いろいろと慌しかった夏休みから、早くも5カ月が過ぎた。あれだけ鬱陶しかったセミの鳴き声は、とうの昔に為りを顰め。今は冬の冷たい風が、麻帆良の空を我が物顔で吹き荒んでいる。この5ヶ月間は、これと言って特筆するような出来事は無く、至って平和に過ぎて行った。そんな中で、一つだけ報告すべきことがあるとすれば、例の禁術のことだろう。当初の約束通り、1月ほどで解読作業を終えてくれた高音。解読結果を記したレポート紙を俺に渡す際、彼女が口にしたのはこんな言葉だった。『―――――この魔法は、決して使用してはいけません』とは言え、そこは俺の性格を知っている彼女。次の瞬間には困ったように笑って、こう付け加えてくれた。『もし使用するならば、最大でも10秒以内の連続使用に留めてください。いくら小太郎さんが人より頑丈だとしても、それ以上は耐えられるような代物じゃありませんから…………』そんな彼女の言葉通り、10秒を超えてこの禁術を使用することは、ほぼ不可能だといって良いだろう。試しにと、エヴァの別荘を借りて15秒ほど使用したところ、俺はその後丸1日身動きが取れなかった。並みの魔族よりよっぽど頑丈な俺が、たった5秒でそのダメージだ。普通の人間がこんなものを使用すれば、死に到ると言うのも頷ける。この禁術を完全な形で使用するには、まずは己の肉体を内側から強化していく他ないだろう。幸い10秒という限界さえ侵さなければ、この禁術はそれ以上のリスクを持たない。アルの予見通り、使用することで俺が引き出せる魔力も徐々に上がってきているしな。九尾の魔力を最大限に引き出せるようになるころには、恐らくこの禁術の使用時間も格段に延びるはずだ。…………そう考え、地道な努力を続けていた俺だったが…………。気が付けば、暦は2月にさしかかっている。それが意味するところを、皆さんはお気付きだろうか?…………そう、ついに来たのだ。俺が前世より、焦がれて止まなかった、ある人物との邂逅の瞬間、その時が。―――――2003年2月上旬。それは『魔法先生ネギま!』の、原作がスタートした時期。即ち、ついにネギが、この麻帆良にやって来る時が近付いているのだ。この日をどれだけ待ちわびたことか…………。これは余談だが、昨年の九尾事件の折に、フェイトの姿を見て嫌な予感がした俺は、学園長やタカミチへの聞きこみを行った。その調査の結果、千の呪文の男には俺と同い年の息子が居ると判明。つまり、この世界において、この麻帆良にやって来るネギは俺と同様、原作よりも年を取っている訳だ。それはつまり、彼が原作における麻帆良着任時より、確実に強いことを意味する。そんな彼と手合わせできることを、俺はその事実を知った時から、心待ちにしていた。恋焦がれた物語の主人公、そんな人物と実際に剣を交えることが出来る。武人にとってこれ以上の幸せはない。…………ないのだが。当初の予定では、俺は例の禁術を原作開始前までに完成させるはずだった。しかし、その予定は想像以上に難航し、気が付けばとても実践に堪えられないような完成度のまま、原作突入を迎えてしまいそうなこの状況。まぁ、来てしまったものは仕方がない、こうなったら、意地でも修学旅行編までには完成させないとな…………。灰色の雲が遮る2月の空を見上げ、俺はそんなことを誓うのだった。で、俺は今何をしているかというと、女子校エリアの駅にて、とある人物を待っていた。そのとある人物とは一体何者かと言うと…………実際のところ俺も詳しいことは知らないのだ。というのもこれ、一応学園長から下された、正式な護衛任務なのである。何でも、とある留学生が今日麻帆良に到着するから、その人物の安全に配慮しつつ学園長室まで案内して欲しい、とのこと。この麻帆良でそうそう危険なことが…………まぁ、去年からこっち、結構起こったけど、そうそう何度も起こるとは思えない。そんな訳で、俺はこの護衛任務とやらに疑問を感じたが、一応給料をもらってる身としては逆らい難いものがある。