来たかというと…………。「お~に~いちゃんっ♪」そんな上機嫌な声とともに、俺の胸に飛び込んで来る霧狐。そう、俺がここに来た目的は彼女に稽古を付けるためなのだ。「おはようございます、小太郎さん」霧狐の後ろからそう声をかけて来る刹那。彼女もこの早朝稽古のメンバーである。俺の魔力が復活して以来、完全に日課のとなったこの稽古。さすがに毎朝こんな時間にエヴァの別荘を訪れる訳にもいかないため、こうして神社の境内を借りて稽古に励んでいる訳だ。ちなみに一般人も使う公共の場であるため、ここでの稽古は一切の魔力や気を使用しないで行う。つまり稽古の内容は、体術や剣術の基礎確認ということだ。今更俺たちがそんなことをやって意味があるのかと疑問に思うかもしれない。しかし、基礎をおろそかにしては、何事も大成しないのだ。そんな訳で、俺は主に体術を、刹那は主に剣士との闘い方の基本を霧狐に指導している。ちなみにこの早朝稽古時、2人はいつもの学生服ではなく、それぞれ自前のジャージ姿。季節がら、今は2人とも長袖のジャージだが、稽古を始めた夏場は、Tシャツにスパッツなんていうかなりラフな格好だった。刹那のラフな格好なんて中々お目に掛かる機会がないから、あれはかなり眼福だったなぁ…………。え? 霧狐? …………いや、可愛かったけど、妹のそういう姿に欲情するとかかなりアレじゃね?とまぁ、そんな話はさておきだ。メンバーも揃ったことだし、早速稽古に取り掛かろう。そう思って、未だ俺に抱きついたままの霧狐を引きはがそうとした瞬間だった。「…………あれ? お兄ちゃんから知らない女の人の匂いがする」―――――ビシッ霧狐の放った発言により、一瞬で境内の空気が凍りついた。…………わ、忘れてた。霧狐の嗅覚は俺並み…………否、下手をすると俺以上に鋭いんだった…………。俺は恐る恐る、霧狐の後ろで俺と同じように凍りついた刹那の表情を伺う。「…………その話、詳しく聞かせて頂けますよね?」…………OH。刹那は満面の笑みを浮かべていた。浮かべていたが、その背後には般若の化身がはっきりと見て取れる。俺はこの窮地を脱するために、必死で言い訳を考えた。「ちゃ、ちゃうねんっ!! じ、実は昨日からルームメイトが増えてな? そ、そいつがぱっと見女みたいな顔つきしててん? せ、せやから多分そいつの匂いやないかなぁ~? あ、あははっ!!」「? けど、お兄ちゃ…………」「!?」「ふ、ふみゅっ…………!!!?」納得がいかなかったのか、なおも言葉を続けようとした霧狐の口を慌てて抑える俺。分かってるよ…………俺だってそれくらいで男女の匂いを間違えたりしないことぐらい分かってるよ!!しかしここは何としてでも、その理由で刹那に納得してもらうしかないのだ。ネギの身を護るためにも、何より俺自身の安全を護るためにも!!そんな訳で、俺は霧狐の実際の耳、今は幻術で見えていない狐の耳がある辺りで、刹那に聞こえないよう耳打ちした。「…………頼むから話を会わせてくれっ!! 今度、駅前のうどん屋で『特選きつねうどん』食わせたるさかいっ…………!!」「!? (コクコクッ)」狐は油揚げが好き、という伝承に漏れなく油揚げが大好きな霧狐は、どうやらその報酬がよほど気に入ったらしい。耳打ちした瞬間、俺の胸の中で小さく何度も頷いた。俺は安堵の溜息を零しながら、ようやく霧狐を解放する。「あ、あはは~、そ、そういう理由なら納得だよ~。き、キリの鼻だって、間違えることだってあるしね~?」「そ、そうやんな? そ、それにそのルームメイト、女と間違えてもしゃあないくらい女顔やからな~? あはは~…………」「? そ、そうなんですか?」「「(こくこくっ)」」腑に落ちないようすで尋ねてきた刹那に、2人して光の速さで頷く。「ま、まぁお2人がそう言うならそうなんでしょう…………しかし、そんなに女性っぽいんですか? その、小太郎さんのルームメイトの方は…………」「あ、ああ。