「これは………古代ギリシャ文字ですね」俺がアルから貰ったスクロールを広げて、高音は興味深そうにそう呟いた。あの後、家に帰って早速スクロールを開いた俺は、その中身を目にした瞬間絶句していた。…………うはwwwいみふwww自慢じゃないがこの俺、ラテン語だってまともに読めない男だぜ?操影術の稽古だって、高音が作ってくれたアンチョコが無ければ、正直もっと時間がかかったと思う。そんな俺が古代ギリシャ語なんて読める筈がない。上位古代語呪文って時点で気が付くべきだったな…………。アルのことだから内容を教えて欲しいなんて持って行ったら、確実に何かしらの賭けを持ちかけて来るだろう。秘蔵のエヴァコレクションは既に打ち止めだし、こんなことで胃を痛めるつもりはない。かと言って、エヴァんところに持って行ったら、このスクロールの出所を聞かれてアウトだ。アルからは、自分が麻帆良に居ることは彼女に黙っておくようにとお願いされてるしな。必然的に、俺がこの魔法書について聞ける相手は高音しかいなかった訳だ。そんな訳で、俺たちは今、駅前のファミレスに来ている。人目はあるが、例の魔法書は特に魔法が掛かってる訳ではないので問題はないだろう。しげしげと魔法書を眺める高音に、俺は恐る恐る尋ねる。「どや? 自分やったら読めるんやないかと思てんけど…………」高音は一端魔法書をテーブルに置くと、にこっと笑みを浮かべて…………。「全く分かりません」潔すぎる敗北宣言をしてくれた。思わずテーブルに頭を打ち付ける俺。いやいや、笑顔で言うところじゃないでしょ?「魔法陣の配置などから、かろうじて操影術に関する記述だとは分かりますが…………どうやらこのスクロール、暗号になってるようですね。これを解読しない限り、内容について知ることは不可能だと思いますよ?」「んな、アホな…………」これは胃痛薬持参でアルのところに行くしかなさそうだな…………。そんな風に諦めかけた俺だったのだが、高音が口にした言葉は予想外のものだった。「少し時間を頂けますか? そんなに複雑な暗号では無いようですし、1月も頂ければ解読できると思います」「へ? そ、それは構へんけど、良いんか? 自分かていろいろ忙しいやろうに」申し訳なく感じて尋ねた俺に、高音は再び笑顔を浮かべる。「構いませんよ。私が居ない間、愛衣の面倒を見て頂いたお礼です。小太郎さんだって、霧狐さんの指導役なのに愛衣の面倒を見てくれたでしょう? それに比べれば勉強の合間に解読作業をするくらい、どうってことはありません」菩薩のように大きな高音の包容力に、俺は正直涙がちょちょぎれそうだった。「おおきに、高音。ホンマ恩に着るで」「そ、そんな大袈裟ですよ」照れで頬を染めながら、ぱたぱたと手を振る高音。本当、面倒見は良いし優しいし、原作のイメージとは偉い違いだよなぁ。(※彼は原作27巻までの知識しかありません)そんな風に考えながら、コーラを煽る俺。その時だった。「…………はぁ」「???」不意に、高音の表情が曇ったように感じたのだ。しかしそれは本当に一瞬で、ともすれば見間違いだと思ってしまいそうなほどの変化だった。だが、俺の耳にはしっかりと彼女の溜息が届いた。何か悩み事だろうか?こっちから頼み事をした手前、俺で力になれることなら何かしてあげたい。思わず俺は、彼女に尋ねていた。「何か悩み事か? 俺で良かったら相談に乗ったるけど?」「え? い、いえ、その…………た、確かに悩んでいるのですが、何と申し上ればいいのでしょうか? 少し言葉に詰まってしまうようなお話で…………」およそ彼女らしくない歯切れの悪い返答に、俺はますます彼女の力になりたいという思いを強めた。「幸い夏休みで時間もあるし、ゆっくり話聞くで? まとめにくい話やっちゅうんなら、思いついた端から言うてくれりゃ良えし」「は、はぁ…………」俺の言葉に、高音は少しの間押し黙る。その逡巡を経て、ようやく覚悟が決まったのか、彼女は真剣な面持ちで、こう切り出した。「じ、実は…………悩み事というのは、愛衣のことなんです」高音が口にしたのは、彼女が指導役を仰せつかっている魔法生徒の名だった。…………つか、どんだけ面倒見が良いんだよ? 悩みごとまで他人のことって…………。少し呆れながらも、実に彼女らしいと思った俺は、気持ちを引き締めながら高音に先を促した。「んで? 愛衣がどないしたんや?」