幸いにも今日は土曜で学校も休みだったし、俺は甘んじてこの依頼を受けることにした。…………しかし寒い。いや、気とか魔力使えばどうとでもなるけど、さすがにこの程度の事態で使うのもどうかと思うじゃん?ちなみに今の俺の格好は、1年のクリスマスに、亜子、アキラ、祐奈の運動部娘達から貰った手編みシリーズ+冬用の学ランである。ここまでしても寒いってんだから、今年の冬はまさに厳冬と言えるだろう。…………え? コートは着ないのかって? いやいや、学ランが隠れちゃうでしょ? これ、戦闘服だし。俺のポリシーだし。そんなどーでもいーことを考えながら、待つこと数分。そろそろ到着する頃なんだけどなぁ…………?そして例により、俺は到着する護衛対象の顔を知らない。学園長曰く、向こうには俺の写真を送ってるらしいから問題ないとのことだが…………人事書類とはいえ、俺に許可なく送るのはどうなんだ? 肖像権の侵害じゃね?まぁ学園長のことだし、そんなオモロイ写真は送ってないだろうから構わないんだけどさ。ホントさびぃ…………早く来てくれ留学生よ…………。「…………あ、あの、犬上 小太郎さんですよね?」「ん?」駅前のベンチに埋もれるようにして座っていた俺は、急にそう声を掛けられて顔を上げた。「…………」そして声の主を見た瞬間、俺の思考はものの見事に凍りつく。その人物の容姿に、思わず目を奪われたのだ。俺と同じ、本校男子中等部指定の学ランに身を包んだその人物。背丈は150前後と随分小柄で、体つきも男性にしては華奢で、学ランを着ていると言うより、着られているという印象さえ受ける。そもそも学ランが大きめなのか、袖口からは指先が覗く程度。そしてその袖口から覗く指先は、男性にしては余りに白く、そしてしなやかだった。顔立ちは幼く、しかし十分に整っていて、どこか子犬を彷彿とさせる愛嬌がある。しかし何よりも目を引いたのは、その人物の髪だった。鮮やかな、赤みがかった頭髪。それは本来肩口程までの長さはあるだろう、今は襟足のところで1つ結びにされていた。…………ここまで言えば、その人物の容姿が、一体誰と酷似しているのか、もう分かるだろう。そんな俺の予感を裏付けるように、その人物は笑顔を浮かべて頭を下げた。「―――――ネギ・スプリングフィールドと言います。どうぞよろしく」そんな、予想を大きく裏切った物語のスタートに、俺がしばらく立ち直れなかったのは言うまでもない。「…………どういうことかきっちり説明して貰えるんやろうな?」―――――ダンッ!!学園長の机に両手を叩きつける俺。恐らくそのこめかみには青筋が浮かんでいたに違いない。この理不尽な状況に対する憤りを、一体どこにぶつければ良いのか分からなかったのだ。大目に見て欲しい。そんな怒り心頭している俺の様子にも関わらず、学園長は相も変わらず飄々とした笑みを浮かべていた。「フォッフォッフォッ、どういうことも何も、見ての通り編入生の案内を頼んだだけじゃよ? ああ、ちなみに彼は今日から君とルームメイトになる予定じゃ、いろいろと面倒を見てやってくれ」そして、しれっと爆弾発言をする妖怪ぬらりひょん。俺は本格的に始まった頭痛に、思わず目頭を押さえた。…………いや、ネギが俺と同い年で男子部に編入して来て、あまつ俺と同室になるのは、まぁ100歩譲って良しとしよう。確かに明日菜に魔法がバレるイベントは? とか、期末試験うんぬんの騒ぎは?とか思わなかったこともない。しかしそれ以上に、俺にはどうしても納得いかないことがあった、それは…………。「…………正気か妖怪ジジィ? あいつ『女の子』やんけ?」『彼女』の性別だった。現在ネギは、学園長室隣の待合室にいるため、俺ははばかることなくその事実を学園長に突き付ける。学ランを着ていたため、俺自身も最初は『何でネギきゅん男の娘になっとるんー?』とか思ったりもした。