昨日寮に連れてったときは、女連れ込んだと勘違いされてちょっとした騒ぎになったくらいにな」「そ、そこまでっ!?」話題が変わったことに安堵しつつ、昨日の慶一との一件を話した俺に、刹那は目を見開いた。しかし次の瞬間、刹那は顎に手を当て、何やら考え込むようなそぶりを見せる。? な、何だ? 今の発言には、何も彼女の逆鱗に触れるような話題はなかったと思うんだが…………?「…………小太郎さん、念のため確認しておきますが、まさか"そっち"の趣味は…………」「それ以上言うたらさすがに自分でもシバくで?」青い顔して尋ねてきた刹那に、俺は青筋を浮き上がらせながら即答したのだった。―――――1時間後。つつがなく早朝稽古を終えて帰路についた俺とチビ。さすがにネギも起きてる頃だろう。俺は部屋に戻る前に部室棟でシャワーを借りて汗を流す事にした。ネギに汗臭い男と思われるのも嫌だしな…………。そんな訳で、シャワーを浴びてから俺とチビは転移魔法を使い寮へと戻る。外出中にしておいた自分の札を元に戻して、そそくさと部屋へと向かう俺。やっぱ朝早くから良い汗かくと気持ちが良いな。…………これで前日の疲れがもっとしっかり取れてれば言うことないんだがね。もっとも、今更そんなことを言っても仕方がないとは分かってる。それに俺はちゃんとネギに向かい合うって決めたんだ。もう弱音なんて吐いてる場合じゃない。俺は出かけた溜息をぐっと飲み込むと、気合を入れ直しながら自室のドアをくぐった。「うーす、ネギー? もう起きとる、か…………」「…………」そして、リビングに入った瞬間凍りつく。俺の視線の先には、同じように凍りついたネギの姿が。恐らく着替えようとしていたのだろう、ネギは可愛らしいピンクのショーツと胸に巻きかけたサラシ以外何も纏ってはいなかった。「…………」「…………」一体どれくらいの間見つめ合っていただろう。俺たちの間に流れた沈黙は数時間にすら感じられた。永遠に続きそうなその沈黙を、先に破ったのはネギだった。「…………っっ!!!?」ネギがすっと息を吸い込んだ瞬間、俺は直感的にマズイと、そう感じる。しかし、時既に遅し。「―――――きゃぁぁぁぁぁああああああっっ!!!!!?」―――――ゴォォォォォオオオオオッッ「のぉぉうっ!!!?」耳を劈くネギの悲鳴とともに、俺へと向かって放たれる暴風。それがネギの魔力の暴走によるもとだと気付いたときには、俺は自室のドアへと叩きつけられた後だった。ちなみにチビはちゃっかり障壁を張ってて、無事だったりする。つか、どうせ障壁張るなら俺も助けてくれよ…………。せっかく入れ直した気合が、一瞬で瓦解していく俺。しかしながら、ネギの半裸を拝めて、ちょっと得したなぁ、とか思ってるのも事実だった。…………まぁ、その度にこんな制裁受けてたら洒落にならんけどね。「「すみませんでした!!」」あれから光の速さで着替えを済ませたネギ。そして同じく光の速さで退室し、ネギの悲鳴に何事かと集まって来た寮生たちに苦しい言い訳を済ませた俺。そんな俺たちは互いに自室のリビングで土下座し合っていた。「も、元はと言えばボクの不注意なのに、あんな大きな声で悲鳴上げて、しかも小太郎君にその言い訳までさせちゃって…………本当にゴメン!!」「いやいやいやいや!! 女子が中におるん知っとった癖に、ノックもせんと入った俺の不注意やってんて!! ホンマにすみませんデシタ!!」「そ、そんなっ!? わ、悪いのはボクだからっ!! 小太郎君は謝らないでっ!! 本当にゴメンね!!」「いやいやいやいや、いや!! 今のんは100パー俺のせいやからっ!! ホンマにスマンっ!!」「いやいや、ボクの方こそ…………!!」「いやいや、俺の方が…………!!」そんな感じで延々と米つきバッタのように頭を下げ続ける俺とネギ。一体、どれくらいの間そうしていただろうか。互いに肩で息をし始めたころ、ようやくネギがこんな提案を持ちかけて来た。