「ええ…………愛衣が霧狐さんと同室だと言うのはご存知ですよね?」「そらな。こないだ巡回してるときも、普段の霧狐の様子とか楽しそうに話してくれてたで?」「た、楽しそうに…………そ、そうですか…………」何の気なしに答えた俺だったが、その言葉を聞いて、高音は更に落ち込んでしまった。「な、何や何や? 愛衣と霧狐が喧嘩でもしとんのか?」「い、いえ。2人の仲は順調と言いますか、その…………むしろ仲が良過ぎるのが問題と言いますか…………」「???」ますます高音の悩みが何なのか分からなくなる俺。2人の仲が良過ぎるって、それが一体何で高音の悩みに繋がるんだ?そんな疑問が顔に出ていたのか、高音は目を瞑り、1度大きく深呼吸をすると、意を決した表情でこう切り出した。「じ、実は最近、愛衣の霧狐さんを見つめる視線が、妙に熱っぽいと言いますか…………その、まるで恋する乙女のような表情をするようになってきて…………」「…………え゛?」…………え、えーと?それは、つまり…………。「…………め、愛衣が、霧狐に惚れとるっちゅうんか?」「そ、そうとしか思えないんです…………」「…………」…………俺の妹がキマシタワー!!!?いやいやいやいや、いやっ!!そ、そそそそ、そんなバカな話がある訳ないだろ!?「じ、自分の勘違いなんとちゃうんか? ほ、ほら!! 霧狐のやつ、小動物っぽいからこう、ペットに対する愛着っちゅうか、な?」「…………私も最初はそう思って真面目に考えていませんでした。ですが帰省中に電話で、愛衣とこんなやりとりをしまして…………」高『どうですか愛衣? 私のいない間、小太郎さんや霧狐さんに迷惑はかけていませんか?』愛『だ、大丈夫ですよお姉様っ。ちゃんと修行も警備員のお仕事も頑張ってます』高『ふふっ、それは何よりです。霧狐さんとは相変わらず仲良くしていますか?』愛『はいっ!! そんなのもちろんですよっ!!!!』高『っっ!? そ、そう? それを聞いて安心し…………』愛『昨日なんて、キリちゃんってばリビングで上級生が見てたホラー特集を一緒に見ちゃって、一人じゃ眠れないーって言って、一緒のベッドで寝たんですよ!!』高『そ、そうなんですか? ほ、本当に仲が良いんですね?』愛『はい!! キリちゃんて、お部屋で寝てる時は幻術解いてるんですけど、眠ってると狐の耳が物音に反応してぴょこぴょこ動くんですよ!? もうそれが可愛くて可愛くて…………』高『へ、へぇ…………』愛『しかも!! しかもですよ!! キリちゃんって、ついこないだまでお母さんと一緒の布団で寝てたらしくて、一緒に寝てると寝ぼけて私に抱き付いて来るんです!! こう、私の腰にぎゅ~~~~って!!』高『…………』愛『だから私も、キリちゃんのことぎゅ~~~~ってしたんです!! そしたらキリちゃん、寝言で私のこと『おかーさん…………』って呼んで(中略)…………とにかくっ!! もうそれはそれは物凄く可愛いんですよ!!!!』高『…………』愛『それからっ、それからっ…………(以下エンドレス)』「…………」「…………」…………アウトォォォォォオオオオオッ!!!!!!愛衣さん完全にアウトですやん!?有罪判決ですやん!?弁護人が匙投げますよこんなんっ!!!!あと霧狐、半妖が作り物ホラーにビビんなし。しかし…………まさか事態がここまで深刻だとは…………。けど、冷静になってみると、愛衣が霧狐に恋愛感情を抱いて何か問題があるのか?「…………小太郎さん、1つ忘れているようですが、愛衣はあれでも『優秀』と評価される魔法生徒です」「? まぁ、それは分かっとるで?」魔法学校を首席卒業するくらいだ、戦闘技術はさておき、魔法の腕と知識だけならかなりのものだってことは俺にも分かる。「しかも愛衣は霧狐さんと同室…………間違いが起こらないと言い切れますか?」「!?」その言葉に冷や水をかけられた気分になる俺。た、確かにそうだ…………。愛衣のことだし、さすがに惚れ薬とか、法で規制されてるような精神干渉をして霧狐を落とそうとはしないだろう。しかし儀式魔法や魔法薬を使えば、一時的とは言え身体を男性の物に変えることだってできる。もし愛衣の想いが霧狐に通じた場合、霧狐と合意の上で、そーゆー行為に及ばないとも限らない。しかも彼女たちは中学生…………性に関する知識は、はっきり言って乏しい。