しかし原作でネギ(15歳ver)の姿を見ている俺としては、ネギのあの成長の仕方には納得がいかない。とはいえ、原作においてもカモが、あくまであの幻術は使用者が思い描く未来像だと言っていたから、あのネギの姿はそれほどの正確な物ではなかったのかも知れない。だがしかしだ、俺には常人にはない、とある特徴がある。言わずと知れた犬の嗅覚だ。人間にはそれぞれ固有の匂いがある。そしてその中で最も大きな差異を見せるのが、男女の差だ。どれだけ男装をしようと、また幻術を使おうと、女性特有の甘い香りまでは誤魔化せない。…………ちなみに、男性の汗臭さとかも分かるため、正直柔道部の部室とかだと俺は窒息しそうになる。学園長やタカミチから、ネギは男だと聞かされていたため、一瞬本気で騙されそうになった俺。しかし嗅覚から入って来た情報は誤魔化しようがない事実。俺はこの、予想を大きく裏切った事態に対する、明確な回答を学園長に求めた。「…………ふむ。さすがに男装程度で君を騙し通せるとは思わなんだがのう。こうもあっさり看破してしまうとはさすがじゃな」「俺の嗅覚舐めんなや? つか、散々人の嗅覚にかこつけて面倒事押し付けとったんや。こん程度んことくらい予想しとったやろ?」俺が皮肉ってそう言うと、学園長は相変わらずの飄々とした様子で頷いた。「まぁの。どの道君には全てを話した上で協力してもらうつもりでおったのじゃ。『彼女』の正体がバレたところで大事ではない」「この狸ジジィめ…………まぁ良えわ。ほな、早速詳しい話を聞かせてもらおうやないかい」先を促すと、学園長は先程までの飄々とした雰囲気を消すと、しっかりと頷いて話を切り出した。「君が看破した通り、彼女…………ネギ君は紛れもなく女性じゃ。しかしとある理由から、今日まで男性と偽って生活してきた」「まぁ、俺が聞いたときも、自分やタカミチはネギんこと『千の呪文の男の息子』やって言うとったもんな」おかげで一杯食わされるところだった訳だが。しかし気になるのは、どうしてそんな面倒な事態になってるかってことだ。フェイトが女になってたときに、俺はこの世界が『ネギが女として存在している世界』だという可能性を考えなかった訳ではない。むしろ覚悟完了済みだったと言っても過言ではなかったのだ。そのため、ネギが女性であることは大した問題ではない。問題なのは、『どうしてネギが性別を偽っているのか?』という部分だ。そのせいで俺は、ネギと手合わせできると糠喜びさせられた上、事実を知って余計に凹むと言う二重苦を味合わされたのだ。その理由について聞く権利くらいあると思う。「で? 何でネギは男として生きらなあかんかってん? 肝心な理由を聞かせてもらいたいんやけど?」「…………残念ながら、その問いには答えられんのじゃ。何せ彼女自身も知らされておらんことでのう」「は…………?」学園長の思わぬ答えに、思わず目が点になる俺。じゃ、じゃあ何か?ネギはこの15年間、理由も知らずに男として生活してきたってのか?…………どんだけ純朴な上に素直なんだよ…………? 普通嫌気がさしたり反抗的になったりするもんじゃねぇのか?そんな疑問が顔に出ていたのか、学園長は小さく笑って話を続けた。「まぁ彼女の純真な性格が幸いしての。そこは大人たちの勧めることに素直に従ってくれとる」「さよけ…………。ほんなら具体的な説明は出来ひんにしても、大まかな理由くらいは教えてもらえへんのかいな?」「うむ…………簡単に言えば、これは彼女の身を危険から護るための処置なのじゃよ」「危険から、護る…………?」再び学園長の言葉に首を傾げる俺。それだとまるで、ネギが女性だと何か不都合があるみたいな言い方じゃないか?「…………何や気になる言い方やけど、これ以上は聞いても教えてくれへんのやろ?」「うむ、スマンのう。しかしこれはナギの…………彼女の父の友人である『紅き翼』の面々が取り交わした約束なのじゃ。