「はぁっ、はぁっ…………あ、あのさっ…………」「ぜぇっ、ぜぇっ…………な、何や…………?」「そ、そのっ、き、きりがないし、止めない? その、お互い不注意だったってことで…………」「き、奇遇、やなっ。俺も、ちょうど、そう思っててん…………」乱れた呼吸を整えながら、俺たちはそこでようやく互いに笑みを浮かべた。「あははっ…………ふぅ、入寮して初めての朝なのに、大騒ぎになっちゃったね?」「せやな…………いや、しかしホンマにスマンかったな」「もぉ、小太郎君ってば、止めようって言ったそばから謝んないでよ?」ぷぅっと頬を膨らませ、拗ねたような表情で俺を睨んで来るネギ。その仕草は歳相応の女の子らしくて…………こう、ぐっと来るものがあるよね!!…………とまぁ、そんな話はさておき。「いやいや、女の子の着替え覗いといて、この程度で許されたらあかんやろ?」俺は苦笑いを浮かべながら、ネギにそう答えた。前回こっちに来る前に、誤って刹那の裸を覗いたときも土下座の一つで許されたし…………。こういうラッキーな展開って、それ相応の罰が当たらないと逆に怖いしね。…………かと言ってエヴァみたいに過剰な報復をされるのもヤだけどさ。そんな俺の考えを知ってか知らずか、ネギはんーと右の人差し指を頬に当てて考え込む素振りを見せる。…………この仕草、天然でやってるとしたらかなりこの娘据え恐ろしいな。「んー…………それじゃあさ、こうしない? 今日麻帆良を案内してくれてるときに、何か甘いものでも御馳走してよ?」「へ? そ、それは構へんけど…………そんくらいでホンマに良えんか?」「うん。さっきも言ったけど、ボクの不注意も原因だし。それに男の子と同居って時点で、さっきみたいな事故もあるかもって、それなりに覚悟はしてたから」ぺろっ、と舌を出して恥ずかしそうに笑みを浮かべるネギ。覚悟してたからって許せるような話じゃないと思うんだが…………。まぁ本人がそれで良いって言ってるんだし、変に掘り返して無駄に言い争う必要もあるまい。そう思って、俺は無理やり納得することにした。…………ネギちゃんマジ天使。そんな訳で、俺はネギを連れて学園都市の案内へと出掛けた。もちろん、原作で鳴滝姉妹がネギに言っていた通り、学園都市全エリアとなると1日では回れない。なので最初にこれから良く使用することになるであろう男子校エリアを案内した。で、男子校エリアを一しきり案内した俺は、今朝の約束…………ネギに甘いものを奢るという約束を果たすために、女子校エリアまで足を伸ばしている。ちなみに目的は、以前木乃香と一緒に食べてたクレープの移動販売だ。相変わらず女子校エリアの公園でのみ営業しているため、あれを食べるには女子校エリアまで足を伸ばさないといけない。…………まぁ男子校エリアでスイーツ(笑)ってのもバカみたいだしな。という訳で、現在俺たちはクレープ片手に女子校エリア駅近くの商店街を歩いていた。ネギが頼んだのはトリプルベリーとかいうやたら真っ赤なやつ。イチゴとクランベリーとラズベリーの果肉入りソースがかかってるかららしいが…………意外と見た目グロいよ?そして俺は今回もチリドッグ…………やっぱ共食いか? 共食いに何のかコレ?そんなことを考えながらも、空腹には勝てずあっさりとかぶり着く俺。俺の横を歩いていたネギは、行儀良く、いただきます、と挨拶してから、小さな口をいっぱいいっぱいに開けて1口目を頬張った。「ぱくっ…………ん~~~~っ♪ おいしい~~~~っ♪」そして次の瞬間、こっちまで嬉しくなる幸せそうな笑みを浮かべる。こんなんで、向こうでは本当に男として生きて来れたのかと心配になるが、今は彼女が満足そうなので良しとしよう。「それにしても、小太郎君って甘いもの好きなの?」「ん? まぁ、嫌いっちゅうことはあれへんけど…………何でや?」「いや、だってここ女子校エリアだよね? 