最悪の場合こんなことだって…………。『…………お兄ちゃん。キリ、ママになるんだ♪』「―――――ぬがぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!!」「っっ!? こ、小太郎さんっ!!!?」急に叫んだ俺に、高音が心配そうに呼び掛ける。そんなのお構いなしに俺は両拳をだんっ、とテーブルに叩きつけた。「認めへん!! 出来ちゃった婚なんて、お兄ちゃんはずぇっ…………っとぅわいに認めへんからなっ!!!?」「い、今の数秒間で一体どんな想像を膨らませたんですか…………?」さすがに呆れたように呟いて、高音はこほんっと小さく咳払いをすると話を元に戻した。「多少の事なら私は愛衣の気持ちを尊重するつもりです。しかし私は彼女の指導を承っている身。不純異性交遊に発展しそうな恋愛は、さすがに看過できません…………」「この場合、不純同性交遊やけどな…………」「それに…………愛衣には幸せになって欲しいんです。霧狐さんと愛し合うことが不幸だとは言いません。けれど、世間の目や批評という障害は拭いきることが出来ない物です。私は彼女たちをそんなものに苛ませたくないんです…………」真剣な表情でそう呟く高音。それは俺だって同じだ。今まで散々苦労して生きて来た霧狐には、絶対に幸せになって欲しい。彼女の決めたことなら、どんなことだって手を貸してやりたいが、今回ばかりは別だ。やはりここは、どうにかして愛衣の目を覚まし、普通の恋愛に目覚めさせてやるべきだろう。「そうと決まれば、早速明日辺り俺が愛衣と会うて話をしてみるわ」まずは彼女の腹の中を探らないと、ここまで俺たちが想像を膨らませておいて、実は盛大な勘違いでしたー、じゃ笑えないしな。俺の言葉に、高音は真剣な表情で頷いて見せた。「お願いします、小太郎さん。どうかあの子の…………愛衣の目を覚まして上げてください…………!!」切実な彼女の依頼に、俺は同じように、真剣な表情で頷いたのだった。―――――翌日。「ごちそうさまでした♪」手を合わせて行儀良くお辞儀する愛衣。俺は高音との打ち合わせ通り、昨日彼女と話していたファミレスに愛衣を連れ出していた。高音は愛衣にバレないよう、認識阻害の魔法が掛ったメガネをかけて俺たちのすぐ後ろの席にスタンバっている。愛衣には計画を気取られる訳にはいかなかったので、食事がてら霧狐の学校や寮での様子を教えて欲しいと伝えておいた。状況は整った。ここからが俺の腕の見せ所だ。何とかして、愛衣の真意を聞きださないと…………。「えーと、キリちゃんの学校での様子をお教えすれば良いんですよね?」そう話を切り出してくる愛衣に、内心ドキッとする俺。…………そうだった、そういう建前で連れ出したんだった。俺は慌てて笑みを作り、愛衣に話を合わせることにした。「あ、ああそうや。霧狐のやつ、人見知りが激しいやろ? 知らん人間ばっかの学校や寮で上手くやってけとるか心配でな」「あはは、小太郎さんは心配症ですね。大丈夫ですよ? 入学して4カ月も経ちましたし、もう殆どクラスや寮の人たちとは打ち解けてます。この前なんか、寮でクラスの娘たちと一緒にお菓子作りしたんですよ?」「そ、そうけ? まぁ、上手くやってけとるなら一安し…………」「それでですね!! 霧狐ちゃんって、甘いもの食べてると凄く幸せそうな顔をするんですよ!?」「へ、へぇ? そ、そういえばそんな感じやったな…………」急にテンションが最高潮に達した愛衣に、一瞬たじろぐ俺。あ、あれ? 何かマズいスイッチ押しちゃったっぽい?普通に霧狐の話をしながら、頃合いを見て愛衣の気持ちを確かめる計画だったんだが…………。そんな俺の焦りを余所に、愛衣のテンションは更にヒートアップするばかりだった。「その仕草がもう可愛くって!! 皆で誰がキリちゃんにお菓子上げるか喧嘩になっちゃったくらいですよ!!」「…………」「それからですね…………」最早俺が話を聞いてるかどうかも関係ないと言った様子で、なおも愛衣は手に汗握りながら霧狐の可愛さを語り続ける。…………もう計画云々とか良いから、誰か俺を解放してくれ。「…………ていうことがあって、もう本当、キリちゃんのあんな姿見たら、誰だって骨抜きになっちゃいますよね~?」「…………そ、そうやな」最早愛想笑いにすら力の籠らない俺。