おいそれと破る訳にはいかんでのう」「…………」学園長の言葉に、俺は思わず黙り込む。そう言えば、原作でテオドラ皇女にネギが自分の母親について尋ねたときにもそんなことを言ってたか…………。確かアリカ王女だったか…………恐らくあの人がネギの母親で間違いないんだろうが、どうやらその辺が関係してるらしいな。つまりこの情報は、ネギが一人前になるまでは明かされない秘密ってことなのだろう。(※彼は原作27巻までの知識しか(ry)ということは魔法世界編辺りまでは、この謎はお蔵入りって訳だな…………。まぁ、この際それは良い。その内分かるっていうなら、それは先の楽しみにしておけば良いからだ。ネギの性別に関する問題は、疑問は残るものの一先ず片付いた。となると、次に問題となるのは…………。「まぁネギの性別に関する話は分かった。約束や言うんならこれ以上追及もせぇへん。けどな…………」―――――ダンッ!!俺は再び両手を机に叩きつけた。「―――――何で俺が、同じ年頃の娘と同棲せなあかんねん!?」そう、それこそが残された最大の問題。いろいろと裏はあるものの、この学園都市麻帆良は、言わずもがな教育機関である。その長である学園長が、何を血迷って同世代の異性を一つ屋根の下に住まわせようとしているのか、それが甚だ疑問でならなかった。「フォッフォッフォッ、そういきり立つでない。先程言った通り、彼女は男性として世間に認知されておる。それは良いな?」「ああ。それはもう分かったわ。けど、今聞いとんのはそんなことやないで?」「せっかちじゃのう…………まぁ良い。魔法学校では卒業時にそれぞれ修行課題を言い渡されることは知っておるかな?」「おう」素直に頷く俺。前に高音と愛衣がそんな話をしてたし、何より原作を見ている俺にとっては、その話は余りに印象深い事柄だったからな。確か高音や愛衣のような魔法生徒は、人間界…………というか、旧世界で魔法使いという事実を知られず学生として過ごすこと、ってのが修行内容だったか?ってまさか…………。そこまで考えて、俺はとある結論に至って絶句した。そんな俺の様子に気付いたのか、学園長は静かに笑みを浮かべる。「彼女の修行内容はのう『日本の学校で普通の学生として過ごすこと』というものじゃ。そして彼女は男として生活しておる。つまりこの麻帆良で学生となる以上、彼女が通えるのは、本校男子中等部以外にないのじゃよ」「なっ…………!?」マジかよっ…………!?思春期真っ盛りな上、男子校という隔離された空間で女に餓えた男子生徒共。そんな中に、美少女と言って遜色ない女の子を1人紛れ込ませるなんて…………。肉食恐竜の群れに、手負いの兎を放りこむようなもんじゃねぇか!?とても正気の沙汰とは思えなかった。「小太郎君の心配は無理もない。彼女の正体を知っとる一部の教諭陣でも彼女の扱いには意見が割れての。結局受け容れ自体は可決されたが、彼女の身の安全を護るため、何らかの処置が必要となったわけじゃ」「何らかの処置て…………オイ、まさかそれが、俺との同棲やとかほざくんやないやろうな?」しかし俺の予想を裏切って、学園長はにっこりと笑って頷いたのだった。ふ ざ け ん な !!!!「どこをどうしたら、それが『彼女の身を護るための処置』に繋がんねん!? 明らかに彼女の貞操はピンチのままやんけ!!!?」つか俺、リアル狼さんだからねっ!? 獣っつうかケダモノの類だからね!?そこんとこちゃんと分かってんのか!?しかし学園長は笑顔を浮かべたまま、一歩も譲る気はないとばかりに御高説を続ける。「まぁ考えてもみなさい。君は現在、学園の魔法生徒の中では間違いなく最強の存在じゃ。否、魔法先生を含めても、君と渡りあえるのはワシかタカミチ君。或いは刀子君か神多羅木君くらいのものじゃろうて」「それが厳然たる事実やったとして、今の話とどう関係があんねん!?」「ワシの裁量でネギ君に付けられる護衛として、君以上に腕が立つ者はおらんということじゃ」「なるほどー☆ …………って納得するかボケェッ!!!! 