普通男子生徒は来ないようなところなのに、そこにあるクレープのお店を知ってるくらいだからてっきり…………」なるほど、確かにそれだけの情報だと、俺が甘党だと勘違いするわな。「そこまで甘党ってことはあれへんな。それにこの店は女子部に通っとるダチから教えてもろたんや」「女子部の?」「ああ。俺がまだ麻帆良に来る前、京都におった頃に世話になった人がおってな。その人の娘っちゅうことで仲良うなったやつがいてん」言うに及ばず木乃香嬢のことだ。「あの店教えてくれたんはそいつでな。まぁそいつとの繋がりもあって、今じゃ男子部生にしちゃ女子部の知り合いは多い方やと思うで?」クレープを頬張りながら、何の気なしにそう言った俺。しかしネギは何か気になることでもあったのか、気が付くと足を止めていて、いつの間にか俺は彼女を置き去りにする形となっていた。慌てて引き返すと、俺はネギに尋ねる。「ど、どないしてん?」「あ、ご、ゴメン。ちょっと考えごとしてて…………」「考えごと?」俺が首を傾げると、ネギは少し言い澱んでから、こう尋ねて来た。「あ、あのさ? 小太郎君てもしかして、かなりモテる…………?」「また直球で聞いてきおったな…………」しかもかなり答え辛い質問を…………。確かに、現在俺に好意を寄せてると思しき女性は複数名いる。刹那に木乃香、亜子に刀子先生、それからのどかくらいか?この状況を客観的に見れば、確かに俺はモテるといって遜色ないのかも知れない。だからと言って、自分で自分のことを『モテる』だなんて公言するのはさすがに憚られる。仕方ないので、俺は適当に誤魔化すことにした。「じ、自分では良う分からへんな。その話は明日にでもクラスの連中に聞いてくれ」「あ、そ、そうだよね? 自分で自分のこと『モテる』とか言ってる人、ちょっとアレだしね」そこでようやく自分の質問の意味が分かったのか、ネギは顔を赤くしながら苦笑いを浮かべていた。「しかし…………何でそないなこと急に?」「ん~…………自分でも良く分かんないんだけど、何か気になっちゃって」本当に不思議そうに首を傾げるネギ。まさかこの時点で既にフラグが!? なんて思ったりもしたのだが、この様子ではそう言う訳でもないらしい。そんな風に他愛もない話をしつつ、俺は次の目的地へネギを案内しようとした。その時だった。「―――――こたろーーーーっ!!!!」「!? 何や何やっ!!!?」後ろから大声で名前を呼ばれて振り返る俺。すると視線の先には、見覚えのある顔がこちらに向かって全力疾走していた。「あ、明日菜っ!!!?」そう、俺に向かって全力疾走して来る人影。その正体は神楽坂 明日菜その人だった。な、何でっ!?ネギの件は関係ないと思うし、俺の方も明日菜に追いかけられるようなことをした覚えはない。では何故?しかしその疑問は、明日菜が次に叫んだ一言で氷解する。「そのひったくり犯捕まえてーーーーっ!!!!」「ひったくり?」言われて明日菜の少し前方へ視線を移す俺。そこにはいかにも怪しそうな風貌の男が、不似合いな婦人物の鞄を抱えて必死の形相で走っていた。…………なるほど、そういうことね。事態を大雑把にだが把握した俺はすぐさま身構えて…………。―――――ヒュンッ…………「あがっ…………!?」ひったくり男が目の前を通り過ぎる瞬間、その延髄目がけて華麗に手刀を放った。うむ、俺様絶好調。気や魔力を使っていないとは言え、俺の攻撃をもろにくらったひったくり犯は、悲鳴を上げることも出来ずに意識を失い路上に倒れ込む「わわっ!? こ、小太郎君、その人大丈夫なのっ!?」急に倒れた男に、ネギが慌てた様子でそんなことを尋ねて来た。まぁ、今の彼女の実力じゃ、俺が何をしたか見えなかっただろうし、見えていてもその力加減なんて分からないだろうからな。「問題あれへん。ちょこっと脳みそゆすって気を失うてもろただけやさかい」俺は苦笑いを浮かべながら彼女にそう説明した。「脳みそゆするって…………とゆーか、今の一瞬でどうやってそんなことしたのさっ!?」