しかしようやく愛衣は満足したらしく、語るのを止めて、テーブルのオレンジジュースに手を伸ばした。「ゴクゴク…………ぷはっ。えへへ、たくさん話したら喉が乾いちゃいました」ぺろっと、舌を出して笑う愛衣。いや、その仕草だけ見てたら可愛いけど、その前の怒涛の霧狐トークのおかげで俺は最早溜息を吐く気力すらありませんよ。…………しかし、これはもうどう考えても黒の予感しかしない。だが、一応万が一ということもあるし…………。俺は意を決して、愛衣の気持ちを確かめることにした。つか、これ以上世間話を続けて、再び瀑布のように『キリちゃん可愛い!!』『キリちゃんサイコー!!』なんて言葉を浴びせられても敵わんからな…………。ここは少々リスクもあるが、正面突破しかあるまい。そう思って、俺は恐る恐る、その疑問を口にした。「え、ええとな…………俺の勘違いやった忘れてくれて構へんねやけど、もしかして愛衣…………霧狐のこと、好きなんか?」「へ? そんなの当たり前じゃないですか? だってお友達ですよ?」「…………」―――――がつんっ昨日同様、テーブルに頭を打ち付ける俺。そんなお約束な答えは誰も期待してねぇんだよっ!!!?「せ、せやなくてな? その、恋愛対象っちゅう意味の好きであってな?」「…………」その瞬間、急に真剣な表情で黙りこむ愛衣。…………あ、あれ? 何だこのマジな空気?や、やっぱ俺と高音の予感が的中してたってことか!?そんな俺の動揺を知ってか知らずか、愛衣はぽつりとこんなことを呟いた。「…………やっぱり、女の子同士でそういう気持ちになるのって、変ですよね?」「へ?」その言葉は、俺の問い掛けを否定してるとも肯定してるとも取れるもの。しかし愛衣の様子を見ていれば、彼女が真剣に霧狐のことを思っていると伝わって来る。硬直した俺に、愛衣は独白のように言葉を続けた。「私も最初は勘違いだって、自分に言い聞かせてたんです。だけど抑え込もうとすればするほど、忘れようとすればするほど、キリちゃんへの気持ちがどんどん止まらなくなっていっちゃって…………」「…………」「小太郎さん、やっぱりこんなのおかしいんでしょうか? クラスの子やお姉様には相談できなくて…………もう、私どうして良いか分からないんです!!」両目一杯に涙を湛えて、そう訴える愛衣。その表情からは、彼女が自分自身の感情と世間一般の倫理観の板挟みになり、今にも押しつぶされそうになっていることが、ひしひしと伝わって来る。…………ど、どどどどどーしよう!?当初の計画通りに行動するなら、俺は彼女に『女の子同士なんてやっぱりおかしいと思う』と告げるべきなのだろう。しかし、だがしかしだ!!こんな彼女の切実な思いを打ち明けられて、そんな残酷な言葉の刃を突き立てるような真似が出来るだろうか!?そんなの否だ!!「え、えーと…………別に良えんとちゃうか?」「え…………?」…………言っちまったぁぁぁぁぁあああああっ!!!!!?何考えてんの!? 何やってんの俺ぇぇぇええええっ!!!?しかし言ってしまった以上、もう後には引けない。俺は必死になって、彼女にかける励ましの言葉を模索した。「ま、まぁ確かに、世間的に見たら同性でっちゅうんはおかしな話かも知れへん。けど、恋愛なんて十人おったら十通り、百人おったら百通りあって当然やろ?」「こ、小太郎さん…………」俺の言葉に感銘を受けたのか、愛衣はふるふると唇を震わせる。そんな彼女の様子に一先ず上手く行ったことを確信して、小さく咳払いをすると、俺は話を纏めた。「せやから、別におかしいことはあれへんのやないか? 愛衣が真剣なんは痛いくらい伝わって来たし、何や…………妹のことそんだけ好いてくれとるやつがおって、俺は嬉しかったしな」彼女を安心させるように、出来るだけ穏やかに微笑んで、俺はそう言葉を締め括った。愛衣はぽろぽろと零れた涙を両手で拭いながら、それでも精一杯の笑顔を浮かべてくれる。「ありがとうございます、小太郎さん…………私、何だか元気が湧いて来ました」その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす俺。…………ん? 何かおかしくないか、これ?そんな疑問が頭を過ぎったが、一先ず愛衣が元気になってくれたので、考えるのは後でも良いだろう。そう思って、俺は彼女が落ち着くのを待つことにした。