気付かんのんか? 言わんと気付けへんのんかっ!? そもそも俺は『男』で、ネギは『女』やろ!? 狼避けに狼のおる檻に突っ込んでどないすんねんっ!!!?」つか、それって俺こそがネギの貞操を護る上で最大の脅威に他ならないってことだろ!?どう考えてもミスキャストじゃねぇか!?そんな俺の怒涛のツッコミにも関わらず、学園長は相変わらず涼しげな表情を崩さない。何だこの自信は? まさか俺を完全論破するための切り札でもあるってのか?いやいや、どう考えてもそんなものないだろ!?完全にこれは投了だろ!?しかし俺は思い知らされる。このクソジジィが、どこまでも性格が悪い狸野郎であると言う事実を。連続でツッコミを入れたため、息を切らす俺に、学園長は笑顔とともにこんなことを言い出した。「無論、君自身が危惧しとることは良く分かっとる。しかしそれを踏まえた上で、我々はネギ君の護衛兼ルームメイトとして、君が適任だと判断したんじゃ」「…………スマン、全然話が見えてきぃひんのやけど…………?」「何、簡単な話じゃよ。つまりの…………我々教諭陣は小太郎君、君を信頼しとるということじゃ」「…………は?」再び目が点になる俺。この狸ジジィ、今何つった?そんな俺に、学園長は居住まいを正して、こう告げる。「君は女の子を泣かせるような行いが、何より嫌いな性分じゃろう? そんな君だからこそ、我々はネギ君を君に任せることにした。つまりはそういう訳じゃよ」「…………」…………えーと、何コレ?つまりはこういうことか?『お前のこと信じて任せたんだから、間違っても襲ったりするんじゃねぇぞゴルァ!!』と、そういうこと?…………ふざけんなし!!何それ!? 何その据え膳!?蛇の生殺し、いや、狼の生殺しですやん!!!?…………ヤバい、本当に目眩までしてきた。もうツッコむ気力すらなくなってきた俺に、学園長は追い打ちをかけるようにこんなことを言い出す。「まぁ君がそんなに嫌じゃというなら仕方ない。少々不安が残るが、ここは他の生徒と合い室か、或いは一人部屋を用意する外あるまいて。…………小太郎君が引き受けてくれれば、万一のフォローなども含めて安心だったのじゃが、仕方ないのう…………(チラ)」「…………」「シャワー室などで他の生徒と鉢合わせしたらどうなることかのう? そうでなくても、彼女は正体がバレるとオコジョ収容所行き…………若い美空で、哀れな話じゃのう…………(チラ)」「…………」「他の生徒と合部屋になった場合、万が一正体がバレるようなことがあったら…………あまつそれをネタに脅され、あられもない要求などされたら…………心配じゃのう…………(チラ)」「…………だぁぁぁぁぁあああああっっ!!!!!! 分かったわ!! 分・か・り・ま・し・た!!!! 俺が面倒見たる!! 俺が合い室になったら良えんやろ!? これで満足か狸ジジィ!!!!」「…………うむ。ではよろしくたのむぞい?」自分で誘導しておきながら、しれっと言ってのける学園長。…………俺や茶々丸に弄られるエヴァの気持ちが少し分かった。今度からはもう少し優しくしてあげよう…………。それはそうと、一つ気になることがある。「…………ネギの方は、俺の同室になることについて何も言ってへんのかいな?」男として生活してきたとはいえ、彼女は女性としての自覚くらいあるだろう。それが見ず知らずの男と、いきなり2人で暮らせなんて、そうそう受け容れられる提案だとは思えないんだが…………。「うむ、その件に関しては彼女の了承も得ておる。タカミチ君が手紙を送ってくれたようでの、ワシが電話した際にも別段不満に思っておる様子はなかったのう」「マジでか…………」この場合、ネギの順応力が高いのか、それともタカミチの話術が凄かったのか、判断に窮する。とは言え向こうがその気なら、俺がこれ以上何を言っても無駄か…………。