「それはまぁ、俺の鍛え抜かれた肉体がなせる技や」冗談めかしてそんなことを言いながら、俺は男が抱えていたバッグを奪い取る。そしてちょうどその瞬間、走っていた明日菜が俺の元へと駆け寄って来た。「普通に捕まえてくれるだけで良かったんだけど…………つか、どうやったらこんなにあっさり人が気絶するわけ?」俺を胡散臭いものでも見るような目つきで睨む明日菜。いや、言われた通りにしただけなんだし、ここは素直に褒めてくれて良くない?理不尽に思いながらも、俺は彼女に男から取り上げたバッグを手渡した。「ほい。つかこの鞄、自分のやあれへんよな?」男が持っていたバッグは、明らかに明日菜よりも年輩の女性向けのものだった。大方、また厄介事に首を突っ込んでいるのだろう。口では何やかんや言いつつも、明日菜は困ってる人を見過ごせないタイプだからな。「まぁね。子ども連れのお母さんだったんだけど、私の目の前でひったくられてさ。ほっとく訳にもいかないでしょ?」「当然っちゃ当然やな」わざとらしく疲れたような笑みを浮かべる明日菜に、俺は苦笑いで返した。ちょうどそのとき、恐らくこのバッグの持ち主だろう、幼稚園児くらいの男の子を連れたお母さんが、肩で息をしながら俺たちの元へやってきたのだった。そんな訳で、俺たちから鞄を受けとった子連れの女性は、それはもう何度も頭を下げながら帰って行きましたとさ。「ありがとね、小太郎。正直、私じゃ追い付けなかったっぽいし、今回は素直に礼を言っとくわ」「構へんよ。つか礼ならさっきの女の人にしこたまもろたしな」殊勝にもそんなことを言い出した明日菜に、俺は少々面食らいながらも、そんな風に答える。「それはさておき…………」「???」そう言った瞬間、先程までは普段通りだった明日菜の双眸が、一瞬でじとっとした、こう、何か汚いものでも見るかのような目つきに変わる。え? 何? 俺ってば何かマズった!?焦りまくる俺だったが、考えても原因には思い至らなかった。「…………アンタ、また女の子たぶらかしてるわけ? いい加減にしないといつか刺されるわよ?」「…………はい?」一瞬明日菜の言った言葉の意味が分からなくて目が点になる俺。しかし、その言葉の意味を理解した瞬間、俺は物凄い勢いで叫んでいた。「人聞きが悪いこと言うなやっ!!!? 俺は今まで一度たりとも女の子たぶらかしたことなんてあれへんわっ!!!!」「えぇ~~~~…………」明日菜は俺のそんな魂の咆哮にさえ納得がいかないのか、なおも胡散臭そうな視線で不満の声を上げる。「…………じゃあ、さっきから一緒にいるその子はどう説明するつもりよ?」そう言って明日菜が指差した先、そこには状況が飲み込めていないのか、目を白黒させて冷や汗をかいているネギの姿があった。なるほど、確かにネギと一緒に俺が歩いていたら、俺がまた別の女の子引っかけてるように見えるわな。…………って、だから俺は女の子を引っかけようとした覚えなんかねーってのっ!!!!「あんな、明日菜? こいつはこれでも『男』やねん。明日から編入の留学生で、俺と同室になったさかい街を案内してたんや」「…………え゛?」昨日の慶一と同様、半笑いのような微妙な表情で凍りつく明日菜。…………まぁこんだけ可愛い子が男だって説明されて、素直に信じる方がどうかしてるよな。凍りついた明日菜に、ネギはタイミングを見計らっていたかのように、ぺこりと折り目正しくお辞儀をした。「ね、ネギ・スプリングフィールドと言います。よろしくお願いします」「あ、は、はい、御丁寧にどうも。か、神楽坂 明日菜です…………」未だショックから立ち直れないのか、明日菜はいつもの勢いが嘘のような歯切れの悪さでそう返す。…………しかし、この出会いは偶然なのか?原作では一番初めネギと出会った明日菜。その彼女とこうして街中で偶然出会うなんて…………何か作為的なものを感じる。