「あ、もうこんな時間ですね」あれからすぐに落ち着きを取り戻した愛衣により、再び怒涛の霧狐トークを聞かされていた俺。愛衣が放ったそんな言葉、俺はようやく解放されると、安堵の溜息を零した。「ご、ごめんなさい小太郎さん。実はこの後、キリちゃんと買い物に行く約束しててっ…………えと、お代ここに置いときますからっ」「ああ、そんなん構へん構へん。良えから遅れんようさっさと行ったりぃ」慌てて財布を取り出した愛衣に、俺は手をひらひらとさせながらそう促した。それでも、悪いからとか何にかと理由を付けてお金を出そうとした愛衣だったが、本当に時間がギリギリだったらしく、最後は深々とお辞儀をして、お礼を告げるとともに駆け出して行った。「小太郎さんっ!! 今日はありがとうございました!! 私、頑張りますね!!」そんな言葉を残しながら駆けて行く愛衣。俺は彼女の背中を、満足げな笑みを浮かべて見送った。「…………って、見送っちゃダメじゃないですかっ!!!?」「のぉわっ!!!?」急に背後からそう怒鳴られて、思わずのけぞった俺。振り返るとそこには、こめかみに青筋を浮かべた高音の姿が。…………あ、あはは…………そう言えば、俺の目的って愛衣を諦めさせることだったんだっけ?今更当初の目的を思い出した俺は、只管乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。「どうするんですか!? 諦めさせるどころか、愛衣の背中を押すなんて…………これでは、火に油を注いだようなものです!!!!」「せ、せやかて仕方ないやん!? 俺は泣く子と女の涙は苦手やねんっ!!!!」「時と場合があるでしょう!? あそこは心を鬼にしてでも、愛衣を止めるべきところじゃありませんか!!!?」「ほんなら自分は、あんな捨て犬みたいに震えとる愛衣に、追い打ちをかけるような真似できるんかっ!!!?」「う゛っ…………そ、それは、確かに難しい問題ですが…………」俺の言葉に、高音は勢いを欠いて、しおしおと席にへたり込んだ。「うぅっ…………どうしましょう? 万が一、愛衣が間違いを犯したちしたら、私は愛衣の御両親に合わせる顔がありません…………そうでなくても、世間に認められない禁断の愛…………そんな茨の道にあの子を誘うなんて…………もう私、どうすれば良いのか…………」普段の彼女からは考えられないほど弱々しい様子で呟く高音。自分でその原因を作っただけに、これはかなり罪悪感が湧いてくるな…………。しかしやってしまったものはしょうがない。ここは何とかして高音を励ます他ないだろう。そう思って、俺はこんなことを口にした。「ここは発想を逆転させてみたらどうやろ?」「発想の逆転?」不思議そうに首を傾げる高音に、俺は優しく笑みを浮かべて続ける。「確かに愛衣の取ろうとしとる選択は茨の道や。世間は決して味方なんざなってくれへんやろう。そんなとき、あいつらの味方になってやれるんは…………一体誰やろうな?」「!? そ、そうですね。確かに、あの子たちの味方になってあげられるのは、私たちしかいません!!」そう言った高音の表情には、いつも通りの明るさと、強い決意で溢れていた。「そや。せやから、俺たちが見守ってやったら良えねん。愛衣が間違いを犯さんよう、世間の荒波に負けへんよう、影からあいつを支えたったら良え」「はい!! 必ずや、私の手であの子を護って見せます!! あの子を護るのは世話役である私の役目ですから!!」立ち上がり、すっと俺に右手を差し出して来る高音。俺は同じように立ち上がって、笑顔とともに彼女の右手を握った。「んでもって、妹を護るんは兄貴の役目や。俺たちの手でしっかりあいつらを護ってやろうやないか?」「はいっ!!!!」そうして、俺たちは堅く互いの右手を握り交わしたのだった。…………これ、一応めでたしめでたしで良いんだよね? 俺、間違ったこと言ってないよね?一抹の不安を感じながらも、俺は高音が元気を取り戻してくれたことで、再び安堵の笑みを浮かべるのだった。「…………あ、あの~、お客様方?」「「はい?」」急に店員から声を掛けられて、素っ頓狂な声を上げてしまう俺と高音。そんな俺たちに、店員は申し訳なさそうにこう告げるのだった。「他のお客様のご迷惑になりますので、あまり大きな声で騒がれるのは、ちょっと…………」「「…………本当にスミマセンデシタ」」…………チャンチャン♪