だってこのぬらりひょん、一歩どころか1ミクロンも譲る気ねぇし。俺は溜息を着きながら、ネギの待つ待合室へと向かうのだった。「あ、もうお話は終わったんですか?」俺が待合室に入ると、座っていたソファーから立ち上がり、それこそ飼い主を見つけた子犬のように駆け寄って来るネギ。…………これで本当に今まで男として生活してこれたのかよ?どう見ても可愛い女の子にしか見えないだろう…………。それはさておき、彼女は既に学園長との謁見は済ませていたため、完全に俺待ちの状態だったのだ。思ったより時間が掛かってしまったし、俺は素直にそのことを詫びた。「ああ。スマンかったな。長いこと待たせてもうて」「気にしないでください。それにそんなに待ってませんし」にこにこと人懐っこそうな笑みで、本当に気にしてないとばかりにそう言ってくれるネギ。…………せめてもの救いは、彼女がこんなに良い子だってことだろう。まぁ、原作でも人当たりは良かったしな。それはそうと、寮に戻る前に、俺は彼女に言っておかなければならないことがある。大きく深呼吸をすると、俺は意を決して彼女に話を切り出した。「まず最初に、俺は自分に2つばかし言うとかなあかんことがあんねん」「? はい、何でしょう?」不思議そうに首を傾げて答えるネギ。…………ヤバい、素直に可愛すぐる…………。ネギが女の子になってたショックで気にしてなかったけど、こうして見るとかなり可愛い容姿をしてるんだよね。子犬っぽい立ち居振る舞いは木乃香と被る気がしなくもないが、物腰が丁寧だったり、木乃香ほどおっとりしてなかったりと、やっぱ今まで俺の周りにはいなかったタイプだし…………。…………あれ? 俺ってばやっぱり早まった?こんな可愛い子と1つ屋根の下で暮らして、湧き上がる青春のリビドーを抑えるとか無理っぽくね?早速、彼女の護衛兼ルームメイトを後悔し始める俺。そんな一抹の不安を打ち消すように、俺は小さく咳払いをして話を進めた。「こほん…………え、ええとな? 1つ目の話やけど、俺は一応自分が女やっちゅう事実はもう知っとる。せやから、俺相手に正体隠さなあかんとか、そういうことはあれへんから心配せんでくれ」「はい」「…………え? そんだけ?」今まで必死になって隠して来たであろう事実を、あっさり看破されたと言うのに、ネギから返って来た反応は、あまりに淡白なものだった。そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、ネギは困ったように笑いながら、その理由を説明してくれた。「タカミチからの手紙で犬上さんのこともいろいろと言ってましたから。きっと犬上さんにはすぐに女だってバレちゃうだろう、って。タカミチもそれに関しては予想してたみたいです」「なるほどな」タカミチグッジョブ。どっかの狸ジジィと違って、ちゃんと俺のフォローも万全だな。…………もっとも、ネギの言ってた『いろいろ』って部分に、どんな内容が含まれているかはかなり気になるが。ともかく、それなら話が早くて助かる。俺はすぐに、もう1つの話を切り出すことにした。「もう1つの話しなんやけど、これから一緒に生活していく上で、こっちの方が大事な話やねん」「は、はい。何でしょうか?」勿体ぶった口調で言ったためか、ネギは少し緊張したような面持ちになる。そんな彼女に、俺は会心の笑みを浮かべてこう告げた。「俺と自分は今日から友達や。せやからさん付けとか敬語とか、そういうんなしでもっとフランクにいこうや? よろしゅう頼むで、ネギ?」そう言って、俺は彼女に右手を差し出す。一瞬、呆然としていたネギだったが、すぐに状況を理解したのだろう。次の瞬間には、先程と同じように、子犬のような笑みを浮かべて俺手を握ってくれた。「はい!! じゃなくて、うん!! よろしくね、小太郎君!!」握った彼女の手は思っていたよりもずっと小さく、そしてとても温かかった。