しかしまぁ、真相はどうあれ俺個人としてはネギと明日菜が仲良くなってくれるのは、むしろ望むところだ。明日菜の生い立ちを考えれば、遅かれ早かれ魔法関係の裏事情に関わらざる負えないのは目に見えてるし。どうせならその繋ぎになる役割はネギに担って欲しかったからな。そんな訳で、この出会いが作為的なものにしろ、俺にとっては願ったりかなったりなのだ。そんなことを考えていると、不意にネギが俺の服の袖をくいくいっと引っ張って来た。何事かと思って、振り返ると、ネギは小声でこんなことを尋ねて来る。「…………神楽坂さんって、魔法のことは知らないんだよね?」「…………ああ、一般人や。せやからうっかり魔法とか言わへんよう気ぃ付けぇや?」俺がそう答えると、ネギは緊張した面持ちで、しかししっかりと頷くのだった。「…………しかし、見れば見るほど男子って言うのが信じられないわね」「あ、あはは~、よ、良く言われます」しげしげと興味深そうにネギを見つめる明日菜に、冷や汗を流しつネギが答える。まぁネギのやつは幻術も何も使ってないしな。ぶっちゃけ男装してるだけの女の子なんだし、一般人にここまで訝しまれるのもまぁ、仕方がない。ちなみに、男子校エリアを案内してる途中で、どうして幻術を使わないのかって尋ねてみたところ、ネギから返ってきた答えはある種当然のものだった。『えと、そもそもボクはそんなに応用範囲の広い幻術ってまだ使えないし。そ、それに、男の人の身体って全部見たことある訳じゃないから、再現するのは難しいと思う…………』恥ずかしそうに頬を赤らめたネギからそれを聞いて、俺は物凄く後悔した。しばらくの間、俺たちの間に妙な沈黙が流れたのは言うまでもない。その時のことを思い出して少し鬱になりそうだった俺は、慌てて明日菜に別の話題を振ることにした。「と、ところで明日菜? 今日は自分1人なんか?」最初は木乃香かいいんちょ辺りと一緒に出かけたけど、さっきのひったくり騒ぎで置いてけぼりにしたものだって思ってたんだが…………。いつまで経っても誰も明日菜に追い付いて来る気配はないし、恐らく彼女は1人なのだろう。それが珍しくて、俺はそんなことを問い掛けていた。「まぁね。本当は木乃香と一緒に出掛ける予定だったんだけどさ。何か学園長から急な呼び出しがあったみたいで。で、せっかくの休みに家でじっとしてるのも何だし、適当にぶらぶらしてたのよ。そしたら…………」「ひったくりの瞬間に出くわしたと?」「そーゆーこと」苦笑いを浮かべながら頷く明日菜。なるほど、それで1人だった訳か。しかし…………。学園長から木乃香への急な呼び出し…………何だろう、このそこはかとない嫌な予感は…………?そんなことを考えた瞬間だった。『わんっわんっ!! わんっわんっ!!』メールの着信を知らせる俺の携帯。恐る恐る携帯を開くと、液晶に表示された差出人は『近衛 木乃香』となっていた。「…………」…………これは、ひょっとしてひょっとする感じか?半ば覚悟を決めつつ、決定ボタンを押してメールを開く。メール本文の内容は、だいたいこんな感じだった。『コタ君助けてー!!(>△<; また無理やりお見合いさせられそうなんよー!!(;×;) しかも今日は学園都市の外でやるらしゅうて、もし捕まったら逃げれへんーーーーっ!!!!(T□T;』「…………」やっぱりかっ!!!?つかあのクソジジィも懲りないねぇ…………孫娘がこんだけ嫌がってるんだからいい加減に止めてやれよ。しかしどうしたものか。現在俺は、ネギに学園都市を案内している途中な訳だし、先約はこっちだ。とはいえ、前回お見合いから木乃香を連れ出した際に『また俺が攫ってやる』なんてカッコつけてるだけに、木乃香かからの救難信号は無視し辛い。まさにあっちを立てればこっちが立たないこの状況。どうやって切り抜けろと…………待てよ?「なぁ明日菜? 自分、今暇なんか?」「へ? ま、まぁそうね。