…………うん、こんな可愛い娘と同棲とか、俺絶対早まったわ。そんなこんなで、俺たち2人は女子中等部校舎を後にした。影の転移魔法を使うことも考えたが、ネギの案内もあるし、今日のところはとりあえずぶらりと歩くことに。ウェールズののどかな村で過ごしていたせいか、近代的な建物や大勢の人に歓声を上げるネギの姿は、麻帆良に来たばかりのころの霧狐を彷彿とさせた。「そういやちょっと気になってんけど…………」「? うん、何のこと?」「いや、自分はこっちに来る前から俺と相部屋になること分かっとったんやろ? いきなり見ず知らずの男と相部屋やなんて、良ぉ了承したな思て」「ああ、そのこと。うん、最初はさすがにボクも不安だったよ? それ以上にお姉ちゃんと幼馴染が猛反発してて…………」余程その様子がどたばたしていたのか、過去に思いを馳せるネギの表情は、どこか疲れた様子だった。「けどタカミチから手紙が来て…………あ、知ってると思うけど立体映像が再生されるタイプのやつね? それで小太郎くんのことをいろいろ聞いて決心が付いたんだ」「…………」ネギの言葉に黙り込む俺。やはり気になるのは、タカミチが言ってたという俺に関する『いろいろ』なこと。何だか聞かない方が良い気もするが…………逸る好奇心には勝てないよなぁ。俺は意を決して、彼女に尋ねてみた。「なぁ? いろいろって、タカミチは俺のこと何て言うてたんや?」「うーんとねぇ…………凄く優秀な魔法使いだって言ってたかな? 少し血の気が多いのが玉に傷だとも言ってたけど…………」「…………」…………これは、完全に高音や愛衣と同じパターンじゃね?俺が知らないところで、勝手に広がる美化された俺のイメージ。…………お願いだから、初対面の人間に対する俺のハードル上げるのは勘弁して…………。がっくりと項垂れる俺。しかし、そんな俺を余所に、ネギはなおも話を続ける。そしてそれは、俺も予想していなかったものだった。「けど、一番決め手になったのはあれかな…………小太郎君がどこかボクの父さんに似てるって、タカミチが言ってたこと」「へ?」「あれ? タカミチから言われたことない? 千の呪文の男に似てるって」不思議そうに俺の顔を覗き込むネギ。…………いや、言われたことあったけどさ。最近は余り言われてなかったから忘れてたんだよ。つか、未だにどの辺が似てるか分かんねぇし。あれか? 喧嘩っ早いとこか? それかバカっぽいところか?…………言っとくけど、俺はそれなりに頭良いからな? まぁ、転生者の特権ではあるけど…………。そんな俺の疑問を知ってか知らずか、ネギは両目をキラキラと輝かせながらなおも続ける。「ファザコンって思われるかもしれないけど、ボク、父さんに憧れてて。それで父さんみたいな偉大なる魔法使い(マギステルマギ)になるためにも、やっぱり修行はきちんとしなくちゃいけないって思ったんだ。それに…………その話を聞いてから、実は小太郎君に会うのを楽しみにしてたんだよ?」そう言って、にっこりと笑みを浮かべるネギ。…………おのれタカミチ。フォローどころか、やっぱりネギが俺に対して抱くイメージのハードルを無茶上げしただけじゃねぇか…………。高音や愛衣同様、俺はこれから地道にネギにが抱いているイメージを払拭していくしかないらしい。加えて、ネギが女の子で、しかも俺と同室になるとか…………もう完全に俺が知ってる原作知識は当てにならなくなったじゃん…………。俺がいることで、ある程度まで彼女たちに降りかかる危険の種を取り除くことができるとか考えてたけど…………どうやらそれも無理そうだ。そう考えると、否が応にも気が滅入った。予想を全く裏切る形となったネギとの邂逅。それを経て俺の心の中に生まれたのは一つの切実な思い。―――――近衛の屋敷に帰りてぇ…………。これから始まるネギとの新生活を前に、俺が思うのはそんなヘタれた願望ばかりだった。こりゃ本格的に頭痛止めと胃薬が必要かもしれないな…………。