暇だから街をぶらぶらしてた訳だし…………」俺の質問の意図が掴めないのか、訝しそうにしながらそう返事をする明日菜。渡りに船とはまさにこのこと。まぁ、明日菜が暇になった理由が、学園長による木乃香誘拐だと考えると、かなり微妙な気持ちになるがね…………。とはいえ、今は他に方法が無さそうだし、俺は目の前でぱんっと手を合わせると、明日菜に向かって頭を下げた。「スマン!! ちょっと急用ができてもうてん。悪いんやけど明日菜、ネギに街ん中案内してくれへんか?」「え? えぇっ!? べ、別にそれくらい構わないけど、スプリングフィールド君?はそれで良いわけ?」「あ、はい。急用なら仕方ありませんし、もし神楽坂さんがそれで良ければ」明日菜の問い掛けに、笑顔でそう返すネギ。良かった、どうやらこっちはこれで何とかなりそうだ。最初は明日菜に任せるのはマズいかなーとか思ったりもしたんだが。だって原作当初の明日菜って、結構ネギに敵意むき出しなとこあったしね?まぁあれは失恋の相云々とか、クマパン云々といったネギのミスがありきの話だし。特に問題もなく出会った今の2人なら、それなりに仲良くやってくれるだろう。万が一、ネギが何かしくじって魔法がバレたりしても、きっと明日菜なら事情さえ説明すれば黙っててくれるだろうし。…………むしろ問題なのは、ネギが女だってことがバレる方だ。回りまわって木乃香や刹那に、俺が女子と同居している何てバレようものならば…………(ブルッ)と、言う訳で、俺は一刻も早く木乃香を救出し、ここまで戻って来る必要がある。「ほんなら明日菜。ネギのことよろしゅう頼むで? 出来るだけ急いで戻って来るさかい」「はいはい。全く…………今度何か奢んなさいよ?」意地悪い笑みを浮かべてそんなことを言う明日菜に、俺は苦笑いを浮かべた。「りょーかい。こん埋め合わせは必ずするわ。ほんならな!!」そう言い残して、俺は妖怪に攫われたお姫様の救出へと向かうのだった。SIDE Negi......「さて、それじゃ私たちも行きますか?」颯爽と駆け出して行く小太郎君の背中を見送って、神楽坂さんはボクに振り返ると笑顔でそう言ってくれた。「はい。でもすみません。せっかくの休日なのに無理を言ってしまって…………」「言ったでしょ? 別に暇なんだし構わないって」そう言って神楽坂さんは、笑顔を浮かべてくれる。日本の女性はみんな親切で優しいって聞いてたけど、本当にその通りだったな…………。何だか嬉しくなって、ボクは自然と笑みを浮かべていた。「あ、そう言えば、小太郎君の急用って何だったんでしょう?」本当に急いでたみたいだし、何か本当に大切な用事だったのかもしれない。ボクの案内をしてたせいで、約束とかを忘れてたんだとしたら、本当に申し訳ないな…………。小太郎君には昨日から迷惑掛けっ放しだし…………。そう思ってしゅんとするボクだったけど、神楽坂さんの一言で、そんな気持ちは嘘みたいに無くなってしまった。「どーせまた人助けでしょ? あいつって年から年中他人のために駆け回ってるようなやつだし」「…………え?」苦笑いを浮かべてそんなこと言った神楽坂さん。その言葉を頭の中で反芻したボクは、驚きを隠せなかった。「ね、年から年中ですか…………?」「うん。何でか知らないけど、あいつって人が困ってるところとかにタイミング良く出くわすみたいでねー」相変わらず苦笑いを浮かべたまま、神楽坂さんは何でもないようにそんなことを言う。そんな彼女の口ぶりからは、手紙のタカミチ同様、小太郎君への信頼感がありありと感じられた。「実際私も何度か助けられたし。しかもあいつってムチャクチャ強いでしょ? 何かしょっちゅう他人のために派手な喧嘩とかしちゃって、その度に学園長とかから呼び出されてるみたいでさ。もう完全に不良生徒呼ばわりされてんのよ?」「へ、へぇ…………」魔法について何も知らない神楽坂さんにもここまで信頼されてるなんて…………。普通信頼関係って言うのは、お互いのことを信用できないと成り立たない。だからどんなに仲が良くても、何か隠し事をしてる、って雰囲気は相手に伝わるし、そういう疑惑は相手との溝を深めてしまう。その点で言えば、魔法という重要なことを隠してしまっているボク達と一般の人の間では、深い信頼関係を築くのは難しい。特にボクは、魔法使いの人たちの間でも『性別』っていう隠し事をして生きて来たから…………。本当に信頼関係が築けてる友人なんてお姉ちゃんやアーニャ、タカミチくらいしか思いつかない。だから、魔法のことを隠しているのに、一般人からこんな風に信頼されてる小太郎くんのことを、素直に凄いと思った。きっとそれは、小太郎君がそれだけ身を粉にして、誰かのために頑張ってるからなんだろうな…………。実際ボク自身も、昨日から小太郎君に何度も助けられている。きっと彼は目の前で困ってる人を放っておけない性格なんだろう。それに凄く真面目なんだと思う。今朝の事故だって、本当にボクの不注意が大きな原因だったのに、小太郎君は真剣に謝ってくれてたし。タカミチが手紙で言ってた『真っ直ぐで誠実』って意味が少しだけ分かったような気がした。「さて、それじゃあどこから案内しようかしら? 男子校エリアはもう回った?」「はい、小太郎君が一通り案内してくれました」「そっか。まぁ案内しろって言われても、さすがに男子校エリアなんてほとんど言ったことないしね」「そ、そうですよね…………」そう考えると、神楽坂さんに案内をお願いしたのはやっぱり酷だったかな?「ごめ…………」ごめんなさい、そう口にしようとして、ボクは思わずその台詞を飲み込む。昨日の夜、小太郎君に言われたことを思い出したから。『―――――つか自分、謝り過ぎや。言うたやろ? もっとフランクに行こうやってな』…………そうだよね。きっと小太郎君が、こんな風に隠し事をしてても誰かと仲良くなれるのは、いつも彼があんな風にフランクな態度を崩さないからという理由もあるのかもしれない。対してボクは、性別を偽ってるという引け目から、いつも少し腰が引けた態度で周りと接していた気がする。…………せっかく一大決心をして日本にやって来たんだ。そんなところも少しずつ直していこう。そう思って、ボクは笑顔を浮かべた。「神楽坂さんのお好きなところに連れてってください。ボクはここに来たばかりで全く何も分かりませんし。神楽坂さんがお好きな所なら、きっと素敵な場所だと思いますから」「そ、そう? それだと女子校エリア近辺になっちゃいそうだけど…………」「構いませんよ。こっちは案内してもらう立場ですしね」それに本音を言うと、普通の女の子たちが、どんなところでどんなふうに休日を楽しんでいるのか興味があった。子どもの頃から男として育てられてきたボクは、あまりそう言った普通の女の子との関わりはなかったし。ボクの台詞、神楽坂さんは少し考え込んでから、笑み浮かべた。「それじゃ、適当にぶらつきましょうか? それと私の事は明日菜で良いわよ? 言いにくいでしょ? 私の苗字」「あ…………」そう言って満面の笑みをボクに向けてくれる神楽坂さん。その姿はどうしてだろう、どこかお姉ちゃんに似ているような気がする。それに、名前で呼ぶことを許してもらえただけで、何だか神楽ざ…………明日菜さんとの距離が縮まったような気がして、ボクは何だか嬉しくなった。だからボクも、満面の笑みを浮かべて彼女に答える。「じゃあボクのこともネギって呼んでください。よろしくお願いしますね。明日菜さん」すっと右手を彼女に差し出すボク。明日菜さんはそんなボクの手をしっかりと握り返してくれた。「こっちこそ、よろしくね。ネギ」笑顔でそう言ってくれた明日菜さん。これはきっと、小太郎君の忠告のおかげだろう。戻ってきたらきちんとお礼を言わないとな…………。明日菜さんに笑顔を向けながら、ボクはぼんやりとそんなことを考えていた。SIDE Negi OUT......